森のファッションショー
その日、僕は森でそわそわしていた。
……そりゃあそわそわもするよ。だって僕、森だから。
そして明日は、ソレイラで森の花の恵みを讃えるお祭りがあるから!
『ソレイラ花祭り』が開催される運びとなったのは、僕とアンジェのせい、かもしれない。
まず、僕は……その、ちょっと、嬉しいことがあって。ええとね、この世界でも、先生の本が人気を博してきたんだよ。それで続刊を望む声が出てきて、先生がそれはそれは嬉しそうにしていたから、僕も嬉しくなってしまって……それで、つい、嬉しさ余って花を咲かせてしまった。
森だけじゃなくてソレイラの町の方まで花がぽわぽわ沢山咲いてしまったものだから、もう、町中が色とりどりの花でいっぱいで、そのふんわり甘い香りでいっぱいで……町の人達、驚いてたなあ。
そこでアンジェが『妖精さんたちがお花のみつをとりたいって言ってるの。いい?』って許可を求めてきたので許可したところ……妖精達、色んな花の蜜を沢山あつめて、蜂蜜ならぬ妖精蜜を生産してくれたんだよ。
妖精の蜜は蜂蜜よりすっきりしていて、そして花の香りが強い。更に面白い効果があって、なんと、食べるとその花の香りが体からふんわり漂うようになるんだよ。試食したクロアさんとライラが薔薇や沈丁花の香りになってしまって、なんだか僕は落ち着かなかった。
……そうして妖精達が妖精蜜を売り出し始めたり、ついでにこの間から作っている香水を売り出し始めたりしたら……ソレイラにはそれらを求めてやってくるお客さんがたくさん来るようになって、突如、ソレイラには沢山外貨が落ちるようになったんだ。
お店は軒並み大繁盛。妖精公園にも人がたくさんやってきて、妖精達は嬉しくって、僕が花を咲かせなくてもぽんぽん花を咲かせ始めて……。
……そうしてお祭りが開催される運びとなりました。
『森の精霊様と妖精達が花の恵みをソレイラにもたらしてくださったので!』ということらしいんだけれど……町の人達、何故か僕と行き会う度に『最近何かいいことでもあったんですか?』って聞いてくるんだよ。いや、僕と花は無関係……無関係ってことにしてるんだけれど……あれ?
まあ、そういうわけでお祭りだ。
僕の嬉しさが漏れちゃった結果のお祭りなので、僕としてはちょっと気まずいんだけれど、まあ、それはそれとして、お祭りは楽しい。
精霊御前試合も特別開催されるし、町のお店の人達もこぞって新商品や特別メニューを出してくれるみたいだし、妖精達も張り切って、すっかり話題を呼んでいる妖精蜜や妖精香水にバリエーションを増やして売り出す気満々で居るし、他にも色々とイベントが企画されていて……まあとにかく、とっても楽しみなんだよ。
「楽しみだなあ、楽しみだなあ……」
「ちょっと、トウゴ。あんたそんなにそわそわしてたら、また花が咲いちゃうんじゃないの?」
「……気をつけます」
そわそわわくわくしていたら、ライラにくすくす笑いながら注意されてしまった。うう、そうだ。僕、うっかりするとすぐ花を咲かせてしまうので……気をつけます。
「じゃあ、これが北の催事場の時程ね。それぞれ警備の形式が違うからよろしく」
「ああ、分かった」
森の詰め所に遊びに行ってみると、そこではクロアさんがラオクレスにスケジュール表みたいなものを渡していた。
森の北に描いて出した結婚式場はこういう時には催事場として活躍している。町の人達に使ってもらえて、僕としては嬉しい限り。
「……あら、トウゴ君。来てたのね。どう?今日はお花、咲かせてない?」
「さ、咲かせてないよ!」
クロアさんもくすくす笑ってライラみたいなことを言う。僕って信用ないなあ。自業自得なのでしょうがないけれど……。
「それ、企画の一覧?見たい」
「はい、どうぞ」
まあ、折角なので、と思ってクロアさんに言ってみると、クロアさんはラオクレスに渡したのとは別に用意していたらしい表を渡してくれた。
