女王陛下のお仕事見学
「じゃあ、今日一日、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」
僕とアンジェは、お互いにぺこんぺこんとお辞儀する。見知った仲でも挨拶は大事だ。
「一日、妖精の国をたのしんでいってね!」
ぽかぽかのお日様みたいににっこり笑うアンジェに僕は頷いて返して、今日の見学会……妖精の国の見学に、改めてわくわくすることになった。
きっかけはすごく単純で、リアンが『アンジェって妖精の国でどういうことしてるんだろうな……』ってぼやいてたのを聞いたからだ。
いや、勿論、アンジェから話を聞いてはいるんだよ、僕ら。アンジェはよく喋ってくれるし、リアンはそれをよく聞いてる。それで……それで、アンジェが妖精の国の女王様として、『今日はたんぽぽの綿毛の検品作業をした』とか『お昼寝の場所の争奪戦を鎮めてきた』とか、『おやつに使うくるみの実を妖精の国総出で拾い集めてきた』とか、そういう仕事をしているっていうのは、聞いてる。
聞いてはいるのだけれど……その、聞いただけで分からない仕事も多いんだよ。何せ、妖精の国のお仕事なので。
というわけで今日は、僕とリアンとカーネリアちゃん、そして妖精の国を見学してみたかったらしい先生と一緒に、僕らは妖精の国の見学会に参加させてもらうことになったというわけなんだよ。
「あのね、一日のさいしょのお仕事は、おさんぽなのよ」
さて。妖精の国の朝はゆったり。仕事の始めは皆でのお散歩から、らしい。
一応、ただのお散歩じゃなくて、見回りとか点検とかも兼ねているらしいのだけれど、アンジェが妖精達と一緒にきゃらきゃら笑いながら歩いていく様子を見る限り、その、楽しそうだ。只々、楽しそう。
「おお……妖精の国というのは不思議なものだなあ」
そんな光景を眺めながら、先生はあちこち、きょろきょろと見回している。
まあ、確かに不思議なものが沢山あるよね。妖精の国のお城は大きな大きな木をそのまま使っているようなものだし、光る木の実がランプになっていたり、大きなキノコが椅子になっていたり。百合でできたラッパを吹いている妖精が居たかと思えば、どんぐりの殻を使って小さなランプシェードを拵えている妖精も居る。
……妖精の国には植物が多いから、ちょっと、森に似ているかもしれない。まあ、妖精の国は森よりずっとずっとメルヘンな雰囲気なんだけれどね。
「あれは仕事してる内に入るのかぁ……?」
そして、そんな中でアンジェが仕事をしているようには見えないかもしれない。何せ、やっていることがお散歩だし。今も、道端にあった大きな大きなススキを抱えて、アンジェの身長くらいあるそれをふりふりやっているし。
「ええ!立派にお仕事だわ!ほら、見て!」
……けれど、アンジェがススキをふりふりやると、そこからぽやぽやと光が溢れて、道端の小さな芽に降り注ぐ。その周りで妖精達がくるくる踊って回れば、なんと。
「わあ、綺麗だ」
小さな芽がすらりと伸びて、ぽこぽこ、と白い花をつけた。どうやら、桔梗の花だったみたい。秋の気配がする花だね。
「あのね、このお花がおねぼうさんだったから、おこしたのよ。これもアンジェのお仕事なの」
