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5話 ワイバーン島の竜いますか?

 ワイバーン島へはリーサ港まで陸路で行き、港からワイバーン漁をしている業者を頼って島へ渡ることにした。


(平和、だな)


ノシクとジーク、大狼が早朝に出発してそろそろ昼過ぎだ。この間一言の会話もない。


(全然襲われねえな)


オルト川の河畔は雑草がのび、砂利をしきつめた馬車道沿いは風よけのエレの木や、低級魔族よけになるカエルの木等の広葉樹が間隔をあけて植えられている。オルト川はニンファ地方の動脈と呼ばれる川であり、建設関連のギルド連盟が他のギルド連盟や都市から援助をうけて整備をしている。 


(山賊がよってこねえのは多分俺のせいだがゴブリンやらジャッカロープには遭遇してたんだがな、大狼の影響かねえ)


今日は曇り。吐く息は白い。数メートル先を歩いているジークと従魔の大狼を見る。


クンクン…

「ワウワウ!」

「………?」


一人と一匹はたまに河岸におり野草等を採取しながら歩いていた。ジークはいつものマントにズボンと雑嚢、靴もいつもと同じ靴だ、一足しかないのだろう踵には穴が開いている。


(そろそろだな)


ルーメンとリーサ港の間には小高い山がある。そこにある食堂のメニューがなかなか旨い。今日はそこで昼飯を楽しみにしてた。道が二手にわかれる場所にさしかかった。


「おーいジーク!右の道に行ってくれないか?山道に食堂があるからそこで昼にしたいんだが。」

「………」


ジークはノシクの方を見て、右側の道へ黙って進みだした。


(素直なこって…)


自分が何も言わなかったらどっちへ行くつもりだったのか。どうにも重苦しくて、軽く肩を回した。


「まいど~いらっしゃい!」


山道に入り、川沿いの低い崖際にある食堂に入った。焼き魚の香りが広がっている。エプロンを巻いたバジリスクの店主が奥から出てきた。席には数人の行商人がいる。


「二人と一匹、いけます?」

「犬かい?」


大狼は行儀よく座り尻尾をふっていた。ジークは黙って店主を見ている。


「まあそんなもんですね。」

「そうかい、悪いねえ。うちの上さんが犬はどうも苦手でね~。犬だけ外に出すか、外の席で食べるかできるかい?」

「外の席でかまいませんよ。な?」


ジークと大狼を見ると、ジークはこくりと頷いた。


「悪いねえ」

「いやいや。今日は何があります?」

「今日は、天豆とニンファ芋のフリット、虹ピテの塩焼きと虹ピテの白ワイン煮込み、マミ兎のシチューだね。パンをつけるならパニーニもできるよ。」

「じゃあ俺は天豆とニンファ芋のフリットのパニーニで。」


ジークの方を振り返る。


「二つ目のパニーで…こいつにも―」

「わんわん!」


突然大狼が吠え付き、ジークが大狼の方を見た。大狼と視線を合わせ、注文をし直す。


「こいつには…最後に言ってた をください。」

「マミ兎のシチューかい?パンとパニーニどっちにする?」

「わんわん!」

「パニー」

「わかってるね!持ってくから席ついて待ってておくれ!」


店の外は雨よけに屋根が付きだしており、ベンチがあった。ベンチに腰かける。川のせせらぎが聞こえ、なんとも言えない沈黙が下りた。


「あれだな、大狼はグルメなんだな」


ノシクがつぶやくと、大狼がぴくっと耳をたてジークをみた。うるうるとした琥珀色の瞳で何かもの言いたげにジークを見つめ、舌を出している。


へっ へっ へつ


(わからん…)


ジークと大狼がどうやって意思疎通しているのか不思議に思っているとジークが口を開いた。


「…マミ兎って何だ?」

「…マミ兎ってのはこの辺に多い兎の品種だ。毛皮は茶色だが中の肉がピンク色でマミの実と似た色をしてて、甘みが強い。だからマミ兎だ。」

「…兎。…」

「なんだ、兎を知らないのか?」


ジークはコクリと頷いた。


「兎ってのは草原や森に多くいる奴で、耳が長くて跳ね回る。魔法は使わねえがクルヌギア人並みに繁殖力が高い。多産のお守りとして足が売られてたする」


兎の説明をしていると店主がパニーニを持ってやって来た。


「天豆とニンファ芋のフリットのパニーニに虹ピテの白ワイン煮込みのパニーニ、マミ兎シチューのパニーニね。あとうちの上さんからサービスのホットワイン。わんちゃんにはミルクね。」

