ゴルダの夏祭り
「わあ……すごい……」
「中々盛り上がってるじゃん。いいねえいいねえ、俺、こういうの好きだぜ」
賑やかなゴルダの町を、フェイとラオクレスと一緒に歩く。
街並みやそこの人々の様子を見ていると、描きたい気持ちでいっぱいになってしまう。けれどそこで、ちょっと隣を見てみると……そこには、じんわりと嬉しそうで、少しそわそわした表情のラオクレスが居るんだよ。
「ラオクレス、嬉しい?」
僕が声を掛けてみると、ラオクレスは虚を突かれたような顔をして、それから、苦笑気味に笑って僕の頭を撫で始める。
「ああ。……自分が離れた後の地元の祭りを見られるというのは、嬉しいものだな」
ラオクレスが嬉しそうなので、僕も嬉しくなってしまう。
……そんなゴルダのお祭りに、僕ら3人は来ています。
きっかけは、ほら、この間のアレ。えーと、生贄の女の子がゴルダの精霊様のところに来てしまった時の一連のアレ。
あれをきっかけにして、ゴルダの人々は精霊様の為にお祭りを開こう、と頑張ってくれたみたいだ。そうしてお祭りが無事に開催される運びとなりましたので、今日、僕らはゴルダの精霊様からお誘いを受けて、遊びに来ている。
「やっぱりソレイラの祭りとは結構違うよなー」
道を歩きながらフェイが感心したように言うのだけれど、僕もまさにそう思っていたところだよ。ソレイラで開かれる祭りは、こう、『花祭り』とか『騎士団主催の夏祭り』とか『枝豆収穫祭』とか『豊穣祭』とか『雪祭り』とかそういうかんじで……えーと、ソレイラ独自のものが多い。
うん、そうなんだよ。僕もびっくりしていることに、ソレイラには『枝豆収穫祭』ができてしまった……。いや、僕が悪いんだけれど。僕が、精霊様は枝豆がお好きですよ、なんて言ってしまったから、それで皆が僕に枝豆をお供えしてくれるようになって、それが発展して『枝豆の収穫期に枝豆を精霊様に捧げる祭り』なんてものができてしまったんだ。うう、ちょっと恥ずかしい。
「あれはソレイラの祭りが特殊なだけだ」
「あー、それもそうか。あれはウヌキ先生が監修したり、妖精が頑張ったりしてるもんなあ……花祭りとか、そうだよなあ」
「枝豆収穫祭も他では絶対に無いな。枝豆はソレイラの特産品だ。あのような豆は他では見ないぞ」
ソレイラには僕や先生が持ち込んだ異世界文化が結構しっかり出てしまっているから、当然、お祭りもそういうかんじ。妖精の魔法が加わったら余計にそういうかんじ。
……なので、僕にとって今回のゴルダのお祭りは、初めて見る『純粋な異世界の』お祭り、ということになる。
「やっぱ食い物も違うよなあ」
お祭りの通りを歩いていると、当然のように屋台があって、食べ物を売っている。
ゴルダの食べ物は、やっぱりソレイラとは違うみたいだ。ソレイラには野菜や果物が多いので、野菜のスープとか、果物のから揚げとか、枝豆パンとか……お肉にしても、串焼きを森のハーブで味付けしたものとか、そういうものが多い。
一方、ゴルダは鉱山の町なだけあって……結構、食べ物が力強い。そんなかんじだ。
「あれ、なんだろう」
「ん?……うおっ!なんだあれ!?」
早速、僕らは見慣れない食べ物を見つけて立ち止まる。見た目は、骨。……ほ、骨!?骨がある!屋台に骨が並んでる!不思議だ……。
「ああ、あれは骨髄焼きだな」
不思議がる僕とフェイに、ラオクレスが解説してくれる。現地出身の解説さんが居ると、分からないものが色々分かって、とても助かるね。
「骨髄……?骨の中身を食べるの?」
「ああ。まあ、脂っこいが、パンに載せて食うと、麦酒のつまみにはそう悪くない。そう多くは食えんものだが、たまに食いたくなることがある」
麦酒、というのはビールのことかな。ビールのおつまみにいい味、で、脂っこい、って……えーと、分からないけれど。
「よし!なら食ってみないことには始まらねえな!親父ー!1つくれ!」
早速、フェイが屋台に突撃していって、やがて、骨髄が載ったお皿を持ってきてくれた。
