6話:甘い罠と罠破り*1
「パーティ?」
「ああ。王城で開くんだとよ」
フェイはそう言って、気まずげに頭の後ろを掻いた。
「……あの、僕、あんまりそういうのは得意じゃない」
「あー、うん。だろうなって思ったぜ。お前、そういうところに行きたがるようには見えねえし……」
うん。人が多いところに行くよりは、ずっと室内に篭っていたいタイプだ。
「それにしても、急だね」
「んー……そうだな。書簡が届いたのが昨日で、パーティ自体は明後日だ」
……本当に急だね。
「どうやら書簡の配達に不備があったらしい。持って来た奴が平謝りしてたぜ。それ見てむしろこっちが悪い事してるような気になっちまってさあ……うん」
その気持ちは分かる。
「……で、お前を連れていきてえ理由なんだけどさ」
「理由があるなら、行くけれど」
「おお!?え、いいのか!?」
うん。『興味があるか』と聞かれたら、興味ない、って答える。行きたいか行きたくないかで言えば、行きたくない。
けれど、フェイが『連れていきたい』なら、行くよ。頼まれるなら行く。
「……ええと、まあ、それは嬉しいんだけどよ……一応、説明するから聞いてくれ」
うん。
「まず、王城のパーティなんだけどよ。表向きは『貴族や有力者達の交流会』なんだよな」
……表向き、って言ってる時点で、裏の意味があるんだな、と想像がつく。嫌だなあ。
「で、本当は『王女の婚約者探し』らしい」
「あ……ジオレン家の人達が言ってたやつ?」
「おう。それそれ」
成程。フェイが招待されたのは、僕がジオレン家で聞いたパーティらしい。
「で。ジオレン家で話してた内容、覚えてるか?王城ではどうやら、レッドドラゴンやそういった召喚獣を欲しがってるらしい」
「うん。覚えてる」
ジオレン家は確か、『王女様のお眼鏡に適うように』召喚獣を欲しがっていた。つまり、王女様か王様、王城の人達が、レッドドラゴンやそういった召喚獣を欲しがっていた、ということになる。
そして……ちら、と聞いてしまった内容と照らし合わせてみれば、『王城では戦力として召喚獣を欲しがっている』っていうことに、なると思う。
「……ってことで、俺が呼ばれた理由は分かるだろ?レッドドラゴンだ」
「うん」
だからこれも分かる。フェイは……レッドドラゴンを持っているから、呼ばれたんだ。
「こんなギリギリになってから書簡が来たのも、実は事故じゃなくて狙ってやったことなのかもしれねえ。ギリギリなら俺が対策できずにパーティに行くしかねえからな。もし移動手段が馬車だったら今日中に出発しねえと、パーティまでに王都に到着すらできねえし……」
「それはひどい」
本当に事故だったのかもしれないけれど……フェイの話を聞く限り、事故じゃなくて事件のような気がしてくる。
フェイからレッドドラゴンを取り上げようとしているのか、或いは、フェイを捕まえようとしているのかは分からないけれど……王城の人は、何が何でも、フェイと接触したいんだろう。
「流石に国王陛下の印章が入ってる書簡出されたら、俺が行かねえわけにはいかねえ。親父でも兄貴でもなく俺名指しで招待されてる時点で滅茶苦茶に嫌な予感しかしねえけど、まあ、行くしかねえ」
「うん」
それは分かる。フェイも大変なんだなあ、と思う。
「それで、まあ、俺は対策できずに行くわけだ。護衛を大量に連れていく訳にはいかねえし、かといって、腕利きの用心棒を探す時間もねえ」
「う、うん」
……もしかして僕は用心棒の扱いなんだろうか?どうしよう、自信は無いけれど。
「ついでに、パーティに行って怖いのは王家の面々もだけどよ、他の貴族連中で……こっちもレッドドラゴンにつられて寄ってくるだろうな、っていう予想が立つわけだ。でも俺としては、そんな奴らと話したいことなんてねえし、下手すると『うちの娘と結婚しませんか』なんて話を無限に持ってこられる!」
「うーん……」
もしかして、そういう貴族の人達を捌くために僕は連れていかれるんだろうか?こっちは用心棒よりももっと自信が無いのだけれど……。
「で、話は戻るんだけどな?」
