赤い竜の一家の休日
寒い日が続いています。
森はとても冷え込んでいて、最近はすっかり雪が積もって真っ白け。
更に、冷え込むあまり、泉がガッチリと凍ってしまった。氷が張っているそこは、まるで天然のスケートリンクだ。鳥の子達がやってきてはつるつる滑って遊ぶのに使われている。
ああ、勿論、リアンとアンジェとカーネリアちゃんも滑って遊んでいるし、あのでっかい鳥も降り立つ勢いのままにやってきては、つつつつつ、と滑っていって『キョキョン』と満足気に鳴いていることがあるけれど。
……そして今日は、更に珍しい利用者が居るんだよ。
「氷滑りなんて久しぶりだな」
颯爽と氷の上を滑っているのはローゼスさん。しゃっ、と軽やかな音を立てて氷の上でジャンプしたかと思ったら、くるりと回転して戻ってくる。すごい、フィギュアスケーターみたいだ!
「んー、結構難しいなー。自由自在に動けるか、っつうと……結構コツがいるぜ、こりゃ改良が必要だ」
泉の脇の方でダンスみたいにステップを踏んでいるのはフェイ。その隣でしたしたとステップを踏んでいる鳥の子達と相まって、なんだかちょっぴり可愛らしい眺め。僕の親友は格好いい奴なんだけれどね、でも、レッドガルドの末っ子なので、森の気分としてはなんだか可愛いんだよ。
「ローゼス!フェイ!見ろ!父さんもまだまだやれるぞ!」
更に、フェイのお父さんも氷の上をするする滑っている。スピードが出ているし、ローゼスさんよろしくジャンプするし、本当に『まだまだやれる』っていう具合だ!
……そう。
今日は、森の泉の氷の上に、レッドガルド一家が遊びに来ています!
「いやー、悪いなトウゴ。人目に付かねえ丁度いい氷がここしか思いつかなくってさあ」
沢山滑ったフェイが、『ちょっと休憩!』って僕の横に座りに来る。僕が座ってるベンチは、座面がぽかぽかであったかいんだ。フェニックスの抜け毛を使わせてもらってるんだよ。
「でも、おかげで開発が進むぜ!ありがとな!」
にっ、と笑うフェイは、フェイの靴を指差して見せてくれる。なんでも、『氷の上を滑る要領でより速く移動できる靴』っていうのを作ってみたいんだってさ。それで、『じゃあ実際に氷の上を滑ってみるとどうなる?』っていう実践のために、ここで実験中。
「いいんだよ、フェイ。気にせず是非ゆっくりしていってほしい」
森としては、かわいいレッドガルドの一家が遊びに来てくれて、とても嬉しい。上空桐吾としては、親友の一家が楽しそうで、とても嬉しい。
ついでに、フェイの一家が氷の上で滑って遊んでいるのを見ていたら描きたくなってきちゃったので、描かせてもらっている。とても嬉しい!とても嬉しい!
