魔王の食べ歩きの日
まおーん。
ぽてぽてぽてぽて。
……魔王が鳴きながら、ぽてぽて歩いている。それだけならいつも通りの光景なのだけれど、今日はいつもとちょっと違う。
「あれ、魔王。そのがま口、どうしたの?」
なんと、魔王は首からがま口をぶら下げているんだよ。多分先生があげたがま口なんだろうけれど、それにしてもなんとも不思議な眺めだ……。
「……あれ?あの、魔王?どうしたの?」
更に魔王は、くるん、と尻尾を僕の手に巻き付けてきた。ふにふにの尻尾に優しく掴まれて、僕、魔王に手を引かれる状態。
魔王はなんだか嬉しそうに、それでいて妙にやる気に満ち溢れた様子で、まおーん、と鳴いている。僕の手を引きつつ、ぽてぽてぽて、と歩いていくものだから、僕もそんな魔王に連れられて、歩いていくことになる。
……魔王は僕をどこに連れていこうとしているんだろう?まあ、いいか。偶にはこういう魔王に付き合ってみる、っていうのも……。
ぽてぽてぽて、と進んでいった魔王は、やがて、『石膏像賛歌』の前にやってきた。
ええと、『石膏像賛歌』は串焼き屋さん。ラオクレスのファンになっちゃった店主さんがやってる屋台で、夕方から夜になると、ここで串焼きを食べながら一杯飲んでいこう、っていう騎士がちらほら見られる。僕はお酒はまだ飲めないので、専らテイクアウトで串焼きを買って帰るだけなのだけれど。
そんな『石膏像賛歌』も、まだお昼だから混んでいない。『ちょっと小腹が空いたなあ』っていう様子の農夫の人が2人いるだけだ。魔王はそこへぽてぽて、と進んでいって、堂々と、着席。まおん。
「へいらっしゃい!……ん?ああ、町長さんに魔王!食べに来てくれたんですか?」
「あ、はい」
魔王が屋台の席に座ったっていうことは、ここの串焼きを食べに来たっていうことだろうから、僕もそれに付き合うよ。ちょっと戸惑っているけれど……。
「珍しいですね。町長さんはうちの屋台で召し上がっていくの、初めてなんじゃありませんか?」
「うん。初めてです」
この『石膏像賛歌』の屋台で食べていくのは初めてだし、そうでなくても、こういう風に屋台の暖簾の内側で座って食事をするなんて、生まれて初めての経験だ。ちょっとどきどき。
「そりゃ嬉しいですね!是非、沢山食べてってください!」
店主さんはそう言って笑って歓迎してくれるので、嬉しいし、ちょっとほっとする。
……そうしている間にも、何故か僕よりも堂々としている魔王が、まおん、と鳴きながらメニューを尻尾で示して注文し始めた。
「はい!鹿肉の漬け焼き2本に、鶏の塩味2本……ん?森味?ああ、はいはい。森味2本ね!それからスープ2杯ね!少々お待ちを!」
店主さん、魔王の尻尾注文を読み解くほどに慣れているらしい。ここ、魔王も行きつけにしてるのかな……。
「あの、魔王ってここによく来るんですか?」
「え?ああ、はい。時々来てくれますよ。……な、魔王!」
魔王は店主さんに応えて、まおーん。どうやらこの魔王、中々顔が広いらしい……。
「へい、お待ち!」
やがて、僕らの前に串焼きのお皿と、小さめのお椀が2つ、出された。
僕がちょっと興味深くそれらを見ていると、魔王は隣で幾分うきうきと、串焼きを食べ始めた。
お肉を一欠片口に入れて、もむもむ、と口を動かして……まおーん!と鳴く。どうやら美味しかったらしい。魔王がとっても嬉しそう。
折角だから、僕も頂くことにする。魔王に倣って、まずは鶏の『森味』から……。
ええと、『森味』って何だろう、と思っていたのだけれど、すぐ分かった。どうやらこれ、塩とハーブで味付けされた串焼きみたいだ。ハーブの類は森の壁近くに自生してるやつだから、それで『森味』なんだろうなあ。
……ということで食べてみたら、これがまたなんとも、爽やかで美味しかった!
