9話:天使捕獲作戦*8
翌日から、僕は依頼の絵を描き始めた。
最初に、天使に天使の服を着せる。
「きれい……」
「な、なんだよこのひらひらしたやつ」
「図鑑の天使がこういうの着てたから」
2人に着せたのは、柔らかい布でできた長い白いTシャツみたいな、そういう服だ。襟や袖口や裾に金の刺繍が入れてあって、ウエストを飾り帯で留めるようなやつ。裾がひらひらするからリアンは落ち着かないらしい。でも天使はこういう服を着るらしいから我慢してほしい。
アンジェはくるくる回りながら裾がひらひらするのを眺めて瞳を輝かせている。リアンは落ち着かなげだけれどまあ、これはこれで。
「それから、こっち」
着替えた2人を連れていくのは、客室……というか、客家。2人が住み始めた家とはまた別の家だ。そこの一部屋を、絵を描くためにちょっとセッティングしてみた。
キングサイズっていうのかな、大きくてふわふわしたベッドには真っ白なシーツ。その上には真白い毛布と布団をたっぷりと。そしてその中央に、籠。
「……これ、何?」
「天使の巣」
2人にはこれからここで、巣ごもりしてもらう。
「……おい、これでいいのかよ」
「うん。寝心地はどう?」
「ふわふわー……」
「そっか。それはよかった」
僕が描くことにしたのは、天使の巣ごもりだ。真白い布団と毛布で天使の巣の材料にしてもらって、そこに天使を2人乗せた。それから、大きめの果物籠みたいなベビーベッドを巣の真ん中に乗せて、天使2人にはご自由にベビーベッドの周りを囲んでもらう。
天使にお任せしておいたら、アンジェが楽しそうに天使の巣を引っ張ったり重ねたりして改築していく。天使の巣はより居心地がいいように形を変えていって、やがてアンジェはそこにぱふんと横になってしまった。満足したらしい。
リアンはベビーベッドをつついたり眺めたり、そっと毛布を掛けてみたりし始める。勿論、ベビーベッドの中身は空っぽだ。そう見えないように、何なら果物籠か何かにも見えるように、柔らかい布を掛けてあるけれど。
……そうして天使を放っておくと、アンジェはやがて、ふわふわした布団と毛布に囲まれて眠り始めてしまった。よし。
「リアン。そのまま、ちょっと動かないでいて」
「え?あ、うん……」
リアンはベビーベッドの中を覗くようにした格好のまま、顔だけこちらに向けて、そこで動きを止めた。……動きを止めると表情も固まってしまうのがなんとなく子供らしくていいと思う。
「……どれぐらい?」
「10分くらい」
「まじかよお……」
うん。子供に10分動かずにいろって言うのは酷かもしれないけれど、ちょっと我慢してもらおう。
そうしてリアンだけなんとか描き進めて、予告通り、10分で彼の静止は解除された。それに続いて、今度は寝ているアンジェの方を描き始める。
ベビーベッドの形はリアンと一緒にある程度描けているから、そのベビーベッドを囲むようにして寝てしまっているアンジェも描きやすい。そして何より、寝ているアンジェはほとんど動かないから、とても描きやすい。
……天使2人とベビーベッドを描き終わったら、最後に天使の巣を描き進める。布の皺ってどうしてこんなに描きにくいんだろうか。形が一定じゃないし、フワフワしているからはっきりとした面は少ないし、曲面の連続だからどこに影が落ちるのか分かりにくいし、それでいてまるで影が無いと形状に説得力が出ないし……。
丸めた紙をデッサンしたことは何度もあるけれど、布って紙とは違って柔らかくなきゃいけないから、そこが難しい。うん、でも、難しいから楽しいのかな。僕は楽しく、下描きを進めることができた。
僕が下描きを粗方描き終えた頃にはアンジェもお昼寝から起きてきて、途中で自分が寝てしまったことに気づいたらしい。真っ赤になって慌てていたけれど、寝ている間に下描きを済ませてしまったことを伝えて画用紙を見せたら、ぱっと顔を輝かせて画用紙を見ていた。どうやら、こういう絵を見るのは初めてらしい。
それから、画用紙を見て瞳を輝かせているアンジェを見ながら、画用紙の中のアンジェの顔を修正していく。
ベビーベッドを抱き込むような姿勢で寝ころんだまま、目はこちらに向けてにこにこしているような。そういう顔だ。