「いやあ、私も休憩させてもらおうかな。お隣、失礼するよ。トウゴ君」
それから少しして、フェイのお父さんもベンチに座りに来た。よっこいしょ、とのことです。
「私も齢だなあ。もう少し前なら、一日中だって氷の上を滑って遊んでいられたんだが……」
「流石にそれはねえだろ親父ぃー」
フェイのお父さんは『齢のせい!』って言っているけれど、若者だって一日中スケートは辛いと思いますよ。
「それにしても、懐かしいね。昔、家族で氷滑りを楽しんだことがあったが……あの時はもう少し身軽だったんだがなあ。ふむ」
えっ、僕、それ知らない。……ということは、レッドガルド一家が森以外の場所でスケートを楽しんでいたことがあった、っていうことだよね。森の中で遊んでいてくれたんだったら、僕の森部分の記憶にあるはずだし……。
「あー、母さんが亡くなった次の冬だったよな?確かあの時は東の方の湖に行ったんだったっけ?で、兄貴が『氷の妖精!』って騒がれてた!」
……ローゼスさん、そんなこと言われてたのか。いや、でも確かに納得がいくよ。今もローゼスさん、氷の上でくるくるスピンしているのだけれど、その様子は確かにすごく綺麗なんだ。
うーん、ローゼスさん、顔立ちだけじゃなくて、体の均整も取れているし、動作の1つ1つまで綺麗な人だからなあ。描きたいなあ。描こう。描いた。日差しが氷に反射して、余計にローゼスさんがきらきらして見える。とても綺麗で描きごたえがあるんだよ。
「お。トウゴは早速描いてんのか」
「うん。これは描かなきゃダメだと思って」
ローゼスさんの氷上のダンスは、妖精達にも大人気。ローゼスさんが氷の上で踊るように動くのを見て、妖精達はやんやの喝采を浴びせている。まあ、つまり、妖精の声なので、しゃらしゃら、さわさわさわ、みたいなかんじの。
「ローゼスさん、綺麗だなあ……」
「うむ……ローゼスは母さん似だからなあ」
僕が感想をもらしたら、フェイのお父さんは深々と感慨深げに頷いた。ええと……ローゼスさんはお母さん似、なのか。そっか。
僕の中の森部分の記憶の中には、レッドガルド夫人のこともあるんだ。
レッドガルド家はよく、一家で揃って森に遊びに来て、その端っこの方に慎ましく敷き布を敷いて、そこで皆でお弁当を食べたり、そのあたりの花畑や草原でフェイとローゼスさんが遊んでいたりしたし……そんな子供達を見守っていたのが、フェイのお母さん。
すごく綺麗な人だったの、覚えてるよ。あ、ええと、勿論、僕が、っていうか、森が。森が覚えてる。
フェイのお母さんはレッドガルド家に嫁いできた人だから、ドラゴンじゃなかったのだけれど……でも、明るく笑う様子はレッドガルドっぽかった気がする。あと、ちょっと病弱な方だったから、よく温かい肩掛けに包まっていたのだけれど、その様子はちょっとレネに似ていたかも。つまり、ふりゃが好き、という点で。
「ローゼスは学園時代、母さんのドレスを持ち出して女装したことがあったな……。あれはあれで似合っていて、父さんは複雑な気分だったぞ」
「あー……だよなあ。笑い飛ばせるくらい似合わなけりゃ笑い飛ばすんだけどよー、兄貴の場合、似合っちまうからなあ、ドレス……。弟の俺が見ても、ちょっとぎょっとしちまうくらいにキレーなんだよなあ、女装した兄貴……。ビビるぜ、ホントによぉ」
ああ、ローゼスさんが女装した話は前に聞いたことがあったなあ。
うん、そっか。ローゼスさん、ごく自然にドレス姿が似合ってしまうのか……。お母さん似なの、分かる気がする。
「兄貴の小さい頃なんて、『本当にお母君そっくり!』ってよく言われてたんだぜ?よく女の子に間違われてたしな!」
「うん。分かる。小さい頃のローゼスさん、すごくかわいかった……」
更に、小さい頃のローゼスさんは……本当に可愛らしかったんだよ。それこそ女の子みたいで、あるいは妖精みたいで……雰囲気はちょっと、アンジェに似ていたかなあ……。
「おいおいおいおいトウゴー!戻ってこーい!お前、森になってねえか!?おーい!トウゴー!おーい!」
あっ!いけない!僕、思わず森になってしまっていた!
いけない、いけない。僕は人間、僕は人間……。でも、レッドガルド家の記憶があるのは、ちょっと嬉しくもあるから、僕、森で良かったなあ、って思うんだよ。ちょっとだけね。
「俺はどっちかっつーと親父似だよな」
それからフェイは、そう言ってお父さんの顔をまじまじと見つめた。確かに、似てる。お父さんの方ががっしりした顔立ちで、フェイの方がすらっとした印象だけれど、顔のパーツとかは似てるところが多い。
「うむ。私に似た男前に育ったな、フェイ」
「よく言うぜー。へへへ」
うん。フェイはどっちかっていうとお父さん似。ローゼスさんは女性的なところのある美形だけれど、フェイは、女性的なところはローゼスさんより少なくて……これが男前、っていうやつ、なのかな。すごく格好いいと思うよ。僕の親友は格好いい奴なんだ!
