第364話:殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
「……いたたた……酷い目にあったわい」
「おお、無事でなにより」
背後からラムとシルヴァの声。
どうやらラムは無事だったらしい。それは何よりだ。
何よりなのだが……俺は正直それどころでは無かった。
「車椅子が吹き飛んでしもうた。また新しいのを一つ頼むのじゃ」
「うむ、それは早急に用意しよう。……それよりも問題は……」
「ミナトか……止むを得まいな。してティア……いや、キララは?」
「既にギャルンと共に去ってしまったよ。……いや、まだそこにいるなギャルン」
なんだって……?
「ふふふ、さすがシヴァルド。貴方を誤魔化す事はできませんねぇ」
「おいギャルン……お前は……最初からこうなる事が分っていたのか……?」
姿の見えないギャルンに問う。
聞いても意味の無い質問。だけど、聞かずにはいられなかった。
「こうなる事、というのは今のミナト氏の絶望について言っているのでしょうか? だとしたらその答えはノーです。魔王様を復活させる事が目的でしたが、紆余曲折を経てティリスティアが貴女にとってそこまで大きな存在になるとは思ってもいませんでした」
……そうか。
だったらやっぱり、ティアは何も知らずに。
こいつに利用されて勝手に蘇らせられ、そして勝手に消された。
「おかげでとても楽しい物が見る事ができましたよ。いやはや貴女が絶望に染まっていく様は何度見ても絶品ですね。魔王様には申し訳無いですがティリスティアはよくぞ貴女と親密な存在になってくれたものです」
「もういい」
「どうせならば貴女の恋人にでもなっていてくれたらもっと極上の顔が見れたんでしょうかねぇ」
「黙れよ」
ティアは、そうなりたいと俺に気持ちを伝えてくれていたんだ。
俺はまだ返事もしてないんだぞ……それなのに。
殺す。こいつは必ず殺す。今殺す。すぐに殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
『ちょっと……ミナト君……ダメ!』
俺の中の殺意がどこまでも膨れ上がり、臨界点を越えた。
頭は真っ白になり、何か大きな力に自分が飲まれていくのを感じる。
『しっかりして! このままじゃ……!』
ママドラが何か言っているがもう俺には届かない。
ただただ俺は怒りに身を任せた。
「はははははは! これはいい。ミナト氏もこんな事ができたんですね新しい発見ですよ……ふふふ、どうです? 私が許せませんか?」
「ゆる……サナ、イ」
俺の身体はメキメキと音を立てて変質し、巨大化。背中からは翼が生え、城の天井を突き破ってバサリと浮き上がる。
……ドラゴン。
そう、きっと今の俺はドラゴンになっているのだ。
六竜イルヴァリースの、その本来の姿に。
『やめなさいミナト君! ……身体の主導権が、奪えない……!』
「さぁ、その怒りをぶつけてみるといい! 私はどこにいるでしょうね!? この国のどこかに隠れていますよ! さぁ、その業火で、ダリルを焼き払うのです!」
……そうだ。
こいつは殺さなきゃ。
どこに居るか分からないなら全部吹き飛ばせばいい。
この国ごと、消し飛ばせばいい。
「ミナト! 何しとるんじゃ落ち着けっ!」
ラムが俺の顔の前に浮かびながら必死に何かを言っている。
今それどころじゃあないんだ。邪魔をしないでくれ。
「止むを得んか……っ! ミナトを止めるのじゃっ!」
ラムは結界を何重にも展開し、俺をその中に閉じ込めた。
これではギャルンを殺す事が出来ない。
すぐに破壊して外に出なければ。
「まったく……余の目の前で愚かな現象ばかり……いい加減いくら余でも頭が痛いぞ」
「二人とも、現在のミナトは怒りで六竜の力が暴走している状態だ。手加減は要らない。力を行使される前に一気に無力化するぞ」
エクスに……シルヴァ……お前らまで邪魔をするのか?
「ふふふ、これはいい」
そこか。
俺は声の聞こえた方向へブレスを吐く。
自分でも想像がつかない程の熱量が一直線に虚空を切り裂いた。
「おっと危ない危ない。。いつまでも見ていたい所ですが……私はこれくらいで退散するといたしましょう。死んでは元も子もありませんからね」
「くっ、儂の結界を一撃で粉砕するとは……さすがミナトと言うべきか六竜というべきか……」
「貴様……今のが空へ向けての一撃だったから良かったようなものの、一歩間違えれば民草をその手で屠っていたのだぞ!」
「今のミナトに何を言っても無駄だよ。私がリースの力を抑え込んでミナトを眠らせる。少しの間でいいから二人はミナトの動きを止めてくれ。今のミナトは怒りに任せて暴れるだけだ。足止めならば容易だろう」
「簡単に言ってくれる……!」
……ギャルンはどこへ行った。
今、殺しておかなければあいつはまた俺の大切な物を奪っていく。
もう、嫌だ。
嫌なんだ。
これ以上俺から奪わないでくれ。
「ミナト! 正気に戻るのじゃっ!」
ラムの手から淡く光る鎖のような物が大量に噴出し、俺の身体をぐるぐる巻きにしていく。
しかしこんな物、今の俺にはどうという事もない。迷わず引きちぎる。
引きちぎった瞬間、千切れた鎖が爆発を起こし、煙状に変化して俺の身体全体を覆った。
不思議な事にその煙はそのままの形で硬化。俺の身体をガチガチに固めてしまう。
だがそれも一瞬俺を拘束する程度だ。
内側から邪魔な拘束を粉々に砕く。
「ミナト……今の貴様は見るに耐えん。貴様の武器を使わせてもらうぞ!」
エクスの声が聞こえた時にはもう、俺の首筋にディーヴァが突き立てられていた。
「ミナトの魔力を吸い上げろディーヴァ!」
エクスは初めて手にしたディーヴァを完全に使いこなしていた。
急速に俺の魔力が吸い取られていき、それにつれて俺の頭もクールダウンしていくのを感じる。
俺は一体何をしていたんだ。
エクスの言うように、一歩間違えばランガム大森林の時のイリスのようになっていた。
ダリルの街を焼き尽くす所だった。
「よし、よくやった。後は僕に任せたまえ……!」
馬鹿野郎、もう大丈夫だって。
ちゃんと……目は、覚めてるから……。
遠くなる意識の中、シルヴァが俺の中に入り込んで来る感触が脳を侵食していく。
「……気色悪いんだよ」