表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
おまけ:ずっと絵に描いた餅が美味い
534/555

夜色ウサギといっしょ!

 季節はすっかり春で、森では生き物がのびのびと生活している。

 僕も、現実の方の環境が大きく変わったから、その、そっちも楽しいし、毎日が充実しているのだけれど、それでもやっぱり疲れてしまうことには疲れてしまうので……息抜きに、ちょっと意識して休憩しに、この森へ戻ってくることが多い。

「今日も皆、元気だね」

 そして、最近専ら僕が通っているのが、森の中心からちょっと離れた一角。丁度木が少しだけ切れ目になっていて、ぽかぽか優しい陽だまりになっていて、下草は柔らかくて、季節になると木苺が沢山実る、その一角だ。

 そこにはよく、森のウサギ達が集まってくる。ほら、今も、ふわふわふわふわ、ウサギが沢山くっつきあって、如何にも暖かそう。

 ぴょこぴょこと揺れる耳も、丸っこくてふわふわな体も、小さな手足も、案外強靭な脚も、如何にもウサギ、っていうかんじだ。ここでウサギを描かせてもらうことも、よくある。

 ……ただ、今日は描かせてもらうわけじゃ、ないんだ。

「ええと……その、今日も、いい?」

 僕が聞くと、ウサギ達はぴょこぴょこ、と跳ねて返事をしてくれて、それからそっと、広場の真ん中の場所を空けてくれる。僕はお礼を言って、空いたスペースに入って……ころん、と。

 寝っ転がる。柔らかい下草は丁度いい具合。陽だまりは優しくぽかぽか。そもそも僕は森なので、自分に自分が寝っ転がっている訳だから、まあ、居心地がいい。少し眩しいかな、と思ったら、近くの木の枝を伸ばして、目のあたりにかかる陽光だけ遮ってみたり……。

 そうして僕が昼寝の体勢を整えていると、わらわらウサギがやってくる。

 僕の脇腹のあたりで丸くなったり、僕のお腹や胸の上にぴょこんと乗っかったり、脚の間に潜り込んだり……それぞれ思い思いの場所で、ウサギ達は昼寝を始めるんだ。

 こうなると、とってもあったかい。ふわふわでぬくぬくのウサギ達にくっつかれて、僕もうとうと眠くなってくる。

 ……なので、そのまま、入眠。

 うん。最近はこうやって、ウサギ達とも一緒に昼寝させてもらっているんだよ。馬達と一緒に昼寝することもあるし、鳥の巣に半分誘拐みたいなかんじでご招待されて昼寝することもあるし、先生の家の縁側で魔王と一緒に昼寝することもあるし、そこは日替わりなんだけれどね。

 ウサギと一緒の昼寝は、ふわふわもそもそ、少しくすぐったい。けれどそれがなんとなく落ち着く、不思議な昼寝なんだよ。




 そうして小一時間、ウサギに付き合ってもらって昼寝した。

 僕は起きて、起きてからもしばらくは、まだ寝っ転がっている。ほら、僕を寝床にして寝ているウサギ達も居るので。彼らを起こしちゃうのはかわいそうだから……。

 そうして大体1時間で、僕の上で寝ていたウサギ達も起きて、もそもそぴょこぴょこ、動き出す。

 そうなったら僕は、今度は心の栄養補給のためにスケッチブックと鉛筆を出して、ウサギ達が下草をかじったりじゃれ合ったりする様子を描く……のが、いつものパターンなのだけれど。

「……あれっ?」

 ウサギ達に混じって、ちょっと、その、見知らぬウサギが居た。


 そのウサギは、ほとんど黒に近いような濃紺の毛並みをしていて、月みたいな色の目をしている。森のウサギは白やクリーム色や茶色、時々黒、っていう毛色で、つまり、こういう夜色のウサギはうちの森のウサギじゃない。

「君、夜の国のウサギさん?」

 この色合いならそうだろうなあ、と思いながら聞いてみるけれど、まあ、ウサギなので。返事はしてくれない。……この森のウサギ達は賢いから、僕の言葉を理解してくれるみたいなんだけれどね。うん……。

 ただ、代わりに、夜色のウサギはぴょこぴょこと僕の方へやってきた。思わず手を出してみると、ぴょこん、と僕の手の中に飛び込んできて、そのままふくふくと自ら撫でられにくる。