一方のリアンは、ベビーベッドを覗き込むような姿勢のまま、緊張と警戒とちょっとの困惑、そしてたっぷりの幸せが混ざった笑顔。2人合わせてなんとなくいいかんじに仕上がった。
天使なんだから、人間を警戒するくらいは当然だ。でも幼い天使はその辺りがよく分かっていないから、特に警戒も無くにこにこしている。一方、少し年上の天使の方は、人間を警戒して、ちょっと緊張していて……それでも、人間を祝福してくれる天使だ。だから、こういう顔。
「あ、羽忘れてた」
「おい!天使の絵なんだろ!?忘れるなよ!」
「うん、2人とも、そのままでも十分天使だから、つい」
それから、羽を描き足していく。羽は天馬で描き慣れてるから自信がある。2人の背中から羽を描き足して、そして、頭の上には輪っかを乗せる。よし、天使。
「……天使だ」
「うん。天使だよ」
できあがった下描きを見て、リアンは少し照れたような顔をしていた。自分が天使として描かれるのはちょっと恥ずかしいらしい。でも僕は自分でも満足のいくものが描けたのでこれでよし。
後はこれを水張りして着彩だ。頑張ろう。
水張りした画用紙が乾いたら、早速、着彩に入る。その頃には夕方になっていたけれど、記憶している限りの色は下塗りしてしまおうと思って。
クロアさんの裸婦画を描いた時と同じように、光のかんじには気を付けた。今回の絵、光源は後ろにある。天使の巣の後ろにある窓から光が差し込んでいるから、天使たちは逆光の中で笑っていることになる。
つまり、手前に落ちる影の色の濃さや、光に透ける髪のかんじ、それから光が当たった部分の光り具合なんかを考えて色を付けていかなきゃいけない。水彩画は白いところを『何も塗らない』ことで表現するから、光の位置は最初に決めておかなきゃいけない。そこは頭を使ってなんとかした。
……クロアさんの時は、強い日差しの表現をしたかったから、影をはっきりと濃く置いた。けれど今回はできるだけ柔らかい雰囲気にしたかったから、光も影も弱めだ。つまり、白く残す部分はやや少なめ。光と影の境界線も、少しぼやける部分が多い。
特に、布。天使の巣。ここは柔らかくなきゃいけないから、色の置き方が難しい。……でも楽しい。
「すげえ」
そうして下塗りがほとんど終わった頃。いつの間にか絵を覗きに来ていたリアンが、そう声を漏らして、それから声を出していたことに気づいてはっとして口元を押さえていた。
その一連の様子を見てしまった僕は、なんとなく集中が途切れて、ここで休憩にすることにした。
「こういう絵、見るの、初めて?」
「……うん」
リアンはそう言いながら、じっと絵を見つめている。
まだ下塗りの状態だけれど、大まかな色は分かるようになっている。リアンとアンジェも描かれているから、描かれている本人としてはちょっと複雑な気持ちかもしれない。
「目は、まだ塗ってないんだな」
「んー……うん」
そしてその中でリアンは、自分達の目がまだ白いままなことに気づいたらしい。うん。そうなんだ。目はまだ、塗ってない。
「目は最後なのか?」
「うーん……なんとなく、いい色を持っていなくて」
リアンの質問に対して、僕はパレットを見せる。
パレットの上には沢山の絵の具がある。……けれど、その中で青色はやっぱり少ない。
巨大なコマツグミの卵の殻からとったロビンズエッグ・ブルーと、ラオクレスの剣があったお店から貰ってきたラピスラズリのウルトラマリン・ブルー。この2つだけだ。
「こっちの色じゃダメなのかよ」
リアンが指さすのは、ロビンズエッグ・ブルーの方だ。けれど……うーん、僕は何となく、それだと納得できない。
「それでもいいのかもしれないけれど、なんとなく……もう少し緑みが少ない方がいいな、と思ってて……」
色を足すことはできても抜くことはできない。リアンの透き通った青空みたいな目の色には、純然たる青を使いたい。
……コマツグミの卵もラピスラズリも、それぞれにすごく綺麗な青だし、すごく貴重なものなんだけれど、けれど、それだけじゃ不足なんだ。うーん、我儘だろうか。
「空を切り取ってきたい……」
「そ、そこまでかよ……」
うん。だって、天使の瞳の色だ。絶対に、絶対に妥協はできない。