塩っ気の効いた鶏肉の中には旨味がたっぷり。噛み付いたら肉汁がじゅわりと溢れ出て、火傷しそうなくらいに熱い。けれどそれをはふはふやって冷ましながら食べるのが、またなんとも美味しいんだよ。
ハーブの香りが爽やかで、幾らでも食べられちゃいそうな味だ。これ、美味しいなあ。
中に、レモンかオレンジみたいな、爽やかな香りが混じってるのは……あっ、もしかしてこれ、隠し味に月の蜜が入っているんだろうか!だとしたら……ええと、このソレイラには、月の光が、流通している……?いいんだろうか、それ。まあ、美味しいからいいか。
続いて、鹿肉の漬け焼き、なるものも頂いてみる。
こちらは甘辛いタレに漬け込んだお肉を焼いたものらしい。見た目は何となく、馴染みがあるかんじ。
食べてみると、肉はジューシーながら、結構硬め!よく焼けた表面が、まるでビーフジャーキーみたいな具合!……でも、それをよく噛んで食べると、噛む度に旨味がじわじわ染み出してきて、すごく美味しい。ちょっと焦げているところもなんとも香ばしくって美味しいなあ。
ちなみに味は、照り焼き味を想定して食べたらびっくりした。なんと、デミグラスソースみたいな味だった。
……そうだよね。この世界、醤油はあんまり無いんでした。ああ、びっくりした。でも、これはこれで、塩味と甘みと微かな酸味、それにちょっとだけスパイスの辛味が加わって、圧倒的な旨味があって……とっても美味しい。そうか、こういう味もありだよなあ。
それで、スープ、なのだけれど……具は、控えめ。人参の欠片とネギの欠片がちょっと入ってるくらい。ほんのり濁った色合いのスープが、木のお椀の中でほっこり湯気を立てている。
どんな味かな、と思って飲んでみたら……なんとも『滋味深い』っていうかんじの味わいだった。
深い深い旨味がじわり、と口の中に広がる。
味付けは塩。香味野菜の風味も感じられるけれど、それはあくまでもメインじゃない、っていうかんじの味だ。とにかくこれは、旨味を楽しむためのスープ……というか、だし汁!
「それはね。うちの串焼きで使った肉に付いてた骨を一回焼いてね。それから取ったスープなんですよ」
僕がスープの味に感動していたら、店主さんがそう、解説してくれた。骨からこんな旨味のスープができるのか。すごいなあ。……あっ、豚骨ラーメン、なるものも骨から出汁を取っているんだよね?そうか、そういうかんじなのか……。
ということで、僕は存分に、『石膏像賛歌』のごはん……いや、ごはんというより、軽食?おやつ?を楽しんだ。
魔王もとても満足気で、スープのお代わりを貰っている。(ここのスープはお代わり自由らしい!なんてこった!)
スープを飲んで、まおん。まったりと落ち着いた『まおん』は、間違いなく満足の合図!そうだよね、とても美味しかったから!
なので僕も並んで、スープを飲んで、ほふ、と息を吐いて、思わずにっこり。ああ、やっぱり美味しい!
……と、1人と1匹で締めのスープを堪能していたところ。
「店主。いつもの」
そう言いながら暖簾をめくって入ってきたのは……ラオクレスだ!
「あ、こんにちは。ラオクレスもここでごはん?」
僕が声を掛けると、ラオクレスはぎょっとした顔をした。まあ、僕がここに居るのって、すごく意外だろうなあ。
「何故お前がここに……?」
「魔王に連れてきてもらったんだよ」
僕が魔王を示すと、魔王は胸を張って、まおーん。うんうん、魔王の紹介のお店のごはん、とても美味しかったです。
「……魔王が?何かあったのか」
「さあ……この通り、がま口を首から下げて、すっかりお出かけ気分らしいことだけは確かなんだけれどね」
魔王がどうしてここに連れてきてくれたのかは、よく分からない。けれど、まあ……がま口から推察するに、今日は美味しいものを食べる気分の日なのかな。
喋っている間に、ラオクレスの『いつもの』がカウンターに置かれる。
……それは、魔王の注文と同じものだった!ただし分量は倍以上!