「レッドドラゴンの血が濃く出ているのも、フェイの方かな」
「あー、俺の方が赤いよな。髪も目も」
それから、フェイは赤い。髪は綺麗な赤だし、瞳は綺麗な緋色だし。ローゼスさんは赤みがかった金髪に薔薇色の瞳だから、やっぱり、色素はちょっと薄め。レッドガルド夫人はルギュロスさんの髪みたいな淡い金髪の人だったから、まあ、お母さん似、っていうことなんだろうなあ。
「ところでトウゴぉ。お前は父さん似なのか?それとも母さん似?」
「へ?」
レッドガルドの家系図を頭の中で遡って『誰が誰似だったっけ』なんて森の記憶を参照していたら、唐突にフェイにそんなことを聞かれてしまった。
「ええと……足して二で割ったかんじ、だと思う」
「そ、そっかあ……ってことは、トウゴのご両親は揃って美形なんだな……?」
……うん、ええと、その、確かに、僕、『美人なお母さんで羨ましい』とか『桐吾君のお父さん格好いいね』とか言われたこと、あるけれど。でも、自分の親のことって、あんまり分からないんだけれど……というか、その、あの、フェイの言い方だと、僕のことを美形だって言っていることにならないだろうか!
「俺、一回トウゴのご両親に挨拶してみてえなあ。ちょっと気になる。見てみてえ。えーと、ご両親、魔王が行ってから大分軟化したんだろ?」
「うん。それはもう、本当に……」
僕の両親は、最近はすっかり軟化した、と思う。魔王の来訪でショックを受けてからはちょっとそれが加速した。少なくとも、僕の中高時代よりはずっとずっと、柔らかくなった。
明け透けなことを言ってしまうと、その、『美大生の息子』っていうのは、まあ、彼らの許容範囲程度にはステイタスを保てる肩書きだったんだと思う。多分。
でも、それで、っていうばっかりじゃないと思うけれど……最近は、絵を描くことにちょっと興味を示してくれていて、僕はそれが嬉しい。それからね、僕の両親は最近、旅行に行くことがあるんだよ。趣味っていうものを思い出してくれたみたいで……うん、やっぱり、僕は嬉しいんだ。
「僕も、フェイを家に連れて帰ってみたいな。僕、自分の友達を家に連れていくのなんて、小学生の低学年の頃以来、やってないから」
折角だから、中高時代にできなかったことを今、やってみてもいいかな、なんて思ってしまう。フェイなら楽しく付き合ってくれそうだし、僕がそういうことをすると、両親は僕に対して新たな発見があるみたいだし、僕もそれはなんとなく、楽しいし……。
そんな話をしていたら、ローゼスさんも『やれやれ、休憩しよう。流石に疲れた』ってベンチへやってきた。4人で座ることになって、ベンチがぎゅうぎゅう詰めだ。座面のあったかさよりも、両脇をレッドガルドの子らに囲まれてぎゅうぎゅうになっているあったかさが勝っている気がする!
