12話:開かれた門に回れ右*3
「じゃあやっぱりドラゴンだよな!宝物庫の番人っていえばやっぱりドラゴンだ!」
「うーん……レッドガルド家がやたらとドラゴン持ちな家になってしまう」
ただでさえ、レッドドラゴンがやってきてレッドガルド家は色々と大変なんだし、これ以上ドラゴンを敷地内に増やしていいものだろうか。
「ま、そこは今更だな!何ならドラゴンばっかりの家ってことで突き抜けていった方がいい!」
そっか。そういうものか。じゃあドラゴンも一考っていうことで……。
それから僕は森に帰って図鑑を開いた。
「何を探している?」
「ええと、新しい召喚獣。画廊を警備してもらうんだ。フェイにはドラゴンをおすすめされたんだけれど……」
横から覗き込んできたラオクレスにそう答えると、ラオクレスはふむ、と頷いて……それから、ふと思いついたように言った。
「なら妖精に任せたらどうだ。あれだけの数が居るんだ。順番に交代しながら見張りをするくらいできるだろう」
……妖精に?いや、でも、あんなに小さくてきらきらした生き物に警備なんて任せてしまっていいのだろうか?ちょっと妖精、調べてみようかな。
「あ。なんか見てる」
「……妖精さん見てるの?」
そこにやってきたセレス兄妹が、やっぱり横から図鑑を覗き込む。丁度、妖精のページを見ていたところだったので、アンジェの顔が輝いた。彼女は妖精と仲がいいみたいだから。
「うん。妖精に、画廊の警備をお願いできるものだろうか、って、思って」
やっぱりちょっと心配だ。妖精のことだから、僕のお願いなら何でも聞こうとしてしまいそうだし、その結果無理をさせたらかわいそうだし……。
と、思ったら。
「あー……いーんじゃねえの?あいつらチビのくせに、結構やるぜ」
……結構やるのか。
「数匹集まったら、人間の1人2人くらい、簡単に伸せるよ。要は泥棒とかを捕まえる役目だろ?ならあいつらにもできると思う」
……できるのか。そっか。
「ただ……できれば、その、画廊?の周りに花、植えてやってほしい。あいつら、花、好きだし」
そっか。花。うん。それくらいなら生やしてこられる。大丈夫だ!
「じゃあ、妖精にちょっとお願いしてみようかな。彼らならしっかり働いてくれそうだし、居てくれると何かと安心だし……」
「あの」
早速話をしに、妖精の居るところに行こう、とした時、アンジェが咄嗟に僕の服の裾を掴んだ。
「……あのね、トレントが、いいと思うの」
……どうやら、お勧めの見張り番が居るらしい。
そうして、僕の画廊が開いた。
「……一見、無人なのがこえーよ」
「うん」
できあがった画廊は、アイボリーの壁に野薔薇が絡まる、ちょっと古めかしいかんじの建物になった。
建物の周りには花が咲き乱れていて、木もたくさん生えている。特に、建物の入り口のすぐ脇には、大きな木が2本、門みたいに立っている。
「警備、ご苦労様」
けれど僕がそう声を掛けると……画廊の周りの木々が一斉に、わさわさ、と枝葉を揺らした。中には、根っこを上手に使ってその場でステップする木もある。
……うん。彼らがトレント。動く、意思のある木だ。
画廊の周りの木は全部トレントだ。壁の野薔薇もトレント。彼らには、もし泥棒が居たらすぐに捕まえてもらうようにお願いしてある。
トレントの彼らは召喚獣にならなかった。まあ、地面に植わってるし。
ただその代わり、お給料を受け取ったトレントは、僕のいうことを聞くことにしてくれたらしい。
トレントのお給料は魔力だ。具体的には、泉と宝石。
泉は僕が新しく描いた。なので、画廊から少し離れたところに滾々と湧き水が出ている。……トレント達はこの泉を気に入ってくれた。やっぱり植物だから水が好きなんだろうか、と思っていたら、どうやら泉に僕の魔力が溶け込んでいるとかで、それが嬉しいらしかった。
魔力が欲しいんだったら宝石も喜ぶかな、と思って宝石も出してみたら、好評だった。すべてのトレントが宝石を木のうろにしまい込んでいる。召喚獣にならない代わりに、こういう風に宝石を持つらしい。そっか。
「あー、妖精も居るのな?」
「うん。張り切ってるみたいだ」
それから、妖精も居る。トレントとも仲がいいみたいで、トレントの枝や葉っぱ、花なんかと戯れながら、画廊の周りを飛び回っている。彼らも警備員だ。勿論ちゃんと、交代するように言ってあるから、多分大丈夫だと思う。
妖精にはお給料として、花畑と宝石細工の花をプレゼントした。
画廊の裏手一面を花畑にしたらそこを気に入ってくれたようだし、宝石でできた花は、早速妖精達のお気に入りになったらしい。
