人生で一番嬉しいクリスマス
「なー、トウゴー。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけどよー」
冬のある日。僕が森でちょっとぼんやり休んでいたら、フェイが僕を見つけてやってきた。
「あ、うん。どうしたの?」
「現実の本を読んでて分からないのがあったから教えてくれ!……ウヌキせんせーはなんか忙しそうだから聞きにくくってさあ」
そっか。先生がわたわたしてるっていうことは、締め切りかな。僕もあんまり先生の邪魔しないようにしておこう。
「で、これなんだけどよー。どういう状況なんだ?」
フェイは、この間ルギュロスさんと一緒に図書館に行って借りてきたらしい本を見せてくれた。
そこには簡単な、小学生向けぐらいの文章と……挿絵。
「……これ、泥棒が侵入してる図、だよな?」
フェイはなんだか難しい顔をしているのだけれど……あああ!
……サンタさんは泥棒じゃないよ!
ということで、僕は『クリスマス』という行事についてフェイに説明することになった。
宗教の話まで始めるとすごく大変なことになるので、まあ、その辺りはちょっとざっくり説明して、最終的には『サンタクロースというおじさんが良い子にしていた子供達にプレゼントを配ってくれる日』ぐらいの説明にしておいた。
「なので、この図は泥棒に入ってる図じゃなくて、子供達にプレゼントを配っている図なんだよ」
「そ、そういう妖精がお前の世界にも居るのかぁ……」
「いや、妖精じゃないんだけれど……」
妖精?サンタさんは妖精なんだろうか。うーん、この辺りは諸説ありそうだけれど。
「ええとね、現実的な話をすると、僕らの世界では、大体の場合、親が子供が寝た後、こっそりプレゼントを置いておくことが多い」
「あ、成程な。そういうかんじかあ」
まあ、現実の世界には妖精も魔法も無いので。(ちょっとあるけど。)なので実際のところは、まあ、サンタさんは大体、親が委託されてるわけだよね。
「へー……じゃあ、トウゴはどんなもん、『サンタさん』に貰ったんだ?」
それから、フェイはきらきらした目で僕を見つめてそう聞いてきた。いかにも好奇心たっぷりで、実にフェイらしくて……でも、僕は、その期待に応えられるような答えを、持ってないんだよ。
「ええと……うーん……本、が、多かった、かな。10歳を過ぎてからは、うちにはサンタさんは来ていません」
「えっ」
「……その、僕は、あんまり良い子じゃなかったので」
具体的には、模試の成績が、良い子じゃなかった。だからその年はサンタさんが来なくて……それ以降は、親が親から、って形でプレゼントをくれるようになった。
……けれど、その話をしてしまうと、その、フェイが、どんどんいたたまれないような、傷ついたような、そういう顔になってしまうので。だからこの話はここでおしまい。
「小さい頃は図鑑だったよ。昆虫図鑑が好きで、僕、蝶の羽をずっと見てた。あとは、もっと小さい頃には積み木を貰ったなあ。絵本だったこともあるし……ええと、一般的には玩具であることが多いみたい。うーん、先生の方が詳しいかも」
「そ、そうかぁ……そっか、玩具、か。うん、成程なあ」
フェイが僕を見て『なんとかしてやりてえ』みたいな顔になってきたので、僕はちょっと慌てる。僕はそんなに不幸せじゃなかったよ、ということを伝えなきゃならない。
「それからね……嬉しいプレゼント、あったよ。サンタさんじゃないけれど、サンタさんより大好きな人からのプレゼントで」
だって僕には、ちゃんと、サンタさんより素敵な人が居てくれたんだから!
「先生が、美術の教科書、くれたんだ」
思い出すだけでまた、幸せな気持ちになってくる。
失われてしまったものを取り戻す感覚。僕の命が戻ってきたような、そういうかんじだった。
先生があの年のクリスマスにくれたものは、お古の美術の教科書だったけれど、それ以上に、僕の居場所であって、僕への肯定であって……多分、僕が一番欲しかったものだったんだ。
心の底から僕のことを大切に思ってくれてる、っていうのが分かって、嬉しかった。僕も誰かに大切に思われてるっていうことが、嬉しかったんだ。……親が僕のことを大切に思っていないわけじゃないから、そういう言い方はちょっと、違うとも思うけれど。
「……へへ、お前、嬉しそうだなあ」
「うん。嬉しいよ」
フェイも僕が本当に嬉しいっていうことが分かったみたいで、なんだかほっとしたような、嬉しそうな顔になる。そうそう、僕はフェイのこういう顔が見たかった。
「そっかぁ、プレゼント、いいよなあ……うん、よし、決めた!」
そしてフェイは、なんだか元気が出てきたみたいで、急に立ち上がって……そして。
「俺、サンタさんになるぜ!」
そう、言った。
……成程!それは中々いいね!
