4話 謝って下さい!
黒いビロードの上で、石は妖艶に輝いていた。深海を思わせるブルーの中で、オーロラのような紫が瞬いている。
「これが――」
わんわん!わんわん!
「は、ルーメンの技術の結晶で――」
わんわん!わんわんわんわん!
「――先代のギルド長が――」
わんわん!わんわん!
「やかましい!」
つっこむと大狼の声は静まった。宝石商の店員が竜の涙について解説してくれたのに全然耳に入らなかった。
「うっせえぞ!」
大狼の飼い主が戸口に向かって怒鳴ると大狼はぐるるとうなった。
「すみ、‥すまない。これが好きなんだ‥」
「光物が好きといえば翼種のドラゴンやグリフォンだろ?大狼が光物を好きだなんて初めて聞くぞ」
「…細工物が好きなんだ…」
大狼ははじめ驚くほどおとなしかった。しかし装飾品や装飾武器の店が並ぶ南町に入った途端そわそわし始め、放っておくとふらふらと品物の方へ行く。
「あっちょ、こら!」
優雅な貴族相手に仕事をしている商人たちは、人相の悪い大狼がぐいぐいと寄ってくるので硬直してしまう。この店に入る時も大狼は当然のように中に入ろうとしたが、南町一番の高級店であるこの店の扉はくぐらせなかった。
「細工物ね…」
魔獣が細工物?意味がわからん。ジークは竜の涙に顔をよせしげしげと見つめている。仮面のせいで目の表情はわからないが。
「何かわかるか?」
「‥‥‥」
返事はない。
「これだが、加工はお宅でやっているのか?」
黙り込むジークはおいて、店員に尋ねると、マンドリルの店員は腕を広げて語りだした。
「こちらの商品は百パーセントクルヌギア産、ルーメンの技術の粋でございます!六十年程前にゾワッグ地方の王族から発注をうけ、採掘から石の加工、職人の手配までをこの街で致しました!………」
店員は一旦黙るとこちらをチラっと見た。
「ん?」
チラッチラッ
「へっへーソレハスゴイ!」
「そうでしょう、そうでしょう!」
ウンウンと頷くマンドリル。うっうざい…
「でえすがあ!完成間近にしてあちら、あちらとはもちろんゾワッグ地方にかつてございましたヴェルツィン王国のことですが。かの有名な反乱がおき‥、発注をした王族の方は行方不明。王国は解体…ネックレスは買い手がつかないままになったのです。」
「………」
チラッチラッ
「へっへーそれは災難だったな…」
「そうでしょうそうでしょう!しかし!なんとそこを先代のギルド長がご自分で購入されたのです!!!」
ヴェルツィン王国の話は有名だ。解体された王国は派閥に分かれダンケルトやドワーフの国ノイマンの国境でよく紛争を起こす。
「宝石ギルドのギルド長さんはえらい儲かってるんだな」
「状況が状況でしたので、当時はかなり金策に走ったそうです。その中でも竜の涙を採取された傭兵の方が対価を辞退された事が、大きかったとか。おかげで当時のルーメンの職人街は破産を免れたのです!今ではルーメンの人情の証としてこちらの品は採取依頼を受けられる方や、職人を志す方にいつでもご覧いただけるよう我々が大切に保管しております。」
誰だかしらないが、その傭兵のおかげでこうして現物を見ることができるわけだ。
「その傭兵の名前は?」
「それが…よく尋ねられるのですが、百人潰しという通り名しか伝え聞いておりません」
「百人潰しか…」
その名は聞いたことがある。ルーメンの傭兵ギルドで時折聞く伝説だ。ルーメン中のテルマエの湯を酒にかえただの、鼻息で一軍を吹き飛ばしただの眉唾ものばかりだが。
「まいったね…」
ダメ元でギルド長とレンピに百人潰しについて聞いてみるか。あの二人なら何か知っているかもしれん。
「わうっ」
「うわあああ!」
突然現れた大狼に店員がのけぞった。驚いても竜の涙をのせた手だけは動かさないプロ根性。