 ……かわいいなあ。

「ええと、どうしようかな。君、夜の国に帰してあげた方がいいよね?ええと……じゃあ、ちょっとごめんね」

 懐っこい夜色のウサギを抱き上げると、ウサギは大人しく、すっぽり僕の腕の中に納まってくれた。急に持ち上げちゃったけれど驚く様子も無くて、僕の胸にすりすりやっては、とろん、としているばかり。夜の国の生き物って、皆こういうかんじなんだろうか。


 夜色のウサギを連れて、月の祭壇へ向かう。多分、このウサギは夜の国のゲートが開いた時に巻き込まれちゃって、昼の国に来ちゃったんだろう。最近も鳥がよく向こうにお邪魔してるみたいだし。

 となると、やっぱり帰してあげなきゃいけない。お家も家族も夜の国にあるんだろうから、こっちにはぐれて心細いだろうし……。

「……あれっ」

 と、思ったのだけれど、祭壇の近くまで来たら、夜色のウサギはもそもそもそ、と急に動き出した。そして、きゅ、と僕のシャツにしがみ付くみたいになってしまった。……ええと。

「あの……君、もしかして、あんまり帰りたくない、のかな……?」

 聞いてみても答えは無い。そりゃあそうだよ、ウサギなんだから。

 でも、相手がウサギでも、分かることはあるよ。どうもこのウサギ、僕から離れたくないらしい。

「ああ、もしかして、光の魔力不足なのかな」

 よくよくみてみたら、やっぱり、このウサギはちょっと体温が低いようなかんじがする。元々、夜の国の生き物はレネもそうだけれど、少し体温が低い。けれどこのウサギは、それよりも更に冷えているような気がする。

「僕にくっついてるのは、光の魔力の補給……?」

 となると、このウサギが夜の国へ帰りたがらないのも、僕にくっついてるのも、理由は分かる。

 要は、昼の国で光の魔力を吸収していきたいんだろう。もしかしたら、それが狙いで、自らゲートの開閉に巻き込まれてこっちへ来たのかも。

「……なら、今日一日、こっちに居る?」

 ずっとこっちに居るっていう訳にはいかないだろうけれど、まあ、こっちでたっぷり光の魔力を吸収してもらって、ほこほこふりゃふりゃになってから夜の国へ帰ってもらった方がいいのかもしれない。どうもこのウサギはそうしたいような気がするし。

「よし。じゃあ、そういうことにしよう」

 僕は祭壇から離れて歩き出す。するとウサギは安心したみたいにそっと体の力を抜いて、僕の腕の中ですやすや眠り始めてしまった。月の色の目が閉じられてしまうと、耳の生えた濃紺の毛玉、というかんじ……。

 たまにもそもそ動く可愛い毛玉を抱えて、僕はひとまず、家へ帰ることにした。




「へー。この子、夜の国のウサギなんだ」

「えーと、多分ね」

 家の前へ戻ったら、丁度そこにライラが居たので、ライラにもウサギを見せてみた。ご覧ください、多分夜の国のウサギだよ、ということで。

 夜色のウサギはライラのことを気に入ったのか、ふんふんとライラの匂いを嗅いで、それからライラにも抱っこされて、幸せそうにもそもそしている。

「あはは、この子、毛並みがすごく滑らか!触ってみるとますます、夜の国の生き物、ってかんじね!」

「そうだね。夜の国のものって、こう、ふわふわ、っていうよりはすべすべ、とか、とろとろ、とかの方が多い気がする……」

 だからか、夜の国の人達には昼の国の毛布が大人気だよ。ふわふわ、もふもふ、ふくふく、みたいな触り心地のもの、夜の国の人達は大好きみたいなので。

「この子、リンゴ食べるかしら。……はい、どうぞ」

 ライラはウサギを抱いたまま、器用にバスケットを開いて、その中に入っていたスティック状のリンゴを出して、はい、とウサギにあげる。夜色のウサギはライラの手からリンゴスティックを貰って、さくさくさくさくさく、と食べ始めた。

 僕もライラのおやつのリンゴスティックを分けてもらって、さくさく。ライラも一緒に、さくさく。ウサギは小さな口を一生懸命動かして、さくさくさくさくさく。

「……なんかちょっとレネっぽいわね」

「ああ、うん、ちょっと分かる」

 幸せそうに食べる様子が、なんとなくレネっぽい。いや、このウサギの色合いがレネっぽいっていうだけなのかもしれないけれど……いや、レネも口が小さいから、食べる時は噛んだり齧ったりする回数が多くなりがちだ。うん、確かにこのウサギ、レネっぽい。

「なんかいいわよねえ……」

「あー、ええと、それはちょっと分からない」

 けれど相変わらず、ライラの『なんかいい』はちょっと分からないことが多い!