アンジェが堂々と僕らに説明してくれる後ろで、寝坊していたらしい桔梗が照れている。……桔梗が照れている。何とも不思議な光景だ……。
「このお花はね、妖精さんといっしょに、お天気をみるお仕事をしてくれるの」
「お天気?」
僕らが興味深く見守る中、桔梗の花から、ぷく、とシャボン玉のようなものが生まれて、それがふわりと宙に浮く。ふわふわ、と空に上っていくシャボン玉を妖精達が追いかけて、何かを真剣に記録して……。
そして、シャボン玉がほやんと空気に溶けるように消えてしまった後で、妖精達は記録した何かを持って戻ってきた。
「うん……うん……そっか。ええとね、あのね、今日はお昼に雨がふるでしょう、って。それで、明日はちょっぴり暑い日になるから、ひんやりしたおやつにしましょう、って!」
なんと、どうやらこの桔梗は気象予報士らしい。……いや、桔梗がそうなんじゃなくて、周りの妖精達がそうなんだろうか。よく分からないけれど……。
アンジェが僕らに説明してくれている間にも、妖精達は何か準備し始める。どうやら彼らは、今日と明日のお天気を妖精の国中に伝える役割らしい。彼らは桔梗が吐き出したシャボン玉にとぷんと潜り込むと、そのシャボン玉に入ったまま、ぷかぷかと空へ飛んでいった。
……うーん、分かってはいたけれど、妖精の国って不思議だなあ。
アンジェのお散歩はそのまま続いた。
道端でひっくり返ってわたわたしていたキノコをひっくり返し直してあげたら、キノコはぺこんとお辞儀して、てけてけ走って去っていった。
小さくて丸っこいフグみたいな不思議な魚が鰭をぱたぱたさせて空を飛んで、空に虹を掛けていた。
おしべから金粉を零す花の周りでは妖精達が金粉採取に励んでいたし、その横では二十日大根みたいなものを引っこ抜いていたのだけれど……その二十日大根、なんと、蕪の部分が宝石でできていた!これには森としてもびっくり!
「面白いなあ。森も中々に不思議なところだが、妖精の国は妖精の国で随分と不思議なところだね」
「メルヘン、ってこういうかんじなのかなあ」
先生は只々興味深そうにあれこれ見ては、メモを取っている。どこかで何かに使うつもりなのかも。
「リアン!ねえ、これとっても美味しいわ!宝石みたいなのに、瑞々しくってシャリシャリしてて、美味しいのよ!」
「えっ、それ食い物なのか!?」
その横では、妖精から『どうぞ!』と宝石二十日大根を渡されたカーネリアちゃんが、宝石二十日大根をそのまま齧って目を輝かせている。ああ、これって、食べ物なんだ……。
「それはね、おさとうでコトコトにても、美味しいのよ。おつけものにすると、カリカリして美味しいの。最近、新しくできたひんしゅ、なのよ」
アンジェが説明しつつ、僕にも『どうぞ』と宝石を渡してくれる。一口大の、蕪の形の宝石だ。大根とか蕪とかに似た、アブラナ科っぽい葉っぱが生えている宝石だから、違和感があるけれど。
「トウゴおにいちゃんが描いた宝石にしょくはつされた妖精さんがね、これを作ったの」
横の方では妖精が『どうだ、すごいでしょう!』とばかりに胸を張っている。そっか、僕に触発されたのか。それは僕としてもなんだか光栄です。
……宝石二十日大根は、ちょっとだけ硬い皮をシャリッと噛み破ったら、中は瑞々しくて、柔らかくて……あの、もしかしてこれ、宝石じゃなくて、琥珀糖を参考にしましたか……?
