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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第一章:僕は死んでも描くのをやめない
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6話:絵の具探し*5

 青。鮮やかな、青。

 ロビンズエッグ・ブルー、っていう色があるのは知っていた。ほんのり緑みの鮮やかな空色。

 けれど、実物を見るのは初めてだ。まるで空を切り取ってきたみたいに鮮やかな青色の卵。本当にこんな色の卵、存在するんだ。

 つやつやとした青い卵を見て……僕はすっかり、夢中になった。

 だって、隣の木の鳥の巣の中に、青色がある!青だ!自然界にはほぼほぼ存在しないんじゃないかと諦めかけていた青だ!

 これは是非、絵の具にしたい!




 鳥を描くことは一回忘れた。だって卵が青かったから。しょうがない。

 僕は枝を伝って、隣の木へと移っていく。結構危ない気がするけれどしょうがない。

 体が軽い方なのが幸いしたのか、枝はどこでも折れることなく僕の体重を支えてくれた。

 慎重に、でも急いで、鳥の巣へと向かっていく。時々危ない時もあったけれど、ぞっとしながらも、それでも僕は進むことをやめなかった。

 ……そうして、10分。

 僕は何とか、鳥の巣の中へと入り込むことができたのだった。




 思わずため息が漏れる。

 鮮やかな青の卵が、僕の手で触れられる位置にあった。

 大きさは30cmくらいかな。僕の頭くらいある。それで、表面はつるつるしていて光沢があって……青い!

 遠くから見たら現実味が無くて、いっそ空の欠片が落ちてるようにも見えたけれど、こうして間近で見てみてもやっぱり不思議だ。どうしてこんな色になるんだろう。綺麗だから?いや、それは無いか……。

 鳥の巣の中にある卵は全部で3個。もし割れた卵の殻なんかがあったら貰っていこうと思ったけれど、残念ながら卵の殻は特に無い。

 ……ここにある3つの卵は全部、生きている卵、なんだろうな、と思う。いや、もしかしたら無精卵かもしれないけれど。

 でも、もし生きている卵なんだったら、この卵を傷つけて絵の具にしてしまうのは……躊躇われる、なあ。やっぱり。

 試しに1つ抱き上げてみたら、ほのかに温もりがある気がして、より一層、卵を傷つけることを躊躇わせた。

「……どうしようかな」

 青い絵の具は欲しい。だから、この卵の殻は欲しい。

 それから、多分この巣を使っているであろうあの鳥を描きたい。

 でも……うーん、どうしようか。

 考えながら、僕は卵を抱いたまま、ぼんやりと空を見上げて……。


「……あ、どうも、お邪魔、して、ます……」

 巨大な鳥と、目が合った。




 ……一気に冷や汗が出る。

 これ、まずいんじゃないだろうか。

 だって僕、この鳥から見たら、自分の巣に勝手に入りこんで、しかも自分の卵を抱いている不審者、ってことに、なる、よな。

 誤魔化そうにも、僕はしっかり、卵を抱いてしまっている。


 目の前の鳥は、大きい。翼を広げたら5mぐらいある鳥の頭は、僕の頭よりずっと大きい。多分、くちばしを広げたら、僕の頭ぐらい簡単に……。

「違うよ。悪い事はしてない。別に、卵を狙ってきたわけじゃないんだ。ただ、綺麗だと思って……その、卵も触りはしたけれど、傷はつけてない、から……」

 慌ててそう弁明してみたけれど、鳥に話しかける意味ってあるんだろうか。ほら、鳥も怪訝そうな顔して首を傾げ……。

 ……鳥が、怪訝そうな顔をしている。

 鳥が。表情を。

 ……こんなことってあり得る?

「あの、勝手に巣に入って、ごめん。すぐ出ていくね」

 けれどもしかしたら、もしかしたら……この鳥、言葉が通じるんじゃないだろうか。僕はそんなどうしようもない望みをかけて、鳥にそう言いつつ、そっと卵をその場に置いて、じりじりと、後退していく。鳥の巣の外へ。

 ……でも、鳥はそれを許してくれなかった。


「あ」

 鳥のくちばしが伸びてくる。僕のシャツの襟が掴まれて、そのまま僕は巣の中へと引き戻される。

 そして僕は鳥の巣の中に引きずり込まれて倒される。背中からもろに倒れた割には、鳥の巣が衝撃を吸収してくれたらしくて痛みは少なかった。

 けれど、咄嗟に動けない僕は、更に僕を見下ろす鳥を見上げて……そのくちばしがまた迫るのを、スローモーションで見ていた。


 僕はつつかれた。ずいずいと、割と遠慮なく。

 つつかれながらもなんとか頭とお腹を守ろうと体を丸めたら、つつかれなくなった。

 けれど代わりに、鳥は卵を器用に転がして、僕のお腹と膝の間に押し込んでいく。

 ……そして、鳥は飛び立っていった。


「……あれ?」

 そして僕は、すっかり気が抜けて動けないまま、この状況を理解できず……ただ、卵を抱きながら、横たわっていた。




 全くもって謎の状況である。

 僕は一体何をされているんだろうか。

 とりあえず……殺されは、しなかった。うん。それは本当に幸運だったな。僕はあの巨大な鳥につつかれまくったらきっと死ぬし、この木の上から落とされたらやっぱり死ぬと思う。生き残れたのは本当に幸運だった。

