精霊交流会
森の昼下がり。
僕は、もうそろそろ木苺の花を咲かせる準備をしなきゃなあ、とか、妖精公園の木苺は多めに実らせたら子供達が喜ぶかな、とか、そういうことを考えつつ、森の整備をしていた。
……ほら、一応、僕、森なので。現実の世界で絵ばかり描いていないで勉強もしなきゃいけないのと同じように、こっちでも絵だけじゃなくて森の管理っていう仕事があるんだよ。
勿論、この仕事は嫌いじゃない。自分の体のお手入れみたいなもので……ええと、爪を切ったり、髪を切り揃えたりするようなかんじ、かもしれない。
「あ、ルリビタキが巣作りしてる……」
自分でもある森の様子に意識を集中させてみると、あちこちで春の芽吹きが起きている。春は新しいことが始まる季節だ。小鳥が巣作りしたり、花が咲いたり……森にも色々な変化があって、楽しい。
そんな調子で森の様子を見ながら、今日は何を描こうかなあ、なんて思っていた、そんな時だった。
「トウゴー、ちょっといいー?」
「ライラ。どうしたの?」
すたすた歩いてやってくるライラに意識を戻す。ええと、森としての意識じゃなくて、上空桐吾としての意識に戻す、というか。じゃないと俯瞰でライラを眺めるような感覚になってしまうので……よし。
「あんたさ、近々、ゴルダ領に行く予定、無い?」
「ゴルダ?」
ライラは唐突に、そんなことを聞いてきた。ゴルダ、というと……あっ。
「もしかして、赤の絵の具?」
「そう!ヴィオロンさんが前、話してたやつよ!」
そうだった、そうだった。前、ヴィオロンさんがソレイラに来た時、僕とライラに王城の壁画の話をして、そこで『赤の絵の具は多分ゴルダの山で昔採れた奴』って教えてくれた。深い赤色で、微かに金色っぽい光沢が生まれるのが特徴、だっけ。
「深い赤色なら、あんたが描いて出してくれた魔石絵の具、沢山あるけどさ。でも、変わった質感の絵の具だっていうなら、気になるじゃない……なんか、気になるじゃない……」
「うん。気になる……」
……変わった光沢を持つ絵の具、となると、絵に組み込むのはちょっと難しいかもしれない。
けれど逆に、『どう組み込んだらいいかな』って考えるのが楽しいというか、そういう制約があってはじめて生まれるものもあるっていうか……。
まあ、半分ぐらいはコレクター魂、なのかもしれないけれど……。
「ってことで、あんた、ゴルダに行く用事、無い?」
「うーん、そうだなあ……」
そこで僕は思い出す。
ヴィオロンさんは、『かつて』ゴルダで産出していた、って言ってた。ということは、普通にゴルダのお店に行っても、売っていないかもしれない。
けれど……ゴルダの鉱山に、知り合いが居るからなあ。
「……折角だし、精霊様に挨拶に行ってこようかな」
そう。ゴルダの鉱山にはゴルダの精霊様がいらっしゃる。巨大な金色の花の姿をしたゴルダの精霊様は、言ってみれば僕にとって精霊業の先輩であって、同業者でもあって……まあ、ご近所づきあいさせて頂く仲、っていうことでいいと思う。
「ついでにグリンガルの精霊様にもご挨拶してこようかなあ」
「いいんじゃない?ついでにグリンガルの精霊様も連れて、一緒にゴルダ行ってくれば?精霊ばっかり3体も集まったら面白そうよね」
「精霊を3体集めるだけならゴルダに僕と鳥が居たことがあったから、一応、3体までなら揃ったことあるけどね……」
ライラとそんな話をしていたら、呼ばれたと思ったのか、鳥がやってきた。キョキョン、と元気に鳴いてくれるけれど、別に君を呼んだわけじゃないんだよ!