それから僕らは『たんぽぽの綿毛乗り場』なる場所へ到着。ここからお城に帰るのよ、というアンジェの言葉を不思議に思っていると、なんと、大きな傘くらいある大きな大きなたんぽぽの綿毛を手渡された。柄の部分は地面に着くくらい長くて……ええと、本来種がある部分に足を置く場所がある。成程ね。
「ここに足を片方おくの。この長いところをしっかりつかんでおいてね。それで、いっせーの、で風に乗ってね」
「分かったわ!ぴょこん、ってやれば大丈夫かしら!?」
「うん!ぴょこん、ってしたらそのまま、お城まで運んでもらえるの」
僕ら全員、傘ぐらいの大きさのタンポポの綿毛を持っているところだけれど、ええと、これを持ったまま、ぴょこん……?ジャンプすればいいんだろうか。
「途中で落ちたりしないか?大丈夫か?」
「うん。だいじょうぶよ、おにいちゃん」
カーネリアちゃんはすぐに『分かったわ!』ってなるのだけれど、リアンは先に『大丈夫か?』が来ちゃうらしい。多分、妖精の国への適性がより高いのはカーネリアちゃん……。
「トーゴ。妖精の国というのはなんとも……何とも不思議なところだなあ!」
「うん。僕もそう思っていたところ……」
そして僕と先生もリアンと一緒に戸惑いながらも開き直って、『もうどうにでもなれ!』っていう気分でたんぽぽの綿毛にぎゅっと掴まる。
「じゃあ、いくよ!いっせーの!」
アンジェの声に合わせて、皆で一斉にジャンプ。すると、途端に風がふわっと強く吹いて……わあ。
「飛んでる……」
「う、うわっ、ほんとに飛ぶのかよ!」
僕ら全員、ふわっ、と風に乗って飛び上がって、そのままふわふわ、飛んでいく!
「すごいわ!すごいわ!お空を飛べるなんて!妖精さんは普段、こんな気分で飛んでるのかしら……あら?妖精さんは羽があるのに、たんぽぽの綿毛も使うの?」
「お城まではちょっと遠いから、疲れちゃうんだって」
僕らと一緒に、何匹かの妖精達もたんぽぽの綿毛で飛んでいく。そっか。やっぱり長距離飛ぶと疲れちゃうのか。分かるよ。僕もそうだし。
「これは非常に貴重な経験だなあ!さながらメリーポピンズのようではないか!」
そして先生は大興奮。リアンよりはしゃいでいる。流石は先生だ!
「実は、台風の日に傘をさしていたら風に巻かれてそのまま空を飛んでしまう……という夢を見た経験ならあったんだが。まあ、やはり夢で見るよりも実際の経験だなあ」
「そっか。うん、確かにこれも経験だよね」
ふわふわ、とたんぽぽの綿毛で飛ぶ経験なんて、中々他ではできない。完全にコントロールはたんぽぽの綿毛がやってくれているみたいだし、僕らは本当に、ただふわふわ運ばれているだけ。
……眼下には、妖精の国のメルヘンチックな風景が続いている。あ、今、湖で何か跳ねた。魚かな。それとも、水の妖精さんだろうか。向こうの方では大きな木に実った宝石みたいなものを削り出してランプを作っているらしい妖精が居るし、こっちでは花の蜜を集めているらしい妖精が居る。
うーん……妖精の国遊覧飛行ツアー、っていうかんじかもしれない。すごいなあ、これ。よし、折角だから描いておこう。たんぽぽの綿毛は片手で捕まっておけばいいみたいだし、もう片方の手でスケッチブックを開いておけば、あとは魔法画で描ける。うーん、やっぱり魔法画って便利……。
妖精のお城に着いたら、自然とたんぽぽの綿毛が下降していって、ふわっ、と着陸。すごいなあ、これ。どういう技術なんだろう。ソレイラにも導入できるだろうか。いや、やめておいた方がいいな、多分……。
そして到着した僕らは早速、妖精達に歓迎されている。『今日人間が来るよ』っていう話は妖精達にもう伝わっていたみたいで、たんぽぽの綿毛着陸場には多くの妖精が詰めかけていた。なので辺り一面、きらきらした風景……。
「みんな、こんにちは!今日はおきゃくさまが来ています!おぎょうぎよくね!」
妖精達はアンジェの言葉に答えているのか、きゃらきゃら、しゃらしゃら、とちょっと騒がしい。
