ふりゃごん
「とうごー!」
「あっ、レネ!いらっしゃい!」
今日は、森にレネが遊びに来ている。いつものように、『ふりゃー』を摂取しに、ということらしいよ。
とはいえ、昼の国もまだもうちょっと春が遠くて、肌寒い日が続いているものだから、レネにはちょっぴり申し訳ない気持ちだ。もっと暖かかったらよかったのだけれど。
……いや、でも、これだってレネからしてみたら、十分に『ふりゃー』なのかもしれない。ああ、今も僕にくっついて、『ふりゃー』になっているみたいで……。
と思っていたら。
「……んー?とうごー、とうごー、わにゃ、じー?」
レネが、不思議そうに首を傾げてそう尋ねてきた。
「うん?ええと、何か分からないものがあったのかな……」
多分、『わにゃ、じー?』は、『これはなんでしょう』くらいの意味だと思うのだけれど……残念ながら、僕は夜の国の言葉にはそんなに詳しくないので、細かいところが分からない!
けれどレネもそれは同じで、『上手く伝えられない!』と早々に思ったらしく、紙にペンでさらさら文字を書き始めた。なので僕は翻訳装置を家から取ってきて、装着。さあ来い。
『トウゴの服のフードに何か入っています!これはなんですか?』
……あっ。
成程。それは……確かに、『わにゃ?』になるし、『ふりゃー』になるよね。うん……。
僕はなんだか気まずい気分になりながら、スケッチブックに文字を書いて……。
『これは、僕の世界で小鳥があまりにも僕で温まりに来るので、フードを小鳥達のお宿にしてしまおうと思って入れた、タオルとちびちび太陽カイロです』
そう、レネに見せた。
『トウゴの世界では、小鳥がフードに飛び込んでくるんですか?すごい!』
『僕だけちょっと変みたいです』
そうなんだよ。僕、大学に入ってからというものの、何故だか小鳥や蝶なんかに好かれるようになってしまって……スズメが寒さに耐えかねて僕の手の中に飛び込んでくるようになってしまったんだ。
しかもそれがスズメ達の間でブームになっているのだか何だか、あんまりにも多いものだから……僕のコートのフードはもう、スズメのお宿になってしまっているんだよ。僕がこの格好で大学のキャンパス内を歩いていると、チュンチュン鳴きながらスズメが数羽やってきて、僕のフードの中で温まり始めるんだ!
『トウゴはやさしいから、それがきっと小鳥にも分かるんだと思います!』
『そうかなあ。僕は森になってしまったから、止まり木か何かだと勘違いされるようになってしまったのかもしれない……』
まあ、スズメ達が僕の背中でチュンチュン歌うのは可愛らしいし、彼らが快適に過ごせるのなら構わないのだけれど。でも、僕のフードがスズメのお宿になってしまったのを大学の人達が見ては『おお、精霊様だ……』なんて言っていくのはね、その、ちょっと恥ずかしいんだよなあ……。
……まあ、僕は森なので、仕方がないんだよなあ、とは、思うのだけれど。うう……。そろそろ春が来るし、もうそろそろ、フードのお宿は閉店してもいいだろうか……。いや、でも夏になったら日陰を求めてやってくるスズメが増えそうだしなあ……。
『レネはドラゴンだけれど、何かが寄ってくることはありますか?』
『あんまりありません。ドラゴンは小さな生き物には怖がられてしまうことも多いです』
一方のレネはレネで、ドラゴンだから僕とは真逆の悩みがあるみたいだ。レネは怖くないのにね。
『なので、この森に来るととっても幸せです!』
「ああ、レネ、ウサギや鳥の子達にしょっちゅう囲まれているもんね……」
……でも、そんなレネがこの森でウサギや鳥の子達に囲まれて幸せそうにしているのを知っているから、僕としては是非、ここでアニマルセラピーを楽しんでいってもらいたい。
そんな具合に雑談しながら陽だまりで日向ぼっこしていたら、鳥の子達がふわふわ集まってきて、レネが埋もれてしまった。『ふりゃあー!』と嬉しそうな悲鳴。ああ、幸せそう……。
そして、ふわふわ鳥団子ができてしまったところで、それを見つけたライラが駆けてきた。
「あーあーあー、レネが埋もれちゃってるじゃない。かーわいい!」
「うん。すっかり埋もれてしまっているよ」
「埋もれレネ……埋もレネね。あ、今のウヌキ先生っぽくなかった?」
「確かにちょっと先生っぽかった」
ライラとそんな話をしていたら、鳥の子達のふわふわの中から、すぽん!と元気にレネが顔を出して、『らいらー!』ととろけるような笑みを浮かべた。
そしてその直後、また鳥の子達にわらわら寄って集られて、埋もれてしまった!……うーん、埋もレネ。
