7話:天使捕獲作戦*6
「君、買いたい奴隷、居るよね?」
翌日の朝食の席でセレスにそう聞いてみたら、すごい顔をされてしまった。
「……な」
「ええと、もし違ったらごめん。でも、そんな気がして」
セレスはぽかんとしていたけれど、少しして、今度は警戒を強めた顔をした。
「……そんなの知ってどうするんだよ!」
「いや、他の人に買われちゃう前に買っておこうかと思って」
「は?」
焦っているような、警戒しているような、それでいてもっと困っているような、そんな顔をしてセレスが僕の方を見ている。その目には微かに、期待がちらついてもいた。
「だから……その、君が金貨50枚っていうはっきりした金額を出してきたのも、奴隷屋さんの前をうろうろしていたのも、多分、そういうことなんだろうな、って思って……誰か、君の大事な人があのお店にいるんじゃないかなって、思ったんだけれど、違っただろうか」
僕は、すっかり朝食を食べる手が止まっているセレスに、聞いてみる。
「もし君が望むなら、その人を買って、一緒に森に連れて行こうと思ってる。それで、君が金貨50枚で僕から買い戻せばいい」
僕がそう言うと、セレスは泣きそうな顔をした。
そしてそのままそっぽを向いて、俯いて……。
「……妹が」
震える声で、話してくれた。
「妹が。アンジェが……親父に、売られて……それで、俺、買い戻したくて、スリで、稼いでて……」
「……そっか」
どうしていいか分からなくて、とりあえず、セレスの頭を撫でる。
「じゃあ、朝ご飯が終わったら真っ先に、買い戻しに行こうか」
「……いいのかよ」
「うん。そうしよう」
うん。話してもらえてよかった。これでちゃんと、セレスの心配を無くすことができそうだ。きっとその方が、天使っぽい顔になってくれると思う。何なら、妹さんと一緒に描いてもいいかもしれない。奴隷屋さんで見た時にはお人形か何かに見えたけれど、案外、天使と一緒に置いておくと天使になるかもしれないし。
それから僕らの買い物が始まった。
真っ先に向かったのは裏通りの武器屋さん。……奴隷屋さんは開店が少し遅いので、その前に裏通りの他のお店で買い物を済ませてしまうことにした。
ここではラオクレスが活躍してくれた。何と言っても、僕には武器の良し悪しが分からないし、フェイもあんまり得意じゃなさそうだし。
……ということで、細くて綺麗なナイフが5本。クロアさんのおつかいリストの1つを達成することができた。
その後は奴隷屋さんの前で開店まで待機。ほんの少し、最初だけお店の人には少し不審な顔をされたけれど、それは綺麗になったセレスの嬉しそうな顔と、僕らが昨日支払った『色々見せてもらったお礼』のおかげですぐに消えた。
むしろ、お店の人は僕らを気遣って、開店前のお店に入れてくれて、お茶を出してくれた。……フェイはそこで出されたお茶が気に入ったらしくて、どこの茶葉か聞き出していた。クロアさんへのお土産に僕も買って帰ろうかな、それ。
……こうして時間はだんだん進んでいって、遂に、正式な開店時刻になる。
その途端、セレスは緊張気味の声で、言った。
「アンジェ・セレス!アンジェ・セレスっていう、7歳の女の子!ください!」
……えっ、もしかして『セレス』って苗字だったの?