「……アンジェが妖精達のまとめ役してるってのは知ってたけどさ」
そんなアンジェを見て、リアンはなんだか、感慨深げな顔をしている。
「実際にそうしてるの見ると、なんか、アンジェって本当に妖精の国の女王様になったんだな、ってかんじ、する」
「うん。そうだね」
……アンジェが妖精の国の女王様になろうとした時、リアンは反対していた。あの時の様子、僕、忘れてないよ。
けれど今、リアンはアンジェのことを優しい目で見てる。『やりたいことができてるんならよかった』って、そういう目で。
「……僕は、ああ、リアンってアンジェのお兄ちゃんなんだな、って思ってるよ」
「へ?そ、それ、どういう意味だよ」
「特に他意は無いよ。ただ、アンジェを見てる目が優しくて、お兄ちゃんっぽかったから」
僕の言葉にリアンはなんだか照れてしまったようで、照れながら怒って見せていたんだけれど、まあ、こういうところも含めて、リアンはいい奴だなあ、って僕は思うんだ。
森の子であるリアンがお兄ちゃんとして健やかに成長しているみたいで、僕としてはやっぱり感慨深いんだよ。
妖精のお城は、前と同じだ。巨大な木と大理石のお城が混ざったような、そんなかんじ。不思議な調度品があったり、不思議な植物があったり、っていうのも前回同様。
……ということで、今、子供達よりも先生がはしゃいでいます。
「おおお!実にメルヘンチックだ!アンジェ、アンジェ。このお花は何だい!?水を吐き出しているが!」
「このお花はね、ふんすいのお花なのよ。お水をこうやって出すのがしゅみ、なんだって」
「趣味!?趣味で水を吐いているのか!すごいなあ!じゃあこっちは!?こっちのキノコは!?」
「妖精さんをくすぐる、ほうし?を出すキノコです!」
先生はあれこれ不思議なものを見つけたらアンジェに聞いて、すごいなあ、すごいなあ、と目を輝かせてはメモにペンを走らせっぱなしだ。ううーん、大人気ない。でも、先生っぽくていいと思うよ。
「ウヌキ先生が一番落ち着きがねえなあ」
「まあ、この中で唯一の、妖精の国に初めて来た人だから……」
リアンは呆れているけれど、でも、先生とアンジェを見ながら、なんだか楽しそうだ。アンジェが先生にあれこれ説明しているのを見るのがリアンとしては楽しいんだろうなあ。
「ウヌキ先生は大人気ない大人だけれど、でも、大人っぽくしようって思ってるつまらない大人よりずっといいと思うわ!」
「そうだね。僕もそう思う」
まあ、折角の妖精の国だから、先生みたいに全力で楽しんだ方がいいと思う。僕も先生を見習って、たくさん描かねば……。
「ええと、きょうのすけじゅーる、はね、お昼まで、学者さんのけんきゅうほうこくを聞くの。それからおひるごはんで、それから会議、なの」
お城の玉座の間に到着すると、そこでは妖精達がお茶を用意して待っていてくれた。なのでそこで水分補給。ここでおやつを食べるとお昼ご飯が入らなくなってしまうので、お茶請けは和三盆糖みたいな小さなお砂糖菓子。
「おお……妖精の国の研究報告とは。実に興味深いね!是非傍聴させてほしい!」
「うん。妖精さんたちも、『へんな人間の方に聞いていただけるなんて、こうえいです』って言ってるよ」
「おおおお!僕は変な人間の方、か!いや、嬉しいね!ありがとう、ありがとう」
先生は近くでにこにこしている妖精達と一匹ずつ、握手していく。妖精式の握手なので、まあ、つまり、先生が指を差し出したら妖精がそれに、ぎゅ、とくっつく、というやつ。
「ウヌキせんせーってさあ、妖精からしてみても変なやつ、なんだな」
「なんだか僕も嬉しい……」
「私も嬉しいわ!ウヌキ先生の変なところがちゃんと妖精さんにも伝わってるの、すばらしいことだと思うの!」
握手して回る先生を見ながら、子供2人と僕はそういう感想です。まあ、僕としてはね、先生が嬉しそうなのを見ていると、つい嬉しくなってしまうので……。
