6話:お絵描き小旅行*5
「……これ、お前の絵じゃねえよな?」
フェイにそう聞かれて、僕は頷く。
うん。これは、僕の絵じゃない。
「……そうか。まあ、そうだろうと思っちゃあいたけどよ」
フェイは深々とため息を吐いて、もう一度、絵を見て……そして、美術館の人を振り返って、言った。
「……この絵を出した奴は誰だ?うちの絵師の名前を騙る奴は!」
……フェイが、怒ってる。すごく。
フェイが怒っているのを見て、美術館の人は身を竦ませながら答えてくれた。
「ぶ、ブロンパ家の絵師だと、伺っておりますが……」
そうか。ということは、この絵を描いた人が、トウゴその3さんか。確か、ブロンパ家っていうところのお抱え絵師をやっているって聞いてたはずだ。
「そいつに会わせてもらおうか。どこに居る?」
「え、ええ。トウゴ・ウエソラさんでしたら……」
美術館の人がそう言いかけた途端……フェイが、遮った。
「トウゴ・ウエソラはこいつだ。偽物をその名で呼ぶな」
……フェイの緋色の目が、燃えているみたいだ。すごく怖い。けれどすごく格好いい。描きたい。
「間違えるなよ。こいつはうちのお抱えなんだからな。……で、その偽物は?」
フェイが燃える緋色の瞳でぎろり、と美術館の人を睨むと、美術館の人は震えあがって、それから、外を指さした。
「そ、それなら、いつも美術館の裏の公園で、絵を描いていらっしゃいますので……恐らく、今日もそちらにいらっしゃるかと。ああ、でもこの時間なら、もうお帰りになるところかもしれませんが……」
「分かった。ありがとな」
フェイはそう言うと、さっさと外へ向かって歩き出した。
「……怒るのって、疲れるよなあ」
そして外に出て数歩で、フェイはそう言って、へにゃ、とした顔になった。
「お疲れ様。ありがとう、怒ってくれて」
「おう。……まあ、ああいうところでは怒ってみせねえとさ、後々に押された時に押し返せねえし」
僕のために怒らせてしまった。ちょっと申し訳ないけれど、ちょっと嬉しくもある。……いや、嬉しい気持ちにまた申し訳なくなるんだけれど。
「さて……とりあえず、トウゴその3、探してみるかぁ」
「うん」
さっきとは一転、いつもの調子に戻ったフェイと一緒に、僕は美術館裏の公園を歩き始めた。
「……トウゴその3に会ったら、また怒らなきゃなあ……。あ、お前もこう、キリッ!てするんだからな!」
「う、うん」
……僕、キリッとできるだろうか。うーん。
そうして、美術館裏の小さな公園を歩いていたら、すぐ、見つかった。
「あ、あの馬車だ」
綺麗な細工の馬車が停まっていて、その中で明かりが点いている。……そしてその中で、人が、絵を描いていた。
僕とフェイは顔を見合わせると、意を決して、馬車へ近づく。
……馬車の中の人は、近づいてくる僕らに気づいたらしい。そして……。
「君がトウゴ・ウエソラ?」
僕が声を掛けたらその人は、訝し気な顔で僕らを見た。
「少し、話したいんだけれど」
僕が声を掛けたその人は……栗色の髪と藍色の目をしている、僕と同い年くらいの、気の強そうな女の子だった。
僕が話しかけたその子は、じっと僕らを見る。……いや、『じっ』じゃなくて、『じろり』っていうかんじだ。
「あ、あの……」
返事をしてくれないので、僕はちょっと困る。もう一度言った方がいいだろうか、と思い始めた頃、フェイが見かねて入ってきてくれた。
「お前だよな?うちのお抱え絵師の名前を騙ってる奴は」
フェイはそう言って、女の子を睨む。
「ちょっと話そうぜ。あんたに聞かなきゃならねえことが山ほどある。その次はあんたの雇い主だ」
そして、フェイがそう言うと、女の子は……。
「どうしてあんた達と話してやらなきゃならないの?」
そう言って、僕らから視線を外して、真正面を向いた。
「馬車、出して」
彼女がそう言うと、御者の人が馬に合図を出して、馬車が動き出す。
「待って!」
僕が呼び止めるけれど、馬は止まらない。馬達は若干名残惜しそうに僕の方を振り返り振り返りしつつも御者の人に急かされて、馬車を引きながらてくてくと歩いていって……。
そして、ひひん、と。聞き慣れた声が聞こえる。
……馬車を引く馬達は、目の前に現れたアリコーンに驚いて、足を止めた。
ラオクレスとクロアさんがアリコーンから降りると、アリコーンは真っ直ぐ、馬車馬達に近づいていって、そこで一回、鼻を鳴らした。……すると馬車馬達は顔を見合わせたり、ぶるる、と鳴いたりして、それからまたアリコーンが何か鳴いて……。
……そうしたら、馬車馬達は、もう動く気が無くなってしまったらしい。その場で座り込んで、ゆったり尻尾を振るだけになってしまった。そしてアリコーンに畏敬の眼差しを送っている。……アリコーンは何をしたんだろうか。なんだろう。アリコーンって、普通の馬にとってのアイドルみたいなものなんだろうか……?