 おやつも食べたら、ウサギと一緒に森の散歩。ライラも『私も気分転換についてこっかな』とのことだったので、2人と1羽での散歩になりました。

 森の木漏れ日の中を歩いていくと、僕の腕の中でウサギは目を輝かせて周りを見る。特に、頭上から降り注ぐ木漏れ日がお気に入りらしくて、地面の柔らかな腐葉土の上に落ちるふんわり優しい木漏れ日を眺めて、上空で風に優しく揺れる木の葉が光に透ける様子を見て、随分と忙しい。

「夜の国には無いものねえ、こういうの」

「どうだろう。最近は太陽が一応顔を出してるみたいだから……」

 夜の国も、一応、明るくなってる。太陽の光はまだ、こっちの真冬くらいの弱さでしかないし、未だにずっと夜みたいな、真っ暗闇の地域が残ってはいるみたいだけれど。でも、それもいずれ消えるだろう、って竜王様が言ってた。

 夜の国のお城の周りは綺麗に青空が見えることが多くて、なので、まあ、よく道端で日光浴して居る人達を見ることができる。彼ら皆揃って太陽の光を浴びながら、『ふりゃー』『ふりゃふりゃー』ってやってるから、その、ちょっと楽しい。……これ、ライラの『なんかいい』に近い感覚なんだろうか?

「あ、花が気になるのかしら」

「そうみたいだね。丁度花畑だし、下ろしてあげよう」

 さて、森の中の花畑に丁度差し掛かったので、僕はそっと、夜色のウサギを地面に下ろす。するとウサギはぴょこぴょこ、と嬉しそうに花畑の中に埋もれていって、そこでなんとなく満足気にしているように見える。

「あ、たんぽぽが好きなんだ」

「そうみたいね。……たんぽぽが好きなのって、夜の国の生き物共通だったんだ」

 夜色のウサギは大輪のたんぽぽに顔を近づけて、ふんふん、と匂いを嗅いで、それからたんぽぽの花に顔を埋めるみたいにして、なんとなく楽しそうに見える。

「……レネっぽいわね」

「うん。レネっぽい」

 多分、ここにレネが居たら、ウサギと同じようにたんぽぽに埋もれて、『ふりゃあー!』ってやってたと思うよ。うん、本当に、なんだかそっくり……。




「よー!トウゴにライラに、2人揃ってどうし……ん!?なんだそのウサギ!?新種か!?」

 散歩を終えて帰ってきたら、丁度、フェイが遊びに来たところだった。そして夜色のウサギを見て首を傾げつつ、好奇心いっぱいの目でこちらを見ている。フェイは今日も好奇心旺盛。

「多分、夜の国のウサギなんだと思うよ。陽だまりが好きみたいだし、ちょっと寒がりみたいだし、たんぽぽ好きだし……」

「へー。レネみてえだなあ」

 そっかー、なんて言いながら、フェイは僕の腕の中のウサギをつんつんつっつく。ウサギは耳をぴこぴこさせながら、フェイの指から逃れようとふにふに動く。それが柔らかくてくすぐったくて、抱っこしている僕としては大変です。

 それからしばらく、フェイは夜色のウサギをつついて、ウサギはちょっとフェイを威嚇しつつも、優しく撫でられたら大人しくなって、とろん、としてきてしまった。フェイはそれを見て『かわいいなあ、おい』と満足気。

「それにしても、なんで夜の国のウサギがこっちに居るんだ?」

「うーん、分からないんだけれど、ちょっと帰りたくない様子だったから……夜の国で光の魔力不足になっていたウサギなのかもしれない、って思ってる。ほら、光の魔力を補給しに、昼の国で療養、みたいな」

「成程なあ。そっかー、お前、療養に来たのかー?んー?」

 フェイが優しくウサギをくすぐると、ウサギはくすぐったがってもそもそ。僕はそれにくすぐられてむずむず。

「ま、そういうことなら沢山あったまってけよ!な!」

「そうね。折角だから沢山『ふりゃー』にしてあげましょ」

 フェイとライラが笑ってウサギを見ると、ウサギは『ふりゃー』の部分に反応したのか、耳をぴんとさせて、身を乗り出すようにし始めた。……やっぱりこのウサギ、昼の国の言葉が分からないだけで、夜の国の言葉なら通じるんだろうか。賢いウサギだなあ。




