3話:天使捕獲作戦*2
「モデルを探しに奴隷屋さんに来るのは初めてだ」
「おいおいおい、ラオクレス買ってった奴が何言ってんだ、おいおい」
「あの時はたまたま天性のモデルさんを見つけてしまっただけで、モデルを探しに来たわけじゃないから」
どうしようかな。ここ、奴隷屋さんじゃなくて専属モデル屋さんだと思ったら、途端にものすごくワクワクしてきた。意識の変化って、すごい。
「おや、お久しぶりです。本日はどのような奴隷をお探しですか?」
「天使みたいな人を探してます」
奴隷屋さんに入ってすぐ、店の人に話しかけられて、そう答えた。……鳩が豆鉄砲食らったような顔、って、こういう顔なんだろうか。うん、そういう顔をされた。
「あー……えーと、要は綺麗な奴。そういうの探してるんだとさ。絵のモデルにしたいらしい」
「も、モデルですか……」
「はい!」
前回は家事をやってくれる人、っていうことで探していたからラオクレスに辿り着くまでに時間が掛かったけれど、今回は最初からモデルさんを探しに来たと伝える。これで多分、天使みたいな人が見つかるはずだ。
「ふむ、天使のような、モデルに向く奴隷、ですか……。少々お待ちください」
店の人はそう言って、奥の方に入っていった。
さて、どういうモデルさんが来てくれるか、楽しみだ。
しばらく待っていたら、やがて、店の人が何人かのモデルさんを連れてきてくれた。
「お待たせしました。この辺りで如何でしょう?」
連れてこられたモデルさん達は……綺麗な女の人達だ。
「あら、また会ったわね、可愛い坊や!」
「今度こそ私を買わない?イイことしてあげるわよ!」
「売れ残り共は黙ってなさいよ!ねえ!私にしてよ!きっと役に立ってあげるから!」
……うん。
「全員、天使じゃなくて、小悪魔」
これは駄目だ!
『全員天使じゃなくて小悪魔』の評価にフェイはけらけら笑い始めたし、お店の人も苦笑いしながら女の人達を帰し始めたし、綺麗な女の人達もくすくす笑いながら帰っていった。うん、分かってるだろうにこういうことしてくるから……。
……ええと、それから、次に来たのは、キッズモデル達だ。
僕より年下の男の子や女の子が沢山。皆おとなしく、ただ黙ってじっと僕を見ている。……うーん。
「えーと、こいつらはどういう事情で奴隷に?」
「飢饉があった村で口減らしに、ということなのでしょうね。最近、一気に流れてきまして」
……色々事情があるんだなあ。
「如何でしょう?この奴隷達は皆、大人しくて扱いやすいですよ。ある程度は学がありますし。絵のモデルにするにしても、黙って座って待っているようなのは得意です」
店の人の説明通り、確かに並んでいる子達は皆、大人しそうだ。喋らないし、無駄に動きもしない。多少、ふらふら足を動かしているような子は居るけれど、僕が近くに来たら慌てて姿勢を正している。……うーん。
「天使っぽくは、ない、かなあ……」
なんというか、天使、ではない。あくまで人間だし、何ならあんまり人間でもないし、ええと、何て言ったらいいんだろう。うーん、描きたいと思えない、というか……。
「ちなみにこの子達って、普通だったらどういう用途で買われるんですか?」
まさか皆が皆、絵のモデルを買い求めに来るとは思えないのでそう聞いてみる。すると店の人は、『農作業の手伝いや牧童として買っていく方も多いですし、工房の下働きに使いたいという方もいらっしゃいます。或いは養子として買っていかれる方もいらっしゃいますね』と答えてくれた。
そうか、牧童とか、下働きとか……。この世界だと、子供だって労働力なんだな。産業革命直後のイギリスみたいというか。
「確かになあ。天使っぽくない、ってトウゴが言うの、分かる気がするぜ。うん」
フェイも僕の横でそう言って、複雑そうな顔をしている。うん、難しいね、モデル選びって。