「わあ、色々やるんだね。精霊御前試合は最終日の花形かあ」
その表には今回のお祭りでの企画が一覧になって載っている。精霊御前試合もちゃんと書いてあるし、『ソレイラ歌劇団による公演』とか『妖精音楽隊による演奏』とか『魔王のお掃除実演!持ち寄られた焦げ付きお鍋、錆びた包丁、なんでも綺麗にします!』とかも……ええと、魔王、頑張るなあ。
「あ、先生のサイン会もある」
「ふふふ。そうなの。ウヌキ先生は恥ずかしがっておいでだったんだけれどね。『折角だし新刊の売り上げ向上のためにもやってくださいな』ってことで押し通したわ」
3日目、精霊御前試合の前に『マモル・ウヌキによる新刊発表会~サイン会を添えて~』がスケジューリングされていた。サイン会に臨む先生を見てみたいのでこれは必ず見に行こう。
「ファッションショーもあるのよ。私はこれが楽しみ」
「へえ……わあ、町の仕立て屋さんがやるんだ。どんな服がでてくるんだろう」
そしてファッションショー、なんてものも企画されていた。これは1日目のお昼。企画の中では最初のものだね。
服飾も芸術の仲間だ。ライラと一緒に見に行こうかなあ。
それから僕はのんびり歩いて町を見て回った。
お店の企画一覧はもう既に、パンフレットになって町で配布されているみたいだ。街門のところとか、中央の門の中のロータリーとかに『ご自由にお取りください』のパンフレットが置いてある。
……この世界ではこういう配布物って珍しいんだよ。何せ、高度な印刷技術はレッドガルド領にしかないので!
フェイの発明を誇らしく思いつつ、お祭り前日でそわそわと浮かれた町の雰囲気を楽しみつつ、妖精カフェでおやつを食べつつ今日の分の勉強を進めようかな、なんて思いつつ……。
「ああ、精霊様……!いや、町長さん!大変なんです!」
突如、僕の前に血相を変えてやって来た人を見て、びっくりする。……一瞬聞き捨てならないことを聞いた気がするけれど気のせいってことにしておこう。
「どうしたんですか?」
「そ、それが……」
そしてその人は、今にも泣き出しそうな顔で、言った。
「明日のファッションショーに出る予定のモデル達が、軒並み『やっぱり出ない』と言い出したんです!」
「成程ね……事情は大体分かったわ」
僕は早速その人……『さらさら洋裁店』の店長さんを連れて、兵士詰め所へ。そこでラオクレスと打ち合わせしていたクロアさんに早速相談することにした。
クロアさんは色々と店長さんから聞いて……そして、ため息交じりに結論を出した。
「恐らく、ソレイラの成功を妬む奴らの策略でしょうね。元々そういう奴らをモデルとして潜り込ませていたんでしょう」
「そ、そんなことってある……?」
「それが残念なことにね、あるのよ。全く、嫌になっちゃうわ。はあ……」
そ、そうか。そういうこともあるのか……。企画段階で潜り込んでおいて、前日に『やっぱりやーめた』ってやるのは、確かに邪魔の仕方としてはものすごく適切だと思うよ。やられた方はたまったものじゃないけれどさ。
……やっぱり、ものって作るよりも壊す方が簡単なんだ。
「……それで?足りないモデルは何人かしら?」
けれど、僕らはめげない。嫌な人が邪魔した結果、僕らが邪魔されて悲しい思いをするのはあんまりだから。攻撃してきた人には後でちょっとお仕置きするとして、今は明日に迫ったファッションショーを成功させるために動かなきゃ。壊す方が簡単でも、それでも僕らは作る人達なんだから。
「……成程ね。男性4人、女性4人。ならなんとかなりそうな人数だわ」
そしてクロアさんはにっこりと笑った。
「ほ、本当ですか!?急に依頼しても受けてくれるモデルさんにお心当たりが……」
「まず私が出ましょう。これで1人よ」
クロアさんの言葉に、店長さんは大層驚く。僕は『ああ、やっぱり!』という気持ちでいっぱい。クロアさんならやってくれるって思ってた!
