森の噂
年末は、森も年越しの準備に忙しい。僕は受験勉強もそうだけれど、森の精霊業でも忙しい。だからやることがたくさんあって、最近、少し疲れてしまっている。……でも、そんな言い訳はできないから、今日も森で働いているところ。
森の結界を確認するのは当然のことだ。魔力を注ぎ直して、来年もちゃんと機能するように細かいところまで確認していく。ちょっと大掃除っぽいね。これが結構、集中を要するし、魔力をたくさん消費するみたいで、疲れる。でも、大事なことだから。隅々まできちんと、森の守りを整備していく。
結界の整備が一通り終わったら、他にも、森の様子を確認していく。生き物達が寒さに凍えずに過ごせているか、彼らの巣の様子を確認したり、冬ごもりに備えて蓄えた食べ物がちゃんと足りそうか確認したり。
植物が来年の春の芽吹きに合わせてちゃんと芽吹けるように準備ができているかを見たり、ちょっと元気がない植物が居たら、僕の元気を分けてあげたり。
寝ぼけて雪の中に出てきて迷子になってしまっている兎が居たから、抱き上げて巣まで運んであげたり。巣から落ちてしまった小鳥を見つけて、巣へ戻してあげたり。
……そうやって森の中を確認していく。精霊としての仕事をおろそかにするわけにはいかないから、手は抜かない。
年に一度の節目だし、僕は、中心の森の外、ソレイラにまで意識を伸ばして……。
「ああ、それ、あのライラに渡す予定だったのかい?」
……そんな声を聞いてしまって、そこで、意識を止める。
その、僕、森なので。ソレイラの様子も分かるし、そこで何が話されているかも、分かってしまう。普段はこんな、盗み聞きとか覗き見とか、そういうことはしないようにしてるし、気になることも無いんだけれど、その……今回は意識を集中させていたものだから、ソレイラの人達の声が聞こえてしまって、それが意識に引っかかってしまったみたいで……。
……こんなのいけないことだよ、駄目だよ、と思いながら、僕は……その会話をしている人達に、意識を集中させてしまう。
ああ、僕って、なんてやつだろう!でも、でも、大事な森の子が何か、困ったことに巻き込まれても困るから……うう、許してほしい。
「そうなんだよ。ほら、この花、あの子の瞳みたいだろ?妖精カフェであの子を見つけて以来、俺、あの子のことで頭がいっぱいでさ……」
話している人の片方は、そんなことを言っている。僕は只々、どきどきしている。……友達のこういう話って、ものすごくどきどきしてしまうっていうことを、僕は初めて知った。
ライラは、その、確かにすごく綺麗だ。透き通って深い藍色をした宝石みたいな瞳が生き生きと輝いている時なんて、すごく、すごく描きたくなってしまう。
他にも、栗色のポニーテールが振り向きざまに振り回されている時とか、カフェでのびのび働いている時とか……そして何より、絵を描いている時!絵を描いてる時のライラは、その、すごく魅力的なんだよ。集中している時の彼女の真剣な瞳は、確かに、ものすごく、綺麗で……けれど、その、僕の友達がこういう風に誰かに思いを寄せられているなんて、思ってなかった!
ああ、でも、別に不思議なことじゃないし、むしろ今までこうなっていなかったことの方が不思議なんだ。ライラは妖精カフェの看板娘で、ソレイラの人気者で……ああ、ああ、僕って、僕って!考えなし!
どうしよう、どうしよう、いや、でも僕がどうにかすべきことじゃないぞ、と考えていたら……。
「ははは、やめときな。あのライラって子は巫女様なんだから」
……町の人が、そう言った。
……えっ?
どきどきはどきどきのまま、けれど『おや?ちょっとおかしいぞ?』という気持ちが混じり始めた僕は、そのまま盗み聞きを続ける。ごめんなさい。
「巫女様?そ、それって一体どういう」
「知らないのかい?あの子の噂!」
知らないです。知りたいです。ライラって噂になってるの?
