お月見まおーん
秋になると殊更に月が綺麗に見えるのは何故だろう。
僕は夜空にポンと浮かんだ月を眺めながら、月明かりに照らされる森の風景をのんびり描いていた。
この森には時々、月に扮した鳥が飛んでいたりするし、竹は月の光を集めて蜜にしているし、月の満ち欠けで開ける夜の国とのゲートもあるので、まあ、月とかかわりが深いと思う。それに、森と月っていうのは中々いいモチーフなんだよ。
……そういうわけで、僕は中々、この風景を気に入っているのだけれど。
まおーん。
ふと気づけば、魔王が僕の脚の傍にやってきていた。魔王は月を見て、また、まおーん。
更に魔王は、座って絵を描く僕の膝の上によじよじと這い上ってきて、僕の膝の上からまた月を見上げて、まおーん。
なんだろうなあ、と思っていたら、魔王は更によじよじと僕の胸を登っていって、肩に上って、頭の上で、まおーん。
……魔王が月に向かって尻尾を伸ばしてぶんぶん振っている。これは一体、なんだろうか。
「あの、魔王。月には中々手が届かないと思うよ」
僕の頭の上に立とうとしていた魔王がちょっと危なっかしかったので、僕は魔王をひょい、と抱き上げてそのまま膝の上に下ろす。魔王は僕を見て、まおん、とちょっと悲し気だ。
「……もしかして、夜の国の空に浮かんでいた時のことを思い出したのかな」
聞いてみても、魔王から返ってくる答えは『まおーん』なのだけれど、なんとなく、ちょっと寂し気な魔王の様子を見て、そんな気がする。
そう。魔王は一時期より大分縮んでしまったんだ。……そして、本来なら、もうちょっと大きいままで居られる予定だったのに、不手際があったせいでここまで縮んじゃった。ほら、本当だったらうちの鳥ぐらいの大きさを魔王は希望していたわけで。
だから、余計に月が恋しいのかなあ。夜の国にも月はあるけれど、空一面を覆い尽くすようにして空に浮かんでいた巨大魔王時代には、月が今よりずっと近く見えたのかもしれないし。そもそも、あの頃の魔王はお腹(お腹じゃなくて背中……?)に月の模様があって、満ち欠けもしていたわけだし。
秋の月夜だからか、魔王を思ってちょっとセンチメンタルな気分になってしまう。月に焦がれる様子の魔王はまるでかぐや姫のようだ……。
うーん……この寂し気な魔王に、何かしてあげられることは無いだろうか。
「あー、確かにね。魔王は昔はもっと月に近いところにいたんだもんねえ……じゃあ、もう一回大きく描き直してみれば?」
「ええええ……」
翌日。僕はライラに相談して、そして、とんでもないことを言われてしまった。
「そ、それは……この世界の危機だと思う」
「分かってるわよ。冗談、冗談」
ライラは苦笑しながら手をヒラヒラさせて言うけれど、うん。びっくりしたよ。うっかり魔王を元のサイズにしてしまったら、この世界が夜の国の二の舞だから……。
……ちなみに、そんな魔王は今、妖精カフェの片隅でルスターさんの正面に座って、そこで『さつまいもムース』を一匙ずつ掬っては食べて、まおーん、とご機嫌に鳴いている。美味しいものを食べているからか、満足気。ああ、昨日の寂しそうな様子からは打って変わって、幸せそうだ。ルスターさんは『この妙な生き物は何だ』みたいな、そういう顔をしながら必死に魔王を気にしないふりをしているけれど。
「……まあ、あの子も『まおーん』しか言わないから、実際のところがどうかは分からないけどさ。でも、今の状況が嫌、って訳じゃ、なさそうよね」