僕の困惑は置いておくとして、お店の人は満面の笑みで小さな女の子を連れてきた。
小さな女の子は、セレスとよく似た色味だ。灰色がかった淡い金髪は緩い巻き毛。空色の瞳に長い睫毛。顔立ちも流石の兄妹ということか、よく似ている。
その子は最初、緊張した表情だった。それでも一生懸命、笑おうとしているような。……お人形みたいな顔だった。
けれど……。
「アンジェ!」
「……おにいちゃん!」
『お兄ちゃん』を見つけた途端、彼女の顔が輝く。緊張も、整った笑顔も消え失せて、満面の笑顔になって、それから満面の笑顔が崩れて、どんどん目に涙が溜まっていって、やがて、それがぼろぼろと零れ落ち始める。
それを見て、セレスが駆け寄った。お店の人も事情が何となく分かるんだろう。セレスを止める人は居なかった。
「ごめん、いっぱい待たせてごめん……」
「おにいちゃん……ありがと、ありがとね……」
それから小さな兄妹はくっつきあって2人で泣き出してしまった。
……この時ばかりは、セレスは天使じゃなくて人間だったし、アンジェもお人形じゃなくて人間だった。
2人が落ち着くまでの間に、僕らは簡単に手続きを終えてしまった。
要は、払うものを払って、契約書の類を交わして終わり。うん。セレスの時よりもずっと簡単だ。
「しかし、お客様。よろしかったのですか?アンジェは確かに美しい少女ですし、躾も行き届いていますが、労働力にするには少々……それに何より、お客様が昨日ご覧になった時には、あまりお気に召されなかったようでしたが……」
お店の人はちゃっかり手続きをしつつ、そんなことを言ってくる。うん。手続きはするんだね。
「ああ、いいんです。彼女が居た方が、彼がいい表情をしそうだから」
でも僕は、本当に何も後悔はしていない。お金には困っていないし……もし多少困っていても、こうした方がよかったと思う。
……大切に思える家族がお金で買えるんだから安いもんだよな、と思う。
「うん。いい表情だ」
契約書のサインも支払いも済ませた頃には、2人とも、涙の残る顔でにこにこ笑い合っていた。
……あ、今の顔、やっぱり人間じゃなくて天使だ。
すごい。2人とも天使になってしまった。天使につられてお人形が天使に……。
……天使って感染するんだなあ。
「じゃあ、改めまして。僕は上空桐吾。レッドガルド領の森に住んでる。駆け出しだけれど、絵描きをしてる。よろしくね」
それから僕は自己紹介して、2人の子供に手を出した。
すると……。
「あー……リアン・セレス。その、『セレス』は、苗字……」
「そっか。じゃあ、セレスって呼ばない方がいい?」
「アンジェもセレスだし、親父もセレスだから、別の方がいい」
そっか。じゃあ、セレス改めリアン。よろしく。彼は僕より小さな手で、僕の手を握ってきた。
「あの……アンジェ、です。よろしくお願い、します……?」
そしてそれより更に小さな手が、僕の手を握ってくる。
「よろしく、アンジェ。あの、君、2か月くらい森で過ごすことになるけれど、いい?」
全くの事後承諾だけれど一応聞いてみる。するとアンジェは、こっくりと頷いた。
「おにいちゃんと一緒、嬉しいから……」
そして、アンジェはにこり、と、はにかむように笑う。ちょっと人見知りなのか、僕と話しながら、段々お兄ちゃんの後ろに隠れていってしまうのはご愛敬。
「じゃあ、改めてよろしくね。リアンと、アンジェ」
僕がもう一度名前を呼ぶと、よく似た兄妹は揃って頷くのだった。
「さて。じゃあ帰る前におつかいの続きだ」
それから僕は、しっかり手を繋いだセレス兄妹……リアンとアンジェを見て満足しながら次の買い物に出かける。
先頭を歩くのは王都に詳しいフェイで、そのすぐ後ろをリアンとアンジェがついていく。そしてその後ろに僕とラオクレスだ。
「天使が2人居る」
「……そうだな、大分表情が柔らかくなったな」
うん。リアンはさっきから、アンジェに向かって楽しそうに話しかけている。その顔は幼いながらもお兄ちゃんをちゃんと務めようとしている男の子の顔でもあったし、やっと出会えた家族に安心している子供の顔でもあった。
要は、警戒や敵意が抜きになって、リアンの表情は大分明るくなっていた。
「……よかったな」
「うん。本当によかった」
僕が話しかけると2人ともちょっと緊張と警戒を表情に出すのだけれど、2人きりの時は緊張も警戒もなく、ただ仲睦まじい兄妹の姿があるだけだ。それがなんとなく……人間に不慣れな天使2人組に見えるのだ。
「描くものが増えた」
「妹の方も描くのか」
うん。当然。だって折角天使が増えたんだ。2倍だ。2倍。天使の人数が2倍になって、これは余計に描くしかない!
