飛ぶ蛇と椿とお正月
さて、お正月も森で元気に過ごしている僕です。
龍に巻かれたり甘酒を飲んだり色々と楽しくやらせてもらって、なんというか、ここに居られてよかったなあ、と思うよ。
両親には『ちょっとお散歩』と称してここまで来てしまっているので、その、ちょっと申し訳ない気分ではあるのだけれど……両親とお正月を過ごすの、ちょっぴり気づまりなんだよなあ、という意識はまだある。
でも先生曰く、『君が溺れてるその両親との関係という名の池は、その内水たまりくらいにまでは干上がるぜ』ということだったので……。
……いずれ、水たまりになるまでは、森に入り浸ってしまおうかな、と開き直ってる。僕もこれくらいは図太くなれたっていうことで、まあ、多分いいことだと思う。思ってる。
そんな昼下がりなのだけれど……鳥が龍のとぐろの中にすっぽり収まっているのを眺めながら、ふと思い出した。
「そういえば、折角だからグリンガルの精霊様のところにもご挨拶に行っておこうかな」
グリンガルの精霊様……ええと、あの、羽の生えた蛇みたいな、でも一応ドラゴン、なのかな……?というかんじの、あの精霊様にも、ご挨拶してこようと思う。一応、同業者だし。年始の挨拶っていうことで……。
ということで僕はクロアさんとラオクレスと一緒に空の旅。
「今日の鳥は気合が入っているな……」
空の旅、なんだけれど……鳥が。鳥が、とても、元気!
何故だか鳥はすごくスピーディーだ。いつもの倍以上の速度で飛んでいるんだよ。レッドドラゴンの全速力より速いかもしれない。ラオクレスのアリコーンが、かろうじてついてこられるくらいの速度だから、クロアさんは早々にアレキサンドライト蝶で飛ぶのを諦めて、ラオクレスと一緒にアリコーンに2人乗りしてるくらいだ。
「鳥さん、やっぱり新年だから元気なのかしら?」
「うーん、どうなんだろう。……ねえ、どうしたの?あ、もしかして甘酒で酔っ払ってる?いや、そんなわけはないか……」
鳥は元気に、キョキョン!と鳴いている。ああ、鳥の元気な鳴き声が、清々しい新年の空に響き渡る……んだけれど、もしかするとこれ、地上の人達からはドップラー効果で変な具合に聞こえてるんじゃないだろうか。
人々を怖がらせているんじゃなければいいけれど……。ああ、心配になってきた!
「それにしても、鳥はまるで速そうには見えんな……」
「そうねえ……見た目って結構大事なのよ。本当に……」
ラオクレスとクロアさんが何か言っているけれど、まあ、その……この鳥、今日はものすごいスピードで飛んでいるけれど、その、飛び方はあんまり速そうじゃないというか……。
「あの、鳥。せめて羽ばたかない?」
……羽ばたきも碌にしないまま、ぷわ、と宙に浮かんでそのまま、ふわふわふわ、と飛んでいくかんじなんだよ。それでいてこのスピードだから、もう、何が何だか……。
「もしかして鳥さん、今日は魔力の調子がいいのかもね」
「ああ、もしかして先生が出した甘酒とか、龍と一緒に飲んでたお酒とかの魔力か何か?それとも……あっ!ソレイラの民が新年の祈りを捧げてるから!?」
よく考えたら、僕ら精霊は森の子達の祈りを受け取って元気になってしまう存在だった!そしてこの鳥、どうもソレイラの祈りを一身に受けて、すっかり元気になってるらしい!なんてこった!
「……トウゴ君も頑張ればこの速度で飛ぶことがあるのかしら」
「さあな……。そうなったとしても、この鳥のような具合かもしれん」
「そうね。きっとふわふわした飛び方よねえ……」
……あの!クロアさんもラオクレスも!聞こえてるんだからな!もう!
何はともあれ、鳥が元気だったせいで大分早く到着した。
グリンガルの森は今日も清廉な気配でいっぱいで、そしていつもより、きりり、と引き締まった雰囲気。
……だったのだけれど。
「あの、グリンガルの精霊様!レッドガルドはソレイラの精霊がご挨拶に参りまし……わあ」
僕がご挨拶した途端、ぽん!と近くの木に花が咲く!あっ、これ、椿だ。綺麗だなあ。
更に、気配もきりりと引き締まったものから、涼やかながら柔らかいものになってきて……そして。
「お久しぶりです、精霊様!あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いします」
ぱたぱた、と羽ばたきながら飛んできたのは、グリンガルの精霊様だ!今年もよろしく!どうぞよろしく!
