二十六話
この回は少々暴走気味です。
俺は今の状況は間違いなく夢の中だと思う。いや、夢でなければありえない状況だからだ。何せ人類のほとんどが忌み嫌う黒光りする昆虫が体長3メートルを越すはずが無い。しかも追いかけてくる。
「ゆ、夢であってくれ~~~。むしろ、それなら覚めてくれ!!」
しかし、無常にも夢はまだ覚めない。そして、何よりの恐怖はその黒光りする昆虫は人を襲って食事をしていたことだ。たぶん、追いつかれれば通りすがりの人のように食べられるのだろう。
「そこの逃げてる一般人。急いでこっちへ来い」
そこには迷彩服を着た自衛隊が対戦車ロケット弾を構えてる。俺は急いで自衛隊の後ろに隠れる。
「各隊員、一斉掃射!!」
隊員と思われる人々は一斉に対戦車ロケット弾を撃つ。全弾が黒光りする昆虫に当たる。黒煙がもうもうと立ちこもる。
「やったか?」
隊長は隊員の一人に聞いた。
「目標、完全に動きを止めたみたいです」
隊員の言葉に俺と自衛隊員は大喜びする。だが、この後に起こる恐怖をまだ俺たちは知らなかった。
「隊長、黒煙の中から反応があります」
「何、さっきの奴は死んだのだろう?」
「これは・・・。みんな逃げろ!!」
隊員の一人が叫ぶ。しかしそれは遅かった。黒煙の中から現れたのは1メートルサイズの黒光りする昆虫達だ。おそらくさっきの奴の子供達だろう。そいつらが隊長の頭を噛み切り、食事を始めた。
「う・・・うわぁ!!」
隊員たちは持っていたライフルで撃ち落そうとするが、そのかい虚しく弾丸ははじかれていく。その間に隊長は奴らの胃の中に納まってしまった。
「に、逃げるぞ」
隊員たちは逃げよう構えるが、それよりも速く奴らが襲ってきた。俺は振り返らずに逃げることにした。俺は後ろから聞こえる断末魔を耳をふさいで聞き流す。しかし、一度聞いてしまった断末魔はなかなか耳から離れない。俺は路地裏に逃げ込む。しかし、行き止まりだ。
「こ、ここまでなのか・・・」
奴らは俺に追いついてきた。その時だった。
「そこ行く、虫達。そこまでよ」
猛烈な勢いで奴らの後ろから飛んでくる物体が来た。消火器にまたがった黒を基調としたワンピース姿の女性だ。消火器のノズルから消化剤を噴射して飛んでいるのだろう。しかし、あれはどうやって止まるつもりなのだろうか。彼女は虫達を通り過ぎて後ろのブロック塀に盛大にぶち当たる。奴らは微動だにしない。この辺空気読んでるな、さすが夢だと再認識してしまう。
「いたた・・・」
女性は起き上がり、ポーズをとる。
「誰かが助けを呼べば現れる、か弱き人間助け、その血をこよなく愛する正義のヒロイン、バーリム・マーカーここに参上!」
後ろで乗っていた消火器が爆発してけむりが上がる。どこまで空気を読んでるんだ。
「さぁ、あなたを助けよう。お代はあなたの血液2リットルで」
無茶だ。と言うかそれって本末転倒だ。
「契約成立。さぁ、かかってきなさい、この○○○○達」
「ちょっとまて、俺の血全部吸ったら死んじゃうじゃないか」
「じゃあ、あなたは○○○○に食べられて死ぬのと美女のせいで失血死するのとどっちがいいの?」
「選べるか!と言うか、俺は死ぬこと前提なのか」
その時、痺れを切らした奴らが襲ってくる。間一髪でバーリム・マーカーは避けた。
「さすが、○○○○。動きだけは速いわ。でもね」
彼女はどこからかバル○ンを取り出した。
「コレでも喰らいなさい!!」
バル○ンが発動。周りに居た奴らは最初はカサカサ動いていたが、すぐに裏返ってぴくぴく動き出した。自衛隊でさえ倒せなかった奴らをたった一つのバル○ンで全滅させてしまった。