それから僕らは、妖精の国の学者達の研究報告を聞くことになった。
……とは言っても、僕ら、妖精の言葉は分からないので。何が発表されているのかは分からないのだけれど……。
「おお、受けているなあ……実に楽し気だ……」
「な、なあ、トウゴ。研究報告、って、こういうかんじなのか?妖精がこういうかんじなだけか?」
「ええとね、多分、妖精がこういうかんじなだけだと思うよ」
妖精達の研究報告は、雰囲気が、その、大分、ラフ。
まるで劇とか落語とか漫才とか見てるみたいに、一斉に笑ったり、おおーっ、みたいな反応をしたり。中には野次を飛ばしているらしい妖精も居るし、拍手する時は全員満面の笑み……。
「あっ!もしかしてこれ、変身おやつの新作発表なんじゃないかしら!?」
「成程、そうみたいだ……すごいね」
ちなみに、今発表されているものは多分、新作の変身おやつについての研究。妖精公園の屋台で見覚えのある妖精が、人参の形のクッキーをぽりぽり食べて、馬の耳と尻尾を生やしたところで拍手喝采。僕らも一緒に、拍手。
……それからも研究発表は続いて、大きな大きなシャボン玉をこしらえた妖精も居れば、ぴかぴか光を放つ宝石みたいなものを見せてくれた妖精も居たり、はたまた観客にぽふんと煙を浴びせて寝かしつけてしまう妖精も居て、とにかくバラエティに富んだ研究が沢山見られた。
ええと……最後の、寝かしつけ煙の研究は、ラオクレスの手には渡らないように気を付けなければ!寝かしつけられてしまう!
それからお昼ご飯。妖精達が作ってくれたナポリタンを頂いた。……何故ナポリタンなんだろうか。そもそもナポリタンって、この世界に存在したのか。ちょっとびっくり……。
「……うん?なんだかこれ、どこかで食べたことがある味だな」
「うん。僕も……」
そんなナポリタンを食べつつ、僕と先生は首を傾げている。すると……。
「あのね、最近、妖精さんは、ウヌキ先生いきつけのかふぇ、でお料理のおべんきょう、してるんだって」
……とんでもない衝撃的な事実が明かされてしまった!
なんと、妖精達……多分、あのマスターのカフェで勉強しているらしい!なんてこった!妖精が、現実の世界にまで!
「へー。これ、トウゴとウヌキ先生の世界の食い物なのか」
「なんだかおいしいわ!ちょっぴり懐かしい感じがするの、何故かしら……?」
妖精の異世界進出はさておき、まあ、ナポリタンは美味しい。リアンとカーネリアちゃんにも好評だ。
「あらっ!そこの妖精さん!お口の周りがソースだらけだわ!」
……ただ、妖精はナポリタンの食べ方が、ちょっと下手みたいだ。ああ、口の周りがケチャップだらけに!
「あのね。妖精さん、次はこーひー?っていう飲み物、作れるようになるんだって!」
「いや、コーヒーの勉強をしたいなら別のカフェに行くことをお勧めするぞ」
「うん。コーヒーの勉強なら、あのカフェ以外にしておいた方がいいよ」
それから妖精さん達!あのカフェでコーヒーの勉強はしちゃだめだよ!あのカフェは……あのカフェは、コーヒーだけは美味しくないと、専らの評判なんだから!
お昼ごはんが終わったら、妖精の国の会議が始まった。アンジェは女王様だから、妖精の国の会議を調停する役割なんだそうだ。
「それでは、ほんじつのぎだいは、『おひるねに使う毛布について』です」
……まあ、妖精の国なので。議題はとても、のほほん、としているのだけれど。でも、妖精もアンジェも、とても真剣な表情だし。僕らものほほんと聞いてはいられない。真剣に聞かなければ。
「……うん。そうね。アンジェもね、そう思うよ。おひるね法がせいていされたから、みんなが楽しくおひるねできるように、国がしえんするひつようが、あるの」
アンジェは妖精達のしゃらしゃらした言葉を聞いては真剣に返事をしている。妖精達もアンジェの返事を聞いて、ふんふん、と真剣に頷いているんだ。
それから、妖精達は実際の毛布を持ってきて、皆で手触りや被り心地を確かめ始めた。自由な会議だなあ!
