ふわふわの木
「トウゴの世界には、不思議な木があるのね!」
12月に入ったある日。カーネリアちゃんがそんなことを言うので不思議に思って彼女の手元を見に行ったら……ああ、納得!
「ふわふわとお星さまが実る木なんて、素敵だわ!」
カーネリアちゃんが見ていたのは、僕の世界の本だ。そしてその本の挿絵の……クリスマスツリーを見ている!
「冬になると生き物達が寒いものね。だからこの木はきっと皆をあっためるために、ふわふわを実らせたり、綺麗な実を実らせたり、明るいお星さまを実らせたりするのね……」
「きっとお星さまの光、あったかいよ」
「そうよね、アンジェ!私もそう思うわ!だからこの絵では皆がこの木に集まってきているのよね!」
カーネリアちゃんと一緒にアンジェも本を覗き込んでにこにこしているのだけれど、あの、クリスマスツリーに対する誤解がどんどん積み上がっていってしまうのは、ちょっと。
「ええとね、カーネリアちゃん、アンジェ。この木はね、別に、これらを実らせているわけではないんだよ」
「えっ!?そうなの!?」
ということで僕、なんだか罪悪感に駆られながら説明する。ううう、僕らの世界について、著しい誤解を招いてしまうと、こう、なんだかちょっとよくないと思うので……。
「これは飾り付けなんだ。このふわふわは雪を表現している綿だと思う。それでこの星とか玉とかは、金属とかプラスチックとかでできていて……」
「あっ!ぷらすちっく、っていうのは知ってるわ!ウヌキ先生に教えて頂いたの!確か、琥珀の仲間なのよね?」
ああ、カーネリアちゃんの成長はすごいなあ。彼女、どんどん色々な知識を吸収して、みるみる成長していく……。先生も色々教え甲斐があると思うよ。
「そうだね。まあ、樹脂の仲間、って言えばそうかも。それで、まあ、つまり、この星もふわふわも、その、人工物です……」
先生には是非、クリスマスツリーの何たるかも教えておいてほしかったのだけれど、流石に何もかもって言うのが無理なことは僕にも分かるので、ここは責任を持って、僕が教えておくことにする。
うう、なんだか子供達の夢を壊してしまうみたいで申し訳ない……。
「そうだったのね。私ったらてっきり、こういう木が生えてくるんだと思って……」
「妖精さんの国には、こういう木、あるの……。アンジェも、こういう木がトウゴおにいちゃんのところにもあるんだと思っちゃった……」
ああ、カーネリアちゃんもアンジェも、しゅんとしてしまった!
でもね、特にアンジェについては……その、僕の世界、そういうメルヘンチックなものは、本当に無い世界なので……その辺りはどうぞ、誤解の無いようにお願いします……。
さて。2人の誤解が解けたところで、改めて一緒にクリスマスツリーの絵を眺める。
絵のクリスマスツリーって、概ねふわふわの綿やきらきらのモール、それに丸いオーナメントにてっぺんの星、っていう具合なので、確かに2人の言う通りに見てしまうと『冬にぴったりの便利な木!』というように感じられてしまう。
特に、この森には龍の湖の木になる実が丁度、クリスマスツリーのオーナメントの玉みたいにも見えるわけだし、この世界に居る2人には余計にそう感じられるかも。
「うーん、でも、こういう木があったらいいな、って思うわ。実ったふわふわを皆で持っていって、紡いで毛糸にしてマフラーを編んだり、クッションに詰めてふわふわにしたりできたら素敵だもの」
「きっと動物さんもね、おうちにふわふわ持って帰って、ふわふわあったかく巣ごもり、するの……」
2人が楽しそうに話すのを聞いていると、なんだか僕もちょっと楽しくなってくる。想像だ、って分かった上で広げる想像、楽しいよね。
「じゃあ、この星も動物達が巣穴に持って帰って、それで暖を取ったり?」
「ええ!それってとっても素敵!きっとお日様の欠片みたいに、あったかい光が出てくるのよ!それが巣にあったら、リスさんだって、ウサギさんだって、皆あったかくっていいと思うの!」
「妖精さんもあったかいの大好きだから、うれしいとおもうよ」
僕も一緒になってクリスマスツリーの妄想に浸ってみる。うんうん、やっぱりちょっと楽しい。
