23話:龍の寝床*7
「おー!トウゴ!久しぶりだな!」
「うん、ごめん。約束の10倍寝てた」
「全くだ!3日までにしとけっつったら30日だもんなあ……いや、でも今回ばかりはうちの為にやってもらっちまったことだし、まあ、俺も文句は言えねえけどさあ……」
僕が会いに行くと、フェイは早速そう言って……それから、僕の頭を、ぐりぐりと撫でた。
「とりあえず、起きてくれてよかったぜ」
「うん」
「ってことで、この話は終わりだ。クロアさんあたりから聞いてきたんだろ?」
「うん。王家が大変だって聞いた」
僕が答えると、フェイは苦笑いしつつ頷いた。
「とりあえず、今の王家の状況だけどよ……」
そしてフェイはそう切り出しつつソファに座って、僕に向かいのソファを勧めてくれて、僕がソファに着くや否や。
「王家の直轄領の1つが、枯れた」
そう言った。
「か……枯れた?何が?」
「霊脈、だな。うん」
「な、なんで……?」
王家って、だって、アージェント家と協力して、レッドガルド家の方の霊脈を堰き止めていたはずだ。なのに霊脈が枯れてしまったって、一体どういうことだろう。僕のせいか?
「あー、お前のせいじゃない、お前のせいじゃない。そんな心配そうな顔すんなって。ええと……どっから話せばいいかな」
フェイは僕の前でひらひら手を振ってそう言ってから、ちょっと考えて……それから、話してくれた。
「ええと、まずはお前が倒れた後からだな。お前が龍を出しただろ?あの後、お前が倒れて、それを見た龍はお前を咥えて、水晶の小島の木の根元に寝かせちまった。水晶削って、丁度いいかんじにしてたな。器用だよな、あいつ」
あ、そうだったんだ……。道理で寝心地の良いベッドができていたわけだよ。
「まあそれはいいか、と思って見てたら、龍が飛んでいって……洞窟の天井の空いてるところ、あるだろ?あそこから外に出ていっちまった」
うん。
「……それからすぐ、雨が降ってきた。あれ、龍が降らせたんだろ?」
「うん。多分」
僕はまだ、龍が雨を降らすところを見ていない。もしかしたら、僕が起きた時にしとしと降っていた雨はそれだったのかもしれないけれど。
「お陰でレッドガルド領は潤った!龍が守ってくれるから、これからも魔力不足にはならねえだろ!……ってとこまでは、まあ、よかったんだよな」
「うん……」
問題は、この後だ。僕はちょっと緊張しながら、続きを聞く。
「……まず問題の最初に俺の憶測が入るのは勘弁な?えーと、俺の憶測では、王家が霊脈2本を堰き止めてでも魔力を溜めてやりたかったことは、ドラゴンの召喚だった」
「……ドラゴンの」
召喚。召喚って……え?できるのか。いや、僕も似たようなことをやっているのかもしれないけれど……。
「そ。ドラゴンの召喚。……どうしてここまで王家がドラゴンを欲しがるのかは分からねえけど、とりあえず王家はドラゴンが欲しいらしい」
まあ、前から王家の人はドラゴン、欲しがっているよね。ジオレン家の人達も王様にあげるためにドラゴンを出させようとしていたし、王様もフェイからレッドドラゴンを貰おうとしていたみたいだし。
「召喚に挑戦して、召喚できればそれでよし。駄目でも、レッドガルド領の霊脈を2本とも塞げばレッドガルド領は困窮する。そこでレッドガルド領を助ける見返りにレッドドラゴンを献上させる、ってことくらいは考えてたんだろうな」
そっか。どっちに転んでも、とりあえずドラゴンが1体は手に入るように、ってことか。……うーん。
「……王家の人達って、嫌なやつだ」
僕がそう零すと、フェイはきょとん、としてから、けらけら笑いだした。
「ははは。違いねえな!……お前もそういうこと、言うんだなあ」
「うん……」
こういうことを言うのはよくないかもしれないけれど、僕だって、腹が立ったりすることはある。うん。
「ま、トウゴが珍しくも怒って嬉しいのはさておき……王家の『嫌なやつ』らは霊脈2本分の魔力を使って、ドラゴン召喚の術を行おうとしたんだが……その直前、ドラゴン、っぽいのが確認されたわけだな」