「うん……そうだといいな」
魔王は大事に大事に食べていた『さつまいもムース』を食べ終わってしまって、なんだかしょんぼりした様子で、まおーん。そうだね。美味しい食べ物って、どうしてかすぐに無くなっちゃうんだよね。僕もこの世界に来てそれを実感しています。
……あっ、正面で魔王にしょんぼりされたルスターさんが、そっと、魔王のお皿に妖精おやつパフェのアイスクリームを一玉、乗せてあげている……。
ルスターさんはこっそりやったつもりらしいけれど、あっさり魔王に見つかって、まおんまおん!と喜びの声を盛大に上げられてしまっている。駄目だよルスターさん、魔王は嬉しいと騒いじゃうから、こっそりやるのは不可能だよ……。ああ、ほら、ほら、言わんこっちゃない。ルスターさん、魔王に懐かれてる……。
「成程なあ。魔王はお月さまが好きなのか」
「そうみたいだよ」
ところ変わって、先生の家。ルスターさんが『おい!誰かこのよく分からねえ生き物連れてけ!落ち着いて食えねえ!』って音を上げたため、僕が魔王を回収してきました。魔王は先生の家の縁側で、庭に生えてるススキと一緒にゆったりゆらゆら、揺れている。まおーん。
「空いっぱいに広がって月を独り占めする感覚ってのは、どんなもんだろうなあ」
「綺麗だったよ。魔王の上に座って眺める空」
僕は夜の国の過去を思い出しつつ、当時の魔王の感触をまた思い出していた。あの頃の魔王は僕の上に座るんじゃなくて、僕が上に座るサイズだったからなあ。それこそ、本当に空みたいな大きさで……だから、月もきっと、もっと身近なものだったんじゃないかな。
「そうか、お月さま……うーむ、ところで話がちょっと変わるんだが、トーゴ。一つ頼みがあるんだが……」
そんな魔王と一緒にちょっと揺れていた先生が、『魔王はお月様が大好きらしいよ』の話の後、妙にそわそわもじもじし始めた。なんだなんだ。
「……君がジャンクフードの類にまるきり馴染みが無いことは、知っているんだが。だが……どうか僕のために、月見バーガーを買ってきてはくれないだろうか!」
……つきみばーがー。ええと、大丈夫。聞いたことくらいはあるよ。食べたことは無いけれど。
「うん、分かった。いくつか買ってくるね」
「おお、ありがとう、トーゴ!……いや、なんとなく、なんとなくな?あれを食べないと秋を1つ食べ損ねたような気持ちになってしまうのだ。うむ……」
秋を食べ損ねる、っていう表現が中々いいね。僕も先生の家で色々御馳走になるようになってから……それからこの世界に来てからは余計に、秋にはブドウやリンゴや栗のケーキを食べたり、さつまいもを落ち葉で焼いたりしたくなっちゃう人になってしまった。そういう季節の食べ物を食べないと、『秋を食べ損ねた』っていうかんじ。分かるよ。
「……そっか。月見バーガー、かあ」
秋の食べ物に色々と思いを馳せていたら、ふと、魔王と目が合った。魔王の銀色の円盤みたいな目が、ぱち、と瞬きして、まおーん?と首を傾げる。
「魔王も、食べる?それで、一緒にお月見はいかがですか?」
……ということで、僕、思い立ってしまった。
魔王と一緒に、お月見したらどうかな、って。
翌日。僕は学校の帰りに、学校の最寄り駅の前のハンバーガーチェーンに入った。
……ええと、こういうところ、初めて入る。どういう風に注文したらいいのか、ちょっと戸惑うなあ。
「あれっ、上空君、珍しいね!」
