19話:龍の寝床*3
妖精がたくさん来た。まあ、森は広いから、棲む場所には困らないと思う。どうぞご自由に、好きなところに住んでください。ウェルカム。
僕が妖精達を受け入れることを伝えると、妖精達は一気に盛り上がった。……妖精の言葉は分からないけれど、彼らの声は小さく小さく聞こえる。
妖精達が一斉に何か騒いでいるらしくて、僕の耳には、森の木々の葉擦れの音みたいな、薄く削った貝殻同士が触れ合う音みたいな、そういう音がいくつもいくつも重なって聞こえた。
「よかったね。住んでいいって!」
アンジェにはそれらがちゃんと言葉に聞こえているのかな。妖精達によかったね、よかったね、と言いながらにこにこしている。……妖精の言葉が分かるの、ちょっと羨ましい。
「それにしても随分沢山来たけれど……霊脈が堰き止められた、ってどういうことなんだろう」
ちょっと妖精に聞いてみると、妖精は何か、口々に教えてくれる……というか、いや、多分、教えてくれてるんだろうけれど……。
ごめん、妖精の言葉は分からない……。
それからアンジェが一生懸命に妖精の言葉を聞いて、それを翻訳してくれた。
……ただ、小さくて語彙もまだそんなに多くないアンジェを通して話を聞くと、こう、今一つ、はっきりしない部分が多いというか。
けれどその中でも分かったことはある。
どうやら、このままだとこの辺りの土地一帯、全部、ちょっと危ないらしい。
僕は慌ててフェイを呼んだ。鳳凰に飛んでもらって報せを運んでもらって、そうしたら2時間くらいでフェイが来てくれた。
「なんだなんだ!?妖精の引っ越しでレッドガルド領が大変ってどういうことだ!?」
……ちょっと慌てて手紙を書いたから、フェイが混乱していた。ごめん。
改めて、フェイにも説明する。
妖精達が大量に避難してきたこと。何故避難してきたかというと、霊脈とやらが堰き止められてしまったからこの近くで一番魔力の多い場所に来たらしい、ということ。そして、霊脈とやらが堰き止められてしまったので、ここら一帯の土地がちょっと危ない、という話も。
……そのあたりの話をしていたら、フェイの表情が段々険しくなってきた。
「……そうか」
一通り話を聞いたフェイは、腕を組んで悩み始める。
「……なあ、トウゴ」
そして僕に、聞いてきた。
「お前、これ、なんとかできたりする?」
……ええと。
「そもそも、何が起きているのかもよく分かってないんだけれど……」
多分、僕だけ置いてけぼりになっている!
「とりあえず、分かってるのはどこまでだ?」
「えーと、とりあえず何かが大変だっていうことだけ」
僕が答えると、フェイはけらけら笑いだした。いや、笑い事じゃないよ。全然分かってないんだよ。僕。
「じゃあ、霊脈の説明からか?」
「うん。それはリアンから聞いてる。魔力が流れる川だって」
「そうだな。大体それでいい。土地に流れる魔力の線が霊脈だな。当然、魔力が流れてる土地だから、そこらへんは豊かになったり……精霊様が棲む、なんて言われてる。当然、うちの領地にも流れてるぜ。この森はその霊脈の真上にあるらしい」
……うん。精霊、棲んでます。お世話になってます。
「魔力が多い土地の方が作物だって育つし、生き物だって過ごしやすい。当然、人間が住みたがるのはそこだから、主要な都市は特に、霊脈の上に造られることが多い。例えば、王都は複数の霊脈が合わさるところにあるってかんじだ」
そっか。つまり、王都はものすごく作物が育つし、生き物がものすごく過ごしやすい……ってことだろうか。
あ。王都に妖精が多かったのって、そういう理由なのかもしれない。なんとなく僕のイメージでは、妖精って都会にはあまりいない印象だったんだけれど……そういうことなら納得だ。
「……んで、霊脈が堰き止められるってのは、そのまんまだな。魔力が流れてこなくなる。レッドガルド領の下を通ってる霊脈が堰き止められたってことは、まあ、上流のどっかで何かがあったってことだろうな」
「ええと、魔力が流れてこないとどうなるの?」
「今は冬だから影響が少ねえけど、このままだと来年は不作続きだろうな。ってことは、税金もそうそうとれやしねえし、正直、結構厳しい。うちはまだ蓄えあるけどよぉ、霊脈がいつまでも戻らねえようなら、何か考えねえと、再来年は国に納めるもん出せなくなっちまいそうだ」
……要は、災害、っていうことなのかな。それによって作物は不作で、領地の運営が難しい、っていうかんじらしい。
