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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
おまけ:ずっと絵に描いた餅が美味い
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すくすく桐吾

「へー。トウゴ、って、この木からとった名前なんだ」

「うん」

 ある日。ソレイラ北部のイベント会場に新たな木を増やしていたところ、ライラが通りがかって……そこで、そういう話になった。ええと、つまり、僕の名前……『桐吾』の話。


 僕の名前の由来になったのは、梧桐あおぎりらしい。小学生の頃、宿題で自分の名前の由来について調べたから知ってる。

 そして、魔王が梧桐に興味を持って……ええと、梧桐を図鑑で見つけたんだよ。ほら、最近の魔王は専ら、僕の世界の図書館で借りてきた図鑑を眺めては楽しんでいるみたいなので……それで、植物図鑑も見せてみたら、まあ、思いのほか好評で。

 それで、その魔王は図鑑の中で『梧桐』の写真を見つけて、そこで僕が『僕の名前の由来になった木なんだ』って教えたら、まおーん、と喜んでしまって……。

 と、まあ、そういうことで……新しく、ソレイラ北部にちょっとした公園をこしらえることになったところだったし、じゃあ、折角だから梧桐の木を生やしてみようかな、と思ったわけなんだ。自分の名前の由来の木を生やすなんて、なんだかちょっと我が強いかんじがするかなあ、とも思ったのだけれど、生えた木を見て魔王はまおんまおんと喜んでいたし、梧桐は鳳凰が住む木だっていう伝説がある木らしいから、鳳凰の止まり木にも丁度いいかな、ということで……。

 ……そんなところにライラがやってきて、今に至る。『この木が僕の名前の由来なんだよ』っていう話をして、それで、ライラが『へー』ってやってるところ。


「そっかあ。成程ね、あんたって、名前が付いた瞬間から既に森の一部だったわけね……」

「ま、まあ、そうとも言えるかもしれない……」

 ライラから何とも言えない感想をいただいてしまって、ちょっと恐縮。僕、自分の名前がとりたてて好きという訳でもなかったのだけれど、でも、そうだね。木の名前が付いているっていうのは、森の精霊としては嬉しいことかもしれない。面白いなあ、自分の名前の由来なんてずっと知ってたのに、やっと嬉しさが見つかった。

「ところで、ライラは?名前に由来とか、ある?」

「へ?私?」

 なんだか嬉しい気持ちになれたところで、折角だからライラにも聞いてみる。ライラ、ライラ……響きが綺麗だよね。歌みたいで、風みたいで。それでいて、ちょっと涼し気で、まあ、ライラっぽい。

「うーん、まあ、私の名前は父さんが付けたらしいんだけどね。多分、古代語で青とか藍色とか、そういう意味だったんじゃないかしら。少なくとも、藍染めに関わる名前であることは確かね」

「成程、君にぴったりの名前だ……ライラは藍色っぽいもんね」

 由来を聞いたらますますライラっぽい。ライラは藍色っぽいから。ね。

「何、私って藍色っぽいの?」

「うん。藍色っぽいよ」

 藍色は、春先の夜明けの空の色だし、夏の海の色。それから、秋の陽が落ちた直後の空の色だし、冬の夜の、ちょっと寂しい街並みの色だ。あと、ライラが染めた藍染めの布が空にたなびく時の色。うん。そうそう。ライラっぽい。

「……ま、ピンクとか黄色とか、そういう可愛いかんじじゃないわよね、私って」

「うん。もっときりりとしていて、きっぱりとしていて、涼やかで格好良くて、ちょっとつんつんした色だよ、ライラは」

 その通り、という気持ちで頷いたら、ライラは何とも言えない顔で僕の脇腹をつついてきた。駄目、駄目、つつかないで!つつかないで!くすぐったいよ!




「……私はともかく。まあ、確かに名前の由来ってちょっと気になるかもね」

「うん」

 ライラにひとしきりつつかれて、しまいには頬をつままれてふにふに伸ばされた後で、まあ、そういう話になった。

「折角だし、聞いてみようか」

「そうね。モチーフの名前の由来が分かると、またイメージが広がるかもしれないし。よーし、じゃあ早速!」

 ライラは、にやっ、と笑うと……そこらへんでぽてぽて歩いていた魔王を、さっ、と捕まえて抱き上げた。

「魔王から」

 ……うん。

 それはね、『まおーん』が由来だと思うよ!




