大体全部、鳥のせい
「あのね、鳥。君がどういうつもりなのかは分からないけれど、その人の同意も得ずに巣に連れ帰るのはね、駄目だよ」
僕は鳥にそう言ってみるのだけれど、鳥は首を傾げつつ、キュン、と鳴く。まあ、つまり、まるで反省していない顔だ。
「特に、僕ならまだしも、ライラまで連れてきちゃうのは駄目だよ!」
「まあ、私は別にいいけどさ……」
ライラは『まあ鳥さんだし』って諦めているらしいけれど、その、僕としては流石に鳥に言ってやらなきゃ気が済まない。
「僕どころか、ライラまで連れてきて抱卵するの、やめて!」
……そう。何故か、うちの巨大なコマツグミは、僕とライラを巣に攫ってきて、温めてくれているので!
状況は単純。僕とライラは攫われてきた。そしてなんだなんだと言っている間に鳥のお腹の下に入れられて、ふかふかほわほわ、温められてしまっている。以上です。今、ようやく鳥のお腹の下から頭だけ出せたところ。ああ、あったかい……。いや、もう、既にちょっと暑苦しい……。
「そもそも僕ら、卵じゃないのに……」
「まあそうよね。鳥さんからしてみると雛鳥みたいなかんじなのかもしれないけれど」
まず、僕としてはそもそも温められていることに納得がいかない。だって僕らは卵じゃないんだから!なのにこの鳥は、まるで卵でもあっためるようなかんじで温めてくるんだよ!どうしてあっためるんだ!
「何か考えがあったのかしら……?それともこれ、あんたの巣ごもりの時と一緒?単にお気に入りを巣に集めてるだけ?」
「うーん……かもしれない。けれどそれだったら、鳥の子達も集めそうな気がする」
「鳥の子全部集めたらここいっぱいいっぱいになっちゃうじゃない?」
考えてみても鳥の考えなんて分からないよ。だって鳥だし。只々、体と態度が大きくて、妙に偉そうで、それで自分勝手なこの鳥のことだから!分からない!
そして、僕らの頭上で鳥はなんだか満足気。あのね、君。僕らは満足とは程遠いところに居るんだからな!
「分からないけれど僕らを湯たんぽ代わりにしている気がしてならない」
「成程ね。そういうことなら納得だわ。つまり、私達って鳥さんにとって、適当に攫ってきてもいいあったかい生き物、ってことよね」
鳥がなんだか満足気なのもちょっぴり腹立たしいけれど、まあ、僕らを湯たんぽ代わりにして暖を取って、それで満足しているっていうことなら納得はいく。うーん、でも、その説は余計に腹立たしい……。
「……あー、なんかちょっと火照ってきた。暑いのよ、鳥さん。どっちかっていうと私達がゆたんぽっていうか、鳥さんがゆたんぽよ」
いや、でもやっぱり、僕らより鳥がゆたんぽ!
さて。そうして僕らが温められて1時間が経過した。鳥は未だに僕らを出してくれる気配が無い。皆無。試しに鳥のお腹の下から出ようとしてみたんだけど、胸より下の部分を出してしまうと、鳥に見つかってつつかれる。ひどいよ!
僕より諦めと割り切りが早いライラは、もうすっかり悟りを開いたような顔で『まあ鳥さんにとって必要なことなんだろうし、眠くなってきたし……』って昼寝しそうな勢いだ。うう、僕も昼寝してしまうべきだろうか。でも、ライラが隣でぬくぬくやられてるところだしなあ、なんだか落ち着かないよ。
でも、だからと言ってこのままじっとしているのも落ち着かないし。せめて、絵を描いていられたらいいんだけれど……。
……あっ、そうだ。
「ねえ、鳥。お腹空かない?」
僕は鳥に提案してみることにした。すると鳥は興味を引かれたみたいで、僕らを覗き込んで、首を傾げて、キュン。ああ、うん。そうだよね。君は食い意地が張っているもんね。
「おやつ出したいんだけれど、絵、描いていい?」
そして、食い意地が張っている鳥のことなので、こうして持ち掛ければ絵を描く許可は貰えるというわけなんだ。よし!これで絵は描ける!絵が描ければ大抵のことはどうでもよくなるのでこれでオーケー!