「うん」
「お前を連れていくと何が良いって……」
用心棒?身代わり?何が来るんだろう。
どきどきしながら、僕はフェイの言葉を待って……。
「俺はお前に構いっきりになれる!」
うん。分からない。分からなかった。
「あの、構いっきりって」
「要は、俺がずっとお前と喋ってればいいってことだな。或いはお前が急に体調を崩してくれてもいいぜ!その付き添いで俺は休憩室に入るから!」
……成程。
「つまり、逃げる口実に僕を使いたい、と」
「おう!話が早えな!」
うん……うん、それならまあ、自信が無くはない。
「ってことで……いいか?」
「うん、それはいいけれど……」
それに、元々頼まれるなら行くつもりだった。フェイが困ってるなら助けたい。僕だってフェイに沢山助けられてる。その分、お返しできるならそうする。
……でも、少し気になるところもある。
「あの、それって、連れていくのは僕でいいの?」
「ん?おう」
「パーティって、普通、女性を連れていくものじゃ……」
「いや、俺は特定の相手が居るわけでもねえし、そういう決まりがあるでもねえし。だったら下手に女性を連れて行って勘違いされるよりはお前連れてった方がいいな」
そ、そっか。そういうものならいいや。
「あと、お前連れてくとラオクレスも付いてくるだろ?そうすっと見るからに『護衛!』ってかんじの奴が居てくれる訳だから、妙な連中は寄り付かねえかな、ってさ」
……僕はそっと、ラオクレスの様子を見る。するとラオクレスは、『別に構わん』みたいな顔をした。うん。そういうことなら一緒に行こう。
「でも僕、パーティでどうすればいいか、分からないけれど」
「ああ、大丈夫だ。俺と話してりゃいい。それに、多少は無礼でも問題ねえよ。貴族以外も集まるパーティらしいし」
マナーなんかの自信はあまり無いけれど、とりあえず、そういうことならいいかな。フェイが大丈夫だって言ってるんだから多分大丈夫、だと思う。まあ駄目でも、その時は諦めて頑張ろう。
「ただ……それだけじゃ、つまらねえよな。だからまあ、パーティの様子でも見物してくりゃいいんじゃねえの?滅多に見られるもんじゃねえしさ。あと、飯も出る。うん。王城の飯は美味いから、それ目当てでもいいぜ」
ご飯にはそんなに興味は無いけれど……そっか。パーティの様子なんて、確かにそうそう見られるものじゃない。
綺麗に着飾った人達が集まる場所なら、きっと……さぞかし絵になる光景なんだろう、と思う。うん。見てみたくなった。
「ついでに……そうだな。折角の王城だから、飾ってある絵とか見ようぜ。興味あるだろ?」
うん。ある。俄然、やる気が出てきた。
「ははは。トウゴ、お前、『俄然やる気が出てきた』って顔に出てるぜ!」
……うん。だって実際そういう気分なんだからしょうがない。
その日の内に、僕はフェイと一緒に町に出て、服を買った。
……ええと、礼服。要は、王城に呼ばれてパーティに行く訳だから、そのための服。僕もラオクレスも、そんな服は持ってない。
ただ……フェイがよく使ってるらしい服屋さんに入って、フェイが見立ててくれた服は……なんとなく、僕が想像してたのと、違った。
「……あの、ちょっとひらひらしてない?」
僕が試着させられているのは、なんか、こう……ひらひらしたシャツだ。うん。ひらひらした、シャツ。これ本当に男物だろうか。僕の感覚からすると、これ、すごく抵抗がある。
「ん?いや、でもお前だったらこういうのでもいいだろ」
どういう意味だ、それ。
……一方、ラオクレスの方は普通の、というか、ひらひらしてない服が選ばれている。まあ彼は、あくまでも護衛の人、という扱いだから着飾っちゃいけない、っていうことなのかもしれないけれど……。
「ええと……動きにくいのは嫌だ」
「そうかー、似合うんだけどなあ……じゃあこっちは?」
「うん、これなら……いや、これ裾がひらひらだ!」
……基本的に、この世界の服って、僕にとっては全部コスプレみたいなものなんだよ。だから、着るのに抵抗が無い服を選ぶのが結構大変だった。