 さて、この夜の国からやってきたお客様を『ふりゃー』にしなければ、ということで、僕らは早速、温泉に来た。

 ……ええと、ソレイラの温泉施設じゃなくて、前、森の奥に描いて出した奴。馬の洗濯用に出した温泉だけれど、今やすっかり、森の生き物の公衆浴場みたいになってる。

「ええと、じゃあ、この辺りであったまってね」

 今日も、温泉には馬が2頭入っていた。羽が生えてるタイプの馬だ。彼らの頭の上には妖精が数羽止まっていて、なんだか楽し気にしている。僕らはそんな馬達の脇、邪魔にならない位置に、そっと、夜色のウサギを浸けてみた。

「……わー、とろけてる」

「とろけてるなあ。へへ、かわいいじゃん」

「なんだか餅みたいだ……」

 夜色のウサギは、もう、とろろん、と柔らかくとろけたような姿勢になってしまって、すっかり温泉を堪能している。そうやって温泉で温まってもらいつつ、体を洗ってあげたり、毛並みを梳かして整えたり。夜の国のウサギは少し毛足が長いから、梳かすとますます綺麗になる。

「この形、なんか、いいわね……」

 気持ちよさそうなウサギに触発されたらしくて、ライラはいつの間にかスケッチブックを出していた。スケッチブックの上には、短時間で的確に、ウサギのとろけて柔らかそうな姿勢が描き起こされている。うーん、やっぱりライラはすごい。

「……僕、ライラの『なんかいい』がよく分からないんだけれど、それ、どういう意味で言ってる?」

「えーと……あんたの『描きたい』と大体同じじゃないかしら」

 あ、そうなんだ。……え?そうなの?そっか、うーん、ライラの『なんかいい』は、僕の『描きたい』……。新たな知見だ。




 夜色のウサギにたっぷり温泉を堪能してもらったら、夕食にお招きする。

 とはいっても、ウサギに人間の食べ物は毒になるから、人参とリンゴを出すことにした。

 ……のだけれど、このウサギ、リンゴは食べるんだけれど、人参は食べてくれない。ちょっと悲し気な顔をしてくる。

「あ、分かった」

 と思ったら、一緒に食卓に着いていたライラが、にや、と笑って人参を持って台所に向かって……少しして、戻ってきた。

「冷たくて硬い人参を食べるのが嫌だったんじゃない?ほら、あっためたわよ」

「えっ」

 どうやら、ライラは人参を輪切りにして茹でてきたらしい。どうかしら、とライラがウサギに人参を差し出すと……あっ、今度は食べた!

「……ちょっと人間っぽいわね、このウサギ」

「うん……」

 ウサギの耳がぴょこぴょこ動いて、口元がもくもくもくもく小刻みに動いて、人参はどんどん無くなっていく。お腹、空いてたのかな。

 それから僕とライラは『これならウサギにも大丈夫でしょう』ということで、日向菊のお茶を少し冷ましてから出してみた。

 ……すると、案の定、ウサギが光った。

「レネみたいだわ」

「レネみたいだね」

 多分、レネなら今、『ふりゃー!』と元気に言っていることだろう。夜色のウサギも、光り輝きながら胸を張って、ちょっと自慢げな姿勢。……レネっぽいけど、ちょっとだけ、鳥っぽくもある。




 そうして食事も終わったところで、僕は僕の部屋にウサギの寝床を作ってやった。

 毛布をもふもふ、と丸めて、鳥の巣みたいな形にして、中に小さなゆたんぽを埋めておいて……寒がりウサギでも暖かく過ごせるようにしてみたよ。

 そこに少し眠たげな顔になってきたウサギを乗っけてあげると、案の定、すぐにウサギは寝付いてしまった。

 その間に僕はお風呂に入って、ぬくぬく温まって、それから寝室へ戻る。今日はこっちの世界に泊まっていこう。ウサギのお客様もいることだし、先生がくれた時計があるから、現実の世界の時間が分からなくて困るっていうことも無いし。

 ……と思っていたら、なんと。

「あ、あれ?いなくなっちゃった」

 ウサギの寝床に、ウサギが居ない!ど、どうしよう。もう帰っちゃったんだろうか。まさか、不慮の事故があったとか、そういう……?