 いや、それでももしかするともしかするかもしれない、ということで、僕ら、夜の国へ。夜の国の城下町の広場で『ひにゃにゃいくのお茶を飲む会』を開催していたレネを見つけたので、ふりゃふりゃと光る広場へ急降下。レネも他の夜の国の人達も驚いていたけれど、皆で光り輝きながら歓迎してくれた。

 折角なので、その場でひまわりの種のカップケーキを描いて出して、お茶菓子にどうぞ、と配布してきた。ひまわりは光の魔力がたっぷりらしくて、夜の国の人達に大変な人気なんだよ。

『あったかいです!ありがとう、トウゴ!』

『どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいです』

 ひまわりの種でますます光るようになったレネがとろけるような笑顔でふりゃふりゃ言っているのを嬉しく思いつつ……さて。

『ところで、ちょっと聞きたいんだけれど』

 ライラが前置きしてから、書いて伝えた。

『レネの名前の由来って、何?』


『レネ、というのは、夜の国の古い言葉で、月の光を表す言葉なんです』

 レネはそう、書いて教えてくれた。成程、レネは月の光の人だったのか。確かに、レネは月光の下に居るとなんとも綺麗で、ぴったりだなあと思う。

『ちなみにタルクは、石のことなんです。白くて脆くて柔らかい石で……タルクが普段着けているお面の材料です』

 更に、タルクさんの名前の由来も教えてもらってしまった。そっか、タルクさん、石なのか……。石っぽくはない人だけれど、でも、確かにタルクさんの顔って、あのお面だもんなあ。淡い灰色のつるんとした地で、藍色の星模様が描いてあって……。

『それから、ナトナは夜を統べる者の名前です。ナトナは生まれた時から、王様になることが決まっていた竜なので』

『成程』

 夜の国の人達の名づけ方って、昼の国とはちょっと違うのかもしれない。レネの名前も、光を集める係のドラゴンだから、っていうことでつけられた名前なのかもしれないし。

『ちなみに魔王の由来は?』

『魔力を食べちゃうので、魔王、です。でも、まおーんと鳴くので魔王、っていう方がいいと思います』

 あ、うん。そうだね。その方がなんとなく魔王にぴったりな気がするよね。うん……まおーん。


 それからもうしばらく、夜の国でのんびり過ごすことになった。

 折角なので、ということで、『ひにゃにゃいくのお茶』を一緒に飲んだり。(つまり、日向菊のお茶、なんだけれど……。)夜の国の公園に、日向菊の種をみんなで蒔いたり。こうやって光の魔力を増やすイベントだったみたいなので、まあ、僕らもお役に立てて良かったです。




 そうして夜の国でのんびりしてしまったので、その日はそこまでにして、翌日。

「ラオクレスー!名前の由来、教えてー!」

 僕とライラはラオクレスに向かって突撃していった!

「名前の由来、か?」

「うん」

 ラオクレスは僕とライラを見て、不思議そうに首を傾げて……そして、答えてくれた。

「それは……石膏像の名前、ではなかったか?」

 ……あっ。いや、それはね、そうなんだけれど!そうなんだけれど、違うんだよラオクレス!

「『ラオクレス』の名前じゃなくて、その、『バルクラエド・オリエンス』さんの名前の由来を知りたいんだ」

『ラオクレス』の方は、その、確かにラオコーンとヘラクレスのあいのこ、っていう名前なので……ええと、うん。ちょっと反省しています。もっと格好いい名前を思いつければよかったのになあ……。

「成程、そっちか。てっきり俺に付けた名前を忘れたのかと思ったが」

 ラオクレスは僕を見てちょっと揶揄うような、にや、っていう表情を浮かべて、それから僕の頭をもそもそ撫でる。あの、撫でないで、撫でないで!