そしてこれが長引いたら、フェイの家が危ないっていうことになるんだろう。……それは嫌だ。
「あと、妖精達が逃げてきたのは間違いなく、魔力を得られないと生きていけねえからだろうな」
「えっ」
「魔獣とか妖精とかそういう類って、魔力があるから強いし賢いだろ?だから、魔力がねえと生きていけねえんだよ」
それは……それは大変だ!この森の生き物は皆賢いけれど、それってつまり、霊脈が堰き止められてしまうとこの森の生き物も死んでしまうっていうことじゃないだろうか。馬とか、鳥とか。
「まあ、この森に妖精が避難してきたってことは、ここは魔力が多いんだろ。多分、お前のおかげだな!」
……なら、よかった。馬も鳥も妖精も、とりあえず無事そうで。
でも……この森だけの問題じゃないよな。レッドガルド領全体が不作で生き物が皆大変、っていうのは、うーん……。
「ま、いいや。とりあえずそうなっちまったもんはしょうがねえ。すぐ戻って親父と兄貴と相談してくる」
フェイはそう言って、ひらりとレッドドラゴンに飛び乗る。
「ありがとな!お前のおかげで早めに対策とれる!」
僕というか、妖精とアンジェのおかげだけれど……。
……うん。早めに分かったのはまだ、不幸中の幸い、なのかもしれない。妖精達が引っ越ししてこなかったらまだ霊脈が止まっているって分からなかったかもしれないし。
フェイはそのままレッドドラゴンに乗って帰っていった。……何かいい対策が浮かべばいいけれど。
「霊脈、ねえ……何か大規模な魔法でも誰か使おうとしているのかしら?」
フェイが帰った後、クロアさんとラオクレスにも相談してみた。すると、クロアさんからそういう言葉をもらった。
「大規模な魔法?」
「ええ。何人も魔術師を集めて、魔法を使ったりすると、土地から魔力を借りることもできたりするのよ。その時に使う魔力を貯めておくために、一時的に霊脈を堰き止めて魔力を貯めてから使う方法もあるの」
……僕、まだこの世界の魔法のことがよく分かってない。色々な魔法があるって事は分かるし、クロアさんの魅了の魔法を受けたり、リアンが氷の魔法を使ったりしているのは見ているし、何なら僕自身も絵を実体化させる魔法を使っている、っていうことなんだろうけれど……うーん。そんな、川に住むビーバーみたいなかんじで、魔力を貯めたりできるものなのか。
あれ、もしかしてこの森とか、いわゆる『魔力が多い土地』って、ビーバーの巣やダムみたいに魔力が堰き止められて、魔力のため池みたいになってるってことなんだろうか。……この森に住んでいる僕はビーバーなのかもしれない。
「……霊脈は人為的に堰き止められるものなのか?」
そしてふと、ラオクレスがそう言った。
確かに、クロアさんの言う通り、『何人も魔術師を集めて魔法を使ったりする』ような状況をつくれば霊脈を堰き止められるというのなら、誰かが意図的にやった可能性もある。
「アージェントか?」
「それは分からないけれど……仮にアージェント家の仕業だったとしても、それを証明するのは難しいかもね。まさかこちらへの嫌がらせの為だけに何かやったとは思えないし、大体、アージェント家が本当に関与しているなら、相当広範囲から文句が出るでしょうね」
……それはどういうことだろう。僕が内心で首を傾げていると、クロアさんが紙にペンで簡単な地図を描いてくれた。
「ここが王都ね。この国の中心。一番霊脈が集まっているところだったり、霊脈の始まりだったりするわ」
つまり、色々な川が流れ込んでいる湖か、或いは、源泉。分かった。
「それで、こっちがアージェント家」
続いてクロアさんは、紙に書いた王都の隣にアージェント家の印を描いた。
「ええと、多分この辺りまでアージェント領ね」
「……大きい」
「そうよ。王家の次に大きな家だもの」
アージェント領は大きい。王都を中心にして大きな円を描いて、その3分の1ぐらいを占める扇形を作ったら、大体アージェント領。うん。
「それで……レッドガルド領は、こっちの方ね」
そして、クロアさんは紙の上にまた印を描く。
……王都を中心にして、9時の方向から1時の方向ぐらいまでがアージェント領。
そしてレッドガルド領は、5時ぐらいの方向にある。……うん。
「成程」
「分かったかしら?つまり、アージェント領を通って、かつレッドガルド領に流れてくる霊脈って……こういう通り方をしていることになるのよね」
クロアさんは2本、線を引く。
1本は、アージェント領から王都を通ってレッドガルド領までの線。