……まあ、鳥を呼んだわけじゃないけれど、ライラの提案も面白そうだなあ、と思ったのもまた事実だ。
精霊って、基本的にはその土地にずっと居るものだから……だから、ちょっと寂しいことも多いし、そういう時に精霊仲間と会えたら楽しい、と思う。
ほら、僕は森に森の子達を住まわせて寂しくなくしてしまったけれど、グリンガルもゴルダも、そういう訳にはいかないから。
……ということで。
「鳥。一緒に精霊交流会、やる?」
僕はそう、鳥に提案してみたのだった。
ということで、翌日。
簡単に荷造りした僕は鳥と一緒に、グリンガルの森へ向かう。
グリンガル領は王都から向かった方が近い。ということで、まずは妖精の国を通って、フェアリーローズのゲートから王都へ出る。
そうしたらそこから鳥と一緒に飛んでグリンガルへ。ちょっと久しぶりな旅路にちょっと緊張しながら、緑の濃い、僕とはまた違う森へと向かっていく。
……そして森に到着。僕はすっ、と着地して、自分じゃない森の土地を踏みしめた。ふわふわした腐葉土のかんじがとてもいい。
そして鳥も、もすっ、と着地して、キョン、と鳴く。これ、到着の合図か何かだろうか……?
「精霊様ー、突然ですみません、レッドガルドの森の精霊です!遊びに来てしまいました!入ってもよろしいでしょうかー!」
それから僕は森の奥へ向かって、精霊様にお伺いを立てる。……すると。
ぱたぱたぱた、と羽音が森の奥から聞こえてくる。おや。
……僕と鳥がそのまま待っていると。
「精霊様!お久しぶりです!」
グリンガルの精霊様……羽の生えた蛇がぱたぱたと飛んできて、出迎えてくれた!どうも!お邪魔します!
「こちら、お土産です。どうぞ」
それから僕らはグリンガルの森の奥へと進みながら、精霊様にお土産を渡す。
お土産は龍の湖の木の実と、龍の湖の水晶を少し。あと、竹から採れた魔力の蜜。
そんな具合のお土産を渡すと、グリンガルの精霊様はとても機嫌よくしゅるしゅる鳴いて、お土産を近くの木の蔓で回収していった。きっとこの森に役立ててもらえるだろう。
更に、グリンガルの精霊様はご機嫌な様子でじっと僕を見つめたかと思うと……しゅるん、と、僕に巻き付いてきた!
「わ、ど、どうしたんですか?」
聞いてみるも、精霊様は只々、ご機嫌な様子で僕に巻き付いている。巻きついて、巻きついて……それからまたじっと、僕を見つめて、つやつやした瞳をきらきらさせている。笑ってる、んだと思う。つまり、ご機嫌。
更に、しゅる、と精霊様の首が伸びてくると……ちゅ、と、精霊様の口が僕の頬に触れていった。
……キスされちゃった。ついでにちょっと魔力を分けてもらっちゃった。
グリンガルの精霊様の魔力はひんやりして涼しい。ちょっと暖かくなってきた季節の木漏れ日の下で頂くと、とても心地いい魔力だね。
それにしても……その、こういうの、人型じゃない精霊特有のコミュニケーションなんだと思うけれど、ちょっと照れるなあ。
「ええと……じゃあ、お返し、ということで……」
なんだか照れるなあ、と思いながら精霊様の鼻先にキスして魔力をちょっとお分けすると、精霊様は羽と尻尾をぱたぱたさせた。多分、喜んでる。まあ、魔力のやり取りをしたので、ちょっと元気にはなると思うよ。
……ちなみに鳥は、そんな僕らを見ていて何を思ったのか、キョキョン!と鳴いたかと思ったら突進してきて、僕とグリンガルの精霊様をまとめて羽毛の中に収納してしまった!やめて!暑い!あとくすぐったい!