「バルクラエド、なら、雷という意味らしい」

「成程、瞳の色からして、雷……」

 ラオクレスの名前の由来は雷、ということだけれど、ラオクレスにぴったりだ。彼の瞳は光の色だよ。

「いや、そうじゃない。そうだったかもしれないが……それより先に、俺の母親が俺を見て、ある程度雷の魔法の適性を見出したらしくてな」

 ……と思っていたら、どうやらちょっと違ったらしい。そっか、瞳の色じゃないのか……。

「へえ……そんな、生まれたての頃からそういうの、分かるもんなのかしら?」

「まあ、俺の母親は優秀だったのだろうな。如何せん、記憶に無い分、何とも言えないが」

 僕とライラの頭を撫でながら、ラオクレスはそう教えてくれた。……そっか。ラオクレスはお母さんの記憶、あんまり無いのか。

 そもそも、ラオクレスに小さい頃があった、っていう想像ができないのだけれど……そういう時のラオクレス、どういう風に過ごしていたのかな。

 ……うーん。

「お、おい、トウゴ。何故撫でる」

「撫でられたのでお返し」

 考えていたらなんとなく撫でたくなってしまって、ラオクレスの頭を撫でることにした。身長が足りないから、ちょっと羽を出してぱたぱた飛んで、それでなんとか。

 ……ラオクレスは撫でられてちょっと恥ずかしそうにしていたのだけれど、まあ、たまにはこういうのもいいでしょう?と、いうことで。




 さて、ラオクレスが骨の騎士に手合わせを頼まれてちょっと忙しくなってきたところで、僕らは続いてクロアさんのところへ。

 道中、『ラオクレスの目が雷色だからこその名前かと思ったんだよ』『でもひよこ色にも見えるわよね』『それは僕も確かに思う』なんて話しながら、クロアさんの家へ。

 クロアさんは家でのんびり、妖精たちと一緒にパンを焼いているところだったらしい。ふんわり甘い小麦の香りと、それが香ばしく焼けていく香りとが混じり合って、なんとも幸せないい匂い。

 家の前でパンの香りにうっとりしている妖精達にはちょっと退いてもらって、僕らは家の中へお邪魔します。


 ……ということで、僕らは上機嫌なクロアさんから味見の焼き立てパンをちょっとずつとお茶をもらって、早速インタビューだ。

「クロアさんの名前って、自分でつけたのよね?」

「ええ、そうよ。まあ、私達の組織では大抵、最初の一回以外は自分で付けることが多いわね。依頼者から指定されることも無いわけじゃないけれど」

 クロアさんはそう教えてくれながら、焼き立てパンを齧って、『うん、美味しい!』とにこにこ上機嫌だ。焼き立てのパンって柔らかくて、ほわほわ温かくて、こう、独特の美味しさがあるよね。

「じゃあ、『クロア』っていう名前は自分で付けたやつ?なら、意味が分かったり……」

 僕らも揃って焼きたてパンを頂きつつ、周りの妖精達と一緒にクロアさんの話を楽しみに聞く。わくわく。あと、ちょっとどきどき。

「ええ、そうね。クロア、っていう名前はね、確か……」

 クロアさんはそんな僕らをじっと見つめて、たっぷり間を置いて、滲むように笑ってから……教えてくれた。

「……緑、っていう意味だわ」


「みどり……!?」

 つまり、クロアさんは、みどりさん!成程!

「え、なんで?なんで緑?」

「ふふ、それはね、シェーレ家の娘、っていう設定だったからよ。ほら、シェーレ家の旗印は緑でしょう?」

 いや、印象に無いです。……あ、でも、そう言われてみれば確かに、シェーレさん、緑色のタイを着けていた、かもしれない。そっか、あれが家の色なのか。

「だから適当に付けた名前だったのだけれどね。……今は気に入ってるわ。緑色って、森の色でしょう?」

「うん!」

 なんだか嬉しいなあ。名前からして、クロアさん、森の子だ!

