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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
おまけ:ずっと絵に描いた餅が美味い
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トウゴの日

 どうしてこうなったのか分からない。分からないんだけれど、ただ確かなこととして……。

「僕がいっぱいいる……」

「そうだね……」

「どうしよう、僕、増えちゃった……」

「増えたというか、分裂しちゃった……?」

 ……僕が、いっぱいいます。




「成程なあ。つまり、妖精の魔法と管狐の分身の術?がうっかり混ざったところにたまたまトウゴが来ちまったから、うっかりトウゴが分裂しちまったのか!」

「どうしてそうなる」

 ひとまず、森に遊びに来ていたフェイが魔法の解析をしてくれたんだけれど……ええと、妖精の魔法と、管狐の魔法が混ざっちゃったところに僕が偶々来ちゃったことで、色々とおかしくなっちゃった、らしいよ。

「魔法が混ざる、っつう現象自体、珍しいんだけどなあ。まあ、妖精の魔法は色々と不思議なもんだし、管狐もトウゴの魔法で生まれた奴だもんなあ。そいつらの魔法だったら混ざりやすいんだろうし……いや、分かんねーなこれ……」

 結局、フェイにも理屈はよく分からないらしいし、ラオクレスも頭の痛そうな顔をしているし……うう、これ、どうしたらいいんだろう!


 今、僕は全部で10人になってしまっている。そして、サイズも大体、10分の1サイズだ。縦に半分、横に5等分にしたくらいのサイズ。つまり、身長30㎝ちょっと。35㎝は無い、かもしれない……。ああ、僕、ちっちゃくなってしまった。元々そんなに大きくないのに!

 そしてそれだけならまあ、まだよかったんだけれど……この状態の僕には、とんでもない欠陥があったんだよ……。




 まあ、僕が増えちゃったからには、当然、増えちゃったなりにやることがある。

「まあ、こうなってしまったからには仕方がない」

「描こう」

「そうだね。僕が沢山いる状況なんて中々無いよね」

「描かないわけにはいかないよね」

 そう。描くことだ。……当然だよね?変な状況になってしまったなら、まずは描かなきゃ勿体ない。あらゆる経験は、僕ら『かく人』の筆の餌であるからして……。

「フェイとラオクレスを囲んで、10方向から同時に描くっていうのはどうだろう」

「いいね」

「とてもいいと思う!」

「自分が10人も居ないとできないやつだ!」

 ということで、僕ら10人、それぞれに小さな体でなんとか動いて、フェイとラオクレスを取り囲むことにする。それでそれぞれにスケッチブックと鉛筆を手にするべく、まずは適当なスケッチブックにスケッチブックの絵を描いて出すことにして……。

 ……でも、『まずはスケッチブックを増やさなきゃ』って、同時に10人の僕が思ってしまったわけだ。だから当然、同時に僕らはスケッチブックに殺到してしまって……。

 僕ら同士がちょっと、触れ合ったその瞬間。

「うわっ!」

「わあっ」

「えっ、えっ、なんで!?」

 ぼわん!と、僕ら、弾き飛ばし合ってしまって、思い切り吹き飛んでしまった!


「トウゴ!」

「うわっどうしたんだよトウゴぉー!」

 ……でも、吹き飛んでしまった僕らはそれぞれ、ラオクレスとフェイ、それから近くに居た妖精達や管狐、あとフェイの火の精やそこら辺の鳥の子なんかに助けてもらって、なんとか地面に叩きつけられずに済んだ。ああ、よかった……。

「……これは一体、どういうことだ」

「わかんねえ……。でも、トウゴ同士がくっつくと、思いっきり反発しちまう、ってかんじじゃねえかな。何らかの魔法が働いてるのは間違いねえ」

 ラオクレスもフェイも困惑しているけれど、僕らも困惑しています。何せ、自分が増えてしまった上に、うっかり自分で自分に触ると吹き飛んでしまう、という状態なんだから!

 もう!どうしてこうなっちゃったんだ!




 ……この事態を重く見たラオクレスによって、森の皆が招集されてしまった。うう、僕のために皆、ごめんなさい……。

「まーたトウゴったら変なことになっちゃって」

「僕のせいじゃないと思う」

 ライラには呆れられてしまったけれど、遺憾の意。僕は悪くないよ、多分……。

「わあ、トウゴおにいちゃん、ちっちゃい……」

「そうだね、アンジェよりずっと小さいよね……」

 アンジェは僕を見て目をキラキラさせている。うん、そうだね。僕、今、丁度アンジェのお気に入りのぬいぐるみと同じくらいの大きさになってるんじゃないかな……。

「それで、トウゴ君同士がくっついちゃうと吹き飛んじゃう、っていうことだったわよね?」

「そのようだ。……このままではトウゴが危険だ」

 クロアさんとラオクレスには、ものすごく心配されている。うう、本当に申し訳ない……。

「だよなあ。まあ多分、妖精の魔法だし、1日もありゃ、元に戻るんだろうけどよぉ……それまでに吹っ飛びまくって怪我なんかしたんじゃ、元に戻った時にどう影響するかわかんねえしなあ……」

「そうね。それに加えて、もしトウゴ君同士だけじゃなくて、トウゴ君の『魔法』同士がくっついちゃっただけでも何か影響がある、っていうことなら……トウゴ君が近くに居る時に別のトウゴ君が絵を描くのも、危険かもしれないわね」

 えっ、そんなあ!僕、絵を描くと危険かもしれない、なんて!どうしよう、僕、絵を描けなくなってしまう!