「ホットワイン!うれしいな~、ありがとうございます!」


…大狼ということは黙っておいた方が丸く収まるだろう。


「天豆とニンファ芋のフリットのパニーニと虹ピテの白ワイン煮込みのパニーニが四八〇ギル、マミ兎の赤ワイン煮込みのパニーニが五一〇ギルね。」


ノシクは自分の代金を支払うとパニーニと酒の入った木のコップを受け取った。ジークも自分の代金を支払い、大狼も自分の雑嚢を器用に前に回すと中から五百ギルと十ギル硬貨を取り出した。


「ええっ」

「おやおや、かしこいねえ」


大狼は当たり前だというように一声吠えた。


「それ…お前の財布か?」

「わう!」


食事メニューを選び、自分で金銭管理する大狼…。ノシクは大狼を魔獣だと思うのはやめた。


パニーニのパンは粉がまぶしており少し周りが焼かれていてもちもちとした触感だった。天豆とニンファ芋のフリットは、塩のきいた天豆とじんわり甘いニンファ芋のペーストがさくっと上げられており、バターのたっぷり塗られたパンと相性抜群だった


「旨い…」


感動したようにつぶやいたのはジークだ。足元では大狼が尻尾を大きくふってパニーニの皿をむさぼっている。


「うまいだろ。ここのパニーニは」

「ノンみたいだ…」


ジークはガツガツとパニーニにかじりついた。


(ノンっていや、南の方の食いもんだよな)


兎はエンベル山脈以南にはいないらしい。ジークはやはり太陽の帝国かそれ以南から来たようだ。


「虹ピテも初めてか」

「ああ」


あっという間にパニーニを半分ほど食べたジークは手についたソースをぺろぺろと舐めている。


(舐めてやがる)


三十過ぎたおっさんが手をペロペロ舐める姿にぎょっとする。食文化の違う所から来たのか、かなり貧しい生活をしていたのか。大狼も口の周りや手についたシチューを舐めまわしていた。


(にっにてる…)


ぽと ぽと ぽと


小雨が降りだした。この季節は昼間に集中して降る雨が多いのでしばらく雨宿りをしていくことにした。


 ホットワインを飲み、木々をうつ雨を見る。隣を見るとジークもホットワインに口をつけていた。一口飲みすんすんと香りをかいでいる。ミルクを飲み干した大狼が自分の浅鉢を打った。ジークはホットワインを少し浅鉢に移してやる、大狼はくんくんと臭いをかぐと、赤い液体を舐めた。


「なんで竜の涙なんだ?」


気になっていたことを尋ねた。竜の涙の採取依頼は報酬は高いが、成功確率はほぼゼロの負け試合確定のような仕事だ。ジークはしばし考え、ワインをもう一口のむとぼそりと言った。


「……竜 有名。でも見たことないから 知らないです。竜 見たいです。」

「竜か?」

「ワイバーン島の竜いますか?」

「あーそういう…」


ノシクはずずっとホットワインを飲む。温められた赤ワインには少しの蜜と柑橘類の香りがした。


「竜はいないぞ。」


ノシクが答えるとジークと大狼はピクリとノシクを見た。


「竜はいねえ、ワイバーン島にいるのはワイバーンだけだ。この辺はまるごと火山列島の古竜…の縄張りだったからな。」


火山列島はエンベル山脈を挟んで西にある魔の海に浮かぶ。今は名を変え竜王国とよばれている。かつて古竜がすべていた魔族の生活圏は古竜を殺した竜王族の植民地になってしまった。


「ワイバーン 竜 何が違いますか?」

「ワイバーンは魔族、竜は精霊だ。精霊ってのは七百年かたまに千年位生きるやつがいる。この辺にいたのは古竜とレッドドラゴンらしい、古竜は四千年生きてたそうだが先の戦争でやられた。古竜より先に勇者にやられたのがレッドドラゴン。竜王国の初代勇者だ。ってことは三百年以上前の話だ。古竜は三百年間は一匹でこの辺の縄張りをしめてたことになるな。」

