赤い竜の巣ごもり
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ある日。
森の泉で水浴びしている鳥を眺めていたら、空から薔薇色の鳥がぴるぴる鳴きながらやってきた。
おや、と思っていると、その鳥は僕の目の前にふわりと着陸して、ぴるる、と鳴きつつそっと、脚を差し出してくる。脚には手紙らしいものが掴まれていたので、僕はそれを受け取った。
「君、ローゼスさんの召喚獣だよね?」
確か、この薔薇の花みたいな綺麗な鳥はローゼスさんのところの子だ。確認してみると、鳥は『その通り』と言うように堂々と胸を張った。
ローゼスさんが僕に手紙、って、なんだろう。レッドガルド家から何か連絡がある時は、大体、フェイが連絡に来てくれるのだけれど……。
不思議に思いつつ手紙を開いてみると。
『フェイがちょっと大変なんだ。是非、トウゴ君に来てほしい。』
そう、書いてあった。
「ローゼスさん!ローゼスさん!」
「ああ、トウゴ君!来てくれたんだね、ありがとう」
そうして僕が大慌てでレッドガルド家へ飛んでいくと、中庭でうろうろしていたローゼスさんがぱっと顔を輝かせた。
「あの、フェイ、どうしたんですか?」
「うん。それなら実際に見てもらった方が早いな。こちらへ」
ローゼスさんが僕を連れていくのは……あれ、室内じゃない。中庭の奥まった方、で……うん。
そこには、シーツや苔、花弁や毛布なんかで作られた大きな巣と、その中で丸くなっているフェイの姿があった。そしてフェイの頭には角。背中には羽。お尻からは尻尾……。
……あっ、もしかして、ドラゴンの巣ごもりですか?
「ええと……フェイ?」
ちょっと声を掛けてみる。すると、フェイは黙って僕を見つめたまま首を傾げている。……あれっ。
「あの、ローゼスさん。フェイって今、もしかして……」
「御明察だ、トウゴ君。そうなんだよ、フェイの奴、すっかりドラゴンになってるらしくてね。言葉を喋ってくれない」
な、なんてこった。……うう、若干剣呑な目でじっと僕を見てくるフェイを見ていると、こう、彼ってドラゴンの末裔だったんだなあ、と思わされるというか……。あっ、よく見たらフェイの目、瞳孔が縦に入ってる!本当にドラゴンみたいだ!
「家族にはそうでもないんだが、新入りの庭師が通りがかった時は、威嚇してすごくてなあ……」
いよいよそれ、フェイの名誉が大変なんじゃないだろうか。人間の言葉を忘れて、使用人の人を威嚇してしまうなんて!
「ちなみにメイド達には大型犬のような扱いをされて可愛がられている。ちょっと羨ましい」
……まあ、レッドガルド家は使用人の人達もちょっと変わった素敵な人達なんでした。すっかり適応してるなあ、皆さん。
……と、いうことで、今のフェイの状態を確認していたところ。
くるるる。そんな鳴き声らしい声を上げつつ、フェイは巣から身を乗り出して、じっと僕を見つめてきた。
「ど、どうしたの?」
フェイはゆっくり瞬きしながら、尚もじっと僕を見つめてくる。ただ、さっきまでのような険は無くて、興味、というか、そういう目。
……あ、もしかして、魔力が多そうだから興味を示している、っていうことだろうか。
ちょっと手を伸ばしてフェイの頬に触れてみると、いつもより体温が高かった。魔力が不安定で熱が出ているらしい。レネの時と一緒だ。
フェイはくすぐったそうにしながら、ちょっと熱っぽそうな顔で、にこ、って笑った。……いつもより幼い印象だなあ、フェイ。メイドさん達が可愛がろうとする理由がちょっと分かる気がする。
更にフェイは、僕の服の袖をつまんでぐいぐい引っ張ってきた。相変わらず熱っぽい目で僕を見上げている。ちょっと必死というか、一生懸命というか……ええと。
「どうやらフェイは魔力の多いものを巣に持ち込んでいるらしいんだけれどね」