「じゃあ、フェイ!僕もサンタさんになる!」
「よし!じゃあ俺もお前もサンタさんだ!レッドガルドの子供達にプレゼントを配るぜ!」
考えたらわくわくしてきた。そうだ、そうだよ。僕はクリスマスにちょっと寂しい思い出があるわけだけれど、でも、悪い思い出ばっかりじゃないし、とっても幸せな思い出もあるわけだし……もっと幸せな思い出を、自分で作りにいったって、いいはずだ。
そろそろ僕だって、プレゼントをもらう側じゃなくてあげる側になっていいよね。……ちょっと生意気だろうか。
ということで早速、僕とフェイは作戦会議。
「何がいいだろうなー。玩具、ってのも、好みがあるだろうしなあ。皆に嬉しいモン、って、結構難しいよなあ。……汎用性考えると、金か?」
「いや、あんまり高価なものを配ってしまうと何かと問題がありそうな気がする」
「……そうなんだよなあー。品もねえし。じゃ、お菓子か。甘くて、食うと幸せになれるやつ。或いは、領民に配布したい、っつうのを第一に考えて……あっ、勉強道具とかか?」
「ああ、それはいいかもしれない!」
そうだよね。この世界、残念ながら義務教育があるわけでもないので、勉強を全くせずに生きていく子供達も多いらしい。リアンとアンジェも、本来ならそういう暮らしをするはずだったんだと思う。リアンは当時、字が読めなかったわけだし。
けれど、文字が読めるって、世界が広がることだと思うから。本を読んで、他の人の考えっていうものの存在を知って、そうして世界が広がるのはいいことだと思うんだよ。
「折角印刷機があるわけだからな!それを生かして、簡単な文字の勉強の本を作って、それを子供達に配るってのはどうだ!」
「よし!目指せ、領内の識字率100%!……あっ、妖精がうずうずしている。彼らにも協力してもらおう」
「よし!じゃあお前らもサンタさんだ!よろしくな!」
妖精達はわくわくの気配を感じ取ったのか、なんだなんだ、とばかりにどんどん集まってきている。よし、なら妖精達もサンタさん!ああ、広がるサンタさんの輪……。
……そうしてその日から、僕らのプレゼントづくりが始まった。
まず、本。
フェイはその日の内に、文字の教科書を作った。フェイはこういうの、得意みたいだ。サラサラ、と書き上げてしまったものを読ませてもらったら、すごくわかりやすかった。僕もこれ、ほしかった……。
それから、字が分からなくてもある程度分かるように、絵を付ける。絵を描くのは僕の仕事だ。スピード重視の白黒印刷になる予定なので、ペン画にした。楽しかった!
それから、ノートと鉛筆。教科書があったら、ノートと鉛筆もあるといいと思う。……それに、この世界の子供達にとって、勉強って緊張して怖いものじゃなくて、わくわくして楽しいものだと思うから。今の僕がそう感じてるみたいに。
ということで、ノートと鉛筆、については……ええと、描いて出してしまった。
いや、ノートは多分、白紙を製本すれば作れたと思うんだよ。けれど、製本が大好きな妖精達(そういう趣味の妖精が結構いるんだよ。時々、妖精の国で製本コンテストとかやってるみたいだよ。)は文字の教科書の製本で手いっぱいだと思うし、まあ、これくらいなら僕が出してもいいかな、って思うので。
……あとね、紙質にちょっと、拘って描いたんだよ。その、勉強じゃなくて、お絵描きに使っても楽しいような、そういう紙質のノートにしたくて。僕みたいな子も、レッドガルド領内に何人か居るかもしれないし、そういう僕みたいな子が居たら、きっと、こういう紙のノートと鉛筆、嬉しいと思うし。
そして最後に、甘いもの。
……勉強したら、甘いものが欲しくなるよね、ということで。あと、勉強どころじゃない子供も居るかもしれないので(レッドガルド領にはそういう子供、ほとんど居ないと思うけれど)、そういう子も元気づけられるようなものが欲しくて……それで、お菓子。ええとね、星の形の小さな飴にした。
作り方は簡単。太陽の蜜と月の蜜をたっぷり描いて出して、煮詰める。それを、大きな大きな大理石の板の上に流して、そのまま固めて……それを魔王に食べてもらう。
魔王が夏祭りでガラスを宝石型にしていたみたいに、飴をどんどん星形にしてもらうんだ。ありがとう、魔王。
飴は、太陽と月の蜜で作ったから、ほやん、と光る。透き通ってきらきらして、本当に星みたいだ。しかも、食べるとなんだか体がほわほわ温まる。これは冬の贈り物にとてもいいね。
ラッピングは僕とフェイと妖精達の分業。僕が色とりどりのリボンや蝋引き紙の袋を描いて出して、フェイが袋の中に飴をザラザラ入れていって、妖精達がリボンを結んで……そうしてどんどん、リボンが可愛い小さな包みができていく。
「サンタさんのプレゼント工場、ってこういうかんじなんだなあ……」
「へっへっへ、そっちの世界には無いかもしれねえが、こっちの世界にはちゃんと、サンタさんの工場があるんだぜ!」
とてもファンタジックな眺めだ。このファンタジックな眺めを作り出しているのが僕らだっていうのがまた、すごく嬉しい!ああ、わくわくする!
