第410話:救国の副産物。
ラムは魔物と化した人間を魔力の鎖で縛り付けながら体内に渦巻く魔力と逆の波数を流し込むというとても器用な事をしている。
とてもじゃないが真似できる気がしない。
ネコもネコで、アルマとの同調率が以前より格段に上がっているようで、狂った状態の人体を元の正常な状態まで戻していく。
勿論これは二人の力が合わさった事で初めて実現可能な荒業だが、俺は奇跡を見ているような気分だった。
みるみるうちに魔物は一人の男の姿に変わる。
どこかで見覚えがあると思ったら、どうやら兵士の一人だったらしい。
「二人とも、成功だ!」
「えへへ~私頑張りましたよぅ♪」
「じゃがこれを一人ずつという訳にもいかんじゃろ?」
ネコとラムは真逆の表情でこらを見る。
「それは……リリィ、お前の出番だ」
「へっ? わらわに何させようって言うんですーっ?」
「お前の力で新しい魔法を作ってほしい。この二人の力を世界中に拡散させる魔法だ」
ネコは首を傾げ頭にはてなマークを浮かべている。よく分かっていないらしい。
それとは違いラムは失笑。
「何を馬鹿な事を言っとるんじゃ。儂とユイシスの力を世界に拡散させる魔法を作るじゃと……? さすがにそんな荒唐無稽な……」
「ムカーッ!! やってやりますよー! このお子様はわらわの事を侮ってるって思い知らせてやりますーっ!」
ラムの否定的な意見を聞いて勝手にヒートアップしてくれた。
こいつがムキになる時は大抵しっかり結果を出してくれる。
「ラムちゃん、その荒唐無稽ってやつがリリィに出来るのかどうか見てやろうぜ。さすがに厳しいとは思うけどな」
わざと挑発的な言葉を投げかけ、鼻で笑う。
「ムッキーッ! ミナトまでそんな事いうんですか!? いいですよやりますよやってやりますよわらわの活躍見て七転八倒転げまわるといいですーっ!」
その言葉それで使い方あってるのか?
「リクマハリクマハジャンバラヤンヤンテクテクテクテクマヤコンコーン!」
「じゃんばら……やんやん?」
「なんじゃぁ……? まやこんこん?」
二人はリリィの謎詠唱に目を丸くしている。
それもそうだろう。俺だってこれについては理解出来ん。
多分リリィ的にそれっぽい言葉を発しないと気分が乗らないとかそういう下らない理由に違いない。
とにかく、詠唱を終えたリリィが両手で何か大きな球体を持つような仕草をして、俺に何か視線で訴えてきた。
「あー、ラムちゃん、ネコ、さっきと同じやつをこいつにかけてやってくれ」
「リリィちゃんを治すんです?」
「さっきと同じ波数の魔力でいいんじゃな?」
訝しみながらも二人はリリィが広げた手の中へと力を注ぎ込む。
「いっきまっすよーっ!? そーれジャランラーッ!」
その場でリリィが二人の力をなんだかぐにぐにとこねだし、一気に空へと放った。
「はじけろーっ!」
もうそこから先は完全に理解の範疇を越えていた。
俺もネコもラムも、何が起きたのかさっぱり分からない。
ただ空が真っ白に輝き、それがどんどん広がっていったかと思うとまるでオーロラのようにいろいろな色に輝きながらパラパラと光の粒子が世界に降り注ぐ。
「すっごいですぅ♪ 綺麗ですねぇ」
「な、な、なんじゃぁ!?」
「ふっふーん! わらわの計算が正しければこれで世界中の人々が元通りになってるはずですよーっ! ぐはははーっ! ひれ伏せひれ伏せこうべを垂れて這いつくばるですーっ!」
「こやつ……」
「待てラムちゃん、気持ちは分るが落ち着け。こいつを殴るのはとりあえず各地の様子を確認してからにしよう」
ラムは悔しそうにへの字口で「ぐぬぬ……」などと呻いていたが、リリィはそんなラムを煽りに煽った。
「どーしたんですかねーこのお子様はーっ! わらわの高貴過ぎる才能に嫉妬してるんですかーっ!?」
「なんじゃとこのたわけーっ! ……へっ?」
わなわなと怒りに震えたラムが我慢できずにリリィに掴みかかろうと立ち上がった。
【立ち上がった】
「ら、ラムちゃん……」
「う、うそじゃろ……?」
ラムはその場で自分の足を不思議そうに眺めながらうろうろと歩き、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしたあと蹲ってしまった。
「ちょ、ちょっと泣く事ないじゃないですかーっ! わらわそんないじわるするつもりはなかったんですーっ!」
リリィが慌てふためいて蹲ったラムを必死に慰めようとするが、違う。そうじゃない。
「あ、ありがとうなのじゃ……」
「へっ?」
「儂、足が……足が治ったのじゃ」
「へ、へー? よかった……です?」
リリィは困惑したままだが、ラムはこれでもう車椅子の必要無い身体に戻る事が出来た。
しかし何故だ?
ラムとネコは魔物化した人間を元に戻す力を使ったはずだ。
これが偶然にせよ必然にせよ理屈が分からない。
そもそもだ、ネコが治らないと言ったのだからそうなのだろうと思い込んでいたけれど……いったいどうしてラムの足を治す事が出来なかったんだ?