「お、おい!な、なんだこれは!」
御者の人は急に座ってしまった馬達に驚いて、慌てていたけれど、でも馬達はもう動かないんだからしょうがない。ひひん、と機嫌良さそうに鳴く馬達に、アリコーンが『やれやれ』みたいな顔をしている。……本当に何をしたんだろう。
「この子がトウゴその3ちゃんかしら?」
「ええと、多分……。リアンとアンジェは?」
「宿に置いてきた。夜になるからな」
御者の人も、馬車の中の子も、驚いている。急にアリコーンが来たり、馬車馬が座ってしまったり、人が増えたりしたんだから驚くだろう。うん。
「それで、お話はできそうなのかしら?」
クロアさんがにっこり笑って馬車の中を覗き込むと、その中に居た子は、警戒の強い表情で、小さく頷いた。
そうして僕らは、公園の中にあったベンチとテーブルに移動した。
辺りはそろそろ暗くなってきていたけれど、ラオクレスがランプを持ってきてくれていたので、それをテーブルの真ん中に置いて、そこで話す。……これ、ピクニックとかだったらいいかんじなんだろうなあ。これから行われるのがご飯じゃなくて話し合いっていうのが、ちょっと残念だ。
「ええと……とりあえず確認なんだけれど、君、トウゴ・ウエソラの名前でコンクールに出品した?」
「ええ。したわね」
最初に聞いてみたら、あっさり肯定が返ってきてしまった。相手の表情も、しれっとしている、というか、堂々としている、というか……いや、緊張気味ではあるし、周りを囲まれているんだから警戒もしているんだろうけれど、でも、それにしても、はっきりした言い方というか……。
「そ、それから、ブロンパ家で、トウゴ・ウエソラとして雇われてる?」
「ええ。そうよ」
そ、そっか。うん。
……ええと、とりあえず、目の前の女の子がトウゴその3さんなのは、これで確実だと思う。なら、まあ、とりあえずはよかった、かな。ブロンパ家に仕えている僕の他にコンクールに出品した僕が居たら、4人目の僕が生まれていることになるところだったから。
「分かっちゃいると思うが、トウゴ・ウエソラはレッドガルド家のお抱え絵師だ。それを名乗ってブロンパ家に仕えてるってのは、どういうことか分かるよな?まさか、悪いことだと思ってないってこた、ねえだろ?」
続けてフェイがそう言って凄むと、女の子は流石に、緊張の色を強くした。……けれど、堂々として、彼女は笑う。
「……ブロンパ様は、私こそがトウゴ・ウエソラだって仰ってるけれど?」
それを聞いてフェイは、『あー』みたいな顔をした。うん。つまり、これ、貴族と貴族の対決になってしまう……。
フェイが少し出方を考えているらしかったので、その間に僕が質問してみることにした。
「どうして、僕の名前で出品したの?」
「それは私がブロンパ家の絵師『トウゴ・ウエソラ』だからよ。何もおかしくないでしょ?」
あ、そうか。つまり、ブロンパ家に雇われたのが先なんだな。うん。ということは、雇われた時の事情とかを聞かなきゃいけない。
「ええと、じゃあ、どうして僕の名前で雇われたの?それから、君のことを『トウゴ・ウエソラ』だって言っているのは、君?それとも、ブロンパさん?」
「……は?」
けれど、ちょっと質問が悪かったらしい。女の子は訝し気な顔をしてしまった。ええと、もっと分かりやすく……。
「君は、君の意思で僕の名前を名乗った?」
……すると、女の子は一瞬、動揺したような表情を浮かべた。
「……当然でしょ。私は私の意思で、この名前を名乗ってるわ」
「そっか」
