第415話:どっせぇぇぇぇい!
「私は笑え、と言ったんですよ? 泣いてどうするんですイルヴァリース」
ママドラしっかりしろ!
「分かってる……分かってる、だけど……」
「ふふ……いい顔ですねぇ。カオスリーヴァに貴女を託された時から、私は貴女を、お前を絶望させたいという願いに憑りつかれていました。ミナト氏と同化した事でその希望も潰えたかと思いましたがいやはや、こんな機会が巡ってくるとは僥倖僥倖」
こいつ……! しつこく俺に嫌がらせしてきてたのはそういう事だったのかよ。
「現在カオスリーヴァは魔王の最期の呪い……いえ、これは呪いと言えるような物ではありませんね。見苦しくも生き延びる為にカオスリーヴァの肉体を奪おうとしただけですから」
なんだと……? 魔王がカオスリーヴァの身体を? じゃあ今の奴はいったいどういう状態なんだ?
「魔王は結局助からず、その身は滅びました。しかし怨念という強い意思はカオスリーヴァを蝕んだ。一瞬分体を作るのが遅れたせいで私がこんな性格になったのかもしれませんねひひひっ」
ギャルンは人の物になったその顔をぐにゃりと歪めて下品に笑う。
おそらくその顔はカオスリーヴァが人型になった時の物なのだろう。
その顔を見せつける事で更にママドラに精神的な傷を負わせようとしている。
「しかしですねぇ、カオスリーヴァはやはり大したものですよ。最後の最後で自分を浸食してきた魔王の力を逆に利用し異次元への穴を開け、自らを封印したのです」
それがカオスリーヴァという竜の生きた道だったのか。/.
「いやはや干渉する方法に辿り着くまでに随分時間がかかったものです」
……ママドラ代われ。
あいつは俺が……後は任せろ。
「……うん、ごめん」
身体が自分のコントロール下に置かれ、感覚が戻っていく。
ママドラが使った後だからか魔力の流れがいいように感じる。
「……で? お前は自我も無くなった魔王になんの用があるんだよ」
「勿論……我々の礎になって頂くに決まっているでしょう?」
ギャルンは不敵な笑みを浮かべ、更なる最悪を呼び込む。
「魔王様、出番ですよ」
なっ……。
「ちぇーっ、せっかくミナト君が居るのに……少しくらい遊んじゃダメ?」
「ダメです。楽しみは後に残して今はやるべき事をお願いします」
ギャルンは背後に現れたキララに恭しく身をかがめ頭を下げる。
「仕方ないわねぇ……うふふ、ミナト君、また後でね♪」
そう言ってキララは俺に投げキッスをすると、おもむろにカオスリーヴァの背に手を突き立てた。
「よっこら……しょっと♪」
ずるりと抜き取られたキララの手には、何かぼやっと光り輝く物が握られていた。
「素晴らしい……! 概念と化した魔王の力を掴み取るとは……! さぁ、その力を自らに取り込むのです!」
最悪の魔王、その力を新たな魔王であるキララに取り込ませる事がギャルンの目的だったのか……!
それに、あの魂すら掴み取る力はティアの使っていた物だ。
畜生……ママドラの気持ちが分かった気がするぜ。
自分の知っている力、存在が誰かに利用されているなんて吐き気がする。
そしてそれ以上に、今ですらどうしようもないキララに更なる力を与える訳にはいかない!
「させるかよっ!」
俺は転移魔法でキララの真正面へ移動、同時に全身に竜化の力を纏わせた蹴りを放つ。
「おっと、邪魔はしないで頂きましょうか」
俺とキララのわずかな隙間に黒くてひょろ長い腕が割って入り、俺の身体ごと数メートル転移させられる。
構わずそのまま蹴りを振り抜き、ギャルンの腕をへし折りにかかるが掌に障壁を張って斜めに力を受け流す事でかわされてしまう。
「ふふっ、この短期間に随分と力をつけたようですね。今の私ならミナト氏の相手程度余裕かと思っていましたがこれはなかなか……」
「そこをどけぇっ!!」
ギャルンを無視してキララに飛び掛かろうとしたその時、キララはこちらにチラリと視線を向けて笑った。
そして、その魔王だった物を自分の胸に押し当てる。
にゅるんとあっさりその身体に吸い込まれていった前魔王の遺物は、きっと俺やキララにとって想定外の現象を引き起こす。
「ぐうっ……うあっ、な、に……これ……痛い。痛い……ミナトくん、痛い……よぉ……!」
突然キララが胸を押さえてのた打ち回った。
いったい何が起きてるんだ……!?
「ふふふ……見ものですねぇ、前魔王の呪いが勝つか、現魔王の意思が勝るか」
こいつ……!
「まさかキララすら道具にしたのか!?」
「人聞きの悪い事を言わないでほしいですねぇ。私は魔王に相応しい力を持つ者が上に立つのならばそれで構わないんですよ。絶対的な力を持ってさえいればそれがキララ様でも、元魔王でもね」
狂ってやがる……!
「み、なとくん……い、痛い、くるし……」
『……ミナト君、まさかとは思うけれど同情なんてしてないでしょうね』
おいおい、少し調子を取り戻したと思ったら急に何言いやがる。
今更俺があいつに同情なんかするかよ……!
『ならいいわ。今なら前魔王もキララも纏めて始末できるかもしれないわよ!』
……キララとはこんな形で決着を迎えるつもりはなかった。
なんとしてもティアを助け出さなければならなかったから。
しかし、キララが前魔王の力を手に入れたとしても、前魔王がキララを取り込んだとしても。
どちらに転んでも最悪な展開にしかならない。
俺の力ではどうする事も出来なくなってしまう。
『ミナト君……』
分かってる。やるしかねぇってのは……だけど、それでも……。
「ふふふ、邪魔はさせませんよ。迷うのは勝手ですがどちらにせよ私がそれをさせません。全力で足止めさせて頂きます」
「……邪魔をするな!」
俺が覚悟を決めてディーヴァを抜いたその時。
「どっせぇぇぇぇぇい!!」
その場に居た誰もが、何が起きたのかを理解出来なかっただろう。
突然現れたソレがキララを背後から打ち据え、空気が振動する程の衝撃が空気を切り裂き、突風が吹き荒れる。
そして、キララは体がぐしゃりと変な方向に捻じれ、弾き飛ばされてカオスリーヴァの背から落下していった。