鍋と幸せ
森はもうすっかり冬。生き物たちは巣ごもりを始めているし、木々も眠りに就いて春の芽吹きを待っている。チラチラと雪が舞うようになって、もう森はうっすら、白くなってきているんだよ。
……さて。そんな森、およびソレイラなのだけれど、今日は雪や霜以外でも、白い。
「さあトウゴさんも腹いっぱい食ってってくださいね!」
そう。今日のソレイラ、騎士団の詰め所の裏手では、ほこほこ立ち上る湯気が景色を白く彩っているんだよ。
「なんてったって、我らがマーセン隊長とインターリアの息子の生誕祭だ!沢山食って飲んで、お祝いしなきゃあな!」
本日、森の騎士団詰め所では、新たに生まれた子のお祝いがてら、パーティを開いています。
きっかけは単純。それでいて最高におめでたいやつ。そう、マーセンさんとインターリアさんの間に人の子が生まれたんだよ。それが、秋の始まりの頃の話。
騎士団の皆は、もう、それはそれはお祝いした。とてつもなく盛大に。楽しく。……そして僕も、森の子達の間に子供が生まれて、なんだかとっても嬉しくて、秋なのにぽんぽん花を咲かせてしまったし、うっかり実りを大豊作にしてしまって、その……まあ、ちょっと、浮かれすぎました。反省。
けれど、僕らがお祝いする一方、マーセンさんとインターリアさん、そして新たに生まれてきた小さな命は、まあ、産後で体力が尽きていたのと、生まれたてほやほやなのとでお祝いには参加できないわけだ。
インターリアさん曰く、『ソレイラの加護なのか、ありえんほどの安産だった……』とのことだったのだけれど、それでも命を生むのって、大仕事なわけだし。……ということで、赤ちゃんが安定して、そしてインターリアさんが元気になった今日この頃。ようやく、主役の3人を交えたお祝いができるという訳なんだよ。
さて。騎士団のお祝いは、とっても冬にぴったり。
庭には石を積んで簡易的なかまどがこしらえてあって、その上には大きな鍋。鍋の中では、ぐつぐつと具材が煮えている。
騎士団のお祝いの料理は、お鍋。こうやって大きな鍋でたくさんの具材を煮込んで、皆で食べるのが彼らの楽しみらしいんだよ。
お鍋も色々な種類がある。例えば、マーセンさんがにこにこしながら煮込んでいるのは、トマトをベースにミートボールがころころ煮込まれているトマト鍋。トマトの旨味と甘酸っぱさ、それにミートボールのコクのある旨味に煮込まれた野菜の美味しさに、色々合わさってとてもおいしい。
ラオクレスはじゃがいもと塩漬け肉、それに香草少々をじっくり煮込んでコショウを効かせた塩味の鍋。シンプルすぎるくらいにシンプルなお鍋なのだけれど、これがとても美味しいんだ。僕、これがとっても気に入ってしまった。また今度、ラオクレスに作ってもらいたい。
一方、情報通な騎士さんが煮込んでいるのはなんと、味噌鍋だ!……案の定というか、まあ、味噌の出所は先生だ。先生が教えたレシピなんだってさ。流石は情報通。
あと、骨の騎士団が作っているお鍋もあった。……出汁が効いてて美味しかったんだけれど、その、まさかとは思うけれど、この出汁って、骨の騎士達が……いや、やっぱりいいや。
……と、まあ、こんなかんじに、いろんな種類の鍋料理があるので、とても楽しいし美味しいし、まるで飽きることが無い。
騎士の皆さんはそれにお酒も飲んで、いかにも楽しそうな様子だ。中には、お酒で肉や野菜を煮込んだ酒鍋なるものもあって、それなんかはもう匂いだけで酔ってしまうらしいよ。
……何せ、僕が『何のお鍋だろうか』って見に行ったら、騎士の皆さんが『トウゴさんにはまだ早いですよ!』『トウゴさんを酒鍋に近づけたと知れたらエドに殺されちまう!』って慌てて、僕を抱えて退避させてくれたので……。僕、その、騎士の皆さんはちょっと過保護なんじゃないかと思うよ!