更に、鳥の子達が足元に集まってきて、むぎゅむぎゅ、とおしくら鳥饅頭を始めてしまった。ああ、これはね、間違いなく10分後には暑くなっているやつだよ。僕には分かる。
……と、そんなぬくぬくふりゃふりゃの中に居たら。
「……俺達さー、結構本気で、トウゴをうちの養子にしちまうこと、考えてたんだぜ」
えっ。
……えっ。
唐突な話題に、僕、びっくり。驚愕のあまり、ローゼスさんやお父さんの顔まで見てしまう。けれど彼らも『その通り』と言わんばかりに頷いているものだから、僕、ますますびっくり……。
「ほら、お前、異世界人で、何の後ろ盾も無けりゃ縁故も無かっただろ?だから、いっそうちで保護しちまうか、って。で、うちに置いとくんだったら、いっそのこと縁故にしちまうか!ってさ」
「トウゴ君がうちの子になったらそれはそれで楽しいだろうなあ、と思ったのさ。僕としても、弟が1人増えるのはやぶさかではないからね」
「なんというか、君を見ているとどうにも放っておけなくてね。君が我が家に居たら楽しいだろうとも思ったし、まあ、君1人養うくらいはわけのないことだからね。はっはっは」
レッドガルド一家が『なー』『そうだねえ』って言い合っているのを見て、僕……その、ちょっと照れくさくなってしまうよ。
だって、レッドガルド一家が、それだけ僕のことを大切に気にかけてくれている、っていうことだから。彼らの仲間に入れてもいいって、そう思ってくれてるっていうことだから。嬉しくて、光栄なことで、幸せで……それで、まあ、照れてしまう。
「まあ、でも、お前からしてみたら、それはやっぱりなんか違う、だろ?」
「え?うーん……うん。僕はやっぱり、向こうの世界に家があるから」
でも、まあ、ご厚意は嬉しい一方で、やっぱり僕が居るべき場所は向こうの世界にあるんだよなあ、とも思うんだ。最近は、特にそう思う。両親との仲が改善されてきたから、なのかな。
それから……うん。
「……僕、今、両親に対してはたらきかけができるのって、レッドガルド一家を見てきたからかもしれない」
「へ?」
フェイもお父さんもローゼスさんも、鳩が豆鉄砲食らったような顔になってしまった。家族そろって同じような表情なものだから、なんだかおかしい。
「理想の家族だから。フェイ達を見ていたら、なんだか元気になるんだ。家族って、こうだといいよね、って思えるから……それで、勇気を貰えたのかも。僕の家族も、ちょっとこういう風になるといいな、って」
僕の両親と、フェイの家族は全然違う。それでいて、僕はちょっぴり、レッドガルド一家に憧れてしまう気持ちがあるんだ。
それで、憧れ、っていうものが、きっと、僕を導いてくれている。だから、レッドガルド家は僕にとって、『自分の家』じゃなくて『親友の家族』であって良かったんだと思う。……なんて、ちょっとだけ、柄にもなく、思ってみたりして。
「……トウゴぉー」
フェイは、僕の隣でちょっとだけ、泣きそうな顔をした。でも、次の瞬間には、わしわし、って僕の頭を撫で始めてる。あああ、フェイはこうやって、僕のことを撫でるから!もう!
「なんつーか、お前、お前……ホント、頑張ったよなあ」
「うん。ありがと、フェイ」
でも、僕の親友が僕のことを思いやってくれているからこその、このわしわしなんだって、分かってるから。だから、嫌じゃないよ。
……僕の親友は、こういう優しい奴なんです。優しい家族に育まれた、優しい、最高の親友なんだ!
「さて、トウゴ君にふられてしまったところで、もう一滑りしてこようかな!こんな機会は滅多にないことだしな!」
「なら私ももう一滑りしてこようかな!そろそろ鳥の子達に囲まれて暑くなってきた!」
フェイのお父さんが立ち上がると、ローゼスさんも立ち上がった。すると足元で鳥の子達が、キュンキュンキョンキョン、抗議の声。彼らはもうちょっとレッドガルド一家で暖を取りたかったらしい。まあね、気持ちは分かるよ。レッドガルド一家はドラゴンの血が流れているからか、全員、ちょっと体温が高めだし。
「じゃあ俺も!……で、トウゴ!お前もだ!」
「へ?わわわ」
更に、僕までフェイに手を引かれて立ち上がらされていた!