「花びらの毛布はすべすべでいいにおいがするけれど、ちょっとさむいから、鳥さんの羽の毛布と合わせたらいいと思うの。ええと、人間の子は、ちょっとさむいとね、すぐかぜひきさんになっちゃうのよ」
アンジェも、薄桃色のすべすべした毛布や真白いふわふわした毛布を被ってみて、あれこれアドバイス。妖精達はそれを真剣な顔でメモしている。
「授業参観に行く親の気持ちが少し分かったかもしれない」
「そうだなあ。なんだかそういう気分だ。グループワークに勤しむ親戚の子を眺めている気分だな……」
会議中のアンジェを見守る僕らの気分は、まあ、そんなかんじ。多分、授業参観ってこういうかんじだと思うんだ。
まあ、うちの親はちょっとまた違う目的で……『学校側はきちんとした授業をしているのか』とか、『そもそも自分の息子は学校でもさぼらず勉強しているのか』とか、そういうのを参観もとい監視するために学校に来ていた気がするけれど……。
「アンジェはちゃんと議長さんができてるのね。なんだかちょっぴり大人っぽいわ!」
「議長って普通喋らねえんじゃなかったっけ?……いや、まあ、いいのか。妖精の国だし、妖精達とアンジェがやりやすいようにやれば」
アンジェを見守るカーネリアちゃんと、何よりリアンが、なんだか嬉しそうにしている。
……リアンは、アンジェが妖精の国の女王様になるの、ちょっと反対していたわけだから、その、結構複雑な気持ちなのかもしれない。でも……でも、アンジェが楽しそうに生き生きと議長さんをしているのを見るのは、多分、リアンも嬉しいんだろうな。そういう顔をしてる。
うん……リアンがこういう奴だから、アンジェは幸せだと思うよ。
会議の途中でお昼寝の時間がやってきた。なので会議は『じゃあ、実際に毛布を使ってみましょう』っていうことになって、お昼寝タイムに突入。
……花びらや鳥の羽、たんぽぽの綿毛やソラマメの鞘の内側のふわふわなんかを使った毛布を被って、妖精達もアンジェも、お昼寝してしまった。
「なんだかかわいいわ!ああ、何かしら、この気分……とってもかわいいわ!かわいいわ!ぎゅっ、てしたくなっちゃうの!」
「分かる分かる。僕も時々、森の子をぎゅっとやりたくなってしまう」
保護欲、っていうんだろうか、こういうの。可愛らしいなあ、愛おしいなあ、って思うと、ついつい、ぎゅっと抱きしめたり、毛布でくるんだり、巣に入れたりしたくなっちゃうこのかんじ……。僕だけじゃなくて、カーネリアちゃんにもこういう気持ち、あるみたいだ。よかった!
お昼寝が終わったら、おやつ。
今日のおやつはブラウニーとマシュマロ。あと煮干し。……煮干しは『ウヌキ先生のご自宅で生産されたものを輸入しました!』とのことだった。ああ、妖精の国がなんだか庶民的なかんじに!
おやつが終わったら、また会議。『毛布はこれがよかったからこれを軸に改良してみよう』みたいな結論が出て、それから次の議題は『森の精霊様の魔力によって妖精がどんどん増えていますが、どうしましょう?』というものだった。……えっ。
「ぼ、僕のせいで妖精の人口爆発が……!?」
「トウゴの影響ってこういうところに出るんだな……」
どうしよう、どうしよう、という気持ちで会議を見守っていた僕だけれど、会議している妖精達は真剣な顔をしようとしていても、いつのまにやら笑顔になってしまう、という様子なので……ええと、そんなに深刻なかんじじゃ、ない?
