リスさんだわ!*2
……ということで。
「ええと、今日はどうぶつさんパーティにお越しいただきまして、ありがとうございます!」
カーネリアちゃんがスカートの裾をつまんで、ぺこん、とお辞儀する。その姿は小さいながらも立派なレディだ。
……カーネリアちゃん主催、妖精協賛のこのパーティは、子供だけじゃなくて大人にも変身おやつを食べさせてみたらどうなるか、という実験会場でもある。
集められた森の大人達は、フェイとラオクレスとクロアさんとルギュロスさんと、偶々ルギュロスさんに業務連絡に来ていたために捕まってしまったラージュ姫。あとウキウキ宇貫状態でひょこひょこやってきた先生。そして僕とライラと鳥に攫われてやってきたレネ。いらっしゃいませ。
「本日は妖精さん達が美味しいだけじゃないお菓子を沢山作ってくれたわ。皆で食べて、楽しみましょう!」
彼女の挨拶通り、妖精達はテーブルに並べられたお菓子を前に『私達が作りました』みたいな自慢げな表情だ。今回のパーティに向けて、おやつの改良を頑張ってくれたらしいので、存分に楽しませてもらおう。
「じゃあ、お菓子の紹介をするわ!ええと、こっちの真っ白なケーキが、ウサギさんのケーキよ!それで、こっちの、お山の形をしてるのが猫さんのケーキで……ええと」
そしてカーネリアちゃんがお菓子の紹介を始めてくれた。ここに並んでいるお菓子、全部、食べると色々生えてくる奴なんだよなあ……。
「……他のの効果、忘れちゃったわ!どれがどれだったかしら!」
「ま、いいじゃねえか!とりあえず食ってみようぜ!」
「あっ、効果は1つで30分ぐらい、っていうことらしいわ!魔法がまざっちゃうといけないから、一度に2つは食べないでね!」
カーネリアちゃんの注意を聞きつつ、早速、とばかりにフェイが炎の色をした宝石みたいなものを口に入れた。
「ん!?これ、柔らかいのか!」
そして、しゃり、と口の中でほどけるそれに、フェイはびっくりしている!
「琥珀糖、っていうんですって!トウゴの世界のお菓子よ!ウヌキ先生の家のおやつで出てきたのを妖精さんが気に入ったの!」
どうやらキャンディに見えたそれは琥珀糖だったらしい。しゃりしゃり、と噛んで、フェイはその食感を大いに楽しんでいるようだ。初めて食べるとびっくりするよね、琥珀糖。
「……んっ!?」
そして。
「……わあ。フェイがレッドドラゴンになった」
フェイの頭にはドラゴンの角が生えて、ドラゴンの尻尾がズボンからはみ出てフラフラしている。どうやらこの琥珀糖はドラゴンの色々が生えてくるものだったみたいだ。
角は黒檀みたいな艶と深みのある柔らかい黒。レネみたいにくるんと側頭部で巻く形じゃなくて、側頭部からちょっとカーブしながらも上に向かって伸びる形。
尻尾もレネのとは違う。レネの尻尾は薄布のプリーツがたくさん入った被膜が一筋、尻尾の上面に走っているわけなのだけれど……フェイの尻尾は、緋色の鱗ががっしりと並んで、少しトゲみたいな突起があるぐらいだ。シンプルだね。
「……んー?お?こりゃもしかして……」
更に、フェイはなんだかもぞもぞしながら……服を脱ぎ始めた!
「きゃあ!だ、駄目よ!駄目よ!そんなことしちゃ!」
「あっ、悪い!淑女の前だった!えーと……トウゴー、ちょっと服の背中んとこ、なんとかならねえ?羽、出てきそうな気がする!」
「そういうことなら」
いきなり服を脱いじゃうよりはそっちの方がいいね、ということで、フェイの服の背中の部分をちょっと描いて消す。デザインはライラ担当。いつもありがとうございます。
……ということで、フェイの服の背中の部分が消えると。
ふるふるもぞもぞしながら、緋色の翼が伸びた。
「おおおー!羽!羽だ!羽生えた!」
「羽だねえ」
「羽だ!羽!」
フェイ、大興奮だ。まあ、初めて羽が生えると人はこういう反応になるよね。
フェイの羽は綺麗な緋色をしていて、レネのよりもスッキリシャープな形をしている。速く飛びそうな形、というか。
「レネ!トウゴ!俺も羽仲間になったぞ!」
「わっ!」
「わにゃっ!」
それから、フェイの羽はとても大きい。なんと、羽でがばっとやると、僕とレネを抱き込めてしまう!すごいなあ!
