19話:謎の卵*3
鳥は、口に例の木の実を咥えて帰ってきた。また僕に食べさせるつもりらしい。
けれど、鳥は僕と一緒に巣の中で胡坐をかいているフェイや、巣の外の枝に止まっているレッドドラゴンを見て、首を傾げた。『最近は来客が多いなあ』みたいな顔だ。そうだね。君が僕を誘拐したからだね。
「あの、話があるんだけれど」
そこで僕がそう呼びかけると、鳥はまた首を傾げながらも、僕に木の実を押し付けてきはしなかった。……ええと、やっぱり多少は話が通じるんだろうか?
「僕のこと、精霊にしようとしてる?」
……そこで単刀直入にそう聞いてみたら、鳥は……こくこくと頷いた。
頷いちゃったよ。意思の疎通もできるし、僕を精霊にしようともしてるよ、この鳥。
うーん……いや、でもこれは大きな一歩だ。意思の疎通ができる相手なら、ある程度はその、望みがある。多分。
「僕、人間を中退したくはないんだけれど」
僕がそう言うと、鳥はキョキョン、と鳴いた。あ、これは多分、分かってないやつだ。
「ええと、精霊になりたくないんだ」
なので言い換えてみたら、鳥は今度こそ分かったらしい。ちょっと驚いたみたいに羽毛を逆立てて、それから、しゅんとしてしまった。……ちょっとかわいそうな気がしてきた。
「説明も無しに勝手に別のものにされたら困るよ。分からないものは怖いし」
鳥が少しかわいそうでも、ここで退くわけにはいかない。ここで退いたら人間中退。ここで退いたら人間中退!
「それで、ええと、精霊って一体何なんだろうか。一応、教えてほしいんだけれど……」
とりあえず、鳥にそう聞いてみる。すると鳥は……ひょこひょこ、と数度首を捻った。まあ、言葉は喋れないみたいだから、意思の疎通が難しいのは分かってた。特に、説明しろ、っていうのは結構難しいよね。となると……。
「よーし。じゃあいくつか質問するから、首を縦か横に振って答えてくれ。はい、が縦で、いいえ、が横。いいか?」
フェイがそう言うと、鳥は早速、首を縦に振るのだった。
……うん。こっちから地道に質問していくしかないよね。
「まず、お前は精霊様なのか?」
フェイが『精霊様』に接するにはちょっと砕けた口調でそう聞くと、鳥は頷いた。……うん。そっか。精霊なのか。やっぱり。
「……ええと、俺やトウゴやラオクレスや、あと最近きたクロアっていう女性だけどよ、ああいうのが森に住み付くの、やっぱり嫌か?」
更にフェイがそう聞くと、鳥は今度は首を横に振った。
「嫌じゃないの?」
今度は縦。……どうやらこの鳥、僕らが森に住み付くのは別に構わないらしい。
「そっか。ってことは、トウゴを攫ったのは、トウゴが気に食わなかったからじゃなくて、気に入ったからか?」
今度も縦。嬉しそうに、何度も縦。ついでにいっそ自慢げなくらいの顔。そっか。気に入られちゃったか。どうしよう。これはよくない気がする。
「ちなみに、この卵をあっためるとトウゴが精霊になっちまうのか?」
また縦。……ちょっと、卵から遠ざかっておいた。うん。怖いって。それ。
さて、ここまでで大体、僕らの推測通りだったわけだけれど……問題はここからだ。
何故この鳥は、僕を精霊にしたかったのか。何故、そうする必要があったのか。
そもそも精霊って何なのか。僕が精霊になるとどうなってしまうのか。
……そういうことを、相手が『はい』か『いいえ』で答えられる質問で聞いていかなきゃならない。これは……うーん、結構難しいかもしれない。
「あの、僕って精霊にされてしまったら、鳥の恰好になっちゃうんだろうか」
まず、ものすごく大切なことを聞く。……すると鳥は、首を横に振った。ちょっと笑ってるような気配がある。いや、こっちにとっては笑い事じゃないんだよ、これ。
「でも精霊になったら人間じゃなくなるよね?」
今度は縦。ということは、やっぱり精霊になったら人間中退!
