6話 そんなんならやめちまえ!
パッパーパッパッパー
オークがラッパを吹きならすと、ワイバーンが空へと帰って行った。
(やっと終わった…)
「きゅうっけえええ~」
海面に張られた網は藻が絡んでいて足裏がぬるぬるして気持ち悪い。ルーク豚をさした長剣を肩に担ぎ、飛んでいくワイバーンを見送る。と、号令を聞いた人魚やシーサーペントの漁師達が勢いよく網の下を潜り始める。
「おつかれ〜」
「あー疲れた〜」
バシャバシャバシャッ
「うおっ」
毎度の事ながら今回も避けきれなかった…潮水をもろに被る、まあもうとっくにびしょびしょだけどな。人魚の姉ちゃん達のおっぱいは大好きだ。俺の足裏を潜りぬけていく様な非常識な状況でさえなければな。
「寝るべ寝るべ〜」
今日は前に世話になった事がある網元に頼んでワイバーン漁の手伝いをしている。一日手伝う代わり明日は島に送ってもらう予定だ。
大きな筏の上で漁師達は惰眠を貪り始める。海面に貼った網の上でワイバーンと取っ組み合いをするワイバーン漁は体力を使うから休憩は大事だ。操縦席の付近ではジークと大狼が待っていた。
「ほらよ」
網元が水魔法で冷やしたリンブジュースを投げてくれた。っかー酸っぱい味が染みるぜ。
「ありがとうございます」
「期待してるぜノシク!あんちゃんも頼むな!」
バシンッ!
「!」
あんちゃんて…網元とは5年以上の知合いなんだが年齢不詳なんだよな、ジークの事何歳に見えてるんだ?ジークは苦笑いで、大狼はその足元でぐったりだ。うんうん、俺でも最初は酔った。普通山にいる大狼にとったらたまらねえだろうな。
「仮面?!あんた泳げるのか?自分で取りに行けないなら余計なものは外しといた方がいいぜ?!」
豪快なたちの網元にきっぱり言われジークは仮面を外している。
「ジーク、ワイバーン漁がどういうもんかわかったか?」
「驚いた。何故ワイバーンはラッパのあと、空に行った?」
「それはなあんちゃん、ワイバーン達っていうのは遊び好きなんだよ」
「遊び?」
「ああ、俺らにとっちゃ漁だが、ワイバーンの奴らにとっちゃ肉を食えるか尻尾を落とされるかの肝試しでもしてるつもりなんじゃねえかな。あいつら毎回勝負の時間は十五分間ってきっちり決めてやがるんだ」
「肝試しで十五分。」
「ああ、俺らはワイバーンに嫌われたり、飽きられちゃ話になんねえから、ルールは守る。しょっちゅう負けるようなへっぽこバーンばっかの時は、わざと負けてやることもあるんだぜ」
「へっぽこバーン?」
「いるんだよな~ひょろひょろでセンスのねえ奴が。」
「?」
ジークは聞いたものの腑に落ちねえ顔だ。ワイバーンはな、めちゃくちゃめんどい奴らだからな。魔族みたいに言葉は通じねえが魔獣とも明らかに違う。まぁ聞いただけじゃわかんねえだろう。俺は嘆息してルーク豚の刺さった長剣を操縦席の影にかくし、他の漁師に習いひと眠りすることにした。が――、
ドンドコドンドコドンドコドン!