「な、なんと!クロアさんに出て頂けるんですか!?」
「まあ、私じゃあ本業の人達にはかなわないかもしれないけれど……」
いや、それは無いと思う。クロアさん、世界中のどんな人より綺麗だし……いや、綺麗すぎて服よりもクロアさんが目立ってしまう、ということはあるかもしれないけれど。でも、その辺りはクロアさん器用だからきっと調節してくれるんだろうしなあ。
「それからライラにもお願いするとして……うーん、後はどうしようかしら。インターリアは妊娠中だし……」
「あ、ラージュ姫が到着したような気配がある。お願いしてみよう」
「えっ、町長さんは誰が町に到着したかもわかるんですか!?」
「な、なんとなくそんな気がしただけです!」
ええと、ラージュ姫、明日のお祭りを見に来るって言ってたので……それで今、到着したんだな。じゃあ早速、鳳凰に手紙を運んでもらうとして……きっとラージュ姫は引き受けてくれると思う。ラージュ姫も綺麗な人だから、モデルさんにはもってこいだ。王女様だから、観衆の前で堂々としているのも得意だろうし。
……となると僕としては、ライラがちょっと心配だけれど、彼女は肝が据わってるので大丈夫な気もする。うん。多分大丈夫だろう。だってライラだし。
「それから、あと1人……あと1人……」
けれどこれでもまだ足りない。あと1人……と言いながら、クロアさんがチラッと僕を見てくるんだけれど、僕は女装しないからね!
「……トウゴ君」
「嫌です」
クロアさんが何か言う前にちゃんと拒否!……いや、でも、ソレイラの民が頑張って準備してきたものが壊されてしまうのは僕としてもすごく悔しいし、ファッションショーは成功させたいし、でも、女装は……女装は……。
……と、僕が色々天秤にかけて悩んでいた時。
「とうごー!」
空から、レネの声が降ってきた。そしてついでに、シフォンプリーツみたいな羽を広げて飛んできたレネも、降ってきた!
「……なんて丁度いいところに来たんだ!流石だよ、レネ!」
「わ、わにゃ……?」
レネは僕の熱烈な歓迎ぶりに首を傾げていたけれど、レネなら適任だ!……いや、レネがどっちなのかは分からないんだけれど、僕が女装するよりはレネが女装する方がいいと思う!本人も抵抗が無いらしいし!よし!これでよし!
それから僕らはモデルさんの依頼をしにあちこちへ回った。
まず、レネに『ファッションショーに出てください!』とお願いして快諾を貰い、妖精カフェで休憩中だったライラに許可を貰って、そこでお茶をしに来たラージュ姫を捕まえて許可を貰って、女性陣はこれで4人集まった。
それから続いて、フェイのお屋敷に行って、フェイとローゼスさんを確保。フェイのお父さんについては今回は見送り。ええと、ファッションショーの服が若い人向けだっていうことと、あと……レッドガルド家が3人も出てくると、色味が全員赤っぽいものだから合わせる服が無くなっちゃうらしい!
ということで、そこらへんに居たルギュロスさんを確保。彼も綺麗な容姿の人だからこういう時にはもってこい。
……そして。
「……トウゴ。俺を服のモデルにするのは無理があると思うが」
「えっ!?あっ!そうか!そうだった!」
最後。ラオクレスにお願いしようと思っていたら、ラオクレス本人からそういうお言葉を頂いてしまった。
それもそのはず……ラオクレスはほとんどすべての服がオーダーメイド!彼の鋼の肉体を包む服は、普通サイズじゃないからだ!