ローゼスさんに言われて見てみると、確かに巣の中には、宝石らしいものや魔法の杖みたいなもの、屑魔石や魔石ランプまるごと、なんてものが入っているのが見えた。多分、レッドガルド家にあった魔法の道具とかなんだろうなあ……。
「それで……私が思いつく限りの最も魔力の多いものがトウゴ君だったものだから、君を呼んでしまったんだが……」
「成程」
つまり、魔力の多いものを集めているフェイにとって、僕は丁度いい具合の魔力源になるだろう、ということか。納得、納得。
そうして僕がフェイの状況を概ね理解してきたところで……フェイが僕のシャツの裾を捕まえた。
……なんだか、寂しそうな顔をしている。あ、うん。そうだね。お預け食らってるようなものだよね、これ。ごめん。
「ええと……お邪魔します」
まあ、そういうことなら。僕はそっと、フェイの巣へお邪魔することにした。引っ張られるままに巣の中に入ると、ふか、と足首が沈む。巣の中は苔とか毛布とかでふかふかだった。中々いいね。
「居心地のいい巣だね」
とりあえず巣を褒めてみると、フェイは何となく自慢げな顔をした。……二回目になるけれど、メイドさん達が可愛がる理由がちょっと分かる。
「じゃあ、フェイが落ち着いてくるまで、僕、巣ごもりに付き合いますので」
「すまないね、トウゴ君。この埋め合わせは必ず」
「気にしないでください。僕、ドラゴンの末裔の巣ごもりにご一緒する栄誉に与ってるだけなので」
ローゼスさんは申し訳なさそうにしているけれど、僕はそんなに気にしてない。ちょっとフェイが暑苦しいくらいで実害はないし、そもそも僕、竜の巣ごもりにお付き合いするのは二度目だ。慣れてる。
……まあ、そういうわけで。
「熱、あるね」
フェイの額に手を当ててみたら、やっぱりというか、熱っぽい。とろん、と僕を見つめる目もなんとなく体調不良なかんじ。
「ちょっとデリバリーサービスを頼もうか」
レネの巣ごもりの時のことを思い出しつつ、鳳凰を出して手紙を運んでもらう。ええと、とりあえずライラ宛。『フェイが巣ごもりを始めたので、龍の湖の水を下さい』と。これでよし。
「もうちょっとしたら魔力の補給に丁度いい飲み物が来るからね。飲んだらちょっと楽になると思うから」
フェイに説明すると、伝わっているのかいないのか、体調不良気味らしいのに、にこ、と笑ってくれた。うーん、ドラゴンになっちゃっても、こういうところ、フェイっぽいなあ……。
「それにしても、フェイは綺麗な角を持ってるねえ」
折角なので、ちょっと手を伸ばしてフェイの角に触れてみる。黒檀みたいな柔らかい黒。限りなく黒に近いグレーおよび茶、というか、まあ、そういう色。有機物特有の温かな風合いで、ちょっと捻じれてカーブする形といい、自然な艶といい、森の木を思い起こさせるような具合だ。
角を褒めると、フェイも褒められているのが分かったのか、何やら喉の奥で鳴きながらにこにこする。ついでに角を僕の方へぐいぐいやってきつつ、おとなしくしている。もっと撫でていいよ、っていうことだろうか。まあ、そういうことなら遠慮なく。
そうしてフェイの角を撫でさせてもらっていたら、フェイは少し荒く呼吸しつつ、うとうとしてきた。
ああ、そういえばレネもこうだったなあ。ええと、巣ごもりする時の竜は魔力が不安定なんだっけ。だから巣ごもりして体を落ち着かせる、みたいなことをレネが言っていた気がする。今、フェイは体の中で不安定になってる魔力を落ち着かせるために頑張ってるんだろう。
……それにしても、フェイがこうなっちゃったのは妖精の変身おやつの影響なのかもしれない。あれでドラゴンの血が呼び起こされてしまった、とか。或いは、体内の魔力の調子がちょっと狂ってしまって、巣ごもりに至った、とか……?
