18話:龍の寝床*2
……そうして僕は、考えた。
だって、天使の召喚獣だ。天使の召喚獣って、何だ。
天使の召喚獣なんだから、飛べた方がいい。羽はふわふわのやつだ。天使の兄妹には何故か羽が無いので、それを補えるような召喚獣にしたい。……あっ、天使に羽を生やすっていうのはどうだろう。折角だし。
……いや、止めておこう。取り返しのつかないことになったらまずい。
うん。やっぱり、羽が生えていてふわふわしているやつ。それでいて、兄妹の安全を守ってくれるようなやつだ。強いか、大きいか。うーん、アンジェが怖がるかもしれないから、あんまり強面じゃない方がいいな。アンジェは最初、ラオクレスも怖がっていたし……。
あと、あったかいやつ。冬場には一緒に布団に入ってぬくぬく温まれるようなやつがいい。これは、ふわふわの羽を持っているやつなら大体は条件を満たしそうだけれど。
……そう考えていると、唐突に僕の部屋の窓が叩かれた。こつこつ、と。
窓の外を見ると……いや、正直、あんまり見るまでもなく……そこには、巨大な鳥が居た。僕と目が合うと、鳥は、キョン、と鳴いた。
鳥が僕を外に連れ出したがっているのは分かったので、窓から外に出る。
すると途端に鳥は僕をひょい、と背中に乗せて、ぱたぱた飛び始めた。
……こいつ、僕を掴んで飛ぶだけじゃなくて、乗せて飛ぶこともできたのか。じゃあなんで前回巣に連れていった時は掴んでいったんだろう。あ、逃げられないように掴んで、そのまま攫うためか……。
「何かあったの?」
僕が聞いてみると、鳥は、キョキョン、と鳴きつつ森の中心部を目指す。……ということは、結界関係かな。
「もしかして、ちょっと弱ってる?」
試しにそう言ってみると、鳥は、キュン、と鳴く。多分、正解。
……そっか。結界、弱ってきてるのか。あんまり自覚は無かったんだけれど。
とにかく、結界が弱っているなら大変だ。僕は例の遺跡の前に連れていかれて、そのまま遺跡の中に入って、結界に魔力を注ぎ直した。ちょっと疲れた。
結界作動装置みたいなやつはまた力を取り戻して、光り輝きながら結界を維持してくれることになったらしい。うん。これで大丈夫だ。鳥も満足げにキュンキュンいってる。
……遺跡を出たところで、その鳥を見ていて、僕は、思った。
天使の召喚獣、こいつでいいんじゃないだろうか。
飛べるし。大きいし。ふわふわしていてあったかいし……。
流石に、元精霊を召喚獣にするとよくない気がしたので、新しく鳥を描いて出す。
元精霊のコマツグミよりは一回り二回り小さめの大きさだけれど、子供を連れて飛ぶならこんなものだろう。
色はやっぱり天使の羽らしく白かな、とも思ったのだけれど……折角なので、空色から青まで、青っぽい色々な色の羽を持っている鳥にしてしまった。
鸞、っていうらしい。鳳凰の青バージョン。つまり、青い鳥だ。
青い鳥は幸せを運んでくるっていうし、これからすくすく育つ子供にはぴったりじゃないだろうか。
とりあえず、鸞を、二羽。……リアンとアンジェ用に、1羽ずつ。あと、鸞同士で寂しくないように。
……ただ、これだけだとこう、2人を運ぶのには苦労が無いだろうし、ちょっとした荒事くらいはなんとでもしてくれそうなのだけれど……ちょっと心配だ。僕の管狐みたいに、小さくて身軽な奴も居た方がいいかもしれない。
アンジェには妖精がついていてくれるだろうけれど、リアンには……馬は、割とリアンを気に入っているようなのだけれど、ポータブルって訳にいかないので……。
……悩んだ結果、氷の精を出すことにした。フェイが連れてるやつの、氷版だ。
氷の体を持つ生き物で、氷が砕けても周囲の水を使って再生できるし、溶けてしまってもその内再生できる。とても丈夫な生き物だ。
