生贄がお山にやってきた
夏の気配が漂って、ちょっぴり暑い日が続く今日この頃。
森には、珍しいお客さんが来ています。
「おーい、トウゴー」
「フェイー……あれっ」
いつも通り遊びに来てくれたフェイなのだけれど、その肩には……。
「君は、ゴルダの精霊様の騎士さん、だよね?」
何だか見覚えのある、大きな蛾が止まっていた!
「ゴルダからここまで飛んできたの?お疲れ様です」
大きな蛾とは言っても、小鳥くらいの大きさでしかない。こんな小さな体で一生懸命飛んできてくれたわけなので、ひとまず、水晶の湖の湧き水で竜の木の実のジュースを割ったものをお出しする。ひんやり冷えているから、初夏のおもてなしには丁度いい。
ゴルダの蛾は、ジュースを、ちゅ、と飲みながら、ぱたぱた。気に入ってくれたのかな。それは何よりです。
「この蛾、確かゴルダの精霊様んとこの蛾だったよなー、って思ってさ。森の入り口らへんでフラフラしてたから、声かけて一緒に来たんだけどよ」
「ありがとう、フェイ。折角来てもらって迷子にしちゃったんじゃあ申し訳なかったから」
フェイが見つけてくれてよかったよ。蛾も、フェイにお礼を言うようにぱたぱた。ふわふわの体となんとなく懐っこい仕草がなんとも可愛らしい。
「……えーと、ところで、もしかして僕に何かご用だったんだろうか」
さて。来てもらって早々で申し訳ないけれど、この蛾、何か用事があって来たんじゃないかと思うんだよ。何せ、ゴルダからソレイラまでは遠いし、その距離を一生懸命ぱたぱた飛んできてくれたっていうんだったら、何かのっぴきならない事情があるんじゃないかと思う。
僕が聞いてみると……やっぱり、蛾は僕の肩にふわりと止まって、そこで、僕に摑まったまま、ぱたぱた、と飛ぼうとする。ああ、君だと僕の体重を運ぶのは難しいと思うよ!
でも、おかげでこの蛾がどこへ向かおうとしているのかは分かったよ。
「ええと……ゴルダの精霊様が、僕のこと、お呼びなのかな」
そうだと言わんばかりに蛾がふわふわぱたぱたするのを見て、僕はフェイと顔を見合わせた。
……なんだか不思議なことになったなあ。
ゴルダの精霊様がお呼びだっていうなら、行くしかない。僕らは早速、旅支度をしてゴルダへ向かう。
メンバーは、僕とフェイと、ラオクレス。ほら、折角ゴルダに行くなら、元々ゴルダの子だったラオクレスを里帰りさせてあげようかと。多分、精霊様はラオクレスに会えるとお喜びになるから。
「いやー、やっぱり妖精ゲートって便利だよなあ」
「うん。ゴルダまでの距離が半分以下になっちゃうもんね」
ゴルダまでの道は、妖精の国を通っていく。ほら、妖精ゲートは王都に繋がっているので。一旦王都に出てから飛んでいけば、ゴルダまでって案外、早いんだ。
「通ることで妖精達に花を飾られるのが難点だがな……こら、俺に花を飾るな。飾るならトウゴにしておけ」
ただ、妖精の国を通っていくことになるので……その、妖精達が悪戯をしてくる!善意だけで、僕らに花を飾ろうとしてくる!ラオクレスの言葉を聞いた妖精達が『そう?ならそうしておこう!』みたいなかんじに、僕にばっかり花を飾ろうとしてくる!もう!ラオクレスも、どうして僕を身代わりみたいにするんだ!
結局僕らは花で綺麗に飾り付けられてしまった。ラオクレスも控えめながら飾り付けられてしまいました。本人は不服そうだけれどしょうがない。何せ、妖精相手なので……。
そんな可愛い恰好で王都の一角の花畑に出て、そこで花をある程度片付けて、妖精達に見送られつつゴルダへ出発。
ゴルダへの道程は、レッドドラゴンとアリコーン2人乗り。僕は自分で飛べるよ、って主張したのだけれど、ラオクレスが『わざわざ疲れることもないだろう』って僕を持ち上げてアリコーンの上に乗せてしまった!……まあ、うん。乗せられてしまった以上は、乗るけれど。
「緊急の用事なんだろうけど、精霊様、大丈夫かなー。俺はちょっぴり心配だぜ」
「うん。僕も……」
今も僕の服の襟に蛾が止まってふわふわしているのだけれど、蛾は蛾なので喋らない。詳細が分からないままゴルダへ向かっているので、ちょっぴり心配。
ちょっぴり心配になりながら、僕らは無事にゴルダのお山へ到着。そこで精霊様にご挨拶を、と思ったら……。
「……待っててくれたんだなあ」
「だな。急ごうぜ」
なんと。僕らが山肌に着陸した途端に僕らの近くで岩が動いて、入り口が開いた。つまり、ゴルダの精霊様は僕らが着いたらすぐに入り口を開けられるように待っててくれたっていうことだ!大変だ!大変だ!