まあ、どのみち今のフェイには休眠が必要なんだろう。現に巣ごもりしてるし。ドラゴンの角と羽と尻尾、生えちゃってるし。普通の体調じゃない時には休むのが一番だよ。
フェイがそろそろ眠っちゃいそうだな、となってきた頃、鳳凰が竹の水筒を運んできてくれた。一緒についてきた手紙には『意味が分かんないから後で様子見に行くわ』と書いてあった。まあ、そうだろうなあ。意味が分からないのに水を汲んできてくれたライラ、どうもありがとう……。
「ええと、じゃあ水分補給だけしてから寝ようか」
水筒から竹のコップに水を注いで、はい、とフェイに渡すと、フェイはコップを受け取って、大人しく中身を飲み始めた。……そして水を飲み干したフェイは、どことなく満足気な顔をしている。ちょっと楽になったかな。
……龍の湖の木の実をそのまま食べさせたらきっと魔力過多になって酔っぱらってしまうだろうし、木の実の魔力と水晶の魔力が溶け込んだ湖の湧き水ぐらいが丁度いいだろうと思ったけれど、いい線行っていたみたいだ。
「よし。じゃあ水分と魔力の補給もできたから、ちょっと眠ろうか」
さて。レネもそうだったけれど、巣ごもり中のドラゴンはなるべく寝ていた方がいいみたいだ。だから僕もフェイを寝かしつけにかかる。……すると。
「……え?あ、あの、フェイ?」
フェイを寝かしつけようとした僕が、ころん、と巣の中に寝かされてしまった。更に、フェイは僕に毛布をもふもふ掛けてくる。こらこら!寝かしつけられるのは君の方なんだぞ!
……結局、すっかり巣の中にうずめられてしまった僕が困ってフェイを見ていると、フェイは満足気な顔をして、大きく伸びをして……ころん、と巣の中で丸くなる。
ゆったりゆらゆら、ご機嫌な様子で揺れていた尻尾もその内大人しくなって、やがて、すうすうと寝息が聞こえてくるようになった。……ああ、寝ちゃった。
「……ドラゴンって、寂しがり屋なのかなあ」
レネもそうだったけれど、巣ごもりの時に一匹で寝るのは寂しいのかな。まあ、友達が居た方が何かと楽しいか。お泊り会も楽しかったし。巣ごもりだって似たようなものかも。
僕はフェイの片手でしっかり服の裾を掴まれつつ、そもそも巣に埋められた状態であんまり身動きも取れず、もう仕方ないので……寝ることにした。おやすみ!
「わっ。どういうことなのかと思ったら本当に巣ごもりしてるのね!?」
それから、おやつ時。
変わらずフェイは巣ごもりしていて、僕はそれに付き合わされている。そして、ライラが僕らの様子を見にやってきた。
「ええー……やだ、フェイ様、ちょっと可愛いじゃないのよ……」
ライラは早速、フェイの顎の下を撫でてフェイを懐かせていた。こらこら!フェイは大型犬じゃないんだぞ!気持ちは分かるけれど!気持ちは分かるけれど!
「で、トウゴ。あんたは……あんたは、ええと、フェイ様の餌としてここに入ってるの?」
「え、餌!?いや、流石に違うと思う……。多分、魔力の多そうなものを巣に入れておきたいんだと思うよ」
「成程、じゃあドラゴンの宝物扱いってことね」
……うーん、なんだかそう言われると恥ずかしいんだけれど、多分、そう、だと思う……。現に、フェイの巣の中、色々入ってるし。僕もその一環として巣に入れられてるんだろうなあ。ううーん、ちょっとやっぱり恥ずかしい……。
「それで、フェイ様はすっかり可愛い生き物になっちゃった、と」
「いや、あの、可愛い、って……図体変わってないけど」
「それでもなんか……なんかいいじゃない」
ライラはフェイの頬を撫でて、頭を撫でて、すっかりフェイを懐かせていた。あの、ねえ、ちょっと。それ、フェイなんだけれど。フェイなんだけれど!
「何?あんたも撫でてほしい?しょうがないわね、ほーらほらほら」
「わ、ちょ、ちょっと!やめて!やめて!撫でないで!」
更に僕がライラを見ていたら、ライラ、何を思ったか僕まで撫で始めてきた!僕はドラゴンじゃありません!
