第367話:死んだら終わり、とは限らない。
「降りて来たかミナト。……その様子だと、自分がやるべき事をきちんと見つけられたようだな」
階下へ降りるとそこには皆が集まっており、テーブルには数々の料理が並べられていた。
「ミナト、思う所はあるじゃろうがそれは皆同じじゃ。このままでは済まさんぞ? その為にもまずは英気を養うのじゃっ!」
ラムは新しい車椅子に座ったまま頭に三角巾、そして可愛らしいエプロンを纏っていた。
俺の為に料理の準備を手伝ってくれていたらしい。
「そうですわ! 我が国の優秀な戦士であり勇者であるティリスティアを奪われたままなんて天が許してもわたくしが許しませんわっ!」
ポコナもエプロン装着で、小脇にボウル、右手に泡だて器を持った状態でキッチンの方から現れた。
顔になにやら白い物がいろいろ飛び散っている。
デザートでも作っていたのかもしれない。
『少女の顔にしろい物がかかってるのを見て妙な劣情を催さなかったのは意外ね』
お前の俺への認識はどうなってやがる。そんなふうに言われたらそう見えてきちゃったじゃないか。
「ミナト、どうしましたの? わたくしの顔に何かついてまして?」
ポコナが俺の目の前までちょこちょこと歩いてきて見上げてきた。
「う、うん。ついてると言えば……ついてるな」
「えっ、えっ? 恥ずかしいですわっ!」
慌ててポコナは自分の頬に触れ、クリームのような物がついているのに気付くとそれを拭い取り、こちらを見上げたまま恥ずかしそうにクリームのついた指をぺろりと一舐めしてからぱくりと咥えた。
……。
『えろい……!』
黙れ黙れ!
「? どうかされまして?」
「な、なんでもない。こっちにもついてるぞ」
反対側のほっぺたにもまだクリームがついていたのでさっと拭ってやると、くすぐったそうにビクっと身体を震わせ、その顔はみるみる真っ赤になっていった。
拭ったはいいものの指についたクリームをどうしようか迷っていると、ポコナが俺の指にぱくりと食いついた。
『えっろ……!』
黙れ!
まったく……心機一転はいいが気が抜けすぎるのも問題だ。
でもまずはこれだけ用意してくれたんだから腹いっぱい美味いものでも食べるとしよう。
珍しくネコが食べるよりも料理を作り、配膳する方に力を入れていた。
それだけ奴にも気を使わせてしまっているのだろう。
こんなんじゃダメだ。
支えてくれる人がいるから頑張れるのだけれど、支えられてばかりじゃいられない。
俺はもう大丈夫だとみんなに伝わるように、ただひたすら飯をかっ喰らった。
迷いを振り切るように、悪い事を考えてしまわぬように。
「……ふぅ、もう食えん」
集まっていた面子も一人また一人と腹がはちきれそうになって脱落していき、最終的には涼しい顔して茶を啜っているシルヴァと俺、あと今まであまり食べていなかったネコだけになった。
ネコは食器を流しへ運び、オッサと一緒に洗い物をしてくれている。
「さて、何かいい考えが浮かんだのなら聞かせてもらおうか」
「けっ、いい考えなんか浮かぶかよ。俺はただキララの中にまだティアが残っていると信じただけだ」
「ふむ……」
シルヴァは苦い顔をしながら顎を撫でる。
その可能性は低い、と言いたいのかもしれない。
でもそんな事は関係ないんだ。
「可能性がどれだけあるか、なんてどうでもいい。俺はそれに賭ける事にした。もしお前が今ここでその可能性は百パーセント無いと断言するのならば俺はこの先一生何もしないからな」
「ふふ……なるほどね。そういう事ならば僕も君の希望とやらに賭けようじゃないか」
シルヴァは目を細めてニヤリと笑った。
こいつにとっては俺が動く理由さえあるのならなんだって構わないのだろう。
「仮に魔王の中にティアが残っていたとして、上手い事ティアにあの身体の主導権を握ってもらう事が出来れば一番丸く収まるというものだ」
こいつがどこまで信じているかは分からないが、落としどころとしてそれが一番いい結末というやつだ。
「ではなんとか魔王キララの意識を阻害しティアを表に出す方法……或いは、キララかティアをあの身体から引きずり出す方法のどちらかを検討していくべきだな」
……ティアをあの身体から引きずり出す?
そうか、ティアを助け出すだけならば別の媒体を用意してそちらにティアを移すという方法もあるのか。
その場合ティアは自分の身体を失う事になってしまうが、存在が消滅してしまうよりよほどいい。
ティアがそれで喜ぶかどうかは別問題だが、申し訳ないけれどティアがそれを望まなかったとしても俺のエゴを通させてもらう。
勿論あの身体からキララを追い出して始末できればそれが一番だが。
あの身体の中に押し込めたり封印したり、というのは解決策としてはアリだがいつか再復活の可能性を残す事になってしまうので出来る限り……。
いや待てよ?
そうだ。俺とキララは死んだ事によって新たにこの世界に転生してきた。
つまり、死がイコール消滅にならない可能性がある。
めんどくせぇ……いくら殺したところであのクソったれな神様が再びあいつを送り込んでくる可能性もあるのか。
これはシルヴァに言っておいた方がいいかもしれないな。