「緊急の用か」
「かもしれない……少なくとも、ゴルダの精霊様、なんだか焦っているような気がする」
僕も精霊なので、なんとなく、雰囲気くらいは分かるよ。森と山の違いはあるけれど、それ以上に精霊同士なので……多分、今、ゴルダの精霊様は何か焦っているんだなあ、っていうくらいは、分かる。
お付きの蛾も、なんだかそわそわぱたぱた。ああ、やっぱり何かあったんだ!
「よーし。じゃあできるだけ急いで行こうぜ。でも怪我の無いようにな」
「俺が先導する。何か居るのかもしれん」
ラオクレスは油断なく剣に手を掛けて、早速洞窟の中へ入っていく。僕とフェイもそれに続いて、ちょっと緊張しながら、山の中へと潜っていった。
……そして。
「え、えーと……あの、ゴルダの精霊様」
僕らは、困惑しているゴルダの精霊様の前で、もっと困惑している。
「この子は……あの、精霊様の、お嫁さん、ですか……?」
おろおろしている精霊様の葉っぱの上には、綺麗な格好をした人間の女の子が1人、倒れている。深く眠っているようだけれど……ええと。
ええと、これは、一体。
……それから僕らは、ゴルダの精霊様に事情を聞いた。ええと、ほら、根っこから直接情報を受け渡すあの方法で、僕にゴルダの精霊様の記憶を分けてもらって、それで。
それで、ええと……この不思議な状況の理由が、分かった。
「やっぱりこの子、生贄らしいよ」
「げっ」
「い、生贄だと……?」
そう。この、人が入れない山の中に、綺麗に着飾った……というか、飾り付けられた女の子が居る奇妙な状況。
これ……生贄、らしいよ。
僕の頭に流し込まれた記憶は、ちょっぴり断片的なものだったけれど、状況を理解するのには十分だった。
ええと、まず、ゴルダの精霊様の足元……ええと、山のふもとで、ゴルダの領主の人が数人の人と一緒に喋ってた。『最近、金の産出量が落ちている。このままではゴルダ領の収入が途絶えてしまう!』っていうかんじの話で……そこで、領主の人の独断で『ならば精霊様に生贄を捧げよう!』っていう話になっちゃったんだよ。
それから数日後、本当に生贄の人が来ちゃった。それが今ここに居る女の子で……彼女を連れた行列がゴルダの山道を登ってきて、それで、縦穴がある場所で、思いつめた表情の女の子が祈りを捧げて、周りの付き添いの人達もしょんぼりした顔をしながら、ゴルダの精霊様に祈りを捧げて……。
……それで、この女の子、縦穴に身を投げてしまった!
元々困惑していたゴルダの精霊様は、これに大慌てで対応した。急いで根っこを伸ばして、急いで葉っぱを伸ばして、お付きの蛾達が寄って集って女の子を減速させようとくっついて……。
……そうして、女の子は無事、大きな怪我も無く、精霊様の根っこと葉っぱに受け止められて助かった。
けれど落ちてくる途中で気絶してしまったらしくて……そして精霊様は、すっかり困惑していたので……ひとまず、眠りの魔法を女の子に掛けて寝かしつけた後、『人間と交流があって人間の扱いが上手そうな精霊の知り合い』である僕にヘルプを出した、と。そういうことだったらしい。
さて。事情を把握したところで、僕はひとまず、ゴルダの精霊様にお土産を渡す。龍の木の実です。どうぞ。疲れた時には甘いものがいいよ。
龍の木の実は早速開けられて、ゴルダの精霊様の根元に撒かれたり、僕らをここまで連れてきてくれた蛾に分け与えられたり。ゴルダの精霊様、ちょっと落ち着いてくれたかな。
僕らをここまで連れてきてくれた蛾は長旅ですっかり疲れてしまったみたいで、ゴルダの精霊様の花弁の上で休んでいる。時々、精霊様がおしべで撫でてやって、蛾はなんだか気持ちよさそう。よかったね。頑張った分、しっかり休んでほしい。
「さーて、どうすっかね……すげえ状況だなあ、これ」
さてさて。僕らはゴルダの精霊様に呼ばれた以上、この状況をなんとかするお手伝いをしなければ。早速、作戦会議だ。
「まあ……素直に考えるなら、この子を町に帰してやればいい、んだとは思うんだけどよー……」
うん。そうだね。僕もそれがいいと思うし、ゴルダの精霊様も『それがいい』とばかりにめしべをこくこく振っている。
「ついでに、町の人達に対して『生贄を寄越されても困るので今後はお控えください』みたいなことを言っておけばいいだろうか」
「まあ、トウゴはソレイラの町長さんで、精霊様の声を聴く巫、ってことになってるからなあ……トウゴが伝言してやればそれで解決しそうだよな」
そうだね。ああ、僕、そういう役回りになっておいて良かった!こうやってゴルダの精霊様や、生贄のこの子を助けることができる!