「これであなたの命は助かったわ。さぁ、報酬をよこしなさい」
言うが早いか俺の首筋に牙を刺す。そして、血を吸い始めた。
「起きなさい、碧。もう朝よ」
私はいつまでも寝ている碧を起こしに部屋に来た。昨日のこともあって、今朝くらい起こしてあげようと思ったからだ。碧は珍しくうわごとを言っている。
「○○○○が人を・・・、食べて・・・、逃げないと・・・」
意味が解らない。体をゆするが起きる気配が無い。
「仕事遅れるわよ」
強くゆする。その時、彼のジャージから見えた首筋がすごく魅力的に見えた。つまり
「今は寝てる。気づかれなければいいか」
私は彼の首筋に牙を立てて血を吸うことにした。
「い、いっだーーーー!!」
突然の痛みに俺は目を覚ます。頭がふらふらする。
「あ、起きた?おはよう」
そばにはリムがいた。口元から牙と血が見える。
「おまえ、まさか・・・」
「寝てる間にいただいちゃった、碧の血」
首筋を手でなでる。二つの牙が刺さった後があった。
「寝てるときはやめてくれ。くそ・・・変な夢見た」
「どんな夢だったの?」
「体長3メートルの○○○○が現れて、それを自衛隊が倒そうとしたのだけど、倒せずに逃げ回ってたところ、突如現れた消火器に乗った吸血鬼がバル○ンで撃退し、代償に血を吸われたって夢だ」
するとリムは突然笑いこけた。
「ふふふふ。なにそれ。変な夢」
「ああ、まったくだ」
俺は黙ることにした。夢に出てきた吸血鬼は目の前で笑い転げてるリム本人だったということを。
「この町に他の吸血鬼がいるのか?」
朝食の席でリムが昨日の出来事を話し始めた。
「ええ、一人は無害みたい。でも、もう一人のほうは確実に有害よ」
ちなみに、朝食は3人分あるがクレアはまだ起きない。完全な夜型の生活に慣れてるみたいだ。
「それで、俺にそのことを言ってどうする気だ。手伝いはいらないのだろう?」
味噌汁をすすりながらリムに問う。
「ええ、邪魔なだけよ。あなたを狙ってるわけではないから心配ないわ。でも、万が一のため携帯用の武器でも持ってたほうがいいわ」
と言って、机の上に俺が作った模造刀を置く。
「食事中に変なもの置くな。それと、これ絶対に携帯に不向きだろ」
長さは1メートルは無いだろうけど、鞘も無ければ入れる竹刀袋みたいなものも無い。
「そうね。ほかに何か無い?」
「無い。一般の家にほいほいと武器があっても無用だろ」
「それもそうね。まぁ自分の身はどうにかして守ってね」
結構無茶なことをいうリムだった。俺は朝食を終えると、仕事に出かける準備をした。
「それじゃ、行ってくるから。そっちもがんばれよ」
「ええ」
俺は家を後にした。
碧が出勤して2時間がたったくらいだろう。私はシアン家当主に連絡をとることにした。
「おじ様、今時間大丈夫でしょうか?」
『ああ。俺のほうに連絡をまわすと言うことは依頼以外・・・例えば碧のことか?」
こういう話の一つでもボケをかます辺り碧の父だと認識してしまう。
「冗談を言ってる場合ではないです。こっちの『世界』に来た吸血鬼の数はわかります?」
『いや、マーカー家のほうも完全に把握してないみたいだ。一人ではあるみたいだが・・・」
「実は昨日一人の吸血鬼と接触しました。彼はこっちの『世界』に干渉しないと言ってました」
『名前は?』
「マルーン・ボルドーです」
『ふむ・・・』
「彼は一人の吸血鬼がこっちの『世界』に来たと言うことを条件に取引を持ち出してきました。マルーンの取引の条件はこっちの『世界』での滞在を認めろとのことです」
『そうか。その話に信憑性がある場合は滞在を認めるとしておこう』