結局、襟に少し刺繍が入っているだけでひらひらの無いシャツの上に、背中が無いベストを着て、その上に裾の長い燕尾服みたいなものを着るような格好になった。まあ、これならそんなに抵抗は無い。ただ、ネクタイの代わりに細いリボンみたいなものを蝶結びにすることになったし、靴は長いブーツだから、そういうところが、うん、コスプレ……。
服を買った後は、レッドガルド家でばたばたと準備をしているのを眺めつつ、召喚獣や画材の準備をしておくことにした。
「鳳凰のオパール、どうしようかな」
「ん?アクセサリーにはしねえの?」
「うーん……これが見えてると、『召喚獣が居ます』っていうアピールになるから、良いのか悪いのか、と思って」
この世界では、宝石はある種の武器だ。だから、見えるようにした方がいいのか、見えないようにした方がいいのか……。
「あー……そっか。今回は見えねえほうがいいな、多分」
うん。フェイがレッドドラゴンで騒がれるんだから、僕は鳳凰を隠しておいた方がいいだろう。
なので今回、鳳凰が入ったオパールは、服の下に隠して見えないようにしておくことになった。
……代わりに、何も入っていない小さめの宝石を1つ、ブローチにして胸に着けておくことになった。『丸腰じゃないぞ』っていう、要は、舐められないようにするためのファッション、ということで。
「で、竹筒なんだけれど」
「……竹筒」
「うん。これ。持ってたら変かな」
そこで初めて、フェイに竹筒を見せることになった。僕が竹筒を取り出すと、そこから管狐がぴょこんと飛び出してきて、フェイのことをしげしげと見つめる。
「え?こいつ、宝石じゃないところに入るのか?」
「うん。宝石にも入るんだけれど、それより筒に入るのが好きみたいで……あっ、こら、駄目だってば」
管狐は竹筒から出ると、すぐ僕のシャツの袖の中に入り始めた。うーん、本当に筒なら何でもいいんだなあ……。
「……筒、かあ」
それを見たフェイは、ちょっと考えて……部屋を出て、すぐ戻ってきた。
「もしかして、コレとか、好きか?」
フェイが持っていたのは、円筒形の、綺麗な細工の小瓶だった。
管狐はフェイの手の中の瓶を見て、ちょっと首を傾げて……ちょっと中に入って、それからすぐ出てきた。
「ありゃ、気に入らねえか?」
「ええと……それ、何?」
「ん?瓶。ただ、昔、魔法の薬が入ってたらしくってさ。魔力の篭った細工で仕上げてあるから、こいつ、気に入るかな、って」
そっか。魔力の……。
「……あ、よく見たらこの竹……だっけ?うん、この筒、相当に魔力が篭ってるな。霊木の類か?これじゃあ、他の筒に目もくれねえか」
……うん。まあ、この竹はすごい竹だから。光るし。
「ってことは、トウゴの袖とか裾に入るのも、『魔力が高い筒』だからじゃねえの?」
「ええ……」
管狐が丁度出てきたので、そうなの?と聞いてみると、こん、と、凄く狐らしい声で返事をしてくれた。うん、そっか……。
とりあえず、管狐は竹筒で連れていくことにした。代わりに、管狐の竹筒ホルダーを作って、ベルトに着けられるようにした。これで持ち歩きに困らない。
「ええと、ラオクレスはどうする?アリコーンを連れていくには、盾を持っていくことになるけれど……」
「……王城のパーティに盾を持って入れると思うか?」
思わない。うん。物騒すぎる。
「まあ……アリコーンは留守番か、或いは、一時的に別の石に入っていてもらうかのどちらかだな」
「そうだね。じゃあ、使わなかった方の石に入ってくれるか交渉してみる?」
「そうする」
アリコーンは盾についている宝石に入っちゃってるから、こういう時には引っ越してもらった方がいい。こればかりはしょうがないね。
それからラオクレスはアリコーンと交渉して、無事に一時的な引っ越しを認めてもらった。
僕は管狐ホルダーの調子を確かめたり、携帯用の画材の他にも小ぶりなスケッチブックを出して王城の様子をスケッチしてくる準備を進めたりした。
フェイの方も慌ただしく準備を進めて……そしてその日はゆっくり休んで、翌日の朝、僕らは出発することになった。