「魔王、ラオクレスの『いつもの』知ってたの?」
「……確かに時々、俺達が食っている時に魔王が来ることもあるが」
あ、そうなんだ。ということは、魔王は僕に、ラオクレスの『いつもの』を紹介してくれた、のかな……?
「ちなみにね、町長さん!ラオクレスさんはこれに酒をつけることもありますよ!大体いつも『ふわふわ森の陽だまり』か『銘酒まおーん』ですね!」
へえ……そうかあ。ラオクレスは真面目だから、お昼からお酒を飲むことは滅多にないんだけれど、夕方に来たら、そういう風にお酒を飲むこともある、っていうことらしい。
「僕も飲んでみたいなあ」
「もう少し大きくなってからにしろ」
うん。まあ、あと2年。それまでは待つよ。
……2年経ったら、僕、ラオクレスと一緒に『石膏像賛歌』でお酒、飲んでみたいな。多分僕、ものすごくお酒に弱いので、すぐ酔っぱらってしまうだろうけれど……。
さて、ラオクレスの『いつもの』を知ることができてちょっぴり嬉しいような楽しいような、そんな気分になりつつ、僕らはお会計。
魔王はがま口から銀貨を出して、まおん。……どうやら奢ってくれるらしい。ええと、じゃあ、ご馳走になります。ありがとう、魔王。
お会計が終わったら、魔王はがま口の中を見て……まおーん、と嬉しそうに一鳴き。更に、僕の手にまた尻尾をくるんと巻き付けて、ぽてぽて歩き出す。……どうやら、魔王は二軒目にハシゴするつもりらしいよ。
そうして向かった先は、妖精公園。入場門をくぐって、妖精達に歓迎の花吹雪を巻き起こされてびっくりして、それから公園の中央広場へ。
……すると。
「あら、トウゴ。珍しいわね。あんたも散歩?」
そこには、ベンチに座って何か食べているライラが居た。
「ええと、魔王のお供です」
「へ?……あー、魔王、今日は食べ歩きの日なのね。成程成程」
ライラが魔王に『ねー』と言うと、魔王は『まおーん』と返事。ええと……食べ歩きの日、とは。
「偶にやってるのよ。魔王ががま口持ってたら、大抵、ソレイラ中を歩き回って、美味しいもの買って食べて、満足してウヌキ先生の家に帰っていくの。魔王が食べ歩きの日に訪問したお店はなんかしばらく幸運が続く、なんて噂もあって、魔王、大人気よね」
そ、そういうことがあるのか。そっか……。魔王が福の神みたいな扱いを受ける日がくるとは。夜の国の人達、これを知ったら驚くだろうなあ!
ライラが『隣、座る?』と誘ってくれたので、ベンチの隣に腰を下ろす。……すると、魔王が『そこで待っててね』というかのように尻尾をぱたぱたさせて合図して、そのままぱたぱたぽてぽて、公園の屋台に向かって走っていく。何か買っているらしい。成程なあ、食べ歩きの日……。
僕らが見守っていると、やがて魔王は、包みを2つ持ってぽてぽて戻ってきた。そして1つを、まおん、と僕に差し出してくれる。どうやら今日は、僕、魔王にご馳走になる日らしいので、ありがたく頂きます。
「あら、私のと同じやつ買ってきたのね」
包みを開けたところで、横から覗き込んできたライラが楽し気にそう言った。
「これ、あんたの世界の食べ物なんでしょ?めろんぱん、っていうやつ」
……うん。
そう。ライラが食べていて、魔王が今買ってきたそれは、正に、メロンパン、っていう見た目だ。パンの上に格子状の溝模様がつけられたクッキー生地が掛けられている、『メロンパン』っていう具合のメロンパン。
ただ……ちょっと、違う。
「結構小ぶりだね。あ、しかも何か挟んである……」
「えっ?あんたの世界のメロンパン、間にクリーム挟まってないの?」
「ええと、挟まってるのもある。けれど、これはなんか、こう……特段豪勢なメロンパンだ」
ハンバーガーみたいに紙でくるんであるメロンパンは、ハンバーガーみたいに側面に切れ込みが入っていて、そして、その間にクリームらしいものが挟まっている!