「ど、どうしよう。モデルさんのアテがなくなってしまった……」
「ウヌキを使う訳にはいかないのか」
「先生は逆に細すぎて駄目だった」
一応、先生もさらさら洋裁店の店長さんに見せてみたんだけれど、『この人の服は作ってみたいけれどそれはそれとして今用意してある服にはちょっと身長が高すぎて、かつ、細すぎて!』と言われてしまった。まあ、先生、自称鶏ガラボディだからなあ。僕は『長身痩躯』って言葉、先生の為にあると思ってる。
「となると、リアンかなあ……」
「……流石に身長が足りないだろう」
だよね。うん、そんな気がする。リアンもすくすくと成長してはいるけれど、まだ子供の身長だから。
「となると……うう、ルスターさんにお願いを……」
「流石にあいつはやめろ」
あ、うん……ルスターさん、良い人なんだけれど品の良い人ではないので……ファッションモデルには不向きか。うう。
どうしようかなあ。あと、僕の知り合いの成人男性って、サフィールさんかヴィオロンさんくらいしかいないんだけれど。今からサフィールさんに来てもらうか、ヴィオロンさんをサクラ・ロダンで釣るか……いや、ヴィオロンさんを釣ろうと思ったら僕が女装することになる!
となるとやっぱりサフィールさんかなあ、なんて思いつつ、僕が唸っていたところ。
「あの……町長さん」
「あ、はい」
店長さんに声を掛けられて、僕は申し訳ない気持ちで振り返る。ごめんなさい、まだモデルが1人足りなくて……。
「町長さんご自身にモデルをお願いすることはできませんか?」
「……えっ?」
……えっ?えっ?僕、僕が……モデル?僕が?えっ?
「僕、身長は低いし体格も良くないですけれど……」
どう考えても僕はモデル映えする人じゃないよ。どう考えても。どう考えても!
「いえ。実は私は、元々町長さんを想像して今回の服をデザインしたんです。モデルも町長さんに雰囲気の近い人を探してお願いして……その結果、このザマなのですが……」
「あの、でも、服の大きさ、僕に合わないんじゃ……」
「多少裾を上げれば十分かと。その程度の作業、全く苦になりません!元々モデルとしてお願いしたかった人に服を着てもらえるんですから!」
……あああ、こういう時、どういう顔をしたらいいんだろう!恥ずかしくて嬉しくて、なんだかとても複雑な気分だ!
「お願いします、町長さん!折角、初めてのファッションショーなんです!台無しにしようとした奴らの鼻を明かしてやるためにも、豪華な面子で臨みたい!」
豪華さで言えば、クロアさんとラージュ姫とレッドガルド兄弟が出てきた時点で大分豪華だと思うよ。あとルギュロスさん。
……いや、でも、そこに僕が入ることを、他ならぬ作者本人が望んでいるなら……。
「分かりました。僕で良ければ、お手伝いします」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
店長さんは僕の手を握って、大いに喜んでくれた。僕がちょっと申し訳なくなるくらいに。
僕は、芸術を……いや、あらゆる全てのものを創る人の、味方でありたい。僕が手伝うことで、ものを創る人の望んだようにできるなら、いくらでも手伝うよ。僕みたいなちんちくりんがモデルをやっていいのか、よく分からないけれどさ……。
……そうして僕らは大急ぎで、クロアさんからモデルさんとしての基礎を叩き込んでもらった。
歩き方とか、背筋の伸ばし方とか、ポーズの取り方とか。気取った歩き方は結構恥ずかしかったのだけれど、でも、ライラがビシッと決めてみせたのを見て、僕もやってみようという気になった。