と、思っていたら、重垣さんが居た。重垣さんは僕のクラスメイト。美術部員。僕は侵入部員だけれど、重垣さんはちゃんとした正規の部員だよ。
「こういうところ、来ないイメージだったけれど」
「うん。生まれて初めて来たよ」
重垣さんから見ても僕ってそういうイメージなんだなあ、なんて思いながら、確かに場違いだろうなあ、と納得する。僕にこういう華やかなお店はあんまり似合わないよ。分かってるよ。
「で、生まれて初めてここに来た理由は、ずばり?」
「ええとね、大事な人に、月見バーガーを頼まれたので」
でも、場違いだからといって、嫌いじゃないんだ。初めてくるお店に、ちょっとウキウキしてる。特にこれはウキウキ宇貫からのお使いだから、余計に。
……と思って、なんとなくにこにこしていたら。
「へー……あっ、もしかしてその大事な人、って、ラズワルドさん?」
「へっ!?」
なんだか急にライラが話に出てきてしまった!いや、確かに重垣さんは先生のことを知らないから、知っているライラのことが出てきちゃうのはまあ、自然と言えば自然なのだけれど……。
「あ、違った?ごめんごめん」
「あ、ええと、その……」
……ライラ、かあ。うん。確かにライラも、こういう食べ物、珍しがると思う。
それから何より、フェイだな。フェイはこっちの世界の文化に興味があるみたいだから、こういう食べ物、喜ぶと思う。
よし。折角だし、皆の分を買っていこう。……それから、折角だから、僕の分も買ってこよう。新しい食べ物って、ちょっとわくわくするよね。
「ところでここでの注文って、どうすればいいの?」
「わー、本当に上空君、こういうところ来ないんだねえ……カウンターでこれくださいって言えば大丈夫だよ」
「ありがとう、重垣さん!行ってくる!」
注文の方法も分かってほっとしつつ、僕は勇気を出してカウンターへ。さあ、お月見だ!
……ということで、僕は、ほわほわ温かい月見バーガーがたくさん入った袋を抱えて電車に乗って、電車の中の人達から『あんなにいっぱい食べるのか……』みたいな目で見られて居心地の悪さを思う存分に味わって、それからようやく着いた最寄り駅から、小走りに先生の家へ向かう。
合鍵でドアを開けて、内側から玄関を施錠してしまって、そしていつも通り、僕の部屋としてもらった場所へ向かって……そのまま門を通って、森の中へ!
……すると。
「……わあ」
家の前の泉のほとりにはガーデンテーブルが出してあって、そこには料理やお菓子が並んでいる。そして人ももう集まってきていて……。
「おっ!来たな来たな!おーい皆ー!トウゴが異世界の食いモン持って帰って来たぞー!」
フェイに迎え入れられて、僕も早速、パーティ会場へ。……ああ、こんなに賑やかなお月見っていうのも、楽しいね。
ガーデンテーブルの上は、全体的に黄色っぽい。……というのも、沢山のお月見メニューばかりなので。
「お月見、っていうことで、お月様っぽいお料理を作ったのよ!」
「妖精さんがね、お月さまのケーキ、つくってくれたよ」
カーネリアちゃんとアンジェがにこにこして、テーブルの上の料理の説明をしてくれる。
お椀に注がれたコーンクリームスープ。円いグラタン皿に入ったカボチャのグラタン。それから、パイ生地の中にたっぷりの野菜やベーコンやチーズを詰めて、そこに卵液を流し込んで焼いたキッシュ!……そういう、お月様のような黄色くて真ん丸な料理がたくさん並んでいる。