「こら!駄目だろっ!」
大狼は尻尾をふり鼻をひくひくと動かし、竜の涙を凝視していた。
結局、ギルド長もレンピも百人潰しの事はわからなかった。その二つ名を持つ傭兵がいたことは確からしいのだが、記憶にないという。百人潰しの事は一旦諦め、早めの夕食をとりにチギットリアへ来た。
「いらっしゃいませ~!わあ!ノシクさんとジークさんじゃないですか!」
「おうエマちゃん、エールたのむ」
テーブルにかけるとエマちゃんは興味津々という様子で注文をとりにきた。
「…ミルクを頼む」
「はい!今日のマスターの日替わりパスタは、チリチリ魚と冬鳥菜のペペロンチーノですがどうされますか?」
「旨そうだな。それで、ジークも食うか?」
ジークはこくりと頷いた。
「人数分頼む」
「は~い、わんちゃんにもジークさんのと同じのでいいですか?」
ジークが再び頷く、エマちゃんはごゆっくりというとカウンターに注文を通しに行った。
「‥ほんとに犬みたいだな?」
大狼はジークの足元で地面に伏せ、耳をこちらに向けている。なるほど、降下したサイズの大狼は犬に見える。
(テイマーっつうとニンフやファウヌスが多いんだがな…)
テイムは呪法を用いるのが一般的だが。魔の海周辺の大陸では呪法を扱かう者は少ない。呪法を使うのはオーガの他、ニンフやパック、ファウヌス等の中級精霊達だ。
(しかし上級魔族の大狼を中級精霊の呪法でテイムってのは無理があるな。)
ジークを見る、濁った緑色の髪の毛に丸い耳は人型だ。精霊種の者達の耳は尖っていて長いから精霊種ではない。
(ハーフオーガ?鬼人?)
たまにただの人間でも呪法に精通している奴がいるが。
「………」
ジークは黙っていた。エマちゃんが持ってきてくれた日替わりパスタを食べながらルートについて打ち合わせをすることにした。
「ジーク、ワイバーン島への行き方はどれ位調べた?」
ジークは不器用にパスタを巻いてたフォークを止める。
「………南にある。」
間違ってはいない。
「‥オルト川を南下したリーサ港からワイバーン島に行くには専用のゴンドラが出てる。かなり高い。片道五万ギルだ。ジーク金はあるか?」
「…俺が使える金は四万ギル位だ。」
「全財産か?」
「…そうだ。」
「泳げるか?」
「………」
まただんまりか。
(せめて表情がわかればな…)
こいつはちょっとしんどいな。年は聞いていないが見た目は噂通り三十前後に見える。それにしては頼りない。思わずため息が出た。
「難しい顔しとるなあ」
酒臭い息が降ってきた。がに股で近づいてきたのは、赤ら顔の大男。
「イヴァンさん、お疲れ様です」
ラッザロ傭兵ギルドの古株、イヴァンさんは今日もふらつきながら干し芋をかんでいる。ジークも小さく会釈した。
「珍しい二人じゃねえか。これでも食うかあ」
干し芋を差し出されたが、それより食いかすがとんできたぞ。
「また今度にしときます。」
俺は断ったがジークは受け取った。イヴァンさんはしゃがみ、足元にいた大狼にも干し芋を渡す。大狼は尻尾をふって干し芋を咀嚼した。
「がははは」
イヴァンさんはラッザロの父親の代からいる傭兵だ。種族は不明だが、その体は大きく、180cmある俺でも見上げるほどの大男だ。革鎧の隙間からはぜい肉がはみ出している。ランクはDだが、この人の場合はランクに関係なく人手不足の所へラッザロが無理やり連れだしている。キャリアではとっくに一人立ちできる古株だが稼ぎを無視して呑んでしまい昔それで死ぬ目にあって以来、スザンナやラッザロの保護下におかれている。どこか動物的な人で、憎めない人だ。イヴァンさんは干し芋を租借する大狼を見つめながら満足気にわらった。直後
ぶーーっっっっ!