……まあ、鳥の攻撃だか挨拶だかよく分からないそれは、グリンガルの精霊様としては中々よろしかったらしい。その後もグリンガルの精霊様、僕に巻き付いたまま時々首を伸ばして、すぽっ、と鳥の胸毛に埋もれていたので。なんだろう。ふわふわしたものがお気に召したんだろうか。
そして鳥としても、その状況に満足気だった。キョキョン、と鳴きつつ、どこか自慢げというか……。ちょっと小憎たらしいなあ、こいつ。
そのままグリンガルの森を進んでいって、僕らは森の奥の開けた場所に通された。グリンガルの森は僕とはまた違った雰囲気で、なんというか、『他所のお宅』っていうかんじがする。うーん、違和感。
それにしても、春っていいなあ。前回ここに来た時は、秋の終わりというか、冬というか、そういう季節だった。だから、今、こうして暖かくなってからのグリンガルの森を堪能して、やっぱり芽吹きの季節っていいなあ、と思う。
「あ、木苺の花ですね」
周囲を見ていたら、白い花が茂みにぽんぽんと咲いているのを見つけた。どうやらグリンガルの森にも木苺が実るらしい。
「うちもそろそろ木苺の花の季節なんですけれど、妖精公園もできたことだし豊作にして子供達のおやつにしたいなあ、と思っていまして……でも、木苺ばかりだと子供達も飽きてしまうかなあ」
僕が話していると、グリンガルの精霊様は……きゅっ、と体に力を込めた。なんだろう、と思ってみていると……。
「……わあ」
さっきまで花だった木苺が、ぽん!と実った。
ぽんぽん、と次々に木苺が実って、七つくらい実ったところで止まる。……精霊様を見てみたら、ちょっと満足気に見えた。
「グリンガルの木苺はオレンジ色なんですね」
実った木苺は、黄色からオレンジぐらいまでの間の色だ。……こういう木苺もあるんだなあ。
「うちのは赤いけれど……オレンジ色のやつも混ぜてみたら楽しいかもしれない」
どうだろう、と鳥に聞いてみると、鳥は僕の質問にはまるで答えず、実ったばかりの木苺を啄み始めた。こ、こらこらこら!
……僕が慌てていると、鳥は木苺を食べて、キョキョン、と満足げに鳴いた。
「ええと……僕も頂いていいですか?」
鳥だけ食べているのもなんだか癪なのでグリンガルの精霊様に聞いてみたら、精霊様は満足げに頷いてくれた。なので僕もおひとつ頂きます。
「わあ、甘くておいしい」
大粒のオレンジ木苺は、キュッと酸っぱくて、蕩けるように甘い。それでいてちょっと涼やかなかんじがして、如何にも精霊様の力が注がれた木苺だなあ、というかんじだ。
おいしいなあ、と思いながら木苺を頂いていたら、グリンガルの精霊様はなんだか嬉しそうに、また僕に巻き付いてきた。……この精霊様、人に巻き付くのが好きなのかな。まあ、体温が低い蛇の体をしていると、体温が高い生き物にくっついていたいのかもしれない……。
……あっ、もしかしてドラゴンもそういう理由でふりゃふりゃしたがるんだろうか!?
レネに思いを馳せつつ、グリンガルの精霊様と森談義をしつつ、のんびり木漏れ日を浴びて森林浴をしつつ……。
「あ、そういえば、精霊様」
そういえば、本題があるんだった。いけない、忘れていた。
「ゴルダ領の山の奥にも精霊様が一体、お住まいなんですが、一緒に行ってみませんか?」
早速僕がそう提案すると、グリンガルの精霊様は首を傾げた。
「その、精霊同士で集まることって、あまり無い気がするので……折角なら、と思って」
どうでしょうか、ともうちょっと粘ってみると……グリンガルの精霊様は、やがて、ふんふん、と頷いてくれた!
「やった!じゃあ、その、早速ですけれど、来週あたり、いかがですか?」
それから僕はスケジュールを合わせて(尤も、グリンガルの精霊様はそもそもスケジュールなるものが無いんだろうとは思うけれど……)、今日のところはお暇することにした。
また来週、今度は精霊が4体集まっての精霊集会だ!楽しみだなあ!
ということで、翌週。
僕と鳥はグリンガルへ向かって、そこでグリンガルの精霊様と合流。お誘いする以上、お迎えぐらいはさせてもらわないとなあ、と思った次第です。
それから僕らはそれぞれの翼でぱたぱた飛んで、ゴルダ領へと向かう。
ゴルダの山は遠くからでもすぐ分かる。こんなに立派な山はこの近くには滅多に無いから。……僕は森だけれど、山の良さだって分かるよ。勿論。何故なら描きたくなるので。
「ゴルダの精霊様!お邪魔してもよろしいでしょうか!」
そうして到着した山のふもとでそう声を掛けてみると、早速、岩がころころ動いて道ができる。
「さあ、行きましょう!」
なので僕らは揃って、早速山の中へ……。
……と思ったら。
「……君、やっぱり詰まるのか」
洞窟の途中で、鳥が詰まってつっかえていた。
いや、キュン、じゃないんだよ。もうちょっと頑張って、自力で抜け出して!僕が引っ張って引っこ抜こうにも、僕はラオクレス程力が強くないんだからな!