「……龍?」
「そう。龍だ!」
それは……ええと、王家の人、困っただろうな。ドラゴンを出そうとしたら、龍が他所から出てきた。これは結構、慌てるんじゃないだろうか。自分達が失敗したっていうことも考えるだろうし、或いは、誰かに騙されてしくじった、ってことも考えるかも。うん。レッドガルド領にドラゴンを横取りされたって思うかもしれない。
「……で、王家の連中の視点に立つとだな?こう……魔力を堰き止められて、これから枯れていくだけの大地に、突如として古のドラゴンらしいものが現れて、そいつが雨を降らせて、その後にはレッドガルド領の魔力が潤った。そういうことになる」
……うん。
「こりゃ、ありえねえことだよな?連中はドラゴンを召喚するために霊脈2本を堰き止めて、わざわざ大量の魔力を用意してたってのに、ドラゴンが現れたのは魔力の枯れたレッドガルド領だったんだから」
絵を描く以外でどうやってドラゴンを出すのか、僕は知らない。けれど多分、魔力を沢山用意して、それで来てもらうんだろうな、というくらいは想像がつく。
多分、召喚獣の為の宝石を用意しておくのと同じようなかんじなんじゃないかな。宝石と合わせて魔力を用意しておいて、お家だけじゃなくて食料も用意しておきました、みたいな……。
「その結果、王家はこう……勘違いしちまったんだろう」
「勘違い」
「そ。勘違いだ。……『ドラゴンは魔力が少ない土地にこそ現れるものだ』ってな!」
フェイの話を聞いて、しばらく僕、ぽかんとしていた、と思う。
いや、でも……王家の人達から見たら、しょうがない結論かもしれない。レッドガルド領ではレッドドラゴンに続いて龍も出てきた訳だけれど、レッドガルド領は王都と比べたら当然、魔力の少ない土地なんだろう。
特に今回は、王家が自ら霊脈を堰き止めていたんだから、魔力が少ないのは明らかだ。そして、王家の人としては……『魔力が少なくなった』後に『龍が出てきた』んだから、その2つを直接結びつけてしまうのは、まあ、仕方ないかもしれない。
「王家では大分、騒ぎになったみたいだな。『王家に残る古文書にだけ記録があるような古のドラゴンが現れた』って。……最初はアレ、ドラゴンだと思われてなかったっぽいぜ。王家の古文書にそれっぽい記述があったから一応、ドラゴンってことになってるけどよ」
「ああ、翼は無いし、長いもんね」
龍って、異世界の人からしてみればドラゴン、ってかんじじゃないよな。うん。ドラゴンっていうと、翼があって飛ぶやつだ。龍は翼も無しにするする空を泳いで飛ぶから、ドラゴンっぽくはない。
「ま、そういうことで……俺の親父が王城に呼ばれて、そこで色々聞かれて……」
「うん」
「親父は『新たに現れたドラゴンはレッドガルド家のものにはなりませんでした。現れた後どこへ行ったかもよく分かりません。しかし、どうやらレッドガルド領には霊脈の異変が起きていたようですね。ですからきっと、精霊様が枯れゆくレッドガルド領を憐れんでドラゴンを遣わしてくださったのでしょう』って答えた」
「……うん。誤解を招くね」
「おう。親父も『ローゼス!フェイ!私は王家の連中を存分に誤解させてやったぞ!』って言いながら満面の笑みで帰ってきた」
フェイのお父さんって、結構、こう、いい性格してる。うん。いや、本当にいい意味で。
「……と、まあ、そういう訳で、王家の連中は『土地の魔力が一気に減ったりするとドラゴンが現れるんじゃないか』っていう推測を始めちまったんだ。で、『土地の魔力を減らせばドラゴンを出せる』っていう風に思ったらしくてよお……」
……あ。嫌な予感がする。
「それで、王都からちょっと離れたところにある王家の直轄領を1つ、枯らしちまったらしい」
「うわあ……」
そ、そうか。それで、王家の直轄領が枯れた、っていう……。そういうことだったのか。