王都の店をそれとなく眺めた中には、青空の色はどこにも無かった。透き通って抜けるように青い空の色は、中々どうして、見つからない。
ついでに鳳凰に出てきてもらって羽を見せてもらったのだけれど、残念ながら、思うような空色はなかった。代わりに、ウルトラマリンブルーの鮮やかな羽は見つかった。これはこれで綺麗。
「……混色してみても、今一つだ」
「ええ?空の色と大して変わらないじゃねえか」
「うん、そうかもしれないんだけれど……」
リアンは僕を見て不思議そうな、呆れたような顔をしている。うん、まあ、気持ちは分かるけれど。
「どうせ分かりゃしねえって。このくらいの色の違いなんて」
「そうかもしれないけれど、僕は気になる」
「じゃあ俺の目にそっちの絵の具で色つけちまえば?俺の目、その色になるけど」
「絶対に嫌だ。折角綺麗な色なのに」
「……じゃあ、絵の俺の目玉のところだけ切り抜いて、青空の下に飾っておけば?穴から空が見えるぜ」
「そういう乱暴なこと言わない」
リアンと話していると、僕の悩みって悩むべきところじゃないんじゃないかっていう気がしてくる。リアンの言う通り、別にロビンズエッグ・ブルーと青空の色は大して違わなくて、そこにこだわるのは馬鹿らしいのかもしれない。
……うーん、でも、僕はどうにも、気になる。妥協したくない。一番綺麗なものを、一番納得できるように描きたい。けれどそうなると、また青い絵の具探しが始まってしまう。
うーん……リアンの言う通り、絵に穴でも開けておいて、そこから空が覗くようにでもしておいた方がいいかもしれない。いや、でもそれは……。
……うん。
「分かった。穴、開けてみる」
「え、本当にやんのかよ。冗談のつもりだったんだけど……」
穴、開ける。空の色そのままを絵にする。
ただし、穴を空けるのは天使の絵じゃない。
絵の具のチューブの絵、だ。
僕は絵の具のチューブの絵を描いた。そして、色ラベルのところを切り抜く。
すると見事に、色ラベルのところだけぽっかりと穴が開いた絵の具チューブの絵ができあがる。
……そして僕はそれを空に翳して……。
実体化しない。
「あ、そっか……」
「え?な、何やってんだよ」
そういえば、これだと駄目だ。切り抜いたり翳したりする前に実体化されたら困るから、魔力を注ぎ込まないように調整して描いていたけれど、そうすると本当に、実体化しない絵ができてしまう。
「よし、もう一回」
「……大丈夫か?」
「うん。大丈夫。リアンはアンジェと遊んでて」
リアンが僕の正気を疑うような顔をしていたけれど、僕はもう一度、絵の具チューブの絵を描く。ただし今度は、先に画用紙を切り抜いておいた。切り抜いた画用紙の穴をラベルにできるように、そこから絵具チューブを描いていく。
空に画用紙を翳しながら、なんとか、鉛筆を紙に滑らせていく。うわ、これ、すごく描きづらい。
でも、これで後は、全力で魔力を注ぎながら描き込んでいくだけだ。ものすごく描きづらいけれど、なんとか、なんとか……。
……そうして鉛筆を走らせていると、突然、画用紙の上の絵がふるふる震え始めた。
そして、きゅ、と画用紙の上に縮こまると……ぽん、と。
青空色の絵の具のチューブが、出てきていた。
そして僕はそこで意識を失った。
……起きたら夜だった。けれど僕ももう慣れてる。魔力切れから目覚めた夜が、当日の夜とは限らない。
ハンモックの上で起き上がると、ハンモックの上で分裂していたらしい管狐の内の数匹が零れ落ちそうになる。あ、ごめん。
続けて、ハンモックを吊っている木の枝に止まっていたらしい鳳凰がきゅるる、と鳴きながら僕に頬ずりしてきて、それからその声で起きたらしい馬達が寄ってくる。更に、鳥。巨大な鳥が寄ってきて、僕を覗いていた。
「今日って何日だろうか」
勿論、答えはない。彼らは日付は教えてくれない。うん、知ってる。
しょうがない、僕はそのまま鳳凰に掴まって飛んで行って、ラオクレスの家に向かう。森の中のことは分かるから、誰がどこに居るかも何となく分かる。便利だ。
家の中には明かりがついていた。なのでちょっと、窓から覗かせてもらう。……すると、家の中に居たラオクレスと目が合った。
「起きたか」
「うん。何日?」
「3日半だな」
……アウト!