「……おい。トウゴがしおれた花のようになってしまったぞ」

「そうよね。トウゴ君が絵を描けないのは、きっととても辛いわよねえ……」

 ……いや、でも、森の皆に迷惑をかけるくらいなら、絵を描くの、我慢するよ。それは当然のことだよ。皆を危険な目に遭わせてまでやることじゃないっていうのは分かっているし、僕にとっては絵と同じくらい、皆が大事なわけだし……。


 ……そんな時。

「あっ」

 ふっ、と影が差して、まさかと思った時には……鳥が来ていた!そして、鳥はそのまま、僕を1人攫って飛んでいく!

「ああ、僕が攫われていく!」

「なんてこった……」

 ……ああ、僕が攫われてしまった。うーん、自分が攫われるのを眺めているのって、なんだかものすごく変な気分だ……。




「……攫われちゃったね」

「うん。僕が攫われてしまった……」

「僕が攫われるのを眺めているのって変な気分だね……」

 残された僕達9人は、お互いに『でもまあ鳥だしなあ』『大丈夫だとは思うけれど』『でも鳥だしなあ』と話しながら、複雑な気持ち……。

「トウゴが攫われちまったけど、ありゃどういうことだ?また抱卵か?」

「うーん、僕が小さくなってしまっている以上、魔力が不安定なのは鳥も分かっていると思うし……抱卵目的じゃないと思う」

「じゃあ単に趣味か?」

 趣味、趣味……趣味なのか?鳥が僕を巣に入れておきたがるのって、趣味……?

「……まあ、鳥さんじゃないけれど、トウゴ君を攫っちゃう、っていうのはいいかもね」

 僕らが『趣味……』って考えていたら、クロアさんがやってきて、ひょい、と僕を1人、抱き上げてしまった!

 ああ、ああ、クロアさんに抱き上げられてしまった僕が、慌てている!それはそうだよ!僕が10分の1サイズになってしまった以上、クロアさんにギュッとされたら、その、その……埋もれてしまう!あれは絶対に柔らかくてあったかくて落ち着かないやつだ!ああ、抱きしめられていない僕ら残り8人も落ち着かない気分になってしまう!

「こういう風に、分裂しちゃったトウゴ君を、皆で1人ずつ預かるの。そうすれば、トウゴ君同士がくっついちゃって危ないっていうことも無いと思うわ」

「あー、成程な!」

 けれど、クロアさんはクロアさんなりに考えてやってくれていることらしい。うーん、そういう訳なので、無下にはできない……。

「それに、こうすれば皆でそれぞれトウゴ君を独り占めできるじゃない?」

「おい、クロア」

「やだ、冗談よ」

 ……あの、クロアさん。そんなに嬉しそうな顔しないで、クロアさん。その……ちょっと恥ずかしいよ!


「なら、トウゴ。俺んち来いよ!な!」

 けれど、そうこうしている間に、僕、フェイに抱き上げられてしまった。わあ、あったかい。フェイはやっぱり、レッドドラゴンだなあ。少し秋めいてきて肌寒くなってきた森の中でも、フェイはとってもあったかい。

「で、別のトウゴも皆が持ってりゃいいだろ。で、バラバラに動いてりゃ、トウゴが絵を描いても大丈夫だ。な?偶にはこういう変なのもいいんじゃねか?」

「……じゃあ、お世話になります」

 まあ……皆の迷惑にならないなら、いいんだけれど。

「なら俺も1人預かろう」

 ラオクレスはため息を吐きつつ、ひょい、と僕を1人つまみあげた。……そっか。僕、つまみあげられる時、ああいうかんじなのか……。初めて見たよ、自分がつまみあげられるシーン……。

「今日は非番だからな。家で一日過ごす予定だ。お前も俺の家に居ろ」

「いいの?邪魔にならない?」

「ああ」

 ラオクレスにつまみあげられた僕は、そのままラオクレスの肩の上に乗せられていた。ああ、収まりがいい!

「じゃ、私も一匹」

「あの、ライラ。今、『匹』って言った?」

「言ったわよ。今のあんた、どう見ても『匹』でしょ」

 続いてライラもそんなことを言いながら、僕を1人つまみあげた。……あの、もしかして1人じゃなくて、1匹?僕って今、1匹、なんだろうか……。

「じゃあ私もトウゴを預かるわ!」

「俺も……いや、俺はカーネリアと会っちまうし、カーネリアとアンジェ一緒にトウゴ1匹にしとく」

 さらに続いて、カーネリアちゃんとリアンのところにも僕が預かられることになった。お世話になります……。

「お兄ちゃん、アンジェもいっしょ?アンジェ、妖精さんの国に行くよ?」

 アンジェは『アンジェはアンジェでトウゴおにいちゃん、あずかれるよ!』と主張しているのだけれど……。

「うーん、アンジェ。多分ね、トウゴ君は今、ちょっぴり不安定だから……世界の移動はやめておいた方がいいと思うわ」

「その理屈で行くと、元の世界に帰るのもそうだけど夜の国もやめといた方がいいかもな」

 成程。そうだよなあ。今の僕、妖精の魔法と管狐の魔法でこんな風になってしまっているから……別の世界には行かないでおこう。しょうがないね。




 ということで、1人目は鳥に攫われて、2人目はクロアさんに抱き上げられて、3人目はフェイに抱えてもらって、4人目はラオクレスの肩の上。5人目はライラの鞄の中。6人目はカーネリアちゃんとリアンが代わる代わる抱っこしていて……。

「じゃあ、残り4人は……ああ、1人はウヌキ先生のところで預かってもらいましょう。それから……」

「そーだなあ、丁度、ソレイラにルギュロス帰ってきてるからよー、そこでもう1人預かってもらおうぜ!」

「で、残り2人はどうしましょ……あ」

 ……残りの僕をどうするかの相談をしていたら、ふと、森の向こうの方が光った。ええと、夜の国のゲートがある辺り。……ということは。

「……とうご!?」

 案の定、レネがやってきた!

