ふりゃのお裾分け
『トウゴの世界は、冬になるときらきらするんですか?』
冬のある日。レネがそんな文章を見せて、目をきらきらさせていた。
『並木に光の粒が輝いて、それはそれは美しいのだとフェイから聞きました!』
「ああ、イルミネーションのことかな」
レネはどうやら、フェイからイルミネーションのことを聞いたらしい。確かに、フェイとルギュロスさんを連れてイルミネーションを見に行ったことがあったなあ。
僕は、『はい。僕の世界では、この季節になると並木を光で飾ります。』と書いてレネに見せる。するとレネは、『あまーじーにえ……』と呟いて、ほう、とため息を吐いた。
ああ、そうか。レネにとっては、光の装飾なんて、想像がつかないものなのかも。レネ達、夜の国の人達にとって、光は生活のためのものどころか、生命維持のためのもので……だから、『飾るために使う』なんて贅沢なことは、できなかったはずだ。
そう考えると、少し寂しいような申し訳ないような気持ちになる。別に、僕達がイルミネーションを楽しむのが悪いことだと思うわけじゃないけれど……でも、ちょっと、申し訳ないような、複雑な気持ち。
でもレネは、僕に申し訳なく思わせたいわけじゃないんだ。ただ、『なんて素敵なんでしょう!』と書いて見せてくれて、レネはただ、うっとりしているばっかりで……。
「……あの、レネ」
「にゃ?」
なので僕は、ふと、思いついてしまったんだ。
『僕の世界に、来てみませんか?』
「レネちゃんは何を着てもかわいいから、何を着せたらいいか迷うわねえ……。ああ、ウヌキ先生?次はこれの色違い、出して下さらない?布のかんじはこのままでお願いね」
「勿論さ!いやあ、しかしクロアさん。すっかり向こうのファッションを理解しているようだね!」
「うふふ、まあね。密偵だもの!」
……ということで、レネの服選びが始まった。
レネは僕らの世界に溶け込むには、服装が風変わりだから。夜の国の服みたいな、丈の長いワンピースを着ている人は、僕らの世界にはあんまり居ない。
「レネちゃん、こういう恰好も抵抗は無いかしら?大丈夫?」
『大丈夫です!トウゴの世界の恰好なら、どんな格好でもします!』
レネは何やらやる気に満ちた顔をして、スケッチブックを見せてくれる。うーん、本当に嫌じゃなければいいんだけれど。
「あ、そうだ、トーゴ。折角だから、翻訳機も現代風にした奴をデザインしてくれたまえ」
「え?あ、そっか。うーん、できるだろうか……」
一方、僕は先生にアドバイスを貰って、『そういえばそうだった』と思い出したところだ。
今、僕やレネが使っている翻訳機は、とてもファンタジーなデザインだ。金の線と宝石でできている、片耳だけのヘッドホンというか、片目だけの眼鏡というか、カチューシャというか、ティアラというか……そういうかんじだから、現代風ではないね。
これを身に着けていると流石に目立ってしまいそうだから、僕は早速、現代風のデザインで描いてみることにする。
あれ?でも、これって、えーと、現代風のデザインで、となると、ええと……。
そうして、遊びに来たフェイに見てもらって、ちょっと手直ししてもらって……無事、現代風の翻訳機ができた。
「ま、声の方はまだ翻訳できねえからなあ……そっちの機能は丸ごと削っちまったぞ?あーくそ、いつか、これ、文字だけじゃなくて喋り言葉もそのまま翻訳できるようにしてえなあ……」
フェイはやっぱり、すごい奴だ!僕が『こういう形にしたいのだけれど』とやったのを、『だったらこっち減らしてこっち足してくれよー』なんて、色々と整えてくれて……そうして僕の手には、今、眼鏡型の翻訳機がある!スマートグラス、というものがこんなかんじなのかもしれない。
レネのは、赤のアンダーリムの眼鏡だ。クロアさんが『こういうのがいいと思うわ』ってやってくれた奴で、レネによく似合う。
一方僕のは……その、先生の眼鏡にデザインを似せました。……ちょっぴり恥ずかしいような、そんな気分にもなるのだけれど、でも、先生の眼鏡、ちょっと憧れだったので……。
そうして僕が翻訳眼鏡を作っている間に、レネの支度が終わっていた。
「はい!可愛く仕上げておいたわよ!」
「わあ」
レネは、白いセーターに紺のキュロット、そして濃いグレーのあったかそうなタイツに黒のショートブーツ、という恰好だ。ええと、ボーイッシュな女の子の恰好、というかんじかな。
そこに、僕とレネとお揃いで、耳当てとマフラーと手袋がある。マフラーはライラが編んでくれたやつ。手袋はレネが編んでくれたやつだよ!
