第408話:我が家の小悪魔。
「ミナト、中和する方法はありそうか?」
シルヴァがあまり期待はしていないような声で質問する。
「ある」
「ふむ……? 詳しく聞かせてもらおうか」
「残念ながら方法はあっても実現するのが難しいんだよ」
「ミナトっち、そりゃどういう事だ?」
「このタブレットは中毒成分を抜けばほとんどあの種から出来てる。この種はキララ……魔王の魔力が込められている物だろう。魔物化した人達を元に戻せるとしたら……人体の中でこの魔力を打ち消す必要がある」
それを全ての魔物化した人間に対して行わなければならない。
どう考えても無理がある。
種を直接植え付けられた訳じゃなくて口からの摂取だったのは幸いではあるが……。
ジンバの時のように種を植え付けられていたら本当にどうしようもない状態だった。
とはいえ現状でも難しい事は変わらない。
「実現させる為に必要な事は、キララの魔力を打ち消せる対の魔力波数を知る事、それを再現する事、それを魔物化した国民全員に流し込める事。この三つだよ」
「うひゃーっ、確かにきつそうだぜ」
「ふむ……サンプルがある以上これに対を成す魔力の波数は調べられるだろう。問題はそれを実行可能な人材と、どうやって世界中の人々に届けるか……だな」
シルヴァも顎に手を当て考え込んでしまった。
「ちょっと俺の方でも考えてみるけど、こっから先はあまり俺に期待されても困るかな」
俺の記憶の中に居る連中の中には、もしかしたら魔力波数を調べる事が出来るのもいるかもしれないがそこから先はダメだ。
ママドラだって無理だろ?
『悔しいけれど難しいわねぇ』
だったら今の俺に出来る事は無いな。
「シルヴァ、俺は一度帰らせてもらうぞ。何か分かったらすぐに連絡くれ」
「うむ、急にすまなかった。……ちなみに、リリィはどうだった?」
「ああ、アレは大したもんだよ。多分シルヴァが考えてるよりもとんでもない逸材だぞ」
「ふふ、それは楽しみだな」
……リリィ、か。
待てよ? そうか、リリィが居たか……。
リリィが上手い事やってくれれば場合によってはこの無茶な作戦も可能になるかもしれないぞ。
俺は二人に軽く挨拶して一度家に戻る。
「ラムちゃん、居るかー?」
「む、ミナトか……ちょっと待っておれ」
二階の方からラムの声がしたのでそちらに向かうと、どうやらラムの部屋ではなくネコの部屋の中から声がする。
「こんな所で何してんだ?」
ドアを開けると、車椅子に乗ったラムは万歳のポーズでネコに服を脱がされている所だった。
「……あー、あれだ、その……すまん」
「むーっ! むがーっ! ユイシス離せあいつを殺す!」
丁度万歳して服を脱がされている途中だったので顔は見えておらず、その状態のままジタバタ暴れていた。
「ご、ごしゅじん。死にたくなかったら部屋から出てった方がいいと思いますよぅ?」
「にこやかに怖い事言うなよ……じゃあ居間に居るから終わったら来てくれ」
「ころっ、ころすーっ!」
「おーよしよし、ごしゅじんはとっても喜んでましたよぉ♪」
風評被害やめて。
とりあえずこれ以上居るとほんとに大変な事になりそうだったので部屋を出て階段を降りる。
なんだか落ち着かなくて自分でお茶を入れて飲みつつ二人を待った。
『あら意外と冷静なのね? ラムちゃんの裸見てもっと慌てふためくかと思ったけれど』
完全にぺったんこって訳でもないんだな……。
『あ、ダメだこいつ』
どっしーん!
突然の轟音に何事かと音のした方を見ると、口から白い息だか靄だかを吐き出しながら車椅子で二階から着地した音だった。
「ミナト……覚悟はできておるんじゃろうな……」
「待て待て、大丈夫だって俺は何も見ちゃいないよ」
「……本当か?」
ラムの恐ろしい形相が少しだけ緩和したように見えた。
「本当だって、ドア開けてすぐまずいなって思って背を向けてたからさ」
「ほう、そんなにも儂の胸に興味なかったという事じゃな?」
「なんでそうなった!? 違う違う。見たら悪いと思ってだな……」
「ほう? では興味はある、と?」
「あるある。めっちゃ見たいわ」
「……なるほどのう」
ラムは眉をひそめてなんだかよく分からない表情になった。
それどういう感情なの……?
「ユイシスはお主が喜んでいたと言っていたがどういう事じゃろうか?」
「ははは、馬鹿だな。ネコの言う事と俺どっちを信じるんだ?」
「随分と汗をかいているようじゃが」
「馬鹿ネコと比べられたらそりゃ必死にもなるだろ」
『はぁ……必死なのは間違いないけどねぇ……ラムちゃんに嘘ついて恥ずかしくないの?』
ないの!
「そうか……それならいいんじゃが。……ちなみにじゃがのう、あの時脱がされていた服は生地が薄かったのでな、お主がこちらを見ていたのは分かっているぞ」
「うげっ、騙しやがったな!?」
「騙したのはお主じゃ馬鹿め! 見えていたのは嘘じゃ! 尻尾を出しよったな愚か者!」
「ひーっ!」
家の中だというのにラムは俺に向かって魔法をぶっ放そうとしてきたので慌てて外に転移で逃げる。
……が。
「儂くらいになるとな、相手が展開した転移魔法による空間の歪みを見てある程度追尾できるのじゃ。近場ならば尚更な」
俺のすぐ背後からラムの声がする。
俺はゆっくりと両腕を上げて降参のポーズ。
どすっ。
ふくらはぎのあたりを蹴られた。
「そんなに見たいならば下らん嘘などつかずにちゃんと見たいと言えばいいのじゃばかものめ」
……えっ?
「何それ。見せてって言ったら見せてくれんの?」
『バカ、声に出てるわよ』
「えっ、あっ」
「ひひっ、さぁて……どうじゃろうのう?」
ラムはまるで小悪魔のように笑った。