概ねの方針が決まったところで、僕らは詳細を決めていくことにした。ただ帰したんじゃ生贄の子がいじめられてしまうかもしれないから、ゴルダの精霊様が作った金の腕輪をプレゼントして返せばいいだろうか、とか。それだと、『もっと生贄を出そう!』ってなっちゃうだろうか、とか。
そういうことを話し合って……そんな中。
「えーと、トウゴ。変なこと聞くんだけどよお……根本的なとこなんだけどさ、精霊って、その、生贄貰ったら嬉しいのか?」
フェイが、そう、聞いてきた。
……考えてみる。考えてみて……そ、その、ちょっと、照れてしまう。
「その、お嫁さんが急に来たら困るよ。ちょっぴり嬉しいけれど、でも、困るよ。やっぱりそういうのって、ちゃんとお互い知り合ってからの方がいいと思うし……」
僕は元が人間だから、考え方が現代的になっている分、こういう感想になっちゃうのかもしれないけれど。でも、ゴルダの精霊様も見る限り、『その通り!』と言うようにめしべをふんふん振ってるので、多分、同じように思う精霊は多いんじゃないかな。
「……お、おお?お嫁さ……お嫁さん?んんん?」
一方、フェイは首を傾げていた。ラオクレスも首を傾げていた。……あれっ。
「うん……えっ?生贄、って、人間が精霊のお嫁さんになりに来てくれるやつじゃ、なかった……?」
もしかして、僕が知ってる生贄とこの世界の生贄って違うんだろうか。確かによくよく考えてみたら、生贄の文化なんて、所により様々かもしれない!
「いや、そういうのもある、よな……うん、ある、と思う。だからこの子も綺麗に着飾って送り出されてきたんだろうし……」
フェイはもしょもしょ、と言うと、助けを求めるみたいにラオクレスの方を見た。するとラオクレスは気まずそうに、フェイの言葉の続きを受け取って話してくれる。
「だが、それ以上に『命』や『魂』を精霊に捧げる意味合いが強いように思う。或いは、死ぬことで身を、肉を骨を差し出す、ということだろうか」
あ、あああ、そうか。まあ、そうだよね。そもそも精霊のお嫁さん、って、そういう風に考えられがちなのかも。生きていたら人間だけれど、死んでおけば精霊に近いものになるだろう、みたいな、そういう考え方……?あれ、よく分からなくなってきた。僕は森……あれ?森?いや、僕は人間!人間だよ!危なかった!僕は人間!
「死んでしまった人の子を見たら、精霊は悲しくなるだけだと思うよ……」
「……いや、なんか、こう、バリバリ食う、とか、ねえの?」
「た、食べないよ!そんなことしない!……あっ、でも、グリンガルの精霊様なら、可愛さ余って食べちゃうかもしれない」
あの方、ドラゴンだし。食べようと思えば人間を食べられるタイプの精霊様だった。うーん、まあ、その辺りは精霊によるのかもしれない……。
なんだか僕、また森っぽくなってきてしまった気がするので、慌てて人間に戻るべく頑張る。僕は人間。僕は人間……。
「この子、どこの子だろう。どうして生贄に選ばれちゃったのかな」
人間に戻るべく、僕は生贄の子の事情を気にしてみることにした。人間側のことを考えれば、人間に戻れると思う。多分。
「大方、奴隷か身寄りのない者だろうな」
考えていたら、ラオクレスがそう、渋い顔で教えてくれた。
「こういう時、生贄にされるのは大抵、奴隷だ。適当な奴隷が居なかったとしたら、まあ、身寄りのない者が選ばれるだろう」
そっか。そういうものなのか。……その、奴隷っていうものに未だに馴染みが無い僕なので、そういう話を聞いてしまうと、ああ、ここって異世界なんだよなあ、って思う。人の考え方とかに、時々、どうしようもないくらいの隔たりがあるのを感じる、というか。
「……俺がもしお前に買われていなかったら、俺が生贄になっていたかもしれん」
「えっ」
世界の違いを感じていたら、ラオクレスがふと、とんでもないことを言った!