更に、『あったかくしてね』とクロアさんが、真白いコートを、もふん、と着せる。ああ、いよいよ温かそう!
「……かーわいい?」
レネは、そんな恰好になりながらそう聞いてくるものだから……うん、なんだか、とても可愛らしいんだよ。
「うん。その、かわいい……」
「たきゅ。ふふふ……」
ちょっと恥ずかしがりながら、レネはその場でくるくる回って見せてくれた。うん。かわいい。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「いーてきまーしゅ!」
「まおーん!」
そうして、僕とレネは一緒に僕の世界へ行くことにした。魔王を小脇に抱えて、レネの手を引いて、『こっちこっち』と門の方へ。
……そして。
「……ふりゃあ!?わにゃいじふりゃ!?」
「あ、エアコンつけておいたから。そっか、レネにはこういう暖かさは新鮮だったんだね」
レネは、エアコンでほかほかする部屋の中、『ふりゃ!?ふりゃ!?』と混乱していた。まあ、暖炉も無いしフェニックスが昼寝しているわけでもない部屋がこの暖かさなのは、ちょっと不思議なのかもしれない……。
「……あ。ということは」
「わにゃ?」
そこで僕は、ちょっと思いついてしまって……先生の家の、リビングにある、例のあれのスイッチを、入れてきた。
「ええと、この後、僕のアルバイト先のカフェに行ってお昼ご飯にしよう。それから、帰ってきてちょっと時間を潰してから駅前通りのイルミネーションを見ようか」
レネにこの世界を案内するなら、やっぱりイルミネーションを見せたい。光の粒が沢山輝いている様子を、レネはきっと喜んでくれると思うから。
「じゃあ早速、カフェに行こう。ええと、魔王も連れて行くね。マスターが最近、コンロの上にホワイトソースの鍋をひっくり返してしまって……」
「かーふぇ?まーおう……?」
「うん。カフェのマスターは、よく魔王をお掃除要員として必要とするから……」
……ということで、リビングの方には寄らずに、ささっ、と外へ出る。帰ってきた頃には丁度よく温まっていると思うので……。
「いらっしゃい……おや。かわいいお客さんだ!」
そうして、いつものカフェに行くと、マスターがにこにこと僕らを出迎えてくれた。
「魔王も、ようこそ!いつもありがとう!」
そして魔王は拝まれている。『まおーん』と、魔王もご機嫌な様子だ。そうだね。魔王は人の役に立つのが好きないい奴だし、このカフェで掃除のご褒美に貰える美味しいものも大好きだから……。
「今日はね……こちらのコンロをお願いしたくてね……。あ、トーゴ君はいつものお席へどうぞ。お客さんも、どうぞ、ごゆっくり!」
いそいそ、と魔王を連れて行ったマスターに許可を貰えたので、僕は満を持して、いつもの席へ。
レネは、カフェの中を物珍しそうにきょろきょろ眺めている。カウンターの向こうでコトコトと湯気を上げている鍋も、ふんわり漂うコーヒーの香りも、レースのカーテンがかかった窓も、新鮮に見えているのかも。
「……えありあ?わ、わにゃ……?」
そして、そんなレネが目を止めたのは……飾り棚だ。先生が向こうの世界で最初に出版した本が飾ってあって、その横には小さな花瓶と、妖精が作った造花が飾ってあって……そして妖精がそこで休憩している。
『トウゴの世界には、魔法が無くて、魔物も精霊も居ないと聞いていました。でも、妖精は居るんですね!』
レネは困惑していたけれど、『魔法が無くても妖精は生きていけるのかもしれない!』というような納得をしてしまっている様子だ。ああああ、誤解だよ、誤解なんだよ……。