何故、氷の精か、っていったら、リアンが氷の魔法を使うからだ。多分。……初めて会った時、多分、リアンは氷の魔法を使っている。あれ以来一度も見ていないし、氷の魔法が使えるとも聞いていないけれど。
でも、もし氷の魔法が使えなくたって、リアンには氷の精、ぴったりだと思う。きらきら輝いて白っぽく見えて、時には薄青く見える氷の精は、リアンにぴったりの色合いだ。
「あの、2人に預かってもらいたいものがあるんだけれど」
翌日、僕はリアンとアンジェの家に行って、2人に宝石を手渡した。なくすといけないから、加工した状態で描いて出した。どっちもペンダント。リアンの方は、氷の精が入っておくための腕輪も用意した。
「え、これ、なんだよ」
「ええと、召喚獣のお家」
僕がそう言うと、2人ともきょとん、として……それから、アンジェが、ぱっと笑顔になった。
「……狐さんのお家?」
「ええと、管狐じゃないけれど、そうだね。ああいうかんじ」
アンジェは管狐を可愛がってくれている。管狐もアンジェやリアンの服の隙間に入るのは楽しいらしくて、よく遊び相手になってもらっている。だからアンジェは『召喚獣』と聞いて、真っ先に管狐を想像したんだろう。
「こいつ、なんだけれど……」
そして僕はそこで、2人に鸞を見せた。鸞も、初めて天使兄妹を見た。
……その途端。
キュルルル、と鳴きながら、2羽の鸞は天使2人に寄ってきて、2人のペンダントに頭突きして中に入ってしまった。……早速、気が合うみたいで、何より。
天使2人は最初こそ、大きな青い鳥に戸惑っていた。けれど、アンジェは早速、鸞を撫でて頬ずりして、仲良くなり始めた。それを見ていたリアンの方の鸞も、リアンを羽でくすぐって遊び始めた。……うん。やっぱり天使には鳥が似合う。満足。
「それから、リアンには、こっちも」
「へ?」
青い羽毛にぐいぐい押されて埋もれかけているリアンを呼んで、その場で氷の精を描く。
そして出てきた氷の小鳥は5羽。揃って首を傾げてリアンを見つめて……それからすぐ、リアンの腕輪の宝石に入ってしまった。腕輪には親指の爪くらいの大きさの宝石が5つ、嵌っている。そこに仲良く並んで、氷の小鳥が潜り込んでいった。
「な、なんだよ、こいつら」
「君とアンジェの護衛」
出ておいで、と僕が声を掛けると、氷の小鳥達は揃って出てきて、リアンの頭や肩に止まる。それを見て、リアンはぽかん、としていたけれど……恐る恐る手を伸ばして、氷の小鳥に触れた。
「……あんまり冷たくねえんだな」
「気に入った相手には熱かったり冷たかったりしないんだって」
フェイも火の精に乗ったり掴まったりしているけれど、あれ、火の精側が懐いている相手のことは火傷させないように気を付けているかららしい。逆に言うと、もし、フェイに敵意を持った人が火の精に触れたら大火傷する、っていうことだ。
「……こいつ、俺のこと、気に入ったの?」
「うん」
「な、なんで?」
「さあ……君が悪いやつじゃないって分かったからじゃないかな」
リアンは、そっか、と言いながら、氷の小鳥をそっと撫でて……それから、意を決したように、今度は鸞に向かって行って、ぽすん、と埋もれた。鸞は少し驚いたようだったけれど、やがて満足げにキュル、と鳴く。しばらく、リアンは青い羽毛にぐりぐりと埋もれていたけれど……やがて、羽毛の中から出てきて、僕に言った。
「……へへ。ありがと」
「うん」
これで、リアンとアンジェの安全はある程度確保できるだろう。天使なんだから、攫われないように気をつけなければ。
「これで俺、おつかいにも行けるよな!」