 でも……この状況は一体、何だろう。

 僕は今、卵を3つ、抱いている。あの鳥がこの状況を作り出していったんだから、あの鳥は僕にこうしていてほしかった、んだと思うんだけれど……。

「うわ」

 と思っていたら、すぐにさっきの鳥が戻ってきた。そして、くちばしに咥えた木の実を僕の口にずいずい押し付けてくる。

 食べろ、ということなのか、と思って、とりあえず食べた。

 ……スパイシーな柿みたいな味がした。なんだこれ。あ、そういえば鳥って辛みを感じないんだっけ?いや、でも、それにしてもこの味は酷い。渋いのも苦いのも割と平気な方だけれど、辛いのは、ちょっと。

 口の中いっぱいに広がる謎の味にどうしていいか分からずに寝転がったまま、鳥に見つめられて時間を過ごした。

 ……そのままじっとしていると、なんだか具合が悪くなってきた。怠い。体が熱い。さっきの実のせいのような気がする。唐辛子って体温上げる効果があるんだったよな。なんかそういう効果がさっきの実にもあったんじゃないだろうか。或いは単に、寝転がっている内に疲れが出てきたか。

 体調不良まっしぐらの僕はこうなってはもう、高い木の上から逃げ出すこともできやしない。まな板の上の鯉。鳥の巣の中の僕。そんな気持ちで、もう諦めてじっとしていることにした。

 すると鳥は翼で僕と卵を撫でて……また飛び去って行った。

 ……そこで僕は気づいた。

「もしかして……温めておけってこと?」

 どうやら僕は、抱卵させられているらしい。




 眠いし怠いし熱いし、何より鳥に託されてしまったものだから仕方ない。僕は卵を温め続けることにした。

 途中で寒気がしてきたから、鞄からブランケットを出して、僕ごと卵を包んだ。僕はあの鳥ほど大きくないから、30cmくらいある卵3つを自分の体だけでまんべんなく保温するのはちょっと難しい。

 適当に転がして場所を入れ替えながら、卵3つを温め続ける。

 ……それにしても、謎だ。

 なんで僕、こんなことしてるんだろうか。ちょっと冷静になったらこれ、おかしい気がしてきた。

 巨大な鳥の、巨大な卵を、温めている。

 なんでこうなったんだろう。僕は本来なら、あの鳥の絵を描きにきたはずだったんだけれど。けれど卵が綺麗だったから、つい巣に入ったら、こんなことに……。

 ……うん。もう少し慎重に動いた方がよかったかもしれない。




 それからしばらくして夕方になると、鳥が帰ってきた。

「え、あ、おかえり……?」

 鳥は僕を見下ろすと……特に僕を攻撃するでもなく、くちばしに咥えた木の実を、僕の口にずいずいと押し付けてきた。

 食べろって事、なのかな。もしかして僕は子育てされている? 餌を与えられているのか?

「嫌だ。これ美味しくない」

 拒否してみたんだけれど、鳥はお構いなしにずいずいくるので、しょうがないから食べた。味は相変わらずだった。ひどい。

 僕が木の実を食べたのを見届けて、鳥は巣の中に入ってきた。そして僕の隣に座りこんで、そのまま目を閉じた。

 ……どうやら、寝るつもりらしい。

 どうしようか。鳥が寝るなら僕はもう帰っていいんだろうか。でも、卵を放っておくのも何だか落ち着かないし……。

 ……いいや。今日はここで泊まろう。どうせ家なんてテントもどきしかないんだし、何所で寝ても一緒だろう。

 そう思うとなんだか眠くなってきた。木の実のせいなのか、気疲れしたからか。やっぱりなんとなく、体が熱い。熱っぽい気がする。火照る。駄目だこれ。薄暗い中で木の上で動いていい体調じゃない。

 ならしょうがない。やることは1つだ。

 ……おやすみ。




 おはよう。

 起きたら鳥が目の前に居て中々心臓に悪かった。あと、相変わらず体調は変だった。

 ……けれど、少し変わった事がある。

 それは、僕のお腹の辺りで何かがもぞもぞ動いていること。

「……ん?」

 ブランケットを捲ってみたら、一番お腹に近かった卵がもぞもぞ動いていた。

 そして。

 ぴし、と卵に罅が入って、中から鳥の雛が出てきたのだった。




 それからまた抱卵させられていたけれど、別にそれはいい。

 それよりも大切なのは、鳥が生まれたという事。つまり、卵が割れたということだ。卵の殻はもう用済みなはずだから、僕が貰ってしまってもいいだろう。

 割れた卵の殻の欠片は、流石に大きな卵のものだけあってそれなりに厚い。青色をしているのは表面だけのようだけれど、十分だ。これを使えばきっと、青い絵の具が作れるだろう。


 夕方になったらもう1つ、卵が孵った。それから翌朝、もう1つ。

 その頃には僕の体調は元に戻っていたので、もう木を降りられる。

 僕は、ぴぃぴぃ鳴く鳥の雛と、そんな雛を前にどこか満足気な巨大な鳥に別れを告げ……。

 ……木を降りる前に、生まれたばかりの鳥の一家を描いてから帰ることにした。

 その途中で巨大な鳥に木の実を分けてもらった。今度は割と美味しい奴。別に体調もおかしくならなかった。

 これ、抱卵のお礼のつもりなんだろうか。ということは、昨日食べさせられた美味しくない奴はやっぱり、なんかこう……僕の体温を上げて抱卵の最適温度にする為のものだったんだろうか。なんだろうそれ、凄く怖いんだけれど。

 ……まあいいや。鳥一家の皆様のお役に立てて光栄です。


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― 新着の感想 ―
[一言] ほっこりしつつ笑いました。 ファンタジーというか、もう児童文学の世界ですね! こういう発想出来ないので尊敬します。
[一言] 家族が増えるよ、やったね!じゃなかったんですね・・・ 鳥さんに都合よく使われましたが生きてるだけで丸儲け 青い殻まで手に入ってこれはもう大儲けですね?
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