こういうタイプのメロンパン、無いわけじゃないけれど一般的ではない、よね?やっぱり異世界情緒ってこういうところに出るなあ。
「ほら、食べてみなさいよ。これ、美味しいから。ね、魔王?」
ライラが魔王に笑いかけると、魔王は、まおーん!と元気に鳴いて、かぷ、とメロンパンに齧りつき始めた。なので僕も、メロンパンにそっと、齧りついてみる。
……あっ、これ、美味しい。
クッキー生地はサクサクで甘くて、それから、少し香ばしい。多分、アーモンドとかくるみとかの粉がクッキーに混ぜ込んであるんだと思う。
面白いなあ、と思って断面を見てみると……なんと、パンも風変わりだ!
「あっ、これ、中身がクルミとレーズンのパンだ!」
「ええ。煮て干したリンゴとか干しイチジクとか、木苺のマーブル生地とかのこともあるわよ。でも、私はこれが一番のお気に入りね!」
現実の世界のメロンパンのパン部分って、通常はただのパンなわけだけれど……妖精公園のメロンパンは、パン部分がくるみレーズンパン!そこにほんのりスパイスが効いて、ちょっと大人っぽい風味。
「このクリームがいいのよね。甘すぎないし、風味がいいし」
そして、このメロンパンの間に挟まっているクリームは、クリームチーズをベースにして生クリームを合わせたやつだと思う。チーズのコクと酸味に生クリームの軽さとミルク味が合わさって、これ、とっても美味しい。
クリームには洋酒漬けのレーズンが混ぜてあって、いいアクセントだ。……ちょっとだけ酔っぱらいそうな風味だけれど!
「こう、ただパン食べてると、口の中がぱっさぱさになってくるじゃない」
「うん」
「でも、これだと間に挟まってるクリームのおかげで、そういうのが無いのよね。だからこういうおやつに丁度よくってさ」
ライラは美味しそうにメロンパンを齧って、にっ、と笑った。ライラは美味しそうに食べるなあ。見ていて僕も幸せな気分になってくる。
「それにしても魔王、中々いい着眼点じゃない。妖精公園の屋台おやつの中でも、このメロンパンは珠玉の逸品だからね」
ライラが魔王を褒めると、魔王は、まおーん!と嬉しそうに伸び上がる。
……けれど、この魔王チョイス、ちょっとだけ、僕には心当たりがあります。
「あの、魔王。もしかして……森の皆のお気に入りを、紹介してくれてる?」
さっきの石膏像賛歌では、ラオクレスの『いつもの』を紹介してくれた。それで今度は、ライラの『お気に入り』だ。
僕がそう聞いてみると、魔王は、まおん!と嬉しそうに伸び上がって、僕に軽く頬擦りして、しゅるる、と元の長さに戻っていった。……ええと、多分、当たり、っていうことだと思う。
「ところでトウゴ。さっきから気になってたんだけどさ」
「うん。何?」
ふと、まじまじとライラが見つめてくる。何だろう、と思って聞き返してみると……。
「あんた、頭に花びらついてるわよ」
「……えっ!?」
ライラが、ひょい、と僕の頭に手を伸ばして、そこから薄桃色の花弁をつまんで取ってくれた。3枚ほど。……3枚もくっついてたの!?
「あ、ああ……これ、あれだ。入場門のところで妖精達が花吹雪を撒いて歓迎してくれたんだけれど、多分、その時の花弁だ……」
「あー、なるほどね。確かにこれ、妖精の国の花かも」
柔らかい絹みたいな花びらは、ちょっと丸っこくて、切れ込みがきゅっと入った形。ええと、ハート形、とでも言うべき形をしている。確かにこれ、妖精の国の花の花弁かもしれない。
「……あんた、さっきからずっと、これが髪に付いてたわけだけれど」
「は、早く言ってよ!」
気づいてたならもっと早く教えてほしかった!こういう、その、可愛い形の花弁をずっと頭に乗っけていたなんて!うう……。
「悪かったわね。でも、花びらが頭に乗っかってるあんた、なんかよかったのよ」
……またライラの変な趣味が出てる!