……想像してしまう。ラオクレスが生贄……だ、駄目だよ!絶対に駄目だよ!
「駄目だよ、ラオクレス!生贄になっちゃ駄目だからね!」
「冗談だ。そんな顔をするな」
ラオクレスは笑って、僕の頭をぽすぽす撫でる。あああ、揶揄って!酷い人!
「俺は生涯、お前の騎士だ。生贄にはならん」
そ、そっか。それならよかった……あれっ?でも、生涯を精霊の元に縛ってしまっているという点では、生贄……?ラオクレスは生贄だった……?
「あー、俺も、もしお前と出会ってなかったら王家直轄領と霊脈が枯れた時とかに生贄として森に来てた可能性、あったかもなあ」
……僕が悩んでいたら、フェイまでそんなことを言いだした!
「え、えっ?フェイが!?フェイが!?」
「ほら。領民にそういうことさせるわけにはいかねえし。で、お前と出会ってなかったら……その、多分、俺、少なくとも片目は駄目になってただろーし、指も……こう、手とか腕ごと駄目にされてた可能性、あるしなあ。生贄にするには丁度いいっちゃ、丁度いいよなあ」
えっ、えっ……そ、そんなことって……いや、でも、霊脈が枯れて、領民も飢えてしまうようなことがあったら、きっと、責任感の強いフェイは自責の念に駆られてしまうだろうし……ああああああ。
「本当ににっちもさっちもいかなくなったら、俺が独断で精霊様に頼ることを決めて、森に入ってた可能性、高いんじゃねえかなあ。まあ、口減らしも兼ねて、さ」
「駄目だよ、そんなの困るよ」
「だよなあ。まあ、そうなんだろうけどさあ」
ちょっと考えてしまう。フェイのことだから、きっと、そういう時には自ら生贄役を買って出ちゃうんだろう。欠けた体で、綺麗な恰好をして、森の中に入ってきて……それで多分、あっさりと潔く、自ら死んでしまうんだ!ああああああ!
「……あの、絶対に幸せにするね」
「お、おーい。どうしたんだよトウゴぉ……」
「……揶揄い過ぎたか」
考えていたらなんだか悲しくなってきてしまったので、つい、フェイとラオクレスの手を握ってしまう。森の子は絶対に生贄なんかにさせないぞ!森の子を幸せにできなくて何が精霊だ!僕は絶対に皆のこと幸せにするんだから!生贄になんてさせないんだから!
「……とりあえず、お前が俺達のこと大好きだってことは分かったぜ!」
うん。その通りです。絶対に幸せにするぞ。森の子達は皆、幸せであってほしい!