他にも、円く作ったプリンとか、あと、月の光の蜜で作ったレモンタルトも。妖精達もがんばってくれたみたいだ。
「ウヌキ先生に聞いたのだけれど、トウゴ君達の世界では、卵を月に見立てて食べるんですって?」
「うん。月見蕎麦とか、月見うどんとか、そうだね。あとは、月見バーガーもそうだけれど」
クロアさんは僕らの世界の食文化に興味津々な様子だ。今度、先生が作った月見蕎麦を食べに行くといいよ。あれ、すごく美味しかった。
「サラダには茹で卵を乗せてみたの。お月見っぽいかしら?」
「中々いいね」
クロアさんが作ってくれたらしいサラダは、瑞々しいレタスの上に、綺麗な黄色の黄身を覗かせた茹で卵の輪切りが乗っている。うーん、お月様がいっぱい。
「こういう風に風景を楽しむお祭りって、ちょっと珍しいわね。ソレイラに居るとそうでもないけれど」
「ああ、そうなのか……僕の世界では花見をしたり、お月見したり、紅葉狩りなんていう言葉もあるし……ああ、あと、雪見もあるなあ」
「あら、素敵。そうね、冬になったら雪を見て楽しむ会もやりましょうか」
雪見というと、先生と一緒に1つずつ分けて食べたアイス入りの大福が思い出されてしまう。先生と一緒に食べたものだからかもしれないけれど、僕はあれが好きだよ。
……あっ、そういえばお月見なのに月見団子を用意していない。僕は慌てて、月見団子を描いて出しておく。ただのお団子だと芸が無いので、中に小豆餡やカボチャ餡やさつまいも餡が入った大福仕立てにしておいた。
今日はラージュ姫が来賓でいらっしゃるから、もうちょっと作って包んで、王様にお土産として持って行ってもらおうかな……。
それからほんの数分でラージュ姫がソレイラに到着して、お迎えに行った天馬に乗ってやってきた。天馬はラージュ姫を乗っけて運ぶ栄誉に与ったものだから、ちょっと嬉しそう。
同時に、夜の国へのお迎え係をしていた鳥が、もすっ、と戻ってくる。背中にはレネが乗っかっていて、レネの背中には何か風呂敷包み……あっ、いや、違う!あれ、タルクさんだ!タルクさんがお酒とジュースの瓶を包んでレネの背中にくっついている!
こういう時、タルクさんって本当に布なんだなあ、って思うよ。ああ、びっくりした……。
……ということで来賓の皆さんもいらっしゃったところで。
「では、よい月夜を祝って!かんぱーい!」
そうしてお月見パーティが始まった。こういう時の盛り上げ役、フェイが音頭を取ったら、皆で飲み物のグラスを掲げて、パーティが始まる。
ちなみに、飲み物はレネとタルクさんが持ってきてくれた夜の国のジュース。グラスの中でほんわり淡い金色に光って、中々に月みたいだ。
「わあ、美味しい!お月様ってきっと、このキッシュみたいにまろやかな味だわ!ね、そう思わない?」
「……実際の月って、美味いのかな。硬そうな気がするけど」
「お月さまの光のみつはおいしいよ?」
子供達は料理を食べつつ、それぞれに月と料理を交互に見比べつつ、『きっとお月様はこういう味』っていう話をしている。
「とうごー、うみゃ?」
「うん。おいしいね」
「つき、きれーい。とりさん、きれーい!」
レネは鳥と月を見ながら、にこにこ顔でカボチャのグラタンを食べている。ほっくりまろやかなグラタンはレネの口に合ったようで、なんとも幸せそうだ。
……ところで鳥は月見と聞いてか、そうとは知らずか、月の光の蜜を纏って輝きながら空に浮いている。あの、ちょっと、鳥。月が見えない。被らないで!被らないで!