 ごめん、レネ!今の僕、こんな状態で!


「あっ、レネ……ごめん、見ての通り僕、今、分裂しちゃったものだから小さくなってしまっていて……」

「とうご……」

 レネは小さな僕が9人いる状況を見てびっくりしていた。そうだよね、びっくりするのも当然だよ。

「それで、僕どうするかちょっと考え中……あの、レネ?」

 でも、レネは……ほわあ、と息を吐きだして、うっとりと目をキラキラさせている。

「とうご、みにゃ、りとーら……。りり、りり、せうーと……」

 そうして、ふるん、と体を震わせたレネは……。

「……しゅきぃ!」

「えええっ!レネ!どうしたの!?」

 がばり、と残っていた僕を1人拾って、抱きしめてしまった!ああ、レネがおかしなことに!

「ああ、レネちゃんもそうなっちゃうわよね。分かるわ。トウゴ君、益々かわいいもの」

「クロアさんまで!」

 ああ、クロアさんもおかしなことに!僕、別に可愛くないよ!




 それから、フェイの火の精によって連れてこられてしまった先生とルギュロスさんがやって来た。

「おお、トーゴ!君、なんだか変なことになっているなあ!」

「そうなんだよ、先生」

「……トウゴ・ウエソラ。貴様、そうやって増えるのか……?」

「あの、ルギュロスさん。僕のこと何だと思ってるの?」

 先生がこの状況を面白がってくれるのは分かっていたけれど、ルギュロスさんは……ルギュロスさんは、思いの外、混乱していた!僕のこと、株分けされる植物か何かみたいに思ってるんじゃないだろうな!


「まあ、そういうわけでウヌキ先生とルギュロス君、それぞれトウゴ君を1人ずつ預かって頂戴な」

「そういうことなら喜んで預かろう!ささ、トーゴ。折角だ。分裂した上に小さくなっちゃったことを存分に楽しもうじゃないか!」

「……まあ、仕方ないな。全く、どうしてこんな目に……」

 先生はウキウキと、ルギュロスさんは渋々と、それぞれ僕を持ち上げて連れて帰った。お世話になります。




「で、残るトウゴはあと1人かー。どうすっかな」

 そして残る1人の処遇をフェイが悩み初めてしまった。ごめん……。

「あの、フェイ。残った僕は僕の家に置いておけばいいんじゃないだろうか」

「いや、トウゴの家はレネが使うだろ」

 ああ、そうか。今の僕は夜の国のゲートを通らない方がいいし、となるとレネはこの森で待機している場所が無いから……僕の家に一緒に居てもらうのがいいよね。

「あ。だったらいい案があるわよ」

 ……そして、困る僕らにライラがにやりと笑う。なんだかちょっと嫌な予感がするなあ、なんて思っていたら……。

「龍ー!ちょっと来てー!」

 あああああ!こういう時に呼んじゃいけない奴を!こういう時に限って!あああ!あああああ!


「あっ、龍が来てしまった……」

「ああ、僕が攫われてしまった……」

 ……そうして、ライラが呼んだ龍は、見てすぐに状況を理解したらしい。余っていた僕をすぐさま水玉で包んでしまうと、その水玉ごと咥えて持って行ってしまった。

 ああ、なんてこった!龍にああいう風に連れていかれたら……その、その、酷い目に遭わされる!ああ、10人目の僕、どうか、どうか無事で居てね……。


 +


 ……ということで。

「あの、鳥。動けないんだけれど」

 僕は今、鳥に攫われて鳥の巣の中に来ています。そして案の定、お腹の下にふくふくと収納されて、温められているんだよ!

「ああ、小鳥が僕より大きい……」

 僕、すっかり小さくなってしまったものだから、普段の僕の膝の辺りまでのサイズの小鳥達が随分と大きく見える。これ、もっと育った小鳥達だと、もっと大きいんだよね。うーん、不思議なかんじだ。

「あの、あの、囲まないで!ああ、ふわふわにしないで!」

 そして小鳥達は鳥のお腹の下にふくふくと潜り込んできて、僕を取り囲むようにし始めた!ああ、四面楚歌ならぬ、四面ふかふか……。


 それから鳥は、小鳥達と僕に餌を与え始めた。

 この間描いて出したばかりの太陽の蜜、案の定、壺1つ分、鳥に盗まれてるんだよ。鳥はそれをくちばしで掬っては小鳥達と僕に与えてくる。

 ふかふか囲まれてしまって動けない僕は、しょうがなく、与えられるままに蜜を飲んで、与えられるままに果物(僕の家の庭から取ってきたやつ)を食べて、ハム(僕の家の軒先に吊るしてあったやつ)を食べて……すっかり雛鳥扱い!