精霊様は僕のところまで飛んでくると、まず、ぺこん、とお辞儀。僕もお辞儀。鳥はふんぞり返っていたので僕がお尻側を頑張って持ち上げて、体を傾けて、なんとかお辞儀っぽくした。もう!この鳥は!全くもう!キュン、じゃないんだよ!そんな不満そうな顔したって駄目だよ!
グリンガルの精霊様はそんな僕らを見ながら羽をパタパタ、尻尾をパタパタ、なんだかご機嫌な様子だ。蛇特有の口が、ふにゅ、と笑顔みたいなカーブになってる。多分、これはご機嫌なんだと思う……。
「わっ、わっ、精霊様、あの……ああ、巻かれちゃった」
そしてグリンガルの精霊様は僕にくるくる巻き付いて、またご機嫌な様子で尻尾と羽をパタパタさせている。それで、真っ黒な宝石みたいな目で、じっと僕を覗き込んでくるんだよ。
なので僕は精霊式の挨拶……ええと、ちょっとキスして、魔力のお裾分け。するとグリンガルの精霊様も僕の頬に、ちゅ、とやってくれる。
……今日のグリンガルの精霊様の魔力、ちょっと甘い味がする……。あっ、椿の蜜の味かもしれない。うーん、何はともあれ、なんだか甘くておいしいかんじ……。
その内、グリンガルの精霊様は僕にやったみたいに鳥ともやって、魔力のお裾分けの挨拶をやっていた。鳥もちょっとご機嫌だ。そうだよね。君、結構甘いの好きだもんね。
「あら、精霊様。私も?ふふふ……じゃあお邪魔しようかしら」
更に、グリンガルの精霊様はクロアさんのこともくるんと巻いてご機嫌だ。グリンガルの精霊様はクロアさんのことがちょっとお気に入りな様子なんだよなあ。
……ゴルダの精霊様はラオクレスのことがお気に入りだし、その理屈で考えると……もしかして、クロアさんの出身地って、グリンガルなのかもしれない。
もしかするとクロアさん自身だって自分の出身地を知らないかもしれないし、僕から聞くつもりは無いけれどね。うん、でも、そうだとしたらグリンガルの精霊様のこのご機嫌な様子、分かるなあ……。
「……俺もか?」
あっ、でもラオクレスも巻かれちゃった。ということは、グリンガルの精霊様は単に、人の子がお好き……?
それからグリンガルの精霊様は僕をくるくる巻いたまま、ラオクレスとクロアさんだけ離してそのままぱたぱた飛び始める。
……あっ、もしかして精霊様、この寒さの中だから恒温動物を抱いておきたいんだろうか。まあ、そういうことなら是非僕で暖を取ってください。
ということは僕、このままグリンガルの精霊様の巣穴まで連れていかれてしまうのかな、と思っていたら……精霊様は、ちょっと開けた広場みたいな場所に連れて行ってくれた。
「わあ……椿ですね」
なんと!そこには沢山の椿が咲いていたんだよ。
「あら、綺麗……色々な種類があるのね」
クロアさんも緑の目をきらきらさせて、椿が沢山の広場を見て回る。
椿は本当に色々な種類があるんだよ。オーソドックスな赤いものもあれば、白いものもある。花びらが少しひらひらと波打つようなものもあるし、肉厚でしっかりしたものもあるし……。
「この庭は精霊様が?すごい……」
グリンガルの精霊様の森の整え方は参考になるなあ。黄色い木苺やオレンジの木苺を実らせた庭も綺麗だったし美味しかったし……。この椿の庭も、とてもいい!
「トウゴ君!トウゴ君!この椿、とってもかわいい!」
「これ?……わあ、本当だ。すごいね」
クロアさんがにこにこしながら指し示してきたのは、ピンクの花びらがぎっしりと工芸品みたいに並ぶ、八重の椿だ。乙女椿、っていう品種に近いんじゃないかな。先生ならもっと詳しいんだろうけれど……。
「あれ?精霊様、どうしたんですか?」
僕がピンクの椿を眺めていたら、ふと、するん、とグリンガルの精霊様がやって来た。そして精霊様、尻尾を伸ばしてピンクの椿の花を1つ取ると、それをクロアさんの髪にそっと飾ったんだよ!
「え?あら、精霊様ったら……ふふふ、いいんですか?」
クロアさんの綺麗な金髪に、ピンクの椿が中々似合う。
……僕だったら、はっきりと赤い椿をクロアさんに合わせてしまいそうなのだけれど、クロアさん、こういう色も似あうんだなあ。うーん、中々いい……。
「ラオクレスはそれが気に入ったのかしら?」
クロアさんは『素敵なお花のお礼!』っていうことでグリンガルの精霊様にキスして、精霊様は嬉しそうに尻尾をパタパタさせていたんだけれど……その横でラオクレスもじっと1つの椿を見つめていたんだよ。
白と赤の斑入りの椿だ。こういうのもモダンなかんじで中々いいなあ、と思うのだけれど……。
「……最近、妖精がこんな柄の飴を出していたな、と思い出しただけだ」
……ラオクレスはそんなことを言って、渋い顔をしている。つまりこれは照れてる顔だ!