その内製本妖精達が文字の教科書をすごいスピードで製本していって、僕が描いて出したノートと鉛筆、そして飴の包みと一緒に包んでいく。
そうしていよいよ、子供達に配るプレゼントが出来上がった!……喜んでくれるだろうか。
さて。プレゼントを子供達に配る前に、やらなければならないことがある。
ええとね……太陽と月の蜜で飴を作った時に、出来上がったものを見て、僕、思ったんだよ。
これは夜の国で受けがいい奴だろうなあ、と……。
ということで早速、夜の国へやってきた。僕は自力で飛んで、フェイは火の精に掴まって飛んで、そして、鳥が大量の飴を運んで飛ぶ。
「……鳥、いつにも増して嬉しそうだな」
「自分が光るのも好きだけれど、光るものを運ぶのも好きらしい……」
鳥は光ってほやほや温かい飴を運ぶのが嬉しいのか、いつもより2割増しくらいで誇らしげに胸を張って飛んでいる。まあ、夜の国では光ると目立つので……。
「おおー、やっぱり目立つなあ、これ」
「でも驚かれないあたりに鳥の来訪頻度が見て取れるね……」
夜の国の人達は、光る鳥と光る荷物を見上げて、のほほん、と手を振って(時々手じゃないものも振って)くれる。僕らもそれに手を振り返してご挨拶しつつ、真っ直ぐ夜の国のお城へ。食品の配布については、竜王様に許可を取ってからにしようと思って。
お城に到着したらすぐ、レネが出迎えてくれた。窓から光る鳥が見えたらしい。まあ、こいつ光るし大きいし、目立つよね……。
「とうごー!おそろーい!」
「レネー!……あ、僕らお揃いの恰好になってしまっているね」
「ふりゃ!」
レネはライラのマフラーと僕の耳当て、そしてレネが自分で編んだ手袋を着けているので、まあ、僕と同じ格好です。僕もその3点セットだから。あったかいんだよ、これ。
「とうごー、とうごー、わにゃい、じー?」
そしてレネは早速、鳥の荷物に興味を示した。鳥は興味を示されて非常に嬉しそうにしている。まあ、いつもの鳥。
「ええとね……これは、こういうものなんだけれど」
鳥の背中にもすん、とよじ登って、その上から下ろされる気配がない荷物をごそごそやって、そこから……飴がたっぷり詰まったキャンディージャーを1つ取り出す。
「……きれーい!じーはーびゃれみぇすてら?ふりゃふりゃ……」
レネは目をきらきらさせてキャンディージャーを見つめている。光の魔力たっぷりな飴は、やっぱりレネのお気に召したみたいだ。
『これを夜の国の人達にプレゼントしたいのですが、いいですか?』と書いて聞いてみると、レネは『はい!ナトナもきっと喜びます!』と元気に返事をくれた。
まあ一応ちゃんと許可を、ということで、竜王様のところに行ってキャンディージャーを見せてみると、思いの外、竜王様にも喜ばれてしまった。
……レネが飴を気に入ってくれるのは予想していたんだけれど、竜王様も飴を口に入れてなんとも嬉しそうににこにこしてらっしゃったので、その、ちょっとびっくりした。そうか、この人も『ふりゃー』が大好きなんだなあ。そういえば日向菊のお茶の時もそうだった……。
それから僕らは、夜の国の城下町で『星の飴』の配布を行った。
飴はキャンディージャーからざらざら出して、持ってきてもらった器に入れて配る。それをまた分け合ったりして、夜の国の人達は皆……皆、光り始めた。
「……やっぱ夜の国の人達って、こういうもん食うと光るのな」
「日向菊のお茶も持ってくればよかっただろうか」
夜の国の人達は光の魔力を摂取すると光るので……。さっき、レネも竜王様も光ってたけれども。こういう風に沢山の人が光り始めると、眩しくてあったかくて、なんとも言えない気持ちになる。いや、皆嬉しそうだから、僕らも嬉しいんだけれど。嬉しいことには間違いないんだけれど、その、ちょっと、気が抜ける!
「あ、そうだ。レネ、これ、どうぞ」
配布が終わったところで、僕はレネに小さな包みをプレゼント。レネは不思議そうに首を傾げつつ、包みを開いて……。
「ふりゃんぽ!?とうご、とうご、じーいふりゃんぽ!?」
中から出てきたふりゃんぽ……ええと、湯たんぽを見て、目をきらきらさせている。
うん。そう。僕らの世界でオーソドックスな湯たんぽを、描いて出して持ってきたんだよ。夜の国は元々寒いけれど、冬になってますます寒いみたいなので。そしてレネは、『ふりゃんぽ』に興味を持っていた様子だったので……。
この湯たんぽは、中にちび太陽の欠片が入っている特別製なんだ。水を入れるだけで中身がお湯になって、ほこほこ温かいよ。
『布団に入る時、足元に入れておくと足先がぬくぬくして気持ちいいよ』と教えつつ、喜ぶレネに抱き着かれつつ、大事な友達がどうかぬくぬくふりゃふりゃ過ごせるといいな、と思った。
……ということで、夜の国で好評を博した『星の飴』が、いよいよレッドガルド領の子供達に配られることになった。
決行は夜。子供達の家に忍び込んでプレゼントの包みを置いてくる役目は妖精達が担ってくれるのだけれど、そのプレゼントを一々ソレイラの森の中まで取りに戻ると大変なので……天馬が牽く馬車にプレゼントを積載して、皆で行くことになった。
「準備はいいか!?」
「あの、フェイ。何故、この服は白いんだろうか」
……なのだけれど、その、ユニフォーム、というか。そういうのが……白い。
いつの間にか、妖精達も皆、お揃いの白い帽子をかぶっている。サンタさんの帽子の、白いバージョンだ。何故白いんだろう……。
「ん?そっちの世界じゃ、サンタさんは赤い服に白い髪らしいけどな!こっちの世界のサンタさんは、白い服で赤い髪なんだぜ!ってことで、どうだ?……いや、赤い服にするとよー、その、如何にも、『レッドガルド家の仕業です!』ってかんじがして、その、ちょっと恩着せがましいっつうか……」
……フェイがもじもじしているのを見て、ああ成程、と納得。そうだね。赤って、レッドガルド家の色だもんね。赤い服を着てプレゼントを配るのは、ちょっと恥ずかしいかあ。僕の親友は奥ゆかしい奴です。
「ま、そういう訳で、俺達は精霊様のお使いの雪の精、ってとこだな!張り切っていこうぜ!」
「おー!……ん?僕は、僕のお使い……?」
まあ……ということで、僕らは雪がちらつく夜空に飛び出した。
白い服だし、トナカイが牽く橇じゃなくて天馬が牽く馬車だけれど、僕ら、この世界のサンタさんだ!