うん。そう言うなら、そうなんだろう。でも……どうにも、僕の中で、腑に落ちない、というか、違和感がある、というか……。
「僕、てっきり、ブロンパさんに言われて僕の名前を名乗ってるのか、と思ったんだ」
僕がそう言うと、女の子はまた訝し気な顔をした。さっきから眉間に皺ばっかり寄せさせてごめん。
「君の絵、見たんだけれど」
けれど僕がそう続けたら、女の子が一気に緊張した表情になった。
それにつられて、僕もなんだか緊張しながら、聞く。
「……僕の名前を名乗らなくてもいいんじゃないか、って、思ったから。だから、どうして他人の名前で活動してるのか、気になったんだ」
「……本気で、そう思ってるの?」
「うん」
「私の……トウゴ・ウエソラの、コンクールに出品した絵を、見て?」
「うん。そうだ。あの、嵐の森の絵」
僕は本気で、そう思う。あの絵は、素晴らしかった。
「風の強さと雨の冷たさが感じられた。この絵の中に入ったら、きっと怖いだろうって思った。ざわざわと木々が揺れる音が聞こえてくるみたいだった」
そう思ったことは、本当だ。僕は、自分の思いに嘘は吐きたくない。だから、何とか伝えようと思って、言葉を並べる。……言葉にしてみたら上手く表現できなくて、もどかしい。
「あの絵、きっと入選すると思う。他の絵は見ていないけれど……でも、すごく素敵だったから」
……そんな僕を見た女の子は、嘲笑のような、それでいてちょっと寂しそうで苦しそうな表情を浮かべた。
「だとしたらあんた、よっぽど甘い世界で生きてきたのね」
「いい?この国で真っ当に評価されて、コンクールで入選して、王城や王立美術館に飾られるような絵は、貴族か貴族のコネがある者が描いた絵だけよ」
「ここの美術館の絵、見た?」
「うん」
僕が頷くと、彼女は小さくため息を吐きつつ、言った。
「なら、分かったでしょ?ここに飾られてる絵は、貴族のお気に入りが貴族のお情けで飾らせてもらったものか、或いは貴族が描いたゴミだわ」
きぞくがかいたごみ。ごみ。……ゴミ、かあ。うーん、痛烈な言い方だ……。
「特に、中央の部屋に飾ってあるゴミなんて、正にゴミの山よね。狙ったわけじゃない狂い。筆跡の稚拙さ。観察眼の鈍さ。ああいうものが評価されるなんて、どうかしてる」
女の子は首を振って栗色の髪を流しながら、苛立った表情を浮かべていた。まるで……嵐みたいだ。そういう荒々しさと冷たさを感じる。彼女が描いた絵みたいに。
「あの部屋にあるもので価値のあるものは、絵じゃないわ。名札。『誰々が描きました』っていう名札に価値があるの。あの部屋は名前だけ並べている展示室なんだわ」
けれど、僕は今、この嵐みたいな女の子を前に立っている。
……僕だって、あの美術館の絵に、なんとなく、疑問を抱かないでもない。納得がいかないし、納得がいかない自分に納得がいかない気がしている。
それでも……僕は、あの美術館の絵の中に、好きなものもあるんだ。それまで、嵐に吹き飛ばさせたくはない。僕は、僕の気持ちに嘘は吐きたくない。
「確かにあの展示室は名前だけ飾っているのかもしれないけれど、でも、優れた絵だって、あったよ」
目の前の女の子に、そう言う。できるだけ、堂々と。そうできたかは自信が無いけれど。
「……だとしたらあんたの目も大したもんじゃないわね。あそこに飾ってある絵なんて……」
「王都の絵が、よかった」
主張する。僕が『いいな』と思ったことまで吹き飛ばされてしまわないように、主張する。
「オーリン・ハルクっていう人が描いたらしい絵なんだけれど、すごく迫力があって、格好良くて、ちょっとやけっぱちというか、やさぐれたかんじがよかったんだ」
