第416話:リースとリーヴァ。
「な、何事だ……!? 何が起きた!!」
ギャルンが慌てふためいているのは非情にいい気味だと思うのだが、俺も同じように驚いていた。
「あれは……ラヴィアンの? くっ、とんだ伏兵が居たものです。止むを得ませんね……悔しいですが今回は退きましょう。次に会う時を楽しみにしていますよ……!」
ギャルンは吹き飛ばされて落下したキララを追いかけてそのまま消えていった。
去り際のセリフはいつものような物だったが、その声には確実に焦りと憤り、そして怒りが含まれていた。
「けっ、次面見せた時がテメェの最期だよ糞野郎が……」
「どやーっ! や、やりましたよーっ! あーこわっ! あーこわーっ!!」
あのアホ女……へへ、やるじゃねぇかよ。
『でもあれで彼女を仕留められたとは思えないわ。きっと次に会う時は……』
分かってる。
次に会うのが前魔王だろうがキララだろうが、
俺のやるべき事は変わらないさ。
どっちにしてもこの場はしのげたな。
……ん?
「おい、なんか高度下がってねぇか!?」
「ミナト!」
ゲオルに乗ったシルヴァが接近し、手を伸ばす。
距離があるのでその手を掴む、という訳にはいかないが、意図は伝わったのでリリィをひっつかんでゲオルの背に移動する。
「あわわわーっ!」
「黙ってろ舌噛むぞ!」
「ごしゅじん大丈夫でしたか?」
「ミナト……すまんのじゃ。こちらはカオスリーヴァのブレスを防ぎ続けるので精一杯じゃった」
俺はネコとラムの頭を撫で、「俺は大丈夫だ」と笑いかける。
ただ、まだだ。
俺の方はこれでいいとしてママドラの方は解決していない。
「カオスリーヴァはどういう状況なんだ!?」
「分からねぇ! 急に攻撃の手が止まったと思ったらおっこち始めたぞ!?」
ずっとカオスリーヴァの相手をしていたゲオルも訳が分からないようだった。
「リーヴァの背で何があった?」
「……手短に説明するのは難しいが、簡単に言うとカオスリーヴァの中に前魔王が居てそれをキララが引っこ抜いたんだよ」
「……そうか、あの魔王をずっとリーヴァが抑えていたのだな」
どう解釈したのかは分からないが、大体の事情は把握してくれたらしい。
「それよりカオスリーヴァが落ちるぞ!」
『ミナト君……!』
分かってるよ。好きにしろ。
再び俺の身体の主導権がママドラに移る。
さすがにこれを邪魔する気にはなれない。
ぴくりとも動かないままカオスリーヴァは海の上に落ち、勢いのまま先にあった島へと半身を乗り上げた。
ママドラはカオスリーヴァの顔の前に着地し、声をかける。
「リーヴァ、リーヴァ聞こえる……? 私よ」
「……リー、ス……か?」
「リーヴァ!!」
カオスリーヴァが正気に戻っている。
やはりあの魔王を引き抜かれた事で正常な状態に戻ったのかもしれない。
だとしても、ただ魔王を引き抜かれただけにしては弱り切っている。
「何も言わず……去った、事……どうか、許してほしい」
「馬鹿よ。……貴方は、本当に、馬鹿……」
「すま、ない」
ママドラは目の前の巨大な竜の顔を抱きしめる。
「イリスは元気よ。魔王の呪いにかかってたけどね、この身体の……ミナト君がね、助けてくれて、それでね……」
「そう、か……イリス……二人とも、無事で……よかっ……」
ゆっくりとカオスリーヴァの瞳が閉じられようとしている。
「待って、いかないで! アルマ! アルマなんとかして!!」
「もうやってるわよ! 絶対に死なせたりしないですぅ……!」
そこに居るのは果たしてネコなのか、アルマなのか……二人の同調率が高まっているからなのか、まるで二人が同時にそこにいるようだった。
「無駄、だ……我は、もう……自分が薄れて……お前たちの事まで……」
「もうリーヴァの中に魔王は居ないわ! だから、もう大丈夫なのよ!」
「だとしてもだ。我はもうすぐ我である事すら分からなくなる。頭の中が空白になっていくのが分かるのだ……」
「どうして? どうしてよ! シヴァルド! なんとかならないの!?」
ママドラの悲痛な叫びに、シルヴァは視線を逸らしながら答える。
「おそらく長く魔王をその身で押さえつけていた反動だろう。同化していたからこそお互いが存在を保っていられたのだ。魔王が抜き取られた今、半身を失ったに等しい。まだ話せているのが奇跡だよ」
「シヴァルド……か、あの時、は……世話に……なった、な」
「そんな事はいい。僕と話すよりも他に話す相手がいるだろう? 残された時間を無駄にするな」
その言葉にママドラが噛みつく。
「残されたって何よ! リーヴァを助けて! なんとかしてよ! シヴァルド! アルマ!」
「だからやってる! 無茶言わないで……!」
「アルマが規格外の治癒をかけ続けているからこそまだ話が出来ているのだぞ? 受け入れるしかないのだリース。君もこの僅かな奇跡の時間を無駄にするな」
シルヴァの言いたい事は分かる。
確かにそれは正しい。
だが、人の気持ちというのはそういう時に限って効率が悪くなるもんなんだよ。
「そんな……」
「苦労を、かけてすまない……が、リース、お前に頼みが、ある」
カオスリーヴァの頼みというのは、聞くに堪えない物だった。
特にママドラにとっては。
「我が我であるうちに……この身を、滅ぼしてくれ」