「……あんたいつもそれ持って歩いてんの?」
「うん」
すぽ、と鳥のお腹の下からスケッチブックと鉛筆と消しゴム、あと魔法絵の具一式を取り出して描き始めたら、ライラに呆れた顔をされてしまった。いや、でもね、こういうことがあるからこそ、この森ではいついかなる時でもお絵描きセットは持っているべきなんだよ。
それから、ライラがちょっと眠そうにしていたのでもう1セット、お絵描きセットを出す。僕の場合、絵を描ければ絵を描く道具を量産することができるからとても便利。
ライラのお絵描きセットを出していたら、鳥が『話が違う』みたいな顔で、キュン、と不満げに鳴いたので、しょうがない。鳥の為にパンをおやつとして描いて出した。妖精公園のメロンパンだよ。鳥はこれが好きなのできっと機嫌をよくすると思う。
描いて出したものを鳥に与えてみたら、案の定、鳥はご機嫌で、キョキョン、と鳴いた。そうだね。美味しいよね、これ。
……けれど、上機嫌ついでにお腹の下から出してくれないかな、と思ってそっと這い出ようとしたらつつかれてお腹の下に戻されてしまった。もう!
仕方が無いから、僕らは揃って鳥のお腹の下、ふわふわぬくぬくやられながら絵を描くことにした。鳥はメロンパンを食べたらどうでもよくなったのか、僕らが絵を描いていることには文句をつけてこない。折角ならお腹の下から出してくれたらいいのに……。
まあ、僕らとしても絵を描いている分には大抵のことがどうでもよくなるので……とりあえず、描くことにした。ええと、とりあえず手始めに、下から見上げる小憎らしい鳥の絵でも……。
さて。そうやって描いて一段落したところで、ライラも一段落したらしい。ふと顔を上げたら、丁度ライラも僕を見ていたのでちょっとびっくり。
「描けたの?見せてよ」
「うん。ライラのも、見せて」
描き終わって目が合ったなら、早速見せ合いっこだ。……ただ、ライラのスケッチブックを見せてもらったら、僕が描いてあった。真剣な顔で鳥を描いている僕の絵。……その、なんか、落ち着かない!
「な、なんで僕を描いたの?」
「他に描くもの、鳥さんくらいしかいないじゃない」
「まあそれはそうなんだけれど……」
僕、この世界に来て色々な人をたくさんモデルにしてきてしまったけれど、こうやって自分がモデルになるのは不慣れなんだよなあ。うう、なんだか恥ずかしい。
「で、あんたは鳥さんを描いたってわけね」
「うん。このアングルから鳥を見上げることになるのも珍しいかと思って」
一方、ライラはライラで僕のスケッチブックを見てけらけら笑っている。まあ、我ながら鳥が迫力満点に描けました。満足。
それから僕らは絵の講評に入る。互いに、『ここはこうしたらいいんじゃないかな』とか『ここがいいわね。鳥さんの小生意気なかんじがよく出てて』とか、『こういうの真似してみたい』『やっていいわよ。ところでこれどうやってんの?』とか、そういう話をする。僕ら、互いに絵を描く話が大好きなので。
「ところであんた、最近あっちの世界ではどうなのよ」
更に話は派生して、絵に関係ないところまでやってきた。まあ、鳥はまだ僕らを出してくれる気配が無いので、雑談するのも悪くないよね。
「うん。それなりに楽しくやってるよ。カフェのマスターのところでアルバイトを始めたら、お客さんが増えてマスターが『久しぶりに程よく忙しい!カフェとはかくあるべし!』って喜んでくれてる」
「へー。よかったじゃない。……でも、あんたが魔王を連れてく頻度を見てる限り、あそこのマスターはまだお鍋焦がしてるのね?」
「あ、うん。それはまあ……」