『本当は、妖精も居ないはずなんです。でも、先生の本を通じて、妖精はこっちに来られるみたいなんです。』
ついでに、今、妖精はにこにこしながら小さなミルクピッチャーでミルクを飲んでいる。彼ら、こうやって時々、カフェの食べ物を貰っているみたいだよ。その分、お砂糖を足しておいたり、埃を払っておいたり、色々やっているみたいだけれど……。
『すごい!妖精の魔法で、妖精は魔法の無い世界にも来られるんですね?』
『そうみたいです。でも、この世界の人達には、妖精はほとんど見えないみたいです。』
『妖精は非常に興味深いです!』
僕らは筆談しながら妖精を眺めて、思わず笑ってしまう。レネが妖精に小さく手を振ると、妖精は嬉しそうに手を振り返してくれた。かわいいなあ。
そうして僕らが妖精を眺めていると、ぽてぽて、と魔王が戻って来た。どうやら、お掃除が終わったらしい。
「いやあ、いつもありがとう。はい、今日のメニューですよ」
魔王の後ろをにこにことやってきたマスターは、僕らの前にお盆を置いた。
お盆の上には、大き目のスープカップ。カップの中身は、クラムチャウダーだ。それに、バゲットと野菜のグリルがついている。
ほっこり湯気を上げるクラムチャウダーに、レネは小さく歓声を上げた。そして僕ら、魔王の『まおおおおん!』という食前の挨拶……多分、『いただきます』を言っているのであろうそれに合わせて『いただきます』をして、早速、美味しく頂くことにした。
『こんなに美味しいものがあるなんて、すごい!トウゴの世界は、すごいものがいっぱいです!』
レネはクラムチャウダーが大層お気に召したらしく、目をキラキラさせて、その喜びを伝えてくれる。喜んでもらえて、何より。
魔王もクラムチャウダーが大好きだから、『まおーん!』とご機嫌の一声。そうだよね。魔王はミルクのまろやかな味わいが大好きだから、クリームベースのクラムチャウダーは当然、お気に入りというわけなんだよ。
……と、僕らが楽しく食事を終えた頃。
「はい。こちら、試食にご協力くださいね」
マスターが、こと、と僕らの前にお皿を置いた。
お皿の上には、ケーキが1ピースずつ。滑らかなカスタード色の中に、ほんのり透き通った洋梨が入っているように見えるそれは……。
「ラフランスのフランですよ」
「りゃふりゃ……?んしゅ、ふりゃ……!?」
……ああ!レネが混乱する名前のお菓子だ!
「……りゃふりゃ?んしゅ?ふりゃ?ふりゃ……?」
『梨のお菓子です。卵のタルトに煮た梨が入っているやつです。』
レネが首を傾げていたので、早速、解説。するとレネは、『不思議な名前です!すごい!』と、興味深そうに頷きながら……お皿の上の、『ラフランスのフラン』を見つめる。
「りゃふりゃんしゅ、の、ふりゃん……いにゃにゃきま!」
「僕も。いただきます」
期待に目を輝かせるレネがフォークを手に取ったところで、僕も。
フランにフォークを入れると、柔らかな感触。それをそっと口に運べば……。
「……てりしーりゃあ!うみゃあ!うみゃ!とうご!じー、うみゃあ!」
うん。とても美味しい!ラフランスのコンポートの瑞々しさと、カスタードのまろやかさが合わさって、なんとも素敵な味だ。
これには魔王も大喜び。レネが『うみゃあ……』と目を輝かせている横で、魔王も『まおーん!』とご機嫌の一声。
「どうです?美味しかったですか?」
そこへマスターもやってきて、にこにこ、嬉しそうな顔。そうだよね。だって、レネがとろけるような笑顔をマスターに向けているんだから!