「トウゴが持ってきた異世界の食べ物、結構いけるわね。味が濃い目だけれど、屋台のごはん、ってかんじで」
「うん。僕も初めて食べたよ、これ」
それから、ライラが月見バーガーについて中々好意的な感想をくれたところで、僕も一口。……卵のかんじが中々いいね。白身の食感が瑞々しいかんじで、あと、ベーコンがいい。やっぱり卵とベーコンは相性がいい。そっか、月見バーガーって、こういう味かあ。初体験。
『トウゴ、ライラ。見てください。ラオクレスの月見バーガーが小さく見えます!』
それから、レネが嬉々として見せてくれたスケッチブックの文字を読んで、僕らは、ラオクレスに視線を移す。……な、成程。
「……あ、ほんとだ。ラオクレスが持ってると急に小さく見えるわね、これ」
「あ、うん……本当だ。レネやライラの月見バーガーとラオクレスの月見バーガー、大きさが違うように見える……」
ラオクレスは大きいから、相対的に月見バーガーが小さく見えるし、ラオクレスが食べているとやっぱり小さく見える。ラオクレスはこういうものを食べる時、ぐわ、って口を開けて、がぶ、って食べるものだから、月見バーガーがほんの数口で食べきられてしまうんだ!ラオクレスって口も大きいんだなあ。
「……すまない、行儀が悪かったか」
ラオクレスは然程速くない動作ながらとんでもない速さで月見バーガーを食べきって、指についてしまったソースを舐めたところで僕らの視線に気づいて、ちょっと気まずげな顔をする。いや、行儀が悪いとは思わないよ。ラオクレス、ダイナミックな食べ方だけれど綺麗に食べるから、行儀が悪いっていうかんじはしないんだよ。本当に。
「あなたがお上品にものを食べていても何か違う気がするから、それでいいと思うけれど」
そこへクロアさんがやってきてくすくす笑う。……クロアさんは月見バーガーを本当に上品に食べる。クロアさんが食べてると、月見バーガーがとんでもなく高級な料理に見えてしまうから不思議だ!
「この対比、描きたい」
「そうねえ。同じ食べ物を食べる人達、っていう連作も面白いかもね。ふふ……」
早速僕はスケッチブックを取り出して、ラオクレスとクロアさんをメモ程度にざっと描いていく。最近はこういうざっくりした描き方も勉強中なんだ。
「あああー……と、トウゴさん。この食べ物はどのように食べるのが正解なのでしょうか……」
一方、ラージュ姫はハンバーガーの食べ方がよく分かっていなかったらしくて、先にパンだけ無くなってしまって焦っていた。いや、大丈夫ですよ、こういう日だから無礼講っていうことで、お行儀は気にしなくても……。
「トウゴー!すまねえ!シャツにソース零した!後で消しといてくれー!これ、間違えて兄貴のシャツ着てきちまったんだよ!ソース付けて返すわけにはいかねえ!」
そしてフェイも、ハンバーガーを食べるのはあまり上手じゃないらしくて、ソースを零してしまっていた。……ところで、家族のシャツを間違えて着てきちゃう、っていう状況に、ちょっぴり面白さというか、羨ましさというか、憧れというか、そういうものを感じてしまうなあ。兄弟が居るって、どういうかんじなんだろう。
……あ、ちなみにルギュロスさんは月見バーガーをお皿の上に乗せてナイフとフォークで食べていたので、こちらもとんでもなくお上品だった。
ナンバーワンお上品賞はルギュロスさんかな。それとも、体の割には小さい月見バーガーを、どうやっているのかソース一滴パンくず1つも零さずに啄んでいる鳥かな……。
ナンバーワン綺麗に食べたで賞は間違いなく、魔王なんだけれどね。ほら、魔王は零れちゃったソースどころか、包み紙まで、体で吸収して食べてしまったらしいので……。
「ああー、これ、これ!これぞ秋!」
そしてそんな月見バーガーを誰よりも喜んでいるのは、間違いなく、先生。
「秋の月夜の中で1人、侘しく齧る月見バーガーも風情があっていいが、こうしてパーティの中で食べるのも悪くないなあ!」
