6話:天使捕獲作戦*5
こうして、セレスのお父さんとセレスは公的機関で奴隷になる手続きをすることになった。
……ちゃんとこういうところで手続きをするんだなあ。奴隷っていう言葉から連想するものとはやっぱり違う。
手続きを待つ間、僕らは待合室みたいなところで待つ。セレスは無事、僕が引き取れることになったから、これで契約履行だ。セレスを森に連れて帰ってたくさん描こう!
「……それにしてもトウゴ、お前、結構ちゃんと言えるんだなあ」
「え?」
唐突にフェイにそう言われて、びっくりした。……けれど思い返してみたら、うん、まあ、確かに……うん。
「あれは……その、先生の受け売りっていうか、うーん……先生が言ってたのをほとんどそのまま使わせてもらっただけだから」
「あー、道理で。なんかお前の言葉っぽくねえなって思ったわ」
うん、まあ、そのまま使ってしまったから、本当に僕の言葉じゃない。
勿論、先生は絵描きじゃないからそこは変えた。けれど、先生も大概『温厚』だと思われていたし、それが原因で舐められる、というか、それ以外の要因も混ざって『足元を見られる』ことは多かったみたいで……。
……僕が居るところで口論した後の先生は自己嫌悪と恥ずかしいのとで大変なことになっていたけれど、でも、あの時の先生のお陰で僕は今、無事にセレスを引き取れそうなので、やっぱりよかった。先生から学ばせてもらったこと、たくさんある。
「驚かされた。お前もああいう言葉を吐き出すのか、と」
「……ちょっと恥ずかしくなってきた」
「いや、いいじゃねえか。な?お前もちょっとっくらいふわふわしてない時があった方がいいって」
……ラオクレスもフェイもなんだかにやにやしてるんだけれど、なんというか、その……先生が僕の前で恥ずかしがってた理由がちょっと分かった気がする。うん。
「そういや、もう夜か。今夜は宿取って、明日クロアさんのおつかい済ませて、それから帰るようだなあ。あー、なんか色々あった一日だったぜ」
「うん。宿でセレスを洗おう。色味の確認したい」
「お前の一日はまだまだこれからかぁ……」
うん。もし手持ちの絵の具にも森にも無い色味の髪だったりしたら、王都で何か見つけて買っていかないといけないし、そもそも、僕、もしかしたら彼の瞳の色、再現できないかもしれない。青の絵の具の手持ちは少ないから……うーん。
「ま、いいや。じゃ、さっさと宿とって風呂な。丁度終わったみてえだし」
……そして僕らの話が一区切りしたところで、セレスとセレスのお父さんが出てきた。
セレスのお父さんは僕のことを睨んできたけれど、僕はそれを睨み返す。間違った事はしてないぞ、という気持ちで。
「……あの」
そして、僕のところに、セレスがやってきた。
「ええと……その、よろしく」
……うん。
「よろしく。天使のモデルさん」
ちょっと戸惑い気味でしおれ気味のセレスにそう返すと、セレスは気まずそうに頷きつつ目を逸らした。まあ、人間に慣れるには時間がかかるよね。
……こうして僕らは彼を連れて、王都の大通りにある宿へ泊まりにいった。
「ここ、前泊まったよな?」
「うん。部屋数がぴったりだ」
奇しくも、取った部屋が前に泊まった部屋と同じだった。王城のパーティに呼ばれた時に泊まったところ。うん、ここなら4部屋あるし、ぴったり。
「じゃあ、とりあえずお風呂に入れよう」
荷物を下ろした僕らは、早速お風呂の支度を始める。
……何と言っても、セレスがちょっと、あんまりにも汚れているので。これは早急に綺麗にする必要がある。色味を見るためでもあるし、あと、公衆衛生のため。うん。
「よし。入ろう」
けれど、いざお風呂、となった途端、セレスがその場から動かなくなってしまった。持ち上げようとしても持ち上がらなかった。いや、僕が非力なんじゃなくて、セレスが踏ん張るものだから。
「俺、最後でいい。先に入ってよ」
「駄目」
「部屋が汚れる心配なら、その、俺、外に居るから」