僕もここでアルバイトをするから、ちょっと分かるよ。自分が作った食べ物が人を笑顔にするのって、とても嬉しいことだ。
「とっても美味しいです」
「お気に召したようならよかったなあ。じゃあ、これをメニューに並べてみましょう。コンポートにアイスクリームを添えたものも考えたんですが、あんまり冷たいものを食べたい季節でもないことだし」
マスターは『これならよし』と、にこにこうきうきしながらカウンターへ戻っていく。
……そしてレネは、またとろけるような笑顔で、一口ずつ、大事に大事に、ラフランスのフランを食べ進めていった。
これだけ気に入ったんだったら、向こうでも再現できないかな。フランのレシピは探せばいくつか見つかるだろうし、向こうでは、僕の家の庭に洋梨がたくさん実ることだし……妖精洋菓子店で出してくれたら、きっとレネが喜ぶと思う。勿論、僕も喜ぶし、魔王も喜ぶと思う!
そうして僕らは食事を終えて、お会計を済ませて、先生の家へ戻る。
「……れしゃ」
「ちょっと寒いよね。でも、家に着いたらあったかいよ。あったかいところでイルミネーションの時間まで待とう」
カフェを出ると、やっぱりちょっと寒い。なので僕はレネの手を引いて、帰路を急ぐ。レネは寒さには慣れているのだろうけれど、あったかいところが大好きな生き物なんだ。あんまり冷やしちゃ、かわいそうだよ。
「ええと……こうすると、あったかいかな」
なので僕は、レネと繋いだ手を、レネの手ごと、そっと、僕のコートのポケットに引き込む。
大き目のコートのポケットだから、2人分の手がすぽんと入る。ああ、こういうコートを着ていてよかった!
「ええと……ふりゃ?」
レネは最初、ぽかん、としていたのだけれど……ちょっとあったかかったのか、ぱっ、と日だまりみたいな笑顔になってくれた。
「ふりゃー!」
「それはよかった。さあ、急ごう」
先生の家へ向かう間も、レネは、『ふりゃ、ふりゃ』と歌うように言っていた。そこに魔王の『まおーん、まおんまおーん』が合わさって、さながら合唱のようだね。
先生の家の鍵を開けて、手洗いうがいをして……さて。
「ふりゃあー!」
「リビングに暖房を入れてから行ったからね。さあどうぞ」
暖房が効いた部屋は、冬でもぬくぬくだ。レネはリビングを物珍し気に見回して、目を輝かせている。
僕はその間に、ヤカンをコンロの火にかけて、お茶の準備。日向菊のお茶は無いのだけれど、まあ、レネはほうじ茶も好きなので。
……それで、僕はちょっといたずら心がむくむくするような気分になりながら、そっと、レネをそこへ案内する。
ダイニングテーブルじゃなくて、ローテーブルの方。カーペットの上、そこにあるローテーブルは、今……。
「これは炬燵というものです。どうぞ」
……そう。今、先生の家のローテーブルは、炬燵になっているんだよ。
炬燵は、いつの間にか魔王が引っ張り出していた。勝手知ったる先生の家、ということらしい。
そして魔王は今も早速、もそもそと炬燵の中へ入っていってしまった。そうだね。前に妖精カフェに炬燵を出した時も、魔王はずっと入り浸っていたし、炬燵を撤去したら猛抗議していたもんね……。
「中はふりゃーだよ。どうぞ」
レネにも炬燵を勧めると、こういうローテーブルは珍しいのか、レネはちょっと首を傾げながら、そっと、カーペットの上に腰を下ろして……。
「……おにゃにゃしま」
レネは、そろり、と、足先から炬燵の中に入って……そして。
「……ふりゃあー……!」
ああ!レネがとろけちゃった!