……鳥が大分つっかえたけれど、なんとか僕とグリンガルの精霊様とで引っ張ってスポンとやりつつ、ゴルダの精霊様の待つ奥へとやってきた。
「精霊様、こんにちは!」
ゴルダの精霊様はそっとおしべを伸ばしてきて僕らを持ち上げると、花の上に下ろしてくれた。鳥は一旦花の上に乗ったのだけれどちょっと重量オーバーだったらしい。お付きの真っ白な蛾達によって、花の根元に枯草のクッションが用意された。鳥は若干不満げに、キュン、と鳴いてクッションの上へ。
……そして僕とグリンガルの精霊様は花の上へ乗っかった。大きな大きな、黄金色の花の上。僕はここがなんとなく落ち着くから好きだし、グリンガルの精霊様としても、僕以外の精霊に会うのは初めてなのか、珍しいことなのか……そんな様子で、ちょっと戸惑っていた。
「ええと、紹介します。こちら、グリンガルの森の精霊様です。そしてこちらはゴルダの山の精霊様です」
僕が間に入って紹介すると、グリンガルの精霊様はぱたぱた、と羽を動かしながら、ぺこ、と頭を下げた。すると、ゴルダの精霊様のめしべが、ぺこ、とお辞儀する。……お互い礼儀正しい。
更に、するする、とゴルダの精霊様のおしべが伸びてきて……グリンガルの精霊様を、ちょこん、とつついた。グリンガルの精霊様はまた翼をぱたぱたさせてちょっと喜ぶと、ゴルダの精霊様のおしべに、ちゅ、とやっていた。
どうやら、ここでも精霊式のコミュニケーションが行われているらしい。成程なあ。魔力のやり取りをすれば相手の人となりも何となく分かるし、言葉が通じるのか通じないのか曖昧な精霊達のコミュニケーションとしては最適かもしれない。
ゴルダの精霊様のおしべは、僕の頬にもやってきた。ちょっとつつかれて、ほわ、と温かくなる。なので僕もお返し。僕の手で握ってもまだ余るぐらいの大きさのおしべの先端の方にキスし返して、魔力のやり取り。
ゴルダの精霊様の魔力はどっしりとしていて温かくて、なんだか落ち着く感覚だ。
……うーん、多分、ゴルダの精霊様もグリンガルの精霊様も、僕より精霊歴がずっと長いんだろうなあ。だから落ち着くかんじがするんだと思う。ということは、逆に、お2人は僕の魔力について『若いなあ』とか思うんだろうか?
ところで鳥ってどれぐらいの年齢なんだろうか。あの鳥については何もかもが分からないのだけれど……あ、鳥がゴルダの精霊様の根元の方を嘴でつついている。あ、あれもコミュニケーションなんだろうか……?