うわ、ど、どうしよう。まさか絵の具1本で3日以上寝ることになるなんて思ってなかった。しかも、僕、精霊になった分、魔力が増えているはずなのに!
「ごめんなさい。流石に絵の具1本くらいでこうなるって思わなかった」
「絵の具……ああ、これか」
ラオクレスが出してくれたのは、空色の絵の具だ。
「……どうしてこれで3日以上も魔力切れになっていた?」
「分からない。僕自身、まさかこうなるなんて思ってなかったんだ」
絵の具を1本実体化させるだけで精霊が1匹魔力切れになるって、どういうことだろう?……やっぱり、空を切り取ろうとしたからだろうか。なんというか……ちょっとショックだ。
「リアンが酷く心配していた。朝になったら会いに行ってやれ」
「うん、そうする……」
どうして今回は駄目だったのか分からないけれど……今後はこの方法では絵の具を作らないようにしよう。
「とりあえず、今日はもう寝ろ。もう遅い」
「うん……」
さっきまで寝ていただけなのにまた寝るのもどうかと思ったけれど、しょうがない。絵を描くのは朝の方がいいし、リアンに顔を見せるのも朝になってからの方がいい。夜は子供の寝る時間だ。
それに、魔力切れになったからか、少し怠くて体が重い。今は筆を持つ気分になれない。
……けれど。
「……まあ、なんだ。思った色の絵の具ができたなら、よかったな」
ラオクレスが、そう言ってくれた。
改めて、絵の具を見る。
……うん。本当に、空色の絵の具だ。青空の色。リアンとアンジェの瞳の色だ。空を切り取ってきたみたいに綺麗にできている。
「うん。よかった」
「なら早く寝ろ。寝て、明日それを使え」
ラオクレスはちょっと笑ってそう言ってくれる。……うん。
「おやすみなさい。また明日」
「ああ」
おかげで、随分前向きになれた。精霊になってまで3日以上も魔力切れになってしまったけれど、とりあえず、納得のいく色の絵の具ができた。うん。早く描きたいから、早く寝よう。寝たらきっと明日がやってくる。
「なんなんだよ、もう!なんで倒れたんだよ!」
「ごめん」
「アンジェと遊んでて、ふと振り返ったらあんた居ねえし!居ねえと思ったら花畑の中に倒れてただけだったし!叩いても起きねえし!」
……僕、叩かれてたのか。うん、そっか。
「びっくりさせんなよな!」
「うん」
とりあえず、リアンとアンジェは初めて見る魔力切れの僕だったわけで、そこは本当に申し訳ないことをした。もうちょっとちゃんと説明してから倒れたかった。
「でもとりあえず、落ちてた絵の具は拾っといたぜ」
「ありがとう。助かった」
ラオクレスが持っていた絵の具は、リアンが拾っておいてくれたものだ。おかげで僕は昨日の夜の内に絵の具を見てわくわくすることができた。ありがとう。
リアンとアンジェの頭を撫でたり、クロアさんに『全くもう!』と頬を抓られたりした後は朝食で、朝食の後は絵の仕上げだ。
天使の目は青空の色そのもの。透き通って輝いている。絵の中で一番綺麗なところだから気合を入れて描く。
……それから影に色を足していったり、布と天使とベビーベッドとの色味のバランスをとったりしながら絵を仕上げていく。
絵の色味は、なんとなく青っぽく統一した。影の色を青みがかったものにしたら、白い布団や毛布の影が青い世界に整えてくれる。
ベビーベッドはブルーグレーがかった色合い。天使の目は空色だし、ついでにベビーベッドに掛けられた布も淡い空色だ。
……そうして僕は、描き始めてから魔力切れの3日半を足して合計7日で、天使の絵を描き上げた。
絵が描きおわってから更に3日後。
僕は、レッドガルド家でサフィールさんと会っていた。
「ご依頼の絵です」
今回も絵はラオクレスに運んでもらった。大きめのサイズだから、ラオクレスも大変だったと思う。申し訳ない。
「……おお」
そして、ラオクレスが額縁を包んでいた布を外すと、サフィールさんは額の中の絵を見て、目を輝かせた。
「柔らかいな」
……やわらかい?