「ちなみにそこ、魔力を堰き止めて半月以上放ってあるわけだけどよ、まだドラゴンは出てきてねえらしいぜ」
「だろうね……」
なんというか、土地がちょっとかわいそうだ。その土地に住んでいる生き物だって人だって、居るだろうに。
「お陰でサフィールさんとこの庭とお前の森に妖精が増えたってよ」
「また!?」
あ、そうか!生き物は引っ越せるんだ!よかった!……森がまた賑やかになるなあ。
とりあえず、僕が寝ている間に何があったかは大体分かった。
龍が出てきて、王家の人が混乱してしまったことも、フェイのお父さんがそれをちょっと手助けしてしまったことも、そうして王家の人達が勘違いして、自分達の土地を1つ枯らしてしまったことも。
「ってことで、王家の直属領は来年の税収が一気に減るだろうなあ……。まあ、俺達の知ったこっちゃねえけど!」
「うん」
ちょっと申し訳ないような気もするけれど、向こうが勝手にレッドガルド領に酷いことをしようとしたんだから、しょうがないってことにさせてもらおう。
それから、フェイを連れて森へ行くことにした。
フェイは最近ずっと王家の勘違いのせいで忙しかったらしいから、その気晴らしに、ということらしい。
「あの水晶の洞窟さあ、すごく綺麗だけど、小島に近づこうとすると龍に怒られるんだよなあ……。ほら、お前が寝てる間、時々見に行ってたんだけどよ、お前が寝てる島に入ろうとすると、龍が威嚇してきて……」
「えっ」
……思い返してみると、そういえば、僕が起きた時にラオクレスがアリコーンに乗ってやってきて、そこでちょっと、龍と見つめ合っていたっけ。あれ、龍の許可を待ってたのか。そっか。
「どうしよう。僕、そういう場所で1か月も寝てた……」
「……いや、多分龍としてはお前が寝てるから立ち入らせたくなかったんだと思うぜ?」
そうだろうか。でもあの洞窟は龍の寝床だから、僕もあまり立ち入らない方がいいのかもしれない……。
ということで、ちょっと緊張しながら、龍の寝床にやってきた。
龍は水晶の小島の上でゆるりととぐろを巻いていたのだけれど、僕が近づいたら、ぴくり、と動いて、するする伸びて、僕の方へやってきた。
「あの、お邪魔します……」
僕が挨拶すると、龍はちょっと訝しげな顔で首を傾げて、ぐるる、と喉の奥で鳴いた。……そして、僕の体が、浮く。
「うわ」
龍の神通力だ。僕はそのまま抵抗できずに浮いて、飛んで……龍の背中に、すぽん、と収まってしまった。
「……あの」
龍はくるくる鳴くと、それから、フェイをかぷり、と咥えた。
「うおっ!?」
僕らを連れて、龍は湖の真ん中、水晶の小島に渡る。……そこでフェイは放してもらったし、僕も下ろしてもらった。
「……やっぱこの龍、お前に懐いてるよなあ」
「懐く、っていうか……ええと、お世話になってる……」
なんというか、僕としても、龍はちょっと、恐れ多いというか。なんだろう、鳳凰や管狐みたいに、軽い気持ちで接することができない。だって龍って、ものによっては神様だし。
……けれど、僕がそう言った途端、龍はちょっとじっとりした目で僕を見つつ、僕のお腹を尻尾で軽く叩く。
途端。いっぱいになった。何がとは言わないけど。
「……う、うわ」
だ、出したい。何をとは言わないけれどすごく出したい!これ、前にやった奴の逆だ!
「あ、あの、お願いだからこれ、元に戻して」
僕がそう言うと、龍はちょっと拗ねたような顔をする。器用だな!
「やだ。ねえ、これ、やだよ。やめてよ……」
けれど僕は限界だ。でもここで漏らすわけには……。
……僕がそうやっていたら、龍は仕方なさそうに、また僕のお腹を尻尾で軽く叩いた。叩かれた時の衝撃で出るかと思ったけれど、その前にまた、消えてた。……な、なんなんだろう、これ……。
僕が困っていたら、龍は緩く僕に巻き付くようにしてとぐろを巻くと、ぺろ、と、僕の顔をちょっとだけ舐めた。
僕がびっくりしていたら、龍はするする解けて、するする飛んで、木の上で寝始めた。
……この龍、結構意地悪だ!