「なんつうか、先祖返りした気分だぜ!これいいなあ!」
いつの間にやらフェイのレッドドラゴンが出てきていて、フェイとじゃれ合っている。ドラゴン同士、楽しそうだなあ。こういう風に自分の召喚獣と似た形になることもできるから、召喚獣との触れ合いグッズとしても、変身おやつは中々いいかもしれない。
……ということで、先陣を切って変身おやつを試してくれたフェイに敬意を表して、僕も何か食べてみようかな、と思ったところ。
「とうごー、らいらー」
レネがぱたぱた僕らに寄ってきて、もじもじ、としながら、僕らに琥珀糖をそっと示した。
……成程。召喚獣触れ合いグッズとしてだけじゃなくて、異種族触れ合いグッズとしても、中々いいね。
「きれーい!りり、きれーい!」
僕とライラはレネの拍手を存分に受けている。……うん。僕らもドラゴン琥珀糖、食べたんだよ。そうしたら当然のように角と尻尾と羽が生えたので、レネが今、それを見てうっとりしているところ。
僕に生えたのは、ちょっと変わった角と尻尾だった。
まず、角。これは捻じれた木みたいなものが額から一本、真っ直ぐに伸びて角になったのだけれど……まあ、森の精霊なので。こういう形になるみたいだ。
それから尻尾については、トレーシングペーパーみたいな半透明の白の鱗が並んだ尻尾がちゃんと生えてきた。ただ何故か、僕の羽と同じような、金属っぽい木の蔓、みたいな素材の蔦がくるんと絡んでいるのが不思議。そこにごく薄い浅葱に染めた薄紙で作ったような花がぽんぽんと咲いている。なんだろうなあ、これ。
そしてライラの方は……すごく綺麗だった。
まず、アズライトみたいな、青く透き通った角が真っ直ぐ、額から1本伸びている。そして尻尾はほっそりとして、細かい藍色の鱗に覆われているのだけれど、この鱗が綺麗なグラデーションなんだよ!
まるで、海を見ているみたいだ。海の、浅い部分の緑がかったようなところから、沖合の深い青、そして深海の濃い藍色までが、根元の方から尻尾の先にかけて、それはそれは綺麗なグラデーションになっている。
そして、羽。ライラに生えたドラゴンの翼は、真っ直ぐで、ちょっとつんつんした形だ。シンプルであんまり装飾的じゃないんだけれど、そこが彼女らしくてすごくいい。そして羽の皮膜の部分は、ごく浅く藍染の甕に白絹を晒した時みたいな綺麗な浅葱色!
レネが『きれーい……』とうっとりしてしまう気持ち、とてもよく分かる。だってこんなに綺麗なんだから!
「……あっ、そうだ」
ライラの羽の綺麗な浅葱色を見ていたら、そういえば自分の尻尾にも似たような色があったぞ、と思い出す。よいしょ、と尻尾を振り返って見ると、自分の尻尾に絡む金細工の蔦みたいなものには相変わらず、薄い浅葱色の花が咲いている。よし。
「ライラ。レネ。ちょっといい?」
僕は自分の尻尾に生えていた花を摘んで、レネとライラ、それぞれの髪にそっと飾ってみた。
薄紙みたいな花びらのプリーツっぽいひらひら具合はレネの羽の皮膜の様子に似ているし、色合いはライラにもレネにもぴったり。
お揃いの花飾りを頭に付けたレネとライラは顔を見合わせて、2人揃って『きれーい!』と声を上げた。そうなんだよ。絶対に似合うし絶対に綺麗だって思ったんだ。よしよし、描こう描こう!
僕がレネとライラを思う存分描いている間に、他の人もドラゴンになっていた。
ラオクレスは見事、鈍色の硬そうな鱗の尻尾と隕鉄色の捻じれた角、そしてまるで剣か鎧みたいな鋭さと硬さを持った翼の、立派な半ドラゴン状態になった。レネが『強そうです!』と感想を書いてくれた。分かる分かる。とても強そうだし、実際、ラオクレスはとても強い。
更に面白いことに、ラオクレスはなんかこう、気合を入れると、更にドラゴン化が進むらしい。鱗というか金属でできた鎧というか、そういうものが生じてますます強そうになっていた。なんて素晴らしいんだ!