 ……いや、森のことは抜きにしても、彼女の瞳の美しさを考えれば自然な名前だと思うよ。緑、っていうのは。

「ちなみに、前の名前は?カレンさんだったのよね?」

「ああ、そっちは簡単。私達の組織では、初仕事の時、アジトに飾ってあった花とか、置いてあった宝石とか、差し入れられたお菓子とかを名前に使うことにしていたのよね。私の初仕事の時に飾ってあったのがカレンデュラだったの」

 ああ、そういう話、前にも聞いたなあ。そっか、クロアさんの仕事仲間は皆、花か宝石かお菓子……。

「へー、成程ねえ……じゃあ、ルスターさんは?ルコウソウとか?」

「ふふ、違うわ。花の名前を使うのは女だけ。あいつは男だから……えーと、何から取ったのかしらね、あいつは……」

 ……ルスターさんが花や宝石やお菓子、っていうのは、確かにあんまり似合わないな。いや、今の彼を見ると、妖精やお菓子が似合う人になってきているのだけれど……。

 うーん、気になってきた。折角だから聞いてみようかな。




 ということでやってきました妖精カフェ。今日もルスターさんは妖精に大人気だ。『おばけカボチャのプリンパフェ』が今日の妖精まかないおやつらしくて、ルスターさんはそれをつつきながら妖精に遊ばれている。うーん、平和。

「ルスターさーん。名前の由来、教えてください」

「は!?」

 ということで早速、聞いてみた。ルスターさんは驚いた様子だったのだけれど、妖精達は僕の言葉を聞いて『気になる!』とばかり、目をキラキラさせてルスターさんの周りをふわふわ飛び回っている。期待されてますよ、ルスターさん。

「な、なんで急にそんなこと……大体、そんなこと教えてやる義理はねえ」

 けれど、ルスターさんはそう言ってそっぽを向いてしまった。ああ、妖精達がショックを受けた顔をしている……。

「あ、そう……そっか、そうだよね。ごめんなさい、急に」

 妖精じゃないけれど、僕もちょっと、しょんぼりしてしまう。そうだよなあ、ルスターさんは、別に僕らと仲良くしたいとか、そういう訳じゃないんだもんなあ。

 僕や妖精達……というか、もう、ソレイラの皆にルスターさんは『妖精と仲良しのお兄さん』として受け入れられてしまっているのだけれど、それをルスターさん自身が望んでいるかはまた別の話だし……。

 ……けれど。

「……あーくそ!シケた面してんじゃねえよ!食うもんが不味くなるだろうが!」

 ルスターさんはそんな僕と妖精達を見て、なんだか困ったような顔をするんだよ。まるで、『なんで俺は困ってるんだ』みたいな、そんなかんじに。

 ああ、ルスターさんを、ルスターさんにもよく分からない理由で困らせてしまった……と、僕と妖精達がまた慌てていると。

「……雄鶏だよ」

「へ?」

「名前の由来!雄鶏から取った!」

 ……そう、ルスターさんは教えてくれたのだった。


「へー。雄鶏。なんで?煩いから?」

 そして僕や妖精とは違ってしょんぼりもしなければ遠慮もしないライラがそう聞くと、『そんなわけねえだろ』とルスターさんは嫌そうな顔をする。

 けれど答えてくれるところを見ると……妖精カフェの店員をしているライラと、妖精カフェの常連であるルスターさんは、中々仲がいいみたいだ。……ライラって、ルギュロスさんといいルスターさんといい、こういう、ちょっととんがって変な人と仲良くなる才能があるのかもしれない。

「雄鶏は太陽の象徴なんだよ。だから雄鶏にしてくれ、って親父に頼んだ」

「ああ、朝一番に鳴くもんね」

 そっか、成程。ルスターさんは、太陽の化身……。

「なるほどねえ。太陽、太陽、か……ふふふ」

 僕が『この人、確かに髪の毛は金色で太陽っぽい』なんて思っていたら、ライラがくすくす笑い出した。

「な、何がおかしいんだよ」

「カレンデュラは太陽に恋する花だったわよね?」

 そして、凄んで見せるルスターさんにも遠慮せず、ライラはそう言ってしまった!

 ……ああ!ルスターさんがとんでもない顔をしている!