「駄目」
お風呂、嫌いなんだろうか。それは困る。悪いけれどモデルにされる以上、諦めてお風呂には入ってほしい。
「おう。いいぜー、セレス。さっさと洗われてこい」
「浴室は2つある。1つをそっちで使っていい」
フェイとラオクレスは2つある浴室の内もう1つを使うらしい。ということで、遠慮はいらない。
「……入ろう?あ、それとも、僕に洗われるのが嫌?」
「いや、そうじゃなくて……それも嫌だけれど」
うん。
……そこでセレスはちょっと、躊躇ったような様子を見せる。
僕は彼が何か言うまで待って……そしてセレスは、おずおずと視線を上げて、僕を見ながら口を開き始める。
「今更、金は出さねえなんて言わないよな」
「うん」
「その、俺が、絵のモデルに不向きでも?」
「……うん?」
セレスの言っている意味が分からなくて首を傾げていると……後ろから近付いてきたラオクレスが、ぺらり、と、セレスのシャツの裾を捲った。
ひゃ、と、セレスが悲鳴を上げる中、ラオクレスは渋い顔をして……それからそっと、シャツの裾を下ろす。
「……まあ、予想はできた事だが」
……なんとなく、彼らの行動や反応で分かってしまった。
「あの、脱がせてもいい?」
改めてそうセレスに聞くと、彼はすごく渋々、自分でシャツを脱いだ。
……シャツに隠れる位置の肌には、火傷の痕らしいものや切り傷の痕のようなものがいくつもあった。それを見てラオクレスはまた渋い顔をするし、フェイは痛ましげな顔をする。
そんな視線に囲まれて、セレスは一層、身を縮こまらせた。
「……その、騙すつもりは無かったし、その……だ、大体、あんた達が勝手に俺のこと天使だとか言って勝手に奴隷にしただけだからな!?や、約束は約束だ!金は、金はちゃんと」
「ちゃんと払うよ。金貨50枚だよね。……それに、君の絵も描くよ」
怯えた様子を見せるセレスを安心させるため、僕はちゃんと言う。
「傷があっても関係無い。金貨50枚分の働きを頼むよ」
そう言うと、セレスはほっとしたような、そんな顔をする。うん。すぐには無理でも、そのうちしっかり安心してほしい。
それから僕は、セレスを抱えてお風呂へ移動した。
王城御用達の宿なだけあって、お風呂も豪華だ。大体、1つの部屋に浴室が2つある時点で相当豪華だと思う。
「ちょ、ちょっと待てよ!なんだよこれ」
「お湯」
シャワーからお湯が出る仕組みはよく分からないけれど、この宿だとシャワーからお湯が出る。豪華だ。いいな。森のお風呂は沸かしたお湯を被るだけだから、シャワーも導入したい。どういう仕組みなのか、後で調べてみようかな。
「な、なんか目に入った!痛え!」
「石鹸。あ、目に入ると沁みるから目は閉じておいた方がいいよ」
「先に言えよ!」
「ごめん」
このお風呂、備品も豪華だ。備え付けの石鹸は花の香りがして、明らかに上等なものなのだろうな、と思わされる。僕はその石鹸を泡立てて、それでセレスの頭を洗っていく。(この世界にシャンプーとかは無い。全部石鹸らしい。シンプルでいいね。)
「……泡が消えた」
「え?お、終わったか?」
「あ、うーんと、そうだな、終わったら肩を3回叩くから、それまで目と耳塞いでおいてね」
僕がそう言うと、セレスは目を閉じて、耳を両手で塞ぎ始める。うん、そのままで。
……それにしてもすごいな。石鹸の泡がすごい勢いで消えていく。それだけ今、セレスが汚れてるってことなんだろうな。石鹸が負けてる。人間の脂っていうのは馬鹿にならない。
一旦、石鹸を流して、もう一回洗う。……あ、今度は多少、泡立つようになったかな……。
それから何度か、セレスを洗った。
とりあえず4回ぐらい洗ったら髪は綺麗になったし、体はセレスが自分で洗って綺麗にしていた。
……そうして綺麗になったところで、湯船にお湯を張って、セレスを浸ける。温めて血行を良くしてよく寝かせて血色のいい状態にしよう。
「……大分、色、変わったね」