「お前……懐かれてるなあ」
「どこが!?」
フェイはそう言ってにやにやしているけれど、僕はこの龍、ちょっと苦手だ……。
気ままな龍はさて置き、僕らは水晶の小島の上で少し話す。
「ここもすっかり落ち着いたよな」
「え?」
「ほら、急にここに魔石が大量にできて、魔力が増えただろ?だからその分、ちょっと魔力が浮いてるようなかんじがあったけどよ。でも、一回、木と水を通してるからかな。落ち着いたっつうか、ちゃんと循環してる感じがするっつうか……」
フェイはそう言って、木を見上げる。僕もつられて見上げる。
……僕が描いて出してしまった水晶は、やっぱり僕が描いて出してしまった木に魔力を吸われて、その木が実らせた実が水に落ちて水に魔力が溶け込んで……それを龍が降らせてる。うん。スタート地点以外は、綺麗な循環だ。後は、時々僕が水晶を描いて出した方がいいんだろうけれど……。
そんなことを考えていたら、ふと、気になってしまった。それは確かな違和感だ。
「ところで僕、思ったんだけれど、魔力って、循環するんだよね?」
「そうだな。土地に染み込んだ魔力を生き物が使って、生き物が使った魔力は大気に出ていったり、生き物が死んで朽ちた時に土地に戻ったりして……巡り巡っていくわけだよな」
やっぱり。
……霊脈について調べている時、思ってしまったんだ。
「……僕、そういうの無視して、魔石とかを出してしまっているんじゃないだろうか」
僕、色々と大変なことをしているんじゃないか?と。
……しばらく、フェイも固まっていた。
けれど……その後、そっと、僕の頭を撫で始めた。なんだなんだ。
「……うん。お前は別。深く考えるな!うん!」
「いや、そういう訳にはいかないと思うんだけれど……」
「けどよ、この森の魔力を吸って魔石を出してるっていうかんじでもねえだろ?」
実感は無い。周りから魔力を吸っているっていう感覚は無いし、森の結界も無事だ。影響はないように見える。
「……ま、いいや。トウゴはトウゴだからそれができる、ってことで。もしかしたら俺達がよく分かってねえだけで、どこかからか魔力持ってきてるのかもしれねえしさ。深く考えんなよ。実際、できてるんだし」
うーん……けれど、これ、僕の世界で言うところの質量保存の法則とかエネルギー保存の法則とかを丸ごと無視してしまっていることにならないだろうか?それって、いいんだろうか?
「もしかしたら案外、この世界もお前が描いて出したもんだったりする?」
「しないよ。神様じゃないんだし」
「はは。冗談冗談。ま、いいんじゃねえの?お前にとって都合がいいってのは、悪いことじゃねえだろ?」
「うーん……」
……まあ、考えていてもしょうがないので、こういうものか、くらいに思っておくことにしよう。うん。
いや、でも、エネルギー保存の法則……うーん……。
エネルギー保存の法則も質量保存の法則も魔力保存の法則も考えないことにした。うん。思うに多分、魔力は循環するってだけで、絶対量が決まってるわけじゃないんじゃないかな。そうじゃないと、他のことにも説明が付きづらくなる気がするし……。
まあ、それはさて置き、僕は、寝ている間にため込んでしまった絵の依頼をこなしたり、それとは別に絵を描いたりして、龍を出す前の生活に戻りつつあったんだけれど……そんな中で、1つ、嬉しいニュースが舞い込んできた。
「おーい!トウゴー!」
フェイが飛んできた時、彼の表情は満面の笑みだった。何かいいことがあったんだな、というのは、その時点で分かる。
「どうしたの?」
「聞いて驚け!なんと……!」
そしてフェイは、たっぷり二呼吸くらい置いて、それを発表した。
「サフィールさん家に、赤ちゃんが生まれた!」




