9話:変な馬達と密猟者*3
目が覚めたらぬくぬくふわふわ、居心地が良かった。
……どうやら僕は気絶した後、水から引き上げられて地面に寝かされて、そこで巨大な鳥に温められていたらしい。
「ありがとう。あったかかった」
お礼を言うと、鳥は満足げにキュンと鳴いて、飛び立っていった。
……全裸で濡れたまま寝ていたのに風邪をひかなかったんだから、ありがたいことだ。うん、鳥がいてくれてよかった。
「君達もまだ居たんだ」
それから、泉の傍で、天馬と一角獣がうろうろしていた。僕が近づくと、2頭とも大人しく近寄ってきた。……一角獣の方は少し嫌そうだったけれど。うん、ごめんね、男で。
「角の調子はどう?」
聞いてみると、一角獣はその角でごく軽く、僕を小突いてきた。うん、元気そうで何より。
「……本当に本物の角が治っちゃった、のかな」
一角獣の様子を見る限り、角は元通りになったらしい。そして、僕は角を実体化させたことで気絶したんだろう。泉の時みたいに。
泉の時は、『水が湧き出る仕組み』まで実体化させてしまったから気絶したんだと思う。
そして今回は、『無くなってしまった一角獣の角を戻した』から気絶した、んだろうか。単なる実体化じゃなくて治療になっちゃうから別枠、ってことかな。
……でも、今回のは大きな発見、だよね。
絵の実体化は、結構奥が深いらしい。
とりあえず、体を拭いて服を着た。
それから朝ご飯なのか昼ご飯なのかよく分からない食事を摂って……さて。
「君の方も治そうか」
もう一回気絶したっていいよ。僕は天馬の羽も、描きたくなった。
天馬は描かれる間、ずっと大人しかった。治療中だって分かるのかもしれない。
その間、一角獣はそこらへんを走り回ったり、草を食べたり、畑のミニトマトを勝手に齧ったりして気ままに過ごしていたけれど、決して、天馬から一定以上は離れようとしなかった。……本当に仲がいいんだね。
「さて、できた」
そうしている間に僕は天馬の絵を描き終えていた。ちゃんと、翼が2枚ともある姿で。
そして天馬の背中の翼が治ったのを見届けて……また、僕は気絶した。
目が覚めたら夜だった。そして僕は、馬2頭に両脇を固められて温められていたらしい。
お陰で風邪を引かなかったんだからありがたい、というのはおいておいて……うん、次からは気絶しそうなものを描く時は、ブランケットを被ってから描き上げるようにしよう。
その後、馬2頭は森の奥へ帰っていった。うん、元気になってくれたみたいでよかった。これは素直に嬉しい。
……一方、僕は1日に2回も気絶したわけで、間違いなく『元気じゃなくなった』。頭が痛いし、目眩がすごい。地面がふわふわ揺れているような気がする。まるで船に乗っている時みたいだ。
これは……まあ、大人しく休んでおいた方がいいだろうな、と思ったので、今日はもう寝る。もう何もしない。
食事を摂った方がいいような気もしたけれど、食べても戻してしまいそうだったから、そのままベッドに入ってブランケットに包まって、さっさと眠ることにした。
寝て起きたら、もう昼過ぎだった。結構寝過ごしたけれど、それはそれとして、体調は戻っていたからまあいいか。
毎朝水浴びに来ている鳥はもうとっくに水浴びを終えて帰ったらしい。けれど、今日は代わりに馬が居た。
「おはよう。早くないけど」
馬に挨拶すると、馬は慣れた様子でぶるん、と鳴いて、変わらず水を飲んでいた。……この泉、すっかり僕以外の生き物のための場所みたいになってるな。
「角と羽の調子はどう?」
聞きつつ撫でてみると、角は相変わらず角だったし、羽も問題なく両方羽だった。更に、天馬は翼をはためかせて……飛んでみせてくれた。
「……馬が飛んだ」
馬って飛ぶんだなあ、と、現実味の無い光景を見ながら思って……うん、まあ、そういう世界だしな、と納得することにした。うん。馬は飛ぶ。この世界ではこれが当たり前。それでいいや。
馬が元気になったので、馬のために少し、泉の周りに草を生やすことにした。
いや、食べ物があった方がいいかな、と思って。……そうしたら、中々馬には好評だったらしい。天馬も一角獣も、泉の周りに生えた草を食べていた。
……そしてよっぽどここが気に入ったのか、更に仲間を連れてきてくれた。
「増えた……」
翌朝の泉の周りは、馬だらけだった。あと、鳥。鳥の大きさってすごいな。馬よりもインパクトあるよ。
……でも、今は馬だ。馬が大変だ。
連れてこられた馬は皆、どこかに怪我をしていた。翼を切り取られたような天馬も居たし、角が折れている一角獣も居た。
……ので、しょうがない。
僕は片っ端から、天馬と一角獣を治していくことにした。
そしてその度に、気絶してぶっ倒れることになった。
何日もかかった。多分、丸々一週間くらい。
でもお陰で何頭もの馬が治ったし……嬉しいことが3つあった。