「インターリア!貰ってきたわ!さあ、食べてね!こっちは玉ねぎがとろとろでおいしいのよ!それでこっちは、マーセンさんが作ったトマト煮込みだわ!」
「ふふ、ありがとうございます、カーネリア様」
「いいのよ!だって私、おねえちゃんですもの!」
……そしてその中で楽しそうな2人。『冷やすといけない!』と、クッションふわふわ、毛布もふもふ、にされているインターリアさんと、そんな状態で動けないインターリアさんにせっせと鍋のお椀を運ぶカーネリアちゃんだ。
いや、インターリアさんの腕の中またはその横のベビーベッドの中いずれかには、小さな赤ちゃんが入っているわけなので、3人と言うのが正しいわけだけれど。
「ふふ、我が夫のトマト鍋はいつも絶品だな」
「そうなの!そうなの!マーセンさん、とってもお料理上手なんだわ!これ、とっても美味しいわ!」
インターリアさんとカーネリアちゃん、とっても楽し気にお鍋を食べている。そうだよね。僕もマーセンさんのトマト鍋、好きだよ。
「この子はまだ、お鍋は食べられないのね」
「そうですね。乳以外のものを食べるのは、まだもう少し先です」
腕の中の赤ちゃんに、『ね』と話しかけるインターリアさんは、なんというか、お母さん、というかんじで、その……描きたい。描きたくなったから僕は描きました。満足。
「この子がもっと大きくなったら、一緒に遊べるかしら」
カーネリアちゃんはそんなことを言いつつ、つん、と赤ちゃんのほっぺをつついた。いかにも柔らかそうで滑らかで瑞々しいほっぺは、カーネリアちゃんにつつかれる度、ふに、ふに、と形を変えてなんともかわいい。
「私、インターリアが私に読んでくれたみたいに、この子にご本を読んであげたいわ。でもやっぱりもうちょっと大きくなってからの方がいいかしら?」
「そうですね……でも、きっとすぐに大きくなりますよ。その時はこの子に本を読んでやって頂けますか?」
「勿論よ!任せて!」
カーネリアちゃんはそれはそれは嬉しそうににこにこしている。すると赤ちゃんもにこにこするものだから、不思議だ。
「はわあ……かわいいわ。ちっちゃいわ。不思議ね。赤ちゃんって……」
「そうですね。私も日々、何と不思議な生き物だろうと思って育てていますよ」
また改めて赤ちゃんを覗き込むカーネリアちゃんは、目をきらきらさせている。そうだね。こんなに小さな生き物が育って大きくなるんだから、人の子って不思議だなあ、って僕も思うよ。
「何せ、発光しながら浮きますし……」
……でも、流石にそれは不思議すぎると思うよ!
「あ、あの、インターリアさん」
「おや、トウゴ殿。どうされましたか」
ちょっと待って、という気持ちで近づいていくと、インターリアさんはにっこり笑って出迎えてくれた。いや、あの、嬉しいんだけどそうじゃなくて。
「この子、光りながら浮くんですか?」
「え?ええ。そうですね。光りながら浮いていますよ。ベビーベッドの上で浮いていることが多いですね」
……どうやらこの赤ちゃん、本格的に不思議らしい!
「そ、それ、大丈夫なんですか?」
「む?何か問題でも?」
「いや、問題ないならいいんだけれど……」
インターリアさんは『特に問題は無いのでは?』っていう顔をしているし、カーネリアちゃんも『光って浮くのは素敵なことだわ!』っていう顔をしているので、ええと、もしかして、この世界ではこれが普通ですか……?赤ちゃんが光って浮くのは珍しいことじゃないのか……?いや、でも、不思議だとは思われてるし……。
「この子の不思議なところはそれだけじゃないのよ、トウゴ!」
「えっまだあるの?」
僕が『森の子の子に異変が!』と悩んでいたら、カーネリアちゃんが嬉々として、更に教えてくれた。
「この子ね、自力でお布団をかぶるのよ!」
……えっ。
「それ、大丈夫なんですか?」
「まあ、気づくと布団をかぶっているし、自力で布団を剥ぐのか、暑くなってきたら肌掛け以外跳ねのけていますし。大丈夫そうですね」
ねー、と、インターリアさんもカーネリアちゃんも揃って赤ちゃんに話しかけているけれど、その、その……この赤ちゃん、少々出来が良すぎやしないだろうか!