「えーと、じゃあ、ゴルダの精霊様。この子は町に返してくる。レッドガルドの名に懸けて、きっちり遂行するぜ!」
そうして僕らは、生贄の子を送ってくることになった。
生贄の子の腕には、黄金の輪が3つ。二の腕には幅広の黄金細工の腕輪。手首には細くて華奢な細工の腕輪。そして指に、綺麗な金色の宝石が付いた指輪。
……ちょっとあげすぎなのかもしれないけれど、ゴルダの精霊様がこうしたがったから、僕らは止めなかった。なんとなく、気持ちは分かるし……。
「よし。じゃあ、ゴルダの精霊様のお言葉を伝える準備はできたし……ん?」
じゃあ生贄の子を運ぶぞ、となった時、ふと、ゴルダの精霊様はおしべを伸ばして、そっと、生贄の子が身に付けていたベールを外していった。そのベールはいそいそと、精霊様の近くにある、岩でできた棚みたいなところへ収納されていく。
……ついでに、根っこの細い一本が、生贄の子の足首に控えめに巻き付いて、離さない。
「あー……えーと、精霊様?こりゃ一体……」
フェイはどうしたものか困っているけれど、でも、僕はゴルダの精霊様の気持ちが分かるから、なんだか寂しくなってきてしまう。
「その……やっぱり、帰したくない気持ちも、ありますよね」
多分、ゴルダの精霊様も、寂しいんだと思うよ。
「……生贄が来たら、多分、多くの精霊は困りながら、喜んでしまうよ。大抵、精霊は独りぼっちだし……そこに、話相手が来てくれたら、毎日楽しいだろうなあ、って思っちゃう精霊は居ると思う。帰ってほしくないなあ、って思うのも、分かるよ」
僕はそう言いつつ、ああ、僕って恵まれてるよなあ、と思う。
僕自身が元々人間だったからできていることかもしれないけれど、周りにたくさん人の子が居てくれて、毎日楽しく過ごせて、寂しくない。……これって、精霊としては、すごくすごく、珍しいことだと思う。
「でも、その一方で同時に、ずっと人と一緒に居ると疲れてしまう精霊が大多数なんだと思う。……ええと、人間みたいに寿命が短い精霊は、あんまり居ないと思うし……だから、ずっと一緒に居たいっていうわけでもないんじゃないかな。種族が違ったら、結ばれるのも難しいし」
グリンガルの精霊様はドラゴンだし、ゴルダの精霊様は大きな花だ。多分、どちらも寿命は人間なんかと比べて圧倒的に長くて……つまりその分、気が長い。時間の感覚も、緩やか。
だから、時々人間と遊ぶのは楽しいけれど、多分、毎日だと疲れちゃう。そんなかんじなんじゃないかな。
「成程な……ままならんな、中々に」
「うん……勿論、ゴルダの精霊様のところには精霊様の騎士達が居るし、ガラスの花も根付いて、前よりは賑やかになったわけだけれど……人の子とのふれあいって、やっぱりまた別のものだから」
多分、精霊って、我儘で欲張りなんだ。身近に動物も植物も居て、満たされていて……でも、人の子がたまに来てくれたら嬉しくて……そういうかんじ。
「うーん、分かるような気がするなあ、それ」
「そうだな……精霊よ。ならばこの娘は手元に置いておくか?この娘は、その、死んだものと思われているだろう。そして本人もその覚悟であったはずだ。筋は、通ると思うが」
でもラオクレスの問いかけに、ゴルダの精霊様はふるふるとおしべを横に振って、そっと、そっと、名残惜し気に根っこを離していく。あああ……。
「……寂しくても、それでも、やっぱり第一に願うのは人の子の幸せだから」
僕には痛いほどその気持ちが分かるので、なんだか僕まで寂しくなってきてしまった!あああ、でも、僕らは精霊で、人の子には幸せでいてほしくて、そして人の子はきっと、人の中で暮らしていた方が幸せだから……ううう。
僕とゴルダの精霊様は、揃ってしょんぼりしてしまった。未だにすやすや眠っている生贄の子を見つめて、どうか幸せにね、って思うと同時に、どうしようもない寂しさに襲われる。僕らは精霊で、人間じゃないから……あれ?いや、僕は精霊……人間?人間、人間だけれど……あれっ、僕、人間……人間だよね?人間だ。あああ、また僕、自分が何なのかよく分からなくなっていた!あああ、僕は森で精霊だけれど、ちゃんと人間……人間……。
「と、トウゴぉ。お前、大丈夫か?また森になってねえか?」
「森っていうか、精霊になってた……」
ちょっと新しい感覚に慄きつつ、フェイにゆさゆさやってもらって再確認。僕は人間です。人間だ。人間なんだからな!
「……なー、ゴルダの精霊様よお。ちょっと、森の精霊の親友から提案なんだけど」
僕がラオクレスに心配そうな目を向けられている間に、フェイはゴルダの精霊様のところへ近づいていった。ゴルダの精霊様は、めしべを傾げて不思議そう。
「生贄を帰しちまうのは寂しいけど、ずっといてほしいわけでもねえ、ってんなら……祭りを開いてもらうのはどうだ?」
……けれど、フェイがそう提案した途端、ゴルダの精霊様はちょっと伸び上がって元気になった!
「そ、そっか!お祭り!お祭りがあると僕らは楽しい!」
「だろ!?お前も鳥も、ソレイラで祭があると毛艶が良くなるし!楽しそうだし!な?ゴルダでも祭をやりゃあいいんじゃねえかって思ったんだよ!」
成程!それはとてもいい考えだ!ほら、ゴルダの精霊様も嬉しそう!うきうきした様子のゴルダの精霊様と、うきうきふわふわの蛾達を見ていると、僕も嬉しくなってきてしまう!