炭火でじっくり焼いた骨髄……らしいよ。塩と胡椒がしっかり掛かった表面がこんがりと焼けていて、なんだか美味しそう。
「では早速」
スプーンで骨の中を掬って、薄切りパンに載せて、食べてみる。……まるで、濃厚なムースか何かを食べているみたいだ。そして確かに脂っこい。けれど、強く利かせた塩っ気と胡椒の香りが合わさって、中々に美味しい。
「あー、確かにコレは酒が欲しくなる味だよなあ」
「だろう?……飲むか?」
そしてフェイとラオクレスはもう、お酒を飲み始めている!ゴルダの麦酒、ということらしいよ。氷の魔法でしっかり冷やされたそれを2人とも飲んで、なんとも楽し気。
「……僕も早く、飲めるようになりたいなあ」
こういう時、彼らがちょっと羨ましく思える。同じ体験を同じ時にできないんだから、その、未成年って、ちょっと不自由。
「……お前はこっちにしておけ」
けれど、お酒の代わりに、っていうことでラオクレスがジュースを買ってきてくれたので、まあ、未成年だからこその楽しみっていうものもあるよなあ、と思う。
ラオクレスが買ってきてくれたジュースはレモンの酸味がきゅっと利いていて、脂っこいものに合う味だった。まあ、これはこれで……。
それからまた別の屋台で、お肉の串焼きを買って食べてみたり、ミートパイを食べてみたり。
ミートパイはソレイラでも時々食べるけれど、ゴルダのミートパイは大分異なる食べ物だった。
ソレイラのミートパイは、トマトたっぷりの爽やかな味。けれどゴルダのミートパイは、お肉に内臓肉を合わせて挽肉にしたものを玉ねぎのみじん切りと合わせて強めの塩胡椒、っていうかんじの味だ。
内臓肉を使っているからか、とても力強い味わい。旨味も強くて、食感が少し特殊。噛み応えがある部分がちょっとある、というか。
「ゴルダの味付けって塩と胡椒が多いんだな。ちょっと新鮮だ」
ミートパイを食べて『うめえ!』ってやったフェイがそう言うので、そう言えばそうだなあ、と思う。ソレイラだと、色々な味付けがある。塩だったり、レモンを利かせてあったり、トマト味だったり。デミグラスソース味みたいな時もあるし、最近は先生が持ち込んだ醤油が普及し始めているし……。
「ゴルダの料理は、鉱山労働者のために作られた料理が多いからな。肉体労働で汗をかくと塩気が強い方が美味く感じる。だからだろう。岩塩が採れる場所も領内にあることで余計にそうなのだろうが……」
成程。この味は、ゴルダの土地の味か。確かに、沢山働いて動いて汗をかいた後はしょっぱいものをお酒やジュースと一緒に味わうのが丁度いいのかも。
「肉は鶏もあるが、牛が多いな。野生のものがそれなりに領内に出る」
「あ、この世界の牛って、野生なんだ……」
「いや、牧場で育てることもあるが……その場合は肉目当てというよりは、乳目当てだな」
成程、事情も色々だ。異世界情緒も味わいつつ、『ゴルダには乳製品も多いぞ』とラオクレスが買ってきてくれたクリームチーズのタルトをさくさく美味しく味わって、それからまた別の屋台にも目移りしてしまって……僕らは楽しく、屋台をはしごすることになった。
さて、そうしてお腹がいっぱいになった頃、丁度、ゴルダの通りを抜けて広場に到着する。
広場で真っ先に目に入ってくるのは、金のアクセサリーや金刺繍の服を身に着けて踊る人達の姿だ。
ゴルダは金の町だから、町の晴れ着には金が使われるものらしい。貧しい人でも、裾の方や襟の周りにちょっと金刺繍が入っているくらいの服なら用意できるくらい、金の供給が豊かなんだそうだ。こういうところに地方の独自性が出ていて面白いと思うよ。
それから、踊る人達のステップもまた、独自のものだと思う。ソレイラの人達は基本的には移民だし、妖精が見える人が多いので……その、色んな地方のダンスや妖精のダンスが混ざったソレイラダンスを踊る。(最近では先生が輸入してしまった盆踊りも混ざり始めてしまった!)
