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気づいたら俺だけだった

作者: 斑鴉

なんとなく思いつきで書いてみました。

でも、あなたもこんな違和感覚えたことはないですか?

「あれ、オレなにかしちゃいましたかね?」

「黙れぶっ殺すぞこの馬鹿!」

 ヘラヘラ笑う馬鹿の顔を本当に殴りたい衝動をこらえ、慌てて窓から下を覗き込む。

 周囲に人だかりができつつあるが、幸い直撃したり怪我をした人はでていないようだ。

 事の起こりは一分前。

 社長のコネで今日から入ってきた侵入社員。異様に物覚えが悪いそいつに四苦八苦しながら仕事の基本を教え、パソコン落として帰っていいぞと言ったのが発端だ。

 この馬鹿はコンセントやケーブル類をぶっこ抜いて、会社の窓からPCを物理的に投げ落としたのだ。それも、ビルの四階からである。

 この馬鹿の一挙手一投足から目を離したのが間違いだった。警察沙汰は免れないだろう。

 もし仮にこれで怪我人や死人でもでようものなら、本当にどうなっていたことか。考えるだけも肝が冷える。


「やだなぁセンパイ。大げさですよ。みんな異世界に転生するときにギフトの一つももらってくるんですから、あのくらいで怪我人なんてでませんって」

 これだ。どうもこの馬鹿は、自分を異世界から転生してきた人間だと本気で信じているらしい。

 異世界転生モノなんてとっくに滅びたムーブメントと思っていたが、微妙に形を変えて残っているらしい。確かにトラックに跳ね飛ばされて異世界に生まれ変わるなら、ドラゴンに蹴り殺されてこちらの世界に転生してくる人間がいてもおかしくないのだろう。

 などと考えて馬鹿の戯言に付き合ってやっていたのが間違いだった。

 警察対応などの尻拭いはしてやらなければならないが、ここでしっかり締めておかないと間違いなく今後に差し障りが出る。


「こんな古臭いセリフ吐きたくないが、お前、社会人の自覚あんのか。誰にも常識教わらなかったのか」

 全力ですごんでやる。しかしこの馬鹿はニヤけた顔を崩さない。

「社長さんから聞いてないんですか? 今日転生してきたばっかりなんだから、こっちの世界の常識なんて知らないですよ。そもそもセンパイはどこの世界から転生してきたんです?」

「なに下らないことを……」

「そもそもセンパイ、オレを殺すって具体的にどうやるんですよ。見る限りセンパイなんのギフトもないじゃないですか。珍しい」

「だから下らないこと言うな」

「下らなくないですよ。大切じゃないですか」

「どこの世界もなにも、この世界で生まれたに決まってるだろ」


 その瞬間、世界が静まり返った。

 この馬鹿のあの凶行も笑って済ませていた同僚たちが、一様に凍りついたような表情で俺を見ている。

 目の前の馬鹿も、なにか信じられないものを見るような目をしていた。

「なんだ、なにかおかしいこと言ったか?」

 周囲を睨み返すと、一気に時が進んだように喧騒が戻る。

 誰かは慌ててどこかに電話し、デスクの陰からスマホで盗撮している奴も出始めたかと思えば、誰かは内線で社長を呼び出しているようだ。

 なにがなんだかわからない。

「馬鹿らしい」

 そう吐き捨てて、自分のPCの電源を落とす。

 付き合いきれない。今日はもう帰ろう。必要なら転職も考えなければならない。

 それとも、俺がおかしいのだろうか。どこかの心療内科のクリニックでも予約するべきなのか――

 帰り支度が終わったころに、オレの内線が鳴り出した。

 無視してやろうと思ったが、迷った末に出てやることにした。

「……え、社長? 来いって今からですか? 今日はもう帰る……わかりました、今から行きます」


 社長はいつになく真剣な表情で俺を待っていた。

「本当なのかね?」

「本当ですよ!」

 自覚しているよりもストレスが溜まっていたのだろう。つい荒い声で応える。

「なんですかあの馬鹿は! 仕事やる気がないのは目をつぶってやりますけど、下手したら人が死んでたっていうのに反省もしなければ悪いとも思ってない! ザオリクって言えば人が生き返ると思ってんですか!? それになんですか、異世界から転生してきたって設定は……!」

「違うよ、君のことだ」

「俺がなにか?」

 我ながら、殺気の滲んだ声だったと思う。しかし社長は動じなかった。

「君がこの世界で生まれた人間というのは、本当なのかね?」


「……は?」

 前触れもなく降ってきた隕石が頭に直撃したような声がでた。

「だとしたら、由々しいことだ。この世界は一度は無に返され、あらゆる並行世界の緩衝地と定められた。この世界で生まれ育った、この世界の人間。そんな大罪を見逃すわけにはいかない」

 社長、経営状態苦しすぎて頭おかしくなったのか?

「すでにうちの社員が通報して、君を捕まえに警察が来るだろう。その場で射殺してくれればいいが、君は絶滅危惧種……というか、絶滅されなければならない種だ。どんな生物実験に使われるともわからない」

 人体実験じゃなくて、生物実験なんだな……と冷めた頭の片隅がつぶやく。

「俺の人権ってどうなってるんです?」

「人権。まぁ君も人類だから、人権はあるのだろう。我々の誰一人して尊重するつもりはないが」

 笑いも出てこない。この人は、本気でそう思っている。本気でそう言っている。

「だが、君もこの世界の人間という大罪人だが、わが社のためによく働いてくれた。だから最後のボーナスだ」

「なにをいただけるんです? 特殊能力とかくれるんですか?」

「今すぐ逃げろ。警察に捕まる前に。そうしたら、奴はなにかを察して逃げ出した、我々は不意を疲れて見失った、ということにしておいてやる」


 結論から言うと、社長の話は本当だった。

 俺が生まれ育った世界はすでに異世界人だらけになっていた。侵略はとっくの昔に終わっていて、俺はそんなことにも気づかないで生きていた。

 いつからだろう。いつの間にこんなことになっていたのだろう。

 一度家に帰ろうとしたが、挙動の怪しい人間が周囲にいたので断念した。こうなるとATMで金を下ろすこともできない。

 親も友人も、昔からの信用できる人たちはすでに死んでいるか消息がつかめない。中には今の俺のように誰にも助けを求められずに野垂れ死にしたのもいたかもしれない。

 いつから、世界はこんなになってしまっていたのだろう。

 もう何日もなにも食べずに、公園の水だけで過ごしている。

 今日も日が暮れてきた。また寒くなりそうだ。

 ふと、道路を走るトラックのライトが目に入る。

 あれに轢かれれば、奴らの世界に生まれ変われるのだろうか。奴らの世界を乗っ取り返してやれるのだろうか。

 それはとても素晴らしい考えに思え、苦しみから開放されると錯覚した脳が幸福物質をどばどばと放出する。

 重い両足を引きずりながら、俺は……

 

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