もう1本は、アージェント領からぐるりと回ってレッドガルド領まで届く曲線だ。
「王都を通る霊脈を堰き止めたら、王都にも影響が出るわ。王都には他の霊脈も通っているからそこまで致命的な影響じゃないでしょうけれど……それはアージェントとしてはやりたくないことの筆頭でしょう。王都は少しでも敵に回したくはないはずだもの」
「うん」
「でも、かといって、ぐるりと回ってくる方を堰き止めるとも思えないわ。だって、そんなことをしてしまったらレッドガルド領だけじゃなくて、他の多くの領地から文句が出るものね」
曲線の方は、レッドガルド領だけじゃなくて、サフィールさんのオースカイア領も通っている。うん。僕かフェイへの嫌がらせにしては、大規模すぎるよね。
「だから、何かしているとしたら王都だと思うのよね。一番大規模な事をやれるのは当然、王家でしょうし」
「アージェントもそれなりに権力がある。何かやろうと思えばできるんじゃないか」
「そうね。アージェントがやっているのかもしれないわ。……でもそれにしても、絶対に王家は関わっていると思うのよね。王家がアージェント家の敷地と霊脈を借りてやっている可能性が高いわ」
「……わざわざ王都の外で何かやる必要があるのか?」
「ええ。だって、霊脈の集まる王都の上で大規模な魔術をやってしまったら、それこそ大変なことになるわよ?この国が大きく変わってしまうかも」
そっか。ええと、つまり、王都で何かやったとは考えにくいけれど、アージェントさんが単なる嫌がらせでやった可能性も低い、と。
「……誰かが何かをしているなら、止める方法は無いのか」
「無いわね」
けれど、クロアさんはそう言って肩を竦める。
「何かやっているにしろ、どうせ秘密裏に地下とかでやってるんでしょう?それを見つけ出して叩くのは、私でもちょっと難しいわ。これだけ大規模に何かやっているなら、密偵1人に探られるような体制ではないでしょうし」
そっか。プロにそう言われてしまうとあきらめざるを得ない。
「ええと、誰かが何かした可能性もあるけれど、そもそも、単なる災害かもしれないんだよね?」
「そうね。だからこそ、相手はいくらでも言い逃れできるわ。問い詰めるのは難しいと思う」
うーん……原因が分かった方がいいのはそうなんだけれど、なんとなく、誰かが何かしたんじゃなくて、単なる災害によるものだって思いたい。
その方が、なんか、気が楽だ。……こういう考え方、よくないのかもしれないけれど。
それから次の日。フェイが森に戻ってきた。
「よお」
「フェイ。どうだった?」
少し疲れた顔をしているフェイに駆け寄ると、フェイは深々とため息を吐いた。
「……ちょっと聞いてみたんだけどよ。サフィールさんの家にも影響が出てるらしい。庭に引っ越してきた妖精達がそわそわしてるって、サフィールさんの奥さんが言ってたってよ」
そっか。……ということは、サフィールさんの家を通っている霊脈も、塞がれてる?
「うちの領地を通ってる霊脈は主に2本。1本はオースカイア領の方から回ってくる奴。もう1本はアージェント家から王都を抜けて直通で来てる奴だ」
「うん。クロアさんから聞いた」
これだよね、と、クロアさんに描いてもらった図を見せると、フェイは頷く。
「おう。……で、ここにオースカイア領の霊脈も足すと、こんなかんじだ」
地図の上に、もう1本線が引かれる。サフィールさんの家の辺りを通って王都の方へ行く線だ。
「多分、サフィールさんの家や周りの土地を見る限り、霊脈がそんなにひでえことになってるってかんじは無かった。少なくとも、うちよりはずっとマシだな。レッドドラゴンが言うんだから間違いねえ」
フェイがレッドドラゴンを撫でると、きゃう、とレッドドラゴンが自慢げに鳴いた。そっか。レッドドラゴンはそういうの、分かるのか。
「……つまり、レッドガルド領を通る大きな霊脈2本が両方、堰き止められているってこと?」
「そういうことになるな。親父と兄貴も調べてくれたけど、うちの下流はやべえけど、他はそうでもなかったらしい」
そうか。つまり、レッドガルド領だけ、狙い打たれたみたいに霊脈が堰き止められてしまっている、っていうことか。
……ということは。
「つまり、人為的なもの?」
僕がそう聞くと、フェイは険しい表情で頷いた。
「ああ。……俺達の予想では、こうだ」
「王家が、うちの霊脈を枯らそうとしてる。で、それにはアージェントが直接手を出していないにしても、許可は出してる。俺達はそういう風に見てるぜ」