こういう時、同い年くらいのライバルの存在って、すごくいいね。僕、ライラに引っ張られていくこと、結構多い気がする。……同じくらい、ライラを引きずり回しているかもしれないけれど。
「すごいわね、レネ。こうして見るとすごく綺麗……」
「うん……」
そしていつもはぽやぽやふりゃふりゃしているレネも、こういう時に真剣な表情で颯爽と歩くと、ものすごく決まって見える。誇り高きドラゴンなんだなあ。
「フェイ様もこういうの、似合うわよねえ。ルギュロスさんとラージュ姫もモデルさん、なんとかなりそう」
「うん」
フェイは元々が格好いいから、こういうのもすごく似合う。堂々としているふりをするのは得意みたいだし。
ルギュロスさんとラージュ姫は堂々とするのは得意なんだろうけれど、モデルさんならではの歩き方には不慣れみたいだ。けれど、2人とも姿勢がいいし、そのまま普通に歩いていても十分だろう、ということになった。流石だなあ。
「……ローゼス様とクロアさんは何も問題ないわね」
「ね。本業のモデルさん達が裸足で逃げ出しそうだ」
そしてクロアさんはクロアさんだったし、ローゼスさんはローゼスさんだった。最早何も言うまい、というやつだよ、これは。
……そして、翌日。
僕は朝一番に開会式の挨拶をして、それから大慌てでファッションショーの控室へ飛んでいく。
「町長さん!さあ、こちらへ!」
「はい。……わあ、すごい」
そして僕は店長さんに連れていかれて、その先ですごく綺麗な服を見た。
それは着物みたいな服だった。勿論、着物そのものとは結構違うけれど。
ノースリーブだし、裾は真っ直ぐすとんとした形じゃなくてもう少しふわふわしていたし、帯にたくさん飾りがついていて少し派手だし、透ける薄布でできた、引きずるくらい長い羽織を羽織るみたいだし、異世界風にアレンジされた着物、っていうかんじだ。
「ええと……変わった服、ですね」
「はい。以前、精霊様がドラゴンの背に乗って飛んでおられるのを見た際、こういった服を着ておいでで……それを見て、こう、創作意欲が掻き立てられまして!」
あ、み、見られてたの?そ、そっか……ちょっと恥ずかしい。いや、ちょっとじゃなくて結構恥ずかしい!
「では袖を通してみてください。このまま髪も整えさせていただきます」
「あ、はい……」
店長さんはウキウキした様子で僕に服を着せて、それから僕の髪を整え始めた。
……ええと、なんか、編まれてる。一部分が三つ編みみたいになって、そこに宝石と金属の飾りが留められて……普段絶対にしない格好だから、ちょっと緊張するし変な気分だなあ。
そうしてファッションショー用の僕が完成した。鏡を見てみると、そこにはなんとなくエスニックというかオリエンタルというか、そういう雰囲気の僕が居た。
「あっ!トウゴ!あんたも着替え終わったのね!」
「とうごー!きれーい!りり、りり、きれーい!」
そして僕が鏡を見ていたら、後ろからライラとレネもやってくる。
……ライラは藍色のドレスを着ていた。肩が出るデザインで、裾は後ろが長くて前が短い風変わりなスタイル。
そしてこのドレスの一番の特徴は、同じ染料……多分藍で染めてあるんだろうけれど、材質や織り方がそれぞれ違う布を色んな種類使って表情を出しているところだ。
特にスカートの部分なんて、シルクサテンにレース生地、綿のジャガード織りやシフォン生地……と、色んな布が使われててすごく面白い。
「縦縞と横縞、いいなあ……」
「あっ、あんたもそれ思った!?やっぱり縦縞と横縞って並べると全然雰囲気が違って面白いわよね!」
布は一色に染めてあるけれど、織り模様を縦にしたり横にしたりすることでも表情に違いが出て面白い。ああ、これ、遠くから見ても綺麗だけれど、間近でまじまじと見るのもすごく楽しいドレスだ!