えーと、妖精カフェでは最近、ベリー味の飴とミルク味の飴を混ぜてマーブル模様にした奴が発売されて、それが中々の人気なんだよ。総合するといちごミルク味、っていうかんじなんだけれど、マーブル模様になっている分、舐めていても味にコントラストが生まれやすくて、結果、飽きにくい、というか。
そうか。ラオクレスもあれ、食べたことあるのかな……。ということはラオクレス、妖精洋菓子店に行ったんだろうか……。
普段、ラオクレスはあんまり妖精洋菓子店に行かないみたいなんだけれど、でも、他の森の騎士の皆さんは結構行っては詰め所にお菓子、置いておく人居るしなあ。僕も時々、差し入れで持っていくこと、あるし。そういうので食べたのかも。
「ラオクレス、あなた花を見てお菓子を思い出してたの?……結構かわいい事言うのねえ」
「……せめて『間が抜けている』と言え」
ああ!ラオクレスがますます渋い顔に!なんてこった!
それから、鳥が遠慮なく椿の蜜を飲み始めたので流石に止めたり、グリンガルの精霊様がそれを見て楽しそうにしていたり、その内僕らまで椿の蜜をご馳走になってしまったり……色々あったけれど、まあ、それはそれとして、グリンガルからはお暇するとして、その後ゴルダの精霊様のところに寄って、またソレイラへ戻ったんだけれど……。
「……お土産、沢山いただいてしまった……」
「そうだな……」
グリンガルの精霊様のところでも、その後に寄ったゴルダの精霊様のところでも、お土産を頂いてしまったんだよ。
ゴルダの精霊様のところでは魔石やベールみたいな薄布のお裾分けを頂いてしまった。ベールはすっかりゴルダの精霊様への捧げものとして定着しているらしい。金糸が織り込まれた見事なもので……ライラに見せてあげたらきっと大喜びだと思う。
グリンガルの精霊様からは、椿の油を一瓶と、葉っぱの包みを1つ。葉っぱの包みの中には椿の種が沢山入ってたよ。ソレイラにも椿を植えてみよう。
それに、グリンガルの森で採れた木の実や魔石も。それから……精霊様の鱗に紅花の色素を濃縮したものを塗りつけたやつまで、頂いてしまった。
……ええと、これは口紅、らしいよ。色素を脂で固めてあるやつじゃなくて、これを水を含ませた筆で溶いて、口紅に使うらしい。
クロアさん曰く、とんでもなく上等な品で、とんでもなく高価な品なんだそうだ。あああ、恐れ多い!
3つ、多分人数分っていうことで3つも頂いてしまったんだけれど、クロアさんは大喜びな一方、ラオクレスは『俺は紅など差さんぞ……』ということで、僕が2つ貰いました。
ええとね、僕も別に、口紅は使わないんだけど……これ、そのまま絵の具に使えそうなので。多分、精霊様もその用途でくださったんだと思う。だからラオクレスの分はライラにあげようかな。
……あれっ、ライラはもしかすると、これ、口紅とかの用途で使うんだろうか。
ライラって化粧するイメージ、無いんだけれど……いや、でも、ライラも女の子だしなあ。うーん……?
……駄目だ、僕、そういうの詳しくないし、分からない。うん。本人に任せよう……。
「うう、僕、あのお二方のところに行くと、いつもお土産を沢山いただいてしまう……」
「しょうがないわよね。私が精霊様だったとしても、トウゴ君が挨拶に来てくれたらお土産沢山持たせたくなっちゃうでしょうし……ねえ?」
「……そうだな」
「なんで……?」
クロアさんとラオクレスは納得したような顔をしているけれど、その、僕は納得が……いや、でも、精霊の中では末っ子だろうしなあ、僕。それに身軽な方でもあるから、確かに物珍しくはあるんだろうなあ……。
……僕にも、精霊の後輩ができたらきっと、可愛がってしまうと思うよ。それくらいの想像は付くんだよ、一応は。一応はね。
まあ、そういうことなら、一応、精霊様のところにご挨拶に行ったの、よかった……かな?