僕がそう言うと、彼女は……戸惑ったような、そういう顔をした。
「……もし、まだ見てないなら、見た方がいい。あれは、ゴミじゃない」
……嵐が、止まった。そういう気がした。
女の子は瞠った目をゆっくり瞬かせて、それから、ふっと、その苛烈さを収めた。
「……そう。あんたはそう思ったのね」
「うん」
自信を持って頷くと、女の子は……深々と、長く、ため息を吐いた。それから、苛立ったように髪を掻き上げて、ちょっと顔を顰めて何か考えて……言った。
「……変なやつ」
「うん。よく言われる」
主に僕を『変なやつ』だと思っていそうな3人を見ながらそう言うと、ラオクレスは涼しい顔をして頷き、クロアさんはくすくす笑って頷き、フェイは『その通りだ!』とでも言うかのように力強く頷いていた。そ、そんなに……?
「まあ……いいけど。あんたがどう思おうと、あんたの勝手だもの。そして私がどう思おうと、私の勝手だし」
「うん」
それはその通りだ。僕の気持ちは僕の中にあるし、この子がゴミだっていうものの中にも気に入ったものがあることは変わらない。そして、僕が気に入ったものをこの子も気に入る必要はない。うん。
「それで……君は、君の名前で出品しても入選しないから、僕の名前で出したの?」
改めて聞いてみると、彼女はまた、ちょっと皮肉気な笑みを浮かべた。
「……そうかもね。もし私が偽物のトウゴ・ウエソラだっていうなら、そうなのかもしれないわ」
そっか。……ということは、彼女は、やっぱり評価が欲しくて絵を描いているんだろうか?あれ、でも僕の名前で出品していたら、彼女の評価にならないんじゃないかな。でも、彼女は入選したい?うーん……。
「……どうして入選したいの?王様に評価されるため?」
「はっ。あんなクソジジイに評価されて嬉しいと思う?」
……くそじじい。うーん、さっきから言葉の切れ味が、すごい。スパスパいく。すごい。
「他の絵師が何のために入選したいかなんて知らないわ。中には国王陛下に評価を頂きたいからっていう奴らもいるかもね。でも、私が入選したいのは、多くの人が見る場所に私の絵を飾ってやりたいからよ。それだけ」
ぎらり、と、彼女の瞳が輝いた。彼女の言葉みたいに強くて鋭くて、藍色の瞳が研ぎたての刃物みたいに見えた。
「……そっか」
彼女の考えていることの全部は分からない。多くの人に絵を見てもらいたいっていう気持ちは僕にはよく分からない。
けれど、その一部分でも、理解できるところがあったし……やっぱり、彼女と話してみて良かったと思う。
よく分からないけれど……分からないから、知りたいな、と、思う。
「……それで?あんたは私に、コンクールへの出品を取り下げろっていうの?」
調子を戻すように、彼女はそう言って僕を睨む。
「私を偽物扱いするなら、筋を通しなさいよね。そちらのレッドガルド家のフェイ様にお願いして、ブロンパ様と掛け合ってもらいなさいよ」
……フェイさま。そっか。フェイは『様』か。
そう思ってフェイを見上げると、フェイは何とも言えない顔をした。
「おー……やめろやめろ。トウゴ。うん。『様』って言うな。『様』って言いそうな顔すんな。背中がむずむずする」
そっか。じゃあ、フェイ。
……よく考えたら僕、貴族を呼び捨てにしてるし、敬語でもなく話してしまっている。うーん、これ、よくなかったかもしれない。いや、でも、フェイは僕の親友だから……許してほしい。うん。
それから……呼び捨てや敬語無しを許してもらうついでに、もう1つ、許してほしい。