埋もれたレネを、すぽん、と鳥の子達の中から引っ張り出して、僕ら3人揃ってお喋りすることにした。
お互い、最近の様子を話すだけでも楽しいんだ。
『妖精公園に最近新しく出るようになった屋台のホットサンドが美味しいのよね』なんて話がライラから出てきたり。『めぉーんのミルクの需要が昼の国で増えていることから、夜の国で生産体制を整えようとしています!』なんて話がレネから出てきたり。
……と、そんな中。
「ところで、ナトナ様ってドラゴンじゃない?」
ライラがふと、そう言いながら同じ内容をスケッチブックに書いて、レネに見せる。
「完全にドラゴンの形っていうか、人間の名残が無い形に変身するみたいだけれど、レネはそうじゃないのよね?」
レネはスケッチブックの文字を読んで、ふんふん、と頷いて、返事を書き始めた。
『ナトナは白いドラゴンなので、速く飛んだり戦ったりする必要もあります。だからドラゴンの姿になることも多いです。でも、青いドラゴンは戦うドラゴンではないので、手先が器用な姿で居ることが多いのです』
ああ、なるほどなあ。確かに、レネ達、青いドラゴンは……ええと、研究職、ってかんじなんだよね。
となると、手先を細かく動かせた方がいいんだろうし、実際、うにょうにょの蔓から太陽の蜜を採るのは大きなドラゴンの姿では難しそうだし……人間に近い形でいるか、半ドラゴン状態ぐらいでいるか、どちらかになりがち、ってことかな。
「そっかー。レネが完全にドラゴンの形になったらどんな風かな、って思ったのよ。きっと綺麗なんだろうなあー、って」
ライラがそう言いながら書いて笑うと、レネは『きれーい?』とちょっと照れたような顔をして……それから。
『変身、見てみますか?』
もじもじしながら、そう書いて見せてくれた。
……レネが!?レネが、半分じゃなくて、完全にドラゴンの姿に?
となると……ええと……。
『見るだけじゃなくて描くと思いますが、いいですか?』
僕がそう書いてレネに見せたら、レネは笑顔で『おーりゃ!』と頷いてくれた!よかった!許可も貰えたみたいだし、これで描ける!いっぱい描くぞ!
……ということで。
『完全にドラゴンの姿になるのは久しぶりです。ちょっと緊張します。あんまり上手じゃないから……』
レネが緊張しているらしい中、僕らは大いに期待しながらレネの変身を待つ。
もう、僕もライラもスケッチブックを手にスタンバイ完了。いつでもどうぞ!たくさん描けるよ!
変身途中もしっかり書いておこう、と思って、レネが目の前でぷるぷるしてるのをじっと見つめていると……。
「わー、こうなるのねえ……すごい綺麗だわ」
ライラがそう零すのも分かるよ。レネはいつもの半ドラゴン状態みたいに、羽と尻尾と角が生えてきて……それから、手の先から星空みたいな鱗に覆われていって……。
……それで、ふわっ、と風が吹いたと思ったら、もう、レネはすっかりドラゴンになっていた。
「わあ……すごく綺麗だ……」
レネドラゴンは、星空のドラゴンだ。
鱗は濃紺で、ほんのりと透き通って見えて、その中には星屑を撒いたように光が見える。
翼はいつもの半ドラゴン状態でもおなじみの、ブルーグレーのプリーツ。尻尾にも同じようにひらひらした飾り鰭があって、すごく綺麗だ。
そして何より特徴的なのは……全体的に華奢、っていうところだと思う。
フェイのレッドドラゴンよりも小さくて、ほっそりした印象。尻尾は細くて、その分長くて、手足もそんなにごつごつしたかんじが無い。それから……ええと、お腹の部分は、ぷに、と如何にも柔らかそうに見える。フェイのレッドドラゴンより更に柔らかそう……。
……なのだけれど。
レネはさっきから、『きゅいー、きゅいー……』と、ちょっと困ったように鳴いている。ドラゴン状態だと、言葉は喋れないみたいだ。いや、もしかしたらドラゴン語なのかもしれないけれど。
「……何か困ってるのかしら」
「そうだとしたら大変だ。ええと……どうしたんだろう」
僕とライラはレネが心配になって見に行ってみた。すると、レネはちょっともじもじして、また『きゅい……』と鳴いた。
そう。なんだかレネはもじもじしているんだよ。自分の羽に隠れるように縮こまっているし、自分を守るように尻尾がくるんと体に巻き付いているし……。
どうしたんだろう、と僕とライラがレネを見上げていると……。
「……あっ」
ライラが何かに気づいたように、さっ、とレネの足元から何かを拾い上げた。
「もしかして、レネ、これ!?」
ライラが拾い上げたのは、服だ。レネの。
……レネの!?服!?えっ!?