「ええと、あの、女王より、ていあん、です。お菓子屋さんではたらく妖精さんが増えすぎちゃうなら、もうひとつ、お菓子屋さんを作ればいいと思います!」
アンジェがそう発言すると、妖精達は皆、しゃらしゃらぱたぱた、喜びの声と思しき声を上げて、にこにこ笑顔。……えっ!?そういう問題なのか!
「妖精公園のやたいも、多分、ふやしてもいいと思うの……あの、トウゴおにいちゃん。妖精公園に妖精さんのやたい、ふえても、いい?」
「うん。勿論いいよ。妖精公園を訪れる人は段々増加傾向にあるし、これからもお客さんはある程度まで増えていくと思うから」
今の妖精公園は、ソレイラの町の飲食店が日替わり持ち回りで屋台をやったり、妖精が屋台でパンや変身おやつを売ったり、魔王がワッフルやチュロスを売ったりしているのだけれど、まあ、屋台が増える分にはそう問題は無いと思うよ。魔王のワッフルチュロス屋さんも気まぐれ経営だし……。
「ありがとう、トウゴおにいちゃん!……だって!みんな、よかったね!ひまでたいくつな妖精さんも、お菓子屋さんできるね!」
わさわさしゃらしゃら、妖精達の歓声が上がる。成程……妖精達にとって、人口増加で大変なのは、仕事が少なくて暇になることなのか!確かに、妖精の国は衣食住に困らない素敵な国なんでした。
こうして、『明日の議題はどこにお菓子屋さんを作るか、に決定!』というところで会議はお開きになって、妖精の女王様のお仕事は終了。午後4時になったら退勤。お疲れ様でした。
「おにいちゃん!おにいちゃん!」
「アンジェ!お疲れ様!」
退勤したアンジェは、妖精の国の女王様じゃなくて、リアンの妹。森の子だ。リアンに飛びついて、きゃあきゃあと歓声を上げている。
「お疲れ様、アンジェ!とっても立派な女王様だったわ!」
「えへへ、カーネリアおねえちゃん、ありがとう!」
そこにカーネリアちゃんも混ざって、子供達は3人できゅうきゅうくっついてまるでお団子の様相。なんだか可愛らしいなあ。こうなってしまうと、普段大人びているリアンも、年相応の子供、っていうかんじがする。
「いやはや、妖精の国は非常に興味深い所だった。アンジェ、本日はお招きいただいて本当にありがとう。良い筆の餌になったよ」
「お役に立てたなら、こうえい、です!」
先生も高い背を屈めてアンジェに笑いかけて、アンジェに照れてとろけた笑みを向けられている。それを見た先生も、思わずとろけた顔になってる。気持ちは分かるよ。なんとなく、アンジェやカーネリアちゃんを見ているととろけた顔になっちゃうことがあるので……。
「アンジェは立派に女王様やってるんだな」
そんな中、ふと、リアンがそう零した。その顔は穏やかで、嬉しそうで、でも少し寂しそうだ。
「兄ちゃん、ちょっと安心した。お前がちゃんとやれてるって、分かってよかった」
多分、リアンの表情は、子供の巣立ちを見送る親鳥のそれに似ている。リアンはアンジェを育ててきているわけで、実のお父さんよりよっぽど親みたいなものだから……余計に、なんじゃないかな。
「そう?ほんとに?」
「うん。本当に。……頑張ってるな、アンジェ」
リアンが笑いかけると、アンジェの表情はみるみる明るくなっていって……。
「……ありがとう!お兄ちゃん!」
ぎゅっ、とリアンに抱き着いたアンジェの上から、妖精達がきゃっきゃと花びらを撒く。ふわふわひらひら落ちてくる花びらに祝福されながら、こうして、授業参観……ええと、公務参観?は、終了したのでした。
多分、今回一番嬉しかったのはリアンとアンジェだったと思うけれど、でも、僕も、森の子の成長を見られて嬉しかったよ。
……そうして後日、サフィールさんから『妖精洋菓子店2号店がうちのお隣に出店することになったようだな!』と喜びのお手紙が届いたんだけれど、まあ、それはまた別のお話……。