「あの子はね……この森の神鳥様に連れられて森に来たんだよ!」
……あっ。
うん。そうだ。そうだった。ライラって、裁判所から鳥にさらわれてここまで来たんだった。うん……。
裁判所に顔を出した鳥が、たまたま『神様が覗くための窓』なんて言われてる天窓から覗き込んでしまったがために、なんだか盛大に色々な勘違いをされながらライラは攫われてしまったんだった。そうだった。
「それに、時々神鳥様に乗って空を飛んでいるからね。ま、神様のお使いに乗せられているんだから、彼女もそういう存在ってことさ。時にはドラゴンに乗った精霊様の隣を飛んでいることもあるし……」
……そうだった。ライラはよく鳥に乗って飛んでいるし、僕が龍に乗って飛んでいる横を飛んでいたこともある……。
「それに、彼女が帰宅するところ、見たことあるかい?」
「えっ?」
「精霊様の森の奥から、ペガサスか神鳥様が彼女をお迎えに来るのさ。ちゃんと決まった時間に妖精洋菓子店の裏庭にやってきて、彼女を乗っけて飛んで帰る。勿論、精霊様の森に、だよ」
あ、ああああ……そうだった。ライラの家はソレイラじゃなくて森の中にある、から……ソレイラの人から見たら、ライラって、不可侵の精霊の森の中へ帰る不思議な人、ということになってしまう!
「そ、そうか……」
「そういうことだ。彼女は精霊様のお気に入りなんだから、手を出そうとするんじゃないぞ」
ということで、花束を持った人はソレイラの人にそう笑いながら言われて……。
「いや!でも俺は諦めない!花束、渡してくる!なんとか精霊様にもお許しを乞うさ!」
あっ!元気に開き直ってしまった!な、なんてこった!
「行ってくる!」
「お、おお、行くのか……まあ、しょうがないか……」
ソレイラの人、花束を持った人を見送ってしまった!あっ、あっ、駄目!いや、駄目じゃないはずなんだけれど、駄目!駄目だよ!
ああ、でも僕には彼を止める権利は無い!駄目なわけないじゃないかこんなの!森の子の幸せをちゃんと願えよ、僕!僕は精霊だろ!ああもう!我儘言うんじゃない!
……でも!でも、ライラが、その、あの人との逢瀬のために絵を描く頻度が下がってしまったらきっと寂しいし、彼女が森を出て行ってしまったら……ものすごく寂しい!
友達がとられてしまうような気がしてしまって、無性に寂しくて……ああ、僕って、僕って、なんて我儘な奴なんだろう!
「あー、ごめんなさいね。個人的なお誘いだったら、ちょっと遠慮させてもらうわ」
自己嫌悪と焦りでいっぱいになっていた僕だけれど、ライラのすっきりさっぱりしたお断りを聞いたら色々吹き飛んでしまった。あ、お断り、するんだ……そっか……。
な、なんだか安心してしまった。いや、安心してしまうのも申し訳ないんだけれど。でも、そっか。それなら、僕の友達はもうしばらく、僕と一緒に絵を描いたり絵の話をしたりするのに付き合ってくれそう、ということで……ちょっと嬉しいのと、申し訳ないのが混ざって複雑な気分です。
「そ、そうか……」
「うん。今、やりたいこといっぱいでさ。妖精カフェも楽しいし、あと、近々またコンクールに絵を出品するつもりで、今、それで頭一杯なのよ。だから、気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい」
「あ、いや、そういうことなら……こちらこそ無理言ったみたいで、ごめんな」
花束を持ってきた人も、すっきりさっぱり諦めてくれたみたいだ。ああ、僕も彼を見習おう……。
「でも花は嬉しいから飾っとくわ。ありがと」
ライラは快活に笑ってそう言うと、妖精が『これにしとく?』とばかりに持ってきてくれた花瓶に早速、花を生け始めた。ミルク色のガラスに青い花の花束がよく似合ってる。綺麗だなあ。
「へー。こうしてみるとこの色の組み合わせ、綺麗ねえ」
ライラはうきうきとして花を飾って……そして、ふと、小首を傾げて笑った。
「うん。トウゴが描きたがりそうだわ」
……うん。
あの、ねえ、ライラ。君、僕が聞いてないところでも、僕の話、してるの……?