宝石細工の花は、妖精1匹につき1本用意した。それぞれの妖精にプレゼントしたら、彼らはそれを自分の住処に持ち帰ったり、好きな妖精同士で交換したり、集めて宝石細工の花束にして集会所みたいなところに飾ったり、色々と楽しみ始めた。気に入ってくれたようなら何より。
……それから、竹に住み着くことを許可した。ええと、彼らは、竹の節の1つに穴を空けてはその中に潜りこんで寝泊りしている。生きている竹に住み着いて大丈夫なんだろうか、とも思ったのだけれど、そこは流石に妖精だ。なんだかよく分からないけれど上手くやっているらしい。竹からも不満はなさそうだ。
……そして、トレントと妖精が待ち構える画廊の外を抜けて画廊の中に入ると、そこには普通の建物がある。最初にちょっと廊下があって、廊下から部屋に入ると大きな部屋だ。そこの壁には絵が飾ってあって……まあ、普通の画廊だ。ちょっと中に妖精が入り込んでいるから、きらきらしているけれど。
「おいおい、トウゴぉ、ほんとにこれでいいのか?『絵を持って帰る人はここにお金を入れて帰ってください』って書いてあるけどよぉ……」
「うん」
そして、部屋の入り口には籠と張り紙がある。張り紙の内容はフェイが言った通り。
「……ほんとに大丈夫かぁ?」
「うん。大丈夫。中の絵が壁から外されたら出入口を塞ぐようにトレントにお願いしてあるから」
お金を払わずに出てしまう人が居たら、トレントが出入口を塞いでしまうので、外に出られなくなる。絵を置いて帰るかお金を置いて帰るかしてもらわない限り、出入り口は開かない。
「えーと、ここにある金を盗もうとする奴は?」
「妖精が監視してるよ。それで妖精がトレントに出入口を塞ぐように言ってくれる」
ついでに、もし、リアンやアンジェみたいな、そういう子供が来て、お金をちょっと持っていこうとした時は……その時は、その妖精の気分次第で見逃していいよ、とも言ってある。うん。まあ、妖精の気分次第で。
「とりあえず、無人に見える割にしっかりしてるのな」
「うん」
トレントはのんびり屋だから長時間の警備は苦にならないらしいし、妖精がサポートに入ってくれるから問題ないと思う。よっぽど頑張って武力制圧しようとする人が居たらまた話が変わってくるだろうけれど、絵を盗むために軍隊を連れてくるような人は居ないだろうし。
「……でもやっぱ無人に見えるよなあ、これ」
「クロアさんが『無人だと思って入るおバカな泥棒さんが何人か痛い目を見ればそれが他の泥棒さん達の抑止力になって丁度いいでしょうよ』って言ってた」
「あ、そういう……成程なあ」
クロアさんが言ってたんだから間違いないと思う。
「まあ、そういうことならいっか」
「うん。お客さんが見に来てくれるの、楽しみだ」
要は、善良な人相手なら何事もないただの無人画廊だ。ちょっと覗いて楽しんでくれたらそれでいい。もし買ってくれる人が居たらそれはそれで嬉しいけれど。
画廊オープンの話を手紙に書いて、僕に発注票をくれた人達を画廊に招待した。
そこを見て、気に入るものがあったら買っていってください、ということにする。そこに気に入るものがなくて、やっぱりオーダーしたいっていうことであれば、また改めて受け付けます、ということで。
……オープン初日は僕も画廊に居た。すると、色々な人が入ってきて、絵を見て楽しんでくれて、中には絵を買っていってくれる人も居た。
小さな女の子が親御さんらしい人と一緒に来て、お小遣いを握りしめて絵を見て回って、そしてじっくりじっくり見て決めた1枚を持って『ください!』と言いに来てくれた時は本当に嬉しかった。そしてちょっと恥ずかしい。
……けれどやっぱり、お客さんはこの画廊を不思議がった。
警備員が居ない、とか、お金は籠の中に入れていくだけ、とか、そういうところが不思議らしい。
「珍しい形式ですね。警備員も居ないし案内の者も居ないようだし……普段は開放されていない画廊なんですか?」
お客さんの内の1人が、少し心配そうにそう聞いてきてくれた。
「いえ。いつでも開いていますよ」
「あ、ではその時は警備の方が来るということですか」
「いいえ。警備員はもう居ますよ」
お客さんはきょとんとして、それからきょろきょろ、と辺りを見回す。でも、妖精はさっと隠れてしまうし、トレント達は完全にただの木のふりをしているから、見つけられない。
「……居るんですか?」
「はい。でも、絵を盗もうとしたり、ここで酷い事をしようとしたりする人にしか分からないんです」