まずは僕の近況報告から。
最近、僕は例のマスターのカフェで働くようになった。要は、アルバイト。
そうしたらお客さんが増えてマスターは大喜び。僕も適度に忙しくて楽しい。ええと、カフェに来るお客さん、変わってる人が多いんだ。猫の耳が生えていたり、身長20㎝くらいだったり、ふわふわ浮いてたり、ちょっと透けてたり、ちょっと先生に似た雰囲気だったり……。
……うん。まあ、そう。例のカフェ、なんだか、妖怪とか怪異とかの溜まり場になっている気がしてならない。のだけれど……まあ、悪い気配はしないし、マスターも『変なお客さん達だ!これは飽きなくていいぞ!』って大喜びなので、もういいや、ってことにしています。
それから、大学での話も。……最近、大学の方でもばたばたしていたのだけれど、でも、毎日忙しくて楽しいよ、って。あと、遂に教授達にまで冗談めかして『精霊様』と呼ばれるようになってしまった……。
でも、寒さに耐えかねて僕の手の中に飛び込んでくるスズメを無碍にはできないし、キャンパス内の植物に元気が無かったら励ましてやりたくなってしまうし……。隠れてこっそりやっていても、何故だか見つかって『あっ精霊様が精霊様してる!』ってやられてしまうんだ。うう……。
……それから、ライラの方の話も聞く。
ライラは最近、王立美術館のコンクールに1枚出したばっかりなんだ。それで、見事に銀賞を受賞した。
王立美術館のコンクールは、僕とライラと龍のあれこれがあった後から少しずつ変わってきていて、コンクールの審査は次第に名札じゃなくて絵画自体を見るものになっていっているんだってさ。でも、今回の金賞は貴族の人の作品らしいから、まあ……ライラの銀賞は、実質の優勝なんじゃないかな。多分ね。
それから、ライラは藍染の方でも評価されつつあるんだよ。
ほら、ソレイラのお祭りでファッションショーをやる度に、ライラの藍染の布が出るから。それで最近は『ソレイラの染め物のあの深い青が美しい!』って話題なんだそうだ。
それで、ライラが染めた布を求めて王都の人達がやってきているんだそうで……ええと、なので今、ライラはあっちこっち忙しいんだよ。布の販売はさらさら洋裁店さんに任せてしまっているけれど、そこに布を定期的に卸している訳だし、テキスタイルデザインもやっていて、それも忙しさに拍車をかける原因になっているし……。
「ま、嬉しい悲鳴、って奴よね」
「うん。分かる」
僕もライラも、お互いに忙しいわけだけれど。でもそれって、楽しい忙しさなんだ。毎日が充実している、っていうかんじかもしれない。
最近では僕の両親も、僕があまりにも楽しそうに毎日過ごしているからか、なんだかつられて楽しそうにしてくれることがある。僕はそれが案外嬉しかったみたいだ。
「そういうわけで……えーと、鳥さん?そろそろ私達のこと、帰してくれない?」
……そう。そんな忙しい僕らだからこそ、今の状況は余計に大変なんだよ。
だって、忙しいのに鳥が僕らを温めるから!もう!
「ねえ、鳥。もう出ていいよね?」
僕、もそもそ這い出してなんとか鳥の巣の縁へ。……けれど、縁に手を掛けた途端、鳥は僕の服の裾をくちばしで咥えて、そのままずりずりと僕を引きずり戻しにかかるんだ!
そして、僕が鳥に捕まっている間に僕を囮にしてライラが脱出を試みたんだけれど、ライラはライラで、服の裾を鳥の足で捕まえられてしまっていた。ライラもそのままずりずりと戻ってきた。あああ……。
「出られないね……」
「出られないわね……」
そうして僕ら、また鳥のお腹の下。僕らをお腹の下に収めて、鳥はキョキョンと満足気。ああもう!