それからも『この実はゼリーみたいだと嬉しい』『私も龍の木の実のジュースを飲んでみたいからこれはジュースだと嬉しいわ!』『いれものになってて、中にシチューが入ってるの。おいしいよ』なんて話してみたり。
『このふわふわ、トウゴおにいちゃんのふわふわさんに似てるね』『ああ!あのふわふわさん、時々妖精さんの鱗粉でおめかししてるわ!』『あれ、そんなことになってたのか……』なんて話してみたり。
まあとにかく、なんだか楽しくお喋りしてしまって、それがとっても楽しかったものだから……うん。
「……本当に、そういう木を作ってみようか」
本当に、そういう木があってもいいんじゃないかな、っていう気分になってきてしまったんだよ。
「きゃあー!素敵!素敵だわー!ふわふわが生る木よ!」
ということで、描いちゃった。描いちゃいました。ふわふわした綿と、きらきらしたオーナメントが実る、木。
「トウゴおにいちゃーん!このふわふわ、すっごくふわふわだよ!ふわふわ!」
「うん。ふわふわだね」
ふわふわ部分は、ガマの穂を参考にして作ってみた。ほら、ガマの穂って、普段は茶色い棒みたいなものが生えているだけだけれど、つついたり揺らしたりして刺激すると、一気にぶわっと広がって、ふわふわふわふわ、とんでもないことになるやつ。
……僕も、ずっとガマの穂なんて触ったこと、無かったんだけれど。いつだったかな、中学生の頃かな。先生の家に行ったら『よく来たなトーゴ!そして見ろ!トーゴ!河原を散歩してたらガマの穂を見つけたぞ!さあさあ、一緒に触って爆発させよう!』と目を輝かせてガマの穂が付いた茎を両手に握った先生が待ち構えていたことがあってね……。あの時のふわふわぶりはよく覚えてるよ。先生が楽しそうだったこともね。
「あったかいのね……。まるでこの子の羽みたい!」
「うん。フェニックスの羽毛を意識してみました」
そして、ふわふわあふれ出てくる綿部分は、フェニックスの羽毛のような滑らかさと暖かさ。それでいて化繊の綿みたいな弾力もちょっぴりあるので、まあ、生き物の巣材にいいかんじかもしれない。
でも、冬にはこういう感触のもの、いいよね。
「こっちの玉は……まあ!お日様だわ!」
「すごい!すごい!あったかいよ!」
そしてオーナメントの方は、太陽の欠片にしてしまった。
レネにプレゼントしたカンテラの中に入れたチビ太陽みたいなかんじの、あれのもっとずっと弱いやつ。
だから多分、光はこの冬いっぱいくらいしか保てないだろうし、そこまで眩しくもないし。ただ、ほんやりほこほこ、あったかいからね。ちょっとポケットに入れておいたり、動物達が巣穴の中に入れておいたりするのには丁度いいと思う。
「夜の国には、これのもっとずっと大きくて強く光る実が生る木があるんだ」
そういえば、太陽が実る木、あったよなあ、と思い出す。夜の国で、ほら、本来なら僕の死体を食べさせて太陽の蜜にして、それを与えて太陽をたくさん実らせる予定だった青空の木。
……僕はレネのおかげで生き延びたので、あの木に捧げられてしまうことは無かったわけなのだけれど。でも、もし僕が捧げられていたら多分、1つきりじゃなくて、もっとたわわに、たくさんの太陽の実が実っていたんだろうな、と思う。
「レネの仕事はその木を管理することだったらしいよ」
「まあ!レネったら、そんな素敵なお仕事をしていたのね!」
……まあ、あの木は昼の国の生き物の死体を使って実を実らせる木だったわけで、レネ自身、その仕事には辛い思いをしていたみたいだし、あんまり聞いちゃ悪いかもしれない……。
でも……うん。夜の国に太陽が見えるようになって、魔王がまおーんになってしまってから、レネの仕事は夜の国と昼の国を結ぶ親善大使役になったみたいだし、今はあの木への印象も違うかもしれない。
だから、今度レネに聞いてみようかな。うん。今ならレネも、ただ単にあの太陽が実る木の美しさを感じられるんじゃないかな、って思うから……。
ということで、早速、冬の寒さ対策である『ふわふわの木』には、森の生き物達が集まってきた。
木に実るふわふわは一塊ずつに分かれているから、持ち運びにちょっと便利。今も、ウサギの家族が一塊、ふわふわを運んで持っていったところ。ちなみにふわふわは、一角獣が角でつついて『ふわふわふわ!』と爆発させては木からもいで、それぞれの生き物達に配っている。ありがとう!