それから僕らはお菓子屋さんへ寄って、パン屋さんへ寄って、紅茶の茶葉も買って……クロアさんのおつかいは最後の1つ以外、全部達成できた。
さて、最後に残るのは『一番綺麗なもの』なんだけれど……まさか、リアンとアンジェをクロアさんへのお土産にするわけにはいかないし。うーん。
「……ど、どうしたんだよ」
「いや、綺麗なもの、探してて……何か知らない?」
折角だから王都に住んでいた人に聞いてみようかな、と思いつつ、でも天使だから人間の言う『綺麗なもの』は分からないだろうか、とも思いつつ、一応、リアンに聞いてみた。
……すると。
はっとして何かに気づいたようなアンジェが、こそこそと、リアンの耳元で何かを囁いた。
「え……いや、でもあれは別に、この人達が欲しがるようなもんじゃないんだ。この人達が探してるのは、そういうんじゃなくて……」
あ、何か思い当たるものがあったらしい。
「あの、一応教えてくれないかな。もしかしたらヒントになるかも」
「……ぜってえ、ならねえと思うけど」
……あの、それって、一体……?
それでも一応案内してもらって、僕らはまた、王都の裏通りに来た。ここではフェイよりもセレス兄妹の方が案内人として優秀だ。多分、この裏通りはずっと彼らの遊び場だったんだろうから。
「ええと……こっち」
リアンは遠慮がちに僕らを案内していって、やがて、セレス家に到着した。あの、雨漏りと傾きが特徴の、なんかこう、わびさびを感じる……。
「……家に何かあるの?」
「いや、家っていうか……」
それからリアンは、家の横から家の裏に回る。そこは、ごく小さな庭……と言うよりは、ゴミ置き場、みたいな場所だった。
リアンはそんな場所の一角に向かうと、アンジェと一緒にごそごそと何かやり始めた。
……なんだろう、と思いながら僕らが見守っていると、やがて、アンジェがおずおずと、それでいてちょっと笑みを浮かべながら、その手に乗せたものを見せてくれた。
「これ」
小さな手の上に乗っていたのは、小石やガラスの欠片。綺麗な色の木の実。そういったものだった。
「……な?役に立たねえだろ?」
リアンは居心地悪そうにそう言って、肩を竦めて見せた。
「おー。懐かしい。俺もガキの頃、石ころ集めてたなあ。今も部屋の引き出しの中の空き箱の中に入れてあるけどさ」
フェイはアンジェの手の上からガラスの欠片を取って、太陽の光に透かして見た。きらり、と煌めく薄青色のガラスの欠片は、成程、たしかにすごく綺麗だ。
「見せてくれてありがとな。宝物なんだろ?」
フェイが笑ってアンジェの頭を撫でると、アンジェはぱっと顔を赤くして、リアンの後ろに隠れてしまった。……こっちの天使はやっぱり人見知りらしい。
「これ、折角集めた宝物なら、森に持っていこうか。袋、あるよ」
僕がそっと袋を差し出すと、アンジェは小さな声で「ありがと」と言って袋を受け取って、また顔を赤くしてリアンの後ろに隠れてしまった。けれど、隠れながらせっせと袋に『宝物』を詰め始める様子は、なんとも可愛らしい。
「……クロアには石やガラスの欠片を持って帰るか。案外喜ぶかもしれんが」
「うん。僕も案外喜ぶような気がしてる」
クロアさんにこういう『お土産』も、悪くないと思う。実際、太陽の光に透かしたガラスの欠片は、透き通る色も、潤んだような艶も、割れて鋭くなった切っ先の眩さも、とても綺麗なものだったから。それに、クロアさんが『一番綺麗なもの』として期待しているものって、豪奢なドレスでも大粒の宝石でもないような、そんな気がするから。
「じゃあ、俺達も綺麗な石とガラスの欠片、探すか?」
それはそれで楽しいかもしれない。童心に返るっていうやつで。
……尤も僕は、小さい頃に石を集めた記憶があまりない。小石とかどんぐりとか松ぼっくりとか、そういうものを家に持って帰ると翌日の朝には捨てられてしまっていたので、持ち帰ったり集めたりすることはなかった。
そう考えると、ちょっと、やってみたいような気もする。
それから、リアンとアンジェが自分達の家からごく少ない彼ら自身の持ち物を運び出すのを待つ間、僕は裏通りに落ちているガラスの欠片や小石を探す。
これには管狐が活躍してくれた。管狐は、こん、と一声鳴くと……たちまち、手のひらサイズの小さな狐16匹くらいに分身して、その小さな狐達が一斉に裏通りへ散らばっていった。
びっくりしている間にも、管狐は綺麗なものをどんどん拾って帰ってくる。僕が1個見つける間に32個ぐらい集まってくる。
すべすべした白い丸い石。濃いワインレッドから深い緑へのグラデーションの硝子の欠片。真っ白な地に鮮やかな青で模様が掛かれた陶器の破片。どんぐり。そういうものが、次々に集まってきて、積み重なっていって……。