「で、これってちゃんと戻るのかしら」
「ううーん……分からない。レネの時は3日3晩かかったけれど……フェイはドラゴンの血がそう濃くないから、一日で終わるかな、とは思ってる」
「戻らなかったらウヌキ先生の出番ね」
「うん」
ライラとそんな相談をしつつ、フェイの様子を見る。フェイは僕が最初に見た時よりも大分落ち着いた様子で、ライラ相手に威嚇するようなこともない。むしろ、最初に撫でられたのが効いたのか、ライラに懐いている様子を見せている。
「まあ、成長に伴って魔力が安定しなくなってる、っていうことなら、魔力の補給と休眠があればいいかな、と思うんだよ」
「成程ねえ。それで、龍のところの水、ってわけ」
ライラは『やっと納得がいったわ』みたいな顔で頷いていた。
「レネの時はそういう薬かお酒みたいなものを儀式のときに飲んでいたんだけれどね。フェイはそういう訳でもないから、じゃあ、何か別途用意した方がいいかな、と思って」
「へー……ちなみにレネってその時どうだった?」
「酔っぱらってた」
「見たかったわ、それ……」
ライラとそんな話をしていたら、ふと、フェイが僕を引っ張る。
「あれ?また眠いのかな?」
為されるがままになっていると、フェイはまた、僕を毛布にうずめて、僕を守るみたいに丸くなって目を閉じてしまった。……あああ。
「……ドラゴンが自分の巣の宝物を守る時ってこういうかんじなのね」
「あの、ライラ。描かないで。ねえ、描かないでったら」
「何と言われようとも私は描くわよ。あんたも描けば?」
ライラはそういうことを言う。なんだか恥ずかしいんだけれど……いや、でも確かに、ドラゴンが守る宝物の視点からドラゴンを描けることってまずないよなあ、と思い直す。そうだね。確かに描き時だった。
……そうして夕方になって、絵を描いて満足したライラが帰っていった。フェイはまたのっそり起きだして、ぱち、と眠たげに瞬きして、僕を見て満足気な顔を浮かべる。確かに精霊を捕まえて巣に入れておけるドラゴンは数少ないだろうなあ。
……と、思っていたら。
「……なー、トウゴー、今、何時だぁ……?」
フェイが、喋った。
「喋った!」
「んー……?」
フェイはどこかぼんやりした様子で、今まで自分が喋っていなかったことにも気づいていない様子だ。まあ、魔力が不安定なあまり、ちょっと夢うつつなんだと思う。
「ええとね、今……あれ、何時だろうか。駄目だ、僕も分からないや……」
そして僕も時刻は分からない。何と言っても時計も何も持ち込まずにこの巣に入ってしまっているからなあ、僕ら。
「ええと、お腹空かない?大丈夫?」
「んー……」
ところでそろそろ半日以上何も食べてないけれど大丈夫だろうか、と思って声を掛けてみたら、フェイは巣の中でもそもそ動きつつ、虚空をぼんやり見つめて……。
「……腹、減ったぁ」
「そっか」
まあ、大分ぼんやりしてるし、まだちょっと熱っぽいし、やっぱりいつもより幼いというか、そういうかんじだけれど……ひとまず、こういう風に喋ってくれるようになったので。ちょっとずつ巣ごもりは終わりに向かってるんだろうなあ、と思われる。多分。
「フェイー。何か食べるか?兄さんは庭で夕食を食べようと思うが」
「今日は父さんも庭で食べちゃうぞ」
そこへ、ローゼスさんとお父さんがやってきた。2人を見ると、フェイはなんとなく嬉しそうにふらふら尻尾を振ったり、羽をぱたぱたさせたり。
「食べる!」
「うおっ、フェイが喋った!」
「喋ったぞ!これはトウゴ君が何かしてくれたのかい!?」
「いや、自然と戻ってきたみたいですよ」