「来たな…」
うるせえ太鼓の音で思い出した、これだこれ。漁師達は、寝ていた体を起こしたり、耳栓を耳にはめてもう一度寝たり、何かが書かれた団扇を持ち、マスクをつけたしはじめる。
音はどんどん大きくなる。太鼓、ラッパ、鈴の音。音の先にはワイバーンの軍団。黒メガネをかけ楽器を演奏するワイバーン、その後ろには頭に花をつけたワイバーンがいる。軍団は空から降りてきて船員たちの目線の高さでとまった。
けたたましく演奏するワイバーンにむかって、漁師達は無表情で団扇をふる。
「騒音迷惑」「不屈の精神」「千倍返し」の文字。
ガーリッスンの効いたワイバーン肉の香り。花をつけたワイバーン達はステーキが入った皿をのせ肉の香りを船に送ってくるのだ。ワイバーンは看板を持っており、その看板にはこう書かれている。
最高級 三百グラム 三万ギル
「値上がりしました?」
俺の記憶が正しければ三年前は三百グラム二万六千ギルだった。
「ああ。リーサの物価も上昇ぎみだからな…」
網元は手にもっていたメガホンを口にあてると叫んだ。
「ラッパ担当後ろから二番目!ドの音があってねえぞ!へたくそが!鈴担当右!お前だよ!お前!半テンポずれてんだよ!そんなんならやめちまえ!」
注意されたワイバーンはちょっと悲しそうだったり、必死になって楽器を演奏したりする。いや真面目か!
「すごい…」
ジークよ、網元に感動してんじゃねえ。ワイバーン軍団は船のまわりをまわる。
トコトコトコトコ!!
パラパラパラパラ~!!
シャンシャシャンシャンシャンッ!!
楽器の音はうるせえし、ガーリッスンの香りが臭え。
ぎえっ ぎえっ ぎえっ
ワイバーン達は笑いながらワイバーン島の主島の方へ消えていった。二度と来るな!
なんやかんやと昨日の漁は手伝ったかいあって、今年一番の大漁だったらしく網元にはめちゃくちゃ感謝された。「帰りも行っとくう?!」て聞かれたが丁重に断った。だいたい俺の種族は山は良くても海は苦手なんだ。今日はワイバーン島の南の岩場でおろしてもらい、ワイバーン達が露店を出している広場に来ている。
「………」
広場つっても、白い石骨岩に覆われたこの島は日当たりのいい場所に低木や草花が生い茂っているだけで、民家等は一切なく、道らしい道もない。ジークはキョロキョロしながらある一点を見て足をとめた。
「あれがワイバーンのゴンドラだ。」
俺は煙草に火をつける。ジークか見てるのは、人が四人乗れそうな粗末な木製の鍋だ。その隣では蝶ネクタイをつけた二匹のワイバーンが寝ている。
「あれが往復五万ギル…?」
「片道五万な。ワイバーンのゴンドラっていう名前に騙されるお貴族様がたまにいるらしい。」
広場の南口には、「ようこそワイバーン島へ」とクルヌギア語で彫られた門。その周りに漂流物の露店やワイバーン素材、ワイバーン尾の干し肉等の屋台が並んでいる。店員はもちろんワイバーン達だ。今日は俺ら以外の旅行者はおらず、やる気はかけらもない。
「わんわん!」
大狼が広場の奥でジークを呼んだ。足を運ぶと泉の中に大量の硬貨が沈んでいる。価値の低い硬貨の中には、太陽の帝国の金貨もある。
ジークと大狼が無言で泉の前で立っていると、無表情のワイバーンがわりこんだ。ワイバーンの手看板にはこうかかれている。
水一杯 千ギル
俺はジーク達を後ろから引っ張って、泉から引き離した。
「あいつらが興味あるのは札だけだ。札が手に入ったら網元に頼んで塊肉と変えてもらってるらしい。硬貨じゃ塊肉は買えねえからな。硬貨があつまりゃ札になる事に気づいてねえ」
ワイバーンは泉の横にある長椅子へもどっていった。ジークはあたり見回す。
「ここはワイバーンの巣じゃない?」
ワイバーン達の生態は謎ばかりだが、俺もまぁそうだろうなとは思う。この場所は殺風景すぎる。
「謎だ。どうする、ここ以外は野原か岩場だぞ」
俺は最後の一煙を吐き出すと、煙草の火をけし、発火の指輪で残りを燃やしつくした。
「島を全部を見よう。ノシクは北、俺は東、お前は西を見る。わかったらお互い呼ぶ」
二人と一匹は手分けして島の探索にあたることにした。
丸々と太った緑色の蛭が地を這う。海岸沿にはピンク色の花を咲かせる低木が茂っており、その周りには蔦がはい、ターコイズブルーの蝶がとんでいた。
(住みやすそうな土地だ)
その様は雪に埋もれるエンベル山脈とも故郷の風景とも全く異なる。ぜい肉を蓄えた蛭を見て大狼はペロリと舌なめずりをした。
シュッ
その蛭をぐるぐる巻きの貝を被った魔獣が長い舌で補足した。
「!」
大狼が生きている貝を見たのはルーメンの海鮮市場が初めてだった。その魔獣はまるでテントから顔を出すように、貝から四つ足と顔を出して歩いている。大狼と目が合うと四肢を貝に隠し断崖の下に転がっていった。
(あれ、もしかしてトートルか?)