けれどゴルダの人達は、ずっとこの土地で受け継がれてきた伝統的なステップで踊っているみたいだ。
「ゴルダの踊りも綺麗だね」
描きたいなあ、と思ったので、もう描いちゃう。広場の隅っこの邪魔にならないところに座って、スケッチブックを取り出す。
広場は踊る人でいっぱいだ。道の脇とかでも踊る人が結構いたけれど、広場は踊るための場所みたいで、今まで通ってきたどこよりも踊る人が多い。おかげで描き甲斐があるっていうものだよ。
「トウゴぉー、お前、楽しそうだなあ」
「うん。綺麗なものを描くのは楽しいものだよ」
楽しそうな人々の笑顔。ゆったりとしながらも複雑に動く手足。しゃらしゃらと揺れる金のアクセサリーに反射する光。彼らの踊りは、すごく綺麗だ。
「綺麗、か……俺がここに居た頃は、まあ、綺麗だと思ったことは、特に無かったが。やはりお前の感性を通して見ると、あらゆるものが美しく見えるようだな」
ラオクレスはそう言って笑って、僕の頭を撫でる。
……その横顔がなんだかとても綺麗だったものだから、僕はつい、ラオクレスのことも描きたくなって……。
「……あっ」
「どうした」
ふと、気づいてしまった僕は、なんだかドキドキしながらラオクレスに聞いてみた。
「あの、ラオクレスも、あれ、踊れる?」
……ということで、ラオクレスが『少しだけだぞ』と前置きしてから踊ってくれることになった。
ラオクレスはゴルダの英雄だから、ラオクレスが広場の中央の方へ歩いていくと、すぐに歓声が上がって、ラオクレスはすぐ踊りの輪の中に迎え入れられる。
こういうダンスにはよくあるのかもしれないけれど、ゴルダのダンスも男女がペアになって踊るものらしい。積極的な女性が早速ラオクレスの手を取って、2人で踊り始めた。
陽気で明るくて、ちょっぴり荒々しい感じもするような音楽に合わせて、ラオクレスが踊っている。ラオクレスが抜群の安定感で支えながら、くるり、と女性が回って、その服の裾がふわりと揺れて、金のアクセサリーがしゃらしゃらと音を立てて……。
「おおー……やっぱ、地元に居るとラオクレスも表情が変わるよなあ」
そんなラオクレスを見ていたフェイがそんな感想を漏らしたので、僕も同意。その通り、その通り!だからこそラオクレスに踊ってみてほしかったんだ。こういう風に、僕が見たことの無い表情を見せてくれるから!
「なんか新鮮だよなー」
「フェイが同窓会の中に居た時みたいだ……」
「うおっ!?俺、そういうかんじだったのか!?なんか恥ずかしいなあおい」
フェイが同窓生達の中に居た時も思ったけれど、人ってやっぱり、その時居るコミュニティによって表情が変わるものなんだと思うよ。それを見せてもらえるのは新鮮で、ちょっぴり楽しい。
……あっ、もしかして、ライラやラオクレスが僕の高校の美術部に来た時、彼らも同じような気持ちだったんだろうか!?そう考えると、成程、確かにちょっぴり、恥ずかしい……。
ラオクレスは引っ張りだこで、色んな人からダンスのお誘いを受けては一緒に踊っていた。時折お酒を勧められたり、食べ物を勧められたり。ゴルダの人達の中心にいるラオクレスを見ていると、なんだか僕も嬉しい。『どうです、僕の騎士様は皆の人気者なんだぞ!』っていう気分だ。……別に、僕自身が偉いわけでもなんでもないので、その、ちょっと不遜な気もするけれど。
そうして日が暮れてきて、空が薄暗くなってきたころ、ようやくラオクレスは僕らのところに戻ってきた。
「すまない、遅くなった。少し踊るだけのつもりが……」
「いやいや、俺達も俺達で楽しんでたし、トウゴは楽しそうだったし、何も問題ねえよ!」
「うん、楽しかった!ほら」
ラオクレスは申し訳なさそうにしていたけれど、僕はとても楽しかったので何も気にすることなんて無いんだよ。ほら、僕のスケッチブックは新鮮な表情のラオクレスでいっぱい!