「皆、お行儀がいいわ!とってもいい子達ね!」
「うん。森の生き物達は皆賢いからね。精霊としては大変に助かってます」
面白いことにね、皆、ちゃんと並んでふわふわやオーナメントを持っていくんだよ。オーナメントは一家族1つずつ、ふわふわも必要な分だけ、ってちゃんと決めているみたいで、それぞれの生き物がお行儀よく、ふわふわとオーナメントを持っていく。
森としての目で生き物の巣を見てみたら、ウサギの巣穴では早速ふわふわが敷き詰められて、オーナメントでほこほこ温まって、一家揃ってくっついて眠り始めている。わあ、かわいい。
鹿の親子もふわふわに埋もれるようにして快適そうにしているし、鳥の子は益々ふわふわになっているし……あっ、一角獣達がこぞってふわふわを背負っている!背中があったかそうだけれど、ああ、天馬と区別がつきにくくなってしまった!なんてこった!
カーネリアちゃんとアンジェも収穫したてのふわふわに包まって、ふわふわぬくぬく、いい気持ちで昼寝を始めている。森としては森の子が今日も健やかで何より。
……なのだけれど。
「トウゴ、また変な木生やしたのか?なんかトウゴっぽい木だけど……」
多分、アンジェかカーネリアちゃんか両方かを探しに来たんだろうリアンが、呆れたような顔をしている!そ、そんなに呆れなくてもいいと思うんだけれど!
ということで、この木が如何にして生まれることになったかを説明した。要は、クリスマスツリーの誤解だったんですよ、と。
すると。
「……トウゴ。あのさ、アンジェとカーネリアのこと、そんなに甘やかさなくていいんだからな?」
「いや、うん、その、今回は僕も変な木、生やしてみたくなってしまって……」
……ああ、リアンになんだかじっとりした目を向けられている!でもしょうがないよ、これは。うん……うん、あの、僕、精霊として、もうちょっと自重しながら活動した方がいいだろうか……。
「でも、やっぱりさ、あのふわふわはお前っぽい」
「えっ、遺憾の意」
「撫でられると一気に『ふわふわふわ!』ってするの、余計にトウゴっぽい」
「不満のふ……」
リアンはけらけら笑ってるけど、あの、僕、まだそんなにふわふわしてる?最近はちょっとしっかりしてきたんじゃないかと、思うのだけれど……。
あと、その、『撫でられると一気にふわふわふわ!』なの?僕って、撫でられるとふわふわする……?いや、そんなことは無いと思うんだよ。無いと思うんだけれど。あの。ねえ。ちょっと!
結局、少ししたらカーネリアちゃんがリアンに気づいてぱっちり目を覚まして、『リアンも!リアンも一緒にどうぞ!』とお誘いしてしまったので、リアンもふわふわに包まって一緒に温まることになっていた。
なんだかんだ、リアンも楽しそうに動物達を眺めたり、木のオーナメントを見て『綺麗だな』って言ったりしていたので、まあ、この木もそんなに悪くないと思うんだよ。
「あっ!トウゴあんたまた変な木生やして!」
……あの!だから!ライラまでそんな風に来なくったっていいだろ!もう!
……その後、ライラにもまた『この木、あんたみたいね……撫でられて元気にふわふわするあたりとか』なんて言われてしまって遺憾の意を表明することになったし、更にその後にやってきたクロアさんにまで『あら、トウゴ君みたいな木ね。きらきらして、あったかくて、ふわふわ……うふふ』なんて言われてしまったからもう、僕は表明する『い』が無くなってしまったよ!
