4話:天使捕獲作戦*3
「……天使っぽかった?さっきのスリがか?」
「うん」
「『くたばれ』とか言う天使が居るかあ?」
「居てもいい」
「お、おい、トウゴ、お前、大丈夫か?」
「うん」
すごく大丈夫だ。
あの子、すごく天使だった。あれは是非、描きたい。
「目が、青空みたいで天使っぽかった。人間を警戒してる天使の目だった。あと、顔立ちはすごく綺麗だったと思う。天使だ。髪は汚れてたけれど、多分ちょっと巻き毛気味だった。ちゃんと洗ったら本当に天使っぽいと思う。頭に輪っか乗せたら完璧」
「よく見てるなあ、お前!スられたってのに!」
目の前に天使が居たら誰だって見るんじゃないだろうか。財布より天使。
「……どうする。もし本当にあれを捕まえるなら、中々骨だぞ」
「だよなあ。どう考えても……な、トウゴ。とりあえず一回、奴隷屋行っとかねえ?もっと天使っぽいの居るかもしれねえじゃん。な?」
うーん……うん。まあ、分かるよ。
ストリートチルドレン、っていうのかな、さっきの子みたいなのは。住所不定なんだろうし、すばしっこそうだし、この広い王都の中をひたすら探し回るのは絶対に大変だ。それは分かる。
だから……うーん。
「分かった。奴隷屋さん、行く……」
……名残惜しく思いながら、僕は、奴隷屋さんに向かうことにした。
「……そんなにしょんぼりするなよぉ」
「萎れた植物のようだ……」
うん……。
王都の奴隷屋さんは大きかった。流石、と言うべきなのかな。すごい。
「天使ください!」
「うちでは人間の奴隷しか取り扱っておりませんが……」
「ええと、限りなく天使っぽい人をください!」
「ああ、そういうことでしたら……」
そして入ってすぐ、ちょっと会話して、すぐに店の人がモデルさん達を連れてきてくれた。
「この辺りで如何でしょうか」
連れてこられたモデルさん達は……すごい。レッドガルド領の奴隷屋さんとは全然違った。何せ、数が多い。一度に連れてこられた数が、すごく多い。
綺麗な女性からかわいい子供まで。沢山。すごく沢山いる。
「どうだ、トウゴ。気に入った奴、居るか?」
「うーん……」
……けれど、そのすごく沢山のモデルさん達を見ながら、どうにも、その……何か、物足りない。
綺麗な女性は、ここでもやっぱり小悪魔に近い雰囲気だ。中には妖精のお姫様みたいな人も居るんだけれど、ちょっと、天使っぽくない。何だろう。何が足りないのかは分からないし、ここの人達も描いてみたい気もするんだけれど……天使では、ない。うん。
それから、子供の方はもっと顕著だった。
なんというか、本当に天使っぽくない。
なんだろう、『天使の絵っぽい』子は居るんだけれど、それって全く天使ではない、というか……お人形みたいなかんじがする。にこにこしていて、『早く買って!早く買って!』みたいな顔をしていて、とってもこちらに好意的で……。
……この子達は間違ってもスリなんてしなさそうだし、『くたばれ!』とか言わなさそうだ。うん。人間を警戒しなさそうだし、祝福を与えられそうでは、ない。
「どうだ?いい奴、見つかったか?」
「……誰も『くたばれ』って言わなさそう」
「待て待て待て。天使はそもそも『くたばれ』なんて言わねえって」
そうだろうか。言う気がする。だって人間を警戒しているわけだし……ちょっとお腹が空いていたらスリくらいすると思うし……。
それなら、と、お店の人が別のモデルさん達を連れてきた。
今度は美青年、まで範囲に入ってるらしい。けれど……ええと、やっぱり天使じゃない。
仙人みたいな人とか、お姫様とか、女王様とか、はたまた王子様とか、妖精とか、そういうのは色々居るし、小悪魔なんてそれよりずっと多いし、子供に関して言えばお人形がものすごく多いんだけれど……天使が居ない。
人間を警戒していて、ちょっと生意気で、それでも目を惹きつけて離さないような。そういうのが、居ない。
……それからもお店の人自慢の『天使っぽい奴隷』を見せてもらったのだけれど、天使っぽいモデルさんは居なかった。
うーん……。
お店の人がちょっと困り始めたのを見て、僕もそろそろ申し訳なくなってきた。心に決めた天使が居るのにここへ来たのは、やっぱり失礼だったかもしれない。
いや、でも、あの路地裏の天使、捕まえるのは現実的じゃないし……。
……そう考えていたら。
「……フェイ。俺はもう、腹を括るしかないと思っている」
ラオクレスが、フェイにそう言った。
「あー、やっぱり?俺もそんな気がしてきてたわ……」
フェイもそう言って、諦めたように頷いた。
「……トウゴぉ。お前も腹、括るかぁ?」
「え?」
びっくりしていたら、フェイはちょっと身を屈めて、僕の耳元でこっそり囁いた。
「天使捕獲作戦だ。……あの路地裏の天使、捕まえようぜ。じゃなきゃお前、納得できねえだろ?」
「……うん。捕獲する。捕獲したい!」
「おおー、さっきまでのしょんぼりが嘘みてえ」
「水を浴びた植物のようだ」
捕獲!さっきの天使を、捕獲!捕まえて、森に連れて帰って、描く!