「……ええと、如何いたしましょう。この中にお気に召すものがなければ、また、奴隷の並びをご覧になって頂いても結構ですが……」
僕らが迷っていたら、店の人がそう提案してくれた。
つまり、前回、ラオクレスを見つけた時と同じようにモデルさん達を見ていいよ、ということだろう。
「はい。見ます!」
前回だって、ラオクレスは最初、紹介されなかった。けれど牢屋の奥の方にひっそりと居たんだから、今回もそういう、掘り出しものがあるかもしれない。
ということで僕は、二つ返事で店の奥へと入れてもらうことにした。
「ま、結局こうなるよな」
「うん……ごめん」
まあ、大変だよね。沢山のモデルさん達を見て回るっていうのは、案外大変なものなんだと思う。
「ええと、若くて綺麗な女性か、幼児じゃなくて少年ぐらいの年齢の、子供……」
「子供の奴隷はそこまで多くねえからなあ。それ探すのだって一苦労だ」
うーん、だったら、若い女性の方に絞って探した方がいいだろうか?……まあ、いいや。とりあえず全部、見て回ろう。
……そうして僕は、一通り、若い女性がいるコーナーや子供ばかりのコーナーを見て回って、そして、今一つピンとこない、という結果に終わった。
「どうだ、トウゴ。天使っぽいお姉さんは見つかったか?」
「ううん、見つからない……」
僕が答えると、フェイはちょっと首を傾げた。
「結構美人も居たけどなあ」
「美人なだけじゃダメなんだ。それに、ほら、単なる美人を探すなら、クロアさんのせいで、大分目が肥えちゃってるから……」
「あー……確かに、あんな美女が身近に居たら、そりゃ、目が肥えるよなあ……」
うん。大体、クロアさんのせいだ。あの人が基準になってしまうと、世界中の人は大体不細工ってことになってしまう。
「……クロアさん以上の美人を探すってんなら、ちょっと無理があるぜ?それは分かってるよな?」
「うん。だから、綺麗な人じゃなくて……なんか、天使っぽい人を探してるよ」
天使っぽい、の中に、綺麗、っていう条件も含まれるのかもしれない。けれど、それ以上に何か、雰囲気とか、そういう……描きたくなるような要素を持っている人に、モデルをやってもらいたいんだけれど。
「……お前、本当に犯罪奴隷、好きだな」
「別に、犯罪奴隷が好きって訳じゃないけれど……」
そうして僕らは遂に、最後のコーナー……犯罪奴隷のコーナーに来てしまった。ここは相変わらず、とんでもない。色々物が飛んでくるし。言葉も飛んでくるし。
けれど、二度目だからそこまで怖くはない。ただ、檻の中に天使が居ないかな、と思いながら探していくのだけれど……。
「……居ないね」
「そりゃあな!?ここに居るの、犯罪奴隷だからな!?天使とは真逆の連中だろ!」
うん。犯罪奴隷のコーナーから天使を見つけるのは難しい気がしてきた。檻の中から『天使だ!天使が見えるよぉ!』とか、そういう声が聞こえてくることはあるけれど、残念ながら、そういう檻の中に居るのは大体、ちょっと危ないかんじの人が1人だけだ。天使は居ない。
ついでに、ラオクレスっぽい人が居たらもう1人、石膏像として雇われてもらおうかな、とも思ったのだけれど、石膏像も居なかった。うーん。
「……どうしようかな」
「うーん……王都の方にも行ってみるか?この店よりは規模がでかいぜ?」
……そうしようかな。王都の方って、クロアさんのことがあったからあんまりいい印象がないんだけれど、でも、まあ……綺麗な町だし、折角だし、行ってみるのもいいかもしれない。
ということで、僕とフェイとラオクレスの3人で、王都へ行くことにした。
「私は留守番ね。残念だけれど」
「今、王都にクロアさんを連れていったら大変なことになりそうだし……」
クロアさんは裏の世界で追われている人だから。もう少しほとぼりが冷めてくるまでは、森で静かに暮らしていてもらうしかない。
「ええと、お土産、買ってくる。何がいい?」