「レネの方もすごいのよ!ほら、こんなに細かいプリーツ!まるでレネの羽みたい!」
そしてレネの方は、シャンパンゴールドのドレスだった。かっちりした布のハイネックの上半身と、上半身からそのままコートみたいに伸びたスカートの内側で揺れるふんわり繊細なプリーツ生地がとても綺麗だ。
上半身はかちっとしているけれど、スカート部分はふんわりしてちょっとボリューミー。膝丈の裾であることもあって、軽やかで可愛らしい印象だ。
「この金属細工は中々いいね。服にこういう風に金属の飾りが付くのも面白いデザインだなあ」
それから、ドレスは金や銀で飾られている。襟元やウエスト、それにウエストから伸びるリボンの裾なんかには金属細工が打ち付けてあって、布と金属の表情の違いが中々面白い。同じ金属でできた大ぶりな髪飾りがレネの濃紺の髪によく似合っていた。
「なんかさ、私がモデルになるなんてどうなのよ、って思ったけど、これ、楽しいわね!」
「うん。僕も僕がモデルなんてどうかしてるよ、って思ったけど、色んな技術やデザインを目の当たりにしてみると楽しい……」
僕とライラは顔を見合わせて、頷き合った。やっぱりこういう時に持つべきものは同じ志のライバル。楽しさを共有できるって、いいよね。
それから僕らは3人揃って楽屋を見て回った。
「ルギュロスさんとラージュ姫はセットになってる服みたいよ。まあ、面白みというか、意外性はあんまり無いわね」
「成程……王子様っぽい服と王女様っぽい服だと似合いすぎてて何も意外性が無い……」
「おい、トウゴ・ウエソラ!聞こえているぞ!」
まず、ルギュロスさんとラージュ姫の控室では、2人がそれぞれ白と黒を基調にした服を着ていた。
デザインは、まあ……王子様とか王女様とか、そういうかんじ。格式高いかんじのデザインで、けれど、配色が白と黒でしっかりはっきりしているから真新しく見える。そんなかんじ。
アクセサリーも見事に白黒。銀とかじゃなくて、本当に、白と黒。なんと、アクセサリーは琺瑯でできているみたいだ。真っ白と真っ黒の釉薬を焼き付けた金属のティアラが見事な出来栄えで、もう、これだけでも見ていて楽しい!
「トウゴさん。どうでしょう。似合いますか?」
「うん。とても。ラージュ姫、こういうぱっきりしたデザインや色合いも似合うんだね」
ラージュ姫はにっこり微笑みつつ、ちょっと照れてくれた。ラージュ姫って、こう、銀髪に紫水晶の瞳をしているから、色味が全体的に淡いんだよ。だから白とか薄紫とかの淡い色を合わせてしまいがちだけれど、白と黒でぱっきりした服を着ているところを見るとこれも似合うなあ、って思う。
「こう、縦にラインが入るとすらっとして見えるわよね」
「うん……デザインの勉強としてとても面白いなあ、このファッションショー」
まだショー自体は始まってないんだけれどね。でも、既に楽しい!
ルギュロスさんとラージュ姫も合流して、皆一緒にフェイ達のところへ。
「おっ!トウゴ!お前も変わった格好してるなあ!精霊様の衣装にちょっと似てるんじゃねえの?」
「実際、あれが発想の源だったらしいよ……」
早速フェイに歓迎されつつ、彼らの恰好を見てみる。……フェイとローゼスさんはそれぞれ違う方向の恰好をしていた。
フェイは僕とテイストが似ているかもしれない。織り模様や刺繍が入った色とりどりの布を使った、ちょっとオリエンタルな雰囲気の服だ。形としては、肩が片方出ていたり、服の裾がアシンメトリーだったり。
……なんというか、ライラのドレスとちょっと実験の方向が似ているかも。ライラは色んな材質や組成を試している服で、フェイのは色んな色と形を試しているみたいだ。
それから、フェイの髪は僕みたいに編まれていて、なんだか新鮮なかんじだ。色とりどりのガラスや宝石のビーズを通した革紐が髪を飾っていて、これがまた、フェイによく似合うんだ。
「フェイ、こういう服も似合うね」
「そうかあ?なんか照れるなあ。ま、頭が目立つ分、こういう恰好も悪くないかもな!」
うん。フェイの髪は色味が派手だから、モノトーンでコーディネートしても髪が勝手に差し色になるんだよ。そして今みたいにカラフルな格好だと、髪の色が目立たないというか……全体的に派手。これも中々いいね。
「おやおや、皆、綺麗だね。こういった機会は中々無いから存分に楽しませてもらうといいよ」
そしてローゼスさんの方は、ドレスみたいなスーツみたいな、そういう服を着ていた。スーツの裾がひらひらと長くてドレスみたいだったり、シャツのタイはリボンだったり。細身のズボンは男性のものだけれど、履いている靴は革靴に見えて、ハイヒールだ。
……は、ハイヒール!すごい!ローゼスさん、ハイヒールを履いて普通に歩いている!すごい!これはすごい!