『これは素晴らしい発明です。夜の国にも普及させたいです!』
「お気に召したならよかったよ」
そうしてレネは、すっかり炬燵の虜になってしまった。魔王は既に勝手知ったる先生の家だから、『まおーん!』とご機嫌な声を上げながら、炬燵でほうじ茶とお煎餅とでおやつタイムに入っている。
『お部屋全部ではなくて、こうしてテーブルの下だけを暖めるのはとても効率的です!これなら、夜の国の少ない燃料でも皆、温かく過ごせます!』
『そうだね。元々は、この国で、同じような理由で生み出されたものだから。お役に立てたなら嬉しいです!』
よくよく考えると、炬燵ってすごいね。日本の伝統的な家屋だと、部屋の中全体を温めるのって難しいし。ほら、障子は断熱効果が高いとは言えないし、襖の上には欄間がある訳で……湿気およびカビの対策をすると、気密性って失われてしまうから。
その点、炬燵は炬燵の中だけをほかほかにすることで、風通しの良い日本の家屋でもぬくぬく過ごせる、っていう、素晴らしい発明なんだなあ。うーん、もっと早く、夜の国にこれを伝道すべきだったかもしれない……。
「ふりゃあー……。はーふぃーねしゅ……。ふふふ……」
レネはうっとりしながら、炬燵の天板にそのやわらかな頬を、ふに、とくっつけて、くったり。
すっかりとろとろのレネがなんとも嬉しそうなものだから、僕としても嬉しい。
「とうごー……らいしゅきぃ……」
「絶対に気に入ってくれると思ってたけれど……ここまで喜んでくれると、なんだか嬉しいなあ」
レネはすっかり炬燵が大好きみたいだ。魔王も炬燵仲間ができたからか、『まおーん!』と大喜び。よかったね、魔王。
そのまま僕らは、炬燵でぬくぬく過ごしながらお喋りした。
僕の最近の大学での生活とか。こっちの世界の生き物の話とか。レネは興味深く書き文字を目で追って、ほやほやと嬉しそうな笑顔になってくれた。
レネはレネで、夜の国の植物の話とか、宝石の話とか、色々聞かせてくれるんだ。それがまた面白くて、ああ、夜の国も素敵なところだなあ、と思うよ。
『トウゴが作ってくれた、星の形の宝石!あれが今、流行しているんです!』
レネは、にこにこ顔でそう書いて見せてくれた。
『我々はどうしても寒い時、魔石の魔力で暖を取る魔法を使います。そうなるように、宝石を身に着けておくんです。服に留めつけてあることもあります。そして最近では、それを星型の宝石にするのが流行っています!』
そう言って、レネは『るーきゃ、じー!』と、炬燵の天板の上に置いてあるレネのペンダント……ほんのり青みがかった、半透明の白色の……つまり、『月白』とでも言うべき色をした宝石を見せてくれた。ムーンストーンかな。
「星だね」
「にゃ!すてりゃー!じーはじゃ、れみぇすてりゃ。にゃ、いーちゅ、ふりゃふりゃー!」
僕が2度目に夜の国を訪れた時、夜の国の町の観光をするために、その金策として、星型の宝石を描いて出して売ったことがあったけれど、それがこういう風に流行したとは。ちょっと恥ずかしい……。
『自分ばっかり、こんなに幸せでいいのかな、と申し訳なく思うことがあります。これは、ずるいです。』
それから、レネはふと、そんなことを書いた。
『トウゴと一緒に居て、昼の国にも遊びに行って、それで、トウゴの世界にまで来てしまいました。綺麗で、あったかくて、素敵なものに自分ばっかり恵まれています。でも、国の皆はそうではありません。』
レネはちょっとだけ、しょんぼりしている。
きっと、ずっと悩んでいたんだろうなあ。分かるよ。僕も、ちょっとだけ、そういう気持ちになることがあるから。
だから僕は、お返事を書く。
『僕もずるいです。魔法の無い世界に居るのに、魔法がある世界に遊びに行けてしまいます。幸せな世界を享受して、沢山絵を描けて、更に、時間が人の2倍あるかんじ。とってもずるいです。』
……前、先生にも言ったことだ。先生に言う前から、ずっと考えていたことでもある。