「出品は、そのままでいい」
「……え?」
「とりあえず、コンクールが終わってから考えよう。……それでいい?」
「ん?まあ……そうだな、その間、コンクール以外でトウゴ・ウエソラの名前を出さねえなら、ま、俺としては構わねえけどさ。トウゴが決めたんなら口は出さねえよ。うん」
ありがとう。フェイのこういうところ、本当にありがたいし、大好きだ。
「い、いいの?じゃあ、あんた達、一体何のために私に会いに来たのよ」
「ええと……君と、話すため、だろうか?」
答えてからもう一度考えてみたけれど、やっぱりそうだ。僕は、目の前の『トウゴその3』さんと、話してみたかった。
「な、なんなのよ、あんた……ホント、変なやつ!」
うん。僕、変なやつです。
そして僕は変なやつだから、変なことをするんです。
「僕も、同じことをしてみるよ。君の名前で、僕もコンクールに絵を出してみる」
僕がそう言うと、彼女は驚きと動揺と、それ以外の、ちょっと明るい何かとを混ぜて溶かしたようなため息を吐く。
「……そうね。なら、まずは最初の問いの答えだけれど」
最初の問い……ああ、『君がトウゴ・ウエソラ?』って聞いたやつ。
ちょっとドキドキしながら彼女の答えを待つと……彼女はちょっと笑って、言った。
「『いいえ』よ。私はトウゴ・ウエソラじゃない」
「私はライラ・ラズワルド。トウゴ・ウエソラの名前を利用している絵描きよ」
「うん。よろしく、ライラ」
そっか。ライラ。ライラっていうのか。1つ、彼女について知っていることが増えた。
「お、おいおい。いいのかよ。お前、そりゃ、自分は偽物ですって自供したようなもんだろ?」
けれど、彼女がそう名乗ったことで、彼女は自分が偽物だって認めたようなことになってしまった。……彼女としては、いいんだろうか?
「ふふん。ブロンパ様はそうは思わないかもしれないわよ?私が暴漢に襲われて脅されてそう言った、とでも主張してくださるんじゃない?多分ね」
そ、そっか。強かだ。
つまり、あくまでも公的に偽物だって認めるつもりはなくて、そこをどうこうするならブロンパさんにフェイが掛け合わなきゃいけなくて……けれど、ライラは僕にちょっと、心を開いてくれた。うん。
僕がちょっと嬉しく思っていると、ライラはにんまりと強気な笑顔を浮かべた。
「精々、証明して頂戴よ。本物のトウゴ・ウエソラの絵だって、名前無くして評価なんてされない、ってね」
「分からないよ。僕が君の名前で入選するかもしれない」
「そうなったら面白いけれどね」
ライラはそう言って馬車へ戻っていった。するとアリコーンが馬車馬達に挨拶したらしく、馬車馬達は名残惜し気に、けれどちゃんと、馬車を牽いて歩いていったのだった。
ライラが去っていって、フェイが深々とため息を吐いた。
「……ったく、とんでもねえ女の子だったな」
「うん。とんでもなく素敵な子だった……」
けれど僕がそう言った途端、フェイはため息も引っ込むような顔で僕をまじまじと見つめた。
「……素敵?」
「うん。彼女、とても素敵だ。きっと仲良くなれると思う。うん。仲良くなりたい」
僕は嬉しい。素敵な絵を描く素敵な人と知り合うことができた!しかも、多分また会える!
どうしよう。また会えたらその時はちゃんと『描かせてください』って言おうかな。でも、絵描きさんはモデルさんじゃないから、失礼だろうか……。
「お前……変なやつだなあ!」
「うん!」
フェイは気が抜けたみたいにけらけら笑っていたけれど、僕も笑いたい気分だ。
だって今日は、とても素敵な日だったんだから!