ライラがそこで『ここの町長さんやってるトウゴっていうのが変なやつでね!私の友達なんだけどね、とにかく絵を描くのが大好きでさ』なんて笑顔で話しているのを聞いているのがなんだか恥ずかしくて、慌てて意識を引き戻す。
妖精カフェから、さっき花束を持った人とソレイラの住民とが話していたあたりにまで意識を持ってくると、そこでは丁度、さっきの人がまた別の住民と『さっき森の巫女様に花束を渡しに行った奴が居たぞ』『あーあ。どうせフラれるだろうになあ……若いねえ』なんて話していて……。
……そこで僕は、ふと、思った。
ライラの評判は、まあ、分かったとして……他にも森に住んでいる森の子達が居るわけだけれど、彼らって、どういう風に、噂されてるんだろうか、と……。
盗み聞きはよくないぞ、と思う自分に、『森の子達が他の人の子らからいじめられたら大変じゃないか!僕にどうにもできなくても問題があることは知っておくべきだ!』と思う自分が勝ってしまったので、僕は盗み聞きをします……ああ、ソレイラの皆、こんな精霊でごめんなさい。
もう開き直って治安維持だと割り切ってしまえればいいんだろうけれど、なんとなくもやもやふわふわ引っかかる気持ちのまま、でもそれ以上に『森の子達に僕のせいで変な噂が立っていなければいいけれど』という心配が強い中、僕は、ソレイラの噂話に意識を集めて……。
「いやあ、参った!お前、やっぱり精霊様に剣を捧げただけのことはあるなあ!」
……森の騎士の一人が、ラオクレスとの訓練中にそんなことを言っているのを聞いてしまった。
「強くなったなあ、エド。力任せの剣ばかりじゃなくなった。気配を読むのが上手くなったんじゃないか?」
「お前もな。鍔迫り合いの後の一撃には中々ぞくりとさせられた」
ラオクレスは同僚の騎士と手合わせしていたらしい。ラオクレスが勝ったみたいだけれど、お互いに相手の健闘を讃え合っている様子がなんともいいね。
「やはり俺達騎士は、守るべきものがある方が力が入るな。張り合いがあっていいよ。それに、この町に居ると、清純な魔力が俺達を強くしてくれるって実感があるし……」
「お前は毎回それを言っているな」
ラオクレスが笑うと、相手の騎士も嬉しそうに笑っている。そ、そっか。ソレイラに居ると魔力の影響を受けがち、ってことなのかな。そういえば確かに、町の金物屋さんが『作って庭に放りっぱなしておいた鍋がいつの間にかほんのり魔鋼の鍋に変わっていた……恐るべしソレイラ』って言ってたことがある。いや、あれは妖精のいたずらじゃないかって思ってるけど。
「俺もここに来てから多少強くなったと思うが……どうも、お前には負けるよ。やっぱり心境の変化って、大きかっただろ?」
「まあ、そうだな」
ラオクレスはにやり、と笑って答える。こういう風に、騎士仲間と話している時のラオクレスは、僕と接している時より少しラフなかんじで、ちょっと新鮮だ。
「トウゴさんはいい主だもんなあ。いいなあ、お前。いい主に剣を捧げて、聖域でその御身を守る栄誉に与る奴なんて、そうそう居ない」
……あ、やっぱりあの森って、聖域扱いされてるのか。そ、そっか……。この世界に来た当初、フェイが『精霊様の聖域に迷い込んだかと思った!』って言ってたの、本当になってしまった……。
「この座は譲らんぞ」
「ははは、奪う気にはなれないよ。俺は聖域で暮らせるほど図太くないし、お前が嫉妬深い奴だってのは知ってるし」
えっ、ラオクレスって、その、嫉妬深い、の?特にそう思ったことは無いのだけれど……。
……僕の知らないラオクレスの一面を覗き見てしまっているなあ。よくない。よくないぞ、僕……。
「お前、引退する気、なさそうだよなあ」
「そうだな。トウゴに生涯を捧げる所存だ」
えっ!?だ、駄目!駄目だよ!そんな、生涯を僕なんかに捧げちゃ駄目!ラオクレスには、もっと、ちゃんと、幸せになってほしくて……ああ、でも、嬉しいって思ってしまう自分もいる!僕の馬鹿!我儘!寂しがり!精霊!