「あら、嬉しい。じゃあリスト作るからおつかい、お願いしてもいい?」
「うん」
クロアさんはくすくす笑いながら、さらさら文字を書いていく。字、綺麗だな。この世界の文字が読めるようになってから、その字が綺麗なのか汚いのかも何となく分かるようになってきたけれど……クロアさんの文字は流れるみたいで、それでいて崩れることがなくて、すごく綺麗だ。
ちなみに、フェイの文字は案外整って綺麗だし、ラオクレスの文字は……こう、なんというか、その、硬そう。うん。硬そう。
「はい、書き終わったわ。これでお願い」
それから少しして、クロアさんのおつかいメモを貰った。
大通りの水色の看板が目印のお菓子屋さんのレモンケーキと胡桃のクッキー。王族御用達のパン屋さんのパン。紅茶を1缶。裏通りの武器屋さんの細いナイフ5本。それから、『僕が見て綺麗だと思ったもの』。
「特に最後の、期待してるわ」
クロアさんはにこにこと、それはそれは楽しそうにしている。
……難しいおつかいだ。
「じゃあ、行ってらっしゃい。おつかい、よろしくね」
「行ってきます」
それから僕らは簡単に荷造りして、空へと飛び立った。ラオクレスはアリコーン。フェイはレッドドラゴン。僕は鳳凰に掴まって行く。
……腕が疲れたら、アリコーンに乗せてもらおうかな、と思っていたのだけれど、不思議と、疲れることはなかった。
鳳凰は疲れないかな、と心配したけれど、こっちも大丈夫らしい。元気そうに、きゅるるる、と鳴いて応えてくれた。
「それ、お前、疲れねえの?」
「うん。全然大丈夫みたいだ」
「……それ、お前が精霊になっちまったから?」
……ええと。
多分、違う、と、思う。思いたい。精霊になる前から、鳳凰に掴まって飛ぶことはできていたし……。
「もしかしてトウゴお前、精霊になったら体重、ますます軽くなったか……?」
「なってない」
……体重はちょっと気にしてるんだから、軽い軽い言わないでほしい。
王都まではそれなりに距離がある。けれど、レッドドラゴンとアリコーンと鳳凰にかかれば、大した時間はかからない。……半日かからなかった。うん、記録更新じゃないかな、これ。
「やっぱ王都は華やかだよなあ」
3か月ちょっと前に来た時から、王都は変わっていない。いや、少し気候が涼しい気もする。これ、夜は肌寒くなるかも。……これ、王都の変化じゃなくて気候の変化だな。
「えーと、まずは奴隷、見に行くか」
「うん。クロアさんのおつかいは最後でいいかな」
一応、主目的はモデルさんを探すことだ。うーん、ここでは見つかればいいけれど。
モデル屋さん改め奴隷屋さんは王都の端っこの方、裏通りの奥の方にある。この世界の奴隷って、僕が考えていたものよりずっと健全で明るいものだけれど、それでも、やっぱり表通りに置きたい店ではないんだろう。
……そして、裏通りの様子は、なんというか、こう、暗かった。
王都の華やかさとは一転、暗くて、寂れていて、それでなんというか……治安が悪そう。うん。さっきから僕らのことをちらちら見ている人達が居るけれど、どうにも、その視線が厭だ。
「おっと、トウゴ。気をつけろよ?こっちの方、治安悪いからな」
あ、やっぱり?……ということは、僕らを見ている人達は、こう……うん、考えるのをやめよう。
「俺から離れるな。もう少し寄れ」
うん。そうさせてもらおう。僕は遠慮なく、ラオクレスに近づかせてもらう。
僕がラオクレスにぴったり近づくと、僕らを見ていた人達の視線が、さっと離れていく。……僕がいいカモに見えていたけれど、ラオクレスの近くに居たら手出しができない、っていうことなんだろうか。
うん。ちょっと、癪。
そうして僕らが歩いていく先に、奴隷屋さんがある。
「大きい」
「ま、王都の奴隷屋だからな。大抵の町よりはでけえ奴隷屋だろ」
……逆に、王都より大きい奴隷屋がある町があるの?