 うう、雛鳥みたいにされていると、なんだか雛鳥みたいな気分になってきてしまうというか……その、うん、変な気分になってきてしまった。

 給餌されている間にすっかり慣れてしまったし、鳥に優しく頬擦りされて、喉のあたりのいっとうふわふわの羽毛にくすぐられて、なんだかとろんと眠くなってきてしまったし……うう、僕、人間なのに。人間なのに……雛鳥にされちゃった……。


 途中で鳳凰がやってきて、スケッチブックと画材一式を持ってきてくれたので、それで絵を描く。でも、絵を描いている途中も常に小鳥と鳥とに温められて、ふくふくくすぐられて……そのまま寝かしつけられてしまった。

 夕方頃に起こされて、夕食を食べさせられて……その、すっかり雛鳥にされてしまった僕は、鳥に給餌されてそのまま眠くなって、また眠ってしまって……。

 ……僕、人間だよね?精霊だけど、人間で……その、その……雛鳥じゃないはずなのに……うう、自信が無くなってきた……。


 ++


「トウゴ君と2人きりでお茶を飲むの、久しぶりな気がするわ」

「そういえば、そうかもしれない」

 さて。僕はクロアさんの家にお邪魔しています。

 クロアさんは早速、お茶を淹れてくれて、僕ら2人、お茶の時間。僕の分のお茶はティーカップじゃなくて、小瓶に入れてくれた。ティーカップは今の僕には大きすぎるんだよ。

「2人きりだったのは……ああ、私がこの森に来てすぐの頃、何回かあったかも」

「そうだね。でも、大体はラオクレスも一緒だったんじゃないかな」

「そう考えると、本当に久しぶりだし、珍しいことよね」

 当時のクロアさんのことを思い出すと、なんだか懐かしい気分になってくる。……あの頃から考えると、クロアさん、随分と森っぽくなったなあ。

 そしてクロアさんを森っぽくしたのは僕、なのかもしれない。そう考えると、その、ちょっと誇らしいというか、ちょっと申し訳ないというか……。

「ふふ。今日はトウゴ君を独り占めできるんだもの。たくさんお話に付き合って頂戴ね」

「うん。僕もクロアさんと話せるの、嬉しいな」

 すっかり森っぽくなったクロアさんは、ウインクしてお茶のお代わりを淹れてくれる。小瓶だから、ティーポットからほんの少し注ぐだけでいっぱいになってしまうんだけれどね。

「……あと、お喋りの後、描いていい?」

「勿論!ふふふ、本当にあなた、飽きないわよねえ」

「当然。だってクロアさん、何度見ても飽きない美しさだから」

「あらあら、随分と口が上手くなっちゃったわね。ちょっぴり生意気」

 それはね、クロアさんの影響かもしれないよ。僕がクロアさんを森っぽくしてしまったように、クロアさんも僕のこと、ちょっぴり生意気にしてしまったのかも。

 ……ちょっぴり生意気に育てられた身としては、ちょっと誇らしくて、ちょっと気恥ずかしいね。

 クロアさんも、こういう気分だったりするのかな。だったら少し、嬉しいなあ。


 +++


 ……ということで、僕はレッドガルド家にお邪魔することになった。

「よーしトウゴぉ!楽しむぜー!」

「う、うん。よろしくお願いします」

 僕はフェイの小脇に抱えられて、お屋敷にお邪魔します。玄関ホールの掃除をしていたメイドさん達が、『あら、トウゴさん、すっかり小さくなっちゃって』って挨拶してくれたんだけれど、あの、その、もうちょっと驚いて!まるで、僕が小さくなっちゃうのは当然みたいな顔、しないで!もう!


 それから僕は、ローゼスさんとお父さんにご挨拶に行った。『分裂して小さくなっちゃいました。他の僕と接触すると危険なので、今日はここでお世話になります』っていう挨拶だったのだけれど、ローゼスさんもお父さんも面白がって喜んでくれた。ああ、レッドガルド家の皆さんは心が広い……。

 そのまま、レッドガルド一家とお喋りして、『小さくなっちゃうと色々大変だろうなあ』『でも楽しそうだなあ。小さい状態で妖精カフェに行ったらなんでも超大盛だぞ』なんて話をして……そして。


「よし!何する!?やっぱまずは……庭だな!」

「へ?」

 僕はまたフェイに抱えられて、中庭に連れてこられてしまった。なんだなんだ。

「小さくなっちまったなら、やっぱお前さ、それを生かした絵、描きてえだろ?な?」

 ……フェイに言われて、見上げる。

 そう。見上げたところに、花がある。普段、僕の膝くらいの高さにある花が、全部、僕の頭上にあるんだ。

 当然、物の見え方が全然違う。そっか。視点が違うと、こんなに景色が違うんだ!

「どうだ?」

「……描きたい!」

「な?ぜってー描きたくなるだろって思ったんだ!」

 フェイがけらけら笑って、そこに丁度鳳凰が飛んできて、画材を一式、くれた。なので早速、描く!こんなの、描くしかないよ!

「ありがとう、フェイ!やっぱり君、最高の親友だ!」

「だろ?だろ?へへへ、やっぱトウゴはこうでなくっちゃなあ」

 ああ……僕は、本当にいい親友を持てたなあ!まずは花を描かせてもらって、それから中庭全体の様子、あと、植え込みを中から見上げた様子も描いて……。

「庭が終わったら次は兵士の訓練所だな!あれも下から見上げたら迫力あってすげえだろ、多分」

「最高だ!」

「へへへ、楽しんでってくれよな!お前が楽しいと、俺もなんか楽しくなってくるからさあ」

 やっぱりフェイは僕のこと、とってもよく分かってる!ああ……大好き!これからもよろしく、親友!