嬉しいこと1つ目。
馬を描くのが上手くなった。うまだけに。うまく。
……ええと、とりあえずこれは目に見えて効果があった、と思う。
馬をずっと観察し続けていたわけだし、馬ばっかり一週間描き続けていたんだからまあ、納得の結果ではある。
明らかに絵の出来が良くなったし、描く速度も随分良くなった。
嬉しいこと2つ目。
それは、気絶しにくくなったことだ。
何頭も馬を治していたら、治し慣れてきた、のかな。なんと、僕は馬の角1本を治したり、馬の翼2枚を治したりするだけでは気絶しなくなっていた。
……ただ、気絶はしなくてもものすごく疲れるし、そのまま2頭目にとりかかると、やっぱり気絶したけれど。
そして、嬉しいこと、3つ目。
……馬が、プレゼントをくれた。
一週間ほど馬を治し続けた後の、ある日。
天馬と一角獣達が、僕の所に何かを咥えてやってきた。そして僕の目の前に、その何かを置いたのだ。
……それは、天馬の羽と、一角獣の角の欠片だった。羽は1枚抜き取ったのかな。角は治す前の奴が折れた時に出た欠片、だったんだろうか。
羽も角も、それぞれ色が違って、全部綺麗だ。自然のものなのに、それ1つがぽんと置いてあるだけで、美術品みたいに見える。
天馬の羽は真珠みたいな光沢がある白だったり、淡い金色だったり。薄い薔薇色の奴もあった。なんだろう、陽だまりの色?太陽の光の色?なんだかそういう印象を受ける。
一角獣の角の欠片は、青白い不思議な色だったり、鈍い銀色だったり、はたまた濃紺だったり。……どれも全部、すごくいい色だ。ちょっと空の色に似ている。
そんな素敵なものを僕の前に置いて、馬達は僕を見つめていた。
「……くれるの?」
尋ねてみると、馬達は特に答えることなく、尻尾を振ったり翼をぱたぱた動かしたりするばかり。
一歩後退してみたら、馬達は鼻面で羽や角の欠片をずいずい押して、僕の方へと動かしてきた。
ということは……うん。
どうやらこれは、彼らからのプレゼントらしい。
更に、プレゼントは続いた。
「うわ」
僕は突然、一角獣の角に掬い上げられて、放り投げられた。
宙を舞う感覚に、一瞬遅れて怖くなって……でも、それだけだった。
僕は空中で、天馬の背中に着地していたのだ。どうやら、天馬が空中で僕をキャッチしてくれたらしい。……一角獣と打ち合わせ済みだったのかな。
天馬はそのまま僕を乗せて、ぱたぱたと背中の翼を動かしながら、空を飛んでくれた。
「……綺麗だ」
空高く飛んだ天馬の背中の上で、僕はこの森の全貌を初めて見ることになる。
森はまだまだ続いていて、でも、見える位置でもう終わっている。どうやら、延々と進んでいけば森を脱出することもできそうだ。
……空から見る風景というのは、またこれは新鮮だった。単純に壮大で、綺麗で、見ていて楽しい。
それに、この森の終わりも分かって……まあ、一歩前進、といったところ、かな。
まだこの世界から脱出する気はそんなに無いけれど、方法が分かっていた方がいいとは思ってる。だから、僕はこの世界のこと、まだまだ知らなきゃいけない。
天馬は森の上をくるりと一回りして、元の場所に戻ってくれた。
「ありがとう。すごく楽しかった」
乗せてもらったお礼をしながら、そうだ、今度はお礼に人参を用意しておこうかな、なんて思う。それとも、馬に人参っていうのは安直が過ぎるか。
「あ、なら折角だし、鬣、梳かそうか」
人参はまた今度用意しておくとして、今は彼らの身繕いを手伝ってみることにした。
大きな櫛を描いて出して、それで馬の鬣を梳く。
櫛を通している間、馬は何となく気持ちよさそうにしていた。そういえば馬って、自分の背中とか首の後ろ、掻けないんだっけ。……想像したら痒くなってきた。馬って大変だな。
「折角だし洗う?」
見ると泥汚れなんかもあるみたいだし、折角だし今日はこのまま馬の洗濯でもしようかな。馬に触っていれば馬の形状を理解するのにも役立つだろうし、そうしたらもっと速くもっと正確に馬が描けるようになるだろう。
……そうして僕は馬の水浴びを手伝うことになった。馬は案外喜んでくれたみたいで、泉の周りでなんとなく楽しそうに駆けまわっていたり、尻尾をフラフラさせながら座り込んで眠っていたり、僕を鼻でつつき回したり。うん、まあ、僕にすっかり慣れてくれたみたいでよかった。これでたっぷり観察してたっぷり描ける。
……そうして、馬と一緒に泉に入っていたら、急に馬が騒がしくなった。
「どうしたの?」
聞いてみても、馬は怯えるばかり。歩き回ったり、落ち着かなげに嘶いたり。あと、やたらと僕の周りに寄ってきた。
一体どうしたんだろう、と思っていたら……理由はすぐに分かった。
「な、なんだ、ここは……?ペガサスとユニコーンが、こんなに……」
天馬の羽の向こうに、人が見えた。
……僕はこの世界で初めて、人間に出会った。