……あと、荷物を運ぶ役目をここでも担いたいらしい鳥。……鳥もいつの間にか、白いサンタ帽をかぶっている。それ、どこから出したの?
そうして僕らはレッドガルド領を巡って、プレゼントを配って飛んだ。町の上空に僕らが待機していて、そこを拠点に妖精達が飛び回る、という形でやっていくと効率的。僕とフェイは、戻ってきた妖精達にどんどんプレゼントの包みを手渡していく係。妖精達、仕事がとっても早いので、僕もフェイも休む間が無い。あんまりもたもたしていると、妖精達に『早く!早く!』とばかりにせっつかれてしまうので、僕ら、必死に働きました。
妖精達はどうやっているんだか、子供達に気づかれないように家に忍び込んで、プレゼントを置いてくることができるらしい。後でアンジェにやり方を聞いてみようかな……。
「よし、このあたりはあと1人だな!……ん?おいおいおい、あと1人だぞ?どうして3つも持ってくんだ?」
そして、フェイはレッドガルド領の住民台帳の写しを見ながら子供の数とプレゼントの数を見て、漏れが無いようにしていたのだけれど……どうも、妖精達はそれ以上の数、プレゼントを持って行こうとしているみたいなんだよ。
「予備分はあるけどよー、あんまり余分に持ってったら足りなくなっちまうぞ?」
フェイがそう聞いてみると、妖精達はちょっと不思議そうな顔をして、台帳を覗き込んで……。
「あっ!こら!勝手に書き込むなっつの!」
フェイの手の中にあったメモに、書き込みを始めてしまった!しかも、妖精語だから、読めない!妖精達は『これでよし!』というような満足気な顔をしているけれど……。
……でも、なんとなく、意図するところは、分かった、かもしれない。
「あの、もしかして、もうすぐ生まれてくる子供の分も、っていうこと、かな?」
僕がそう聞いてみると、妖精達は『その通り!』と言わんばかりに揃って頷いてくれた。それはもう、満面の笑みで。
「ああー、そっか、成程なあ、そういうことか……まあ、そういうことならしょうがねえなー……」
その赤ちゃんが星の飴を食べられるようになるまでには大分かかりそうだけれど。まあ、折角だし、もうじき増えるこの世界の仲間達を祝福する意味でも、プレゼントを配っていくのはいいと思う。
「しゃーねーなあ。じゃ、行ってきてくれー」
フェイが妖精達を見送ると、妖精達は楽し気に、きゃらきゃら、と飛んでいった。……今妖精達が飛んでいった先では、お腹に赤ちゃんが居るお母さんが明日の朝、びっくりするんだろうなあ。
……そして、まあ、僕やフェイはともかく、妖精は光るし、何より、鳥が、光るので。
「……大人達には見つかってるなあ、これ」
「そうだね……ねえ、鳥。君、もうちょっと目立たなくなる気は無かったの?ああ、無かったんだね……」
街で夜更かししている大人達は、空を見上げて僕らを見つけて、なんとなくにこにこしているように見える。そして鳥はますますふんぞり返っているという訳なんだよ!
「また一つ、レッドガルド領に伝説が増えちまうなあ……」
「その伝説、半分ぐらいうちの鳥の話じゃない……?」
まあ、こうして大人には見つかってしまいつつ、でも、子供達にはきっと見つからずに、そして何より、僕らの正体は多分分からないまま……僕らはプレゼントを配っていったんだよ。
「よーし!お疲れ!」
そうしてすっかり夜が更けた頃。僕らは無事、プレゼントを配り終えることができた。
レッドガルド領の住民台帳片手に頑張っていたフェイは、すっかり疲れてしまったみたいだ。まあ、寒かったし、体力を消耗した。僕もフェイも交代で鳥に埋もれたし、ポケットには使い捨てカイロを沢山入れておいたし、何より、現実の世界で買ってきたあったかいインナーを着ていたのだけれど……それでも、寒かった!