「……人間じゃない形になると筆が持てなくて困るんだけれど」
あ、今度は横。え?筆が持てなくても困らないだろうってことだろうか。それとも……。
「形は、人間のままでいられるってことかな」
あ、今度は縦だ。うん、そうか。僕、人間中退することになっても、人間型で居られる可能性は高いような気がしてきた。
けれどそうなると……不思議なかんじがする。
「……精霊って、なんなんだろう」
確かに図鑑のページにはいろいろな姿形の精霊の図が載っていた。もしかしたら、精霊ってそういう種族なんじゃなくて、別の生き物が精霊になるっていう形で増えていくものなんだろうか。
「えーと、あ、じゃあ俺からな?お前は今すぐにトウゴを精霊にしたい理由があるのか?」
フェイが質問したら、鳥は頷いた。……えっ、火急の用事なの?これ。
「急ぐのか」
また縦。うーん、これはいよいよ分からない。
「代替わりしたいってことか?」
これも縦か。ええと……じゃあ、この鳥は精霊を引退したいってことなのかな。
「ええー……じゃあ、お前が精霊を引退するためにトウゴを引っ張ってきたって?」
あ、横。どういうことだろう。
「トウゴを気に入ったから、トウゴのためにトウゴを精霊にしたいってことか?」
今度は首を傾げるみたいな仕草だ。意味が分からない、っていうことか、或いは……はいでもいいえでもない、ぐらいの答えだろうか。
「……もしトウゴが精霊にならなかったら、トウゴにとって悪いことが起きるか?」
けれど、次の質問にはひょこひょこ頷いた。
……えっ。
これは……困ったな。
「えーと、トウゴにとって悪いこと?お前にとって悪いことじゃなくて?」
今度は首を捻る運動。……どっちもってことかな。
「僕にも精霊さんにも悪いこと、っていうことかな」
今度は縦。勢いよく縦。
「ちなみに、フェイやラオクレス、クロアさんなんかにとっても悪いことが起きる?」
更に縦。ぶんぶんと振られる首は、なんかこう、迫力がある。
……うん。
「フェイ、どうしよう……」
「う、うーん、こりゃ困ったなあ……」
僕や鳥や、更にはフェイ達にまで何か悪いことが起こるなら、僕は精霊になるべき、なんだろうか……。
「い、いや、でもトウゴを生贄にするようなことはしたくねえぞ、俺は」
「うん、僕も人間中退はちょっと抵抗がある」
けれど、フェイ達に悪いことが起こるっていうのは嫌だ。うーん……折衷案とか、無いだろうか?
困っていたら、鳥は唐突に、僕をガシリと掴んだ。それから、キョキョン、と、レッドドラゴンに向かって鳴く。
あれ、と思っていたら……レッドドラゴンはフェイを鼻面でずいずいやって、自分の背中の上に押し上げ始めた。
「お?おいおい、どうしたんだよ」
フェイも僕も困惑していると……鳥は僕を捕まえたまま飛び立った。レッドドラゴンもフェイを乗せて、飛び立つ。
「おーい?レッドドラゴン、どこ行くんだ?」
レッドドラゴンはどうやら、鳥を追いかけているらしい。鳥は時々振り返りつつ、僕を運んでそのまま飛んでいく。その後を、フェイを乗せたレッドドラゴンがおいかけてきて、1羽と1匹は森の空をすいすい飛んでいく。
……そんなに長い距離は飛ばなかった。ただ、森の中心のあたり、僕が最初にこの森にやってきたあたりに降り立つと、そこで鳥は僕を解放する。
「ここに何かあるの?」
レッドドラゴンも同じく着陸すると、それを見届けた鳥はちょこちょこと地面の上を跳ねて進み始めた。……この大きさの鳥が地面を歩いているとすごく迫力があるなあ。
「どっかに案内しようってか?」
フェイが聞いてみるけれど、鳥は構わず進んでいく。……仕方がない。追いかけてみるか。
鳥の後を追いかけて数分。僕らは、大きな木の下に来ていた。
「鳥の巣がある木くらい大きいね」
木登りしようとしたら、木登りじゃなくて登山かロッククライミングになりそうな木だ。大きい。
「……お?鳥がいるぞ?こいつの親戚か?」
そして実際、この木には鳥の巣がいくつかあった。鳥の巣から顔をだした鳥は……あっ、見覚えがある。大きなコマツグミだ。そこまで巨大でもないけれど、人間の子供くらいはありそうな。
……多分、僕が最初に孵した雛だ。あの雛が大きくなって、ここに住むことになったんだろう。鳥の成長って早いなあ。
鳥がキョン、と鳴いて子供の鳥達に挨拶すると、子供の鳥達はキュッ、みたいな鳴き声で応えた。元気そうで何より。
……けれど、当の鳥は木や自分の子供達に用事があるわけではないらしい。挨拶をしたら、あとはさっさと木の根元の方に向かって歩いていく。
そして僕らが鳥に追いつくと、鳥はちょっと振り返って、それから……羽毛をぶわりと逆立てた。
すると、木の根元に道が開く。
……うん。道が、できてしまった。地下へと続く道が現れた。どういう仕組みかは分からないけれど、木の根が動いて、その下でも何か石材みたいなものが動いて、そして、ぽっかりと入り口が現れてしまったのだ。
「げっ。これ……なんだ?古代の遺跡か何かか?」
フェイもこれの存在は知らなかったらしい。ええと……入っても大丈夫だろうか?