「ところでローゼスさん。その髪、すごいわね」
「ああ……長いと弄り甲斐があるらしいよ。いや、すごいね。気づいたら妖精が花を飾っているし……」
ローゼスさんの髪はなんというか、綺麗に編まれたりまとめられたり、女性の髪形みたいになっていた。そして花が飾られているものだから、ますます女性的な雰囲気。この人、こういうのも似合うんだよなあ……。
「あら、皆、集まってたの?」
そして僕らのところに、クロアさんがやってきた。
「……うおおお、やっぱすげえ……クロアさん、やっぱすげえ……」
フェイがものすごく語彙の足りないことになっているけれど、僕もそういう気分だよ。
「ふふふ。こういう服も、まあ、偶にはいいでしょう?」
クロアさんは……クロアさんは、デザイン性豊かな、レースだけでできたマーメイドラインのドレスを着ていた。
いや、本当にすごいんだ。なんとこれ、一繋ぎの手編みレースでできてる。つまりこれは、レースで作ったドレスというよりは、ドレスの形になるように編まれたレース。僕もちょっとだけレース編みをやってみたことがあるから分かる。これがどれだけ大変なことなのかは、分かるよ。
そしてそのデザインのすごいところって……その、隠れるべきところはちゃんと隠れるデザインになっているんだけれど、レースだから全体的に透かし模様になっている部分が多い、っていうことなんだ。肩も太腿も、肌がレースの隙間からちらちら見えてる。
……なのに、下品に見えない。すごく上品で、それでいて迫力があって……クロアさんにすごくぴったりのドレスだよ!
「……クロアさん、本当にすごいわね。あれを着てドレスに負けない人って、この世に何人居るのかしら」
「1人だと思う……」
僕とライラはもう、なんかこう、勉強とかそういう余裕も無くなって、只々圧倒されていた。
……行き過ぎた『美』は、僕らから思考を奪う。なんか、そういうかんじ……!
そうして僕らの準備が整ったところで、いよいよファッションショーが開催された。
最初はフェイ。フェイが出ていくと、会場が一気に盛り上がった。……フェイはレッドガルド領で大人気だし、ソレイラの人達も皆、フェイのことが大好きなんだよ。
フェイはちょっと照れてるみたいだったけれど、それも笑顔で隠して、堂々と会場を歩いてみせた。
会場は『ファッションショー』というものに不慣れな観客が多かったと思うんだけれど(何せ僕、この世界に来てから『ファッションショー』なるものを初めて聞いたくらいなんだよ!)でも、観客は皆、この芸術を楽しんでいた。フェイの登場にすっかり盛り上がった会場を舞台の袖から見ていて、なんだか僕もわくわくしてくる。
次はライラの出番。彼女はソレイラで一番人気のカフェの看板娘な訳で、やっぱり会場が大いに盛り上がった。
ライラは不敵な笑みを湛えて堂々と歩いていく。……ライラ、こういうの似合うなあ。すごく格好いい。
次に出ていったのはラージュ姫とルギュロスさんのペア。ルギュロスさんがエスコートするようにしてラージュ姫を連れていく。
エスコートする側もされる側も慣れたものだから、それはそれは綺麗だった。……そしてやっぱりこの服って、2人ペアになって揃って動いてみて、魅力が増す服なんだなあ。揃いの恰好って、こういう面白さがあっていいね。
それからレネが出ていった。
シャンパンゴールドのドレスを揺らして、堂々と。……小柄なレネが、大きく見える。レネはちょっと照れた表情で、でも、すごく凛々しい姿を見せてくれた。
……今、レネはドラゴンの部分を隠しているんだけれど、滑らかな白い肌の背中が羽なしで見えていると、なんだか不思議なかんじがするなあ。
続いてローゼスさん。こちらも大いに会場を沸かせてくれた。ローゼスさんはにこやかに会場に手を振って、ついでにウインクしてみせたものだから、また会場が沸く。……この人、こういうのに慣れてるんだなあ!