……ああ、スケッチブックを見たラオクレスが、ちょっぴり渋い顔になってしまった。これは照れている時の顔だ!うーん、新鮮。よし、描こう。
僕がラオクレスをまた描き終えた頃、ふと、知っている香りがふわりと漂ってきた気がして、そっちを見る。……すると、少し離れた所から1人の女性が、こっちを見ていた。
「あれ、クロアさん、来てたの?」
ということで声を掛けてみる。……いや、あの、何でクロアさんだって分かるのか、自分でも分からないんだ。だってクロアさん、変装してるから。今は長い茶色の髪の、少し地味な見た目の女性になってるから。でも分かっちゃうんだよなあ。不思議……。
「あらまあ……トウゴ君ったら、本当に不思議な子。どうしてトウゴ君には分かっちゃうのかしら」
やっぱりクロアさんだったらしい女性はこちらにやってきて、ぽふぽふ、と僕の頭を撫でてくる。ああ、撫で方もクロアさん。やっぱりクロアさんだ!
「えっ、クロアさんか!?全然別人じゃねえか!」
「あらありがとう、フェイ君。フェイ君みたいな反応を貰えると自信になるわ。まだまだ現役よ、ってね」
クロアさんはにっこり笑ってそう言った。その笑顔を見てフェイもようやく『おあああー、クロアさんだあ……』って納得。ラオクレスは僕らの後ろでびっくりして黙ってしまっているけれど、多分、ラオクレスも今の笑顔で納得したんじゃないかな。
「こんなところに、どうしてお前が居る?諜報活動か?」
「まあ、概ねそんなところよ。ゴルダの領主の最近の動向を見ておこう、と思って。ついでにお祭りがあるっていうから、少し楽しんでこようかしら、っていうところね。ソレイラでのお祭りの参考になるかもしれないし」
そっか。クロアさん、中々満喫しているみたいだなあ。『買っちゃった』って見せてくれた金細工の細い腕輪、ものすごくクロアさんに似合ってる。ああ、描きたい!
「それにしても、ゴルダも大分平和になったわね。皆楽しそうだし、活気があって悪くないわ」
クロアさんはにっこり笑って、ちら、とラオクレスを見た。
「ねえ、あなたから見ても、そう?」
「……そうだな」
ラオクレスもじんわり嬉しそうに笑って、ちら、とクロアさんを見て、また広場へ目を戻す。
広場の人達は楽しそうだ。ゴルダも色々なことがあった土地だけれど、それでもまた前向きに、明るく、楽しく暮らしてる。
僕はそれが嬉しいし、ラオクレスはきっと、もっとずっといっぱい嬉しいんだろう。……それでね、ラオクレスが嬉しそうだから、僕はまた余計に嬉しくなっちゃうんだよ。
そうして僕らが広場を眺めつつ、『さっきね、僕ら、骨髄食べてみたよ』『そういや細工もんも売ってるよなあ。俺も兄貴と親父に土産で買ってこうかなあ』『それなら広場南のお店がおススメよ。質が良かったわ』なんて話をする。男3人で回るお祭りもいいけれど、クロアさんが加わると途端に別の視線からの情報が入って、なんだか新鮮なかんじ。
『トウゴ君が好きそうなお菓子があったわよ』と言うクロアさんに対して、僕って何が好きだって思われてるんだろう、とちょっと不思議に思いつつ、ラオクレスが早速それを買いに行ったのを見送って、彼が買ってきてくれた小さな焼き菓子を食べてみて、『ああ、本当に僕が好きな味!』とびっくりして……。
……そうして広場の隅っこでお祭りを堪能していたところ、ゴルダの人達がぞろぞろとこちらへやってきた。
「オリエンス殿。少し、よろしいでしょうか」
何だろう、と思って見ていたら、なんと、近づいてきた人の先頭に居るのは、前回ゴルダの精霊様に生贄として捧げられていた女の子だった!
「これより、ゴルダの山の精霊様へ捧げものを供えに行くのですが……もしよろしければ、ご一緒にいかがですか?」
山へ捧げもの……って、生贄じゃない、よね?大丈夫だよね?ちゃんと、ゴルダの精霊様の気持ちは僕から伝えてあるから、また生贄を用意してゴルダの精霊様を困らせてしまうようなことは無いって、思いたいけれど!