……そう考え始めたら、もう、俄然やる気が湧いてきた!ありがとう!
奴隷屋さんには『色々見せてくれたお礼』ということで、お金を払ってから出てきた。今度また、お人形とか妖精のお姫様とか小悪魔の大群とか描きたくなったらお世話になるかもしれないし。
モデルさん1人分ぐらいの『お礼』を払ったら、お店の人はすっかり上機嫌になって、僕らを見送ってくれた。うん、今後ともよろしくお願いします。
……さて。
「ここからどうするよ。腹を括りはしたけどよ、俺、こういうのはサッパリだぜ?」
「俺もだ。……恐らく、クロアの専門分野に近いだろうが」
そういえばそうだった。クロアさんは裏の世界の人だったらしいから……裏通りの天使を捕まえるのも得意なのかも。
「ま、クロアさん連れてくる訳にはいかねえしな。とりあえず俺達は俺達のやり方でやっていくしかねえよなあ……」
フェイはそう言うと、僕とラオクレスと、それから自分を見て……頷いた。
「よし。じゃ、トウゴを餌にして天使の一本釣りしようぜ」
……えっ?
「一本釣り」
「おう。一本釣り。……ほら、お前、どう見てもいいカモだろ?」
うん。……うん?今、すごい悪口を言われたような気がする。
「金持ってそうな見た目じゃねえけど、身なりは綺麗だし、警戒心が薄いし、何よりぽやぽやしてるし。スリ垂涎の的だな」
……さっきスリに狙われた実績がある以上、何も言えない。
「もう少し、金を持っていそうな見た目にした方がいい。それでいて、警戒心の無い……どこかの貴族の息子が物見遊山に来たような、そういう雰囲気でいろ」
しかも注文が難しい。何だろう、『どこかの貴族の息子が物見遊山に来たような雰囲気』って。フェイの散歩中のイメージってこと?いや、フェイは別にぽやぽやしていない。いや、僕だってしていないけれど。
「よーし。ってことでトウゴ。まずはお前を飾って餌にするところからだ!」
……けれど、いいや。腹は括った。
僕が餌になれば天使が一本釣りできるっていうなら、いくらでも餌になってやる。
そして、絶対に天使を捕まえて帰る!捕まえて帰って、描く!絶対に!
……それから、僕のための買い物が始まった。
いつもは制服のワイシャツにズボンに『武器』を仕込んだブーツ、それから鞄、という恰好なのだけれど……シャツは刺繍入りの、布がもっとたくさん使ってある薄水色のにされてしまったし、ズボンは細身のやつにされてしまった。あと、尻尾みたいに燕尾になっているベストと、磨いた真珠貝のループタイ。
……そして何より、鞄。鞄は『スリやすさ』を求めたものだ。これでスリに大人気になれるだろう。多分。
「よし!金持ってそうで警戒心無さそうでぽやぽやした奴の完成だ!」
悪口を言われている気がするけれど仕方ない。天使を釣るためだ。
もし、天使じゃないスリが釣れても、そのスリから天使の情報を聞き出せるかもしれないし。うん。やっぱりこれ、名案だ。
「じゃあ、トウゴ。頑張って頼りなさそうにふらついてこい!俺とラオクレスは離れたところから見守ってるからな!」
「うん。多分大丈夫だと思う。いざとなったら管狐も居るし」
僕がポケットに入れた竹筒を撫でると、中から『こん』と元気な声が聞こえてきた。頼りにしてるよ。
……ということで、僕は1人で裏通りをふらつくことになった。
勿論、ただふらついていても暇なだけなので、お店を色々と眺めて回る。そういえば裏通りのお店で1つ、おつかいを頼まれていたっけ。まあ、それは天使を捕まえた後にするけれど。
「色んなお店があるなあ」
表通りの華やかさは無い。どちらかというと、隠れていたいような、そういう店が多い印象を受ける。奴隷屋さんもそうだし、武器屋さんも多分そうだ。薬を売っているらしいお店は……いや、これは考えちゃいけないやつかもしれない。
僕はそういう店を眺めながら、ふらふら歩いて……。
……来た。
その人は、とん、と軽くぶつかってきただけだ。けれど、注意していれば、ぶつかられた瞬間に財布を抜き取られたのも分かった。
そして。
「よし!そこまでだ、そこのスリ!」
「大人しくしていれば命は取らない」
いきなり物陰から現れたフェイとラオクレスに、そのスリの人はとても驚いたらしい。まあ、だろうね。