「はー……しょうがないからここで次の布のデザイン、考えようかしら」
「あっ、それは嬉しい。僕も見たい」
「いいわよ。えーとね、次はこういう柄、どうかと思って」
仕方が無いので、僕らはスケッチブック続投。ライラが次に染める予定の藍染の布のデザインを考え始めたので横から眺める。
……今、ライラがやろうとしているのは『ろうけつ染め』っていう奴だ。模様を蝋で描いて、それを藍で染めていく。最後に熱湯で洗って蝋を落とすと、蝋で描いた線が白く残っている、っていう染め方らしくて、まあ、その模様の案がなんとも綺麗なんだよ。
「遠くから見たらただのグラデーションみたいに見えると思うのよね。でも、近くで見ると細かくレースみたいな模様が入ってるの。悪くないでしょ?」
「うん。とてもいい」
「で、よーく見るとこの列は魔王柄なわけよ!どう!?」
「アニメーションみたいになってる……魔王が走ってでんぐりがえりして、っていうのが続いているのがなんともいいね」
ライラと話しながら、デザインを見ていくと、途中に魔王がデザインされていたりして、何とも可愛らしい。これ、染め上がった布をスカートか何かにしてライラが身に付けていたら、デザインされている通りに魔王が走ってやってきてでんぐり返りしてくれそうだ!ああ、その光景、早く見てみたいなあ。
……と、そうしている間に日が暮れて、暗くなってきてしまった。
「あの、鳥。そろそろ帰りたいんだけれど」
もういい加減いいよね、と思って鳥をつついてみたのだけれど、鳥はまだ何か満足できないらしくて、念入りに僕をつついてお腹の下に戻してきた。ああああ……。
「あの、鳥さん。私そろそろお腹空いたんだけど……」
更に、ライラがそう訴えると、なんと、鳥はちょっと首を伸ばして、巣の傍の食糧貯蔵庫からパンとか木の実とかハムとか(つまり大体、僕の家から盗んでいったもの)が出てきた。……これで晩御飯にしろってことだろうか。ひどい。
「……今夜は泊まっていくしかないんだろうか」
「まあ……鳥さんにあっためられてると、風邪は引きそうにないけど」
まあね。風邪は引かないと思うよ。この、過度にふかふかほかほかの鳥のお腹の下に居れば……。
「ライラはいいの?」
「しょうがないじゃない。鳥さんが放してくれないみたいだし。あんたは?」
「僕は、まあ……いいけど……うう、癪だなあ」
「鳥さん相手じゃしょうがないって」
ライラは諦めちゃったみたいだし、しょうがないから僕も諦める。暗くなってきちゃったし、少し食料をお腹に入れたら眠くなってきてしまったし、寝るしかない……。
……と思っていたら、僕よりずっと思い切りのいいライラはもう、寝息を立てていた!ああ、ライラってこういう時にもすっぱりぱっきりした判断が持ち味なんだ。元々なんだか眠そうにしていたし、丁度よかったのかもしれないね。
うう、隣でライラが寝てると落ち着かないよ。僕ら、鳥が念入りにしまっておこうとするものだから、本当にすぐ隣同士なんだ。すぐ隣に女の子が寝てる状態だなんて、落ち着かない、落ち着かない……。
『落ち着かないよ!』という抗議の意を込めて鳥をつついてみるのだけれど、鳥は相変わらずのふわふわなものだから、さふ、さふ、と僕の手は鳥の羽毛に埋もれて終わりだった。このやろ……。
鳥は落ち着いたもので、もううとうとし始めている。ああ、人を攫ってきておいて、なんだか満足気な寝顔だ!なんてやつだ!
……鳥が寝ている今なら大丈夫かと思って、そっと鳥のお腹の下から出ようとしてみたのだけれど、駄目だった。鳥は寝ぼけながらしっかり僕をしまいこんでくれました。
ああもう、しょうがないから僕も寝る!ライラは……ライラが居ると落ち着かないけれど!でも、ライラは森の子だし、僕だって森の精霊なわけなんだから、鳥に抱卵されながら僕がライラを抱卵したっていいはずだ!もう開き直った!僕は開き直ったぞ!