「わかりました」
『それで、そっちに行ったもう一人は誰だ?」
「『ヴィオレ』です」
『なんだと!くそっ』
顔つきが一気に上に立つ人間の顔に変わる。
『被害は?』
「まだなんとも・・・。ですけど、すでにこの町に潜伏してるかと・・・」
『ここで奴が暴れたらまずい。俺もそっちに行く。被害を出さないようにしてくれ。それと、マーカー家のほうには俺から連絡を入れておく。一人で深追いするな』
「了解です」
私は連絡を切るとため息をつく。
「応援なんて待ってたら被害が増えるわ」
私は昨日の商店街の辺りを散策するために出かける準備をした。
夕暮れ時の商店街はかなりの人がにぎわっていた。買い物客や、買い食いをする学生。そして、社会に溶け込めず、仲間と屯する青年達。人の行き交いが激しいわけではないが活気付いてると感じた。昨日と同じ場所に来れば『ヴィオレ』に関して何かがわかると思ったけが、どうやら無駄足みたいだ。
「この町に潜伏してる可能性があると思ったんだけどな・・・」
行き交う人を見ても全て人間だ。吸血鬼の気配はない。ふと気が付けば、ファーストフード店の前で屯してた青年達がこっちに来た。
「よぅ、姉ちゃん。時間があったら付き合ってくれねぇか?」
昨日と同じくナンパだ。しかも向こうは5人。
「悪いけど、時間が無いの。それにあなた達に用は無いわ」
青年達を素通りして商店街を抜けようとするが、一人の青年が立ちふさがる。
「おっと、俺たちはちょっと姉ちゃんに用があるんだがな。うちのヘッドが昨日一人の女にボコボコにされてさぁ、そいつを探して来いってさ」
「へぇ~、それで?」
心当たりがあるが、面倒ごとの気配がしたので何食わぬ顔をする。後ろからは仲間であろう残りの4人が近づいてくる。
「そいつはすんごい別嬪さんらしくてさ、もしかするとあんたじゃないかと思ってな」
ガムをくちゃくちゃかみながら話しかけてくる。その態度だけでも腹が立ってくる。
「だからって私に話しかけないで。この社会不適応者」
私の一言に腹を立てたのだろう。一斉にガンをつけてきた。
「おい、もっぺん言って見ろ。女だからって容赦しねぇぞ?」
青年の一人がつけてる香水の匂いが鼻に付く。さっきの態度と合わせて殺意に近い闘争本能が湧き上がってくる。
「いいわ。相手になってあげる。私を少しでも楽しませてよ」
私の挑発に青年達は目の色を変える。
「いいのかよ。ボコボコにしたあとやってしまおうぜ」
「へへ。楽しみだな・・・」
本気で思う。男ってどうしてこんなに体目当てなのだろうか。
「おい、そこで何してる!!」
私が構えようとした時だった。警官が駆け寄ってきた。抱えているものは・・・自転車?
「え、ちょっ、ちょっと」
自転車を片手で持ち上げてすごい速さで走ってくる。その姿はいろいろな意味で怖い。
「やっべ警察だ。ずらかるぞ」
青年達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「大丈夫かい」
警官は何事も無かったかのように唖然としている私に声をかけてきた。爆発寸前まで高められた闘争本能は行き場をなくす。それを発散するかのように私は
「なんてことしてくれるのよ!!」
抱えていた自転車ごと警官を蹴り飛ばしてしまった。
「へぶっ!」
警官は盛大に吹っ飛ぶ。そして、帽子が脱げて見覚えのある顔が鼻血をたらして転がっていた。
「あ、あなたは・・・。真さん?」
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