第359話:世界の破局。
「おおミナト殿! 待っていたぞ」
ドアを開けるなり上座に座っていたライルが立ち上がり、俺に頭を下げた。
「やめろやめろ、王様が気軽に頭下げるんじゃねぇよ」
ライルの様子をすぐ隣で眺めていたリザインも多少面食らった様子だ。
「君がダリルの英雄という話は本当だったようだな……君の像を見た時は驚いたものだ」
「あんなもんすぐに撤去してほしいくらいだぜ」
ライルに促されマァナとポコナが席へ向かう。
「皆様、先に挨拶をさせて下さい。私はラヴィアン王国、第三王女……ヴィクトリア・アイゼン・マグナリア・ロゼノリアと申します。マァナとお呼びください」
「それならわたくしもですわね。リリア帝国の代表として父の代理として参りました。リリア・ポンポン・ポコナですわ」
丁寧な挨拶の後、二人とも席に着く。
マァナの本名はマグナリアって言うのか……リリィのアホがずっとマァナと呼んでいたがあれは愛称だったんだな。
続いてライル、リザインも挨拶を終えた後、ライルから思わぬ提案があった。
「ちなみに……そちらのラムという少女はランガム大森林の生き残りと聞くが」
「……? そうじゃが、それがどうかしたかのう?」
ラムは呑気に軽くあくびなんかしている。余程疲れたらしい。
「出来れば君にも元ベルファ王国の代表としてこの席について頂きたいのだが」
「……へ? 儂が?」
ラムが不安そうに俺の袖を掴んで見上げてきた。
彼女がこんな顔をするのは珍しい。
「ラムちゃんはベルファ王国最後の生き残りなんだから当然だろう?」
「しかしヨーキスだっておるじゃろ? 儂が代表と言うのは……」
「いやいや、ヨーキスはラムちゃんの部下だろ。どう考えてもラムちゃんの方が位は上だし、エルフ族長の血統なんだから」
そう、よく考えたら彼女も由緒正しき血筋なのだ。
ベルファ王国の王族が滅びてしまっているのならば間違いなく最も代表に近い人物だろう。
「うぅ……分かったのじゃ。儂はキキトゥス・ララベル・ラムフォレスト。よろしく頼むのじゃ」
ラムはぎこちない足取りで残り一つの椅子に座る。
座席数から見るにライルは最初からそのつもりで、シルヴァもそれを聞かされていたようだ。
「よし、では皆所定の位置についてくれ」
リザインがよく分からない事を言いだしたので、「どういう事だ?」と問うと、これから関係者だけでゲイリーのあの空間へ移動するらしい。
そう言えばそんな事を言っていた気がする。
アリアはライルの後ろへ、リザインの背後にはゲイリーが立っている。
ポコナの後ろへはシルヴァ、ラムの後ろにはティアが。
……そうなってくると残ってるのは俺とエクスだけなのだが、この場合は仕方ないだろう。
「エクス、お前がこの場全体を見ておかしな事をしようとする奴が居ないか監視してくれ。俺はマァナにつく」
「ふむ、人選的にそうなるのは必然であろうな。余に任せておくがいい。不正は認めん……そこの男の精神汚染も見逃しはしない」
エクスに睨まれたゲイリーが額に汗を浮かべながら「なんもしねぇよ……」と呟いた。
奴にとってエクスは相当なトラウマになっているだろうから大丈夫だろう。
「ライル、それでいいか?」
「私は構わないが……リザイン殿はどうか?」
「エクス殿はしばらく私の護衛をしてくれていた人物だ。異論があるわけも無し」
「そうと決まればこの配置でいいな? じゃあゲイリー、さっさとやってくれ」
ゲイリーは眉間に皺を寄せ、「今の俺はシャドウだ。二度とその名前で呼ぶんじゃねぇ」とか言い出した。
シャドウって。ゲイリーはあの日に死んで今はシュマル、リザインの影だとでもいいたいのかねぇ。
中二病が爆発してるが、まぁいいだろう。
「なんでもいいさ。じゃあシャドウ、よろしく頼む」
「任せろ」
一瞬で俺達が居た場所が気持悪いぶよぶよピンク空間に変わる。
「ほう、これが噂の……」
既にリザインから話を聞いていたのか、ライルが興味深そうに辺りを見渡す。
アリアの方が慌ててるくらいだ。
一番焦ってるのはマァナだけど。
「こっ、ここ、これは一体何が……!?」
「ここはあのシャドウって奴の能力で作った特殊な空間だ。外からの干渉が出来ないから会談の場所に使ってるんだよ」
「な、なるほど……世の中には私の知らない事が沢山あるんですね……」
マァナはずっと辺境のラヴィアンに閉じこもっていたのだから仕方ないだろう。
その点あちこち出歩いていたリリィの方が世間には詳しいのかも……いや、アレがいくら外の世界を見た所でマァナより賢くなる事は無いか……。
「ではまず同盟の提案者であるところの……リリア側からの話を聞きたいのだが、改めてこの同盟の必要性を教えてもらえないだろうか?」
ライルではなくリザインが真っ先に口を開き、会談はスタートした。
「それは発案者である僕の方から……という事でいいかな?」
シルヴァがポコナの後ろに立ったまま、一同の同意を確認するように視線をぐるりと動かすと、皆それぞれ無言で頷いた。
「……既に知っている者がほとんどだと思うが改めて自己紹介をしておこう。僕は六竜が一人、シヴァルド……今は訳あってリリア帝国参謀、シルヴァという者だ。今回この場を設けるにあたり尽力してくれたミナトにまず感謝を」
そう言ってシルヴァが俺に深々と頭を下げた。
いきなり畏まられると気持ち悪いからやめてほしい。
「そしてミナトの呼びかけに応え集まってくれた各国の代表たちにも改めて感謝をさせてもらいたい」
今度は皆に向けて頭を下げる。
意外とこういう場での礼儀はわきまえているようだ。
六竜が人間に頭を下げた、というのが余程皆にとっては衝撃だったらしく、その表情が引き締まる。
なるほどね、始めにそうする事で皆の意識をさらに真剣にさせるというこいつなりのやり方なんだろう。相変わらず打算的で気に入らないが、大したものだ。
「では……僕がこの同盟会議を開こうと思った理由を単刀直入に言わせてもらう」
そこで、シルヴァはいつもの飄々とした顔から、珍しく真面目な表情に変わった。
「近いうちに、この世界に破局が訪れる」
待って何それそんなの初耳なんですが?