「じゃ、皆、風邪ひかねえようにな!へへ、明日の朝の子供達の様子見るのが楽しみだ!」
「うん。僕も今日はちょっと泊まっちゃおうかな」
多分、こっちの世界で泊まって明日の朝現実に帰ると、現実の方は昨日の夕方遅く、っていうところだと思う。ええと、多分。……遅くても、まあ、ちょっと怒られるぐらいの時刻で済む、はず。多分ね。うう、異世界間の時間が分からないって、ちょっと不便なんだよなあ。まあ、しょうがない。
「おやすみ、トウゴ!」
「うん。おやすみ、フェイ」
フェイとおやすみの挨拶をして、レッドドラゴンに乗ってフェイが飛んでいくのを見送って……でも。
「よし、ここからだ!」
……僕の夜はまだ、終わらないんだよ。
最初は子供達から。
そっと、そっと、リアンとアンジェとカーネリアちゃんの家に忍び込む。サンタさんに倣って煙突から入ってみた。……案外本当に入れるものなんだなあ。
そのまま静かに静かに、ダイニングテーブルの上にプレゼントを3人分、乗せる。
寝室は、覗かない。失礼かな、とも思うし、何より……リアンは結構、敏い奴なので。僕が寝室に入る気配がしたら、寝ていても起きちゃう気がした。彼らの安眠を邪魔するのは本意じゃないから、プレゼントを置くのも枕元じゃなくて、テーブルの上にした。
プレゼントは、カーネリアちゃんとアンジェにはお揃いのリボンとヘアピンにした。カーネリアちゃんのは深みのあるオレンジに金の刺繍で花の模様が入ってるリボンと、金細工にカーネリアンの石飾りがついたヘアピン。アンジェのは空色に同じ刺繍が入ってるリボンと、金細工にトルコ石のヘアピンだ。彼女達、最近はお互いの髪を三つ編みにしたりお団子にしたり、楽しくやっているようなので。是非使ってください。
リアンには、万年筆とインクのセット。ええと、ちょっとだけ、奮発してしまった。……リアン、あちこちでよく働いてくれているので。そういうところでペンは使うかな、と思って。それで……ソレイラのお店で見かけたこれが、品のいい空色の軸に鳥の羽を模した金装飾が入っていて、なんとなく、リアンっぽかったので。
それらに加えて、星の飴を一包みずつ。まあ、彼らも子供達なので。
さて、プレゼントは置いたので、僕はまた煙突から帰……。
「……帰れない!」
煙突、下りてくることはできるけれど、上るのは難しいな!ああ、羽があんまり自由に動かせない狭さだから、上昇するのがすごく大変!サンタ業って、厳しい!
案外家への侵入が大変だということが分かってしまったので、ここからは魔王を相棒にする。
魔王はドアと床の隙間とか、床板の間とかからにゅるんと忍び込んで、まおん、とドアの鍵を開けてしまえるんだよ。なのでこういう時には最適。
次は空き家。ええと、ルギュロスさんの家だ。
ルギュロスさんの家はソレイラにもあるけれど、こっちは今、彼の別荘扱いになっている。ほら、今、彼はアージェント領の当主様なので、そっちに居なきゃいけないことが多い。
でも最近はこっちに時々遊びに来てくれることだし、プレゼントを置いておく分には問題ない、はず。
……ということで、ルギュロスさんには桃のシロップ煮の大きな瓶詰をプレゼントすることにした。
いや、ルギュロスさん、欲しいものはなんでも自分で買えてしまうだろうし、持ち物にはこだわりがあるだろうな、と思ったので……それで、ルギュロスさんが好きそうなもの、桃くらいしか思いつかなかったんだよ!
まあ、これを持って帰ればアージェント領でも桃が食べられますよ、ということで。
……あと、これでちょっと、ソレイラを恋しがってくれると嬉しいな、ということで。
次は、クロアさんの家。
何故かと言うと、クロアさんには見つからない自信がまるでないので、どうせ駄目なら先に済ませてしまおうと思った次第です。
クロアさんの家にも魔王の助けを借りて侵入して、それで……。
がちゃり。
……案の定、寝室のドアが開いて、クロアさんが覗いていた。
「……あら?トウゴ君だったの?」
「あ、おじゃま、してます……」
……けれど、クロアさんは僕を見るや否や、なんだか目がとろん、としてきて……。
「ならいいわね……おやすみなさい」
そのまま寝室に戻って、寝てしまった!
よくない、よくないよ、クロアさん!僕にだって警戒して!いや、警戒されなくて助かったけれど!ああ、でも、その、ちょっと複雑な気持ち!
……複雑な気持ちついでに、すやすやすっかり熟睡しているクロアさんの枕元へ、プレゼントを置く。クロアさんにはティーポットとティーカップのセット。前、僕らの世界の本を見ていて、ガラスのティーポットを見て『あら、綺麗』と興味深げだったので。
草花模様が彫刻されたガラスのティーセットはちょっと涼やかな見た目で、どちらかというと夏のプレゼントな気もするのだけれど……まあ、半年寝かせておいてください、ということで……。
「むにゃ……」
……帰ろうと思ったら、クロアさんがふにゅふにゅした笑顔で僕の手を捕まえて、すりすり、と頬擦りしながら抱き枕にしようとしてきた!
あっ、駄目、駄目だよ!僕はもうちょっと働くので!ああ、そうだった!クロアさんって、クロアさんって……案外、寝起きが悪いんだった!もう!
次は、ラオクレスの家。
ラオクレスは時々夜勤なのだけれど、今日は夜勤じゃない。確認済み。そして、ラオクレスは時々夜更かしなのだけれど、今日は……多分、大丈夫。森としての感覚が、愛しい森の子の快眠ぶりを教えてくれる。よし、大丈夫、大丈夫……。
……いや、ラオクレスに僕がプレゼントを贈る、っていうのもなんとなく違うような気がしたのだけれど、でも、やっぱり彼らは森の子なので。僕の子供達なんだから、僕がプレゼントを贈ってもいいはず。多分。
魔王にドアの鍵をそっと開けてもら……おうとしたら、そもそも、ラオクレスの家には鍵が掛かっていなかった。まあ、うん……ソレイラの街中ならともかく、壁の中、森の奥の家に住んでいる分には、本当に、鍵、必要ないんだよね……。
リアン達の家は、子供達の学習の為、っていうことで、毎晩鍵を掛けて寝るように習慣づけがされているらしいんだけれど、ラオクレスはこの森へ僕の次に住み始めた人であることもあって、多分、あの当時から鍵を掛ける習慣が、無い……!