「え?ああ……うん」
そうして湯船に浸かるセレスを見て、僕は驚いていた。
何と言っても、汚れが全部落ちたら色が変わった。肌は傷跡こそ生々しいけれど、するりと滑らかで色が白い。
目の色は変わらないけれど、印象が大分変わった。お風呂で温まって落ち着いて、少し眠くなってきたのかもしれない。とろんとした目は、さっきまでとは全然印象が違う。うーん、面白い。
……それから何より、髪の毛の色が大分変わった。
黒っぽく灰色っぽく茶色っぽく汚れていた髪は、綺麗に洗ってみたら、なんと、綺麗な亜麻色だった。灰色がかった淡い金髪というか、そういうかんじの色。
濡れている今は大人しくぺたりとしている髪だけれど、丁寧に乾かしたらこれが緩い巻き毛になるんだ。それがまた天使っぽいのは知っている。
「……本当に君、天使みたいだ」
「……あのさあ、あんた、頭大丈夫か?」
「うん。ねえ、この背中の傷、羽が切られちゃった痕だったりする?」
「しねえよ!俺、人間だよ!なんなんだよあんた!」
絵描きだよ。
それから僕はセレスをお風呂から引き揚げて、拭いて、乾かした。
……乾かすのに、フェイの火の精を借りた。彼らがセレスにまとわりついて揉みくちゃにしたと思ったら、5分もしない内にすっかり髪が乾いていた。すごい。
「じゃあ、君の寝間着はこれで」
「……いつの間に」
そして、フェイが火の精霊でセレスを乾かしてくれている間、僕は自分の寝室でTシャツとハーフパンツと下着を描いて出しておいたので、それをセレスに着せる。
少しサイズが大きかったらしく、ゆったりした格好になってしまったけれど……なんとなく天使っぽいからいいか。
「じゃあおやすみ」
「え?」
「『子供は早く寝るもんだぜ』って僕の先生も言ってた」
それから僕はセレスを彼の寝室のベッドの上に運んだ。真っ白な布団の上に乗せられて埋もれている様子は、なんというか、やっぱり天使っぽい。
「じゃあ、おやすみ。それとも1人で寝るの、不安?」
「……いや、1人にしてくれるんならその方が嬉しいけど」
「そっか。じゃあ、おやすみ」
布団の上でじっと僕を警戒していたセレスは、僕がドアの隙間から手を振る頃には少し警戒が解けた様子で、ちょっと不思議がるように首を傾げながら小さく手を振って就寝の挨拶にしてくれた。
セレスが寝てしまってから、僕らは明日の予定を立てる。
「えーと、とりあえず朝飯は部屋に運んでもらう手筈だから、それ食おうぜ。食いに出てもいいけど、セレスだって落ち着かねえだろうし」
僕の感覚だとホテルのルームサービスの方が落ち着かないようなかんじもするけれど……まあいいか。
「その後、クロアさんのおつかいな。えーと、ケーキとクッキーと紅茶とパンとナイフ。あと、綺麗なもの、だったっけ?」
うん。クロアさんのおつかいは中々難しい。綺麗なもの、何を持って帰ろうかな。
……正直なところ、王都に来てから今まで見た中で一番綺麗なものはセレスだから、セレスを連れて帰ったらそれで終わりなんだけれど……。
「それからセレスに必要なもの、買ってっちまった方がいいかな」
フェイが、そう言う。
「……セレスに、必要なもの?」
その言葉がなんとなく引っかかって、自分の中で答えを探す。
何だろう。セレスに必要なもの、何か、気になるところがあるんだけれど……。
「ん?ほら、服とか。食器とか。家具……はお前が出すにしても、ほら、本人が欲しい物とか。いくらかあるだろ?多分。そういうの、レッドガルド領に戻ってから調達してもいいけどよ、折角王都の大通りで買い物するんだから、その時一緒に済ませちまったら楽じゃねえかって……」
そうか。服とか、食器とか……本人が欲しい物、とか。
その時僕は、セレスが『奴隷屋さんの前で』うろついていたのを思い出した。
それから……僕が見たキッズモデル達の中に、セレスと同じような色味の子が居たことも。
キッズモデルの値段は、大体、金貨50枚分ぐらいだったことも。