 ++++


 僕はラオクレスの家の窓から、ラオクレスが薪割りする様子をスケッチしている。さっき、鳳凰がライラのところから画材を運んできてくれたんだ。どうも、ライラのところに行った僕が画材を出してくれたらしいので。ありがとう、鳳凰。あと、ライラのところの僕。

 それにしても、ああ、やっぱりラオクレスは生ける芸術品だなあ。とても綺麗だ。

 筋肉が動く様子も、それと一緒に動く皮膚や衣服の様子も、ぎらりと輝く斧の刃も、少し汗が滲んでくる肌も、割れていく薪の断面も、木々が落とす影も……全部描きごたえがあって、とても楽しい。

 ……今日はずっとラオクレスを観察して描き続けられるんだから、分裂してしまったのもそんなに悪くないかもしれない。


 ラオクレスは僕を家の中に入れて、『俺は薪割りしてくるが、お前は家の中に居ろ。家の中で好きにしてくれていい』と言ってくれたので、まあ、ラオクレスの家の中でのんびりさせてもらっている。それで、まあ、窓からラオクレスを見つめて描いているわけなのだけれど。

 ある程度描いて満足したところで、ラオクレスは薪割りを終えたらしい。なのでこれから薪を薪棚に積んだり他の人の家に運んだり、あと、斧を片付けたりするんだと思う。

 ……その間に僕は画材を片付けて、それから、何かできることは無いかな、と家の中を探す。

 すると、洗濯が終わって籠の中に入れてある服が見つかったので、それを畳んでおくことにした。ラオクレスは服は洗濯から取りこんだらそのまま籠の中に突っ込んでおくことが多いようなのだけれど、余裕があったら畳んでいるのは知っている。

 身長30㎝ちょっとになってしまった今は洗濯物を畳むのも中々大変だけれど、それでもやってやれないことは無い。一通り洗濯ものを畳んだら、次は……ええと、食事。

 調理してもいいのだけれど、もう、描いて出しちゃう。温め直しがしやすいように、鍋にポトフを描いて出して、それから『石膏像賛歌』の串焼きを思い出しながら描いて出して、あと……。


「あっ、お帰りなさい!」

 食事の準備を終えたところで、丁度、ラオクレスが帰ってきた。出迎えたらちょっと驚いた顔をしていたけれど、まあ、少し早めのお夕飯はいかがですか。

「……懐かしいな」

 食卓を見たラオクレスは、ちょっと嬉しそうにじんわり笑った。

「うん。僕、今でもこれがとても好きなのだけれど」

「他に美味いものは幾らでもあるだろう」

「それでもこれはいっとう好きなんだよ」

 僕ら2人でごはんにするなら、やっぱりハムとチーズを挟んだパンが食べたいので。……ラオクレスが初めて僕に作ってくれた食事。簡単でシンプルなやつだけれど、僕は今もこれがとても好きなんだよ。

「……まあ、そういうことなら、作った甲斐があったな」

「うん」

 そういうわけで、お夕飯だ。串焼きについてはやっぱり石膏像賛歌の屋台で食べる奴が一番美味しい気がするけれど、ポトフは上手くいった。あと、ラオクレスパンは安定した美味しさ。

 ……たまには、こういうのも楽しいね。夕飯が終わったら、またラオクレスを描かせてもらおうかな。


 +++++


 ライラの家に運ばれてしまった僕は、ソファの上に下ろされて……。

「とりあえず、描いていい?」

 画材を出してきたライラに、にんまり笑いかけられてしまった。まあ、そんなことだろうと思ったよ!

「いいけど、僕もライラ描いていい?」

「いいわよ。はい、画材」

 そういえば他の僕達は画材が無いんじゃないだろうか。それは大変なことなので、僕は急いで画材一式を描いて出して、描いて出して……それらは、鳳凰に届けてもらった。これで他の僕達も絵を描ける。よし。


 他の僕達も絵が描けるようになったから、僕も心置きなく絵を描く。

 ……やっぱり、ライラは絵を描く時に真剣な顔になる。凛々しくて、『やってやるわよ』ってかんじの顔だ。ちょっとだけ、森の騎士団の騎士に似ているかもしれない。

 僕は絵を描く時の彼女の表情がなんとなく好きで、よく描かせてもらう。僕ら、お互いにお互いを描くことが多いんだ。

 ……でも、今日はちょっとライラの様子が違うんだよ。

「あの、ライラ?何か上手くいったとか?」

「へ?」

「いや、なんだかにこにこしてるから」

 ……いつものライラだったらずっと真剣な顔なんだけれど、今日のライラは描きながら時々、ちょっとにこにこするんだよ。何だろう。

「……いや、だってあんた、妙にかわいいから」

「へ!?」

 と思ったら、とんでもないことを言われてしまった!

「いや、僕はかわいくない」

「何言ってんのよ。ちまっこいのがチマチマ一生懸命お絵かきしてたら、なんかかわいいでしょ」

「あああ、そうだった……」

 うう、そうだった。僕、今、小さいんだった。うう、小さくさえなければ、ライラにこんなこと言われないのに!かわいい、って。かわいい、って……うう。

「……あの、ライラ。僕、元の大きさに戻ったらかわいくなくなるんだからね」

「あら。悪いけど元の大きさでもあんた、ぼちぼちかわいいからね。自覚無いの?」

 ああ!ライラはこんなことを言う!なんてこった!

「……何よ。かわいいって言われるの、そんなに嫌?」

 ちょっと落ち込んでいたら、ライラはちょっとだけ心配そうな顔をした。いや、本当にちょっとだけ、だけれど。『心配なんてしてませんけど?』っていう顔をしてはいるんだけれどね。まあ、ライラはいい人なので……。

「嫌、というか、うーん……」

 ライラは誠実だから、僕もちょっと真面目に考えてみる。うーん。

「クロアさんに言われるのは、まあ、クロアさんだしなあ、と思うし、レネに言われてしまうのも、レネだからしょうがないよなあ、と思うんだけれど……君に言われるのは、その、ちょっと」

 なんでかなあ、と思うんだけれど、でも、クロアさんはもう勝てないのでしょうがないし、レネの『せうーと!』は多分、夜の国とこっちとで文化とか感覚とかが違うっていうのが大きいと思うし……。

 でもライラは、うん。ライラはちょっと、別なんだよ。絵描き仲間で、ライバルなライラについては、その……。

「……君にはちょっと見栄を張りたい」


 僕がそう言ってみたら、ライラは、ぱち、と目を瞬かせて……それから、じと、って目をこっちに向けつつ、にや、って笑った。

「……あのね、トウゴ。あんた、そういうところがかわいいって言われるのよ」

 えっ!?何故!?駄目だ、僕、ライラのことが全然分からない!