先生はハンバーガーを食べるのも手慣れたもので、ソースを零すにしても包み紙の中。月を見上げてにんまり笑いながら、がぶ、とハンバーガーを齧る様子が中々様になっている。
「お?魔王もこっちに来たのかい」
そんな先生の横に、魔王がまおーんと鳴きながらやってくる。その両手と尻尾の先にはデザートのプリンを取り分けたお皿があって、さながらウェイターさんのようだ。
魔王はプリンを一皿先生の膝の上にのせて、もう一皿は僕に渡してくれる。そして、僕と先生の間にふにふに、とやってきて、ぽて、と座って、魔王は魔王の分のプリンを食べ始める。
魔王は一通り料理を食べていたのだけれど、それはそれは満足気に見えた。今も、プリンを一匙掬っては食べて、まおーん、とのんびり満足気な鳴き声を上げている。
「なあ、魔王。君、お月様から遠ざかっちまったかもしれないが、こういう月見も中々悪くないと思わないかい?」
先生がその大きな手で魔王の頭を撫でると、魔王はなんだかとろん、としつつ、まおーん。……多分、魔王もこのお月見には満足してくれてるんじゃないかな。元々、魔王は寂しがりの生き物だったみたいだから、こうして皆と一緒に賑やかにご飯を食べると嬉しいんじゃないかとは思ってたんだけれど。
「なー、トウゴー!ちょっといいかー!?」
そんなところに、フェイがやってくる。やってきたついでにシャツに付いちゃったソースは描いて消しておきました。これで綺麗さっぱり。
「一つ提案なんだけどよ。折角だし、魔王つれて、空、行かねえ?」
「へ?」
何のことだろう、と思っていたら、フェイはにんまり笑って、魔王をひょい、と抱き上げて肩の上に乗せた。魔王は視点が急に高くなってびっくりしたらしくて、まおんまおん、とちょっと抗議の声。
「ほら、ここの面子、召喚獣とかまで使えば全員、空飛べるだろ?だから、魔王も連れて、ちょっと空の散歩と行こうぜ!そうするとさ、月がもっと近くに感じるかもしれないだろ?」
……フェイの提案に、魔王が尻尾をぴん、とさせてから、ふりふりふり、とやり始める。まおんまおん、と喜びの声。成程ね。魔王にはそういうお月見がいいかな。
「そうだね。じゃあ、一緒に飛んでみようか。……ね、魔王。空の上の方まで連れていってあげるよ」
魔王は目をぱちぱちさせてから、まおーん!と声を上げた。多分、賛同。なら、早速。
「先生、先生。魔王をちょっと抱っこしてくれる?」
「ん?こうかい?」
ということで、魔王を先生に抱っこしてもらう。魔王は抱っこされて満足気に、まおーん。
「で、よいしょ、と……」
それから僕は先生のお腹に腕を回して、きゅ、と抱き着くみたいにして、それから、羽を広げてぱたぱた飛ぶ。
「おおー、飛んだ!何度やられても、この感覚は不思議なかんじだなあ!」
先生と魔王は、ふわふわ離れていく地上とふわふわ近づいていく空にちょっと興奮気味。
そんな僕らが空の中へどんどん進んでいくと、他の人達ものんびり追いかけてきた。
「とうごー!つき、きれーい!」
「地上から見るのと比べて、特に大きく見えるわけでもないけれど、でも、なんかやっぱり雰囲気違うわね」
ライラにきゅっとくっついたレネが羽をぱたぱたさせながら、2人ものんびり、空の月見。
「こういうお月見も楽しいわ!なんだか空気がひんやりして、お月様の光の中、っていうかんじだわ!」
「お月さま、おいしそう……」
「アンジェ。あの月は食えないから。食えないからな?」
子供達もそれぞれフェニックスや鸞に乗って、ふわふわ浮かんで空の月見。……アンジェはお月様に対して『美味しそう』っていう感想になっちゃうのか。まあ、さっきまでお月様の味の想像の話をしてた子供達だしなあ。
「王都ではこのようには月を見られませんから……新鮮ですね」
「ああ、周囲に建物や灯りが多いからか……確かにそうだな」
「その点、この森はソレイラの明かりが木々で届かねえし、空まで来ちまえば余計にそうだもんなあ」