僕がそう言うと、お客さんは首を傾げながらも絵を一枚選んでお金を払って出て行った。うん。まいどあり。
……それから少しして、改めて、依頼が入ってきた。
依頼は最初に来た分から大分減って、8件くらいになっていた。おかげで随分余裕ができたし、画廊の方もレッドガルド領の人達が覗きに来てくれているようだし、やっぱり嬉しい。
ちなみに泥棒の人は、画廊を開いて1週間くらいで2件あったけれど、それ以降はぱったりだ。
『あの画廊で酷い事をすると自分がもっと酷い目に遭わされる』だとか、『あの画廊には化け物が居る』だとか、『あの画廊はきっと精霊様のお気に入りで、悪い事をすると精霊様に罰せられる』だとか、そういう噂話が出回っているのが原因かもしれない。
それから、絵泥棒じゃなくて、お金の泥棒の方も出た。
案の定というか、あんまり裕福じゃない子が夕方ごろに入ってきて、お金をとっていこうとしたことがあったらしい。
でもその子は、その時籠に入っていたお金をありったけ持って行こうとして……でも出口に辿り着くより先に、ふと罪悪感に駆られたらしくて、結局、盗ろうとしていたお金を全部、籠に戻してしまったんだそうだ。
それで、画廊を一周して絵を見てから結局何も盗らずに出てしまったそうで、それを見ていた妖精達が審議して、その子に銀貨を1枚渡してあげることにしたらしい。
そういう報告があったよ、とアンジェが教えてくれたので、僕は、画廊に銀貨と飴の準備をしておくことにした。
……飴は、画廊に子供が来たらこっそりポケットに入れておくらしい。妖精達はこういう悪戯をするのが好きらしくて、僕の提案を喜んでくれた。
おかげで画廊は開いてから3週間で『子供が入るといつの間にか飴を持たされている』『あの画廊にはやはり精霊様が付いているのだ』『もしかしたら妖精の仕業かもしれない』なんて噂が立つようになって、子供が増えた。
……ちょっと楽しい。
飴はともかく、画廊を開いてみてよかった。絵を買う買わないだけじゃなくて、色々な人に見てもらえるのはなんだか嬉しい。……いや、こういう考えって、よくないのかもしれないけれど。描いたものを見せびらかしているのって浅ましいのかもしれないし、強欲なのかもしれない。うん。なんか、そう考えると画廊を開いていることに罪悪感が……。
罪悪感は見ないふり。依頼の絵を描く。
油絵の依頼が1つあったから、それを主に進めることになった。
油絵には時間が必要だ。絵の具が乾くまでに時間が掛かる。
それに、水彩よりも画材が複雑だ。そして僕はそれらを完全に理解できている自信が無い。とりあえず、王都で油絵の道具を一式買ってきて、それを使っているけれど……。
……乾くのが早くて罅にならなくて艶のある表面になるような油って、どこかにないだろうか。今度探してみようかな。でも今はとりあえず、依頼の為に森の絵を油絵で描くことにする。
油絵は不慣れで、思うようにできないこともあって、でも描いている間に段々慣れてきて、自分でも分かるくらい上手くなってきて……。
……うん。楽しい。
そうして僕が依頼に取り組んでいる、ある日のことだった。
「おーい!トウゴ!」
またフェイが来た。レッドドラゴンに乗っているということは……。
「大変だ!これ見ろ!」
フェイがそう言って見せてくれたのは、紙だ。発注票……じゃないらしい。
「お手紙?」
貰ったのは、封筒に入った手紙、らしい。白い封筒には金箔で箔押しがしてあって豪華だ。封蝋に押してある封印は立派な紋章で、なんというか……お金が掛かっていそうなかんじがする。
「……どこからだろう」
差出人の名前を見ても、知らない人だ、ということしか分からない。誰だろう、この人。
「あー、そっか、お前、知らねえかぁ……」
そんな僕を見て、フェイはがしがし頭を掻きつつ……教えてくれた。
「それ、ここら辺で王都の次にデカい領地持ってる貴族だぞ」
……えっ。
「中、見てみろ」
そんなに偉い人がどういう用事だろう、と思いながら僕は封筒を開く。
手紙の最初は普通の挨拶から入った。『寒くなってきましたね』みたいなかんじの。
その後に僕の絵を見て気に入った、みたいな話が書いてあった。『最近話題の絵師と聞いて絵を見せてもらい、一目で気に入りました』みたいな。すごく簡潔なかんじの。
その後、うちの領地に来てお抱え絵師をやらないか、っていうお誘いがあった。率直に、『レッドガルド家を辞めてうちで働きませんか』と。
……これは、困ったなあ……。