でも、ライラも『このふわふわいい手触りね……。ちょっと貰っていい?紡いで編んでみたら面白そうなのよね』なんていってふわふわを持っていったし、クロアさんも『ラオクレスの枕がヘタってるのよね。詰め替えてあげましょ』といってふわふわを持って行ったし、まあ、概ね好評だったと思います。
あとね、鳥にも好評だったよ。
鳥が飛んできて、木のふわふわに直に突っ込んでいって、『ふわふわふわ!』ってふわふわする中にもすもす埋もれていって、そのまま動かなくなっていた。
周りの動物達がぽかんとしていたけれど、多分ね、あの鳥はふわふわした自分に埋もれさせることは多くても、自分がふわふわに埋もれることは少ないから。なのでアレは新鮮な感覚を味わってるところだと思います。
なので皆さん、鳥のことはどうぞ、お気になさらず……。
先生はラオクレスと一緒に何かやっていたところだったらしいんだけれど、騒ぎを聞きつけてやってきてくれた。
そして一頻りふわふわに埋もれて『おお!ガマの穂の綿毛にくるくる包まった因幡の白兎の気持ちはこんなかんじか!中々いいね!』と興奮していたよ。ただ、埋もれすぎて自力で立ち上がれなくなってしまって、ラオクレスに引っ張り起こしてもらっていたけれど……。これについても、『人間を駄目にするふわふわだなあ。これはこれで面白い』なんて言って楽しんでいたから、まあ、何よりです。
ちょっと意外なところだと、ルギュロスさんにこの木が好評だった。フェイは『うおおおー!この光る実、すげえ!すげえよ!俺、これ好きだぜトウゴぉ!』と大興奮だったのだけれど、フェイに引っ張ってこられていたルギュロスさんもまた、ちょっと目を瞠って『ほう』ってオーナメントの実に見惚れてるみたいだった。
ルギュロスさんは光の美しさが好きみたいなんだよな。僕やライラが描いた絵でも、コントラストがものすごくはっきりして光の存在感があるような絵や、ハレーションを表現した絵、太陽光に木々の葉っぱが透けて光を表現した絵なんかを見て『これはまあそれなりに良い出来だな』って言ってくれることが多いし。
木に光る実がたくさん実っていて、周りのふわふわに光が乱反射して白っぽく光る様子がよかったみたいで、ちょっと口元が緩んでた。
僕としては、作者冥利に尽きる、というやつかもしれない……。
それから……これは想像がついたところだけれど、レネにはものすごく、それはそれはもう、ものすごく、この木は好評だったよ。
ふわふわに包まって、オーナメントのほやほや温かい光に当たって、『ふりゃあ』ととろけるような笑顔になってくれたから、僕としてはやった甲斐があったというものです。
……でも、レネも『すごい!すごい!あったかくてふわふわで優しくて、トウゴみたいな木です!』と言っていたので、僕としてはちょっと複雑な気持ちだ。うう、レネは完全に善意だけで『僕みたい』って言ってるんだろうし、それに遺憾の意を表するのも違う気がするし……そんなにこの木、僕っぽいんだろうか……。
翌日。
「あ、トウゴ。ふわふわの木からまた綿毛貰っちゃった。これ、毛糸にするよりはしっかり紡いで糸にしちゃった方がいいかも。とりあえず今日のところはこれで布織ってみるわ。出来たら見せるから」
……ライラがふわふわの綿毛を抱えて、勇ましくそんなことを言ってきたので、僕としてはね、その、ちょっと気になる。
「あの、ライラ。その、『ふわふわの木』というのは」
「え?あんたみたいな木なんだから『ふわふわの木』よ。当然でしょ」
ライラは隣をふわふわ漂ってきたふわふわ……あの、僕の襟巻になったりクロアさんの襟巻になったりしている例の生きたふわふわに話しかけている。生きたふわふわも、ライラに『ねえ』って頷くみたいに傾いてるし。ああ……。
「……あの、ライラ。ライラの中で僕って、ああいう印象なんだろうか」
「ええ。そうね」
……僕、もうちょっとふわふわじゃなくなる努力をした方がいいかもしれない。
その、少なくとも、『撫でられてふわふわふわ!って元気にふわふわするあたりが似てる』とは、言われないように……。