僕らの会話にフェイは首を傾げているのだけれど、まあ、皆、フェイのことを心配してるってことだよ。
「ついでにトウゴ君も食べていくといい。今、ここに準備をするからね」
「わあ、ありがとうございます」
そうこうしている間に、敷物が敷かれて、庭用のローテーブルと椅子代わりのクッションが運ばれてきて、フェイの巣の隣に食卓ができる。僕のクッションも運ばれてきたのだけれど……僕は、フェイが巣から出ないようなので、このままで。巣の縁をテーブル代わりに、僕とフェイは並んでご飯を食べることになる。
「よし!では我が弟がなんだか先祖返りしていることを記念してかんぱーい!」
「我が息子がうちのメイド達に大型犬扱いされていることを記念してかんぱーい!」
ローゼスさんもお父さんもフェイの巣ごもりをそんなに心配していないらしい。むしろ、楽しんで記念して、お酒開けてる……。
「……あの、ローゼスさんも前、巣ごもりしたんですよね?」
そういえばレッドガルド家では巣ごもりは通過儀礼みたいなものなんだっけ。確かローゼスさんも巣ごもりしてたって聞いたなあ、と思いつつ聞いてみると。
「ん?そうだね。私の巣ごもりはフェイよりも若い頃だったが……あの時は大変だったなあ」
オープンサンドを食べつつ、ローゼスさんはちょっと遠い目をして、教えてくれた。
「いやあ、何せ、私は随分暴れまわったらしくてね。中庭に面した壁が大体焦げた。おかげで全部塗り直してね……まあ、記憶にないんだが」
……それは大変だ。ローゼスさんは魔法にも秀でた人だっていう話だから、その、さぞかし大規模に焦げたんだろうなあ……。
「当時は成長による魔力の暴走だろうなあと思っていたんだがね。或いは血統による呪いの一種なのかもしれないとも思っていたが……まさか、私達がドラゴンの末裔だったから、だなんてなあ」
「今思えば、もっと早く気づけてもよかったかもしれんな。ローゼスは毛布やシーツで屋内に巣作りしていたからまだ分からなくても仕方が無いが、私は精霊の森へ向かってそこで岩石の巣を作って寝ていたらしいからなあ……」
あ、うん。それ、僕も覚えてる。いや、僕って言うか、森が。
フェイ達のお父さんが森に来て、切り立った崖の一部を崩してねぐらにして、そこで巣ごもりしてたこと、あった。うん。
……というか、よくよく思い出してみると、レッドガルドの子達は大体皆、どこかしらかで巣ごもりしてたなあ。
男性も女性もあんまり関係なく、初代レッドガルドさんの血を引いている人で、かつ、この辺りに住んでいる人……つまり、傍系で王都に行っちゃった人とかじゃなくて、ずっとレッドガルド領に住んでいる人については、まあ、大体、巣ごもりしてた。多分、森の魔力がある分、ドラゴン化が進むんだと思う。
「まあ、巣ごもりしたからと言ってドラゴンと結びつけるのは中々難しいものだ。しょうがないなあ」
「そもそも、私達の時は角も羽も無かったからなあ。うーん、ずるいぞ、フェイ。お兄ちゃんもドラゴンの羽や角を生やしてみたい」
「でしたら妖精印の琥珀糖、お分けしますよ」
「いいね!是非一度、私もやってみたいと思っていたんだよ!」
……と、まあ、こんな話をしつつ、僕らはご飯を食べる。フェイの体調を気遣ってか、軽食っていうかんじのものが多かった。実際、フェイは少し食べて『もう腹いっぱい!』と満足気だったし。そしてローゼスさんとお父さんは軽食というかおつまみとお酒、という具合だったし……。
「フェイ。お前の角は綺麗だなあ」
「んー」