「俺が、か?……いいのか?」
「勿論です!ゴルダの英雄たるあなたが共にお参りしてくだされば、精霊様もきっとお喜びになるでしょうから」
心配になりながら生贄の子を見ていると、その子、手に果物の籠を持っているのが見えた。なるほど、あれがお供え物……。あれなら大丈夫。あれなら、ゴルダの精霊様も貰って困らないやつだよ。
「ふむ……どうする、トウゴ」
そして一方、ラオクレスはゴルダの山へのお参りに、ちょっぴり参加したいみたいだ。ちょっとそわそわしていて、そわそわラオクレス。そんなラオクレスがゴルダの山で精霊様への祈りを捧げるのかな、って思ったら、ちょっとその光景を見たくなってしまった。
「描きたい」
「そうか……分かった。なら俺も参加させてもらおう」
ラオクレスは僕の頭を撫でて笑って、生贄の子にそう伝えた。よかった!これでお参りするラオクレスを描ける!
……それは嬉しいんだけれど、その、僕が描きたいかどうかで参加を決めるのはね、ちょっと狡いんじゃないかなって思うよ。ねえ、ラオクレス。
ゴルダの山を、人と一緒に登っていくのは初めてだ。……というか、ゴルダのお山に登ること自体が、ほとんど初めて。何せ僕、麓の方でゴルダの精霊様にご挨拶して、そのまま専用の道を開けて頂いて、そこを通って山の内部に入ることばかりしているので……。
そんなゴルダの山を、ゴルダの人達と一緒に登っていく。一応、ちゃんと山道が整備されていて、そこを行列になって登っていくかんじ。上り坂ばかりで少し息が上がってしまうのだけれど、まあ、運動になるし、こういう経験もきっと描くのに必要だと思うので、頑張って登る。
……そうして登って登って、山の中腹くらいまで来たところで、綺麗に飾られた竪穴が見つかる。成程、前回はここから生贄の子が飛び込んだんだなあ。
「では、皆で精霊様への感謝の祈りを捧げましょう!」
前回の生贄の子の呼びかけで、皆が一緒に祈る。僕も祈る。……ええと、『お疲れ様です。ゴルダの民をいつもお守り下さりどうもありがとうございます。うちのラオクレスも大変喜んでおります。』みたいな具合に……。
そうして皆で祈りを捧げたら、いよいよお供え物の奉納。なのだけれど……ちょっと風変わりなお供えの仕方をするみたい。
「ベールに包むのね。ふふ、少し風変わりで可愛らしいわ」
ゴルダの皆さんは、果物やパンや干し肉なんかを、綺麗なベールに包んで竪穴の中に落としていく。ベールの端がふわふわしながら穴へ落ちていくので、なんだか不思議なかんじ。
「ええ。精霊様はどうやら、ベールがお好きなようなので……」
生贄だった子がそう話してくれるので、そっか、と思いかけて……いや、多分それ違うぞ、と思い至る。
確かにゴルダの精霊様は前回、生贄の子が着けていたベールをそっと外して貰っていったわけだけれど、別にあれ、ベールが好きだっていうわけじゃ、ないんだと思うよ。生贄の子を帰してやらなきゃ、っていう気持ちと、帰っちゃうのが寂しい、っていう気持ちがあって、その折衷案がベールを貰うことだったんだと思うよ!
……まあ、でも。ベールがふわふわしながら穴の中を落ちていくのは、なんだか綺麗で可愛らしい見た目だし。どうも、山の中で精霊様が大変お喜びな気配があるので……あっ。
「あっ!何か穴から出てきた!」
「えっ、えっ、なんだこれは……?」
「精霊様からのお告げかしら?」
……竪穴から、ぴょこん、と、白い大きな蛾が出てきた。あっ、精霊様の騎士様。こんにちは。
そして蛾の騎士は、小さな金細工の花を運び出してきて……生贄の子の前に、それを落として、また穴の中へ帰っていく。……ゴルダの精霊様、嬉しくなっちゃったんだなあ!
突然のことに困惑するゴルダの皆さんの前に、またぱたぱたと数匹の蛾がやってきては金細工の小さな花を置いていくものだから、益々皆さん、困惑。
「あの、それ、精霊様からプレゼントみたいです」
あまりに皆困惑しているので、僕が解説に入る。いや、だって、このまま困惑されていたら、ゴルダの精霊様だって悲しいだろうし……。
「精霊様、とてもお喜びみたいなので……」
「ああ!あなたは!ソレイラの精霊町長と名高い、トウゴ・ウエソラ殿では!?」
「えっ!?えっ、あ、あの、確かに僕はトウゴ・ウエソラですけれど、僕は精霊様じゃないです!」
早速何か勘違いされているみたいだけれど、僕はあくまでも、精霊の声を聞いてソレイラの町長をやっているだけってことになってるはずなんだよ!