「……いつの間にこんなに集めたんだよ」
そして、リアンとアンジェが家から出てきた頃には、綺麗なもので小さな山ができていた。その傍らで1体に戻った管狐が、自慢げにこんこん鳴いていた。
うん。すごい。
それから僕は、管狐が集めてきてくれた宝物と僕が集めたやつとを合わせて小さな袋に詰めて、持って帰ることにした。まあ、クロアさんへのお土産はまたもう少し考えるとしても、案外綺麗なこれらを捨てて帰るのはあんまりにも癪だったから。
「すげえなあ……トウゴ、お前の狐、分裂するのかあ」
「うん、僕も初めて知った」
まさか、分裂するとは思わなかった。そういう思いを込めて管狐を撫でると、管狐はまた自慢げに、こん、と鳴いて、竹筒へ帰っていった。うん、お疲れ様でした。
「……今の、何?」
それを見て興味を示したらしいのが、リアンとアンジェだ。彼らからしてみれば、分裂する謎の狐が気になって仕方がないらしい。
「ええと、僕の召喚獣。管狐っていう」
もう一回出ておいで、と僕が合図すると、管狐はするりと飛び出してきて……それからリアンのズボンの裾に潜り込み始めた。
「ひゃっ」
「あ、ごめん。こいつ、筒状になってるところが大好きで……」
それから管狐はしばらく、リアンの服の中でもぞもぞしていた。うん、隙間が大好きなのは相変わらずらしい。
「……かわいい」
リアンがもぞもぞやられている間、アンジェは管狐を見てはにこにこしている。
「あの、私も、お友達、居るの」
そして、そう教えてくれる。
「お友達?」
「私の宝物も、お友達がくれたもの、多いの」
……何だろうか、その『お友達』って。もしかしてアンジェも管狐、持ってる?
「あの、そのお友達、って?」
僕が尋ねると、アンジェは……庭の隅に咲いていた花の近くで、何かふわふわと、手を動かした。
すると、そこには小さな人間めいた姿をしていて、きらきら煌めく羽が生えている……『妖精』という名前がぴったりの生き物が、アンジェの指と戯れていた。
……天使の指で、妖精が遊んでる。
なんてファンタジーな。
「……綺麗だね」
僕がそう声を掛けると、アンジェはにっこり笑った。
「こいつ、俺には懐かないんだ。アンジェにばっかりプレゼント持ってくる」
それを見ていたリアンはそう言って、アンジェの指先の妖精をつついた。すると妖精はけらけらと楽しそうに笑って、リアンの指とも戯れ始めた。うん、仲が良いみたいで何より。
「僕も触っていい?」
折角だから僕も妖精に触らせてもらおう、と指を伸ばすと……妖精はびっくりしたように縮こまってしまった。
流石に、初対面で触らせてもらうのは駄目だっただろうか。申し訳ない事をした。
……けれど、僕が指を引っ込めようとした時、妖精がおずおずと手を伸ばして、僕の指先に触った。
その途端。
妖精はぴょんとその場で飛びあがって、それから、目を丸くして僕を見上げて……それから、パッと姿を消してしまった。
……えっ。
「嫌われてしまっただろうか……」
指先の感触がお気に召さなかった?それともやっぱり失礼なことをしてしまったからだろうか。うーん、無理に触ろうとするんじゃなかった。妖精にふられてしまって、少し落ち込む。
「……あの」
けれど、落ち込んでいた僕の服の裾を、アンジェが引っ張る。
「どうしたの?」
「その、こっち……」
アンジェは僕の服の裾から手を離すと、そのまま、庭の奥……塀の上へとよじ登って、その上を歩いて先へ進んでいく。
「あ、アンジェ!?そっち行くのかよ!?」
それをリアンが追いかけるので、僕も追いかける。
道はぐねぐねとあちこちへ曲がりながらどんどん続いていく。そしてそのどれもが、猫の通り道だ。塀の上だったり、屋根の上だったり、なんだかよく分からない隙間だったり……。
……そうして僕らが辿り着いた先には、不思議なものがあった。
「ええと……花畑?」
どうして王都の裏通りに花畑があるんだろう、と思う。四方を塀に囲まれているここは、王都の裏通りらしからぬ花畑だ。まるで、すぽん、と花畑の空間を切り取ってきてここに無理矢理当て嵌めたかのようにちぐはぐだ。
……けれど、どうしてアンジェがここに僕を連れてきたのかは、分かった。
その花畑には、たくさんの妖精が居た。
そして、その妖精達は、じっと僕を見ている。
……なんというか、その、憧れ、とか、尊敬、とか、そういうかんじの、眼差しで。
「この子が、他のお友達にも会わせてあげたいって」
アンジェがそう解説してくれるけれど、僕としては、目の前のこの光景の意味が分からない。
嬉しそうに、或いは驚いたように僕の周りに寄ってくる妖精は、なんか、その……どうして僕にこう寄ってくるんだろうか?