考えることは、悪いことじゃないと思うから。
『僕が向こうの世界で、夢見ることを知ってしまったから……そのせいで、僕の代わりに大学受験で落ちた人が居ます。確実に1人は、居るんです。本来、その人が受かるはずだったのに。僕が、進路を変えたから。僕が、他の人より沢山絵を描けるずるい環境にあるから。』
僕がそう書いて見せると、レネは、悲しそうな顔をした。レネは、自分はずるいことをしているんじゃないか、って思う割に、僕についてはそう思わないんだよ。……僕だって、そうなんだけれど。
『それは、トウゴが悪いんじゃありません。誰かを受からせるために、トウゴが諦めなきゃいけなかったなんて、間違っています!』
『ありがとう。でも、見方によってはそういうことなんです。僕が向こうの世界でお昼ご飯を食べてしまうから、1人分、こっちの世界のどこかで、お昼ご飯の売り上げが落ちています。僕がカフェのマスターにソレイラの野菜をお裾分けしてしまうから、カフェで使う野菜を売るはずだった農家さんが、困っているのかも。』
僕が続けてそう書いたら、レネは、『じゃー、とーるぇ……ばうた……』と、おろおろしてしまった。ええと、多分、『それはそうだけど、でも、何か違うと思う』みたいなことを言ってくれている。なんとなく分かるよ。もう、それなりに長い付き合いだし……。
『だからその分、僕が向こうの世界を知らなかったらやらなかったことを、やろうと思っています。』
だからね。僕は、レネにそう、言えるんだよ。
『フェイを連れて、動物園に行きました。ライラと一緒に、水族館に。……ずるいことをした僕によって、2人分、動物園と水族館の売り上げが増えています。本来生まれるはずがなかった売り上げです。それから、魔王のためにお煎餅を買うようになりました。そのために、アルバイトも始めていて……ええと、とにかく、僕は、色々と変わってしまった。』
僕が書いた文字を見つめて、レネは、こくこく、と頷いてくれる。
僕と同じようなことで悩んで、僕の考えに頷いてくれる友達が居るから、僕はとても嬉しい。
『向こうの世界を知らないままだったら、元気が無い街路樹に元気を分けてあげることなんてしなかった。元々の僕は人と話す勇気なんて無かったから、大学で課題に困っている同級生に僕から声を掛けることもしなかったと思う。全部、僕がずるいことをしたから、できていることです。少しは、善いことができている、といいな。』
レネは僕が書いた文字を、そして僕を見つめて、ぱっ、と笑った。
『そういうものだと思うんです。この世界はきっと、そういう風にして動くものだと思うから。……だから、変わろうと思います。ずるいことをして、その分、善いことができるように。』
僕がそう書いてレネに見せると……レネも鉛筆を手に取って、さっきよりずっと元気に、文字を書く。
『そうします。夜の国に、温かいのを持ち帰ります。温まった分、皆に親切にできると思います。皆を守るために戦うことだって厭わない。それで……』
レネはちょっとそこで迷って、それから、ちょっと小さな字で、続けた。
『……トウゴみたいになりたいです。』
「僕みたいに!?」
「にゃ!らいきゃ、とうご、いーわんとぅめーきゃ、はーふぃーね」
びっくりしてしまったけれど、レネはちょっと恥ずかしそうににこにこして、きゅ、と僕の手を握った。
「そ、それは……ええと、あの、光栄、です……」
「にゃ!」
……そうだね。
僕も、レネみたいに、優しくて強い生き物でありたいと思う。……そして、こうやって一緒に悩める友達の存在は、とってもありがたい。
だからね、僕ら、これからも親しくできると嬉しい。きっと、お互い、得られるものがあると思うので……。
それからも色々とおしゃべりして……さて、そろそろ外が暗くなってきたから丁度いいね、と炬燵を出ようとしたら、そこが一苦労だった。
そう。一度入っちゃった炬燵って……出られないんだよ!