……ということでひと悶着あったけれど、無事、『僕は精霊じゃありません!』という主張が通った。ラオクレスが『そのあたりにしておいてやってくれ。主が困っている』って間に入ってくれたこともあって、スピード解決。ありがとうラオクレス。頼りない主でごめんなさい……。
「ええと……それで、トウゴ・ウエソラ殿。山の精霊様は、何と?」
「うーん……人の子がこうやって山に来てくれるのが嬉しいみたいです。それも、自分を思って贈り物をしてくれるなんて、とっても嬉しいみたいで……ベール包み、お気に召したんじゃないかなあ」
多分今頃、山の地下ではゴルダの精霊様の騎士達と精霊様とで、お祭り騒ぎなんじゃないだろうか……。いや、間違いなくそうだ。人の子達がこんなに自分のことを思って祈りを捧げてくれているんだから、当然、嬉しくなっちゃうよね。
「あの、是非また定期的に、お祭りを開いてください。精霊様、元気が出るみたいなので……」
「お喜び頂けているなら嬉しい限りですねえ」
「よかったー、精霊様は何にお喜びになるのか、よく分からなくて!」
「じゃあ年に2回は開催しましょう!夏と冬と、2回!いや、冬より秋の方がいいかな……?」
ゴルダの人達がお祭りの相談を始めたので、また、ゴルダの精霊様が嬉しくなっている気がする。……ちょっと様子を見てこようかなあ。
そうしてお参りが終わったところで、僕らはゴルダのお山へUターン。
「こんにちは、精霊様。お土産を持って参りました」
そして麓のいつもの場所で声を掛けると、ころんころん!と勢いよく岩が退いてくれたので、僕らはいつもの如く横道の中へ。
そのまま進んでいくと……わあ。
「……本当に嬉しかったんだなあ。うわー、この光景、ゴルダの人達にも見てもらいてえ」
「あらあら……お祭りの後のトウゴ君みたい」
そこでは、蛾の騎士達がふわふわ踊るように飛んでいて、そして、ゴルダの精霊様が、光り輝きながらふわふわ揺れていた。ああ、多分、ゴルダの民の祈りをたっぷり貰って、魔力たっぷり体調バッチリ、そして嬉しくて心がぽかぽか、っていう具合なんだろうなあ。茎も葉っぱもしゃっきりしてる。……あの、僕、お祭りの後、こうなってるの?ねえ、クロアさん。ねえ。
「ゴルダの精霊よ。此度はお招きいただき感謝する。……そして、祭りの開催を俺も心より祝っている」
そこへラオクレスが進み出て、ご挨拶。ゴルダの精霊様は、ゴルダ出身のラオクレスがやってきてくれたのが嬉しかったみたいで、雄蕊で頭をなでなで、とやっている。
「あっ、そうだった。精霊様。この度はお祭りの開催、おめでとうございます。これ、お土産です」
僕もご挨拶して、いつもの如くお土産の木の実を取り出すと、蛾の騎士達がふわふわと運んで行って精霊様の根本に置いた。……精霊様の根本には、ベール包みになっていた果物やパンがたくさん。ああ、精霊様、嬉しそうだなあ。
ちなみにベールは、岩の棚みたいなところにちゃんと収納してあるみたいだった。ああ、1枚1枚大切にされている!なんだか僕まで嬉しくなってきてしまう。
それから僕らは、ゴルダの精霊様にゴルダのお祭りの様子を話して聞かせた。ほら、ゴルダの精霊様は山から町を見下ろすようなかんじで様子を見ることはできるんだけれど、やっぱり、山から離れられないお方なので。
僕らの話は新鮮だったみたいで、ふんふん、と雌蕊で頷いてみせてくれながら、なんだかうきうきそわそわ、嬉しそう。僕、こんなに浮足立っているゴルダの精霊様、初めて見た。精霊の先輩で、どっしりと落ち着いたお方、っていう印象だったのだけれど……その、失礼かもしれないけれど、なんだか可愛らしいなあ。
「それで、ラオクレスってばよー、ゴルダの女性達に大人気で!あっちこっちからダンスのお誘いがかかって引っ張りだこだったんだぜ!」
「おい、フェイ……」