ローゼスさんがお酒も入ってにこにこと、フェイの角を撫でる。するとフェイはちょっとくすぐったそうにしながらも、もっと撫でて、と言わんばかりに身を乗り出して尻尾をぱたぱたさせる。……なんか、レネっぽい。
「羽も綺麗だなあ。いい色だ。実に我が家の色だなあ」
「だろー。へへへ……」
お父さんにも褒められて、フェイは自慢げににこにこ。
「俺にもよー、ちゃんと、レッドガルドの血が流れてるんだぞー」
更に、にこにこしながらフェイはそんなことを言う。
「よかったー……。俺も、ちゃんとレッドガルドで……」
へにゃ、と安心しきった顔でそう言うフェイを見ていたら、その……ずっと気にしてたのかな、って、ちょっと思った。
優秀なお兄さんとお父さんを傍に見ながら、学校では居心地が悪かったみたいだし。でも、家族との仲はすごく良好だから、家族を憎むとか、そういう風にもならなくて……その分、フェイはずっと自分を責めていたのかもしれない。
「……ああ、そうだとも。フェイ。お前は我らレッドガルド家の誇りだぞ」
「へへへ。そっかー」
「むしろ私や父上よりドラゴンっぽいぞ」
「だろー。いいだろー」
「うん。羨ましいなあ、こいつめ!」
「こいつめ!父さんにも角、触らせてくれ!」
レッドガルド一家がなんだか楽し気に騒いでいるのを見て、ああ、やっぱり僕はこの一家が大好きだなあ、と思う。
昔から森を守ってきてくれて、森からも見守ってきた一族だから思い入れがあるし……上空桐吾としても、この一家の明るくて暖かいかんじ、好きだよ。
そうして夕食だか酒盛りだかよく分からない会が終わって、食卓が撤収された後。
「そういえばトウゴ君は帰らなくても大丈夫なのかい?」
ローゼスさんが酒瓶片手にそう聞いてきた。すると。
「なあー、トウゴー、帰らないでくれよー。寂しいじゃねえかよー」
横からフェイがやってきて、僕の腕を掴んでじっと僕を見つめてくる。ああ、フェイが普段からは考えられない程にぽやぽやしている……。
「ええと……戻らなくても特に問題はないので、泊まっていきます」
「やった!」
「すまないねえ、トウゴ君……」
フェイは僕をぎゅうぎゅうやりながら喜んでいるし、ローゼスさんもほっとした顔でにこにこしてくれた。まあ、お役に立てるなら居ますよ。
「……でも、フェイ、お風呂入った方がいいよ」
「……んー」
「レネも巣ごもりの時、お風呂は入ってたよ」
「……他のドラゴンの話するなよおー」
ほ、他のドラゴンの話は嫌なのか!そ、そっか……。もしかして、レネもそうなんだろうか……?確かによくよく思い返してみると、レネはフェイやフェイのレッドドラゴン、ラージュ姫の金色ドラゴンなんかに、ちょっと対抗意識を燃やしているところがあるような気がする。
「でもお風呂は入ろう。熱が出てたから汗かいてると思うし。べたべたしない?あと、臭くならない?」
「……入る」
「よし」
まあ、お泊まりと決まれば、そういう風に動くぞ。ひとまずはフェイをお風呂に入れよう。君のお父さんだって森の小川で水浴びはしてたんだからね。お風呂は大事だよ。
フェイをレッドガルド家のお風呂に連れていく。フェイはなんだかぼんやりぽやぽやしているので、手を引いて歩いてやらないとちょっと心配。すれ違うメイドさん達に『あらまあフェイ様が可愛らしくなってるわ』とにこにこされた。ここのメイドさん達は心が広い……。
それからフェイをお風呂に入れて、ついでに僕もお風呂に入らせてもらう。綺麗になったらフェイはフェイの火の精に乾かしてもらって、僕はふわふわのお世話になって……フェイに引っ張られて庭の巣に戻る。寝室じゃないんだね!