「それから、時々、蔓や若葉とじゃれています」
「しかも、この子の傍にお花が咲くのよ!不思議でしょう?」
「あ、それは不思議じゃないですよ」
でもこっちは不思議じゃないよ。
うん。僕、時々指を伸ばして赤ちゃんをあやしてることがあるんだ。えーと上手く蔓を使うと、抱っこしたり、撫でたりもできるので……。
……あっ。
「もしかして、光ったり浮いたり、布団をかぶったりするのって、妖精の仕業なのでは」
「えっ」
「ああ……確かに、妖精さん達がインターリアに内緒で赤ちゃんをあやしてることがあるわ!」
もしや、と思って、近くに居た妖精の方を見てみたら、『その通り!』とばかりに妖精達が胸を張った。成程、赤ちゃんを光らせて浮かせたり、布団を掛けなおしたり退かしたりしているのは妖精だったか。ああ、びっくりした!どうやら、怪奇現象の原因は、妖精達が僕と同じことしてるせいだったようだ!
「でも、お花が咲いたり、葉っぱがあやしてたりするのは妖精さんのお仕事じゃない気がするのだけれど……」
あ、うん。……ええと。
「ええと、その、それは……それは、森の仕業です」
……ああ、インターリアさんとカーネリアちゃんが、揃って暖かい笑顔で僕を見ている!あああああ……。
うう、目の前で花を咲かせたり、柔らかい蔓で抱っこして揺らしたりすると赤ちゃんは喜ぶので……でも、もうちょっと控えた方がいいかもしれない……。
それからしばらく、カーネリアちゃんとインターリアさんと赤ちゃん、という3人組を見ていたのだけれど、その内マーセンさんがやってきて4人組になった。……なんだか、こうしてみると4人家族みたいだなあ、と思う。カーネリアちゃんは別に、2人の子、ってわけじゃないはずなんだけれど。
でも、カーネリアちゃんは赤ちゃんの手をつついたり、ほっぺをつついたりしては嬉しそうにしてる。赤ちゃんも、カーネリアちゃんにつつかれるのが好きなのか、なんだか楽しそうにしてるんだ。それで、そんな子供達を優しく見守るマーセンさんとインターリアさん、というのが、なんだか家族に見えてしまう。
これって、彼らが皆、暖かくて優しい心を持っているからなのだろうなあ、と思う。お互いのことが好きで、大事で、だからきっと、家族に見えるんだ。
リアンとカーネリアちゃんが『家族』なのも、そういうことじゃないかな。多分ね。
「なんかいいなあ……」
つい、そんなことを呟いてしまう。ライラじゃないけど、『なんかいいのよ』ってやつかも。
目の前の『4人家族』の姿は、とても暖かくて、見ていて幸せな気持ちになれて、なんだか、少し、憧れてしまって……。
と、その時。
「あらトウゴ。何がいいの?」
振り向いたら、いつの間にかライラが居た!ああもう、びっくりした!びっくりした!
「あ、びっくりさせちゃったか。ごめんごめん」
「いや、まあ、びっくりした、けど……」
ライラのせいじゃないよな、っていう気分と、でもびっくりしたよ!っていう気分とで複雑な気持ちになっていたら、ライラは持っていたお椀とスプーンを僕に渡してきた。お椀の中身は、クリームシチューみたいだ。
「ほら。あんたも食べたら?」
「あ、うん、ありがとう」
お椀とスプーンを受け取って、クリームシチューを掬って食べてみる。……すると、なんだかとてもおいしい。
野菜の旨味がじんわり染み出ていて、何より、とてもミルキーで美味しいんだ。なんでだろうなあ。
「これ、すごく美味しいなあ」
「……そう?ならよかったわ」
あれっ。僕、てっきりこのシチューも騎士の誰かの作なのかと思ったけれど、もしかすると……。
「これ、ライラの作?」
「そうよ。ま、ちょっと頑張ったわ。でもその分、皆に喜んで食べてもらえるのって気分いいわよね!」
そっか。これ、ライラが作ったシチューだったんだ。道理で美味しいわけだよ。僕、ライラが作ってくれるシチューが好きなんだ。なんだかあったかい味がして、幸せになれる。
「鳥さんがね、夜の国土産にミルク鳥のお肉を持って帰ってきてくれたのよ。ってことは、まあ、これでシチューでも作ってトウゴに食べさせろってことかな、って思って」
……けれどその言葉は聞き捨てならない!