フェイがラオクレスの自慢を始めると、ラオクレスは恥ずかしがって渋い顔になる。けれどゴルダの精霊様は益々しゃっきりして、なんとも嬉しそう。気持ちは分かるよ。僕だって、森の子達が大人気だったら嬉しいから。
「あら?精霊様、どうされましたの?」
僕もラオクレスを自慢しようかなあ、なんて思っていたら、精霊様の花がそっと傾いて、僕に雄蕊が近づいてきて、そっと、僕は抱き上げられてしまった。そのまま精霊様の花の上へ。お邪魔します。
金色の花びらの上に座って待っていたら、精霊様は雌蕊で僕のおでこをつついてきた。……途端に、なんとなく、精霊様の言いたいことが分かってしまう。
「そうか、そうですよね。ここからじゃ、よく見えないから、近くで見たいですよね」
「ん!?トウゴー!どうしたー!?」
僕が精霊様と話していたら、フェイが声を掛けてくる。なので僕は、もそもそ、と精霊様の花の上を移動して、花びらの縁から覗き込んで、ラオクレスに伝達。
「あの、ラオクレス。精霊様、人の子達のダンスを見たいんだって」
僕が精霊様のお言葉を伝えてみたところ、ラオクレスはちょっと考えて……それから。
「……クロア!」
「はーい」
ようやくクロアさんに声を掛けると、ん、と黙って手を差し出す。
あらまあ、とクロアさんは目を瞬かせて、それから最高に魅力的な笑顔でその手を取った。
「やっぱクロアさんは踊れるんだなあ」
「密偵さんはこういうこともできるものなんだろうか」
「いや、クロアさんだからじゃねえかなあ」
「やっぱりそう?僕もそんな気がする」
さて。そうしてフェイも精霊様の花の上にご招待されて、僕ら2人と精霊様、そして周りの蛾の騎士達とで、ラオクレスとクロアさんのダンスを見守る。
ラオクレスは地元の踊りだから踊れるんだろうけれど、クロアさんは地元でもないはずのゴルダの踊りをこんなにも綺麗に踊れるんだからすごいよなあ。
「やっぱあの2人、絵になるよなあ」
「うん。非常に……」
ラオクレスの力強い動きに、クロアさんの流麗な動きが合わさって、綺麗なことといったら、もう!おかげで僕はさっきから鉛筆と絵具を動かす手と魔法が止まりません。あってよかった、魔法画の技術。あと予備のスケッチブック。
……ダンスって、2人の世界を作り上げていく芸術なのかもしれない。ラオクレスとクロアさんは互いに互いの動きを読み合って踊っているんだと思う。すごく接近して、すごく近いところで脚が動いてもぶつかり合うことは無い。クロアさんは時々ラオクレスに体重を預けてしまう場面があるのだけれど、体重を預けるのに躊躇が無いし、不安なんて全く無いみたい。
これ、仲のいい人同士じゃないと、こんなにも綺麗な踊りにはならないんじゃないかな。信頼し合っていて、相手の動きが読めるからこそ、こんなに綺麗なんだと思う。
踊っている間、クロアさんはちょっぴり好戦的な、自信に満ちた笑顔で居て、ラオクレスもどこか楽しそうにしていた。……もしかすると、ダンスって、戦闘にちょっぴり似てるのかな。僕にはその感覚、よく分からないけれど、2人の表情を見る限り、大体、そんなかんじ……。
そうして2人のダンスを鑑賞させてもらって、僕もフェイも盛大な拍手。精霊様も雄蕊同士でぱちぱちと拍手。蛾の騎士達もぱたぱた羽ばたいて、多分、拍手のつもり。
「2人ともすごく綺麗だった!ありがとう!」
「あら、そう言ってもらえると踊った甲斐があったわ。はあ、こういう風に踊るのなんて久しぶり!」
クロアさんは少し踊りつかれたみたいで、その場に座ってしまう。……と思ったら、そこにひょこ、とゴルダの精霊様の葉っぱが差し出されて、クロアさんは葉っぱの上にふんわり座ることになった。精霊様も素敵なダンスを見てご機嫌らしいよ。
「ラオクレスもゴルダの踊りを踊るのは久しぶりだろ?」
「いや、実は森の騎士団で時々、踊ることがある」