……あっ、働く気だったのか。なんてこった。
結局、手紙の配達はリアンの仕事になった。
リアンとアンジェが鸞に乗ってフェイの家に手紙を運んだり、フェイの家から手紙をもらってきたりする。
……天使はまだ小さいので、鸞の上に乗って飛べるらしい。僕の鳳凰は流石に、僕を掴んで飛ぶことはできても、上に乗せるのはちょっと辛いみたいだ。
リアンもアンジェも、鸞に乗って空の散歩を楽しんでいたし、フェイの家までの道を飛ぶのはいい気晴らしになるみたいだ。うん。これからもよろしくお願いします。
……ということで、森の伝書鳩計画は一旦保留になった。まあ、当面は2人とフェイに頼もう。2人も鸞も、楽しそうだし……。
そうして、森に仲間が増えて数日。
リアンとアンジェは順調に鸞を乗りこなしていたし、鸞は森の仲間として馬達に受け入れられていたし、僕の鳳凰は鸞を弟分か妹分だと思ったらしくてちょっと世話焼きになっているし、何かと賑やかになってきた。……そんなある日。
「はい。今日の手紙。持ってきた」
「ありがとう」
リアンがフェイの家から持ってきてくれた手紙を受け取る。うん。依頼が新しく入ってきたみたいだ。ちょっと嬉しい。
「そういやさっき、空飛んでる時、すごいの見たぜ」
「すごいの?」
手紙の中身を確認するより先に、リアンとアンジェが少し興奮気味に話し始めたので、そっちを聞くことにする。なんだろう。
「あのね、あのね、妖精さんがたくさん!お空から見たら、きらきらがたくさん、集まって飛んでるのが見えたの!」
……妖精が、たくさん?
「引っ越してるみたいなんだけど、それがきらきらして、すごく綺麗だったんだ!地面に銀の粉を振りまいたみたいなかんじで……」
それからリアンとアンジェは夢中になって、妖精達の集団引っ越しの話をしてくれた。
妖精はきらきらして綺麗だけれど、それが沢山集まっていたらさぞかし綺麗だろう。
「ちょっと見てくる」
「描いてくるのか?」
「うん!」
そんなに綺麗なものなら、見ない手はない。僕は近くに居た馬に頼んで乗せてもらって、早速、空へ飛んだ。
森の上空へ出てからリアンの話を思い出してきょろきょろすると、すぐにそれは見つかった。
成程。妖精の大移動だ。まだ光が微かに残る夕暮れ時でも分かるくらいきらきらしている。よっぽど沢山の妖精が移動してるんだろうな。
……最近、妖精の引っ越し、流行ってるんだろうか?
なんというか……これだけの数が一気に引っ越しって、何か、あったのかな。
妖精達の塊は森に向かって来ているように見える。
ええと……もしかして、妖精の噂で、この森の住み心地がいい、とか、そういうのが広がっているんだろうか?うーん……。
……よく分からないけれど、とりあえず綺麗なので描いておいた。段々夜になっていく世界を見回しながら、きらきら光る妖精の移動を眺めつつ、滞空する天馬の上でのんびりスケッチ。うーん、贅沢だ。
……翌日の朝。
「トウゴおにいちゃん!トウゴおにいちゃーん!」
僕の家のドアが小さな手で叩かれる音がして、目が覚めた。
外に出てみると、アンジェとリアンが揃っていた。
……そしてその後ろに、妖精。
「……随分いっぱい来たね」
馬達が、『なんだなんだ』というようにぞろぞろ出てきては、集まっている妖精達を眺めている。妖精達は、泉を埋め尽くせるくらい大勢居た。すごい。
「あ、あの、こいつら避難してきたんだって」
大量の妖精について、リアンが説明してくれる。……避難?引っ越しじゃなくて?
「霊脈が堰き止められちまったから、この近所で一番魔力がたくさんある所に来た、って妖精が言ってたってアンジェが言ってた」
……うん?
それって……どういうことだろうか?