まあ、そういうわけで、お邪魔します。
……ラオクレスも気配には敏感な人なので、起こさないように、寝室には入らないことにする。
いや、なんとなく、その、彼、僕が入る分には起きないような気も、するのだけれど。うん……。
ラオクレスへのプレゼントは、江戸切子のグラスのセット。前、『タルクと酒を飲む時の酒器が無かったのでしょうがない、そのまま1人1本飲んだ』って話しているのを聞いたので。あと、多分、これでお酒を飲んでいるラオクレス、似合うと思うので。
ということで、グラスの包みを置いて……あっ。
「あれっ」
あ、し、しまった!クロアさんのところにおいてくる予定だったティーカップの包みが1つ手元に残っていて、そして、グラスの包みが1つ、無い!
ということは、僕、間違えてクロアさんのティーカップの代わりに、1つ、ラオクレスのグラスを置いてきちゃったんだ!
……ちょっと悩んだけれど、もうしょうがないからラオクレスのところにティーカップも置いていこう。多分、ラオクレスのことだからこれを持ってクロアさんのところへお茶を飲みに行ってくれるはずだし、クロアさんもグラスを持ってラオクレスのところにお酒を飲みに来るかもしれない。ということで、よろしくね、ラオクレス。
次はライラの家。ライラへのプレゼントは選ぶのがものすごく難しかった。
いや、画材がいいかな、とも思ったんだけれど、画材、大抵のものは揃ってるし、それを選ぶのもライラ、楽しみにしてるし。僕が下手に贈ってしまうと、選ぶ楽しみがなくなってしまうし……。
……なので、その、全く絵に関係の無いものにしてしまった。
ええと、ブローチ。ライラの瞳みたいな、深い藍色の石が付いていて、それを真鍮の飾りでぐるりと囲んだだけの、シンプルなやつ。
最近のライラはショールを肩に掛けて動き回っていることがあるんだけれど、その時に『こういうので留めとくと便利なのよね』って、ルギュロスさんが入ってたブローチを付けていたんだよ。
……ルギュロスさんが入ってたブローチが悪いっていうわけじゃないし、それがあるのにもう1つ別のを贈るのもなあ、っていう気もしてきたけれど、でも、まあ、2つあってもいい、よね……?
ブローチは包みの大きさがそんなに大きくないので、魔王にお願いして、小箱を持ったまましゅるん、と家の中に侵入してもらった。そのまま魔王は音もなくライラの部屋に忍び込んで、箱を置いて帰ってきてくれたらしい。仕事を終えた後の『まおん!』が堂々として誇らしげだった!
それから、インターリアさんのお家。
……ええと、ここにはもう、妖精が子供達のためのプレゼントを持ってきているはずなんだよ。もうすぐ赤ちゃん、生まれる予定なので。
けれど、まあ、インターリアさんとマーセンさん向けのプレゼント、ということで……マーセンさんにはマフラー、インターリアさんには大判のショールをプレゼントすることにした。
明るい琥珀色で、色柄はお揃い。柔らかいけれど滑らかでちくちくしない素材になる用に心がけて描きました。
森の冬は寒いけれど、これでどうか、あったかく過ごしてほしい!
そして最後は、先生の家だ。
先生には、ちょっと古風ないぶし銀の懐中時計をプレゼントすることにした。先生が随分前、現実の世界で話していたころ、『腕に何かついているとキーボードを打っている時にちょいと気になるから腕時計があんまり好きじゃなくてね。それでも外出時には革バンドの奴、着けてたりするんだが、夏場はどうにも汗っぽくなっていけない。その結果僕は、夏場は大体、スマートフォンを時計代わりにしているのさ……』と教えてくれた。ええと、スマートフォンの充電が切れた後で。
こちらの世界だとスマートフォンは使えないし、そうなると先生は、置時計や壁掛け時計で時刻を見ているんだけれど……まあ、現代人としては、時刻が分かるものを持ち歩けると便利かな、とも思うので。
それから、懐中時計、っていうものが、ちょっと小洒落た雰囲気で、先生に似合うんじゃないか、と思って。
……そして僕は変なものを描いて出せてしまう奴なので、先生の懐中時計には、魔法仕掛けのタイマー機能とストップウォッチ機能とアラーム機能を付けておいた。これ1つで色々どうぞ。動力は魔力だけれど、『戦争になるやつ』の宝石を描いて入れておいたので、多分、100年ぐらいは持つと思うよ。
先生の家は侵入が簡単だ。何と言っても、中庭から障子を開けたらもう廊下なので……。先生の家は、セキュリティというものをまるきり意識していない造りなんだよ。
……ということで、先生の家の寝室にまで、こっそりお邪魔してみた、のだけれど……。
「あれ?先生?」
先生、居なかった。
……あれっ?
えっ、先生、どうしたんだろう。締め切りに追われて書いているとしたら和室に居ただろうし、その向かいのリビングダイニングの方にも人の気配は無かったし。そして、寝室にも誰も居ないし……。
もしかして、気分転換に、温泉の方へ行った?うーん、でも、先生、そんなことするだろうか……。
不思議に思って、それからだんだん、心配になってくる。
先生に何か、あったんじゃないだろうか。もしかして、先生、するっ、と、煙か何かみたいに、居なくなってしまった?
……先生、どこに行っちゃったんだろう。ああ、どこにも行っていないでほしい。考えれば考える程、あの時みたいに『僕の手が届かないところ』に行ってしまったような、そんな気がしてきて、背筋が凍るような思いがする。
ああ、駄目だ。考え始めたら嫌な考えばっかり思い浮かんで、どんどん駄目になってくる。
心配で、頭の中が焦って真っ白になってきて、ああ、まるで、試験中に問題が解けない時みたいだ!