フェイが話しかけたらラオクレスからそんな答えが返ってきたので、フェイはびっくり。僕もびっくり。そんなの僕、知らなかった!確かに、時々兵士詰め所から楽しそうな歓声と音楽が聞こえてくることがあったけれど!……今度こっそり覗いて、描かせてもらおう。
それからもう少しばかり雑談して、ゴルダの精霊様にもお楽しみいただいて……それから僕らはお暇することにした。ゴルダの精霊様はゴルダの民からの祈りが届いて幸せそうだったし、この後はその余韻に浸りながらじっくり過ごしたいだろうな、と思ったので長居はしません。
山からの帰り道、僕らは金細工のお店を覗いて帰ることにした。フェイがお土産を買って帰りたいみたいだったし、僕も綺麗なものを見たかったので。
ゴルダの金細工はとても繊細で綺麗だ。流石、精霊様のお膝元なだけあるなあ。
「よーし。兄貴と親父にはコレ買って帰ろ!ついでに俺もお揃い。へへへ……」
フェイはタイピンみたいなやつを3つ選んだみたいだ。きっと3人お揃いで身に着けるんだろう。レッドガルド家は仲良し家族でいいなあ。
「トウゴは?ライラあたりに土産、買って行かなくていいのか?」
「えーと、金の絵の具は……」
「画材から離れた方がいいんじゃないかしら」
あ、やっぱり、そう?うん、まあ、そうだよね……。
ちょっと陳列棚を見てみたら、葉っぱの形の金細工の髪飾りが見つかったので、それを選ぶ。透かし彫りと彫刻の具合が風変わりで、ライラっぽかったので。
それから、細い金のチェーンに繊細な金の花びらが連なったようなネックレスを見つけたので、それはレネに。多分、レネにはこういうのが似合うと思うんだよ。
……ということでお土産を選び終えてほくほくしていた僕とフェイなのだけれど。
「店主。これを」
なんと。
ラオクレスも、何か買っている。僕はびっくり。フェイもびっくり。クロアさんもびっくり……クロアさんもびっくりすることってあるんだなあ!
そうして僕らをたくさんびっくりさせたラオクレスは、買ったばかりのそれをクロアさんに渡した。
「さっきの礼だ。精霊様もお喜びだったからな」
「あらまあ」
クロアさんの手の上に載せられたのは、金細工の指輪だ。蔓草が絡み合うようなデザインで、ちょっと森っぽい。曲線の具合は風か水かのようでもあって、成程、すごくすごく、クロアさんっぽい!
「あなたもこういうこと、するのねえ……」
「……隕鉄の指輪しか贈ったことが無いというのは、あんまりだからな」
あ、ラオクレス、あれ気にしてたのか。そっか……。確かになあ、第一回精霊御前試合の前のごたごたは、ラオクレス自身、ちょっと納得がいっていなかったみたいなので……。
「気にしなくていいのに」
「俺の不名誉を俺が気にして何が悪い」
「ふふふ、そうね。ならありがたく頂いておくわ」
ラオクレスは終始渋い顔だったけれど、ずっとやり残していた宿題を終わらせたような、そんなすっきりした様子でもあった。
クロアさんも、貰った指輪を早速着けてみて、ご機嫌。その様子があまりに美しいので描いてしまった。うーん、今日は本当にたくさん綺麗なものを見て、沢山描いた一日だった……。
その日はゴルダのお宿に泊まった。お祭りで歩き疲れてしまったので、ゆっくりした旅程はありがたいなあ。
夜、暗くなった外を窓から眺めてみたら、なんとなく、ゴルダのお山がぽや、と輝いているように見えた。
「……精霊様、本当にお喜びなんだなあ」
山を光らせてしまうくらいだから、精霊様、本当に楽しんでるんだなあ。なんだか僕も嬉しい。
「ああ。そのようだな。まるで祭りの後のトウゴのようだ」
……けれど、ラオクレスの言葉は聞き捨てならない。
あの、ねえ、僕、お祭りの後、本当にあんなふうになってるの……?あの、違うよね?流石に、違うよね……?
……心配になったけれど、聞くのも怖くて結局聞かないことにしてしまった。うう、僕、流石に光ってはいないと、思いたい!