「多分、変身がちょっと上手くいかなかったのよ。ね?そうでしょ?レネ」
ライラがレネに聞くと、レネの頭が、ふんふん、と縦に揺れる。レネドラゴンは小ぶりなサイズだけれど、それでも僕らよりは大きいから、こうしてレネを見上げるのはなんだか不思議な気分……。
「本当だったら、この『服ごと』変身できるんじゃない?」
更に、ライラがそんな話をしているので、僕はよく分からなくて首を傾げるしかない。ええと、服ごと変身、というのは……。
「服がこうやって変身しそこなってる、ってことは……」
ライラが話すのを、僕は固唾をのんで見守る。レネもなんだか緊張しながら聞いているみたいだ。
それで、ライラは……遂に、結論を出した。
「変身を解いたら、レネ、服を着てない状態になるんじゃない?」
……それは大変だ!
「大変だ!ええと、すぐに大きなテントを出すよ!」
大変だ、大変だ!このままだとレネが……ええと、レネが、大変なことになってしまう!
僕は大慌てでテントを描いて、出した。ぽん、と出てきた大きなテントは、レネドラゴンでも十分に入れる大きさだ。
テントが出来上がるとすぐにレネはテントの中へ入っていった。わたわた、と入っていく様子が何ともレネっぽいので、やっぱりちょっと不思議なかんじだ。ドラゴンなのに、仕草がちゃんと、レネだ……。
「あっ!レネー!折角着替えるんだったら、新作着てみてー!昨日できたのー!」
更に、ライラがそんなことを言いながら家へ走っていった。すごいなあ、ライラ。彼女、転んでもただでは起きないけれど、それは彼女自身のみならず、他の人についても、そう!
……そうして、ライラが服を持って戻ってきて、僕はそわそわしながら待っていて、テントの中から『にゃーっ!?』と悲鳴が上がったところを聞くに、レネは恐らく、変身が解けてしまって……ああ、危なかった!すぐにテントを用意できて、本当によかった!
それからしばらく、はらはらしながら待っていたら、半ドラゴン状態になったレネがそっと、ライラが作った服を着て出てきた。ああ、よかった!
『完全なドラゴンの形になるのは久しぶりなので、上手くいきませんでした。次までに練習しておきます』
それからレネとまた筆談でお喋り。レネは変身が上手くできなかったのがショックだったのか、とっても落ち込んでしまっている。あああ……。
『どうか、無理はしないでね』
なので僕としては、こう書いて見せるしか無いんだけれど……。
『レネドラゴン、とっても綺麗だったからもう一回見たいわ。練習よろしくね!』
……ライラが目を輝かせてそう書いて見せているのを見て、ああこっちが正解だったなあ、と思う。ライラはこういうところがすごいんだよ。本当に、本当に尊敬する……。
レネは僕らのスケッチブックを見て、ちょっと笑って、『いー!』と返事をしてくれた。ちょっと元気出たかな。なら、よかったのだけれど。
『ところでレネ。その服はどう?レネに似合うだろうと思って染めたんだけど』
『すごく綺麗です!繊細な模様、こんなふうに染められるのは本当にすごいです!』
そして話題は、今、レネが着ている服に移り変わっていく。ライラはすごいんだよ。レース模様が綺麗に白く染め抜かれた浅葱色の布で、レネの服を仕立ててあるんだ。
しかも、その上には透き通るくらい薄い布で作った、長い上着!これにもレース模様が染め抜いてあるのだけれど、レネが動く度、重なり合った模様が違った表情を見せてくれて、すごく綺麗なんだ!
『ドラゴンのレネを見たら、また色々な考えが湧いてきたから、次に来る時までにはまた別の布を染めておくわね!』
『とても楽しみです!ライラは綺麗なものをたくさん作れて、すごい!』
レネが嬉しそうにくるくる回ると、長い服の裾がひらひらして、なんとも綺麗なんだ。レネドラゴンの時も羽や飾り鰭がひらひらしてすごく綺麗だと思う。レネはこういう、ひらひらしたかんじのものが似合うなあ。うーん、描きたい。描こう。描いた。
あっ、横を見たらライラも描いてる!まあそうだよね。僕ら、綺麗なものが大好きで、描くことも大好きな者達ですので……。
「とうごー、とうごー」
さて、レネドラゴンの姿も忘れないうちにメモがてら描いておこうかな、なんて思っていたら……ふと、もそ、と僕の背中のあたりがくすぐったい。
どうしたんだろう、と思って振り返ってみたら……。
「しゅじゅめ!にゃ?」
……レネが、僕のフードの中にそっと両手を入れて、にこにこ嬉しそうな笑顔でいる!僕のフードがスズメのお宿になってる、っていう話を思い出したんだろうなあ!
「ふりゃあー……」
更に、レネは僕のフードの中で暖を取っているらしい。まあ、ちびちび太陽を入れてあるからあったかいのは間違いない。うん……。
……僕、もうしばらくの間はフードの中をスズメのお宿にしておこうと思うよ。
スズメのため、というか……ええと、レネが手を温められるように、というか……。だって、今、レネがあんまりにも嬉しそうなものだから……。
……あと、ドラゴン状態のレネが入れる、あったかい場所を用意しておこうかな。温室とか。うん。折角なら、ドラゴン状態でも温まってほしいし……。