……その、ラオクレスの話を盗み聞きして分かったのは、その、結構、ラオクレスって、僕のことを好きでいてくれているんだな、ということでした。
聞いていてとっても恥ずかしくて、でも嬉しくて、ああ、僕、どうにかなってしまいそうだった……。
案外、ラオクレスは僕のことを褒め殺しにしようとしてくるから……うう、いつか褒め殺し返してやらなければ。ううう……。
「ああ、ところで気配の読み方についてだが、それは丁度いい練習相手が居るのでな」
「えっ!?まさかお前、精霊様相手に!?」
恥ずかしくて丸くなっていたら、ラオクレスの話がなんだか不思議な方に進んでいた。僕はラオクレスの練習相手にはまるでなりませんよ。いっつもつまみ上げられて、お風呂やベッドに運ばれているくらいなんですよ……。
「いや、トウゴは戦えない。時折、不意を突いてくるのが妙に上手いことがあるが、そうではなく……」
ラオクレスも苦笑しながらそう前置いて……。
「クロアを、その手の訓練に付き合わせているのでな」
……そんなことを言った。
そ、そうか。ラオクレスって……クロアさんと、戦闘訓練、してたのか!びっくり!
「えっ!?あの美女と!?」
「……まあ、あいつは確かに美女かもしれんが」
騎士の人がびっくりしてるのを、ラオクレスは何とも言えない顔で見ている。ああ、ラオクレスはクロアさんを見慣れすぎて、クロアさんが美女だっていう感覚が薄れているらしい。なんてこった……。
「あいつの素性はお前も知っているだろう」
「いや、まあ、なんとなくは分かってるけど……そうかあ、エドと戦っていい線いくぐらい強いのか、あの人……」
「ああ。あいつは強い。俺がトウゴの前に立って盾になる時は、あいつにトウゴの後ろを任せたいと思っている相手だ」
ラオクレスが、ラオクレスが、クロアさんの自慢をしている!僕の自慢をしている時と同じくらい嬉しそうだ!
「……なあ、エド。お前、クロアさんと上手くいっているのか?」
「……お前が思うようなことは何もないぞ」
あ!今度はラオクレスが、クロアさんのことで気まずそうな顔をしている!中々これは見ない顔だよ!
「ええー、でもお前、クロアさんと2人で酒飲む仲だろ?昨夜かその前も飲んだって聞いたけど」
「なっ、何故知っている」
ああ!ラオクレスが、あのラオクレスが、慌てている!これは珍しい!これはもう、描かなきゃ!描いた!