ローゼスさんの服は女性的なところがあって、それがまた、ローゼスさんにはよく似合うんだ。雰囲気がまとまっている、というか……これ、本業のモデルさんよりいいモデルさんの采配だったと思う。
そして緊張の一瞬。僕の出番だ。
あんまり人を見ないようにしながら会場を歩いていって……そこで、歓声を浴びてものすごく恥ずかしくなる。でも、表情には出さない。そんなことでこの芸術を壊したくは無いから。
この服に負けないくらい、堂々と。異国情緒たっぷりの服は、異世界人である僕にきっと似合うはずだって自分に言い聞かせて背筋を伸ばして……ものすごく緊張しながらもなんとか、自分の役目を終えた。
ステージの端まで辿り着いて他の皆に並んだ時の安心感といったら!……模試が終わった時よりもほっとしてるかもしれない。
けれどほっとしている暇はない。そう。クロアさんが出てくるからだ。
……クロアさんが出てきた途端、会場が静まり返った。
繊細かつ大胆なデザインのレース生地。透ける肌に気品を感じさせるクロアさんの堂々としたたたずまい。レースのデザインが草花が絡み合うような具合になっていることもあって、まるで森の女王様みたいな、そんな風格すら感じさせる。
圧倒的な美しさを見て、観客も僕らも、只々じっと、クロアさんを見つめていた。クロアさんが会場の中央まで行って、そして戻ってくる時にふわりと翻るレース生地の裾が本当に綺麗で、格好良くて……。
……ああ!描きたい!
そうして短いながらもぎゅっと内容が詰まったファッションショーは無事に終了した。
店長さんは僕らにものすごく感謝してくれたけれど、僕らだってこんなに綺麗なものを見せてもらったんだから、感謝の気持ちでいっぱいだ。
それに……店長さんが創ったものが、ちゃんとした形で発表できて、嬉しい。同じくものを創る立場の者として。すごく、嬉しいんだ。
「この度は本当にありがとうございました!その……また、モデルをお願いしても、いいですか?」
なので、店長さんにそんなことを言われてしまっても、恥ずかしがる気持ちより先に、嬉しい気持ちが来てしまうんだよ。
「……ええと、年に1度ぐらいなら」
僕自身がステージに出るっていうのは、すごく恥ずかしいけれど。でも、僕が店長さんの作品になるっていうのはすごく光栄なことだし。貴重な経験だし。
……うん。すごく、勉強になって、楽しかったから。だから、またやってみても、いいと思っちゃったんだよ。珍しいことにさ。
その後元の服に着替えて、皆でお祭りを見に行ってみたら、町の人達にあちこちで声を掛けられた。『町長さんが出ておられてびっくりしましたよ!よくお似合いでした!』とか、『トウゴさん、本当に精霊様みたいでしたね!』とか、『ふわふわ様、とってもきれいだった!』とか。
な、なんというか、やっぱりちょっと恥ずかしい……。
「あ、そうだ。トウゴ。さっきの服、店長さんにお願いして貸してもらうからさ。あれ着て絵のモデルになってよ。あんたのこと、描きたくなっちゃったから」
……しかも、ライラにそんなことまで言われてしまった。
やっぱり、ちょっとじゃなくて、結構、恥ずかしい……。
業務連絡です。
TOブックスさん付けでお手紙を下さいました中本様、もしこちらをご覧になっておいででしたらメッセージ機能若しくはTwitterのDMなどでご連絡頂ければ幸いです。
こちらの手元に届いた封筒には差出の住所も宛先の住所も書いておらず、「返信が出せないぞ大変だ!」と当方の中で話題になっております。もしよろしければ、何卒!