甲羅と言われる家を持ち歩くトートルという魔獣がいると聞いたことがある。その甲羅は頑丈で良い防具の素材になり、内側の軟骨は良い薬になるらしい。崖は海抜十五mと言ったところ、下はごつごつとした岩場だ。大狼は迷わずに追いかけた。
ゴッ コッツ ゴッ
切り立つ岸壁にぶつかりながら、貝の中に隠れたトートルは落下していく。大狼は小さな岸壁の突起に足が収まるよう、体を限界まで降下させてトートルを追いかける。あっという間に大狼とトートルは海面に突き出た岩場に降り立つ。トートルは岩場におちるとガツンと跳ね上がった。
〈あっ!〉
ぼちゃん
そのままエメラルドグリーンの海の中へ、貝から四肢を出しすいすいと泳いでいってしまった。
〈あーあ〉
行ってしまったトートルを目でおいかけ、大狼は悔しそうに岩に鼻をこすりつけた。
〈まあしゃあねえか〉
四肢を使って制限なく走り回るのは良いストレス発散になる。大狼はこのまましばし、岩場の周りを探検することにした。
岩場は奇妙な生き物で溢れている。ちょいちょいと岩にへばり付く硬い鱗のような者を前足でひっかくと、鱗の様なものは瞬きするように開いてぴゅっと潮水を吹きだした。
〈おおっ!〉
へばり付く鱗と仮名したそれは岩場に無数にはりついていて、奥に行けば行くほど大きいものがあった。小さいものでは簡単に割れてしまいそうなので大狼はより大きなへばり付く鱗を探した。
〈これはでかいな〉
跳ねあがる波しぶきをよけ岩場を飛び越え、きりたった形をしている大きな岩の前に着地する。へばり付く鱗を前足でちょいとつくと、元気よく潮を吹いた。鱗と岩の間に爪をかける。
〈壊さないように〉
慎重に鱗と岩の間をそいでいるとぺりっと鱗がはがれた。
〈ん?〉
はがれた鱗の下には変なクルヌギア語が彫られていた。
「古クルヌギア語だな」
波しぶきが上がる岩場の上で俺とジークは大狼が発見した奇岩を見ていた。
バッシャアアアン
今は干潮の時間。奇岩はよく見ると壊された遺跡の様にもみえ、土台の部分は祭壇になっていた。破壊された部分から下はおそらくほとんどの時間は海の下なのだろう。へばりつく鱗(仮)がみっしりとつき、大狼が遊び半分でひっかかなければ絶対に見つからなかったはずだ。
「どういう意味?」
「たぶん…“―――”だ」
しばらくジークは長考すると決心したようにつぶやいた。
「置いてみよう」
「わん!」
雑嚢の奥に突っ込んでいたアレをジークに手渡す。ジークはそれを受け取ると、祭壇の上にそっと置いた。
(にしても、ほんとにふざけた島だぜ)
頭をぽりぽりと書きながら、祭壇の上に鎮座したそれを見てため息をついた。祭壇には古クルヌギア語こう彫られていた。
《ジズ様の背に乗らんとするもの、ここに干し芋をおさめよ》