『トウゴはすごいです。コタツから出られるのは、勇者です。』
「ゆ、勇者……?」
『寒さに立ち向かえる、勇敢な者よ。心から、尊敬します!』
レネは炬燵から出て、まだちょこっと名残惜しそうに足の先っぽだけ炬燵の中に入れたまま、書いて見せてくれた。そうか、炬燵から出られる者は、勇敢なる者……。
外は寒い。けれどきっとレネはイルミネーションを気に入ってくれるだろう、と確信があったので、僕はレネの手を引いて、駅前の通りへ向かう。
ちなみに魔王も炬燵から出たがらなかったけれど、僕らが出かける時には渋々まおまお炬燵から出てきて、レネの頭の上に収まっていたよ。なので今、レネは魔王が化けたベレー帽を被っているような、そんな具合。……耳と尻尾が生えた真っ黒のベレー帽は、なんとなく、かわいい。
「さあ、レネ。そろそろ見えてくるよ」
そして僕らがせかせか歩く先には……光が、見えてくる。
「……きゃう」
レネが息を呑む。星の光が滲んだようなレネの瞳に、きらきらと、光が反射して……。
「……きれーい!」
僕の町の駅前通りの金色のイルミネーションは、案の定、レネのお気に召したみたいだ!よかった!
それから僕ら、しばらくイルミネーションの並木の下を、行ったり来たりしていた。
レネはずっと興奮し通しだったし、僕はそんなレネを見て、なんだか満足です。うーん、もしかして、これがライラの言う『なんかいいのよ』なのだろうか……。
『トウゴの世界は、とっても綺麗です!』
レネははしゃぎながら、イルミネーションの金色の光の下で、小さなスケッチブックに文字を書いて見せてくれる。
『こんなにも綺麗な世界だから、トウゴみたいな人が生まれるんだと思います!』
「えっ」
……なんというか、レネは僕に対する評価が、その、ちょっと過剰なんじゃないかと思うよ。レネにかかると、僕は、とっても勇敢で素敵な人、ということになってしまう……。
「えっ、ええと……その、ありがとう……」
「にゃ!」
でも、その、『僕はそんなに素敵な人じゃないんですよ』って言うのも、何か違う気がするから、お礼を言うだけにする。
うん……その、僕はそんなに素敵な人じゃない、と思うのだけれど、レネがそう思ってくれている、というのは、ありがたいこと、なので……。
そうしてイルミネーションを眺めた僕らは、『そろそろ寒くなってきたので帰りましょう』ということにした。
レネは僕よりも寒さに慣れているけれど、でも、僕より寒がりなんだ。だから、速やかに帰宅し、レネを温めなくてはならないというわけなんだよ。
ということで、また足早に僕らは先生の家へ向かって……そこで、ふと、思い出す。
「……そういえば、こうした方があったかいんだったね」
レネと繋いだ手を、僕のコートのポケットに入れる。すぽ、と。すると……ああ、レネの、嬉しそうな顔!
「ふりゃー?」
「ふりゃあ!」
ということで、僕らはそんな恰好のまま帰った。風は冷たかったけれど、でも、なんとなくあったかかった。
……そう。冬って、2人で居ると、ちょっとあったかいんだよ。僕はそれを、先生から教わった。だから、その分、レネにもお裾分けできたらいいな。
……ところで。
数日後、妖精カフェでは『りゃふりゃんしゅのふりゃん』が発売されることになった。
なんでも、僕が妖精達に伝えるより先に、レネが妖精達に力説していったらしい。それはそれは、力説していったらしい。なのでその熱意に打たれた妖精達が、カフェのマスターのところに偵察に行って、そして、妖精カフェでも商品化された、という運び。
ただ……そのせいで、商品名が、その、とてもふりゃふりゃしたことに……。
……いや、まあ、これはこれでいいっていうことにしよう。うん。
ほら、今も、『りゃふりゃんしゅのふりゃん』を食べているお客さん達が、なんとも嬉しそうな顔をしてくれていることだし……。