「精霊は魔族と何が違いますか?」

「精霊ってのは…性格が悪い。」

「え?」


ジークはきょとんとした様子だった。精霊=性格が悪いというのはノシクの偏見だ。しかし出会う精霊に性格の悪い奴がやたら多いのは何故なのか。


「一番わかりやすいのは寿命だな。あと魔族や人間は絶対に実態があるし生殖機能があるが、精霊は実態がねえのもいるし、生殖では増えない。よくクルヌギア人と比べて思慮深く、孤独だって言われるな。んで魔族ほど自由で好戦的でもねえ。魔族の固有魔法は地にしばられないが、精霊は聖域に活動範囲が縛られるのが一般的だ。エルフの国のマーイルマンが鎖国してるのもそういう理由だし、国を出る奴は精霊落ちって呼ばれるらしい」

「精霊落ち?」

「マーイルマンから出たはぐれのエルフとかな。あいつらは本来の精霊術が使えねえから寿命も短いらしい」

「聖域は何?」

「精霊が発生しやすい地だな。精霊が発生しやすい地は植生が豊かになるから魔族もすみやすい。有名なのはマーイルマン(世界樹)やエンベル山脈、アルルカン砂漠のオアシスだった太陽の帝国と古竜のねぐらだった竜寝台。聖域ってのは、太陽の帝国のホウルみたいに神って呼ばれるくらい強い奴が産まれる場なんだよ。古竜は神名があった。でも竜寝台にもう竜が現れることはねえだろうからこれからどうなるかはわからんな」

「なんで?」


何故竜が現れないか。その理由はノシクの口を少し重くさせた。しかし先日見たジークの瞳が記憶をよぎり、ノシクはさりげなく様子を見ることにした。


「…有名な話だろ。前の戦争で古竜も竜の番だったメドゥーサも死んだ。ここらには竜はもう現れない」


メドゥーサについて語る時、自分の顔がこわばりはしないかと思う。オーガの木の仮面ごしに、ジークはこちらを伺っていた。分厚い木の仮面の影で、ジークの瞳は見えない。


「メドゥーサ?」


ジークの言葉には何の温度も感じられなかった。


(知らねえか)


「…メドゥーサは竜の番で、竜妃になれる。竜妃になったメドゥーサは竜眼を授かり、卵を産む事ができる。火山列島のニンフの集落の中で産まれ、竜の発情期になるとニンフの娘の中でメドゥーサが現れる。いや、逆か。メドゥーサになれる器をもつニンフが現れると竜が発情期になる、かな。」


濡羽色の髪の毛、灰水色の瞳の女。今代のメドゥーサの瞳をノシクは忘れられない。


「竜眼?」

「古竜の目は血の色をしていて、その目で見た者の力の理を看破し、自分のものにした…らしい。」

「血の色…――メドゥーサは竜眼ですか?」

「…メドゥーサは竜と番わなかった。その前に竜王国の捕虜になって、竜王国に嫁いじまったからな」

「…竜王国の正妃…」

「そうだ、なんだしってんのか」

「………」


いつの間にか雨もやみ、周囲の風は一段と冷たくなっていた。


「ワイバーン島に竜がいないとわかってがっかりしたか?」

「いいえ、よかった。ノシク 物知りです」

「………」


普段言葉の少ないジークが質問をするもので話過ぎてしまった。話したことをふりかえる。特にまずいことは話してない。


「まあ、これくらいの事は傭兵やってりゃ耳に入る。」

「ありがとう」


素直に礼を言われるとこっぱずかしいものだ。


「…そろそろ行くか」


ノシクはコップをもって立ち上がる、店に声をかけて食器を店主にかえした。


(竜が見たいなぁ。…あの年で知らねえ奴がいるとはな。)


古竜の縄張りとはよほど離れた地の出身なのか?

残りの道も特に会話はなかった。リーサ港に着く頃にはすっかり夜になっていた。


バジリスク 火属性

虹ピテ=虹マス


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