僕は森、僕は森、と意識を切り替えていったら、少し落ち着いてきた。同時に、ライラがすやすや寝てるの、可愛いなあ、って思う。うん。そうなんだよ。ライラは可愛い。元気に絵を描いていたかと思ったら、寝る時は静かになっちゃって、森としてはそれがとっても愛おしい。
「あったかくしてお休み」
鳥の巣を少し漁ったら毛布が出てきたから、ライラにかぶせておく。まあ、鳥のお腹の下に居たら、不要かもしれないけれど。でも、人の子はすぐ風邪をひくから……。
……そうして気づいたら、朝になっていた。鳥の羽毛に太陽の光が乱反射して眩しい。
「んんー……」
そして僕の腕の中では、ライラが寝ていた。もそもそ、と身じろぎしはじめたので、僕は慌ててライラを放す。うわうわうわうわ!僕、僕、すっかり森になってライラを温めてしまっていた!大変だ!これだから僕は!
「ん……あー、トウゴぉ、おはよ……」
「お、おはよう……」
僕がわたわたしている間に、ライラは寝ぼけ眼をこすりつつ起きてきた。鳥も流石に、僕らを解放する気になったらしくて退いてくれた。途端に寒くなるんだから、やっぱりこの鳥、相当あったかいんだなあ……。
「あーあ、なんだかよく寝ちゃったわ。すっきり」
「そ、そっか……」
ま、まあ、僕も森気分でよく寝ちゃって、幾分すっきりしているんだけれど。でも、ライラは本当に肝が据わっているというか、なんというか……。
「……ところであんた、寝てる間に変なことしてないでしょうね」
「し、してないよ!」
ライラがなんとなく、じとっ、とした目で僕を見てくる!あああ、僕は何もしてません!何かしたとしたら、それは、鳥!鳥のせい!
それから朝ごはんを食べた。ええと、鳥が用意してくれたよ。まあ、つまり、僕の家から盗っていったものだけれど……。
前、フェイと一緒に鳥の一日を観察したことがあったけれど、あの時、小鳥に飲ませていたみたいに太陽の蜜を飲ませようとしてくれた。けれど流石にそれは遠慮した。
だって、鳥に口移しで蜜を飲まされるのは人間としてどうなんだろうっていう気がしたし、その、何より……その、ライラに蜜を飲ませた後、そのまま僕にも飲ませようとするから!
鳥にはこういう感覚が分からないんだろうけれど、人間っていうのはね、間接的にだって口づけはそうそうしないものなんだよ!間に挟まっているものがコップとかじゃなくて鳥だったとしても同じことだよ!
「……なんか、私、雛鳥だと思われてんのかしら」
「う、うーん……そうかもしれない」
一方のライラは、もう諦めの境地らしくて、鳥にされるがまま、太陽の蜜を飲まされたり、果物を食べさせられたりしている。
……その、太陽の蜜を飲まされているライラが、ライラの言う通り、なんだかちょっと雛鳥みたいに見えてしまって、その……森の気分がむくむくしてきてしまう。うう、確かに、かわいい森の子達のことは抱きしめて温めておきたくなってしまうし、餌を与えたくなってしまう……。
そうして朝食後。
僕らはあっさり鳥の巣を脱出できてしまった。鳥も何か満足したのか、もうつついてくることはなかったし。うう、結局、鳥に振り回された1日だった……。
「結局鳥は何がしたかったんだろうか」
「さあ……」
家に帰る道すがら、ライラと一緒に鳥の動機を考えてみるのだけれど、結論は出ない。まあ、だって、鳥だし。
……でも、なんとなく、鳥の気持ちが分からないでも、ないんだよ。かわいい森の子を自分の巣に入れて温めておくのって、なんだか幸せな気分になってしまうものだから。
「もしかしてあの鳥、なんとなく寂しかったから代わりに僕らを巣に入れておいたんだろうか」
「……鳥さんってそういう考え、あるの?」
「分からないけれど……」
あの鳥が寂しがるところ、あんまり想像できないけれど。でも、なんとなく、あの鳥も森の子を慈しみたくなる時があるんじゃないか、っていう気がする。まあ、やり方が大分自分勝手だけれども……。
「……まあ、変な一日だったわね」
「うん。本当に……」
ライラと『やっぱりあの鳥、変なやつだよね』という話をしつつ、僕は今回の一件でなんだかむくむくしてきてしまった森の気分をどう落ち着けようか、ちょっと悩む。
まさか、ライラを巣に入れてあっためるわけにはいかないしなあ。レネなら付き合ってくれそうだけれど、でも、別に巣ごもりっていう訳でもないし。うう、どうしよう。なんだか僕、鳥の自分勝手に感染してしまったみたいだ!