……ところで、毛艶、よくなってるの?ねえ、僕、お祭りの度に、毛の艶が、よくなるの……?
「そうだ!折角なら、祭にはゴルダの英雄も参加する、ってことでどうだ!?そうしたら間違いなく盛り上がるだろ!精霊への祈りが沢山届くはずだ!な、ラオクレス!どうだ!?」
「……そういうことなら参加しよう。俺はソレイラに骨を埋める気でいるが、ゴルダに育まれたことを忘れたわけじゃない」
更に、ラオクレスもお祭りに参加することが決定した!これは精霊様も嬉しかったみたいで、早速、柔らかい葉っぱでラオクレスの頭を撫で始めている!そうだよね、精霊様からしてみたら、ラオクレスは可愛い子だもんね。
精霊様がうきうきわくわく、楽しそうな様子になってきたところで……僕はなんだかほっとしながら、聞いてみた。
「精霊様。寂しいの、無くなりそうですか?」
すると、精霊様はめしべをこくこく縦に振って、頷いてくれた。ああ、よかった!
それから僕らは、生贄の子をゴルダの町まで送り届けてきた。
勿論、ゴルダの町の人達からは大層驚かれたのだけれど、僕が説明したら何故か、皆、納得してくれた。……ええと、ゴルダでも僕のこと、知ってる人が結構いるみたいだよ。精霊の声を聴く町長、っていうことで。なんだか恥ずかしいけれど、おかげで説明が捗ったから、文句は言えない。
僕が伝えたことはそんなに多くない。
生贄が急に来て、精霊様は大層びっくりして困惑しておられた、っていうことと、『人の子が死んじゃうようなことはやめてほしい』っていうお願い。それから、『この生贄の子にも幸せに暮らしてほしいので』っていうことで腕輪をプレゼントしたっていうこと。そんなかんじ。
ゴルダの人達は『よくよく領主に言い聞かせます』と約束してくれたし、生贄の子がちゃんと暮らしていけるように、って協力してくれることになった。ああ、よかった。これで僕も、ゴルダの精霊様も一安心。
……そして。
「ゴルダの精霊に生贄を捧げるくらいなら、精霊に祈りを捧げる祭を開いたらどうだ」
ラオクレスがそう言ったことによって、ゴルダの人達の顔が、輝かんばかりになったんだよ!
……それから数週間後、ゴルダではお祭りが開かれることになった。これには精霊様も大層お喜びだったし、精霊としての力が祈りのおかげで強化されたみたいだった。これでまたゴルダは安泰だと思うよ。
精霊様は、人の子達がお祭りで楽しそうにしてるのを見て、嬉しそうにしておいでだったよ。分かる分かる。祈りを捧げてもらえるのも嬉しいけれど、何より人の子達が楽しそうにしてると精霊は嬉しいんだ!
……まあ、このお祭りの話はまた別の話、ということで。
「ところで、精霊様に会わせるとトウゴが人間離れしちまうんだなあ……」
「そうだな。その分、当面は俺達で囲んでおくか……」
ついでに、フェイとラオクレスには大層ご心配をおかけしてしまったので、その……ええと。
「……じゃあ、今日はフェイの家に泊めてほしい。人に囲まれて過ごしたい」
その、今回は僕自身、なんだか精霊に傾いてしまった気がするので……ちょっと人間に戻るべく、人間の中ですごしてみようかな、と思います。療養、っていうのかな、こういうのも……。
「よし!来い!あ、ついでにメイド侍らせてみるか!?多分うちのメイド達ならノリノリで侍ってくれるぜ!あと親父と兄貴も!」
「いや、別に侍らせないよ。侍らせないけど……あ、でも、その様子は描きたい」
ちょっと想像して、なんだか描きたくなってきた。レッドガルドのお屋敷の応接間のソファとかにフェイやローゼスさんやお父さんが座ってて、そこにメイドさんや執事さんが侍ってる様子……ちょっと描いてみたい。描いてみたくなってきちゃった!
「……トウゴを人間に戻すには、絵を描かせるのが効果的かもしれんな」
僕がわくわくし始めていたら、ラオクレスが呆れたような顔をしていた。ま、まあ、確かにそうかもしれない。『描きたい』っていう気持ちは、僕が人間だから持っている気持ちだと思うので……。
「だな。じゃ、いっぱい描け!で、人間に戻れ!」
「うん!いっぱい描く!」
そういうわけで、僕は描くことにした!療養のため!人間療養のためだから、遠慮なくいっぱい描くぞ!やったあ!