まあ、うん……ライラが楽しんでくれたんだったら、よかった、っていうことにするよ。ううう……。
ライラと少し話をして、それから僕と魔王はまた旅立つ。魔王の食べ歩きツアーはまだ終わらないらしい。
「壁の方へ行くんだね」
今度は、ソレイラと森を隔てる壁の方へ向かうらしい。……そこへ行くなら『石膏像賛歌』から直接そっちに行った方が、無駄が無かった気がするけれど。いや、でもきっと、食べる順番も大切なんだと思うし、文句は無いよ。
壁の近くへ行ってみると……そこには、ソレイラの子供達が沢山いた。
「あっ!ふわふわ様だ!」
「ふわふわ様、こんにちは!」
「こらっ!ふわふわ様がふわふわ様なのはないしょなんだってお母さん言ってたじゃない!」
……そして、とんでもない歓迎を受けてしまった。あの、僕、僕、ふわふわ様じゃないよ……?
「ほら、お前ら。トウゴが困ってるだろ」
僕が困惑していたところにやってきたのは、リアンだ。リアンは最近すっかり、皆のお兄ちゃんだ。子供の成長って、早いなあ。
「トウゴ!こんにちは!どうしたの?トウゴも木苺、食べに来たのかしら?」
カーネリアちゃんもぱたぱたとやってきて、彼女の後ろに居るもっと小さい子達は、『ちょうちょうさん、こんにちは!』と挨拶してくれた。うん。そうです。僕、ふわふわ様じゃなくて、町長さんです。
「えーと、今日は魔王の食べ歩きツアーにご招待されているみたいで……」
「魔王の食べ歩きツアー?なんだそれ」
首を傾げるリアンと目を輝かせるカーネリアちゃんに、魔王に連れられて食べ歩きをしている話をする。まあ、こういう事情です、ということで。
「ということは、魔王はきっと、ここにおやつを食べに来たっていうことね!」
説明すると、カーネリアちゃんは納得したように頷いて……魔王の尻尾を握って、『こっちよ!』と引っ張っていく。僕とリアンと他の子達も一緒に付いていくと……。
「ここよ!ここだけ、オレンジ色の木苺が生るの!赤いのと少しお味が違って面白いのよ!」
なんと。
そこにあったのは、僕が去年生やした生垣だった!
このオレンジ色や黄色の木苺が実る生垣、グリンガルの精霊さまから分けていただいた種から育てたやつなんだ。
元々森の壁には侵入者対策として野薔薇が這っているし、木苺の茂みが壁の裾をすっかり隠すようにしている。木苺は子供達のおやつになっているし、妖精達に収穫されて妖精洋菓子店のお菓子にも使われている。
まあ……そういう木苺なのだけれど、赤い木苺一種類だと子供達が飽きてしまうかな、と思って、グリンガルの森に遊びに行った時に分けていただいた黄色やオレンジの木苺も、植えてみたんだよ。
そうしたら今、それが子供達に大人気、らしい。
「香りがね、赤いのとは違うのよ。黄色い方が甘くて、酸っぱさが少ないわ。それから、黄色い方はちょっぴり冷たいようなかんじなの!」
カーネリアちゃんがお勧めしてくれる木苺を、改めて食べてみる。すると……。
「あっ、ちょっとグリンガルの森の味だ」
すっと広がる清涼感は、グリンガルの精霊さまの魔力に似てる。多分、グリンガルの精霊様の影響を受けた木苺なんだろうなあ、これ。
陽だまりを散歩した後の、ちょっと温まった体には、このひんやりする魔力の残滓が心地いい。爽やかな香りと瑞々しさも相まって、中々美味しいおやつだね。成程、このおやつが一番おいしいのは、確かに、妖精公園までを行ったり来たりして少し疲れた後だ。魔王の食べ歩きツアーは、コース取りにも気を配っているらしい!