……という風に鳥はさておき、僕もグリンガルの精霊様も、ゴルダの精霊様の花の上でのんびり過ごさせてもらった。
この、ちょっとずつお互いの魔力を味わって、混ざり合うような感覚。ふわふわするというか、ゆらゆらするというか、そういうかんじ。……精霊式コミュニケーション、悪くないかもしれない。
それから僕はお土産の包みを開けてお付きの蛾達に渡したり、グリンガルの精霊様もお土産ということでグリンガルで採れたらしい木の実を出してくれたり、ゴルダの精霊様が花の蜜をご馳走してくれたりしてのんびり楽しく過ごして……そして。
「あの、ゴルダの精霊様。この山で採れたという、深い赤色の絵の具になる鉱石のことをご存知ですか?」
また僕は本題を忘れかけていた!危ない、危ない。
改めて正座しつつ、ゴルダの精霊様の花びらの上、とりあえずめしべに向かって話しかけている。……なんとなくゴルダの精霊様、おしべが手でめしべが頭だと思って接するとちょっと分かりやすいので……。
「王城の壁画に使われている絵の具が、ここで採れた鉱石だって聞いたんです。それで、もし分けて頂けたら嬉しいな、と……うわ」
……そして僕がそう話している間に、すぽん!とゴルダの精霊様の根っこが地面から出てきた。その根っこには……ラオクレスの握りこぶしぐらいある、深い赤色の大きな石が握られていた。
「わあ……え、あ、頂いてもいいんですか!?」
そして、伸びてきた根っこがそっと僕に石を押しつけてきたので、ありがたく受け取る。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、ゴルダの精霊様はおしべで僕の頭をなで、なで、とやっていった。……ゴルダの精霊様からしてみたら、やっぱり僕って精霊の子供、みたいなかんじなんだろうか……。
それからもうしばらくお喋りしたり、白い蛾達と戯れたり、鳥がゴルダの精霊様の茎を羽毛でふわふわやって包み始めたりしながら僕らは過ごした。
言葉がまるで通じない精霊3体と一緒だったわけだけれど、それでも案外意思は通じるというか、ちょっとはやり取りができるというか。
精霊コミュニケーションのおかげか、なんとなく、ぼんやりお互いのことが分かって便利だった。これ、レネともやってみたらもっとレネのことが分かるようになるだろうか……。
それから僕とグリンガルの精霊様、そして鳥はゴルダの山をお暇した。帰り道も鳥をぎゅうぎゅうやって洞窟の中を進んで、頑張って出た。
それから僕らはソレイラではなく、グリンガルの森へ。……いや、グリンガルの精霊様は自力で飛べるんだけれど、やっぱり連れ出した以上は送るのが礼儀かと思って。
……あと、グリンガルの精霊様、うちの鳥の背中に乗っかってふわふわしながら運ばれるのがちょっとお気に召したらしいので。鳥は『なんか背中が重い』みたいな不服気な顔をしているけれども。君、ゴルダの山の洞窟で押したり引いたりして貰って洞窟を通れたんだから、これぐらいはしなさい。
そうしてグリンガルに到着したところで、精霊様をそっと地面に下ろす。
「今日はどうもありがとうございました。またお誘いしてもいいですか?」
聞いてみたら、精霊様は尻尾と羽をぱたぱたやりながら、首を伸ばして……ちゅ、と。また精霊コミュニケーションしてくれた。なので僕もお返しして、さて、じゃあ僕らもソレイラに戻ろう、と思った、その時だった。
きゅ、とグリンガルの精霊様が僕に巻き付いて、そのままぱたぱたと飛び始めてしまった!待って、待って!運ばないで!運ばないで!
グリンガルの精霊様は、そんなに速度は出さずにぱたぱたと森の中を飛んでいく。僕はそのまま運ばれて、鳥はちょこちょこと歩いて付いてきた。あの、君、飛ばないで移動することもあるんだね……。
……そうして僕は運ばれて、グリンガルの森の奥へと招待されてしまった。そして。
グリンガルの精霊様は、木々の重なり合ったあたりにもそもそ、と入っていって、そこから何かを咥えて戻ってきた。そして咥えられたそれは、僕の掌の上にぽんと載せられる。
「……お土産、ですか?」
僕の掌の上で輝いているのは、綺麗な深緑の石だ。不思議な光沢があって、きらきらしていて……あっ。
「も、もしかして絵の具に、って……?」