破裂音とともに尻から激臭をふきだした。
(うわっ)
「ぎゃうー!わう!わうう!わう!」
大狼は鼻をおさえて転げまわる。俺達も思わずむせた。冬鳥菜が口から出そうになる。
「おっ、いいのが出たなあ」
イヴァンさんは得意げだ。直撃した大狼はたまんらしく、右へ左へのたうちまわっている。
(ひでえ)
大狼の嗅覚は人間の一億倍と言われる。死線をさまよう大狼を見てジークがさっと手をふった。
「!」
途端小さな風がふいた。
「くさ!」
突然後ろの席にいた客が驚いて立ち上がった。
「きゃあっ」
立ち上がった客は横でエールを運んでいたエマちやんにぶつかる。
「きゃあ!えっくさっ!」
エマちゃんは突然ぶつかられ、激臭にも見舞われたのだろう、混乱の声とともに体勢を崩した。
「エマちゃん!」
グラスもろとも地面にぶつかる、とっさに動こうとしたがジークが邪魔だ。
ばしゃっ
「あ……」
エマちゃんは地面に衝突せずに済んだ、ジークが受け止めたからだ。しかしジークは頭からエールをかぶった。
「おいおい、大丈夫か?ほらよお」
元凶であるイヴァンさんは笑いながら首から下げた手ぬぐいを投げ渡した。ジークはイヴァンさんから手ぬぐいをうけとると仮面を外した。
「えっ」
「ええっ?!」
鷲鼻で面長。眉毛は濃く太く、睫毛が長い。瞳の色は灰水色、二重の瞳は大きく、その目の周りには年相応のたるみがある。幼い頃は美少年だったかもしれないが、頬はこけ、骨格も太く、男くさい顔だ。三十前後ときいていたが、三十後半と言ったところか。
「おっさんだわ…」
エマちゃんが真顔でつぶやいた。
「ありがとうございます」
ジークは手脱ぐいをイヴァンに返す。俺達はしばしポカンとしていた。
「っていやいや!さっきの!原因はイヴァンさんでしょう!」
「おれか?」
「俺じゃないですよ!ジークさんに謝って下さい!」
ぎゃーぎゃーと叫ぶイヴァンとエマちゃんの隣で俺は、衝撃のあまり口からパスタをこぼしていた。
(さっきの…風魔法?だよな、無詠唱だったが。)
魔道具を持ってる様子もなく、無詠唱であの繊細な風魔法ができるのだとしたらジークは人族ではない。魔族だ。しかしあの目は。
(似てる…)
灰水色の瞳はある人を強烈に思い出させた。
「若いのが難しそーな顔してたもんでついな」
「ついであれはないでしょ!」
エマちゃんはカンカンだ。
「三人でどっか行くのか?」
「ワイバーン島に行きます」
ジークが答えた。その目はいつもの仮面で隠された。
「ワイバーン島かあ!あそこの連中とは仲良くすることだな!これもってけ!」
干し芋の入った袋をジークに押し付けた。
「ありがとうございます」
「俺のお嫁さんを助けてくれてありとなあ」
イヴァンさんはずずっと鼻をすすると、鼻水のついた手でエマちゃんの尻をわしづかみにした。
「きゃあ!もう!」
イヴァンさんはエマちゃんを怒らせることにかけては超一流だな。二人のやりとりのおかげで俺は現実に戻された。
(親兄弟?いや、ニンフに男は産まれん)
あの人は十二年前に死んだ。彼女は元ニンフだった。
「ノシクさん」
「ん?」
正面に座ったジークが急に姿勢を正した。
「俺達は知らないが多い。足りないは言ってください。お願いします。」
そういって大狼ともども頭を下げた。濁った緑色の髪の毛からはまだ少し水滴が垂れ、エールの臭いがした。
「…いや。おれもよろしく頼む。」
びしょ濡れの男を前に毒気を抜かれた。ジークという男に、少し興味がわいていた。
ノシク達が帰った後のチギットリアのカウンターにて。一日の仕事を終えたエマがレンピにくだをまいていた。
「もう聞いてくらさいよねえさん!」
「なあにエマちゃん?」
「イヴァンさんが最低らんれすよ、今日もすっごい臭いおならして、人のお尻触って!」
「ふふん、あいかわらずね」
「それれね!わらしのこと勝手に自分の嫁らとかいうんれすよ」
「あははは」
「いつもいつも酔っぱらっれセクハラしれ!お断りれすっていったら何したと思いましゅ?」
「なあに?」
「奥歯のつめもの引っこ抜いれ、これれ指輪作ってやるっていうんれすよ!」
イヴァンの口から出てきたのは、唾液まみれの青紫色の石。
「もーあんな場面マシュターにみられて…うう」
「ふ~ん、いい話だと思うけどねえ?」
「何がれすか!あんまりれすよう!」
酔いつぶれてしまったエマの頭をなでる。惜しい事をするものだ。レンピはちびちびとウイスキーのロックを楽しんだ。
計算ミスしていたので一部訂正しました。ごめんなさい。