 ……あ。

「ああ……そこかあ」

 室内を見回してすぐ、ウサギが見つかった。ああ、よかった。……というのも、その、僕のベッドの上で、毛布の塊がもそもそしているので……。

「どうしたの?ええと、あの寝床だと不満だったのかな」

 そっと毛布の包みをめくってみると、中のウサギがぴょこんと嬉しそうに飛び出してきて、僕にくっつく。う、うーん、もしかしてこれは、寝床への不満じゃなくて……光の魔力不足だから、魔力の多い僕にくっついて寝たい、っていうこと、だったのかな。

 僕のベッドには僕の魔力が染みこんでるのかもしれないし、ここで寝ていたのはそういう理由なのかも。……いや、魔力が染みてるって、なんか、その、ちょっと嫌だけど……。

「君、ちょっと冷たいね。冷えちゃったかな」

 夜色のウサギは、すっかり夜の温度だ。ちょっとひんやりするくらいの冷たさ。それでいて、ウサギ自身も寒いのか、ふるふる震えている。

「じゃあ、僕、湯たんぽになりますので」

 こんなウサギは放っておけない。僕もウサギと一緒にベッドの中へ。するとウサギは嬉しそうに、僕にすりすりやってくる。なんだか本当にレネみたいなウサギだなあ。

「ふふ、君、レネみたい」

 ウサギをお腹のあたりに抱いてくすくす笑っていたら、ウサギは僕の胸のあたりをぽすぽすと前足で蹴って、体を伸び上がらせてくる。ウサギの耳が僕の顎に触ってふわふわくすぐったい。

「ああ、そうだ。ちょっとあったまる方法、あるよ」

 僕をくすぐるウサギをちょっと抑えて、抱え直す。ウサギと目を合わせるみたいにして、それから、ウサギの鼻先にちょっとだけ、キスした。レネに魔力を分ける時と同じ具合に。ただ、ウサギの小さな体に収まるくらいの魔力の量になるよう調整して。

 ……すると、ウサギが光り出す。こういうところもレネっぽいなあ。

「ふふ。ふりゃー?」

 聞いてみると、ウサギはちょっと困惑したように首を動かしつつ、自分の手を見つめるような素振りをする。

 おや、と思っていると、ウサギはますます強く、ぽわぽわと光り始めて、光はどんどん強まっていって……『あれ、これおかしいぞ』と僕が思い始めた頃。


「……ふりゃ!」

 僕の腕の中に、レネが居た。

 うん。レネが。

 ……えっ?




『そうして戦いの果てに生命維持に必要な量の魔力も失ってしまったので、小さなウサギの姿になることでなんとか生き延びていたんです』

「うわあ……よかった、レネが生きていてくれて……」

 ということで、元の人間に似た形に戻ったレネと、筆談した。その結果、レネはどうやら、『夜の国の森で暴れる悪い魔物を退治するために赴いたら、報告より多くの魔物が現れて、その戦いで多くの魔力を失ってしまって死にかけていた』らしいということが分かった。

 ……その、すごく、ぞっとする話だ。

 もしかしたらレネはそこで死んでしまっていたかもしれなくて……そう考えると、レネを抱きしめたままの腕を離すことができない。

『あの、大丈夫なんです。実は、タルクもちゃんと傍に居たんです。だから、命が助かる見通しはちゃんとあったし、竜にとっては当たり前のことで……』

 レネはそう、もぞもぞしながら書いて見せてくれて……でも、そうだって頭で分かっても、どうにも僕は、落ち着かないもので。

『やっぱり、ちょっぴり怖かったです』

「うん」

 結局、レネがそう書いて見せてくれて、すりすり、と僕の胸に頬擦りしてきてくれたのを見て……やっと、僕も落ち着いてきた。

 ああ、よかった……。


 それからレネは、もう少しウサギになって昼の国へやってきた顛末を説明してくれた。

『タルクは最初、城に連れて帰ってくれる予定でした。でも、丁度そこで、月の祭壇が起動したんです。鳥さんが遊びに来たみたいです!』

『あの鳥、頻繁にお邪魔してるんだね……』

『はい。それを見たタルクが月の祭壇に放り込んでくれて、そこを通って昼の国へ来ることができました!昼の国に居れば、生命維持に必要な魔力もすぐに取り戻せて、すぐ元の姿に戻れるから、丁度よかったんです!』

 成程なあ。タルクさんが戦略的にレネをこっちに放り込んだ、と。それで、光の魔力たっぷりな昼の国でレネは療養して、元の姿に戻る予定だった、と……そういうことなら、レネが向こうに帰りたがらなかった理由は、大体僕らの推測通りだった、ってことかな。療養目的の来訪だったことは確かだし。

 となると、対応も概ね合ってたっていうことだろうか。ああ、よかった!