「はいはい。じゃ、元の姿勢に戻ってね。描くから」

「うう……駄目だ、勝てない……」

 ライラはけらけら笑いながらまた筆を持ち始めてしまったので、僕も諦めてまた描くことに集中する。

 笑いすぎたからか、ライラの耳とか目元とかがほんのり赤くなってる。ああ、調色し直さなければ!

 ……うう、ライラに勝てない……。でもいつか、勝ちたい……。


 ++++++


「トウゴったらやっぱりかわいいわ!」

「……あの、カーネリア。それ、トウゴだからな?今はちっちゃいけど、トウゴだからな?」

 僕は今、カーネリアちゃんによって……着せ替え人形にされています!


「トウゴ!トウゴ!次はこっちを着てみてほしいの!」

「あの、カーネリアちゃん。これは女の子のドレスなのでは」

「ええ、そうよ!でも、トウゴにもきっと似合うわ!」

 ……あのね。カーネリアちゃんは、ソレイラの小さい子達のために人形のドレスを縫うのが最近の趣味らしいんだよ。けれど、ほら、人形って一度に何着もドレスを着るわけじゃないので……縫いに縫ってしまったドレスが手元にいくつも残ってしまっているんだとか。

 で、何故か、僕はそれを着せられています。ううう……。

「……あの、トウゴ、大丈夫か?」

「うん……カーネリアちゃんがこんなにも楽しそうだから……」

「……まあ、そうだよな。あんな笑顔になられちゃったらな。うん。じゃあもうちょっとカーネリアに付き合えよ、トウゴ」

 その、僕としては、ドレスを着せられるのはもうご勘弁願いたいところなんだよ。サクラ・ロダンの件で『もうこれっきりだぞ!』って思ったんだよ。

 でも……でも、カーネリアちゃんの気持ちも、今、少し分かってしまうんだ。

 縫い物も1つの芸術作品だ。カーネリアちゃんはそれを仕上げて、でも、人形が無いと、それを発表することもできないわけで……ほら、服って、着る人が着て初めて作品として成り立つ、っていう面があるから。それは花祭りの時にさらさら洋裁店の人からも教えてもらった。

 だから僕は、その、芸術を愛する者として……そして、森の子を愛する者として、カーネリアちゃん作のドレスを着ている、というわけなんだよ……。

 だって、カーネリアちゃんはものすごく楽しそうで、嬉しそうで……あの顔を見ていたら、ああ、森の子が愛おしいなあ、という気持ちになってしまうので……。


 そうしてファッションショーを散々やってカーネリアちゃんが満足したところで、カーネリアちゃんから『モデルさんのお礼!』ということでお茶をご馳走になった。僕の分はドールハウス用の小さな小さな磁器のカップに入れてもらった。これも1つの芸術だよね。ミニチュア、って見ていて楽しいなあ、と思うのだけれど、実際に小さくなって使ってみるとこれもまた楽しい!

 そうしてお茶を飲みながら、僕はちょっぴり反省会。

「モデルさんって大変だね。僕、安易に皆をモデルさんにしてしまっていたけれど……」

 今回、自分がファッションモデルにされてしまって思ったのは、モデルさんって大変だ、ということだ。僕は普段から皆を描かせてもらうことが多いから、その、今後はもう少し節度を守ってモデル業をお願いすべきかもしれない……。

「あら。私はトウゴの絵のモデルさんになる時、ちょっぴり大変だけれど、でも楽しいわ!楽しいからお付き合いしてるのよ。きっと皆そうだわ。ね、リアン?」

「……ま、トウゴが楽しそうなのは、見てて分かるし」

 でも、カーネリアちゃんはやっぱり立派なレディなので、随分と大人びたことを言ってくれる。

 まあ僕も、カーネリアちゃんの言う事は、分かるよ。だって僕も、ああ、カーネリアちゃんが喜んでくれてよかった、って思うし……女の子の服を自分が着ることについては物申したいところだけれど、でも、色々な服を着る経験って、中々得られないし。

「自分1人じゃやらないことをやったり、自分が知らないことを知ったりするために、お友達って大事なのね、きっと」

 ……にっこり笑うカーネリアちゃんに『そうだね』と僕ら男2人は頷いて、のんびりお茶を頂く。

 まあ、たまにはこういうのも貴重な経験、ということで……。


 +++++++


「とうご、とうご。せうーてぃえあーりあ、りとーらえいねーる……」

 ……僕はレネにきゅうきゅう、と抱きしめられて、ベッドの中。

 その、レネはどうも、僕を温める使命に燃えているらしい。というのも、『トウゴは小さくなってしまった分、魔力が足りなくなるはずです!だからトウゴのことは責任をもってしっかり温めます!』と宣言されてしまったんだよ。

「……とうごー。ふふ……」

 レネは僕を抱きしめたり、時々僕を眺めたりして、とにかくご機嫌だ。くすくす笑って、嬉しそうにとろんと微笑んで、それでまた、僕をきゅうきゅうやり始める。

 うーん……もしかして、僕の巣ごもりみたいなものだと思っているんだろうか。確かに僕、魔力が不安定になっているのは間違いないだろうし、そういう意味では巣ごもりが必要なのかもしれないけれど。


