第73話:カット&ペースト。
それから俺達は二週間ほどシャンティアの家でのんびりした暮らしを送った。
部屋数はそこまで多くないのでネコとイリスは一緒、俺は今女の身体なのでおっちゃんとは別の部屋にして、計四部屋使用していた。
皆で話し合って決めた事がある。
そろそろここを出て新天地へ行こうと。
理由はいくつかあるが主な理由は、現状はどうなっているか分からないがキララの存在が大きい。
もし存命で、復活したとしたら……間違いなく俺を探すだろう。
その際ここに居てはシャンティア全体を巻き込む戦いになる。
それにノインやレイラ、レインを巻き込みたくはなかった。
他の理由は、俺がいろいろと記憶と能力を扱えるようになってきたというのがある。
「もう行ってしまうのか? 事情はある程度聞いているが……まだ時間はあるのではないかね?」
以前別れた時と同じような事をノインが言ってくれた。
娘を助けたという事があったからかこいつは俺達に良くしてとても助かっている。
だからこそ巻き込むわけにはいかない。
「いや、今日平気だからって明日が無事とは限らないからな。ここに居続ける訳にはいかない」
「もう少し、一緒に居られるかと思っていたのですが……残念です」
「いいの? お姉ちゃん。次いつ会えるか分からないんだよ?」
どういう種類なのかは置いといて、レイラは俺に好意を持ってくれている。それは本当に嬉しいしありがたいと思う。
だけど、これ以上俺の事情に巻き込むわけにはいかない。
これでレイラにまで何かあったら……。
ふと俺を守ろうとして死んだロイドの事を思い出す。
あんな思いはもう二度としたくない。
「ノイン、レイラ、レイン……皆には本当に世話になった。この恩は忘れないよ」
「いや、君に恩を感じているのはこちらの方だよ。娘たちの事、本当に感謝してもしきれない。君さえよければ本当にうちの娘を……いや、それ以上言うのは野暮だな」
ノインをじっと見つめる俺の意図が伝わったようで、彼はそれ以上言葉を続けなかった。
「ミナトさん、お姉ちゃんはいつでもミナトさんに嫁ぐ準備出来てますからね」
「レイン! 貴女って人は~っ!!」
こんな微笑ましいやり取りを見るのもしばらくはお預けだ。
「いろいろすまない。でも必ずまた会いに来るよ」
ネコとイリスがレイラとレインとハグしあって別れを惜しんでいる間、俺はノインに大事な話があった。
「実は……正式にこの家を俺に売ってくれないか?」
「む……? いや、売るも何もこの家はもう君の物だろう? 好きに使ってくれていい。しかしこれから他所へ行くという時に話す事か? もし管理とかそういうのが心配ならば定期的に人を入れて掃除させておくが……」
「いや、そうじゃないんだ」
荒唐無稽で信じてもらえるかどうかわからないが、俺はノインに一つの提案をした。
「この家、持っていっていいか?」
「……??」
「あー、そうなるよな。分かるよ、俺もまだちょっと半信半疑な所あるし」
「ちょっと待ってくれ。いったいどういう意味だ? この家を持っていく?」
「ノインが一言、いいぞと言ってくれれば俺はこの家を持っていくし、その工程を見せるよ。無理ならこのまま出発する」
ノインは眉間に皺を寄せながら俺の言葉を聞き、「む……そう言われると気になってしまうな……無論それが可能だと言うのなら構わないが」と、一応許可をくれた。
「助かるよ。新しい場所に行って一番困るのは生活環境だからな。慣れた家があると都合がいいんだ」
いまだに困惑しているノインの横を通り過ぎ、家の前に立つ。
『アレやるの?』
おう、多分上手くできる。
俺は自宅へ向けて掌を向け、指で線を描き家を囲んでいく。
いつの間にか女性陣も俺が何をしようとしているのか気になったらしくこちらに注目している。
『女子達に見られてると緊張してうまくできないよ~とか言わないでよ?』
言うか馬鹿。
指先でなぞった部分を立体的になるようにイメージを纏めていく。
そして……。
「カット」
一瞬にして目の前から家が消え、更地だけが残る。
「なっ、一体何をしたんだ!?」
声をあげたのはノインだけだったが、レイラやレインだけではなくネコもイリスもおっちゃんも、その場に居る全員が吃驚していた。
「後で説明するからちょっと待ってくれ。まだ途中なんだ」
ノインの言葉を遮り、俺は次の準備をする。
「魔空間展開」
俺の右手の先に黒い穴が生まれる。
その中に腕を突っ込んで……。
「ペースト」
腕を引き抜くと黒い穴は消え、俺の作業も一通り完了した。
「終わったよ」
「い、今のは……」
「ごしゅじん! 今何してたんです?」
「まぱまぱすごーい♪」
「ミナトさん凄いです!」
「ミナトさんって……すごい……」
「家が消えてしまたヨ!?」
「家を消してしまうとは、ミナト殿は相変わらず不可思議な事をしてのけるな……」
……ん? 一人分声が多かった気がする。
振り向けば、そこには以前よりも軽装備な鎧を身に纏ったアリアが立っていた。
「アリア!? どうしてここに」
「ふふ……驚いてくれたか? 実はミナト殿を探しに来たのだがギリギリ間に合ったようだ。私の運もまだまだ捨てた物ではないな」
早朝の人があまりいない時間帯を選んでやっていたので急に話しかけられたのは驚いたが、アリアがここに居るという事は……王都の方で何か起きたんだろうか?
しかし一人というのは不自然だ。
「何をしに来た、みたいな顔はやめてくれないか? 私はただ、その……ミナト殿と一緒に……いや、私はそう、アレだ、監視をする為に来たのだ!」
『あー、なるほどね。ハイハイ私こういう分かりやすい子嫌いじゃないわよ』
お前に好かれても嬉しくないだろうけどな。
『そうでしょうね、彼女が好かれたいのは私じゃなくて君だもの』
余計な事言わんでよろしい。
「監視っていうと……六竜の力を持った俺が不穏分子にならないように見張りに来たって所か」
「そ、そう! その通りだ! しっかりと見張っておくために貴殿に同行させてもらう!」
何故かアリアが顔を赤くしながら両手を腰に当ててふんぞり返る。
「それはそうとさっきミナト殿はいったい何をしたんだ? 私にも分かるように説明してくれると助かる」
出来るだけ冷静を装った声を出しているが、その眼は気になって仕方ないという輝きを隠せていなかった。
「あぁ、アレはな……コピペ……じゃないな、えっと……カット&ペーストって言って分かる?」
その場に居る全員が首を傾げた。
『説明下手くそか』