「それで、こっちが赤いの!粒が大きくって、瑞々しくって……なんだかとってもいい香り!きゅって酸っぱくて、でも、じんわり甘いの!」
それから、僕が元から生やしていた方の木苺も食べる。こちらは赤い色の、普通の木苺。普通よりも大粒になるように心掛けたし、甘さは保証するけれど。
「……私、この赤い木苺、ちょっぴりライラっぽいって思うわ。きゅって酸っぱくて、でも、じんわり甘くて!」
「色はフェイ兄ちゃんだよな」
「成程……」
ライラっぽい味、というと、僕はライラが淹れてくれるお茶を思い出すよ。お茶の爽やかないい香りで、ちょっと渋め、でも、口残りだけふんわり甘いかんじがするやつ。
それから、透き通って赤く煌めく木苺は、確かにフェイの目に似てる。フェイが好奇心たっぷりの目をキラキラさせてると、まさにこんなかんじかもしれない。
それから僕らは、のんびり木苺のおやつを楽しんだ。
リアンとカーネリアちゃんは、ソレイラの他の子供達の面倒をよく見ていて、良いお兄さんお姉さんだったから、僕としては、そういう姿を見られてちょっと嬉しかった。
途中から本日の業務を終えたアンジェがふわふわ飛んでやってきて合流して、また皆で木苺パーティ。
生垣の枝葉や柔らかい下草で囲まれたこの空間は、子供達にとってはちょっとした集会所らしい。中には、木苺の生垣の中に上手く空間を見つけて秘密基地を作っている子もいた。成程、木苺は子供達のおやつになるし、コミュニケーションツールにもなるし、集会所にも、秘密基地にもなる……。
生やしておいて、よかった!
……さて。
こうして木苺のおやつで締めくくられるかに思えた魔王の食べ歩きツアーだったのだけれど……なんと、まだ続きがあったらしい。
木苺を満足いくまで食べ終えた僕の手を尻尾で引いていく魔王に付いていくと……。
「……あれ?ここ、ルギュロスさんの家では」
魔王は何故か、ルギュロスさんの家の前までやってきた。ええと、どうしたんだろう。
僕が不思議に思っていると、魔王は玄関前で僕の手を離して、ぽてぽて、と庭の方へ回っていった。
そこで魔王が、まおーん、と鳴くと……。
「何だ、魔王か」
庭に居たらしいルギュロスさんが、魔王と話し始めた。……この人、1人で居る時も魔王に話しかけるんだなあ。
なんだかどきどきしながら、ルギュロスさんと魔王の会話を盗み聞く。多分、魔王が僕をここで離していったのって、ルギュロスさんに見つからない方がいいから、だろうし。
「なんとも丁度いい時に来たものだな。ほら」
……僕がそっと、森としての目で覗き見ると、ルギュロスさんは庭の木から桃を1つもいで、魔王に渡していた。丁度食べごろの、完熟のやつ。
魔王はそれを受け取ると、まおん、とお腹から飲み込んで、それを背中から、つるん、と吐き出す。そうして出てきた桃は、綺麗に皮が剥かれて、切り分けられていた!
「よし、ご苦労。その調子でもう1つばかり剥いておけ」
ルギュロスさんは出てきた桃を手慣れた様子でお皿に受け止めると、もう1つ、魔王に桃を渡す。魔王は張り切って、それの皮も剥く。ま、魔王が……魔王が、ルギュロスさんに桃の皮むき機として利用されている!
「……ん?お前の取り分か?それなら今剥いた2つ目がそうだが……まあ、構わんぞ。好きなだけ採るといい」
それから魔王は尻尾を伸ばして、よく熟れていそうな桃を1つ取る。それも、まおん、と皮を剥いて、ルギュロスさんが差し出したお皿へつるん。
「働いた分は労ってやろう。茶を淹れるから飲んでいけ。最近、ウヌキから仕入れた緑茶だ」
ルギュロスさんは桃の櫛切りが山盛りになったお皿を片手に、魔王をガーデンテーブルにエスコートする。……のだけれど、魔王は途中で、するん、と抜け出して、ぽてぽてと庭から出ていく。
「何だ、飲んでいかんのか」
ルギュロスさんがちょっと寂しそうな顔をしている中、魔王はぽてぽてぽて、と僕の方へ駆けてきて、僕の手を尻尾でくるん、と掴んで……僕を連れて、ぽてぽて、と庭へ戻る。
まおーん。
魔王が鳴いて主張すると、ルギュロスさんは、ぽかん、として、それから僕を見て、魔王を見た。
「……おい、魔王。トウゴ・ウエソラも同席させろ、と?そういうことか?」
嫌そうな顔のルギュロスさんに、魔王は、まおーん。こののんびりした鳴き声を聞いてしまったルギュロスさんは何とも言えない顔で、ちら、と僕を見て、それからため息を吐いた。
「……おい、トウゴ・ウエソラ。茶を淹れるから飲んでいけ」
「あ、うん。ご馳走になります」
お邪魔します、とガーデンテーブルに着くと、魔王は何だか嬉しそうに、まおーん、と鳴いた。ルギュロスさんはそれにまたため息を吐くと、ティーポットからカップへ、お茶を淹れ始めてくれる。……ティーカップで飲む緑茶って、凄く新鮮だなあ!