……ポケットの中で、こん、と、ちょっと声がした。うん、出番、無かったね……。
当然だけれど、このスリはハズレだ。天使じゃない。ただのスリだった。
けれど、ただのスリでも、捕まえる意味はある。だって、あの天使もスリだったんだ。知り合いでもおかしくはない。
「ちょーっと聞きたいんだけどよ。この辺りに、空色の目をしたガキ、居ねえ?」
「はあ?」
フェイがスリの人に聞くと、スリの人は『何を言っているんだ』みたいな顔をする。
……そこで僕は、そっと、銀貨を1枚、彼に握らせた。その途端、スリの人の表情が引き締まって、背筋が伸びる。
「探してるんだ。その子供。どこに居るかとか、名前とか、知らないだろうか」
「い、いや、見たような気もするけどな……」
彼は困っている。多分、言わないんじゃなくて、何も知らないかよく覚えてない。でも銀貨を折角もらったから何か答えなきゃ、っていうところなのかもしれない。
「知らなくてもそれ返せなんて言わないよ。大丈夫」
なのでそう言っておくと、彼は明らかにほっとした様子を見せた。やっぱり。
「悪いがそうそうガキの顔なんざ覚えてねえよ。ただ、俺はいっつも西の方を根城にしてるんだけどよ、そこらへんにガキは居ないぜ」
そっか。まあ、『居ない』っていう情報も、大事な情報だ。
「そっか。ありがとう」
「お、おう。悪いな、こんなことしか教えられなくて……」
スリの人はちょっと申し訳なさそうにそう言って、そっと立ち去っていく。……あ。
「財布は返せ」
「……やっぱり?」
スリの人はラオクレスに掴まって縮こまりながら、僕の財布を返してすごすご帰っていった。うん。気を付けてお帰りください。
それから何人か、僕はスリを釣った。男の人も女の人も子供も。
そして彼らから得られる情報を集めていくと、だんだん、天使の居場所に見当がついてくる。
……そして。
「空色の目……?セレスのことか?」
捕まえた子供のスリが、ついに、天使の名前を教えてくれた!
「セレス?あの子、セレスっていうの?」
「いや、探してる奴かは分かんねえよ!けど、俺のナワバリに最近入ってきた生意気なガキが居るんだ。そいつ、確かに目が空色してる。セレスって名前らしい」
……これは有力な情報だ。すばらしい。
「ねえ、その子、どこに行けば会えるだろうか」
僕がそう尋ねると、捕まえたスリの子はにやりと笑って教えてくれた。
「夕方になるとあいつ、奴隷屋の近く、うろつくんだ。そこを狙えばいいよ」
「奴隷屋?」
ラオクレスがちょっと意外そうな顔をした。うん、まあ、ちょっと意外かもしれない。スリをやってる子にモデルさんが買えるとは思えないし……いや、だからこそ、なのかもしれない。僕だって、買えない画材の前をうろついたことがあるし。
「そ。絶対に奴隷屋の近く、うろついてるから。……嘘だと思うならそれでもいいけど」
「ううん。ありがとう」
まあ、今のところ一番の有力情報だ。もうすぐ夕方になってしまうし、信じてみてもいいだろう。
「これ、お礼」
ということで僕はその子に小さい銀貨を握らせて帰した。子供は嬉しそうに駆けていった。嬉しかったんなら、何より。
得られた情報通り、僕らは奴隷屋さんの前あたりを見張っておくことにした。フェイは奴隷屋さんの入り口辺りに隠れさせてもらって、ラオクレスは表通り側の路地に隠れて、僕は……奴隷屋さんの前をふらつく。つまり、餌だ。
……そうして僕がそこらへんをふらついたり、歩くのに疲れてぼんやり突っ立っていることにしたりしながら待っていると……ふと、視界の端の方に人影が見えた。
それとなくそちらを見ると、そちらもそれとなくこっちを見ている。
……天使だ!
「捕まえて!」
僕がそう言うと、管狐が飛び出す。
それを見て天使はぎょっとしたような顔をして走って逃げようとしたけれど、管狐はすごく速い。こんこん鳴きながら追い付いて、天使の前に立ち塞がった。
天使はそこで足止めされて、でも、瞬時に方向転換。軽やかな身のこなしで別方向へ逃げようとし始めたけれど……。
そこにラオクレスが、走る。
速い。こっちもすごく速い。筋肉の塊がその筋肉を総動員して走るんだから、ものすごく速い。あと、圧がすごい。
「ひっ!?」
当然、子供1人くらい、簡単に捕まえられる。ラオクレスはすごい!流石の肉体美!