うん。そういうことにしておこう。うん……うん。
「ところで鳥。よく考えたら、僕は若輩者の後輩なんだろうけれど、君って同期とか、下手すると先輩とか、そういうポジションじゃないだろうか」
……鳥は鳥で、ゴルダでもグリンガルでも、お土産を堂々と頂いてきている。それぞれ、花の蜜とか、綺麗に磨かれた石とか……。
この鳥、精霊界ではどういう立ち位置なんだろうか。まあ、他の精霊様達もあんまり深く考えていないような気がするんだけれど……うーん、いいんだろうか……。
そうして翌日。
「ということで、生やしてみました」
「あら、もう?流石は森の精霊様ね」
僕は早速、妖精公園の近くに椿園を作ってみました。
赤に白にピンクに……色々な色や形の椿が沢山あって、妖精達も大喜びだ。
ただ……うん。僕がやると、グリンガルの精霊様がやるみたいな、静謐な美しさ、みたいなかんじにならないんだよなあ。おひさまを浴びて元気いっぱいの植物園になってしまいがちなので、こう、もっと腕前を磨いていきたい。
でもまあ、ソレイラとグリンガルは違うわけだし。今も、妖精や来園者の皆さんの目を楽しませることができているので……これはこれでいいんだと思うよ。
僕には僕の、グリンガルの精霊様にはグリンガルの精霊様の得意分野や求められる役割があるので……。
「この椿は私よりトウゴ君に似合いそうねえ」
さて、そんな椿園で、クロアさんはちょっと僕の後ろに手を伸ばして、そこに生えていた淡いピンクの乙女椿の枝をちょっと引っ張ってきて……。
「あの、クロアさん。ねえ、何やってるのクロアさん」
「うん!やっぱり似合うわ!トウゴ君の黒髪にも案外、こういうピンクは似合う気がしたのよ!」
クロアさんは僕の髪の横に、ちょこん、と乙女椿の花を持ってきてにこにこしている!
「クロアさん。クロアさんは僕のこと、一体何だと思ってるの……?」
「可愛い可愛い、私達の精霊様、よ!」
ちょっと文句を言ってみたかったんだけど、クロアさんは満面の笑みで、ぎゅ、と僕を抱きしめてしまった!柔らかくてあったかくて、落ち着かない!
……ああ!僕、多分、クロアさんには当分勝てないんじゃないだろうか!
ということで、僕が敗北感に打ちひしがれていたところ……。
「……何をしているんだ」
僕らの頼れる石膏像、ラオクレスが来てくれました。今日は非番のはずだけど、自主的に妖精公園の見回りをしているらしい。或いは、ちょっと走り込みの途中だったのかも。
「あら、ラオクレスも。見て見て。ほら、ね?トウゴ君にもこのお花、中々似合うわね、っていう話をしてたのよ」
「僕としては遺憾の意」
クロアさんは嬉しそうに楽しそうに、ラオクレスにも僕の髪に乙女椿を添えた様子を見せてる。ああ、遺憾の意!
でもクロアさん、決して花を千切ってしまうようなことはしないんだよなあ。今も、僕に近い枝を軽く引っ張ってきているだけだし。僕、クロアさんのこういうところ、好きだよ。
「ね?似合うでしょう?」
「僕としては、ピンクが似合うっていうのは不服なのだけれど……」
……クロアさんがラオクレスににこにこ笑いかけているのだけれど、同時に僕はラオクレスに抗議の視線を送っておいたので、ラオクレスはノーコメントを貫いてくれた。僕、ラオクレスのこういうところが好きだよ!
「……ピンクよりは、お前にはこっちがいいんじゃないか」
そんな僕をちょっと引っ張ってクロアさんの腕の中から連れ出しつつ、ラオクレスは僕を、白い八重椿の木の下へそっと誘導して……。
「……そうねえ。やっぱりトウゴ君、白い花が似合うのよねえ……」
クロアさんも納得し始めた。……まあ、ピンクの花が似合うと言われるよりは、白い花が似合うと言われる方が気が楽だよ!
「クロアさんにもこれ、似合うと思うよ」
ついでに、僕はこの白い八重椿の造形の美しさがクロアさんっぽいなあ、と思った。
白い花弁が幾重にも重なって、その曲線美がクロアさんっぽい。うん。これはクロアさんにも似合うはず。
「ね、ラオクレス」
「……そうだな」
ほら。ね?ラオクレスの同意も得られたぞ、ということでクロアさんの方を見ると、クロアさんが『ちょっと反撃された』みたいな顔をしていた。珍しい顔だ!描かねば!
「ついでにラオクレスにも似合うと思う」
「そうねえ。……あなたも森の騎士だものね。植物が似合うのは当然かしら。素朴なのもいいけれど、こういうちょっと華やかなのもいいと思うわ」
「勘弁してくれ……」
あっ!ラオクレスも珍しい顔だ!これも描かねば!
……ということで、僕は年始も楽しく絵を描きました。
明日はライラと一緒に紅を使った絵に挑戦しようかな。折角だし、椿の絵でも描いてみたら楽しいかもしれない……。