「いや、酒屋のおやっさんが、『クロアさんが珍しくお酒を買って行かれたんですよ。女性が1人で飲むには少々強いものを選ばれたんでね、気になって聞いてみたら、いい酒器を貰って浮かれてる誰かさんと飲むから、ちょっと格好つけようと思って、なんて仰ってて』と言ってた。つまりそれ、お前のことだろ」
……この騎士さん、すごく、情報通だなあ。すごいなあ、この人。ほら、ラオクレスがすっかり追い詰められた兎みたいになっている……。
「で、どうなんだよエド。お前、数日前、『主からいい酒器を賜った』って浮かれてたよな?」
「……その、トウゴから賜った酒器だが、それが何故か1つ、クロアのところに紛れ込んだらしくてな……それで、丁度いいから、酒でも飲むか、と……それだけのことだ」
あ、どうやら僕がクリスマスに贈ったやつ、喜んでくれたみたいだ。嬉しいなあ。嬉しいなあ。
「ほーん。成程なあ。……あ、お前が珍しく茶葉なんざ買ってったのも、それか?」
「なっ、何故知っている!」
「それはマーセン隊長から聞いた!へっへっへ、俺の情報網を見くびるなよ!」
……後でこっそり、クロアさんにこの人、紹介しておこう。情報を仕入れるのに、彼、助けになりそうですよ、って。
森の諜報員の素養を騎士から見出してしまったところで、ふと、僕の意識に別の名前が引っかかり始めたので、そっちにも意識を伸ばす。こう、木の枝や根っこを伸ばすような気持ちで。
「でね、フェイ様ったら、『失礼、そこのご婦人。ハンカチを落とされましたよ』なんて仰るのよ!こんなおばちゃんにも親切なのよねえ、あの方!」
どうやら、フェイの話が出ているみたいだ。見てみると、道端でご婦人が2人、話し込んでいる。井戸端会議、という奴かな。
「貴いご身分のお方なのに、私達にも気安く話しかけてくださって……ありがたい限りよねえ。うちの息子も、フェイ様の半分でもしっかりしてればいいんだけど」
フェイが褒められている!嬉しい!嬉しい!……あっ、気を付けないと花が咲いちゃう。いけない、いけない。ちょっと精霊に傾いている時にあんまり浮かれると、僕、花を咲かせてしまうから……。
「フェイ様ったら、うちの孫娘が迷子になって泣いている時に、妖精洋菓子店の飴を下さって、その上、一緒に親を探して下さってね。その時からうちの孫娘、すっかりフェイ様に憧れてしまって、将来はレッドガルド家のメイドになる、って張り切ってるわ」
「ああ、分かるわぁ。私達も娘の頃、ヴァン様にお熱だった頃があったものねえ……」
ああ、フェイの一家って、皆、人気者だなあ。まあ、分かるけれど。そりゃあだって、僕はずっとレッドガルド家を見てきたんだから!僕だってレッドガルドの皆のことが大好き!
「それに、フェイ様ったら精霊様の森にも通われているでしょう?あんなに精霊様とも仲良くなられて……この地も安泰よねえ」
「レッドガルド家の皆様の魅力は精霊様にも通じるものだって分かって、なんだか嬉しいわあ。私達が自慢することでもないけれど!」
うんうん。分かる分かる。フェイ達の魅力、僕にものすごく通じてます!
それからしばらく、ご婦人2人はレッドガルド家を褒めに褒めてくれた。僕はすっかり嬉しくなってしまって、ほんのり、花を咲かせてしまった。ごめんなさい……。
そうしてフェイ達の話が続いた後。
「ああ、そうだ。レッドガルド家の皆様、と言えば……ローゼス様じゃあなくて、フェイ様が『トウゴと俺は親友同士だからな!』って仰ってるの、少し不思議だと思っていたのよ」
ふと、ご婦人がそんなことを言った。
……他の人達から見ると、そういうことになる、のかな。
確か、フェイよりローゼスさんの方が優秀だ、っていう評判だったんだよね。フェイの同窓会の時にも、グリンガルの領地に行った時も、ちょっとずつそういう話、聞いたけれど……。
でも、ローゼスさんが悪いとかそういう話じゃないけれど、フェイじゃなきゃ駄目なんだよ。僕の親友になってくれるのは、やっぱり、ローゼスさんじゃなくて、フェイなんだ。
フェイはたくさんいいところがあって、だから僕は、フェイのことが大好きなんだけれど……。