クロアさんは華奢な金色の角が2本と、深い翠の繊細な羽を持つ素晴らしく綺麗な半ドラゴンになった。特に特徴的なのが羽で、骨の部分がまるで金細工みたいな具合なんだよ。そこに翠のグラデーションがかかった皮膜が繊細なプリーツを持って優美に揺れている。まるでこういう装飾品みたいだ。やっぱり生ける芸術品は違うなあ。
……ちなみにこの羽、金細工みたいなんだけれど、ちゃんとクロアさんの体の一部らしいよ。ラオクレスが『俺の鎧のようなものか』ってつついて『こらこら、くすぐったいじゃないの』って怒られていた。ラオクレスは『感覚があったとは……』って落ち込んでいたから、その、あんまり怒らないであげてほしい。
リアンとアンジェとカーネリアちゃんもドラゴンになっていたのだけれど、これがまた、とっても綺麗だった。
「天使だ!」
「そうね!天使様だわ!」
「な、なんで俺の、こういう羽なんだよー……フェイ兄ちゃんのみたいなかっこいいやつがよかったのに」
なんと、リアンとアンジェに生えたのは鳥の羽みたいに、ふわふわした羽がくっついた翼だったんだよ。一応ドラゴンのものらしい形ではあるのだけれど、鱗や被膜じゃなくて羽毛っていうところが面白いね。
生えた角は、アンジェのは短くて小さい真珠色のが2本。そこに花が絡んで咲いていて、まるで花冠を被ったみたいだ。
リアンの角は青灰色の長いのが1本。……あっ、ラオクレスのアリコーンがリアンの姿に親近感を覚えたらしく、リアンにすり寄っている……。
そしてカーネリアちゃんの羽は、夕焼け色のドラゴンだった。ただ、皮膜の裾がスカラップレースみたいにふわふわしていて可愛らしいのが特徴。
角は短いのが2本。明るい琥珀色をしていて彼女によく似合う。
「……ところでこれって、飛べるのかしら」
そんなカーネリアちゃんは、実際にこの羽がどう作用するのか気になったらしい。ぱたぱた、と羽を動かしてみた。
……そして、ふわ、と浮いて、ぴた、と羽を止めて、すとんと地上に戻ってきた。
「……あんまり飛んじゃうのはちょっと怖いからやめておくわ!」
「うん。それがいいと思うよ」
羽が生えたての頃の僕も似たようなことやったなあ、と思いつつ、羽の先輩としてそうアドバイスしておくことにした。羽初心者の内はあんまり飛ばない方がいいと思う……。
ルギュロスさんはフェイのと似たような形の、それでいて銀色でもうちょっと細身な具合になっていた。角は額に1本。本人曰く、『角にはあまりいい思い出が無いのだがな……』とのことだったけれど、まあ、そういうよくない思い出はいい思い出で塗り替えていくに限るよ、ルギュロスさん。
ラージュ姫のはとにかく角が綺麗だった。白大理石に金銀が混ざってついでにアメジストの結晶が見え隠れしている、というような具合で、そういう天然の石を磨き上げて角の形にしたような、そういう綺麗な角だったんだよ。
「レネさん、お揃いですね」
「おそろい?……おそろい!」
ラージュ姫の角は、レネと同じように側頭部でくるんと巻いた形だ。レネはラージュ姫の角を見て『きれーい!おそろーい!』とにこにこしながら、ラージュ姫の尻尾に自分の尻尾を絡ませて握手している。いや、握尾?
……そして、先生は。
「こうなるとは!」
先生は……先生は……なんと。
「これ、エリマキトカゲじゃないだろうか」
……エリマキができていた。エリマキトカゲのやつ。
あの、これは……これは、ドラゴンなのか?ドラゴンなんだろうか?うーん……。
……ちなみにその後、先生、ドラゴン化に再挑戦していたのだけれど、その時にはちゃんとドラゴンになっていた。いや、ドラゴンっていうか、龍だったけれど。鹿の角めいた角が2本生えて、白い鱗の尻尾が生えて、それだけ。翼が生えなかった!
ただ、髪の襟足がちょっと伸びて鬣っぽくなっていた。う、ううーん、先生って、先生って……まあ、こういう人だよね……。