第363話:魔王復活へのお膳立て。
俺はもう、頭が真っ白になってしまい、その場に崩れ落ちた。
『ちょっとミナト君! しっかりしなさい! ミナト君!』
「ティアは……俺と一緒に居たティアは……全部、嘘だったのか?」
「ううん、それは違うわ。ミナト君と一緒に居たティリスティアは正真正銘、初代勇者で、私と同じようにミナト君の事が大好きだった。分かるのよ。同じだから」
「俺には、分かんねぇよ……」
「ミナト、しっかりするのじゃっ!」
気が付けばラムが俺の横に居て、キララを睨みつけている。
「もうお主はティアではないのじゃな……?」
「……私はキララ……魔王よ。ラムちゃん」
その表情は、なんとも言えない切ない物だった。
もしかしたらまだティアがこいつの中で……?
「だから、私のミナト君の周りをちょろちょろするのやめてくれるかしら♪」
一瞬。
キララが腕を振るうと、俺の隣に居たはずのラムが消えた。
そして消えたと同時に俺の背後で轟音が聞こえた。
そちらを確認しようと振り向こうとしたが、キララに顎を掴まれる。
「……キララ」
「なぁに旦那様」
こいつ……イヴリンと同じような事を言いやがって……。
「お前の中にティアは残っているのか?」
「私はもうキララだって言ってるでしょ? いつまでも過去の女に拘らないでほしいわ。アレも私だけれど、今ここに居る私を見て」
つまりもうティアはいないのだ。
昨日の夜俺に告白して、俺の一番になりたいと言ったあのティアは、もう……どこにも居ない。
「……キララ、俺は……お前を許せそうにない」
「どうして……? 私とティアは一緒、同じなのよ? ミナトが過去の人生を沢山自分の中に持っているように、私もティリスティアという前世を持っていただけじゃない」
「ふふ、ミナト氏、貴女はよく動いて下さいました。魔王様の復活には本来まだ時間がかかる筈だったのですがね、貴女のおかげで大分スムーズに事が運びましたよ」
ギャルンは聞いてもいないのに俺を悔しがらせる為に勝手に語り出す。
「魔王様を復活させるためにティアを利用した際、その手の術式に詳しいベルべロスに手を借りたら妙な術式を組み込まれてしまいましてね。正直困っていたのですよ……しかし貴女は上手くやってくれた。ティアを殺さずにベルべロスを始末してくれましたからね」
どうせこいつの事だから万が一ベルべロスがティアを殺そうとしたら何かしらの手をこうじていただろう。
「そしてランガム教での大虐殺……アレは痺れましたね。魔王様を復活させるために必要なエネルギーを一気に回収出来ました。勿論それについてはイリスも多いに役立ってくれましたけれどね」
逢魔聖良が言っていた、魂を横取りしたのはやはりギャルンで、それはキララ復活の為だった……?
「イヴリンの件も運が良かった。まさかこんなに早い段階でイヴリンをティリスティアの身体に吸収させる事に成功するとは……! まさに僥倖。ティリスティアの体内に大量の人間の魂を取り込んだ種を植え付け、そこへイヴリンを吸収させた事により魔王復活は数年単位で早まったと言っていいでしょう!」
……ティアに、種を植え付けた?
あの時だ。
ラヴィアンであの装置を破壊した後、ティアが背中を気にしていた。
あの時既にティアに種を……。
そうか、そういうカラクリだったのか。
元々前の戦いで傷付いたキララを回復させる為に、その身体を媒体にしてティリスティアを蘇らせ、俺の傍においてその時を待っていた……。
そして十分に時が来て、キララが復活し、ティリスティアは……。
ティアは、そんな事のために……もっと、楽しい事だって……クソっ!
俺があの時ティアの違和感にすぐ気付いてやれていれば……。
もしかしたらキララの身体なんじゃないかと気付いてやれていたらまだ打つ手はあったかもしれない。
よく考えればティアは初見でジュディアの聖剣技をかわした。
アレは一度キララに見切られていたからだったんだ。
細かく記憶を辿って行けば気付けたかもしれないポイントは幾つかあったじゃないか。
あのホタルの件だってそうだ。
ティアにもキララの記憶の片鱗があったんだろう。
俺のせいだ。
俺が、ティアを……。
「ねぇミナト君。ほら、私を見てよ」
俺の顎をクイっと持ち上げ、キララは俺にキスをした。
それは、ティアと同じ身体だったはずなのに、まったく別の物だった。
お前は俺からティアを奪った。
もうティアが居ないというのなら、遠慮は要らないだろ?
もう、いいよな?
「キララ、ごめん……死んでくれ」
竜化させた腕をゼロ距離からキララの身体に押し当て、【復讐】の力を一気にその身へ叩き込む。
「んー♪ さすがにちょっと……痛かったゾ!」
キララが口の端からうっすらと血を流しつつ、俺を投げ飛ばした。
……嘘だろ。
これが効かねぇのかよ。
だったらもう俺の出る幕は無い。
『ちょっと何諦めてるのよ!』
もういいじゃないか。
これ以上俺が抵抗しなければきっとこいつはネコ達には手を出さない筈だ。
だったら、もう……。
俺の身体は激しく床に叩きつけられ、床をぶち抜いて下の階へ落ちていく。
結局俺の人生ってのはこうなるように出来ているのかもしれない。
必死に抗うのにももう疲れてきた。
『しっかりしろーっ!』
ママドラが俺の身体を乗っ取って再びキララの前へ。
どうしてママドラがそんなに必死になるんだよ……。
『私の人生は既に君の人生なのよ! こんな事で諦めるんじゃない!』
……。
「あら、ミナト君じゃなくて……イルヴァリースね? 貴女には用が無いんだけれど」
「君に無くても私にはあるのよね。これ以上ミナト君に纏わりつくのやめてくれないかしら?」
「……ティアは良くて私はダメなの?」
キララは笑みを崩さずにママドラに問う。
「当たり前でしょ。私はもうミナト君と一つになってるの。ティアはいい子だったけれど君はそうじゃないもの。交際は認められないわね」
「……ミナト君と一つに? 同化してるならそうなんでしょうけれど改めて聞くと腹が立つわね……」
キララは露骨に殺意をむき出しにして、今にもママドラに掴みかかりそうな勢いだった。
「魔王様」
「……はいはい、分かってるわようるさいわね。今回は挨拶程度にしておくわ。ミナト君、必ず私に振り向かせてあげるからね♪」
キララは口元に指先を当てて、ぺろっと舌を出して言った。
「いい子で待ってるんだゾ♪」
「その……喋り方をやめろぉぉぉぉっ!!」
俺が怒りのあまりママドラから再び身体の主導権を奪い取り、全力を込めた一撃を振るうも、既にキララはこの場から消えていた。