たまらず先生の家を飛び出して、僕は、僕は……。
「うおわっ!?トーゴ!どうしたんだい!?」
……そこで丁度帰ってきたらしい先生を見つけて、思わず、飛びついてしまった!
ああ、先生!先生!よかった!消えていなくて、本当に、よかった!
「いや、すまなかったね。すっかり心配を掛けてしまったみたいで」
ということで、僕、先生の家の和室でほうじ茶をごちそうになっている。温かいお茶をもらっていたら、だんだん落ち着いてきた。
「うん……ごめんなさい、勝手に先生の家に入って、勝手に心配になって焦るなんて、僕、馬鹿みたいだ……」
それと同時に、僕は何をやっているんだ、っていう気分になってくる。サンタさん気取りでこんな馬鹿なことして、勝手にこんな気分になって、先生にこんな夜中にお茶を淹れさせてる。
ちゃんと考えれば、森としての感覚を使って先生を探せばよかったんだよ。そうすれば、あんな風に取り乱すことだってなかったはずなのに。
「おやおや、トーゴ。僕が君の立場なら、きっと僕もきっと心配しただろうし焦っただろう。それに、不法侵入についてそう言っちゃあいけないぜ」
けれど先生はそう言ってウインクして……にんまり笑って、言ったんだ。
「かくいう僕も君の家に今しがた不法侵入してきたところだからね」
「……へ?」
……それって、もしかして。
「僕も君と同じさ、トーゴ。なんとなくサンタさんを気取りたかったもので。年甲斐もなく、ついつい、ね!」
ウキウキとした顔の先生を見ていたら、さっきまでの不安な気持ちも、沈んだ気持ちも、すっ、と溶けて消えていく。
「そして、トーゴ。僕の予想が正しければ、君も、もう一仕事、残ってるんじゃないかい?そしてそれは、楽しいことなんじゃないか?」
「……うん。僕、これからフェイの家に行くところだった」
先生は僕に楽しい気分を思い出させてくれて、その上、僕に手を差し伸べてくれる。僕はそれが只々嬉しくて、申し訳なくて、気恥ずかしくて……先生の手を取らずに、そのまま先生の背中に抱き着く。
「じゃあ、このまま行こう!」
「おや!そう来たか!まあ、君のお世話になるのも悪くはないな!白馬に乗った王子様、とは言わずとも、天馬に乗ったおじさま、ぐらいは目指したいところだったが……いや、やっぱりやめておこう。ガラじゃないな!うむ!」
先生に抱き着いたまま羽を広げて、飛び立つ。
先生はけらけら笑いながら『おお、君がくっついてる分、背中があったかい!こりゃいいぞ!』なんて言ってくれる。僕はますます強く先生を抱きしめながら、ぱたぱた羽ばたいて、フェイの家へ。
……そうだ。僕ら、楽しまなきゃ。
だって、折角のクリスマスだよ。浮かれたってきっと、許される日だ。言い訳の材料が折角あるんだから、楽しまなきゃ。
「おお、トーゴ!ソレイラの夜景は綺麗だな!」
「うん」
家の灯はすっかり消えて、けれど、道から道へ渡された木の実のランプがキラキラ光る。まだ浮かれているらしい妖精も飛び回っていて、さながら、地上にも星空があるような具合。僕らはそんな地上を眺めながら、フェイの家に向けて飛んでいく。
僕の胸にはもう、わくわくした気持ちが戻ってきている。だって、先生はここにちゃんと居てくれているし……何より、クリスマスなので!
……さて。
「忍び込むのは申し訳ないお屋敷だなあ」
「うん」
僕ら、フェイの家に忍び込もうとすると盗賊か何かと間違われて警備の人達を困らせる可能性がある。何せ、この世界にはクリスマスもサンタさんも無いので、そういうものです、なんていう言い訳は聞いてもらえない。
ということで、まずは正門から。そこで門番をしていた人達に不思議がられつつも事情を説明して快諾をもらって、改めて、フェイの部屋へ。……サンタさんっぽくは、ないね!
「お邪魔しまーす」
フェイの部屋へは、窓から入る。許可なんて取ってきちゃった分、こういうところはサンタさんっぽく……。窓の隙間から潜り込んだ魔王が鍵を開けてくれたので、そのまま窓を開けてお邪魔します。
「おお、スパイ映画か何かのようだ……」
「大抵の扉や窓は、魔王が居れば開けられるからなあ……」
何と言っても魔王は、ちょっとでも隙間があれば侵入できるし、隙間が無くても扉や床や窓や、いろんなものを食べて穴を開けてしまえるので。うーん、鍵開け職人としても、魔王は優秀。
……フェイは子供達にプレゼントを配り歩いて疲れたみたいだ。ベッドの中、すっかりぐっすり眠っている。
なので僕はその枕元に、そっとプレゼントを置く。
僕からフェイへのプレゼントは、小さな望遠鏡。この世界にも望遠鏡はあるらしいのだけれど、やっぱりレンズの精度があんまりよくないものが多い。精度が高いものは使用者が水や光の魔法を使って、その場その場でレンズを作る必要があったりするものなので、まあ、要は、フェイが使うのはちょっと難しいんだ。
なので、望遠鏡、僕が描いて出してしまった。この世界にも馴染むようなデザインにしたけれど、レンズは相当しっかりしてるものだよ。
「では僕からも……」
それから、先生もプレゼントをフェイの枕元に置く。……先生からのプレゼントは、ポラロイドカメラだった。ああ、これ、フェイが喜びそうだなあ。
こうしてフェイの枕元にプレゼントが2つ並んだところに、魔王もまおんまおん、とやってきて、そっと、大きな星飴を置いていく。どうやら特別製っていうことらしいよ。
さて、じゃあ帰ろうか、と僕らはそっと、窓の方へ向かおうとして……。
「よし!サンタ、確保ーッ!」
ガバッ、と起き上がったフェイによって、僕、捕まっちゃった!