 それからレネがある程度気が済んで、僕もなんとなく落ち着いてきた頃。僕は小さな体の為に描いて出した翻訳機を付けて、レネと筆談中。

『小さくなってしまったトウゴもとてもかわいいです!本当なら、連れて帰ってしまいたいくらいです』

 レネは目をキラキラさせてそんなことを書いて見せてるのだけれど、その、そんなにかわいい……?いや、まあ、レネの『かわいい』および『せうーと!』は多分、また昼の国とは意味合いが違うんだろうなあ、とは思うんだけれど。

『とてもかわいい。森のウサギさんのようです。食べちゃいたいくらいかわいいです』

「えっ、食べないでね……?」

 レネはもじもじにこにこしながらまたとんでもないことを書いて見せてくれるのだけれど……あ、でも、ドラゴンにとっての『食べちゃいたいくらいかわいい』は、またこれも意味合いが違うのか。巣ごもりの時にも僕、耳や羽をはみはみやられていたけれど、あれもドラゴンの習性の1つみたいだし……。

『トウゴには温めてもらうことばかりだから、今、トウゴを温める栄誉に与れて、とても光栄です』

 それからレネはそう書いて見せて、ちょっと恥ずかしそうににこにこした。そっか。レネはそんなことを考えてくれていたんだなあ。気にしなくていいのにな。夜の国がひんやりしていて、昼の国がぽかぽかしている、っていうだけで、僕、別に特別なことはしていないのに。

 ……でも、持ちつ持たれつ、っていうのは、分かるよ。持ってもらってばかりのような気がするのは、ちょっと重たく感じることも、知ってる。

『今回は本当に助かりました。どうもありがとう。次は僕がレネを温めるので、冷えてしまった時には呼んでください』

『ありがとう、トウゴ!そうしたら、次の次はまた逆にしましょう!』

 僕ら、温め合う約束をして、くすくす笑う。レネと一緒に居ると、どうもふりゃふりゃしてしまうなあ。


 ……それから、レネには時々、キスされてしまった。その、そんなに魔力不足じゃないんだけれど……あの、レネ、もしかしてレネがウサギになってしまった時みたいに僕が小さくなってるって思ってるんだろうか……?

 あのね、昼の国の人達には、魔力不足になったらウサギになる、みたいな、そういう習性は無いんだよ!


 ++++++++


「さて、トーゴ。まずはお茶にするかい?」

「うん。ありがとう、先生」

 先生のところに来た僕は、なんとなく落ち着いた気分。だって、先生のところだから!

「……トーゴ用の湯飲みが君にはちょっとデカすぎるな。うーん。そうだなあ、瓶の蓋でいいかい?」

「うん。丁度いいと思う」

 先生がお茶を瓶の蓋に入れて出してくれたので、僕はそれを飲む。……うん。中々いい具合!

「ついでに羊羹も食べるかい?えーと、君に丁度いい大きさが全く分からんのだが」

「えーと……これくらいで」

「おお!ミニチュア羊羹だ!成程なあ、このくらいのサイズ感か。メモしていいかい?」

「どうぞどうぞ」

 ……先生はこのように、専ら『小さい人と一緒に生活するとどうなるか』の経験をメモしているところだ。多分、これも何か先生の筆の餌になるんだろうなあ。

「ところでトーゴ。折角だから風呂に入っていかないか?」

「え?お風呂?」

 先生の家のお風呂は温泉だから、勿論、喜んで入っていくけれど。

「……トウゴ用に、桶にお湯を張ったやつを湯舟に浮かべる時が来たようだ!一回やってみたかったんだ!ひゃっほう!」

 ああ、先生、本当に楽しんでるなあ。うん……。まあ、そんな先生と一緒に居ると、僕もなんだか楽しくなってきてしまう、というわけなんだよ。

「風呂に入ったら、次は何をする?小さくなってしまったからには、普段は入れないところに入ってみるかい?箪笥の中とか、欄間の間とか……」

 先生は早速、次々に楽しそうなことを提案してくれる。確かに、箪笥の中は入ってみたいなあ。時々魔王が入ってるから、寝心地が気になってたんだよ。

 後は……うん。

「あの、先生。折角なので先生の布団で一緒に寝てもいい?」

「おお、是非やってくれたまえ!そうだな、今の君は……小型犬とか猫とかと同じくらいのサイズかな?うむ、そういう経験にもなるな、これは」

 僕も、家主の布団で勝手に寝る猫の気持ちが分かるかもしれないよね。それから……ええと、その、こういう大きさの時にしか、こういうお願いはできないので。

 その……先生と一緒の布団……いや、棺桶で寝たことがあったけれど、ああいう風にくっついて寝たのは、あれだけなんだ。

 だからなんとなく、その、生きてる先生とくっついて寝てみたかった。あの時の寂しさとか、取り返しがつかない悲しさとか、そういうのが少し、塗り替えられる気がして。

 でも、真正面からお願いすると、先生にまた心配を掛けそうなので……折角だから、楽しいことをする時に、ついでに。ね。


「……よく考えたら、箪笥の中には僕も頑張れば入れるのではないだろうか。うーん、トーゴ。箪笥も一緒に入ってみるかい?」

「いや、それは無理だと思うよ、先生」

 まあ、楽しいことも、節度は大事だよ、先生。じゃないと箪笥が壊れてしまうよ、先生……。


 +++++++++


「トウゴ・ウエソラ。お前の世界の書物について話がある。この記述について説明しろ」

「ああ、ええとね……『弘法も筆の誤り』っていうのは慣用句で……弘法大師、っていう書の達人が居たんだけれど」

「書、とは?速記か何かか?」

「あ、そうだった。そもそもこの世界、書道の概念が無いんだった……」

 ルギュロスさんのところに連れて帰られた……というか、持ち帰られた僕は、ルギュロスさんが僕の世界の本を読むのを手伝っている。

 ルギュロスさん、『レッドガルドにできることが私にできない訳はないだろう』と堂々と宣言して、それから、僕の世界の文字を読めるようになって、いつの間にか僕の世界の本をフェイや魔王伝いに借りて読んでるんだよ。すごい人だなあ。