そうして巣に戻った僕らは、またもそもそと巣に潜る。屋外の巣ではあるけれど、今晩はそんなに冷えないし、巣材の毛布の中に埋もれてしまえばあったかい。風邪は引かなくて済みそうだ。
「なんかよー、お前が居るとさあ、安心するんだよなー……」
フェイは巣に横たわると、とろんとした目でじっと僕を見つめつつ、そう言った。
「そりゃあ、僕は森なので」
「そっかー」
「そうだよ」
なんというか、今までレッドガルド家の人達が森で巣ごもりすることが多かったのは、森に魔力が多いっていうことだけじゃなくて、森を気に入ってくれていたからかなあ、と思う。森としては嬉しい限り。
「トウゴぉ、来てくれてありがとうなー……」
そしてフェイは、とろとろにこにこ、見たことがない笑顔でそう言う。……なんだか小さい子みたいだなあ。いや、実際、森からしてみれば人の子は全員、小さい子……。
「おやすみ。レッドガルドの、ドラゴンの子」
「んー……」
フェイの背中のあたりをぽんぽん軽く叩いていると、やがてフェイは丸くなって眠り始めてしまった。
……なんというか、こうして寝てしまったフェイを見ていると、その、僕の森としての感覚が強くなってきてしまう。つまるところ、ずっと見守ってきた一族の末っ子が寝ているのを見守る森の気分。微笑ましいなあ、みたいな。
……まあ、今日は、いつも頼れる僕の自慢の親友が僕よりふわふわしていた記念すべき日でもあるので。ちょっとっくらい僕が大人ぶってもいいよね、ということにしよう。
そうして、翌朝。
「うあー……良く寝た!」
ぐっ、と大きく伸びをして、フェイが起き上がった。その頭にはもう角は無いし、羽も尻尾も消えている。
「……ん!?なんだここ!?」
そして起きて一番、自分が庭に居ることに気づいてものすごく驚いていた。まあ、そうだろうなあ。
「フェイの巣だよ」
「巣ぅ!?え!?俺、巣ごもりしてたのか!?」
「うん。角と羽と尻尾生えてた」
「妖精のおやつ無しでか!?マジかよ!?」
マジだよ。ついでに人間の言葉も忘れてたし、人間の言葉が戻ってきてからもなんだかぼんやりぽやぽやしてたよ。僕が言うのも何だけれど、ふわふわしてた。ふわふわ。僕よりふわふわ!
……と、まあ、フェイの巣ごもり中の様子を教えてあげると、フェイは『うわっ、恥ずかしいなあおい!』とか言いつつ、赤くなって巣の中でゴロゴロしていた。ははは。恥ずかしがれ、恥ずかしがれ。……ちょっと意地悪かもしれないけれど、偶にはこういうのも悪くないね!
それからフェイはソレイラに飛んで、妖精洋菓子店でお菓子をざっと買ってきて……それを、お屋敷の使用人の人達に配って歩いていた。『ご迷惑をおかけしました!』ということらしいんだけれど、メイドさん達には『ああいうフェイ様もお可愛らしくてなかなか良かったですよ』なんて言われてまた恥ずかしがっていた。新鮮。
威嚇しちゃったという新人庭師さんには『ごめんなあー!』とお菓子をいっぱい渡していた。庭師さん本人は気にした様子もなくにこにこしてたんだけれどね。
……と、いうところで。
「今回、ホントお前にも迷惑かけたよなあ……ほんっとーに、ごめん!」
「気にしてないよ。なんだか楽しかったし」
フェイは最後に僕にお詫び、ということで、一緒にレッドガルドの町のカフェに来ている。偶には妖精カフェじゃないお店もいいよね、ということで。
「ああー、くそー、今回はなんか、恥かいたなあ……」
「フェイはいつも格好いいから、偶にはぽやぽやしてもいいと思うよ」
「うわー!うわー!トウゴにぽやぽやとか言われちまう日が来るなんて思ってもいなかった!」
フェイは椅子の背もたれにぐでっ、と体重を預けて、『ああー!』って声にならない声を上げている。ちょっと失礼だぞ、この親友め。
「……なー、トウゴぉ。お前も巣ごもり、しねえ?そんで貸し借りチャラってことに、できねえ?」
「しないよ。僕、ドラゴンじゃないし。そもそも貸しも借りも無いだろ」
僕が至極尤もなことを言うと、フェイは唸って……。
「ううー……くそー!トウゴぉ!お前もドラゴンじゃなくても、鳥とかになんねえかなあー!」
「なんない」
まあ、珍しく、フェイがばたばたしていて、僕がにこにこしている状況になった。ええと……偶にはこういう日があってもいいよね?
……ちなみに、僕、ここで『巣ごもりなんてしない』って言ったんだけれど。
僕も、巣ごもりすることになっちゃったのは、また、別の話、ということで……。