「ええと、どうして彼らは僕に寄ってくるんだろうか」
妖精は何か言っているようだけれど、生憎僕には妖精の言葉が分からない。……けれど。
「……森の香りがするの?だから落ち着くの?好き?そっか。……あの、そうだって」
「あ、そうなんだ……」
アンジェは、妖精の言葉が分かるらしい。不思議だ。
……ところで、森の香り?森?僕が?それは森暮らししていたら染みついてしまった、っていうことだろうか?
「あ、そういやお前、森の精霊だったな」
「あ」
成程。
どうやら、この妖精達は、僕が森の精霊だからびっくりしていたらしい。
そっか。驚かせてしまって申し訳ない。
それからしばらく、妖精達を眺めていた。
妖精はアンジェと話せるらしい。アンジェは楽しそうにしている。
リアンもある程度は妖精の言葉が分かるのかな。妖精はリアンを揶揄うように飛び回りつつ、心底楽しそうに、時折リアンにじゃれついていた。
「天使に妖精……すごい眺めだ」
「あのな、トウゴ。俺の横では精霊に妖精がひっついてるんだからな?」
そして僕にも妖精がじゃれついてきている。……いや、遠慮しているのか、妖精のじゃれつき方はリアンやアンジェへのものよりずっとずっとマイルドなのだけれど。
「綺麗だなあ」
それにしても、この妖精達、とても綺麗だ。
宝石を薄く薄く削って作ったような羽を持った小人。天使にじゃれたり、花に止まったり、飛びまわったりしている姿の後に、光の粒がきらきら煌めく。
……昼間に煌めく蛍が居たら、こんなかんじかもしれない。いや、夜に飛んでいたら、それはそれで綺麗なんだろう。青空の下の花畑も似合うけれど、例えば、月光の下の竹林とかも、似合うんじゃないかな。
「……描きたいなあ」
「……おい。妖精を連れて帰るつもりか?」
駄目だろうか。綺麗だからクロアさんも喜ぶ気がするけれど。
「あの、妖精さん達」
一応、物は試しということで、妖精達に声を掛けてみる。
すると、妖精達は途端にぴたりと動きを止めて、その場で姿勢を正した。うーん、ええと……まあいいか。
「森に住みたい人、居る?」
聞いた途端、僕の周りに妖精が殺到した。
……ええと。
とりあえず、やったね、っていうことで……。
「……クロアさん、お土産、気に入ってくれるかなあ」
「クロアさんもまさか、大量の妖精が森に移住してくるのがお土産とは思ってねえだろうなあ……」
「土産なのか?この妖精達は土産なのか?」
「ええと……移住希望者、兼、お土産」
……こうして僕らは王都を後にした。
フェイのレッドドラゴンにリアンを乗せて、ラオクレスのアリコーンにアンジェを乗せて。そして僕は鳳凰に掴まりながら、妖精達が入った袋を背負って飛んでいる。一見誘拐だけれど、ちゃんと合意の元に袋詰めにした。そうじゃなきゃ、小さな体の彼らを運ぶのは大変だったから。
「それにしても、お前の森、どんどんすごい森になっていくなあ……」
うん。これからは妖精が飛び交う森になる。楽しみだ。早く描きたい。クロアさんにも見せたい。
僕はわくわくしながら、段々近づいてくるレッドガルド領を楽しく眺めた。