ラージュ姫は金色ドラゴンに乗って、ルギュロスさんはフェイと一緒にちゃっかりレッドドラゴンに乗って、皆でそんな感想を話している。
都会の空には星が見えにくいけれど、この世界でもそういう感覚、あるんだなあ。……僕からしてみれば、この世界で見る夜空は、大抵全部、すごく綺麗なんだけれどね。
クロアさんは自前の羽でぱたぱた。ラオクレスはアリコーンに乗って、タルクさんと一緒に、ちょっと低い位置でそれぞれにお月見していた。……あれは多分、うっかり子供達や僕らが落っこちたらすぐ拾えるように、っていう警戒だな。こういう時も彼らは僕らの保護者、っていうかんじなんだよ。
「……いやあ、実に美しい月だなあ。そう思わないかい、トーゴ」
「うん。月、綺麗だねえ、先生。……魔王も気に入ってくれた?」
尻尾をぱたぱたふりふりしている魔王の、まおーん、というのんびりした鳴き声を聞きつつ、僕らは秋の空をじっくり楽しんだ。
こういうお月見も、悪くないね。すごく楽しかった。
……魔王も、寂しくないくらいに楽しんでくれていたら、いいな。
それから、翌日。ちょっと小腹が空いたので、妖精カフェへお邪魔します。……すると。
「あれ、魔王も来てるんだ」
「そうなのよ。おかげでヴィオロンさんが困ってて面白いんだけどさ」
魔王が今日も、妖精カフェに来ていた。ついでに、その正面に座っているのはヴィオロンさん。
ヴィオロンさんはたまにこうして妖精カフェに来てくれるようになったんだけれど、魔王と相席するのは初めてだったらしい。『何だこの生き物は』みたいな顔をしつつ、周りの人達は全員慣れた様子で『ああ、魔王がまた来てるんだね』みたいな顔をしているだけだから助けも得られず、ものすごく戸惑っている。
そして魔王はそんなヴィオロンさんの前で、特に気にせずおやつを食べている。……今日のおやつは、カボチャプリンみたいだ。一匙ずつカボチャプリンを口に運んで、まおーん。満足気に揺れる尻尾がなんともご機嫌なかんじ。
「……あのさ、トウゴ。私、気づいちゃったんだけど」
そんな魔王を見ていたら、ふと、ライラが、言った。
「……魔王はもしかして、お月様を食べたかったんじゃないかなー、って……」
「……えっ」
「そういえば、と思って思い出してみたらさ、魔王が最近注文するの、全部、黄色くて円いのよ……」
「えええ……」
何のことだ、と思ったけれど、確かに、そう、かもしれない。魔王は、黄色くて円い食べ物がマイブーム……っていうことでも、おかしくない。だって、秋になると栗とかさつまいもとかカボチャとか、リンゴや梨の煮た奴とか……黄色っぽい食べ物、増えるから!妖精カフェの今のメニュー、確かに大体、黄色くて、円い!
「で、食べ終わっちゃうと大抵、ああいうしょんぼり具合になるでしょ?だから、お月様を見て、『ああ、ああいう黄色くて円いの、美味しかったなあ。食べたいなあ』って、思ってたのかも……」
……ライラの推測が正しいのかどうかは、分からないけれど。
でも、まあ、魔王は現に今、食べ終わっちゃったカボチャプリンの器を眺めて、まおーん、と寂し気で、その寂し気な様子が、この間の夜、月を見上げて寂し気にしていたのとよく似ていて……あああああ。
「……まあ、それでも、魔王を喜ばせるっていう点では、大成功だったわよね、あれ」
「うん……」
しょんぼりした魔王を目の前にしたヴィオロンさんは、困った挙句、かぼちゃのクッキーを1つ、魔王のお皿に乗せてあげていた。それに気づいた魔王は、まおんまおん、と喜びの声を上げている。
……成程。魔王は、食欲の、秋。そういうことらしい。
まあ、そういうことなら、思う存分、沢山、美味しいものを食べてもらおう。うん、それがいい、それがいい……。
10月1日(土)から、『今日も絵に描いた餅が美味い』のコミックス2巻が発売されます。なんか最近宣伝ばっかりで申し訳ないですが、何卒。