「よし、トウゴ君に氷滑り用の靴を履かせてしまおう。私は右を担当する」
「よしきた兄貴!じゃあ俺、左足!」
「じゃあ父さんはトウゴ君を一旦座らせる係だ。これでよし」
立ち上がらされたと思ったらまた座らされて、それで、僕の足には手早く、スケート用の靴が履かされてしまった!あの、自分で履けます!自分で履けるのに!もう!
「この世界の氷滑り用の靴、初めてだろ?」
「うん……わ、こういう風になってるんだ。僕の世界のとは大分違うなあ」
「えっ、トウゴの世界にも氷滑り用の靴、あるのか!」
「うん。ええと、ブレードが付いていてね……」
僕はその場で、大雑把にスケート靴の説明をする。ブレードが付いていて、それで滑るんですよ、みたいな具合に。
一方、この世界のスケート靴は、ええとね、ブレードが付いていない。ただ、風と火の力を持った魔石が靴底に仕込んであって、それで氷の上をするする滑るようにできているみたいだ。面白いなあ。
「じゃ、早速滑ってみようぜ!しばらくは俺達に掴まってていいからさ!」
「わわわ、ふぇ、フェイ!あの、待って!待って!滑る!これ、つるつる滑るよ!」
靴に感心していたら、もう早速フェイは僕を引っ張っていって、泉の氷の上へ!あああ!すごく滑る!すごく滑る!姿勢をきちんと保っているのが難しいよ、これ!
「滑るのが楽しいんだろー。えーと、足を直角になるように開いてみろ。止まるから。風の魔石が付いてる方の側面に体重掛ける気持ちで……そうそう」
フェイに掴まりながらフェイの言うとおりにしてみたら、なんとか、氷の上でも姿勢を保っていられるようになった。それで、そのままフェイに教えてもらいながら、よいしょ、よいしょ、と氷の上を歩けるようになる。
……そうしている内に、なんとか、フェイに掴まりながらだけれど、滑れるようになってきた。
「……お前、やっぱり色々なことの呑み込みが早いよなあ」
「そう?」
「うん。俺は兄貴や親父に掴まりながら滅茶苦茶転んだのによー」
「フェイの教え方が上手いんだよ」
滑れるようになってくると楽しい。なんだか新鮮な気持ちで、すい、すい、と氷の上。時々バランスを崩しかけてフェイに支えてもらうけれど、でも、概ね一人で滑れるようになってきた。
スケート、やったことなかったけれどやってみると楽しいね。うん、そっか。こういうかんじ……。フェイは普通の地面の上でもこういう風に滑れる靴を開発しようとしているみたいだけれど、実現できたら楽しいだろうなあ。
「楽しそうだね、トウゴ君!よし、一緒に滑っちゃうぞ!お邪魔します!」
「父さんも滑っちゃうぞ!お邪魔します!」
「どうぞどうぞ。あっ、鳥も滑ってる」
「おーおーおー、滑るの意外とうめえな鳥……」
……その内、ローゼスさんもフェイのお父さんも一緒にすいすい滑り始めて、そして、いつの間にか鳥も来ていた。
鳥はさっきのローゼスさんの真似なのか、すいすい、と滑って、それから、ぽよん、と跳ねて宙でぱたぱたしてから、また氷の上へ戻る。
……ローゼスさんみたいな華麗なかんじは、全く無い!ただ、ふわふわしてるだけだ!流石は、鳥!