 ……結局、ルスターさんはむくれてしまったので、妖精達が心配半分笑顔半分で栗のアイスをおまけしてあげたり、僕が『クロアさんは緑っていう意味らしいから、今度プレゼントするなら緑色のものがいいかもしれないよ』なんて話をしたり、『でも宝石はトウゴがいくらでもプレゼントしちゃうからやめときなさい』ってライラがアドバイスしたりしてルスターさんの機嫌を直すことにした。

 あんまり揶揄ったらいけないよね。ごめんね、ルスターさん。でも、これに懲りずにまた森に遊びに来てね、ルスターさん。




「名前といったらラージュ姫よね」

「うん」

 さて、続いて、同じく妖精カフェにて、ラージュ姫にもインタビューだ。たまたま遊びに来てくれていたので、折角だから、ラージュ姫にも聞いちゃう。

 ……いや、その、他意は無いよ。別に、ネーミングっていうものについて、ラージュ姫の意見を聞きたい、っていう訳じゃ、ないんだけれど。うん。でも、なんとなく……。

「私の名前の由来、ですか。ええと……」

 尋ねてみたところ、ラージュ姫はきょとん、とした顔をしつつ、『期間限定!魔王が大好きお月様のムース』をつつこうとしていたスプーンを置いて、首を傾げる。

「……その、少々、意味が……うーん」

「えっ」

 そしてそんなことを言われてしまったものだから、僕もライラも、ちょっと緊張してしまう。

 王女様の名前の由来が『意味が、うーん』って、どういうことだろう。それ、政治的な思惑とかが絡んだ結果なんだろうか。確かにラージュ姫って、その、第三王女、だし、誕生を喜ぶ人ばかりじゃなかったのかもしれないし……。

「何せ、父があれですから……」

 ……あ、うん。ちょっと緊張していたけれど、そんなに緊張は必要なさそうな気配がしてきた。あの王様が名付けたからあまりいい意味じゃない名前になっちゃった、っていうことなら、何ら違和感がない。そういうことなら、どうぞ、話してください。

「……その、父が、私を身籠った母と旅行に行った際、丁度、勇者と魔王の物語の演劇を見たらしく……」

 うん。

「その演劇で、勇者の勇気溢れる様子に、心打たれた、とのことで」

 ……うん。

「そして私の名は、古代の言葉で『勇気』を示す、ラージュ、ということに……。全く、とんでもない名づけの感覚です!息子ならともかく、娘に付ける名前ではないでしょうに!」

 ラージュ姫はぷりぷり怒っているのだけれど、でも、あの……うん。

 もしかすると、ラージュ姫のネーミングセンスって、彼女の名前のセンスから来ているものなのかも、なんて、僕らは思ってしまった。いや、うん、言わないけれど。言わないけれどね……。




 ……と、まあ、色々聞いて回って、僕らは大いに楽しんだ。

 楽しんで……それで最後に、僕は先生の家にお邪魔する。

「ねえ、先生。先生はどうして護さんなの?」

 それで、縁側でお茶を飲んでいた先生に聞いてみることにした。ほら、意味は分かるけれど、由来は分からないから。

「おやおや、なんだか『ロミオとジュリエット』のようだね、トーゴ」

 聞いてみたらそういう反応だったので、一瞬、何のことか分からなかった。けれど、『ねえロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』っていう台詞のことは教養の中に引っかかっていたので、ちょっと複雑な気分になる。

「僕はジュリエットじゃないよ」

「ははは、そうだな。どうか君はジュリエットにはならないでくれたまえ。死なれちゃ困るぜ、トーゴ。……というのは置いておいて、だ。えーと、名前の由来、だったね。なら話してやろうじゃあないか。ささ、座りたまえ」

 先生はくつくつ笑いながら、縁側に座布団を出してくれる。ついでに傍にいた魔王がお茶を淹れてくれて、さらについでに栗きんとんが1つ乗っかったお皿が僕の膝の上に置かれる。御馳走になります。

「えーと、名前、だが……そうだな。まず、実は僕には兄が居るんだが、そいつの名前は『昇』なんだ」

 それは初めて聞いたなあ。そっか。宇貫昇さん、が居るのか。そっか……。

「ただ……兄は僕が生まれる直前、つまり、まだまだ幼児期の真っ盛り、という頃、非常にやんちゃだったらしくてね。親は『次の子供には大人しい名前を付けておこう』と思ったらしい」