鳥は、キュ、と鳴いて、地下へ続く道に向かって歩き出した。となると、僕らとしても、中へ進まざるを得ない。
「とりあえず、行ってみるかあ……」
フェイは頭を掻きつつ、鳥の後に続く。僕もそれに続いて、木の根元から、地下に向かって進んでいくことにした。
木の下は木の下だけあって、根っこがあちこちに見えた。
「人間の手が加わった建物、だよな。これは。……そこに木の根っこが埋まってる、ってかんじか」
石造りの建物の天井や壁が少し崩れて、そこから木の根っこが入り込んでいる。けれど、通路はちゃんと保たれていて木も『弁えた』浸食の仕方をしているように見えた。
「明るいね」
「ああ。多分、魔力で灯るランプの応用なんだろうなあ。壁とか天井とかの模様が光ってる。……どっから魔力取ってんだろうなあ」
通路は地下だというのに明るい。それは、石造りの壁や天井に刻まれた模様が、ふんわりと光っているからだ。その光のおかげで、特に明かりも無く入った僕らは何の問題も無く前へ進めている。
「……ここ、なんだろうか」
「分からねえ。まあ、大方、大昔の精霊のために作られた神殿とかなんだろうけどな。この鳥が代替わりする前は別の生き物が精霊やってたんだろうしさ」
うん。そういえば、どうやら精霊は代替わりするらしいということが分かった今、図鑑にあった『精霊』のページの謎も解けた。
精霊って色々な姿形があるみたいだけれど、それって色々な生き物が『精霊になった』ってことなんじゃないかな。……ということは、僕は精霊になっても人間型で居られる可能性が割と高い、と思う。希望的観測だけれど。
「……っと。着いたみたいだぜ」
そして僕らが話しながら進んでいくと、突き当りで鳥が僕らを待っていた。
そこにあったのは、通路よりも高い天井。通路よりも明るくて広い空間。石造りで、木の根が浸食していて、それで……。
……その部屋の中央には、ぼんやり光る球があった。
ぼんやり光る球は、石づくりの台座の上に乗っている。その上で、ぼんやりと弱く、真珠色に光り輝いている。
石の台座には精密に何かが彫り込んである。文字にも模様にも見える彫刻は、球の光がそこに染み込んだみたいに光っていた。
模様に染み込んだ光は部屋の床へと広がっていって、そこでもまた、複雑な文字か模様のようなものの形になっている。
「なんだろう、これ。ねえ、フェイ……」
目の前にあるものがよく分からなくてフェイに聞こうとしたら……フェイは、絶句していた。
「……フェイ?」
「……とんでもねえもん、見ちまったなあ、これ」
やっと喋ったと思ったら、フェイはそう言って……それから、感嘆のため息を吐いた。
「これ、守りの結界の魔法だ。それも、とんでもなく大規模なやつ」
守りの、結界。……壁みたいなものだろうか?防犯対策とか?つまり、せこむ?
「あ、そっか。トウゴには分かんねえか。えっとな、守りの結界ってのは……主に魔法に対して働く防壁みてえなものだな。けど、これは多分……もっととんでもねえやつだ」
すごい結界なのか。……どういう風に?
「これ……なあ、精霊様。この結界、この森に悪いものを入れねえための結界だよな?」
フェイがそう言うと、鳥はちょっと首を傾げてから、こくこくと頷いた。
「つまりこれ、森を守る魔法?」
「ああ。そうみたいだ。相当古いもんだな。俺にもよく分からねえけど……でも、弱ってる、んだろうなあ。これ」
弱ってる。……この光がぼんやりとして弱弱しいのは、弱ってるから、っていうことだろうか。
「何か知らねえけど、森に結界が必要になるような状況が、そう遠くなく訪れるってことだろ?それを心配して、お前はトウゴに手伝ってほしかったってことなのか?」
鳥は羽をふわふわ膨らませて、大きく頷いた。……そっか。
「お前は、トウゴを精霊にして、この森を守る役に就いてほしいんだな?」
またフェイが尋ねると……鳥は、大きく一度、こくんと頷いた。