『おかげで、随分早く戻れました!本来なら、夜の国で十日以上はかかる予定だったんです。それが、たった1日で元に戻れるなんて!』

 レネはそう言ってにこにこしているけれど、そっか、本来なら十日以上、ウサギだったのか。

 ……その、夜の国のドラゴン達は、こういうのが普通なんだろうか?だとすると、その、うーん……やっぱり不思議な生き物だ……。


 それから事情が大方説明してもらえたところで、ふと、レネがしょぼんと落ち込んでしまった。

『今回のことは、不覚でした。もう二度と、こんなことが無いようにします』

 レネはちょっと落ち込んでいる。ドラゴンとしては、魔力が足りないくらいに追い込まれたことは『不覚』だったらしい。僕としては、そんなの仕方がないことだと思うのだけれど……。

『トウゴにも迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい』

 ……ええと。レネが、そうやって、落ち込んでいるので……。

『レネが来てくれたので、今日一日楽しかったです』

 レネを励ましたくて、本心からそう書いて、見せる。

 実際に、僕、楽しかったよ。不思議なウサギと一緒に過ごすのは、中々悪くない休憩になった。

『それに、レネはウサギになっている間、寒がっているように見えました。寒い時のレネを温める手伝いができてよかったです』

 それにやっぱり、困っていたレネを助けられたんだから、よかったと思うんだよ。僕らはお互い、困っていたら助けたい間柄なんだから。

「とうごー……」

 レネは申し訳なさそうな、嬉しそうな、そんな顔でもじもじ、としてから、きゅ、と僕にくっついてきた。

「……だいしゅき!」

 わ、びっくりした。レネはどんどん昼の国の言葉を覚えるなあ!

「僕も、大好きだよ」

 大事な大事な友達を抱きしめ返して、僕らしばらく、ベッドの中でふりゃふりゃお互いに暖を取る。

 今日は不思議な一日だったけれど、でも、レネを助けることができて、本当によかった!




 そうして暖を取り終わって、2人並んでベッドの中。まあ、このまま泊まっていくといいと思うよ。レネだって元の姿に戻ったとはいえ、魔力不足は間違いないんだし。

『ところで、トウゴの世界のお話には、お姫様のキスで王子様の呪いが解けるお話があると聞きました』

 そうして並んでいたら、レネがそう書いて見せてくれた。

 ああ、それ、カエルのやつかな。多分、先生がレネに教えたんだろうなあ。先生は子供達や妖精相手に、現実の世界の童話をアレンジして聞かせてあげたり、書いて簡単な本にして見せたりしているから。

 ……と、思っていたら。

『……さっきのは、ちょっぴりそれみたいでした!』

 うん。

 ……確かに、ウサギレネに、その、キスして、それでレネは元の姿に戻ったけれど。

 あの。僕、お姫様じゃ、ないです!




 それから、すとん、と寝てしまったレネを眺めながら、僕はちょっと、考える。

 レネの性別は未だによく分からないし、もう分からなくていいや、とも思っているのだけれど……その、レネって、僕の性別を、何だと思っているんだろうか。

 まさか、本当に、僕のこと、お姫様だとは、思ってない、よね……?

「ふりゃー……」

 寝言をむにゃむにゃ言いながら幸せそうな顔をしているレネを見ていると、その、聞くに聞けない。うっかり本当に勘違いされていたら、と思ったら、聞くに聞けないよ!

 ……ということで、今後も僕は、『もしかしたらレネは僕のことをお姫様だと思っているんじゃないだろうか……』という疑問を抱きつつ、レネと接することになるのでした。


 ところでこの話、ライラにしたら大笑いされて『なんかいいわ!すごくいい!』とのことだったんだけれど……あの、やっぱりライラの『なんかいい』と僕の『描きたい』って、ちょっと違うんじゃないかな、ねえ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最初の方からあれこれレネじゃね?と思いながら読んでたらまさかのまさかだった 印象の強さハンパないレネさん
[気になる点] レネがウサギになったのは魔法ですか?!それとも竜の生物的特性ですか?! 竜がウサギになるならば竜王様やレッドドラゴン、場合によってはレッドガルド家の血族ですらウサギになる可能性が?! …
[気になる点] トカゲとかじゃなくてウサギになるのか・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