「でも、最近、やっと理由が分かってきてねえ」
……僕が少し悩んでいたら、ご婦人はそう、言った。にこにこして、嬉しそうに。
「トウゴさんって、フェイ様とご一緒に居られる時、すごく嬉しそうなのよねえ。ほら、トウゴさん、いつも控え目で、ちょっぴり引っ込み思案でらっしゃるけれど、フェイ様とご一緒の時は、ちょっと明るくて、ほんのちょっぴり大胆になられるみたいで」
ええと……うん、そう、かもしれない。
僕、フェイと一緒に居る時、なんだかいろんなことができそうな気がする。フェイにぐいぐい引っ張ってもらえて、それで、冒険に行けるような。そういう気分になれるんだよ。
「それに、フェイ様もやっぱり、トウゴさんと仲良しになられてから、ちょっと無茶が減ったみたいねえ。ほら、前はなんだか、焦ってらっしゃるようにも見えたから」
「ああ、学園を卒業されてしばらく、ちょっとささくれ立ってた時期もおありだったものね……」
……僕の知らないフェイの話も出てきて、ちょっと、考えさせられることも、あるのだけれど。
でも。
「フェイ様とトウゴさん、お互いにいいお友達同士なんでしょうねえ。見ててなんだか私まで嬉しくなっちゃって」
「ああー、分かるわぁ。私も、私も。ああ、若いっていいわよねえ。こっちまで元気を分けてもらえるみたいで……」
……なんだか、嬉しいなあ。
うん、盗み聞きだから、いけないことだと、思うけれど。でも、僕、すごく元気が出てきてしまった。うん……。ああ、嬉しい!嬉しい!
……それからもちょっとずつ、ソレイラの話を聞いてしまった。
その結果、『リアンはソレイラ中の女の子達から人気らしいが本人が全く気付いていない!』とか、『アンジェがふわふわ空を飛んでいる場面が時々目撃されているが町の人達は頑張って知らないふりをしている』とか、『転んで擦りむいたらカーネリアちゃんとフェニックスが飛んできてすぐ治してくれた。彼女こそソレイラの隠れた守護者なのでは』とか、『最近時々来ている金髪の如何にも貴族らしい人、フェイ様のご友人らしいよ。本人が言ってた』とか、『ガラが悪い人が妖精カフェに居たから何奴だと思っていたらそいつ、妖精に遊ばれ始めた。だから多分あれはいい人なんだと思う』とか、『ところでウヌキさんも精霊様なのかしら……』とか、色んな話を聞くことができた。
その、なんというか、ちょっと不思議な話も聞いてしまったり、複雑な気持ちになったりもしたのだけれど……それはそれとして、その、嬉しくなっちゃうことが、多かった。
いや、よくないって、分かってはいるんだけれど。だから普段は、森としても、あんまり町の人達の声を聞かないようにしてるんだけど。
……でも、今回聞いた中に『最近、風が冷たくてね。北側にもっと木があると風がもう少し弱まるのだけれど』とか、『子供達の学校に昼食を提供したいんだけれど、誰に申し出ればいいのかなあ』とか、『この間温泉に入ったら例の神鳥様が入ってらっしゃって度肝を抜かれた』とか、森やソレイラの改善に必要そうな話もあったんだよ。
なので……なので、今後も、時々、ちょっとだけ、盗み聞き、させてもらおうかな、と、思う……。
……あと、森の子達がソレイラの町の人達に好かれているのが分かって、嬉しかったから。なので、疲れて元気が欲しい時とかに、ちょっとだけ、ちょっとだけ、聞かせてもらおうかな……。
「……よし、頑張るぞ」
元気が出た分、もう少し、精霊業、頑張れそうだ。
ひとまず、話に出ていた通り、北側に木を増やして、後でマーセンさんに騎士の学校に給食を導入しませんか、って聞いてみよう。それから、鳥を……鳥を、どうすればいいんだろうか……。
……まあ、頑張ろう。うん。そう思えるようになったし、ソレイラの人達も、森の子達も、もっと大好きになってしまえたから……ちょっぴり良かったな、とも、思うんだよ。
よし、年越しに向けて、頑張るぞ!
『今日も絵に描いた餅が美味い』のコミックス3巻が予約開始しております。概ねweb版2章の頭あたりの話です。漫画にしていただいて益々の迫力となった僕らの石膏像をどうぞよろしくお願いします。