「そ、それで『護』なの?」

 そんなあ、という気持ちで聞いてみたところ、先生は重々しく頷いて、ずず、とお茶を飲んだ。

「そうなのだ。そういう理由で、ある種、僕自身とは全く関係の無い具合に、僕の名前は決まったのである……」

 そんなことってある?と思いつつ、まあ、あるんだろうなあ、とも思う。うーん、なんというか、複雑な気持ちになるのだけれど……。

「……ところで、先生の名前の効果って、あったの?」

「いや、全く」

 そして先生は、栗きんとんを楊枝でちょっと切り分けて口に運んで、お茶を飲んで……そして、ちょっと遠い目をした。

「……まあ、男兄弟は兄の方が保守的になりがちで、弟の方がチャレンジャーになりがち、というのはよく聞く話だが、僕のところもそうでね。結局は、『昇』な兄の方が大人しめで、両親のお眼鏡に適う育ち方をしたみたいだぜ。……まあ、少なくとも僕はまるで守りに入らなかったからな!」

 先生が遠い目ながら自信満々にそう胸を張って言ってくれたものだから、僕は思わず、ぱちぱち、と拍手してしまう。

 守りに入らない姿勢、良いと思うよ。僕には中々難しいことで、だからこそちょっと憧れるところ、あるんだ。

「……ま、僕自身はこの名前、嫌いじゃあないぜ。守りに入らない護君、ってのも悪くはないだろう?」

「うん。いいと思うよ」

 ……それにね。先生は、自分の名前が自分っぽくない、と思っているのかもしれないけれど。でも、僕にとって先生は、十分すぎるくらいに『護さん』なんだよ。

 僕、沢山沢山、護ってもらってきたから。……だからその分、恩返ししたいな。すぐには無理だろうけれど、いつか、絶対に。

 ね、護さん。




「ところで、トーゴ。君の名前はどうして『桐吾』なんだい?やっぱり木かい?」

「うん。梧桐の木みたいにすくすく育て、ってさ」

「……すくすく育て、っていうかんじの教育方針じゃなかったみたいだがなあ」

「うん……」

 僕の名前の由来は、一応ちゃんとあるんだけれど、ちょっとちぐはぐ、というか。本当にそれを望むべきだったかは両親によくよく考えてほしい、というか。多分、両親は両親の思うような姿を僕に望むのだったら、それこそ、『護』とか名前を付けるべきだったと思うよ。すくすく育て、なんて望んでいないで。

 ……いや、でも、そっか。

「僕、すくすく育て、って、望まれて生まれてきたんだなあ……」

 そう思うと、なんだか感慨深い。一応、そう望まれてたんだよな、って、思い出せる、というか……いや、僕は僕に名前が付いた時のことなんて覚えてないんだけれどね。

「……うむ。まあ、そうだな。その後どうだったかはさておき、君は生まれた時、そういう風に望まれていたっていうことだ」

 先生はそう言って、僕の頭をもそもそ撫でる。僕は、僕が生まれた時の両親の気持ちをちょっと考えて……なんとなくおかしくて、笑ってしまった。なんだ、僕の両親、もしかすると案外、僕に近い生き物なのかもしれないね。


「それに、今は中々にすくすくしてるんじゃないかい?」

「うん。その通り」

 ちょっと前の僕ならいざ知らず、今の僕は十分、名が体を表してる。僕、桐吾ですよ、って胸を張って言えるすくすくぶりだ。

 ……まあ、ようやく育ち始めた苗木、ぐらいなのかもしれないけれどさ。でも、いつか……ちゃんと大きな木になって、皆を僕の枝葉の下に入れてあげられるようになりたいな。僕は森の精霊だし、折角、『桐吾』なんだから。ね。




 ……と、まあ、人の名前の由来を聞いていたはずなのに、いつの間にか僕自身の名前の由来について考えてしまったので。

 折角だから、ちょっと両親とそういう話でもしてみようかな、なんて思う、そんな日でした。

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[良い点] つい最近読みはじめて、やっと最新話に辿り着きました。 名前の由来、深い意味が込められている場合もあれば、特に大した理由はない場合もあって、色んな意味で個性を感じられますね。 他にもフェイ…
[良い点] なんだか甘いものが食べたくなる回だった。 [気になる点] 悪魔とか光宙とか名付ける親も一応子供の事を考えてるんだと思いたい。とはいえ、日本は末っ子に終(おわる)だの留(とめ)だのつけたりし…
[一言] 桐吾くんの両親は、桐吾くんとは違う価値観の持ち主というだけで、桐吾くんに対する愛情はありますもんね。
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