「雰囲気が。空気、というのだろうか?絵が柔らかく見える。青色の絵なのに冷たくはない。そして何より……幸せそうだ」
サフィールさんは嬉しそうに、額縁に触れた。
「面白いな。絵の中の天使が幸せそうなものだから、見ていて幸せな気持ちになってくるよ。ふふ、祝福してくれる天使は、祝福したくなる天使でもあるのか」
うん。そうだ。その通り。僕もそう思う。
額縁を撫でながら絵を覗き込んで、サフィールさんは満足げに笑ってくれた。
……この人も、この人の奥さんも、この人の赤ちゃんも、是非、『幸せになーれ』だ。
「それにしても良い表情だ。レッドガルド家の肖像画を見た時も思ったが」
しばらく絵を見ていたサフィールさんはそう言ってくれた。どうやらお気に召したようで、僕は安心する。
「はい。やっぱり、一番いい表情で描きたいから」
そう答えると、サフィールさんは『そうだろうな』というような顔で嬉しそうに頷いて……それから、はたと気づいたように顔を上げた。
「おや?ということはもしかして……これは実際に天使を見て描いたのかい?」
そう言いつつ、彼は少し悪戯めいた表情をする。要は、冗談としてそう言っているんだろう。
……でも、答えは1つだ。
「はい。この天使、捕まえるのに苦労しました」
サフィールさんは僕の言葉を冗談だと思ったらしく、それはそれは楽しそうに笑ってくれた。うん、まあ、楽しんでもらえたなら何より。
そしてサフィールさんは従者の人達にも絵を見せて、自慢してくれた。僕が描いたものが自慢されているって、なんか、こう……くすぐったい。恥ずかしい。でも嬉しい。
「さて、今回のお代だ」
そしてサフィールさんは、僕にお金を支払ってくれた。
……支払われた額は、金貨50枚。結構な額だ。
「いいんですか」
勿論、僕にとっては幾らでも手に入る額でもある。宝石を描いて売れば手に入ってしまうお金だ。でも……僕の『絵』を売って、こんなお金が手に入ってしまっていいのだろうか、と、思う。
「勿論だ!素晴らしい絵をありがとう!」
……けれどサフィールさんは満面の笑みでそう言って、僕に金貨の袋を渡してくれた。僕の絵は、確かに価値を認められて、評価されたのだ。
サフィールさんが帰っていくのを見送りながら、僕は、なんだか夢でも見ているような気分になっていた。
こういう風に自分の絵が売れたのは初めてだ。
なんというか……くすぐったくて恥ずかしくて申し訳なくて、本当にいいんだろうかって思うけれど……けれどやっぱり、嬉しい。
こうして僕は初めて、自分の絵を売った。
その日はなんだかずっとふわふわした気持ちだった。
代価として貰った金貨50枚は手を付けずに大事に取っておくことに決めた。
……森に帰っても絵を描く気になれなくて、ずっと1日中、ふわふわした気持ちでいた。
こんなの初めてだ!
翌日。
まだ気分はふわふわしていたけれど、絵を描きたい気持ちは昨日より強くなっていたので、描く。
「描かせて!」
「い、いいけどよ……また描くの?」
「うん。あ、アンジェも、いい?」
「うん……どうぞ」
天使2人にお願いして、早速描かせてもらう。……2人にはもう少し居てもらうことにした。一応、最初に話に出していた2か月の間は居てくれるらしい。アンジェを買い上げている今、リアンには焦る必要が無いし、森に居ても問題ないそうだ。よかった!
「……あんた、楽しそうだよなあ」
「うん。楽しい」
僕はひたすら楽しみながら、天使の絵を描き続けた。
……そうして、天使ばかり描いて、10日。
僕の家の2階には天使の絵が随分増えた。そろそろスペースが無くなってきたから、3階を建てるべきだろうか。
描き上げたばかりの絵を新しく1枚置いて、そこで僕は、森の中にフェイが入ってきたのを察知した。
フェイのことはすぐに分かる。何と言っても、彼が入ってくると、森が一気に暖かくなるようなかんじがするから。
フェイを待って家の外で立っていたら、その内、フェイがレッドドラゴンに乗ってやってきた。
フェイがレッドドラゴンに乗ってくるのは少しだけ珍しい。レッドガルド家から森までは火の精に乗ってくることが多いんだけれど……。
「トウゴ!よかった!」
フェイは僕を見ると、その輝くような表情のまま、言った。
「次の依頼が来たぜ!」
……えっ?