そうして僕は、レッドガルド一家と一緒に、随分長いことスケートを楽しんでいた。
その結果……その、翌日、筋肉痛になってしまったのだけれど。でも、それは僕だけじゃなくて、フェイ達もそうだったみたいで……。
「いてててててて……うー、最近運動不足だったもんなー、くそー……」
「うーん、私も己の限界を見誤ったか……」
「父さん、まだいけると思ったんだがなあ。いてて……」
……今。僕はレッドガルド一家の皆さんと一緒に筋肉痛の真っ最中です。それで、みんな揃って温泉に浸かってる。
ええと、レッドガルド家の皆さんは、『ソレイラに行けば筋肉痛に効く温泉に入れるのでは!?』って来てくれた。なんでもね、このままだと仕事に支障が出てしょうがないんだそうだよ。そっか、そんなに酷いんだ、筋肉痛……。
「鳳凰が笑い泣きしてくれて助かったぜ」
「笑い泣きの涙でも効果があるのは意外だったね」
そして今、僕らは揃って、脚を揉んでいる。『レッドガルド家、全員揃って筋肉痛!』っていう状況が面白かったらしい鳳凰がぴるぴる大笑いして、笑い過ぎて出てきた涙が温泉の中に溶け込んで、そのおかげか、筋肉痛は和らぎつつある。
「ごめんなー、トウゴぉ。お前まで筋肉痛にしちまってよおー……」
あちこち揉みながら、フェイは何とも申し訳なさそうな顔をしてる。ついでにローゼスさんとお父さんも、『ごめんねトウゴ君』『私もちょっとはしゃぎすぎてしまった……』と謝ってくるんだよ。
でもね、謝ることなんて、ないよ。僕はすごく楽しかったし、後悔なんて無いんだから!
「ううん。僕、すごく楽しかったから。だから、誘って貰えてよかった。ありがとう。それで……」
……ついでに、僕、この気の良い一家に、ちょっと我儘を言ってしまいたくなった。ので、言っちゃう。
「もしよかったら、また誘ってくれると、嬉しいな」
レッドガルド一家の皆さんは、『勿論!』って快諾してくれて、それから僕らは温泉でのんびりしながら、色々と話した。
僕の話というよりは、レッドガルド一家が話しているのを僕が聞いているようなかんじだったのだけれど、これが中々楽しいんだ。
『そういやフェイ。最近、私のシャツを間違えて着ていっただろう』『げっ!?なんでバレたんだ!?』『妙にいい香りがして戻ってきていたからね。あれは森の香りだろう?ふふふ、兄さんの鼻を侮るなかれ、だ!』なんていう話をしていたり。
『父上。応接室の書棚の下の引き出しが開かないのですが、あそこの鍵はどこにあるのでしょうか』『うむ、ローゼス。実は父さんもそれを知りたい』『開かずの引き出しかー。いっちょ開けてみるか!クロアさんに鍵開け頼もうぜ!』『それで駄目ならラオクレス君にバキッとやってもらうか……』なんていう話をしていたり。
……まあ、『ウヌキ先生が言ってたけどよー、なんか、異世界人は風呂に入る時に歌う習慣あるらしいぜ』『そうなのかい?トウゴ君』とか聞かれちゃうと、ちょっと困るけれど。先生も、なんてこと教えてるんだ!もう!
「いい湯だねえ」
「いい湯だなー。へへへ、レネが風呂好きなの、冬になると気持ちがよく分かるぜ」
「もしや、ドラゴンは全員、風呂が好きなのだろうか……だから我々も、風呂が好きなのでは……?」
「そういえば、古い文献に『温泉に入るドラゴン』という記述があったのを見たなあ。案外本当にドラゴンは風呂好きなのかもしれないぞ」
レッドガルド一家の話は、明るくて、楽しくて、聞いているだけでなんだか幸せな気分になれる。僕、ここに居られてよかったなあ。
……その、森として、僕はずっと、レッドガルドの一族と一緒にいるわけなのだけれど。でも、その、『上空桐吾』としても、レッドガルド一家の傍に時々お邪魔させてもらえたら嬉しいな。
「ん?トウゴ君、それなんだい?ぷわぷわしているね」
「ええと、手ぬぐいで作るくらげです」
「くらげ!?くらげだって!?ほうほう、これは中々面白いね!」
「おいおい親父ー、ばしゃばしゃすんなよお、楽しいのは分かるけどよお……」
……うん。やっぱり、この一家、楽しいなあ……。
本日、コミカライズ5巻発売です。何卒よろしくお願いします。




