第414話:笑えよイルヴァリース。
「ふふふ、夫の背で夫の分体と戦う気分はどうです?」
「ふざけないで。早く彼を元に戻しなさい!」
ママドラは俺の見た事無いような紫色に発光する魔力弾を放った。
バリバリと電撃を纏ったそれはギャルンにかわされてしまうが、すぐに軌道を変えて追尾していく。
「む……? これはまた面倒な……しかしこの程度では私を脅かす事などできませんよ!」
ギャルンは魔力弾を避けながら、自身も魔力弾を投げつけ爆散させる。
「甘いわっ!」
「むっ!?」
ギャルンの攻撃により爆発したママドラの魔力弾は、文字通り爆発四散し、四方向から再びギャルンを襲う。
ギャルンも一つは打ち落としたが、それが更に細かく分かれて逃げ場を奪う。
「ちっ……!」
「逃げ場は……無いのよっ!」
ギャルンは転移で回避しようとしたようだが、ママドラがそれを阻害。
魔力弾の直撃を受け大爆発を起こした。
どうやらママドラはラムがやったように転移の際に起こる時空の歪みのような物を察知して咄嗟に空間魔法でギャルンの周囲を固定したようだ。
俺が空間魔導士グリゴーレ・デュファンの力を多用するうちにママドラも習得していたらしい。
爆煙が消えると、そこにはギャルンが倒れていた。
「ふん、アレくらいで死にはしないでしょ。死んだふりなんて趣味の悪い事はやめてちょうだい。貴方にはリーヴァの戻し方を……ッ!?」
急にママドラがその場で屈む。
何が起きたのか俺には理解できなかったが、どうやら背後から何者かに攻撃されたらしい。
「あっぶな……! ほんとにあんたって趣味が悪いわね」
「ふふ、今のをかわしますか」
「自分の分体をデコイにするなんて気色悪い事考えるわね……」
「どうにもアレは目標物を殲滅するまで止まりそうに無かったのでね。中身が空っぽのガワを用意して代わりになってもらったという訳ですよ」
ママドラがギャルンから距離を取る。
ギャルンの手には見るからに気味の悪い大きな鎌が握られていた。
黒衣に能面で大きな鎌って……まるで死神だ。
「しかし不思議ですね……一体どのような手品を使ったんです? 人間の魔物化がここまで迅速に解決されるとは思っていませんでしたよ」
「やっぱりアレはあんたの仕業だったのね」
キララのやり方じゃないからな。あんな事やるのはギャルンしかいねぇよ。
「邪魔されるのが嫌だったから目を逸らす為にいろいろ工作したというのに。計算外もいい所ですよ」
「あんたの目的はリーヴァを蘇らせる事だったの?」
ギャルンは「くっくっく」と肩を震わせながら笑い、続けた。
「そうとも言えますし違うとも言えます。私が求めているのはカオスリーヴァが取り込んでいる物ですよ」
取り込んでいる物?
それのせいでカオスリーヴァがこんな事になってるのならそれを取り出せば元に戻るのか?
「……あんた、アレがなんだか分かって言ってるのよね?」
そうか、ママドラはカオスリーヴァに触れてソレが何なのか分かったようだった。
最悪な奴の気配がする。ママドラはそう言っていた。
「どうして彼の中に奴が居るのよ!」
「貴女は何も知らなかったのですねぇ。これは滑稽だ。カオスリーヴァは貴女達を守るために自らを犠牲にしたというのに」
動悸が激しい。
ママドラが動揺している。
「……どう、いう事よ」
「くくく……いいでしょう。苦痛に歪む顔を見て見たいですからね。カオスリーヴァは貴方がたと共に魔王と戦っていた……」
そう、確かその過程でマリウスの件があり、そして魔王軍を押し返す事に成功した……。
「貴女の前から姿を消した後、カオスリーヴァが単身魔王の元へ向かった事をご存知ですか?」
「なんですって……?」
「知らないでしょうねぇ? カオスリーヴァは孤軍奮闘、一騎当千、それはもう烈火の如き大暴れでしたよ。六竜の、しかも一番の戦闘狂がその生命エネルギーを燃やすとここまで恐ろしい事になるんだなと魔王も思い知った事でしょう」
「リーヴァが……私達の為に……?」
ママドラからしたら当時突然自分達を残して消えた旦那が実は自分達を守る為に命がけで戦っていた、なんて事実を知るのはきっついだろうな。
案の定ママドラの精神が不安定になっているのを感じる。
「話しはここからですよ。カオスリーヴァは魔王をあと一息、という所まで追い詰めました。単身で、ですよ? これは非常に恐ろしい……いえ、まぁいいでしょう。とにかく魔王は滅びつつあった。しかし……」
ギャルンはママドラを追い込むようにわざと手ぶり身振りを大きく、演劇のように語った。
「あぁ、なんという事でしょう。追い詰められた魔王は最後の力を振り絞って恐ろしい呪いを発動させました。死を覚悟したカオスリーヴァはその瞬間に私という分体を作り、自身から切り離しました。何故だか分かりますか?」
ママドラは答えない。
「カオスリーヴァは事もあろうにこの私に、貴方達を頼むと言ったんですよ! きひひひっ! とんだお笑い話でしょう!? ふふ、ははっ、ハハハハハハハ!! 笑えよイルヴァリース!!」
ギャルンは能面を外し、真っ黒な空洞のような顔を、ゆっくりと人型へと変えていく。
「あぁ……リーヴァ……」
イルヴァリースは、ついに両手で顔を覆い、その場に泣き崩れてしまった。