「え、いや、あの……なんで僕に?」
「だってあの鳥さんだし」
あ、うん、そっか。ええと……いや、うーん、どうなんだろうか、それ。鳥が持って帰ってきたからって、僕に食べさせる目的だとは限らないんじゃないかな。いや、確かに、あの鳥に何かを食べさせられた経験は僕が一番多いと思うけれど、それにしたって、抱卵の為に魔力を揺らして発熱させる道具だったし。
「……あの鳥はライラのことも大いに気に入っているみたいだから、すごく純粋にライラへのお土産なんじゃないだろうか」
「あの鳥さんが素直にお土産なんて持って帰ってくると思う?」
「いや全く」
「よねえ」
……まあ、あの鳥のことなので。動機は全く分からないのだけれど、とりあえず、あの鳥も偶にはプレゼントみたいなことをするらしい、っていうことで、いかがでしょうか。
「で、何が『なんかいいなあ』だったのよ」
あ、そういえばそんなこと聞かれてたなあ。シチューの美味しさと、その前に急に呼ばれたびっくりとで忘れてしまっていたけれど。
「カーネリアちゃん達が家族みたいで、なんかいいなあ、って思って」
でも、今もカーネリアちゃん達の方を見れば、そこには素敵な家族の姿がある。カーネリアちゃんも含めて4人の、温かい光景があるんだ。
「成程ね。確かにあそこ、4人家族ってかんじよねえ」
ライラもそっちの方をみて、にっ、て笑う。
「リアンも負けてらんないんじゃない?『家族』としてさ」
「いや、リアンとしては、むしろその方がいいような気もするけど……」
「え、そう?」
「うん。男としては、そう思います」
ほら、リアンは、その……カーネリアちゃんのことを、妹とか、そういうのとして好きなわけではないので。だから、あんまり『家族』になっちゃうと彼としては辛いんじゃないかと思うのだけれど。
……ライラが『男としては、ねえ……』とか言いながら、じと、と僕のことを見てくる。うう、分かってはいるよ。僕はどうせ、男らしくはないよ!
「……ま、確かにあれ、なんかいいわねえ」
「うん。そうなんだよ」
僕らは並んで、のんびりカーネリアちゃん達を見守る。
カーネリアちゃんは相変わらず、赤ちゃんを眺めたり、インターリアさんやマーセンさんと順番こに赤ちゃんを抱っこしたりしながら楽しそうに過ごしている。彼女は立派なレディで、立派なお姉ちゃんだ。
「皆幸せそうで、本当に良かった」
カーネリアちゃんと赤ちゃんを見守るマーセンさんとインターリアさんもなんだか幸せそうで、僕は見ていて嬉しくなる。森の子達が幸せそうだと、僕も幸せなんだよ。
「……ねえ、トウゴ。あんた、また森になってない?」
「え?……え、ええと、なってる?」
「なってそうな気がするけど」
え、え、あの、それは……うん、確かにちょっとだけ、森になっていたかもしれない。うう、僕は人間、僕は人間……でも、人間だって森だって、大好きな人達が幸せそうにしていたら幸せだっていうことに変わりはないよね?
「……なんかあんた、幸せそうにしてるけどさあ」
うん。僕、幸せです。お鍋は美味しくて、皆楽しそうで、幸せそうで……。
「なんか、いいわね」
……でもそれは分からない!
結局、ライラの『なんかいいわね』はよく分からなかったけれど、ひとまず『皆幸せそうなのは良いことだ』っていうところで2人の意見は落ち着きました。そうだよね。ライラもやっぱり、そう思うよね。
赤ちゃんは森の騎士達や骨の騎士達、ソレイラの人々に見守られてすくすく育っているところだけれど、只々どうか健やかに幸せにあってほしいな、と思うんだよ。
それで……いつか、大きくなったら、一緒に絵を描いてみたいな。絵に興味があるかは分からないけれど。もし、あったら。ね。
……ちなみに。
その後、鳥が遊びに来て騎士達からお鍋を分け与えられていた。当然のように、ライラ作のシチューも食べていった。キョキョン、と満足気だった。
どうやら、ライラへのミルク鳥の肉のプレゼントは、『食べたいから調理して!』っていうことだったみたいです。まあそうだよね。あの鳥だもんね……。
コミックス5巻の予約が既に始まっております。もしよろしければどうぞ。