「フェイ!?起きてたの!?」
「へっへっへ!まあな!びっくりしただろ!」
「うん、びっくりした……」
ああ、びっくりした!まあ、フェイだもんなあ。僕の行動はお見通しだったらしい。うーん、油断した……。
「けどまさか、ウヌキせんせーまで来るとは思ってなかったぜ!」
「だろうね!でも僕もこういう年甲斐の無いことをしてしまうってわけなのさ!」
先生がけらけら笑う横で、フェイも楽しそうにしている。僕もなんだか楽しい。……そうか、良い子にプレゼントしに来て捕まってしまったサンタさん、というのは、こういう気持ちなのか……。
それから僕はフェイの家をお暇して、森へ帰ってきて、先生と別れて、そして……。
……門から元の世界へ帰る前に、僕の家の中を、覗いてみる。
すると。
「……わあ」
そこに、小さな包みが置いてあった。ああ、誰から、なんて、聞かなくたって分かる!先生からだ!
「先生も僕の家にサンタさんしてたんだなあ」
つまり僕ら、行き違いのサンタさんだったっていうことだ。多分、先生は今頃、他の森の皆のところに侵入しに行っているんじゃないかな。
……そっと、包みを開けてみる。どきどきと高鳴る心臓に落ち着くように言い聞かせながら、リボンを解いて、包み紙を開いて……そして。
「……ふふ」
そこには、銀の懐中時計が入っていた。懐中時計には、不思議なことに針が4本ある。普通の短針長針と……金細工の、葉っぱ付きの木の枝の形をした短針と長針だ。
『この時計はこっちの世界とあっちの世界、それぞれの時刻を指し示してくれるはずだ。上手く使ってくれ。ということで、メリークリスマス、トーゴ!』と書かれたカードも入っているので……どうやら、この時計、世界を行き来する僕のために先生が書いて出してくれたやつらしい!
「僕ら、気が合うね。先生」
先生とお互い同じような品物を選んでしまったことを嬉しく思いながら、僕はそれを持って、元の世界へ帰る。
現実の世界は、夜明け……じゃなくて、夕暮れだった。太陽がビルの向こうに沈んでいく時刻。
イルミネーションが輝く街並みを、僕はなんだか軽い足取りで歩く。ポケットの中に入れた懐中時計の重みが、僕に楽しい気持ちを幾らでも思い出させてくれる。
僕はそんな楽しい気持ちで北風の中を歩いて……そして元気に、家へ帰る。
母親が『ご飯、シチューだから。早く支度して』って言うのを聞いて、ますます嬉しい。終いには、僕があんまり楽しそうだからか、『何かいいことでもあったのね』と、母親が呆れてため息を吐く始末。でも、それすらなんだか嬉しい。
……そうして、シチューが美味しくてまたにこにこしてしまって、ゆっくりお風呂に入って、ほかほかした体でベッドに潜って……そうして、翌朝。
「お、おはよう、桐吾。ねえ、起きたらこんなものが枕元にあったんだけれど」
一番早起きしてフレンチトーストを焼いていた僕のところに、困惑した母親がやってきた。
「桐吾。これ、お前からか?」
そして父親も。……彼らの手には、小さな包み。中身は星飴と、妖精洋菓子店のお菓子がいくらか。それに、父親の方には鳥の羽の形のペーパーナイフ。母親の方には花の形のピンブローチ。
そんなプレゼントが朝起きたら置いてあった両親は、それはそれは、困惑しているように見えた。『なんだこれは』っていうかんじ。
……なので、僕は思わずにこにこしちゃいながら、言うんだよ。
「サンタさんが来たんじゃないかな」
僕は良い子じゃないからサンタさんはもう来ないわけなのだけれど、でも、僕自身がサンタさんになると、こういう家にもサンタさんが来てしまうという訳なんだよ。
「メリークリスマス、お父さん、お母さん」
僕が笑っていると、両親は顔を見合わせて……それから、ちょっと呆れたような、困ったような顔をした。『こんなことにお金を使うなら勉強道具でも買えばいいのに』なんて思ってるのかもしれない。でも、僕はこうしたかったんだよ。ごめんね。
「フレンチトースト、焼けたよ。飲み物はミルクティーでいい?」
さて、それじゃあ早速朝ごはんだ、と僕がいそいそ支度をしていたら。
「……はい。メリークリスマス」
唐突に、そっと、差し出された小さな箱は、参考書の大きさじゃない。本の重さじゃなくて、もっと軽やかで、それで、まるで、僕が持ち慣れたような、そんな重さなんだ。
……信じられないような気持ちでそれを受け取って、そっと、包み紙を、開く。
それは、やっぱり、鉛筆だった。
絵を描くための、鉛筆だ。
そして、それと同時に、これは、僕への肯定であって……多分、僕が一番欲しかったもの。
「今日は予備校、あるんでしょ。急いで食べて支度しなさい」
「……うん!ありがとう!」
嬉しい日だ。今日は、とっても嬉しい日。今までの人生で一番嬉しいクリスマスだ!
……ああ、ああ、メリークリスマス!どうか、皆にいいことがありますように!