 ただ、ルギュロスさんは僕の世界の文字が読めても、その、慣用句とか、そういうものが分からないので。だから今、僕は辞書代わりに使われている、というわけなんだ。

 ……普段のルギュロスさんは、僕にこういう風に質問をたくさんしてくるようなこと、無いんだ。多分、無理をしてでも辞書を引いて、それで意味を調べて少しずつ読んでいくんだと思う。

 けれど、僕が小さいから、いつもより話しやすいのかもしれない。この人、魔王相手の時もそうだけれど、自分より小さい生き物に対しては優しいんだよね。なんとなく不器用で、でも優しい人だなあ、と思うよ。


「……時に、トウゴ・ウエソラ」

 そんなルギュロスさんは、なんとなくそわそわしながら、僕と目を合わせないようにしながら聞いてきた。

「お前は、私を恨んでいないのか」

「へ?」

 唐突だなあ、と思うけれど、でも、ルギュロスさんにとっては今話したいことなんだろうなあ。僕が小さいから、話しやすいんだろうし、ルギュロスさんはずっとこれが引っかかってるんだろうし……。

「……ええと、森を燃やされてしまったことについては、まあ、悲しかったけれど……でも、あの時のあなたはああするしかなかったと思ってるし、それを受け止めても誰も死なずに済むくらい、僕が大きくてよかった、って思ってるよ」

 だから僕、何度でも言うよ。

 僕に火が付いてしまった時のことは忘れられないし、それをやったのがルギュロスさんだっていうことも、まあ、忘れてない。

 でも……今、こうやって一緒に話してるルギュロスさんのことも、絶対に忘れない。ちょっと不器用で、でも優しくなりたがっているこの人と、友人になれたことを嬉しく思ってる。それは、確かな事実だから。


「……そうか。随分とお人好しなことだな」

「うん。人の子のこと、大好きだよ」

「おい。トウゴ・ウエソラ。その……さては、森に近づいているな?私が言う事ではないが、戻ってきた方がいいのではないか……?」

 ええと、うん。まあ、この通り、ルギュロスさんは優しい人なので。

 だから僕、まあ、森でよかったなあ、って思うんだよ。あんまり思っていると、『戻ってこい』って怒られちゃいそうだけれどね。


 ++++++++++


 ……ということで、翌朝。

「……まだ、お腹の中とか、変なんだけど」

 文句を言ってみたけれど、龍はしれっとしているばかりだ!僕、昨日はずっと龍にいじめられて大変だったんだからな!

 龍は小さくなった僕が気に入ったのか、ずっと抱えて離さなかったし、それでいて、ずっといじめてくるし……。もう!


 でも、龍は僕を咥えてまた泉の方へ飛んでいってくれた。

 そしてそこに森の皆がそれぞれ僕を抱えて集合。……というのも、昨夜、アンジェが『トウゴおにいちゃん、多分、こうするともどるって妖精さんがおしえてくれたよ』と報告してくれたので!

「……じゃ、いくぞ!せーの!」

 そして、フェイの音頭と共に……皆が、僕を1人ずつ持って、ぎゅむ、と僕ら同士をくっつけ始めた!


 最初は、ものすごく反発していたんだよ。その、さながら、磁石同士が反発するみたいに。

 でも、それでも皆がぎゅうぎゅうやってくれたら……ぽん、って音がした。

 そして僕同士がくっついて、無事、元に戻っていました!


「……戻った」

「戻った、なあ……あー、よかったぜ!トウゴが小さいまんまだったらどうしようかと!」

「うん!ああ、よかった!よかった!ありがとう、フェイ!」

 僕はフェイと一緒に小躍りしちゃう。よかった!よかった!もうだめかと思った!

「まあ、アレはアレで可愛かったしよかったけどね。でも調子狂うからやっぱりこの大きさで居なさいよ」

「うん……。あの大きさになると龍がずっといじめてくるから、もう二度とあの大きさにはなりたくない……」

「……何があったのよ。あの、本当に何があったのよ」

 うん、言いたくないよ、そんなこと!


 ……ということで、無事に元に戻った僕なんだけれど、その……10人に分かれていた時の記憶は、ちゃんと持っているんだ。不思議な感覚だけれどね。

 だから、まあ……小さくなったのも、悪くはなかったかな、と思うんだよ。皆とそれぞれじっくり過ごすのって、中々できないことだし。だから、いい経験だった。ちょっと楽しかった。

 ……まあ、その、龍にいじめられたのを除けば。うん……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昼の国の人間には、分裂して小さくなる習性もありません・・ 先生の場合、書けば小さくなれるのでは?
[良い点] 目玉おやじの入浴シーンがトウゴで見られるとは… そして案の定、龍に確保されるトウゴ
[一言] ルギュロスさんの、そうやって増えるのか……で笑ってしまった ツンツンしてるのに割とおとぼけなルギュロスさん好き
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