……と、その時。
まおーん。ぽてぽてぽて。
そんな、福音のような音が、聞こえてきたんだよ!
「魔王!」
思わず呼べば、魔王は干し柿が入った籠を抱えたまま、まおん?と首を傾げつつ立ち止まってくれた。なので、僕は、僕は……。
「ごめんね魔王!ちょっと抱卵させて!」
まおーん!と驚く魔王には申し訳ないのだけれど、少しだけ、僕の巣で温められてほしい!ごめんね!ごめんね!
「……もしかして、精霊は全員こうなるもんなの?」
「わ、わからない……」
……そうして僕は、家の傍に巣を作ってそこで魔王を抱えていることになった。ああ、落ち着く!
やっぱりこれ、精霊の習性なんだろうか。簡易巣ごもりみたいな。……うう、ライラがなんかにやにやしながら僕を見てくるのが恥ずかしい。
「もしかすると鳥さんも今のあんたと同じで、なんかあっためたい気分だったのかもね」
「鳥と一緒っていうのは、なんだか癪だなあ」
僕としては只々、遺憾の意、なのだけれど。でも、鳥も僕も精霊なわけで、となると鳥はこういう気分だったのかもしれないし、僕も鳥と一緒……あああああ。僕は鳥よりは傍若無人じゃない精霊でいたいのに!同じ穴の狢、同じ巣の鳥だなんて!
「ちょっと自信を失いそうだ……」
「ちょっと自信を失ってるあんたってなんかいいわね。描かせなさいよ」
「ああ、そう言う間にもう画材出してる……」
……まあ、ライラがなんだか楽しそうに僕を描き始めたので、もういいや、ってことにしようかな。あと、僕の腕の中で温められて、魔王がなんだか心地よさそうに『まおーん』とのんびり鳴いているので……。
「あらっ?」
と思っていたら、ライラが素っ頓狂な声を上げた。ついでに、ぱひゅん、と、僕の視界の端を何かが飛んでいった。……頭を動かして見てみたら、えーと、多分、ライラの魔法絵の具が勢い余って飛んでいったところ、だったみたいだ。
「どうしたの?」
「いや、魔法絵の具で描こうと思ったんだけど……んー?えいっ、えいっ……ちょ、なんで落ち着かないのよこの絵の具!」
ライラの手元では、魔法絵の具がぴょこぴょこ、勝手に動いてしまっているように見える。えーと、多分、ライラの制御が上手くいっていなくて、勝手に動いちゃうっていうか。そういう。
……ええと。
「ねえ、ライラ。もしかしてライラ、魔力が増えてない……?」
この症状は多分、僕がかつて、魔法画の練習をしていた時の、アレに似ていると思うんだよ……。
「成程ね!つまりあれは、私の巣ごもりだった、ってわけ!」
「そうみたいだね」
ということで、結論。
多分、今回ライラが鳥の巣に攫われてしまったのは、ライラの魔力が増えて不安定になってしまったので、鳥が強制的に巣ごもりさせた、っていうことだったみたいだ。
多分、僕が攫われたのは安定剤としての役目。フェイの時と一緒。まあ、そういうことなら納得はできるよ。僕には巣ごもり安定剤としての実績があるので……。
「理由が分かっちゃえばスッキリするけどさ。でも、はあー……何よお、私、ドラゴンでも精霊でもないんだけど」
「そ、そうだよね。ごめん……」
今回、ライラの魔力が増えちゃったのは、その、本人の成長とかもあるんだろうけれど……もしかすると、この森にライラを置いておいてしまっているから、なのかもしれない。僕のせいで、森の魔力がライラに染み込んでしまって、それで……。
つまりそれって、ライラの人間離れっていうことだ!ああ、どうしよう!森の子が森っぽくなってくれるの、嬉しいんだけれど嬉しく思っちゃ駄目だよね!?ごめんね、ライラ!僕のせいで、僕のせいで……あと、多分、鳥のせいで!