そうして僕らは、ルギュロスさんが淹れてくれる緑茶と桃を頂くことになった。
のだけれど……。
「……すごい。ルギュロスさんが淹れると、すごく繊細で上品な味のお茶になる」
ちょっと衝撃的なくらいに、お茶が美味しかった。
緑茶の爽やかな香りがふんわり鼻を抜けていって、それから、上品な渋味と旨味、それにほんのりと、透き通った甘味が合わさって口の中を流れていく。そんなかんじだ。
すごいなあ、多分これ、先生が使ってる茶葉と同じ茶葉なんだと思うけれど、淹れ方でこんなに味が変わるものなんだ。ちょっとびっくり。
ルギュロスさん、お茶を淹れるの、上手なんだなあ。これはクロアさんといい勝負ができるやつだよ。
「本来、こんなことは召使にやらせるべきことなのだがな。まあ、ソレイラに滞在している間だけ召使を雇うのも面倒だ。ここではできるだけ身軽でいたい。となると、自分で淹れるしかない」
「それで練習したの?すごいなあ、ルギュロスさん……」
この人、ちょっと練習しただけで人並み以上のことができちゃうタイプの人なんだなあ。……いや、多分、そこからさらに人知れず努力を重ねて、トップクラスのことができるようになっちゃう、っていう人なんだとも思うけれど。
「基本さえ押さえれば然程難しいことでもない。……それに、その、未だにどうも、妖精カフェの茶の味が出せん」
「ああー、あれはクロアさん直伝、カーネリアちゃんのお茶だから……」
多分、この森で一番お茶を淹れるのが上手いのはクロアさん。同じ茶葉から違う味のお茶を出すっていう、魔法みたいなことができる人だ。けれど、クロアさんの次にお茶を淹れるのが上手なのは、多分、カーネリアちゃん。カフェで働く小さなレディの腕前は確かなものなんだよ。
それからルギュロスさんとぽつぽつ雑談して、互いの近況報告なんかして、そうして程よい時間になったのでお暇することにした。
去り際、魔王はルギュロスさんに尻尾を振ってぽてぽて去っていく。ルギュロスさんはちょっと呆れたような顔で軽く手を挙げて、魔王の別れの挨拶に応えてくれた。僕はそれがちょっぴり嬉しい。
「楽しかったね」
魔王と一緒に歩きながらそう話しかけると、魔王は、まおーん!と嬉しそうに鳴く。
「美味しいもの沢山見つかったし、皆の生活の様子もちょっと分かって、楽しかった」
今日は魔王に随分と楽しませてもらったなあ。食べるもの全部美味しかったし、それにまつわる森の皆の色んな姿を見ることができて、僕としても森としても、有意義な時間でした。
「ところでルギュロスさんって、魔王と2人きりの時にはいっとう素直だったりする?」
まおーん、と鳴く魔王に『これはYESなんだろうか、NOなんだろうか』と考えつつ、僕はぽてぽて、魔王と一緒に歩いて帰る。
色々食べてお腹は良い具合に満たされているから、夕食はちょっと軽めにしようかな、なんて考えつつ。
魔王の食べ歩きツアー、楽しかったから、また次回にも誘ってもらえたら嬉しいな。或いは、僕が僕の食べ歩きツアーに魔王をご招待してもいいかも。うん、そうしようかなあ。そう考えるとまた少し、楽しくなってくる。
その時はどこを巡ろうかな。フェイのおすすめのお店に行ってみてもいいし、クロアさんの好きなケーキを選んでみてもいいし。あと、先生の家にお茶とおやつを頂きに行ってもいいかもしれない。
或いは、僕の世界のごはんを魔王と一緒に食べ歩いてもいいな。うん、今度はそうしてみようかな……。
……なんて考えて楽しくなる、ある日のことでした。