「今度こそ、天使みたいな人、居るといいな」
「きっと見つかるさ。金に糸目はつけないんだろ?」
「うん。当然」
モデルさんを雇うのに妥協はできない。ましてや、依頼の絵を描くためのモデルさんだ。お金を理由に妥協するわけにはいかない。
「……このために苦労して金を用意している訳だしな」
うん。お金は用意した。ちょっと苦労もした。
……資金源は当然、僕が描いて出した宝石だ。けれど、僕は下手に気合を入れて宝石を描くと、その、とんでもないのができてしまうらしい。だから、できるだけ魔力を込めずに描かなきゃいけなくて、でもそれでいて実体化はしなきゃいけなくて……。
要は、微調整がとても大変だった。あと、それをうまく売ってお金にしてくれたラオクレスが、すごく大変だったと思う。ありがとう。
「まあ……あの額持ってりゃ、どんな奴隷だって買えるだろ。うん」
とりあえず、宝石を換金した分は全部持ってきた。だから、最高級のモデルさんだって買える。うん。とても楽しみだ。
そうして、僕らが裏通りを進んでいた、そんな時だった。
ぱっ、と、軽い衝撃が腰のあたりにあった。
なんだろう、と思って振り向いて……その時僕は、僕の横を通り過ぎた子供が、僕の鞄の中にしまわれていた袋を掴んで、走って逃げていくのを見つけた。
「おっと、スリか!任せとけ!」
フェイは早速、火の精を出す。フェイの宝石から放たれた火の精は、鳥の形をした方が勢いよく飛んでいって、子供の前方に立ち塞がる。
その後から狼の形をした方が走って、子供に後ろから襲い掛かって、子供を転倒させた。うーん、早業。
きゃあ、と、子供の悲鳴が聞こえる。けれど火の精はどちらも、子供を傷つけはしていないらしい。上手く狼がクッションになったり、それでいて鳥が子供の上に止まって動きを封じたり。連携がすごい。
「よーし。これは返してもらうぜ?」
フェイは子供に追いつくと、そう言って子供の後ろから手をそっと捻る。
「なにすんだよ!離せ!」
「なにすんだ、はこっちの台詞だっつの」
フェイは子供の手から袋を取り上げる。その瞬間、子供は悔しそうな、いっそ憎々し気な目でフェイを睨む。
「おーい、こいつ、どうする?」
「どうする、って……」
僕はそこで追いついて、その子供を見る。
……火の精に押さえつけられているその子は、随分と汚れていて、なのに、目だけはぎらりとしている。
その時だった。
ひゅん、と、何かがフェイに向かって飛ぶ。
「うおわっ!?」
フェイはそれを咄嗟に避けて、でも、フェイの召喚獣達はその時、子供を押さえておくことよりもフェイを守るために駆け寄ることを優先してしまった。
……そこで緩んだ拘束を、その子供はするり、と抜け出す。
「……くたばれ!」
そして子供はそう吐き捨てるように言うと、咄嗟に追いかけられなかった僕らの間をさっと抜けて、逃げ出してしまった。
「……ったく、なんだったんだ、ありゃあ」
「分からんな。何かの魔法を使ったようにも見えたが」
とりあえず僕らは互いに互いの安否確認をした。特にフェイ。……でも、フェイはちゃんと、飛んできた何かを避けたらしい。怪我は無かった。それを見て彼の召喚獣達がフェイに擦り寄る。『無事でよかった』と『逃がしちゃってごめんなさい』が混ざっているらしくて、召喚獣達の動作は遠慮がちだ。
「ま、いいか。とりあえずお前ら、よくやった!ありがとな!」
フェイは召喚獣達をわしわし、と撫でて、それから1匹ずつ大事に、宝石の中へ戻していった。
「で、トウゴ。これ、スられたやつな」
「うん。ありがとう」
フェイは召喚獣を返すと、子供から取り返した袋を返してくれた。いや、でもこの袋、偽の財布だからほとんどお金は入っていない。……まあ、戻ってくるに越したことはないよ。
「災難だったなあ。あいつのスリ、すげえ早業だったし、びっくりしたぜ」
「……俺もあいつが何をしたか、見えなかった。子供ではあるが、侮れない手練れだ」
ラオクレスもそう言って頷く。どうやらさっきの子、中々の大泥棒らしい。
うん。分かる。僕も、ちょっと衝撃があったかな、と思ったらもう、鞄の中身を盗られてた。鞄には留め金がしてあったのに、だ。
……しかし、あの子、なんというか……。
「しかし、王都だってのに裏通りに入れば子供がスリかあ。王都の名が泣くぜ。……ま、いいや。とりあえず奴隷屋行こうぜ。もう近くだ」
フェイはそう言って歩き出すけれど、僕はまだ、動けない。
「……ん?トウゴ、どうした?」
「ええと……」
フェイに聞かれて、どうしようか少し迷って、でも、ここで言わないとやっぱり後悔する気がしたから、言う。
「あの子、捕まえたい」
「まあ、気持ちは分かるけどよ。ものは取り返したし、あいつ自身は見逃してやってもいいんじゃねえか?」
「いや、逃がしちゃ駄目だ」
フェイの言葉を考えながら、でも、やっぱりそう思う。
逃がしたくない。ちゃんと捕まえて……。
「もう一回、あの子の顔、よく見たい」
「……まさか、お前」
フェイがちょっと表情を引き攣らせるけれど、僕はやっぱり、あの子を捕まえたい。
「あの子、天使っぽかった」