どうしよう。どうしよう。どうやって埋め合わせしたらいいんだろうか。こういう時の責任の取り方が分からないよ!
……どうしようかなあ、と、ライラの方を見てみる。見るの、ちょっと怖いけれど。ライラがショックを受けてしまっていたらどう励まそう、なんて考えて……でも、ライラは僕が思ったようなショックは受けていないみたいだった。
「ま、いいけど。これで、今までよりも長時間、魔法画描いてられそうだし!使えなかった絵の具も使えそうだし!」
ショックどころか、なんだか元気だった。
……そっか。まあ、そうだよね。そうだ。僕ら、絵を描いて生きている生き物達なんでした。
「へへへ、あんたが使ってるその絵の具、使ってみたかったのよねー」
「あ、これ?ゴルダのお山の鉱石の」
「そうそう!あんたがこないだお土産に持たされてきたやつ!あれ分けて!それからさ、あんた、でっかいキャンバスの在庫、無い?あったら頂戴!後で倍量返すから!今ならでっかいキャンバスに一気に魔法画で描けそうなのよ!」
「分かった。ええと、絵の具はこれ。キャンバスは描いて出すから返さなくていいよ」
ライラのお絵描き欲は最高潮みたいだ。藍色の目をきらきらさせて、『あれやりたい!これ描いてみたい!さっきトウゴがやってたやつやってみるわ!』と意気込んでいる。
僕が大きめのサイズのキャンバスを描いて出すと、ライラは『ありがと!早速やってやるわー!』と、キャンバスを抱えて走っていった。ああ、荷物を持って走ったら危ないよ。ライラの足元に木の根っこが出ていたのを慌てて引っ込めて、ライラの進路を確保する。
……そうしてライラが絵を描きに行ってしまったので、僕は息を吐いて、改めて、腕の中に抱っこしてしまった魔王を撫でてみる。
魔王はぬくぬく気持ちよさそうに、まおーん、まおーん、と寝息を立てている。……ええと、多分、寝息。多分ね。
森としての目で、生き生きとしているライラを眺めながら、のんびり魔王を抱っこして巣ごもり。これが何だか、今の僕には丁度いいみたいなのだ。えーと、つまり……。
「……ライラの方は解決したみたいなのに、僕の方、戻らないな……」
ライラは魔力が一回り大きくなって元気に絵を描きに行ったのに!僕の方は、なんだか森の子を温めたい気分のままだ!落ち着かない!落ち着かない!
なので、その、もう少しだけ、もう少しだけ、魔王を温めさせておいてほしい!ごめんね、魔王!なんだか僕、僕……森の子を温めるのが癖になってしまいそうだ!
ライラの為だったんだからしょうがないけど……でも、ひどいよ!このうずうず、どうしたらいいんだ!
ああもう!鳥のせい!大体全部、鳥のせいだ!鳥!
コミックス5巻の予約が1月15日発売となっております。よろしければそちらもよろしくお願いします。