僕が聞いてみたら、グリンガルの精霊様はどことなく満足気に羽をぱたぱたさせた。
どうやら、僕がゴルダの精霊様に赤の絵の具の材料を頂いたのを見て、こういうプレゼントをくれたらしい。ありがたいなあ。
「ありがとうございます。これもありがたく、使わせてもらいますね」
お礼を言うと、グリンガルの精霊様はご機嫌な様子で尻尾を振って見送ってくれた。僕と鳥はそのまま飛び立って、今度こそソレイラへ帰る。
「楽しかったね」
空を飛んでいる時、鳥にそう言ってみたら、鳥はキョキョン、と返事をしてくれた。まあ、多分、鳥もそれなりに楽しんでいたと思うよ。まあ、こいつは大体いつでもどこでも何かは楽しそうにしているけれども……。
「それにしても、精霊式コミュニケーションは中々いいね」
森に帰った後もやってみようかな、なんて思いつつ、僕は鳥の丸っこい背中(いや、背中じゃなくてお尻なのかもしれない……)を追いかけて、夕暮れた空を飛んでいくのだった。
そうして、翌日。
「トウゴ。その絵、あんたにしては珍しいわね」
僕は家の前で絵を描いていたところをライラに見つかった。
今日の絵は、練習でも勉強でもなく、気晴らし。いや、練習も勉強も楽しいんだけれど、気楽にやるのも必要かと思って……。
「絵の具自体の特徴を生かす方法が他に思いつかなくてこうしてみた」
僕が今描いているのは、色彩構成のデザインみたいな絵だ。しっかりぱっきり色と色を塗り分けて、色の面はムラが無いように塗っていく。……やっぱり練習になっている気がするけれど、まあ、全ての経験が僕の絵の役に立つということを考えると、それはしょうがない……。
「へえ。いいじゃない」
「ありがとう」
ライラに褒められるとやっぱり嬉しいな。なんでだろう。
……やっぱりこういう絵描き仲間が居てくれるって、すごく幸せなことだと思う。嬉しい、嬉しい。
「あ、この絵の具、ゴルダの精霊様に頂いてきたの?」
ライラが示している色は、深い赤。1つの石から色々な赤が採れたんだ。ワインレッドからピンクっぽい色まで、いろいろ。
そしてヴィオロンさんの前評判通り、うっすらと金色っぽい光沢があってすごく綺麗なんだ。うっとり……。
「うん。それでこっちの緑はグリンガルの精霊様に頂いたやつ」
そして僕が示すのは明るい緑。こちらはグリンガルの精霊様に頂いたやつで、淡い緑から鮮烈な緑まで、色々な色を作ることができた。そしてこちらにはほんのり玉虫色の光沢が浮かんで、こちらも綺麗。うっとり……。
ということで、今回は深くくすんだ赤のグラデーションカラーと明るく薄い緑のグラデーションカラーで色彩構成をやってみました。とても楽しかった。
「……頂いてばっかね、あんた」
「……うん」
そして出てきたライラの感想に、そういえばそうだなあ、と思う。
いや、お土産はたっぷり持っていったけれども……その、ゴルダの精霊様もグリンガルの精霊様も、とても気前のよい方なので……貴重な鉱石もこうやって分けて下さるんだよ。確かに、頂いてばっかり。
「グリンガルの精霊様は僕が絵の具大好きだって知って、これを下さったみたいで……親切な方だなあ」
「……あんた、次に行った時も絵の具の材料貰って帰ってきそうね」
……うん。多分、ゴルダの精霊様、次に行った時にはまた別の色の鉱石をプレゼントしてくれる気がするんだよなあ。あのかんじだと。グリンガルの精霊様も、僕が絵の具を貰うと喜ぶものだって思ったらしいし。そしてお二方とも、とても親切なので……。
「なんか……親戚の家に行って可愛がられて、お土産いっぱい貰って帰ってくるちびっ子みたいね、あんた」
「ええええ……いや、確かに精霊界隈だと僕、新参者だろうけどさ……」
ちびっ子って。ちびっ子って……そりゃあないよ!可愛がって頂いてるのは確かにそうだろうけど!
ということで。
「……次回持っていくお土産、何がいいだろうか」
絵の具の原料を頂いてばかりだとちびっ子っぽいので。次回訪問する時にはより気の利いたお土産を持っていきたいな、なんて思った。
「お酒とか?ほら、龍はお酒、喜ぶじゃない?」
「ゴルダの精霊様、花なんだけど……」
「じゃあ液肥!」
「成程!」
……まあ、終わった後まで含めて、嬉しくてちょっと申し訳なくて、でもやっぱり楽しい。そんなかんじの精霊交流会でした。そう遠くなくまた開催したいなあ。